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撒き餌

今後も本作を宜しくお願いします。

大陸歴438年深緑の月九日・マスタールーム


採掘専従部隊、金掘衆の編成をミリアリア達に伝えたアイリスは最初の金掘衆、第一金掘衆の編成を開始し、編成が完結した九日に三国会議を召集した。

三国会議を召集したアイリスはヴァイスブルク伯国亡命政権首班のマリーカに対してヴァイスブルク伯国内での琥珀の採掘許可を申込み、マリーカが即座にその申込みを快諾すると、リステバルス皇国亡命政権女皇アイリーンを交えて三国間における採掘資源の分配率に関する会談を行い、その結果として資源採掘及び採掘資源の分配に関する三国間協定、琥珀協定が締結された。


琥珀協定条文


第1条


魔王アイリスはヴァイスブルク伯国亡命政権の許諾の下、旧ヴァイスブルク伯国領内に存在する未採掘の琥珀鉱脈にて採掘を行う。


第2条


採掘作業は魔王アイリスが編成した採掘集団、金掘衆が実行し、採掘された琥珀は三国に分配される物とする。


第3条


採掘された琥珀の分配割合は魔王アイリスが4割を獲得し、残りをヴァイスブルク伯国亡命政権及びリステバルス皇国亡命政権により折半する物とする。


第4条


第3条にて設定された採掘資源分配割合に関しては琥珀のみならず、金掘衆の採掘により獲得された地下資源の分配に関しても適用される物とする。


締結された協定の内容は魔王との間で締結されたは思えない程に妥当で寛容な内容であり、協定の条文を受け取ったマリーカとアイリーンは深々と一礼しながらアイリスに謝意を示した。

「……アイリス様、寛大なる御配慮と御温情、ヴァイスブルク伯国亡命政権首班として深く感謝し御礼申し上げます」

「……リステバルス皇国亡命政権も全く同意見ですわ、アイリス様の度重なる御配慮と御温情、決して忘れませんわ」

「……そこまで畏まる必要は無いわ、ヴァイスブルク伯国亡命政権とリステバルス皇国亡命政権はあたしの、つまり魔王の盟友なのよ、盟友として相応しい態勢を整える為に経済力を確保する必要があると判断しただけよ」

マリーカとアイリーンの謝意を受けたアイリスは微笑を浮かべながら言葉を返し、その後に視線をアイリーンへと向けながら言葉を続けた。

「……琥珀協定に関する話も終わった事だし、聞かせて貰うわね、何だか面白そうな事をしているみたいだけど何をしているの?」

「……実は、お恥ずかしい話なのですが我がリステバルス皇国内にて意見の相違が顕在化し始めておりますわ」

アイリスの問いかけを受けたアイリーンは事も無げな口調で返答し、それを受けたアイリスは口角を吊り上げると楽し気な口調で言葉を続けた。

「……あらあら、それは由々しき事態ねえ、どんな意見の相違かしら?」

「……畏れ多い御話で申し上げ難いのですがアイリス様が打ち出した御方針に関してでございますわ、アイリス様の御方針、特に捕虜に対する扱いが苛烈に過ぎると言う方が出ておりますわ、それとアイリス様の存在に疑問を呈する方も幾人か」

アイリスの問いかけを受けたアイリーンは涼し気な口調でリステバルス皇国亡命政権内にて生じているとされる対立に関する説明を行い、アイリスが吊り上がった口角の角度を更に上げながら頷いているとマリーカが殊更に大きな溜め息をついた後に口を開く。

「……憂慮すべき事態ですね、意見を異にした者達が我国の不平分子と繋がる恐れが出てきます」

「……そうねえ、あたし達の行動や機密情報なんかが流出しちゃう可能性があるわね、大いに問題ねえ」

マリーカの懸念の言葉を受けたアイリスは楽し気な口調で憂慮の言葉を述べ、マリーカとアイリーンは口角を吊り上げながら大きく頷いた。


夕刻・ダンジョン・マスタールーム階層・食堂


琥珀協定の締結から数刻の時が経過した夕刻、狩猟や採取、栽培等を行っていた女エルフ達と狐人族の女達は食堂にて夕食のテーブルを囲んでいたが食堂内は些か重苦しい雰囲気に包まれていた。

狐人族の女達の内エメラーダと共に救出された侍女達とアイリーンと共に救出された侍女達は不自然に椅子を空けた状態で食事を摂っており、その様子を目にしたミリーナは怪訝そうな面持ちで隣に座るサララに小声で問いかけた。

「……サララ殿、何かあったのか?」

「……私も詳しくは知らなぬのだがどうやらアイリーン様御付きの侍女達とエメラーダ様御付きの侍女達の間で何事か諍いがあったらしい」

ミリーナの問いかけを受けたサララは香草で焼かれた山鳩をナイフで切りながら返答し、ミリーナがその答えに戸惑いの表情を浮かべながらスライスされた黒パンに手を伸ばしているとヒルデガントが突然立ち上がり、黒パンにオレンジのジャムを塗っているフランシスカに向けて沈痛な面持ちで口を開く。

「……フランシスカさんっ!!やはり私には納得出来ません、幾らアイリス様の御言葉とは言えど、捕虜に対してあの様な扱いを行うのはっ!!」

「……その件に関する話は既に終了した筈です、私達にはアイリス様の御意志に口を差し挟む権利はありません」

ヒルデガントの言葉を受けたフランシスカは淡々とした口調で返答した後に何事も無かったかの様に黒パンを口へと運び、ヒルデガントはその取り付く島も無い反応に唇を噛み締めながら再び席についた。

ヒルデガントが席につくと隣の席のレリーナが宥める様に声をかけ始め、一連の光景を目にしたミリーナがその光景に戸惑いを抱きながらサララに視線を向けると、サララは切り分けた山鳩のローストにフォークを突き刺しながら口を開いた。

「……詳しくは知らぬが、どうも前々から諍いが続いていたらしく今に至った様だ……何事も無ければ良いのだがな」

「……確かにそうだな」

サララは憂慮の言葉を述べた後に山鳩のローストを運んだがそのその口角はほんの僅かだが吊り上がっており、それに気付いたミリーナは小さく頷きながら相槌を打ち、木の実のスープに匙を伸ばしながら言葉を続けた。

「……そう言えば私達は明日、釣りをする予定でな、今回は撒き餌を使ってみようかとも考えているんだ」

「……ほう……撒き餌に誘われて大物が釣れるやも知れんな、釣果が楽しみだ」

ミリーナの言葉を受けたサララは笑みを浮かべながらそう言った後に再び山鳩のローストを食べ始め、ミリーナは微笑を浮かべて頷いた後に匙を口へと運んだ。


夕食後・マスタールーム階層・多目的ルーム


夕食はヒルデガントとフランシスカのやり取りがあった他は取り立てた変化も無く終了し、食器を片付け終わったヒルデガントとレリーナは居室に戻ろうとしていた所をメッサリーナとアグリッピーナに呼び止められて多目的ルームにまで連れて来られていた。

「……それで、大事な話と言うのは何なんですか?」

呼び出されたヒルデガントは訝しげな表情でメッサリーナとアグリッピーナを見ながら問いかけ、ヒルデガントの傍らのレリーナが同じ様な表情で頷いているとアグリッピーナが値踏みする様にヒルデガントとレリーナを見ながら口を開いた。

「……貴女達は、このままあの正体不明の女に従い続ける気なの?」

「「……ッ」」

アグリッピーナの問いかけを受けたヒルデガントとレリーナは言葉に詰まってしまい、その様子を目にしたメッサリーナが畳みかける様に口を開く。

「……貴女達だって気付いている筈よ、あの蝙蝠女がどれだけ胡散臭く、そしてどれだけ怪しいのか、それなのにあの蝙蝠女に媚び諂い続けて行く気なの?」

「……だ、だけど……アイリス様は私達の恩人だから」

「……それに、私達だけじゃ無くエメラーダ様やアイリーン様も救って頂いている」

メッサリーナが畳みかけた言葉に対してレリーナとヒルデガントが反駁の声をあげたがその声は目の前のメッサリーナとアグリッピーナに圧された様に余り力が入っておらず、メッサリーナはその弱々しい勢いの反駁を鼻で笑った後に言葉を続けた。

「……あの蝙蝠女は確かに私達を助けたわ、だけどあの蝙蝠女の今までの行いを見てみなさいよ、あの蝙蝠女は偽善で傲慢なだけの単なる小者じゃない」

「……それに何度も警告しているけどあの女の背後には何らかの後ろ盾がいる筈、そんな女を無条件で信じるついて行き続けるなんて危険過ぎる」

メッサリーナに続き、アグリッピーナもアイリスに関する懸念を述べ、それを受けたヒルデガントとレリーナは苦渋の表情を浮かべて沈黙してしまう。

「……じゃあ、アイリス様に救って頂いて後ろ盾も何も無い私達は、一体どうすれば良いのよ」

ヒルデガントは暫し沈黙した後に苦渋の表情でメッサリーナとアグリッピーナに問いかけ、それを受けたメッサリーナはアグリッピーナと目配せを交わした後に口を開いた。

「……簡単な話よ、あの蝙蝠女を裏切ってロジナ候国に差し出せば良いのよ」

「……そしてその功績によって地位と名誉を回復して貰うの」

メッサリーナの衝撃的な提案に続いてアグリッピーナがその効果の説明を行い、それを受けたヒルデガントとレリーナが驚愕の表情を浮かべて絶句してしまっているとメッサリーナが事も無げな口調で言葉を続けた。

「……シンプルな話じゃない、ヴァイスブルク伯国やリステバルス皇国は滅び、今あるヴァイスブルク男爵領国やリステバルス王国はロジナ候国の影響下にあるんでしょ、だったらあの蝙蝠女や他の面々をロジナ候国に差し出せばその功績は絶大でしょ?」

「……あ、アイリス様だけじゃ無く、あ、アイリーン様やマリーカ様までも?」

メッサリーナの言葉を受けたレリーナは喘ぐ様な口調で問いかけ、それを聞いたアグリッピーナは淡々とした口調でそれに応じる。

「既に滅ぼされた国の首魁に従う理由なんて無い筈、そんな連中に従って破滅の道を転げ落ちるより連中を引き渡した方が得策、単純にして明快な事実でしょ?それに功績をあげれば貴女達の御主人様くらいは目溢しして貰えるかも知れない」

「……どうするかは貴女達が決めれば良いわ、私達を蝙蝠女に売り渡して惨めったらしくこの穴蔵でコソコソ過ごすか、蝙蝠女やそれに尻尾を振る連中を裏切り地位と名誉を取り戻し御主人様の目溢しを願うか、選ぶが良いわ」

「……選ぶのは自由だけど一つ忠告しておくわ、あの女には後ろ盾がいて、あの女は所詮操り人形に過ぎない、つまり貴女達がこの生活を続けていけるのはその後ろ盾の気分次第に過ぎない……言いたい事は言ったわ、後は好きに決めなさい」

メッサリーナとアグリッピーナは突き放す様な口調でヒルデガントとレリーナに選択を迫り、苦渋の表情で沈黙してしまったヒルデガントとレリーナは無意識の内に互いの手を握り合っていた。

ヒルデガントが握り合った手に力を込めながら苦渋の表情でレリーナに視線を向けるとレリーナはヒルデガントの手を握り返しながら泣きそうな表情で頷き、それを目にしたヒルデガントは俯きながら絞り出す様な口調でメッサリーナに問いかけた。

「……本当に……本当にエメラーダ様を目溢しして貰えるですか?」

「……確約なんて出来る訳無いでしょ、でもこのまま蝙蝠女について行くだけなら破滅は間違い無いわ、自分や御主人様の命が大事なら賭けてみるしか無いんじゃない?」

「……不確かな後ろ盾に頼り正体不明のあの女に媚び諂い続けて生きて行くよりは可能性があると思うわ」

ヒルデガントのすがり付く様な問いかけを受けたメッサリーナとアグリッピーナはそれを払い除ける様に淡々とした口調で返答し、それを受けたエメラーダとレリーナは俯いて暫し沈黙した後に小さく頷いてメッサリーナとアグリッピーナの誘いを受け入れた。

「……申し訳ありません、エメラーダ様……もう、こうするしか……こうするしか無いんです」

「……申し訳……ありません……エメラーダ様」

俯いたヒルデガントとレリーナは絞り出す様な声で主に対する謝罪を呟き、その様子を目にしたメッサリーナとアグリッピーナは満足気に目配せを交わすと小さく頷き合った。

ダンジョンに対して策謀の楔を打ち込む事に成功したメッサリーナとアグリッピーナ、成果に気を取られた彼女達は気付いていなかった。

互いの手をしっかりと握り合いながら俯くヒルデガントとレリーナ、俯いたままの2人が口角を微かに吊り上げながら素早く目配せを交わし合っていた事に……



大陸歴438年深緑の月九日、金掘衆の編成を終えたアイリスはヴァイスブルク伯国亡命政権及びリステバルス皇国亡命政権との間にて資源採掘及び分配協定、琥珀協定を締結し、地下資源採掘態勢を整える事に成功したる。

その夜、リステバルス皇国亡命政権内にて対立が発生している事が露呈し、メッサリーナとアグリッピーナはそれに乗じてダンジョン内に策謀の楔を打ち込む事に成功した。その楔の意味を知る事無く……

ダンジョンに潜り込んだ間諜により打ち込まれた策謀の楔、しかしそれは、更なる惨劇を引き起こす為に撒かれた誘いの撒き餌……

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