惨劇・啄木鳥作戦編・破砕
今後も本作を宜しくお願いします。
マスタールーム
放置されていた死体や囚われていた者達が突如としてボーンナイトやボーンウォーリアーに変化して襲いかかる、仮初めの勝利に油断しありもしないダンジョンコア捜索に傾注していた突入部隊は完全に不意をつかれて損害を続出させてしまい、大鎌を手にリキメロス達と対峙するアイリスは楽し気に嘲笑いながらアンデッド部隊の襲撃を受ける突入部隊の姿が映し出された魔画像をリキメロス達に見せつけていた。
「……フフフ、どうだったかしら、あたしの配下のアンデッドの中でも特に芝居っ気が強い連中を集めて編成した特務部隊、ブランデンブルグ中隊の擬態の腕前は?」
……恐レナガラ、アイリス様、我々ノ準備ハ急拵エデシタガ、コイツ等ハ気付ク所カ、不審ニ思ッテイル様子スラアリマセンデシタ、コノ程度ノ連中ノ感想ヲ聞イテモ、役ニタツトハ思エマセヌ……
「……あらあら、言われてみればその通りだったわね、作戦を立案する際は計画がとても上手く行っている状態、全般的に見ればは上手く行っている状態、全般的に見て上手く行ってない状態、全く上手く行ってない状態を想定しなきゃいけないんだけど、ここまで上手くとは想定していなかったわ、だってここまで上手く行くなんて言う想定は余りに楽観的過ぎて想定じゃなく願望になってしまうもの」
リキメロス達に語りかけている途中でスコルツニィーの具申を受けたアイリスはその具申に相槌を打ちつつ最上級の嘲笑いをリキメロス達に向け、それに対してリキメロスは怒りに顔を歪めてアイリスを睨み付けながら口を開いた。
「……ちょっとした小細工が成功しただけと言う割には随分と余裕だねえ蝙蝠女、所詮小細工は小細工、今は押されているけどアンデッド程度直ぐに蹴散らす事が出来るし、僕達の帰りが遅ければ増援だって送られて来る。ちょっとした小細工が成功した所で君達の本拠地はほぼ制圧されダンジョンの主と宣う君も袋の鼠、この状況では黒幕も君達を助ける事は出来ない、所詮君達の命運はこの穴蔵で尽きる事になっているんだよ」
リキメロスは怒りの形相でアイリスに捲し立て、一度言葉を止めて呼吸を整えた後に鬼の形相でアイリスを見据えながら言葉を続ける。
「……君を捕縛したら楽には殺さないよ、君には高慢女達を何処に隠したのか喋って貰う必要があるし僕達の聖女プラチディアを貶したと言う大罪もある、じっくりじっくり真綿で首を締め上げる様に壊してあげるから覚悟して置いた方が良いよ」
「……あらあら、それは恐いわねえ、あたしは恐がりだから捕まらない様にしなきゃいけないわね」
リキメロスの呪詛と殺意に満ちた言葉を受けたアイリスは大袈裟に身を竦めながら呟き、その後に悠然と微笑みながら言葉を続けた。
「各戦闘団に通達」
アイリスがそう告げるとそれに呼応する様にカッツバッハ、サララ、ミリアリアが映し出された魔画像が具現化され、それを目にしたリキメロス達が驚愕の表情を浮かべる中、アイリスは悠然と言葉を続ける。
「各戦闘団は所定の部署に向けて移動を開始して頂戴」
「こちらカッツバッハ戦闘団、了解しました。これより前進を開始します」
「こちらサララ戦闘団、御下命拝領致しました。ただちに前進を開始します」
「……こちらミリアリア戦闘団、了解した。ただちに所定の部署に向けて移動を開始する」
アイリスの指示を受けたカッツバッハ、サララ、ミリアリアは即座に返答し、アイリスが頷いているとミリアリアが真剣な眼差しでアイリスを見詰めながら口を開いた。
「……アイリス、無理はするなよ、待っているぞ」
「……ええ、ありがと、待っててね、ミリア」
ミリアリアの言葉を受けたアイリスは嬉しそう微笑みながら言葉を返し、その様子を目にしたミリアリアは一瞬頬を緩めた後に再び表情を引き締めてアイリスに敬礼を送った。
ミリアリアが敬礼を送ると同時にカッツバッハとサララもアイリスに向けて敬礼し、アイリスが鷹揚に頷く事で応じると具現化されていた魔画像が消失した。
「……さて、それじゃああたしはそろそろ出掛けなきゃいけないから、さっさと済ましちゃいましょう」
ミリアリア達とのやり取りを終えたアイリスはそう言いながら話の展開について行けず戸惑いの表情を浮かべているリキメロス達を見据え、その様子を目にしたリキメロスは不快の面持ちと共に口を開いた。
「……君は本当に一々不快だねえ蝙蝠女、今君とアンデッドどもの命運は僕達の手の中にあるんだよ」
リキメロスがそう言うとポポフやメッサリーナ、アグリッピーナに近衛騎士達が各々の得物を構え、その様子を目にしたアイリスは不敵な笑みと共に口を開いた。
「……あらあら、戦意は十分みたいねえ、良いわ、それじゃあ凄惨な惨劇始めましょう」
アイリスがそう言いながら指をパチンッと鳴らすと周囲の光景が一変して石板や石畳に覆われた広大な空間に変貌してしまい、驚いたリキメロス達が周囲を見渡しているとアイリスは静かに大鎌を構えながら言葉を続ける。
「ここはマスター階層よ、ダンジョンとマスタールーム階層を繋ぐ唯一の場所でダンジョンの主であるあたし自らが守護する階層よ、本来は全ての階層を踏破して来た者達を迎撃する為の場所なんだけど、今回は出血大サービスで招待してあげたわ、ここを突破する為に必要な事はたった1つ、あたしを倒せば良いだけよ」
アイリスは大鎌を構えながらのんびりとした口調で転位した場所、マスター階層の説明を行い、それを聞いたリキメロスは不快そんな面持ちと共に口を開いた。
「……全く、今此処に至ってもダンジョンの主を気取るなんてねえ、まあ、良いよ、その醜く伸びた鼻っ柱を叩き折って自分の力の無さを嫌と言う程に自覚させてあげるよ、行くよ皆、蝙蝠女どもを叩きのめしてやるよっ!!」
リキメロスが不快の面持ちで戦闘開始を告げるとポポフ達は各々の得物をアイリス達へと向け、それを目にしたアイリスは大鎌を構えながらスコルツニィーに指示を送る。
「近衛の連中の相手をしなさい」
……御意……
アイリスの指示を受けたスコルツニィーは短く応じた後に指揮下にあるボーンナイトとボーンウォーリアーを従えて近衛騎士達に対する突撃を開始した。
アイリスの魔力を基に製作されたアンデッド達は通常のアンデッドを遥かに上回る能力で近衛騎士達に襲いかかり、アイリスはその様子を一瞥した後にリキメロス、ポポフ、メッサリーナ、アグリッピーナに近衛騎士小隊長からなる一団に視線を向けながら口を開いた。
「……それじゃあこちらも惨劇を始めましょう」
「……黙れ蝙蝠女、貴様ごとき司令官の手を煩わすまでも無いわっ!!」
アイリスが告げた言葉を聞いた近衛騎士小隊長は激高して叫びながら駆け出すと手にしていたロングソードでアイリスに斬りかかったが、アイリスは軽くステップバックしてその斬撃を躱し、斬撃を躱されて無防備になってしまった近衛騎士小隊長に向けて大鎌を一閃させる。
アイリスの振るった大鎌の刃は無防備な近衛騎士小隊長の首筋を捉えて一太刀にてその頭部を刎ね飛ばし、アイリスは床に崩れ落ちて鮮血の血溜まりを作る首無しの近衛騎士小隊長の遺体に毛程の頓着も見せずにリキメロス達を見ながら言葉を続ける。
「……あらあら、もう1人居なくなっちゃったわねえ、こんな調子で大丈夫かしら?」
「フレアランスッ!!」
「アイスジャベリンッ!!」
アイリスがリキメロス達に言葉をかけているとメッサリーナとアグリッピーナが炎の槍と氷の槍を放ち、アイリスがステップバックして放たれた攻撃魔法を回避していると戦斧を手にしたポポフがと突進して来た。
「死ねっ蝙蝠女!!」
突進して来たポポフは雄叫びと共にアイリス目掛けて戦斧を叩きつけるが、アイリスは軽やかな身のこなしで戦斧の一撃を躱し、ポポフはそれに対して怒りの雄叫びをあげつつ次々にアイリスに向けて更に戦斧を繰り出し続けた。
アイリスはポポフの繰り出す戦斧を回避しながら反撃しようとするがメッサリーナとアグリッピーナの放つ攻撃魔法がそれを妨害し、その光景を見たポポフは嘲笑と共に口を開いた。
「どうしたっ!どうしたっ!蝙蝠女!さっきからチョロチョロ逃げ回るばかりだなっ!まさに蝙蝠だなっ」
ポポフはそう言いながらアイリスに向けて次々に戦斧を繰り出し、それに応える事無く無言で迫り来る戦斧と攻撃魔法を躱し続けるアイリスの姿を目にしたリキメロスは嘲りの笑みと共に口を開いた。
「……おやおや、あれだけ自信満々だった割には無様な有り様だねえ、このままでも遠からず死ぬてしまうだろうけど僕達の聖女を貶し辱しめた罪は重いよ、アイスチェーンッ!!」
リキメロスが嘲りの言葉の最後に唱えた呪文によって精製された氷の鎖は回避を続けていたアイリスの手足に絡み付いてその動きを止めさせてしまい、リキメロスはそれを確認した後に勝ち誇った笑みと共に再び呪文を唱える。
「アイスウォールッ!!」
リキメロスが唱えた呪文が響くと同時に巨大な魔力を宿した氷の壁が具現化されてアイリスを呑み込み、その光景を目にしたポポフは愉悦の表情を浮かべながら称賛の声をあげた。
「リキメロス様、御見事ですっ!!」
「これ位造作も無いよ、因みに蝙蝠女は生きたまま氷漬けにしているよ、このまま徐々に窒息させて行っても良いし、生きたまま少しづつ砕いて行っても良い、蝙蝠女の生死は文字通り僕達の手に握られているんだよ、後は雑魚の掃除だね」
リキメロスが得意顔でポポフの称賛に応じながら視線を近衛騎士達の方へと向けると、骸となって其処彼処に転がる近衛騎士達の直中にスコルツニィー達アンデッドが佇んでおり、それを目にしたリキメロスは顔をしかめて舌打ちした後に言葉を続けた。
「全く、蝙蝠女にあっさり首を刎ねられた小隊長も含めてだらしないねえ、こんな為体で近衛を名乗るなんて恥ずかしい話だねえ」
……全クダ、オ前達ニシテモ、コイツラニシテモ、コノ程度ノ能力デヨクアイリス様ニ刃ヲ向ケヨウト思ッタナ……
リキメロスの言葉を聞いたスコルツニィーは溜め息をついた後に嘆かわしいと言いたげに首を振りながら言葉を返し、それを聞いたメッサリーナは小馬鹿にする様な笑みを浮かべて口を開いた。
「何寝言言ってるの?蝙蝠女はそこで氷漬けになってるじゃない、流石はアンデッドね、残ってる眼も腐ってるみたいね」
メッサリーナが嘲の笑みと共に宣った刹那、アイリスを取り込んだ筈の氷塊が粉砕され周囲に無数の細かい氷の破片が舞う中アイリスがゆっくりとした足取りで歩み出てきた。
「……あらあら、粉々になっちゃったわねえ、ごめんなさい、こんなにチャチな物とは思わなかったわ」
アイリスは身体を解す様に軽く動かしながら事も無げな口調でリキメロス達に向けて話しかけ、その様子を目にしたリキメロスは唐突な事態に唖然となりながら口を開く。
「……馬鹿な、僕が魔力を籠めて作った氷塊だぞ、蝙蝠女風情に砕ける筈が無い」
「……あらあら、顔が真っ青よ、少し風に当たってみたらどうかしら」
「……っな……うわあぁぁぁっ!?」
リキメロスの掠れた呟きを受けたアイリスが涼し気な口調で告げながらパチンッと軽く指を鳴らすと強烈な風がリキメロスを襲い、軽々と吹き飛ばされたリキメロスは絶叫と共に壁に叩きつけられ苦悶に悶え、ポポフ達が状況の急変に呆気に取られているとアイリスが呆れた様に盛大な溜め息をついた後に言葉を続ける。
「……あらあら、貴方達そんなに呆けてて大丈夫なの?幾らあたしが矮小な蝙蝠女だとしてもそんなに隙だらけだと殺られちゃうんじゃないかしら?」
アイリスの嘲りの言葉を受けたポポフ達は慌てて身構えメッサリーナとアグリッピーナがアイリスに攻撃魔法を放つ為に呪文を唱えた。
「フレアランスッ!……っえ?」
「アイスジャベリンッ!……嘘!?」
メッサリーナとアグリッピーナの唱えた呪文が舞うが炎の槍も氷の槍も放たれる事は無く、メッサリーナとアグリッピーナが唖然として呟いているとアイリスが素早く立ち尽くしている2人に駆け寄り大鎌の石突で2人を強かに打ち据えて転倒させた後に言霊を放った。
「ダークアイスプリズン」
アイリスの放った言霊が舞うと同時に悶絶しているメッサリーナとアグリッピーナは薄紫の氷によって生きたまま氷漬けにされ、アイリスは苦悶の表情で氷漬けにされたメッサリーナとアグリッピーナを一瞥した後に凄惨の笑みを浮かべて呟いた。
「安心して頂戴、ちゃあんと生かしたまま氷漬けにしてあげたわ、ゆっくりゆっくり死んで行って頂戴ね」
「……ひ、ひぃぃっ!?く、来るなっ!?来るなあぁぁっ!?」
アイリスがそう呟いた後にポポフに視線を向けるとポポフは怯えた表情で叫びながら戦斧を振り回すが、アイリスは出鱈目に振り回される戦斧を楽々と掻い潜ってポポフに近付くと大鎌を一閃させ、閃いた大鎌の刃によって戦斧を持っていたポポフの腕が肩口から斬り落とされて床に転がった。
「……っあああっ……う……腕が……腕が……俺の腕があぁぁっ!!!」
「あらあら、もう終り?随分呆気なかったわねえ……ダークアイスプリズン」
腕を斬り落とされたポポフが地面に崩れ落ち喚くのを目にしたアイリスは首を傾げながら呟いた後に言霊を紡いで片腕を喪ったポポフを生きたまま闇の氷で氷漬けにしてしまい、その後に苦悶の表情でもがくリキメロスに向けて歩き始めた。
「……く、来るなっ!来るなっ!!来るなあぁぁっ!!!」
アイリスが近付くのに気付いたリキメロスは恐慌の表情で喚きながら這いずり逃げようとしたがその周囲はいつの間にか近衛騎士の骸によって取り囲まれており、それに気付いたリキメロスは眼鏡の奥の緑眼を恐怖によって大きく見開きながら意識を手放してしまう。
「……随分呆気なかったわねえ」
……アイリス様、恐レナガラコノ程度ノ連中デハコレガ関ノ山カト……
意識を喪ったリキメロスを闇の氷で氷漬けにしたアイリスが氷漬けになったリキメロス達を見下ろしながら呟いていると、スコルツニィーが侮蔑の視線でリキメロス達を見下ろしながら意見を述べ、アイリスは頷く事でそれに応じているとブランデンブルグ中隊のボーンナイトとボーンウォーリアーから突入部隊を殲滅した旨が伝えられた。
「……これで突入してきた鼠は一掃したわ、次はあたし達の番よ」
……御意……
突入部隊の殲滅を確認したアイリスは魔王に相応しい凄惨な笑みと共に反攻開始を高らかに告げ、スコルツニィーとアンデッド達はそれに応じながら深く頭を垂れた。
擬態を脱ぎ捨てたアイリス率いるアンデッド部隊は仮初めの勝利に酔っていた突入部隊を瞬く間に叩き潰し、三国連合軍司令官リキメロスはアイリス自らの手によって捕縛された。
この瞬間、ダンジョン突入作戦啄木鳥作戦は魔王によって完全に破砕され、指揮官を喪った三国連合軍に対する反攻が開始される……