戦姫への誓い
征け我が夫、征け晴舞台へ、戦士の模範達よ
その首の為銃後の我等は、花摘み月桂樹編む
よしや貴方が死せど、英魂を鎮め
語り継ぎ、腹の子がその仇討たん
祖国が呼ぶ呼ぶぞ勝利かはた死か
我等国が為生き、国が為死せる
我等国が為生き、国が為死せる
門出の歌・四番歌詞(日本語訳)
大陸歴438年深緑の月三十一日・ヴァイスブルク城周辺・第三近衛騎士団野営地
啄木鳥作戦の失敗と三国連合軍の潰滅によって行われた軍議から一週間が経過した深緑の月三十一日、来たるべきクリストローゼ侯国進攻作戦に備えて本国への帰還が命じられた第三近衛騎士団は粛々と帰還に向けた準備を進めており、本営のテントではスティリアがクーデリアの援助によってドレスアーマーを装着していた。
「……随分とスッキリしたわね」
「……大方の準備は昨夜の内に終わり、残っていた簡易ベッド等も既に輜重の荷馬車に積み込みを終了致しました」
スティリアがガランとしたテント内を見ながら呟くとクーデリアがそれに応じながら胸甲の留め金を閉じて装着作業を終え、スティリアは小さく頷いた後に佇むクーデリアを見詰めた。
クラシカルなメイド服に身を包んだクーデリアの首にはスティリアの所有物である事を示す黒いチェーカーが装着されており、それを目にしたスティリアが微かに顔をしかめてしまうとクーデリアはたおやかな笑みを浮かべてチェーカーに指先を添え、ゆっくりと頭を振りながら言葉を続ける。
「……スティリア様、私に後悔はありません、貴女の所有物になる、それが私の答えです、私が望むのは貴女様の隆盛、ただそれのみです、その結界ロジナが隆盛を極め、同胞から恨まれ呪われ忌み嫌われ様とも、私は全てを甘受し貴女と共に歩み続けます、このチェーカーは、私のその覚悟の証、それ以上でも、それ以下でもございません」
クーデリアは決意とスティリアへの想いを告げた後にたおやかに微笑み、スティリアはクーデリアの決意と儚さを宿した笑みを目にして改めてクーデリアへの想いを噛み締めながら口を開く。
「……クーデリア、貴女は私だけの所有物だ、そして、その為なら私も全てを甘受する、ロジナの国是を是としないとしていた私がその主義を捨て、貴女を手籠めとする、全ては貴女を我が腕に抱き続ける為、その為に私はこれからも進み続ける、どんな悪評もどんな汚名も貴女と共に居続ける為ならば、喜んで甘受する」
スティリアはそう言うとクーデリアに正対してその肩に優しく抱き、クーデリアは頬を仄かな桜色に染めながらスティリアにもたれかかる。
スティリアとクーデリアは触れ合う互いの感触と互いへの想いを再確認し暫しの間噛み締め合った後に名残り惜し気に身体を離し、スティリアは穏やかな表情でクーデリアを見詰めながら言葉を続けた。
「……クーデリア、貴女に渡しておきたい物がある」
「……渡したい物ですか?」
スティリアの言葉を受けたクーデリアは小さく首を傾げながら言葉を返し、スティリアが小さく頷く事でそれに応じていると外で控えていたケイトとソニアがテント内に入り、ソニアが苦笑を浮かべながらクーデリアに鞘に収められた扶桑刀を差し出し、続いてケイトが苦笑混じりに口を開いた。
「……まあ、色気も欠片も無い贈物なんだけどな、お嬢は散々悩んだ挙句にこれを初めての贈物にしちまったんだよな」
「……まあ、スティリア様らしいと言えばスティリア様らしい贈物ですよね、特に御2人にとっては」
「……五月蝿いわよ2人とも」
ケイトとソニアの苦笑混じりの言葉を受けたスティリアは渋い表情でボソリと抗議の声をあげながらソニアから扶桑刀を受け取り、恥ずかしげに頬を赤らめながらクーデリアに声をかける。
「……本当に我ながらどうかと思う初めての贈物だけど、私と共に歩む事を決意してくれた貴女にこれを受け取って欲しいの」
「……ありがとうございます、スティリア様、私とスティリア様に相応しい贈物で光栄でございます」
スティリアが若干言い澱みながら扶桑刀を差し出すとクーデリアは誇らし気に微笑みながら返答した後に扶桑刀を受け取ると、スティリアの許可を得た後に扶桑刀を鞘から抜き放ち滑らかな光沢を放つ尖刀諸刃の刀身に簡単の吐表情を浮かべて言葉を続ける。
「……見事です、スティリア様のクリムゾンに勝るとも劣らぬ業物です」
「……銘は小烏、霊狐族が鍛えた霊刀よ、皇帝に献上された品なのだけど皇帝は十字教関連以外の品物には殆ど興味を示さずそれを理由に我が国が譲り受けた物でそれならばと私が所蔵していたの、貴女ならばこの霊刀も存分に使いこなせる筈よ」
クーデリアの感嘆の言葉を受けたスティリアはクーデリアが手にする扶桑刀、小烏の説明を行い、クーデリアは小さく頷いた後に小烏を鞘へと収め愛し気にスティリアを見詰めながら微笑んだ。
「……本当に私達に相応しい贈物ですね」
「……ええ、そうね」
(……やれやれ、恋は盲目って奴かな?)
(……まあ、2人らしいのは本当よね)
クーデリアとスティリアは微笑みながら言葉を交わし、ケイトとソニアは微苦笑を浮かべてそのやり取りを見詰めていた。
ヴァイスブルク城・帰還部隊
クーデリアとのやり取りを終えたスティリアはクーデリアと別れて第三近衛騎士団本部に移動して帰還に向けた最後の調整業務を行い、その後ヴァイスブルク城を訪問してヴァイスブルク派遣軍司令部に帰還する旨を伝えた後に部隊をヴァイスブルク城へ移動させた。
ヴァイスブルク城の近郊には第三騎士団と第九騎士団が整然と整列して帰還に備えており、ヴァイスブルク男爵領国のエルフの民達は遠巻きのその様子を見詰めていた。
軍規が緩みがちのヴァイスブルク派遣軍の中にあって例外的に高い規律を持ち軍務に従事していた両部隊が去る事による不安と、征服者のロジナの部隊が減る事による圧迫感の軽減とそれに伴う安堵と言う相反する感情を抱きながら見守るエルフの民達、そんな彼等、彼女等であったがある一点だけには明確な反感と敵意と憎悪の視線を向けていた。
エルフの民達が怨嗟の視線を向ける先には、スティリアの随員達の列の中に加わるメイド服姿のクーデリアの姿があり、捕らえられた同胞が辛酸を舐める中、要職の身であったにも関わらず征服者であるスティリアの奴隷となったクーデリアに向けられる反感と敵意と憎悪の視線は佇むクーデリアに突き刺さり、クーデリアは静かに降り注ぐ怨嗟の視線を受け止めていた。
(……当然だ、未だ多くの戦友達が虜囚となり、筆舌に尽くしがたい辛苦を味合わされている中、ただ1人のうのうと生き、剰え怨敵ロジナの姫の所有物となっている、私の存在はヴァイスブルクが屈した事を示す証左の1つとさえ言える)
クーデリアが怨嗟の視線を甘受しながら端然と佇んでいると司令部への報告を終えたスティリアがリーリャと共に騎乗し姿を現し、クーデリアは腰に差した小烏の柄に手を添えながら騎乗するスティリアを見詰める。
スティリアはリーリャと別れると軽やかな手綱捌きで第三近衛騎士団の隊列に合流し、出迎えた幕僚と暫し会話を交わした後に整列する部隊に向けて号令を発した。
「……これより本国へ帰還する、当所の隊列は各大隊建制順に移動する、異道中は近衛として恥ずかしくない振舞いと規律を維持して前進を実施せよ、総員新発せよ!!」
スティリアが号令を発すると第一近衛騎士大隊の騎乗近衛騎士達が整然と前進を開始し、見送りの為に整列したナルサスやアロイス等のヴァイスブルク派遣軍司令部やヴァイスブルク男爵領国首脳部の前を粛々と通り過ぎて本国への帰還を開始した。
見送るアロイスの表情は後ろ盾であるヴァイスブルク派遣軍の主力とも言うべき第三近衛騎士団と第九騎士団の帰還による不安によって固く強張り、クーデリアが冷淡な眼差しで軍列を見送るアロイスを見詰めていると、クーデリア達の進発の順番となり、クーデリアはエルフの民達の怨嗟の視線を甘受しながら静かに歩を進め始めた。
クーデリアは浴びせられる怨嗟の視線の中を淡々と歩みながら幕僚達と共に前進を続けるスティリアを見詰め、その存在を噛み締めながら腰に差した小烏の柄を軽く握りスティリアへの想いを確かめていた。
第三近衛騎士団と第九騎士団は粛々と前進を続けてヴァイスブルク城を出ると本国へ向かう為の街道を進み、本国に於いて着々と準備が進められている選帝侯国クリストローゼ侯国への進攻作戦と言う新たな死闘への参加を目指し前進を続けた。
第三近衛騎士団と第九騎士団の本国帰還によりヴァイスブルク周辺の戦況は一時的な小康状態となったが、ロジナ侯国の要請を受けたツェントラル同盟は加盟国の一部であるイエナ伯国、アウエルシュタット男爵領国、ルウム子爵領国が各1個騎士団からなる増援部隊を進発させ、戦死したリキメロスの復讐に燃えるリステバルス王国も約20000と言う大軍を援軍としており、束の間の平穏は魔王アイリスによって引き起こされる新たな惨劇と新たな大乱への静かな序曲に過ぎなかった。
深緑の月最後の日、選帝侯国クリストローゼ公国への全面進攻作戦に参加する為、第三近衛騎士団と第九騎士団はロジナ本国へ帰還する為にヴァイスブルクを出立し、スティリアは出発前の僅かな一時を利用してクーデリアに所属していた扶桑刀、小烏を託した。
クーデリアはスティリアへの想いを噛み締めながら手渡された小烏を受け取り、愛する戦姫の隆盛のみを願い同胞達の怨嗟を甘受する事を決意しながヴァイスブルクを出立し、新たな大乱へ向かう軍旅にスティリアと共に参加する事となった。
第三近衛騎士団と第九騎士団の帰還による戦力が低下したヴァイスブルク派遣軍は積極的な活動を控え、戦況は小康状態となったが、ロジナ侯国の要請を受けたツェントラル同盟とリキメロスの死に赫怒するリステバルス王国はヴァイスブルク派遣軍への援軍の派遣を始め、歴史は魔王アイリスによる新たな惨劇とアイリスの出現によって勃発した新たな大乱の発生を前に束の間の平穏の時を迎えていた……