惨劇・啄木鳥作戦編・制圧
今後も本作を宜しくお願いします。
マスタールーム階層・貴賓室周辺・ダンジョン突入部隊本隊
リキメロスにより開設された3ヶ所の簡易転位門よりダンジョン内に突入した三国連合軍突入部隊は橋頭堡として確保した食堂、多目的ルーム、牢屋に連絡係と護衛を残してマスタールーム階層の制圧を開始し、突入部隊は順調にマスタールームの各所を制圧していった。
制圧任務を遂行していたラステンブルク伯国軍の猟兵達はその途中で女戦士達との鉢合わせして遭遇戦となったが、猟兵達は突然の襲撃に狼狽える女戦士達を圧倒して指揮官のクーリア以下多数を倒すと、深傷を負い捕虜となった数名の女戦士達を橋頭堡の牢屋に連行しながらリキメロスにその事を報告し、その咆哮を受けたリキメロスは為す術無くダンジョンを喪失して行く敵軍を嘲笑いながら口を開いた。
「……全く、見てられ無いねえ、突入した途端にこの体たらくとはねえ、もう少し抵抗してくれると思ったんだけど」
リキメロスはそう呟きながらヒルデガントとレリーナを従えて合流したメッサリーナとアグリッピーナに視線を向け、メッサリーナは得意気な笑みを浮かべて頷いた後に口を開く。
「……ここに隠っている連中は、所詮、妖しい偽善者の蝙蝠女に媚び諂って安寧を得ていた連中です。仮初めの安寧を崩されてしまえば所詮はこの程度に過ぎませんよ」
「……蝙蝠女は現在マスタールームに籠っていてこの事態に対して何ら指示を行っていません、残党達は今まで庇護してくれた蝙蝠女の本性に気付き激しく動揺してこの有り様です」
メッサリーナに続いてそう告げるアグリッピーナは淡々とした口調ながらも微かに笑みを浮かべており、リキメロスは爽やかな笑みを浮かべて頷いた後に暗然とした表情で同行しているヒルデガントとレリーナに視線を向けて口を開いた。
「……さてと、それじゃあ蝙蝠女の所に乗り込む前に高慢女と御対面するとしよう、余り愉快な話では無いからさっさと済ましてしまおう」
リキメロスの言葉を受けたヒルデガントとレリーナは表情を更に暗くさせながら俯いてしまい、その反応を目にしたリキメロスが愉悦の表情を浮かべていると一行は目的地である貴賓室のドアの前へと到達した。
一同がドアの前に到達すると数名の近衛騎士達が得物を手にドアの傍らに控え、リキメロスはそれを確認した後にヒルデガントとレリーナを見ながらドアを指差した。
リキメロスの行動を目にしたヒルデガントとレリーナは唇を噛み締めながら頷いた後にドアの所に移動して小さく震える手でドアをノックし、それから暫くするとドアの向こうから貴賓室に避難しているマリーカ、アイリーン、エメラーダの護衛隊を指揮しているイライザが声をかけてきた。
「……誰だ?」
「……ヒルデガントとレリーナです、皆様の食事をお持ち致しました」
イライザの問いかけを受けたヒルデガントは苦渋に顔を歪めながら返答し、それから数拍の間を置いた後に鍵が外さた事を示すカチャリッと言う乾いた音が響いてドアが開け放たれた。
「……皆様に食事をおも……ングッ!!」
「イライザ様!!」
ドアを開けながらヒルデガントとレリーナに声をかけていたイライザはドアの脇に潜んでいた近衛騎士達に口を塞がれて数本の長剣で身体を刺し貫かれてしまい、イライザの無惨な姿を目の当たりにしてしまったエリーゼがあげた悲痛な叫びが響き渡る中、得物を手にした近衛騎士達が貴賓室に雪崩れ込んで来た。
雪崩れ込んで来た近衛騎士達は、突然の事態に立ち竦んでしまったエリーゼ達護衛隊の騎士達を瞬く間に斬り捨て、骸となって転がるエリーゼ達を尻目に室内中央に駆け寄りそこにいたマリーカ、アイリーン、エメラーダを取り囲んだ。
「……こ、これは」
「……これは、これは、御健勝の様ですなあマリーカ様」
マリーカが突然の事態に戸惑いの呟きをもらしていると、リキメロスに同行していたポポフが入室して芝居がかった動作と口調で話しかけ、その姿を目にしたマリーカは思わず立ち上がって怒りの表情で言葉を絞り出した。
「……ポポフ……この、売国奴が」
「……フフフフ、今の貴女様からその様に言われても、痛くも痒くもありませんな、そう言えば、貴女様に金魚の糞の様に付き従っていたアナスタシアはどうしたのですか?」
マリーカの怒りの言葉を受けたポポフが嘲笑と共に言葉を返していると、近衛騎士達が長剣の切っ先をマリーカに突き付けて着席を促し、マリーカは唇を噛み締めながら椅子に座った後に言葉を続けた。
「……アナスタシアはイレーナと共にこの階層の防衛態勢を視察中よ、状態を確認してマスタールームのアイリス様に御報せする為よ」
「……そうそう、アイリスって名前だったよねえ、君達の主を気取っている蝙蝠女の名前、小物過ぎて名前を忘れていたよ」
「……貴方は」
「……リキメロス」
マリーカが苦い口調でポポフの問いかけに答えていると、リキメロスが入室して嘲笑と共に口を開き、その姿を目にして顔をしかめながら呟きをもらしたアイリーンとエメラーダに対してわざとらしく大仰に一礼した後に口を開いた。
「……これは、これは、何方かと思えば国賊のアイリーン様に堕落候女のエメラーダ様ではありませんか、我国の恥ずべき大悪女様達と再び御会いする事になるとは思いもしませんでしたよ」
リキメロスは嘲笑を浮かべながらアイリーンとエメラーダに向けて蔑みと弾劾の言葉を言い放ち、その言葉を受け口惜し気に唇を噛み締めたアイリーンとエメラーダに対して眼鏡の奥の緑眼の眼光を鋭くさせながら更に言葉を続ける。
「……本来君達の命は建国戦争(リステバルス王国内に於けるリステバルス戦役の呼称)の際に無くなる筈だったんだよ、だけど我国が誇る慈愛の聖女プラチディアが深い慈悲に溢れた懇願をする事によって君達は命を助けられ、更に贖罪の機会まで貰ったんだよ、それなのに贖罪の機会をふいにした挙げ句に我国の盟友ロジナ候国に多大なる損害を与えるなんて、呆れ果てて物も言えないよ」
「……あれを慈愛や慈悲と申すのですか?だとしたら私達と貴方方は決して相容れる事は出来ませんわね」
リキメロスの理不尽な糾弾の言葉を受けたアイリーンは怒りを押し殺す様に手にした扇子を握り締めながら言葉を返し、それに対してリキメロスは蔑みの視線でアイリーンとエメラーダを見下ろしながら言葉を続ける。
「相容れる事が出来ないと言う意見には全力で同意するよ、家柄や血筋にしがみつくしか無い君達では決して聖女プラチディアを理解出来ないだろうからね、だから僕としてもこれ以上君達と不毛で無益な話を続けるつもりは無いよ、今から君達を連れて君達の主を気取っているらしい御目出度い頭の蝙蝠女の所に乗り込むつもりだよ、自分がどれほどの存在を敵に廻してしまったのか骨の髄まで理解させなきゃならないからね」
リキメロスが勝ち誇った口調で告げていると、マスタールーム階層を制圧中のヴァイスブルク男爵領国軍突入部隊とラステンブルク伯国軍突入部隊から伝令として派遣されて来たエルフの騎士と猟兵が室内に駆け込み、その姿を目にしたアイリーン達の表情が強張ったのに気付いたリキメロスは楽し気にその姿を一瞥した後に伝令達に向けて口を開いた。
「……御苦労様、その様子だと吉報の様だね」
「ハッ我がヴァイスブルク男爵領国軍突入部隊は敵の残存集団と交戦しこれを撃滅し、集団を指揮していたアナスタシア・フォン・リーゼンダール他数名を捕縛する事に成功致しました」
「……そんな、シルバーナイトの彼女が、捕縛」
リキメロスの問いかけを受けたエルフ騎士の伝令がヴァイスブルク男爵領国軍突入部隊の戦果を誇らし気に告げると、それを聞いたマリーカが青ざめた表情で呟き、その姿を目にしたポポフが口角を吊り上げていると、猟兵の伝令が弾んだ声でラステンブルク伯国軍突入部隊の戦果の報告を始めた。
「我がラステンブルク伯国軍突入部隊も目覚ましい勢いで各所の制圧を続けておりますっ!!先程敵の武器庫とおぼしき場所を制圧し、守備隊を指揮していた貴人の護衛騎士を名乗る狐人族の女騎士を捕縛致しましたっ!!」
「……そんな、イレーナが」
猟兵の伝令が誇らしげに告げたラステンブルク伯国軍突入部隊の戦果を聞いていたエメラーダは青を通り越して白くなりかけた表情で言葉を絞り出し、その様子を目にしたリキメロスは伝令達の労を労い帰還させた後に苦渋の表情を浮かべるアイリーンに向けて口を開いた。
「……そう言えば小判鮫みたいに君にへばりついていた騎士の姿が見えないけど、どうしたのかな?」
「……クラリスはマスタールームですわ、現在の状況をアイリス様に御報せする為に」
リキメロスの問いを受けたアイリーンは苦渋の表情のまま答え、それを聞いたリキメロスは蔑みに口角を吊り上げながら言葉を返す。
「……違うでしょ?小判鮫騎士が蝙蝠女の所へ行ったのは、僕達の姿に恐れをなしてしまってマスタールームとか言う部屋に閉じ籠り震えちゃってる蝙蝠女に助けを求める為だよねえ、蝙蝠女の本性が明らかになってしまったけど、愚か極まりない今の君達は本性がさらけ出されてしまったとしても蝙蝠女に助けを求めるしか術は無いからねえ」
「……ッ」
リキメロスの蔑みの言葉を受けたアイリーンは表情に浮かぶ苦渋の色を更に色濃くさせながら絶句してしまい、その様子を目にしたリキメロスは楽し気に嘲笑いながら高らかに告げた。
「……さあ、無駄話はこの辺にしてマスタールームとやらに乗り込むとしよう、何とも張り合いが無いけどチェックメイトの時間が迫っているからね」
リキメロスの言葉を受けた近衛騎士達はアイリーン達に得物を突き付けながら魔力封じの首輪を差し出し、アイリーン達は悔し気に唇を噛み締めながらそれを受け取った。
マスタールーム
貴賓室にてマリーカ、アイリーン、エメラーダを捕縛する事に成功したリステバルス王国軍突入部隊は意気軒昂にマスタールーム階層を闊歩して行き、その末に最終目的地であるマスタールームの扉の前へ到達した。
「……さてと、それじゃあ蝙蝠女の所に乗り込むとしようか、さっさと終わらせてしまおうよ」
リキメロスの命令を受けた近衛騎士達はドアに駆け寄ると数人がかりでドアを蹴り破ってマスタールーム内に突入し、数拍の間が置かれた後に突入した近衛騎士達から弾んだ声の報告がもたらされる。
「蝙蝠女を発見しましたっ!!女エルフや狐人族の女等も数名いますっ!!」
「……全く、ここに来るまで一々手間がかかったねえ……まあ、それももうすぐ終わるね、それじゃあ行こうか、蝙蝠女との御対面の時間だ」
近衛騎士の報告を受けたリキメロスは小さく伸びをして身体を解した後に、涼し気な口調で皆に突入を命じながら歩き始め、ポポフと近衛騎士達は捕縛したアイリーン達を引き連れながらその後に続いた。
マスタールームに入室したリキメロス達の前には、突入した近衛騎士達に取り囲まれて得物の切尖を突き付けられているアイリス、ミリアリア、クラリスにクラシカルなメイド服を纏った2人の女性、イリリアスとリスティアの姿があり、リキメロスは切尖を突き付けられて椅子に座っているアイリスの前に歩を進めると嘲笑を浮かべながら口を開いた。
「……はじめまして蝙蝠女、君がこのダンジョンの主と高慢女の庇護者を気取っているんだよね?」
「……あらあら、貴女は何方かしら?あたしのダンジョンに来てくれたのは嬉しいけど、こう言う来訪の仕方はちょっとルール違犯なのだけど」
リキメロスの言葉を受けたアイリスは突き付けられた近衛騎士達の得物の切尖を気にする素振りすら見せず至極のんびりとした口調でリキメロスに問いかけ、リキメロスはその反応を鼻先で笑いながら言葉を返した。
「……呆れた反応だねえ、そこまで脳天気な反応を見せられてしまうと却って感心してしまうよ、こんな状況にも関わらずまだダンジョンの主を気取っているつもりかい?所詮君はしがない中間管理職に過ぎないのにね、因みに僕はリステバルス王国魔導局長であり三国連合軍司令官でもあるリキメロス・ド・アルバニア、君のダンジョンを攻略に来たんだよ」
リキメロスは嘲笑と共にアイリスに自らの名を告げ、その後に周囲に控えるポポフや近衛騎士達に向けて高らかに告げた。
「……さあ、これでダンジョンの制圧はほぼ完了だよ、後は隠れている鼠達とダンジョンコアを探し出せば終了だ、外で待っている連中にこの事を報せるんだよ」
リキメロスの制圧宣言を受け、3名の近衛騎士達が伝令として橋頭堡の食堂、牢屋、多目的ルームに向けて駆け出し、リキメロスはその背中を一瞥した後に視線を多数の得物の切尖に突き付けられながも平然とした様子で佇むアイリスに向けて酷薄な笑みと共に口を開いた。
「……さあて、隠れている鼠達とダンジョンコアの捜索が終われば君をダンジョンの主と高慢女達の庇護者に仕立てあげた黒幕について喋って貰うよ、状況証拠から考えて君の罪は明確だけど僕は優しいからね、明確な証拠が出るまでは君を糾弾する気は無い、まあ、証拠が揃ったら無理矢理にでも証言して貰うから自白した方が良いと思うけどね」
「……近衛騎士って言うのも案外大変な仕事なのねえ、まあ、道中御無事で」
リキメロスの最後通告を受けたアイリスはそれを気に止める素振りすら見せず飄々と応じ、その反応を目にしたリキメロスは嘲笑と憐れみが混じった視線で見下ろした。
ダンジョン周辺・三国連合軍・リステバルス王国軍展開地
リキメロスがマスタールームに到達してダンジョン制圧を宣言していた頃、ダンジョン突入部隊を送り出した三国連合軍のリステバルス王国軍展開地では近衛騎士大隊が突入作戦の成否を案じていた。
「……進捗状況はどうなっているんだ?」
「突入部隊より通信がありましたっ!!」
近衛騎士大隊長が誰言うと無く呟いた刹那、それが聞こえたかの様に突入部隊からの連絡を受けた魔導近衛騎士からの報告があがり、それを聞いた大隊長は魔導近衛騎士の所に駆け寄りながら口を開いた。
「……状況はどうなっているっ!」
「……突入作戦は成功、現在敵拠点の約半数を成功した物の敵の抵抗が激しく現在は膠着状態、増援部隊の投入を要請していますっ!」
大隊長の問いかけを受けた魔導近衛騎士は突入の成功と新たな増援部隊投入要請があった事を伝え、それを受けた大隊長は待機している近衛騎士小隊に向けて直ちに突入を命じた後に予備隊として待機させていた近衛騎士中隊から1個近衛騎士小隊を、更に負傷者の治療を行う為の魔導士小隊にも突入を命じた。
大隊長の命令を受けた2個近衛騎士小隊と魔導士小隊は装備を整えた後に直ちに簡易転位門へと突入して行き、それを見送った大隊長は待機している近衛騎士中隊の残る2個小隊に対しても突入に備えた即応待機を命じた。
同じ頃、ヴァイスブルク男爵領国軍とラステンブルク伯国軍の展開地でも突入部隊から突入成功と増援部隊の要請連絡がもたらされ、それを受けた各国軍より各3個小隊が簡易転位門よりダンジョンへと突入して行った。
マスタールーム階層に突入したリキメロス率いるリステバルス王国軍突入部隊は貴賓室に突入して同地に避難していたマリーカ、アイリーン、エメラーダを捕縛する事に成功した。
突入部隊はその成果に乗じて快進撃を続け、遂に最終目的地であるマスタールームに突入してアイリスと対面する事に成功した。
アイリスと対面する事に成功したリキメロスは高らかにダンジョン制圧と残敵掃討戦への移行を宣言したが、ダンジョン制圧に成功した筈の突入部隊からは突入成功と増援部隊投入の要請が送られ、それを受けた三国連合軍は請われるままに新たな部隊を突入させた……