蹂躙・アイリスの包囲戦(アイリス・ポケット)編・終演
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大陸歴438年深緑の月七日・ロジナ候国軍野営地周辺・A作戦集団
ラステンブルク猟兵部隊が壊滅していた頃、A作戦集団と第九騎士団を主力とするロジナ候国軍との戦況は膠着状態となっていた。
散発的に射撃戦を交わす両者の間には目立った損害は生じてないがロジナ候国軍の牽制拘束が主任務のA作戦集団にとって戦況の推移は満足すべき物であり、指揮官のリリアーナが現状に満足しているとアイリスから待ち望んでいた報せが送られて来た。
「A作戦集団、こちらアイリス、B作戦集団は作戦目的を完遂したわ、A作戦集団は速やかに撤収を開始してダンジョンに凱旋して頂戴」
「……こちらリリアーナ、承知致しました。速やかに撤収を開始しダンジョンに凱旋致します。鮮やかなる勝利おめでとうございます」
アイリスから作戦目的の完遂とそれに伴うA作戦集団への撤収命令を告げられたリリアーナは微笑と共にそれを受諾し、その後に周囲に控えるクラリス達にアイリスからの命令の内容を伝えた。
作戦目的の完遂を告げられたクラリス達は一瞬表情を緩めさせて大きく頷き合った後に自分達の撤退戦に向けて表情を鋭く引き締め直し、それを確認したリリアーナは同じ様に表情を引き締めながら各作戦群に対する魔通信を開始した。
野営地・第九騎士団本部
「……ラステンブルク猟兵部隊との連絡、未だ回復しませんっ!!」
リリアーナがアイリスの指示を受けていた頃、野営地のロジナ候国軍第九騎士団本部では連絡が途絶したラステンブルク猟兵部隊との連絡回復作業を監督していた下級幕僚が青ざめた表情でその結果に関する報告を行っており、それを聞いたミサは渋面を浮かべながらリーリャに声をかけた。
「……やっぱりここへの攻撃は陽動だったみたいね」
「……確定的ね〜ラステンブルク猟兵部隊の安否は絶望的でしょうね〜」
ミサの言葉を受けたリーリャは殊更に淡々とした口調で呟き、ミサが頷く事でそれに同意していると選抜部隊本部でラステンブルク猟兵部隊との連絡回復を図っていたチーグタムが憤怒の形相で駆け込み、その様子を目にしたリーリャとミサが内心で盛大な溜め息をついているとまなじりを吊り上げて周囲を見渡しながらながら口を開く。
「貴様等!!一体此処で何をやっているのだっ!!ヴァイスブルク派遣軍との連絡が途絶したままなのだぞっ!!救援に向かうぞっ!!」
憤怒の形相を浮かべたチーグタムは怒りの余り己の今の立場を完全に失念して怒声を迸らせ、それを聞いたリーリャはゆったりとした口調で口を開いた。
「……ラステンブルク伯国軍第八猟兵団長、レンジ・フォン・チーグタム殿〜」
リーリャの呼び掛けは口調こそ穏やかではあったが冷然として有無を言わせぬ迫力が込められており、その迫力に気圧された様に沈黙してしまったチーグタムを静かに見据えながら言葉を続けた。
「……その御言葉は〜戦友を助けたいが為の一念から出た言葉として〜受けとります〜ですが〜現在我々も間断無い敵の攻撃に晒されています〜」
「……仮に敵の攻撃が無く今直ぐにここを出発したとしてもラステンブルク猟兵部隊の野営地までは強行軍でも4時間以上は必要です。敵の攻撃を排除し伏兵を警戒しながら進めば確実にそれ以上の時間が必要です」
リーリャの言葉に続いてミサも淡々とした口調で現状を伝え、それを聞いたチーグタムは憤怒に顔を赤黒く染めながら口を開いた。
「御言葉ですが、我等ラステンブルク猟兵部隊は名うての強兵揃いですたかだかアンデッドの群程度の襲撃を受けたとしても容易くやられるとは思えませんっ!!間違いなく援軍が到着するまで持ちこたえてくれる筈ですっ!!御英断して頂きましたら不肖チーグタム、全軍の先頭に立つ覚悟でありますっ!!」
「……伝令!!敵の攻撃魔法射撃が激しくなっていますっ!!更にアンデッドの大群が出現しましたっ!!」
チーグタムが割鐘の様な声で抗弁を行っていると西方面を守備するアハトエーベネが派遣した伝令から新たな揺さぶりが開始された事が告げられ、それを聞いたバークが顔をしかめながら口を開いた。
「……恐らく先程と同じ幻影魔法による釣り出しでしょうな、執拗に繰り返して来ますね」
「……敵にとっては〜私達が引っ掛かかってくれたら儲け物〜程度の行動なのでしょうね〜どちらに転んでも、私達はこの地を動けませんね〜」
バークの言葉を聞いたリーリャは肩を竦めながら諦念の呟きをもらし、ミサとバークが頷く事でその言葉に同意しているとチーグタムが憤怒の表情で怒声を張り上げる。
「手緩いっ!!手緩過ぎるっ!!何故アンデッドどもの思惑通りに動かねばならぬのかっ!!その様な敗北思想でおるから勝てる戦も勝てぬのだっ!!アンデッドの罠等噛み砕きその上で」
「……黙れ、無能」
チーグタムの空虚は妄言を聞いていたリーリャが何時もののほほんとした口調とは真逆の底冷してしまう様な冷たい口調でぼそりと呟いた後に冷たく据わった眼でチーグタムを見据え、チーグタムがその言葉と眼差しに文字通り凍り付いた様に絶句してしまうと何時もの穏やかな表情とのほほんとした口調で言葉を続けた。
「……指揮官として〜これ以上の損害は許容出来ません〜、ですから〜警戒を厳重にしつつ敵の動静を観察して下さい〜勿論、敵が本格攻勢に移行した場合は〜全力で迎撃して下さい〜」
リーリャは絶句してしまったチーグタムを無視して方針を告げ、ミサ達が頷く事で応じているとアハトエーベネが新たに派遣して来た伝令が駆け込む報告を始めた。
「……伝令!!西方面にて大量の白色の泡が発生しましたっ!!魔力捜索を試みましたが捜索波が妨害されているらしく敵の動静が把握出来ませんっ!!」
「……伝令!南方面にて大量の泡が発生し敵の動静把握が不可能になりましたっ!!魔力捜索を実施しましたが効果はありませんっ!!」
アハトエーベネの派遣した伝令が報告を行っていると南方面の部隊から派遣されて来た伝令が到着して同一の内容の報告を行い、それを聞いたミサは小さく舌打ちした後に渋い表情で口を開いた。
「大規模幻影魔法に自走式魔法と爆裂魔法が組み込まれた空の荷馬車の突撃、そして魔力捜索すら無効にさせる泡による目眩まし、嫌になってくるわね」
「……全くです、悪夢としか言い様がありません」
ミサが苦々しげに呟くとバークが顔をしかめさせて頷きながら相槌を打ち、リーリャは頷いてその意見に同意した後に口を開く。
「恐らく敵の行動は〜撤退準備の筈です〜各部隊は警戒を厳重にして守備を固めて下さい〜敵の撤退を確認したならば〜直ちにラステンブルク猟兵部隊の救援に向かいます〜」
リーリャの指示を受けた幕僚達は敬礼した後にその指示を各隊に伝える為四方に散り、リーリャはそれを見送った後に流れに取り残されてしまっているチーグタムに視線を向けて口を開いた。
「夜間の森を進むのは中々大変です〜道案内、お願いしますね〜」
リーリャに声をかけられたチーグタムは苦々し気な表情で敬礼した後にアハトエーベネの所に向かい、ミサはその背中を見送った後に苦い表情でリーリャに声をかける。
「……ラステンブルクの援軍は駄目そうね」
「……頭が痛くなるわね〜尋常じゃ無い勢いで損害が続出してるわ〜」
ミサの言葉を受けたリーリャは眉を潜めながら呟き、その後に夜空で悠然と羽ばたきながら静止して此方の出方を窺っている魔龍を見ながら言葉を続けた。
「……また〜話してみる必要があるわね〜」
「……アハトエーベネ殿を呼んだ方が良さそうね」
ミサはリーリャの言葉に相槌を打った後にアハトエーベネの所に伝令を派遣し、リーリャは憂いを帯びた表情で悠然と羽ばたく魔龍を見詰めた。
それから暫くすると発生していた大量の泡が消失したとの報告がもたらされ、その報告を受けたリーリャとミサは要請を受けて駆け付けて来たアハトエーベネと共に魔龍と接触を図るため野営地の南側の出入口付近へと移動した。
リーリャ達が到着すると魔龍は悠然と羽ばたきながら夜空に静止しており、リーリャ達が魔龍を見据えながら野営地の外に出ると魔龍の方から念話で語りかけて来た。
……久し振りだな、魔曲騎士団団長殿及び副団長殿、そして始めましてラステンブルクの滅龍騎士リリアン・アハトエーベネ殿……
「……成程、既に我等の情報は既に把握されている、と言う事ですね、可能な限り敵の情報を収集しておくのは戦闘の鉄則、羨ましい限りです」
魔龍の呼び掛けを受けたアハトエーベネは苦い顔付きで嘆息した後に自嘲気味に呟き、それを聞いた魔龍は楽し気に言葉を続ける。
……貴殿の言う通りだな、お前達は我等の情報を知らぬ故に軽々しく行動し、結果として損害を重ね続けている、そして今宵はラステンブルクの猟兵達がその名簿に加わる事となった訳だ……
「……全く言い返せませんね〜今は〜作戦目的を完遂して〜本拠地に凱旋中と言う所ですか〜?」
魔龍の楽し気な言葉を聞いたリーリャは溜め息をついた後に淡々とした口調で問い掛け、魔龍はそれに対して楽し気な口調のまま言葉を返した。
……十分な戦果を得る事が出来た以上魔曲騎士団と正面からぶつかり余計な損害を被る必要は無いからな、追撃についてはそちらの勝手だがするのであれば相応の戦力が必要だ、大人しくラステンブルク猟兵部隊の敗残兵を捜索した方が利口だと忠告しておこう、それでは失礼させて貰おう、良き夜を過ごすが良い……
魔龍は楽し気に告げた後に悠然と羽ばたいてリーリャ達の前から飛び去り、ミサは渋い表情で遠ざかる魔龍を見据えながら傍らのリーリャに問い掛ける。
「……どうする?」
「……悔しいけど〜魔龍の忠告に従った方が利口ね〜私達も無傷では無いし、壊滅したラステンブルク猟兵部隊の生き残りを救出する方が先決ね〜アハトエーベネ殿〜道案内を宜しくお願いしますね〜」
「……承知しました、速やかに準備を整えます」
リーリャはミサの問い掛けに応じながらアハトエーベネにラステンブルク猟兵部隊救援の際の協力を要請、アハトエーベネは即答した後に敬礼して部下達の所に向けて駆け出した。
「……私達も〜出撃準備を整えた方が良いわね〜」
「……そうね、行きましょう」
アハトエーベネの背中を見送ったリーリャとミサはそう言葉を交わした後に野営地内に戻ってラステンブルク猟兵部隊への救援を命じ、それを受けた各部隊は周囲を厳重に監視しながら慌ただしく準備を整え始めた。
一方撤収を開始したA作戦集団は偵察大隊とワイト中隊を殿として粛々とダンジョンへの帰路についており、リリアーナは使い魔達から送られて来るロジナ候国軍の動静を確認しつつアイリスに撤収を開始した旨を伝えた。
ラステンブルク猟兵部隊野営地跡周辺・アイリス戦闘団
リリアーナからA作戦集団の撤収開始が伝えられた頃、アイリスはミリアリア達と共に壊滅したラステンブルク猟兵部隊の野営地を検分していた。
壊滅して見る影も無くなった野営地からは焼失を免れた食糧等の物資が積まれた馬車がスケルトンホースに曳航されて搬出されており、アイリスがその光景を視察しているとリリアーナからの魔通信が到達した。
「……A作戦集団が撤収を開始したわ、損害は軽微で現在の所敵の追撃は無いそうよ」
「……そうか」
リリアーナとの通信を終えたアイリスから通信の内容を伝えられたミリアリアは安堵の表情を浮かべながら応じ、アイリスは同じ様な表情で頷いた後にB作戦集団の全部隊に指示を送った。
「……B作戦集団所属全部隊に通達、現時刻を持って作戦を終了する。各部隊は速やかに撤収を開始しなさい、ダンジョンに凱旋しましょう」
「……カッツバッハ戦闘団了解しました。速やかに帰投を開始します。鮮やかなる勝利おめでとうございます」
「……ミランダ戦闘団、御下命拝領致します、直ちに帰投します。多大なる戦果、おめでとうございます」
「……クーリア戦闘団、了解、速やかに帰投を介しします。水際立った鮮やかなる勝利、感服致しました」
「……こちらネル戦闘団、了解です、直ちにダンジョンに帰投致します。大勝おめでとうございます」
アイリスの撤収命令を受けた各戦闘団の指揮官達は了解と戦勝への祝福の返信でそれに応じ、通信を終えたアイリスは身体を解す為に大きく伸びをした後にミリアリアに対して話しかける。
「……それじゃあ、あたし達もダンジョンに凱旋しましょう」
「……ああ、そうだな」
アイリスの言葉を受けたミリアリアは穏やかな表情で応じた後に笹穂耳まで赤らめながらアイリスを抱え上げる為に両手を広げ、それを目にしたアイリスは仄かに頬を赤らめながら頷いた後に嬉しそうに微笑みながらミリアリアに近付いた。
ラステンブルク猟兵部隊を壊滅させたアイリスはA作戦集団に対して撤収を命じ、それを受けたA作戦集団は速やかに撤収を開始してダンジョンへの帰路についた。
A作戦集団の撤収を確認したアイリスはB作戦集団に対しても撤収を命じ、鮮やかな勝利を収めた魔王の軍勢は戦利品を集積した馬車と共にダンジョンへと凱旋して行った……