惨劇・リステバルス王国軍残存部隊編・野営
そして我等、英雄の子らは、まだ恋知らぬれども
いつの日にか、市民が願えば、その時はじきに来たる
勲功と誉れ抱いて、城壁に戻れ
祖国に己が赤い血、上ぐ望むのなら
祖国が呼ぶ呼ぶぞ勝利かはた死か
我等国が為生き、国が為死せる
我等国が為生き、国が為死せる
門出の歌五番歌詞(日本語訳)
大陸歴438年観月の月二日ダンジョン周辺・三国連合軍残存部隊
啄木鳥作戦の失敗とその直後に実施された反攻作戦台風によって潰滅した三国連合軍、潰乱の最中に発せられた総退却命令により生き残りの将兵はヴァイスブルクに向けて逃げ散って行ったが一部の将兵、特にヴァイスブルクの森を初めて訪れ地理不案内のリステバルス王国軍の将兵は暗い森の中を逃げ惑った事により相当数の将兵が取り残され三国連合軍の潰滅から一週間以上が経過した現在でも木々の合間を彷徨い続けており、散り散りに彷徨い歩く最中に合流した事により2個小隊程の規模となった残存部隊の将兵は潰走の最中に何とか回収した天幕等を利用して風雨を凌ぎながら豊かなヴァイスブルクの森の実りを糧に虎口を凌ぎつつ脱出に向けて方策を練っていた。
「……採取隊が収穫して来たわ」
銀灰色のセミロングヘアと紫紺の瞳の美貌が魅力的な美女、リステバルス王国軍第二魔術士団第三中隊長のアリステラ・ガリソニエールは採取隊が確保し配給された山葡萄や山林檎等の果実や木の実、山鳩や鶫等の鳥獣を部下の魔導士達に配布した後に自身の分の鶫と果実等を手に木陰へと向かいそこで横たわる栗色のロングヘアと碧眼の穏やかな雰囲気の面立ちが印象的な美少女、新兵のミーティア・ド・マルセイエーズとその傍らで介抱に勤しむポニーテールに纏められた滑らかなサファイヤブルーのロングヘアと琥珀色の瞳の美貌と健康的な小麦色の肢体が人目を惹く美女、新兵のフロレシア・ヴィエンヌの所へと移動してフロレシアに山林檎と木の実を差し出しながら問いかける。
「……様子はどう?」
「……かなり衰弱されています」
フロレシアは頭を下げてアリステラの差し出した山林檎や木の実を受け取り、暗い表情で返答した後に横たわるミーティアに視線を向け痛ましげに横たわるミーティアを見詰め、アリステラが唇を噛み締めながら頷いてると、周辺をパトロールしていたウルフヘアの黒髪と真紅の瞳の美女、第三中隊第二小隊長のラザリアナ・ド・グロワールが部下の後ろで一纏めにした金髪と菫色の瞳のあどけない雰囲気の小柄な美女、ラウナディア・ド・モンカルヌとセミロングの赤髪とトパーズ色の瞳の理智的な美貌が特徴的な美女、ジュリアンナ・レイグと共に姿を現し、アリステラは彼女達にも食料を渡しながらラザリアナに声をかける。
「……状況は?」
「……悪いわね、食料は何とかなってるけど案内人が居ないと帰還のしようが無いわね、その上時々鳥や小型の獣が此方の様子を窺ってるみたいに此方を見てるのよね、恐らく私達の事気づかれるわよ」
ラザリアナは食料を受け取るとラナウディアとジュリアンナにも食料を渡し、その後に横たわるミーティアと介抱するフロレシアに視線を向けながら口を開く。
「……彼女の様子はどう?」
「……相当消耗してるわ、王都の魔導学院で学んでいたとは言え軍務希望していた訳でも無い伯爵家の御令嬢してたのに軍務に放り込まれて強行軍の連発に加えてあの惨劇と逃走よ、2人とも良くやってくれてるけど軍務希望無しの令嬢とお付のメイド纏めて軍に放り込むなんて、伯爵家の連中は何考えてるのかしら?」
ラザリアナの問いを受けたアリステラは小さく肩を竦めて伯爵家の三女とお付きのメイドであったミーティアとフロレシアの現状に顔をしかめて呟き、ラザリアナは渋い表情で頷いた後に苦い表情のまま言葉を続ける。
「……彼女、エメラーダ元侯爵家令嬢の後輩で親しく付き合ってたそうよ、素晴らしい聖女様と彼女に御執心な国王様負率いる王国首脳部に睨まれたくない伯爵家が自ら進んでミーティアを軍に放り込み、お付きのフロレシアは辞表叩きつけて彼女を追って軍に入ったそうよ、本当に素晴らしい王国首脳陣どもよね」
ラザリアナは渋い表情でプラチディアとリチャード1世達に対する奇譚の無い意見を述べ、アリステラは小さく頷く事で同意した後に山鳩を掲げながら口を開いた。
「……焼いてくるわ、皆で食べましょう」
「……お願いします、ミーティア達を見てます」
アリステラの言葉を受けたラザリアナは返答した後にミーティア達のラナウディア達と共にミーティア達の所へ移動し、アリステラはその様子を一瞥した後に木陰へ移動してナイフで山鳩の内臓を取り出し火魔法で処理した後に毛を毟り取り岩塩を振りかけて木串で突き刺した山鳩の身を積んだ枯れ木の火魔法で着火した焚火で炙り始め、作業を終えた後に焚火の前の木の根元に腰を降ろして焼き具合を確認し始めた。
アリステラが山鳩を焼き始めて暫くすると数匹の栗鼠が木の枝に現れてアリステラの様子を窺う様に見下ろし始め、それに気付いたアリステラは一瞬身構えたものの直ぐに脱力し諦念混じりの苦笑を浮かべながら見下ろす栗鼠に向けて口を開く。
「……ねえ、もう分かってるんでしょう?あたし達の戦力も場所も、その上で放っておいてるって事は、大した脅威にもならないあたし達なんて野垂れ死のうがどうなろうが知った事じゃ無いって判断なんでしょう?だったら少しお願いがあるけど構わないかしら?そちらにアイリーン様やエメラーダ様がいるって話なんだけど、2人、エメラーダ様とそれなりに縁のある者がいるの、せめてあの2人だけでも何とかして貰えないかしら?あたし達は覚悟の上で軍務に就いているけど、あの2人は違う、アイリーン様やエメラーダ様の様に訳分かんない連中の行動に巻き込まれた結果こんな事態に陥ってるの、だからあの2人だけでも何とかして貰う事は出来ないかしら?勿論ついでにあたしやラザリアナ、ラウナディア、ジュリアンナも何とかして貰えたら嬉しいけど」
アリステラは見下ろす栗鼠に向けて声をかけたが、栗鼠達は答える事無く無機質な硝子の様な眼で淡々とアリステラを見詰め続け、アリステラは小さく肩を竦めなた後に見下ろす栗鼠達から視線を外して焚火と焼いている山鳩へと視線を戻した。
ダンジョン・マスタールーム
栗鼠に擬態した使い魔とアリステラのやり取りとその後のアリステラの様子はマスタールームに逐一転送されており、それを確認したアイリスはアリステラが焚火に目を戻したのを確認した後に招集したヴァイスブルク伯国亡命政権首脳陣及びリステバルス皇国亡命政権首脳陣に視線を向けて口を開いた。
「……一番規模の大きな残存部隊に対する処置の協議のため会議を招集させて貰ったけど随分興味深い話が聞けたわね、あの中に縁の者がいると言うのは本当なのかしら?」
アイリスはそう言いながら出席していたエメラーダに視線を向け、エメラーダは小さく頷いた後に別の使い魔によって映し出されているミーティアの魔画像を痛まし気に一瞥した後に口を開いた。
「……ミーティアさんは私の後輩にあたる御方です、穏和で自己研鑽に励んでおられました、後輩として学友として親しく過ごさせて頂いておりました、魔力に才のある御方でしたが、軍務を志望している旨の御話は一度もされて降りませんでした、恐らくリステバルス王国に阿った生家のマルセイエーズ伯爵家が恭順の意を示す証として軍に強制入隊させた、と言った所では無いかと思われます」
「……つまり、彼女も貴女達と同じ被害者と言う訳ね、あの中隊長や部下達もこっちの使い魔達の存在に気付いてるみたいだし、中々面白そうな面子が揃っているみたいね」
エメラーダからミーティアに関する説明を受けたアイリスはそう呟くとミーティア達やアリステラが映し出された魔画像を見詰め、暫し思案した後に小さく頷きながら言葉を続ける。
「……規模的に大した脅威にもならないし、この森が実りの良い森だとしても冬はそうはいかないから放置しておこうと思っていたけど、綺麗どころが来てくれてこのダンジョンが華やかになるのも悪く無いわね」
「……アイリス様、感謝の言葉もございません」
「……ヴァイスブルク伯国亡命政権もアイリス様の御判断に従わせて頂きます」
アイリスの決断の言葉を受けたエメラーダが感謝の言葉を述べた後にアイリーンと共に深々と頭を垂れると、マリーカが賛意の言葉を告げながら頭を垂れ、アイリスは小さく頷いた後に指を軽くパチンッと鳴らしてハウサーと新設された第二親衛死霊連隊ダス・ライヒの指揮官を務める死霊伯爵、ケンプを呼び出して命令を下した。
「……ケンプ、ダス・ライヒに初陣を命じるわ、ダークナイト1個大隊とボーンビショップ2個小隊を出撃させなさい、ハウサー、LSSAから支援部隊としてダークマンティス中隊とレッサーヒュドラ中隊から部隊を抽出して行動させなさい」
……御意、新設サレマシタ我等ダス・ライヒノ初陣命令光栄ノ極ミデアリマス……
……御下命、承リマシタ、部隊ヲ抽出シテダス・ライヒノ支援ヲ実施サセマス……
アイリスの命令を受けたハウサーとケンプは深く頭を垂れながら返答し、アイリスは鷹揚に頷いた後に傍らに控えるリリアーナに視線を向けて口を開いた。
「……闇神官リリアーナ、貴女に部隊の指揮を任せるわ、部隊をもって敵残存部隊を完全包囲し、助命と逃亡許可の対価としてエメラーダの学友とあの中隊長達の身柄を要求させるわ」
「……御下命、謹んで御受け致しますアイリス様、アイリス様の寛大な条件が如何に恵まれた物であるかと納得出来る様、敵残存部隊をしっかりと包囲し我が軍の威武を見せつけて差し上げます」
アイリスから部隊の指揮官を任ぜられたリリアーナは恭しく頭を垂れながら返答し、それを聞いたアイリスは視線をリステバルス皇国亡命政権とヴァイスブルク伯国亡命政権へと向けながら言葉を続ける。
「……勧告と説得はリステバルス皇国亡命政権にお願いするわ、使者の護衛はダス・ライヒが行い、リステバルス皇国亡命政権とヴァイスブルク伯国亡命政権の両国にも護衛の派遣を許可するわ」
「……ヴァイスブルク伯国亡命政権はアイリス様の御下命を謹んで拝命し、盟邦のリステバルス皇国亡命政権に御協力させて頂きます」
「……アイリス様、寛大なる御配慮と御温情を頂きました事に対し先ず御礼申し上げた後に御下命を拝命させて頂きますわ、勧告と説得の使者にはエメラーダ様に実施させて頂き、盟邦ヴァイスブルク伯国亡命政権と我国及びダス・ライヒの皆様との協同で護衛させて頂きますわ」
「……勧告と説得の使者、謹んで拝命させて頂きます、アイリス様の御温情を有難く拝領し、使者の大役を務めさせて頂きますわ」
アイリスの提案を受けたマリーカ、アイリーン、エメラーダは深く頭を垂れながら受諾の言葉で応じ、アイリスは面映そうな表情で頷いた後に隣に控えているミリアリアに微笑みかけ、ミリアリアは微かに頬を緩めながら頷きを返した。
啄木鳥作戦の失敗と反攻作戦台風の成功による大勝から約一週間が経過した観月の月二日、散り散りに彷徨うリステバルス王国軍の残党の中でも最大の規模の集団はヴァイスブルクの森の一角に屯し、豊かな森の実りを糧に虎口を凌いでおり、その一員であるリステバルス王国第二魔導士団第三中隊長のアリステラの姿もあり、彼女は部下の新兵ミーティアの衰弱に心を痛めていた。
リステバルス戦役の被害者とも言えるミーティアの境遇に含む所のあったアリステラは残党の動静を監視しているアイリスの使い魔に心情を吐露し、それを確認したアイリスは新編された第二親衛死霊連隊ダス・ライヒを中心とした部隊を派遣し、残党への勧告を行う事を決意した。
豊かな森の実りを糧に何とか虎口を凌ぐリステバルス王国残存部隊、そんな彼等に新たなる惨劇が忍び寄り始めていた……