宣戦布告
今後も本作を宜しくお願い致します。
アイリス戦闘団攻撃開始位置
ダンジョンを包囲する三国連合軍に対する全面反攻作戦、台風作戦、作戦参加部隊はサララ、カッツバッハ、アイリスの3個戦闘団に別れて攻撃開始位置へ向けて前進していき、その数時間後にアイリス率いるアイリス戦闘団は攻撃開始位置へ到着し、散開して攻撃態勢を整え始めていた。
「アイリス様、此方、サララ戦闘団です、現在攻撃開始位置にて攻撃態勢へ移行中です、間もなく完了の見込みです」
「アイリス様、此方はカッツバッハ戦闘団、只今攻撃開始位置にて攻撃準備を実施中です、間もなく完了の見込みとなります」
「……了解、各戦闘団は攻撃準備完了後は攻撃開始命令が出るまで待機して頂戴」
「「了解しました」」
ミリアリアと並んで倒木に腰掛けていたアイリスは、サララとカッツバッハから届いた攻撃準備の進捗状況の報せに対して返答し、その後に傍らに座るミリアリアに視線を向けながら口を開く。
「だいぶ準備も整った様ね、そろそろ、宣戦布告の頃合ね」
アイリスの言葉を受けたミリアリアは頷く事で応じ、その後に氷の様に冷めた視線を傍らへ向けた。
ミリアリアの視線の先にはLSSAのボーンウォーリアによって運搬されてきた氷漬けのリキメロス達があり、アイリスは魔王に相応しい凄惨な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「マリーカとアイリーンからヴァイスブルク城とリステバルスの王宮の概略を聞いてるわ、この氷人形達には、メッセンジャーの使命を存分に果たして貰う事になるわ」
アイリスがミリアリアに説明を行なっているとサララとカッツバッハから攻撃準備が完了した事が報され、ほぼ同時にユーティリアとクーリアからも各作戦群の戦闘準備が完了したとの報告が齎され、それを受けたアイリスは苦悶の表情を浮かべて氷のオブジェとなっているリキメロス達に向き直り、小さくパチンッと指を鳴らした。
アイリスが指を鳴らすのと同時にリキメロス達の足元に巨大な魔法陣が形成され、形成された魔法陣が一際眩い光を放つと同時に並べられていた氷漬けのリキメロス達の姿が消失した。
リステバルス王国・王都グロスロマーネス・王宮
アイリス率いる異形の軍勢がダンジョンを囲む三国連合軍に対する攻撃準備を整えていた頃、リステバルス王国の王都グロスロマーネスの王宮の休憩室では、国王リチャード1世と王妃候補プラチディアが、王国宰相マヨリアヌス、近衛騎士団長バジリスコス、王国神殿長アンテミウスが集り茶会の席を囲んでいた。
「……リキメロス様はもう突入した頃でしょうか?」
プラチディアは紅茶を嗜みながら心配する様に呟き、それを聞いたマヨリアヌスは頷いた後に茶菓へ伸ばしかけていた手を止めて口を開いた。
「……先程、ロジナ候国の大使様よりリキメロスが突入作戦、啄木鳥作戦を発動して突入したとの連絡がありました、我国の秘宝、アンテミウスもジュエルゲートとジュエルロッドの発動を確認しました、売国奴どもの命運は最早風前の灯、後は吉報が、齎されるのを待つばかりです」
マヨリアヌスが説明を行うと優雅に紅茶を嗜んでいたアンテミウスが微笑を浮かべながらと頷き、それを聞いたプラチディアが安堵の表情を浮かべていると、部屋の外が慌ただしくなり、それに気付いたバジリスコスが舌打ちしながら立ち上がり口を開く。
「ったく、何事だよ、騒がしいな、少しどやしつけてやる」
バジリスコスがそう呟きながら出入口のドアに向かおうとすると、その機先を制する様にドアが開かれて血相を変えた近衛騎士が室内に駆け込み、その様子を目にしたバジリスコスが部下の失態に青筋を立てながら怒鳴ろうとすると、近衛騎士が叫ぶ様に口を開いた。
「き、緊急事態ですっ!ひ、秘匿謁見場にり、リキメロス様がっ、リキメロス様が突如として出現しましたっ!そ、それもこ、氷漬けの状態でっ……と、兎に角直ぐにお越し下さいませっ!し、周囲は混乱状態に陥っておりますっ!!」
「な、何だとぉっ!……くっ、バジリスコス、マヨリアヌス、ついて来いっ!アンテミウスッ!お前は聖女を頼むっ!貴様は案内しろっ!今直ぐにだっ!!」
近衛騎士の叫んだ報告は衝撃的な物であり、それを受けたリチャード1世は泡を食って立ち上がり一同に声をかけた後に近衛騎士の案内の下、休憩室を駆け出して行き、青ざめた顔でその背中を見送るプラチディアに対してアンテミウスはプラチディアの不安を和らげる為に肩に優しく手を添えながら精神安定の為の魔法をかけ始めた。
一方、血相を変えたリチャード1世、バジリスコス、マヨリアヌスが顔面蒼白の近衛騎士に案内されて秘匿謁見場に移動すると、警備を行っていた近衛騎士達が青ざめた表情で右往左往しており、リチャード1世達は彼等を退かせながら秘匿謁見場に入ったが目の前に広がる信じ難い光景に思わず息を呑んで立ち尽くしてしまった。
立ち尽くしてしまったリチャード1世達の目の前には闇色の氷の中に閉じ込められ苦悶の表情を浮かべているリキメロスの姿があり、その凄惨な姿を目にしたバジリスコスは我にかえると氷のオブジェと化したリキメロスに駆け寄りながら口を開く。
「……お、オイッ!リキメロスッ!い、一体、一体何があったんだよっ!クソッ!クソッ!オイッ!誰かっ!誰かっ何とかしろっ!」
「……ッオイッ!!貴様、アンテミウスを呼んで来いっ!」
「……聖女はっ!プラチディアは絶対に此処に呼ぶなっ!別室に下がらせて落ち着かせろっ!」
バジリスコスが狼狽え怒号を張り上げるていると、漸く我にかえったリチャード1世とマヨリアヌスが狼狽える近衛騎士達にアンテミウスを呼びに行かせ、それからリチャード1世とマヨリアヌスは狼狽えるバジリスコスを宥めて落ち着かせた後に闇色の氷のオブジェとなったリキメロスを驚愕の表情で見詰めた。
「……信じられんっ、一体これは何なんだ?あのリキメロスがこんな無惨な姿に……」
「……し、しかも、リキメロスはまだ生きていますっ、て、手に持ったジュエルロッドはまだ光っています、ジュエルロッドは手にした者の魔力で作動します、あれがまだ光っていると言う事は、リキメロスは生きたまま氷漬けにされていると言う事です」
「……クソッ!クソッ!!一体誰だっ!誰がリキメロスにこんな酷え仕打ちをっ!許さねぇっ!絶対に許さねぇぞっ!!」
リチャード1世とマヨリアヌスが驚愕の面持ちで言葉を交わし、バジリスコスが憤怒の形相で吠え狂っていると近衛騎士に案内されたアンテミウスが慌てて室内に駆け込み、変わり果てたリキメロスの姿を目にしたアンテミウスは慌てて聖魔法を使用してリキメロスを閉じ込めた闇色の氷を排除しようとしたが、闇色の氷はアンテミウスの聖魔法を受けても微動だにせず、その光景を目にしたアンテミウスは愕然としながら呟きをもらす。
「……馬鹿なっ、一体この氷は何なんだ?私の聖魔法を受けても小揺るぎもしないなんて、こんな事が、こんな事があって良い筈が無い」
アンテミウスが呆然と呟いていると、氷のオブジェと化したリキメロスを覆う闇色の氷に突如として無数の罅割れが生じ、その光景を目にしたリチャード1世は慌てふためきながら怒声を張り上げる。
「……ま、まさかっリキメロスはこのままっ!お、オイッ!誰かっ!誰かっ何とかしろっ!こ、このままではっ!このままではっ、リキメロスがあぁっ!」
リチャード1世の張り上げた怒声が虚しく響き渡る中、無数の罅割れに覆われたリキメロスの生きた氷像が粉微塵に爆ぜ、無数の氷片と化したリキメロスの骸が爆ぜ散るのを目にしたリチャードは双眼に狂気に近い怒りを宿しながら吠えた。
「……許さんっ!許さんぞおぉぉぉっ!!アイリィィィンッ!!不肖の愚妹ながらも妹として情をかけてやったにも関わらずぅっ!リキメロスをっ!リキメロスをぉっ!許さんっ!許さんっ!!許さんぞおぉぉぉっ!!殺さんっ!断じて楽には殺さんっ!徹底的に嬲り抜いてぇっ!生きていた事を後悔させてやるぞっ!」
狂気に近い憤怒の表情で吠え狂うリチャード1世の傍らではマヨリアヌスとバジリスコス、アンテミウスが狂怒の表情で頷き、近衛騎士達はその赫怒ぶりに慄き、遠巻きに見やる事しか出来なかった。
ヴァイスブルク城・ロジナ候国軍ヴァイスブルク駐留軍司令部
グロスロマーネスの王宮が驚天動地の事態に震撼していた頃、ヴァイスブルク城に設けられたロジナ候国軍、ヴァイスブルク駐留軍司令部では、リキメロスから齎された勝報を祝う為の祝宴の用意が整えられていた。
勝報を伝えられたスティリアが、リーリャ、ミサと共に祝宴の場に到着すると、そこでは既にアロイスとナルサスがにこやかな表情でグラスに満たされたゼクトを堪能しており、到着したスティリア達に気付いたアロイスは満面の笑みを浮かべながらスティリアに声をかける。
「……スティリア様、他の皆様も良くお越し下さいました、リキメロス様の御連絡により、ダンジョンの中枢にて旧ヴァイスブルク伯国最期の生き残りマリーカ・フォン・ヴァイスブルク、旧リステバルス皇国皇女アイリーン・ド・リステバルス、そしてダンジョンの主を名乗る薄い混血の獣人を捕縛した事が判明しました、この大戦果により、永きに渡ったヴァイスブルク戦役は漸く終結の時を迎えました、ささやかではございますが祝宴の用意を致しました、皆様も是非お召し上がり下さいませ」
アロイスが弾んだ声で告げていると給仕をしていた騎士達がスティリア達にゼクトを満たしたグラスを渡し、それを受け取ったスティリアはこれ迄の甚大な損害と異様な襲撃と比べると呆気無いとさえ言える顛末に訝しげな表情になりながらアロイスとナルサスに問いかける。
「……突入部隊が捕縛に成功したとの事ですが、面通しは完了しているのですか?」
「御安心下さいスティリア様、旧リステバルス皇国の者達の面通しは自ら突入部隊を率いて突入したリキメロス様が直々に行い、旧ヴァイスブルク伯国の残党どもの面通しはポポフ殿が実施しております」
スティリアの懸念を聞いたナルサスは笑みを浮かべながら返答したがその内容は総司令官であるリキメロスが自ら率先してダンジョンに突入したという信じ難い物であり、スティリアは愕然とした表情になりながら呟きをもらす。
「……突入した?総司令官のリキメロス殿が、自ら?」
(……うわっ、控え目に言って阿呆ね)
(……リーリャ、全然控えて無いわよ、私も同意見だけど)
愕然とした表情で呟くスティリアの傍らではリーリャとミサが平然とした風を装いながら念話で忌憚のない意見を交わし、アロイスとナルサスがスティリア達の内心に気付く事無くにこやかな表情で頷いていると、血相を変えたヴァイスブルク男爵領国軍のエルフ騎士が駆け込んみ、その姿を目にしたアロイスが渋面を作りながら駆け込んできたエルフ騎士に声をかける。
「……何事だっ、今は祝の宴の最中だぞ」
「……き、緊急事態ですっ!え、謁見場に氷漬けになったポポフ様他数名が突如として出現しましたっ!て、転位魔法で転位させられて来た物と思われますっ!」
不機嫌な表情のアロイスの叱責を受けたエルフ騎士は青ざめた表情で凶報を告げ、凶報を受けた周囲がざわめく中、スティリア、リーリャ、ミサはグラスを手近なテーブルに置いて青ざめた表情のエルフ騎士に案内させて謁見場に移動した。
スティリア達が謁見場に到着すると、警備を行っていたヴァイスブルク男爵領国軍のエルフ騎士達が混乱しながら右往左往しており、スティリア達はその中を掻き分けながら進み、視界に飛び込んで来た光景に思わず息を呑んでしまう。
息を呑んでしまったスティリア達の眼前には苦悶の表情を浮かべている闇色の氷のオブジェと化したポポフ、アグリッピーナ、メッサリーナの姿があり、スティリア達が言葉を喪って3体の氷のオブジェを見詰めていると、アロイスとナルサスも慌てて駆けつけ、変わり果てたポポフ達の姿を目にしたアロイスは狼狽えながら叫び声をあげる。
「……な、何だこれはっ!?い、一体何が起こったんだっ!ぽ、ポポフだけで無く、あ、アグリッピーナにメッサリーナまでっ!わ、我々は勝利した筈だぞっ!い、一体何が起こっているのだっ!」
「……スティリア様、リキメロス殿の猪行軍のおかげで〜どう急いでも〜救援には1日強はかかりますよ〜」
「……もう無理ね、包囲部隊に緊急魔通信を行って急速撤退を命じるしか無いわ、何もかも棄てて撤退させる………間に合えば、の話だけど」
狼狽え騒ぐアロイスを尻目にリーリャのかけた淡々とした言葉を受けたスティリアが淡々とした口調で応じていると、氷のオブジェと化したポポフ達の全身が無數の罅割れによって埋め尽くされ、それを目にしたスティリアが諦念の表情になりながら唇を噛み締めていると氷のオブジェとなっていたポポフ達が粉微塵に爆散し、その光景を目にしたアロイスはけたたましい悲鳴をあげながら尻餅を着いてしまう。
「……な、何がっ?一体何が起こったのだっ、わ、我々は勝利したっ、勝利した筈だ、な、なのにい、一体何が起こったのだっ、な、何がっ?何がっ?何が起こったあぁぁぁっ!!」
「……ナルサス殿!アロイス様を別室にっ!それと、三国連合軍に可及的速やかな撤退を命じて下さいづ!全てを棄てて速やわかにヴァイスブルクに撤退する様命じて下さいっ!突入したポポフ殿や間諜として潜り込ませていた者達がこの有様なのですっ!啄木鳥作戦は完全に失敗したと言わざるを得ませんっ!更なる損害を重ねる前に一刻も早く撤退命令をっ!」
「……で、伝令!先程三国連合軍司令部より大規模な魔法攻撃を受けていると緊急連絡がありました、ダンジョンに突入した総司令官リキメロス様の安否は不明との事です!!」
スティリアは尻餅をついたまま喚き散らすアロイスの姿を一瞥した後に呆然としているナルサスに具申したが、血相を変えた伝令が謁見場に駆け込みスティリアの恐れていた事態が生じた事を報告し、スティリアが舌打ちしているとエルフ騎士達が慌てて尻餅をついたアロイスを助け起こして別室へ引き摺る様に移動させ始め、リーリャがその様子を一瞥した後に漸く我にかえったナルサスに声をかける。
「ナルサス様〜、取り敢えず〜私達で〜進める限り進んでみますね〜救護所の設置、宜しくお願いしますね〜」
「わ、分かった宜しく頼むリーリャ殿、第十八騎士団の一部と共に救援に向かってくれ、三国連合軍には血路を開いての撤退を命ずる、進めるだけ進んだ所で臨時の救護所を設置し撤退部隊の収容を行ってくれ、スティリア様、第三近衛騎士団にも後詰めとして出撃して頂きます」
「……承知しました、直ちに準備を整え出立致します」
(最早間に合うまい、この騒動は魔龍の同盟者から私達への宣戦布告、と言った所だな……恐らくリステバルス王国でも同様の事態が生起しているに違いない、そして我々は、敵の正体すら分からぬまま更に損害を重ねてしまっている)
リーリャの具申を受けたナルサスは第九、第十二騎士団と第三近衛騎団に撤退する三国連合軍の収容を命じ、スティリアはそれに応じながらこの騒動とこれから生じるであろう自軍の甚大な損害に内心で慄然としながら宿営地に戻る為に踵を返してリーリャやミサと共に喧騒の場を後にした。
反攻作戦台風の発動に従い、ダンジョンを包囲する三国連合軍に対する攻撃態勢を整えたアイリス率いる異形の軍勢、準備が完了した事を確認したアイリスは闇の氷のオブジェと化したリキメロスやポポフ達をリステバルス王国やヴァイスブルク男爵領国へと転位魔法で送り着けた。
送り着けられた氷のオブジェ達は為す術無く狼狽える関係者達の眼前で粉微塵に爆ぜ散ってしまい、リステバルス王国首脳部は凄惨な光景に怒り狂ってしまう。
一方ヴァイスブルク男爵領国では凄惨な氷のオブジェの爆散に続いて三国連合軍に対する大規模な攻撃が行われている事が告げられ、スティリアは翻弄され甚大な損害を被り続ける自軍の状況に慄然としながら撤退する三国連合軍を収容する為に出立していった……