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誤謬の大乱

子らよ母の涙を恐るな、消え去れこの憂き目

苛政に耐えて我が勝利の時、帝は地に落ちる

与えられし命は、汝が為非ず

母なるフランスが為、国に捧ぐ為

祖国が呼ぶ呼ぶぞ、勝利かはた死か

我等国が為生き、国が為死せる

我等国が為生き、国が為死せる


門出の歌・二番歌詞(日本語訳)

大陸歴438年深緑の月二十四日・ヴァイスブルク城周辺・ロジナ候国軍第三近衛騎士団野営地


啄木鳥作戦の完全なる失敗と三国連合軍の潰滅から一週間が経過した深緑の月二十四日、五月雨式に収容されていた三国連合軍の生き残り達の収容作業に一段落がついたのを確認したロジナ侯国軍ヴァイスブルク派遣軍司令官ナルサスは作戦会議の招集を命じ、招集の名を受けたスティリアは野営地の団長用のテントにて身支度を整えた後にアイスティーで喉を潤して出発前の束の間の一時を過ごし、その傍らにはメイド服姿のクーデリアが静かに佇んでいた。

「……ありがとう、人心地ついたわ」

「……ありがとうございます、スティリア様」

スティリアの感謝の言葉を受けたクーデリアは柔らか笑みを浮かべながら言葉を返し、スティリアは小さく頷きながら空になったグラスをテーブルに置き、その後にクーデリアの所へと歩み寄りメイド服に包まれた肢体を少しぎこちなく、しかし、愛し気に抱き締めながらクーデリアに囁やきかける。

「……行ってくる」

「……行ってらっしゃいませ、スティリア様」

スティリアはクーデリアと互いへの想いを確かめ合う様に言葉を交わした後に名残惜しげに身体を離してテントから退室し、クーデリアは先程まで己の身体を掻き抱いていたスティリアの温もりを噛み締めながら深々と頭を垂れてスティリアの背中を見送った。


ヴァイスブルク城貴賓室・ヴァイスブルク派遣軍総司令部


スティリアが途中で合流したリーリャと共にヴァイスブルク城の貴賓室に設置されているヴァイスブルク派遣軍司令部の会議室に入室すると、そこには既に到着していたレンネンカンプやチーグタムが渋い表情で鎮座しており、スティリアとリーリャが軽く一礼して自身の席に着くと会議の参加者達が三々五々に集まり、最後に渋い表情のナルサスが青褪めた表情のアロイスと共に入室して参加者達を見渡しながら口を開いた。

「……皆、よく集まってくれた、只今より啄木鳥作戦の結果とそれに伴い発生した損害、そして、今後のロジナ本国の対応及び我々の行動に関する会議を行う、先ずは啄木鳥作戦の顛末と我が軍の被害状況に関する報告を行う」

ナルサスが渋い表情のままつそう告げると報告役の下級幕僚が強張った表情で啄木鳥作戦に参加した三国連合軍の被害状況に関する報告を始め、スティリアを含めた参加者達は固い表情で報告に耳を傾けた。

リステバルス王国軍約9000にラステンブルク伯国軍の2個猟兵団、そして、騎士団のポポフ自らが率いるヴァイスブルク男爵領国軍第一騎士団の約半数の約12000名からなる三国連合軍であったが啄木鳥作戦の結果、総司令官のリキメロス、ポポフ、ラステンブルク伯国軍、第二猟兵団長カナタと第三猟兵団長トーゴ、リステバルス王国軍第三魔導士団長ジュノーの戦死し、将兵は戦死お呼び行方不明約9000と言う大損害を被り這々の体で収容された約3000の混成部隊も三分の一近くが重軽傷を負っており、この損害とリステバルス王国お呼びヴァイスブルク男爵領国に転移させられたリキメロスとポポフの末路により啄木鳥作戦は完全なる失敗となり、三国連合軍は潰滅的打撃を被り戦力をほぼ喪失した物と判定され、強張った表情の下級幕僚の報告が終わると貴賓室は重苦しい沈黙に包まれてしまう。

(……覚悟はしていたが、やはり、紛う事無き大敗北だな、泥沼に嵌まり込んでしまったかの様に我が軍や同盟国軍の戦力が失われ続けている)

スティリアは三国連合軍の甚大な損害と損害と補填の連鎖に暗然とし、他の出席者達も押し黙るなか、ナルサスがゆっくりと立ち上がり、出席者達が視線を送る中、重々し表情で口を開いた。

「……啄木鳥作戦の失敗とそれに伴う損害は大きい、しかしながらこの犠牲は決して無駄では無く、我々は遂に一連の事態で蠢動する者共の正体を看破する事に成功した」

ナルサスの衝撃的な発言を受けた出席者達は思わずざわめき声をもらし、ナルサスは片手を掲げてそれを制した後に厳然とした表情で言葉を続ける。

「……ヴァイスブルク城及びリステバルス王国で確認された大規模転移魔法から鑑み、本国は今回の騒乱にクリストローゼ候国が関与している物と断定した、現在、クリストローゼ候国は厚顔にも関与を否定しているが、選帝侯国にも選ばれし同国の暴挙は既に白日の下に晒されている、そこで本国は友好国てあるロンゴバルド候国及びヴァンブルク候国と共に黒幕たるクリストローゼ候国に対する鉄槌と聖戦を実施する事を決断した」

「……っなっ!?」

ナルサスの口から出たのは選帝侯国たるクリストローゼ候国に対する全面攻勢と言う衝撃的な言葉であり、スティリアが言葉を喪っていると、ナルサスは厳然とした口調で説明を続けた。

「……この作戦は限定的な進攻では無く、連邦瓦解を目指すクリストローゼ候国を滅ぼし、新たな選帝侯国としてヴァンブルク候国を推挙する事を目的としている、その為、この作戦には再編中の第七、第十六騎士団と、ラステンブルク伯国への派遣が命じられた第二十騎士団を除く本国駐屯中の14個騎士団、2個近衛騎士団の内12個騎士団と1個近衛騎士団が作戦に参加し、我が軍ヴァイスブルク派遣軍からもリーリャ殿の第九騎士団、スティリア様の第三近衛騎士団が増派され作戦に参加する事が決定した、これに伴い、ヴァイスブルク派遣軍への増援派遣は中止され、我が軍は当面の間、第五、第十八の2個騎士団態勢で活動する事になる」

(……正気なのか、クリストローゼ候国の関与の可能性等碌な証拠も無い現状で戦役を仕掛ける、しかも、ロンゴバルド候国やヴァンブルク候国も参加した大規模戦役、余りに性急過ぎる、この作戦が実施されればヴァイスブルク戦役とは比べ物にならない総力戦となる、そんな大事をこれ程あわふやな理由で行ってしまう等、正気の沙汰では無いぞ)

ナルサスの説明した作戦内容は、これまでの戦役とは比べ物にならない、総力戦とも言うべき大規模作戦であり、スティリアはこれ程の規模の作戦開始の理由としては余りにあやふやな理由に愕然としながら発言を求め、厳しい表情と共に口を開いた。

「……クリストローゼ候国の関与が疑われると言われたが、具体的な証拠は何一つ挙がっていないのが現状です、その様な不確かであやふやな理由でこの様な総力戦を実施するのは、余りに危険では無いのですか?クリストローゼ候国は選帝侯国であり、この戦役は間違い無く総力戦になります、また、損害が続出しているヴァイスブルク派遣軍から、私達と第九騎士団が抽出されると大幅な戦力低下を来たします、本国はそれらの手当ても含めて差配した上でこの戦役を実施するつもりなのですか?」

「……スティリア様の御懸念には頷く所もある、しかしながら、啄木鳥作戦の際に見られた大規模魔法は魔法に長けたクリストローゼ候国の関与を雄弁に物語っていると言うのが本国の判断であり、私もそれに同意している、選帝侯国のクリストローゼ候国との戦役はスティリア様が御懸念する様に総力戦となり、リーリャ殿の第九騎士団とスティリア様の第三近衛騎士団の参加は必須であると本国が判断し、私も同意した、両騎士団の抽出により当面我が軍は2個騎士団態勢を余儀無くされてしまうが、ヴァイスブルク男爵領国軍の5個騎士団態勢への移行が間もなく完了し、ラステンブルク伯国との交渉の結果、ラステンブルクから派遣された生き残りの将兵に補充兵を加えた1個猟兵団相当のヴァイスブルク派遣猟兵団がチーグタム殿指揮下で我々に協力する事になった、更にヴァイスブルク男爵領国やラステンブルク伯国が加盟するツェントラル同盟との交渉により同盟加盟国から3個騎士団相当の部隊が派遣される事になった、そして、リキメロス殿の戦死を確認したリステバルス王国のリチャード陛下は大変なお怒りであり、近衛騎士団長のバジリスコス殿の指揮官に5個騎士団、3個魔導士団、近衛騎士、神殿騎士各2個大隊に各種補助戦力で編成される約20000名の兵力派遣を約束して下さった、その為、我がヴァイスブルク派遣軍はツェントラル同盟軍とリステバルス王国軍の到着とヴァイスブルク男爵領国軍の態勢完了までヴァイスブルク男爵領国の態勢維持を主目的に行動する事になる、本事項は本国からの決定事項であり、各員はそれに従って行動して貰いたい」

スティリアの懸念と問い掛けを受けたナルサスは渋い表情になりながら第九騎士団と第三近衛騎士団が抽出されたヴァイスブルク派遣軍に対する戦力補填計画と今後の方針を伝え、スティリアが厳しい表情で頷いた後に席に座るとリーリャから念話による問い掛けが送られて来た。

(……どう思う?確かに大規模な転移魔法の存在は第三者の介入の証拠とは言えるけど、だからといってクリストローゼ候国の介入を決定付けるには弱いわよ)

(……その通りです、この様なあやふやな証拠でクリストローゼ候国との総力戦に移行するのは強引過ぎ危険過ぎます、ここ十年で、ノルティック戦役、ルフトラント戦役、リステバルス戦役、ヴァイスブルク戦役と立て続けに戦役を行い、その上、これ程損害が頻発している中で選帝侯国との総力戦等、亜人族に対するこれらの戦役に対する不満や嫌悪が累積した状態では、連邦内での大規模内戦に繋がる可能性すらあります、しかし既に本国からの命令が下されている以上、私達に出来る事は……)

(……既に賽は投げられた後、か)

リーリャとスティリアは厳しさと諦念がない混ぜになった表情で念話の会話を行い、その間にもナルサス主導でヴァイスブルク派遣軍の再編成と援軍到着までの行動計画の立案が進められていた。

会議の結果、第九騎士団と第三近衛騎士団の本国帰還開始は1週間後の深緑の月三十一日となり、当面の間2個騎士団態勢となるヴァイスブルク派遣軍はヴァイスブルク男爵領国の治安維持と同国軍の戦力化への協力を主目的とし、ヴァイスブルクの森に潜伏していると残党が拠点としているダンジョンへの積極攻勢、封鎖等の処置は行われず小規模部隊による偵察や威力偵察等に留める事が決定されスティリアやリーリャは急変を続ける事態に憂慮しながらも本国帰還に向けての準備を部下達へ命じた。

啄木鳥作戦の完全な失敗と三国連合軍の潰滅、紛う事無き大敗は選帝侯国の一つであるクリストローゼ候国に対する全面進攻と言う総力戦に発展し、後にその顛末を知ったアイリスは敵対国と仮想敵対国が相克するこの状況を嘲笑と共にこう呼称し、多くの史家達も諦念と共に同意してその呼称を使用する事となる


……共食い戦争、と……



啄木鳥作戦の失敗と三国連合軍の潰滅から約1週間が経過した深緑の月二十四日、敗走していた残存部隊の収容に区切がついたスティリアはリーリャと共にヴァイスブルク派遣軍司令部へ移動して会議に参加し、派遣軍総司令官ナルサスはスティリア達出席者達に対して本国から伝えられた驚愕の命令を通達した。

本国から通達されたのは一連の敗戦と損害を引き起こした第三者として選帝侯国の1つ、クリストローゼ候国が元凶であると断定し、同国に対して同盟関係にある選帝侯国ロンゴバルド候国と通常候国ヴァンブルク候国と協力して進攻し、禍根を断つ一方、進攻作戦に参加する為ヴァイスブルク派遣軍より抽出される第九騎士団及び第三近衛騎士団の代わりとしてヴァイスブルク男爵領国やラステンブルク伯国が加盟するツェントラル同盟及び、リキメロス戦死に怒り狂うリチャードの命により派遣されるリステバルス王国から新たな増援を出撃させると言う内容であり、スティリアとリーリャは過去の戦役を遥かに凌駕する総力戦とも言うべきクリストローゼ候国進攻と言う重大事案があまりにあやふやな証拠により行われる事に懸念と不安を募らせながらも大きく動き始めた歴史の歯車に身を投じる事を余儀無くされた。

大きく動き始めた歴史の歯車、それは魔王アイリスにとって敵対国と潜在的敵対国が相克する共食い戦争とも呼ぶべき、誤謬の大乱……


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