惨劇・ワンウッド傭兵隊編・進撃
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ダンジョン入口周辺キャンプ跡地
意気揚々と進撃を続ける下級幕僚とワンウッド傭兵隊が一時間程進むと前方にダンジョンの入口と捜索隊が設置したらしいキャンプが姿を現し、ワンウッド傭兵隊の傭兵達は捕虜になっているエルフとダークエルフのあられもない姿を脳裏に思い浮かべると野卑た笑みを浮かべながらキャンプへと入ったが、彼等を迎えたのは人気の全く感じられない静まりかえった幾つものテントのみであった。
傭兵達は静まりかえったキャンプの様子に戸惑いを覚えながら周囲を捜索したが捕虜になっているエルフやダークエルフの姿どころか60名近くいる筈の捜索隊の将兵達の姿さえ存在しておらず、傭兵達は暫くキャンプの中を調べた後に隊長と下級幕僚にその結果を報告した。
「キャンプ内を捜索しましたが目ぼしい物は発見出来ませんでした、また食料もありませんでしたが動物が荒らした形跡は見られず、何者かが持ち去った様な形跡がありました」
「と言う事はヴァイスブルクの残党どもか」
報告を受けた隊長は顔をしかめながら呟き、それを聞いた下級幕僚は難しい顔つきになりながら口を開いた。
「しかし、ヴァイスブルクの残党に襲われたにしては、周囲には戦闘の痕跡が無い」
「ならば捜索隊がダンジョンに入って留守のなっている内に食料を漁って逃げ出したのかもしれんな、敗残兵に落ちぶれている今のヴァイスブルクの連中にはお似合いの状況だな」
「ダンジョン入口前に集団の足跡が2つあります、ダンジョンに入った先発隊に何かがあり、残った連中が救援に向かった様です」
下級幕僚と隊長が言葉を交わしているとダンジョン入口周辺を捜索していた傭兵からの報告が入り、それを聞いた隊長は得心の表情で頷きながら言葉を続けた。
「やはり、食料の消失は留守になったキャンプを敗残兵が野良犬みたいに漁った結果の様だな、ダンジョンに入った連中がどうなったかは不明だが、例え全滅していたとしてもダンジョンのモンスターは連中との戦闘で消耗し尽くしてる筈だから、ダンジョンに入って捜索してみるとしよう、上手くいけばダンジョンに逃げ込んだと言う高位エルフを捕まえられるかもしれん、まあ、こちらの方は期待薄だがな」
「よし、分かったその案で行こう」
隊長の提案を受けた下級幕僚は頷きつつその提案を受け入れると捜索隊の伝令2人を呼んで本隊にキャンプの現状と情勢把握の為にダンジョンに潜入する事を伝える伝令として本隊に向けて走らせ、隊長は遠ざかる伝令の背中を一瞥した後にエルフもダークエルフも居なかった事に落胆の色を隠さない傭兵隊に向けて号令を発した。
「よし、お前らっ今からダンジョンに潜るぞっ!!エルフやダークエルフがいなくてがっかりしてるのは分かるが気合いを入れていけ、このダンジョンには高位エルフが逃げ込んでる可能性がある、御高くすましたそいつを捕らえてヒイヒイ言わせてやれっ!!」
「もし、高位エルフを捕らえられたら私から進言してダークエルフの騎士団長を一晩お前達の好きにして良いよう取り計らってやろうっ!!」
隊長と下級幕僚から示された新たな報酬の内容に傭兵隊は野卑た歓声を張り上げる事で応じ、彼等の反応を目にした隊長と下級幕僚は満足げに頷いた後に傭兵達をダンジョンの入口まで移動させた。
ダンジョン入口に到着した隊長は傭兵達を整列させつつ魔導士にスキャニングによるダンジョン捜索を命じ、その結果ダンジョンが一本道の単なる新規発生ダンジョンである事を確認した後に傭兵達にダンジョン侵入を命令した。
マスタールーム
定石通りスキャニングを行いダンジョンの概略を把握した後にダンジョンへの侵入を開始したワンウッド傭兵隊、マスタールームでその様子を監視していたアイリスは前回同様に魔導士のスキャニングを妨害し、初めてその様子を目の当たりにしたライナ達はアイリスの規格外の能力を改めて思い知らされていた。
「……スキャニングを妨害して偽のダンジョン情報を教えるなんて、反則級に質の悪い妨害よね」
「……スキャニングをかれた側は今までスキャニングが妨害された経験なんて無いから、教えられた偽の情報を疑う事無く信じてしまうわね」
「……スキャニングの結果と違う箇所に到達して慌ててもう一度スキャニングを行っても帰ってくるのは相変わらずの偽情報、あの屑どもが狼狽える筈だな」
アイリスの規格外の能力の一端を目にしたリーナ、アリーシャ、ライナはその能力の質の悪さに若干顔をひきつらせながら感想をもらし、それを聞いたアイリスは誇らしげな笑みを浮かべた後に傍らのミリアリアに向けて口を開いた。
「あの下っ端参謀が言ってたダークエルフの騎士団長って言葉だけど、当然心当たりはあるのよね?」
「……ああ、ヴァイスブルク伯国軍に所属していたダークエルフは数少なく、特に騎士団長は彼女1人しかいない、名前はミランダ・フリートラント、彼女はヴァイスブルク第八騎士団長で剣に魔法を宿して戦うのを得意としている。ヴァイスブルク陥落の際は殿を勤め私達の脱出に力を尽くしてくれたのだが、やはり虜囚の辱しめを受けていたのか……」
「ミランダ様は実直で誠実な御方で、その華麗な剣技も含め、とても尊敬出来る御方です、その、そのミランダ様を……あの、あの屑どもがっ!」
ミリアリアがアイリスの質問に答えた後に唇を噛み締めているとライナが怒りを肩を震わせながら呟き、リーナとアリーシャも瞳に怒り宿しながら頷いた。
「……使い魔達の一部に残党狩部隊の本隊の位置と捕虜になってるエルフ達の状況を探らせるわ、侵入してきたこいつらをとっとと食い尽くしてから対策を講じましょう」
「すまない、何時も無理をさせてしまうな」
「ありがとうございます……アイリス様」
「……ちょっ、ライナっ!?」
「……ライナちゃんっ!?」
アイリスの言葉を聞いたミリアリアが申し訳無さそうに感謝の言葉を告げるとライナも御礼の言葉を告げた後に暫し逡巡した後に魔王であるアイリスの名を敬称付きで呼び、それを耳にしたリーナとアリーシャが驚きの声をあげる中、アイリスが真剣な眼差しでライナを見詰めながら口を開いた。
「……本気なの?あたしは魔王なのよ、そのあたしの名を敬称付きで呼ぶ、その意味を分かった上で呼んだと理解していいのね?」
「……我らダークエルフは魔王について知悉しております、魔王の名を敬称付きで呼ぶ、それは魔王に恭順の意を示し、その配下となる事を示す、承知しています」
ライナはアイリスの眼差しを真っ直ぐに受け止めながら答え、その後にリーナとアリーシャを見ながら言葉を続けた。
「私は無力でした、あの屑どもに大切な2人を汚され、私自身もあの屑どもに汚し尽くされ心までへし折られかけました、あのままの状態が続けば私は完全に壊されてしまったでしょう、アイリス様はそんな私や私が救いたかった大切な2人を救ってくれました、そして今、屑どもに捕らえられているミランダ様や仲間達まで救おうとしてくれています、ですから私は大恩ある貴女様の事を敬称付きで呼ばせて頂きます」
ライナはそう言うとアイリスに向けて深々と一礼し、それを見たリーナとアリーシャは視線を交わして頷き合った後にライナと同じ様に深々と一礼した。
「ライナの言う通りです、あのままでいたらあたし達は完全に壊されていました、ミリアリア様はあたし達やを助け、今度はミランダ様や他の仲間まで助けてくれようとしています、ライナと同じ様にあたしにとっても貴女様は大恩ある御方です、ありがとうございます、アイリス様」
「ライナちゃんとリーナちゃんに殆ど言われちゃいましたけど、私も同じ気持ちです、あんな目にあい、私達を護ろうとしてくれたライナちゃんも壊されかけて、あの時、私達には絶望しかありませんでした、そんな絶望から貴女様は救い出してくれました。ありがとうございました、アイリス様」
リーナとアリーシャは深々と一礼したままアイリスに告げ、3人の言葉を受けたアイリスは困った様に微笑みながら口を開いた。
「……ふう、ホントにエルフやダークエルフは義理堅いのね、分かったわ貴女達の感謝の気持ち受け取るらせて貰うわ、感謝の気持ちは受け取ったけど、それを恩に着せてあたしに一生尽くせなんて理不尽な事を言うつもりは無いから安心しなさい」
アイリスの言葉を受けたライナ達は頭を上げると更にもう一度深々とアイリスに向けて一礼し、それを目にしたアイリスは困った様に微苦笑しながらミリアリアに話しかけた。
「貴女と言い、あの3人と言い、エルフやダークエルフは義理堅いのね、魔王のあたしにそんなに義理堅くする必要なんて無いのに、寧ろ危ない位よ」
「……私達は絶望していたんだ、彼女達は虜囚の辱しめを受けて身体と心を汚し尽くされ、私は敗残兵としてあてどない逃亡していた、先行き等欠片も見えず私は逃亡を続けながら心のどこかで絶望し、覚悟していた、今まで培ってきた騎士団長としての矜持がへし折られ、心まで壊し尽くされてしまう事を……」
ミリアリアはアイリスの言葉に応じつつ躊躇いがちにアイリスの手を握り、その行動にアイリスが一瞬身体を硬直させているとミリアリアは笹穂耳を赤らめさせながら言葉を続けた。
「貴女はそんな私を救ってくれた、そして汚し尽くされていた彼女達も貴女によって救い出された、魔王だとかそんな事は関係ない、私達にとって貴女は命の恩人なんだ、私だって本当は大恩ある貴女を敬称付きで呼びたい、たが何と無く、本当に何と無くなんだが、私がそう呼んでも貴女は喜んでくれない様な気がするんだ、だが、私も彼女達と同じ様に貴女に感謝している、本当にありがとう」
ミリアリアはそう言うと感謝の念を示す様にアイリスの手を優しく握り、アイリスは耳を仄かに赤らめさせながらその手を握り返した。
「……そうね、確かに貴女に敬称付きで呼ばれてもあんまり嬉しくは無いわね、これからも今まで通り接してくれたら嬉しいわ」
「……分かったそれでは私が些か心苦しいが貴女がそう望むなら、喜んで」
アイリスの告げた言葉を受けたミリアリアは微笑みながら言葉を返し、頭をあげたライナ達はその光景に思わず頬を緩めた。
それから一同は前進を続ける下級幕僚とワンウッド傭兵隊に移し、彼等は自分達の行動が筒抜けになっている事に気付かぬままダンジョンの奥へと進撃を続けていた。
異形のダンジョンに侵入した新たな獲物ワンウッド傭兵隊と下級幕僚、彼等はこのダンジョンの異常さに気付かぬまま意気揚々と進撃を続けていた。ダンジョン奥へと進撃していく一歩、それが地獄に進んで行く一歩と同義な事に気付かぬまま……