蹂躙・アイリスの包囲戦(アイリス・ポケット)編・蜃気楼
今年最後の投稿になります。来年も本作を宜しくお願いします。
大陸歴438年深緑の月七日・野営地周辺・A作戦集団本隊
4ヵ所の外哨拠点を鎧袖一触で粉砕して野営地に向けて進撃するA作戦集団、指揮官のリリアーナは本隊の前進を指揮しながら使い魔達から送られて来ている野営地の魔画像を確認した。
魔龍と氷鳥龍の牽制攻撃に晒されている野営地では飛来するドラゴンブレスと冷凍光線を防ぎながら慌ただしく迎撃態勢が整えられていたが団本部とおぼしきテントの周辺では激論が交わされている様であり、その光景を目にしたリリアーナは新たな揺さぶりをかけるべく前進中の全部隊に停止を命じた。
野営地・第九騎士団本部
魔導兵大隊が展開させま魔力障壁で平池するドラゴンブレスと冷凍光線を防ぎつつ急ピッチで態勢を整えている野営地、その中枢である第九騎士団本部に剣呑とした空気が生じていた。
「リーリャ団長!どうか御再考をお願いしますっ!こうしている間にも自分の部下達の状況は刻一刻と悪化し続けているのですっ!!」
有力貴族の子息であり戦役終了後に新任の大隊長として着任したばかりの軽装歩兵大隊長は悲痛な表情でリーリャに詰め寄り、リーリャはその内容に内心で盛大な溜め息をつきながら口を開いた。
「……状況から考えて〜4ヵ所の外哨拠点は既に突破されたと考えざるを得ません〜上空に魔龍と正体不明の大型モンスターがいて此方を攻撃している現状から考えても〜外哨拠点を突破した敵が間も無く来襲する筈です〜既に私達は先手を取られています〜今は軽々に動かず態勢を整える事が必要ですよ〜」
リーリャは静かに現状を告げて大隊長を諭し、大隊長はそれに対して義憤を露にさせる様に大きく頭を振った後に口を開いた。
「それはあくまで推測に過ぎませんっ!!自分は部下達を信じていますっ!!彼等が容易く突破される筈がありませんっ!!リーリャ団長今すぐ援軍を派遣して下さいっ!!このままでは自分の部下達と言えど危険ですっ!!最悪の結果が訪れる前に対策を取るべきですっ!!リーリャ団長、御再考と御英断をっ!!」
(……ねえ、こいつ何で大隊長にまでなれたの?見る限り下級指揮官すら無理なんだけど)
(……軍学校の成績は察せると思うけどどうやら生家がごり押しで捩じ込んで来たみたいなの、戦役終了後の治安維持任務程度なら出来るだろうと判断されて送り込まれたみたいよ)
(……箔付けは余所でやって貰いたいわね、とんだ迷惑よ)
余りに稚拙な大隊長の物言いを聞いたリーリャはミサと念話で言葉を交わし、その結果に内心でうんざりしながらも大隊長に対して口を開いた。
「……その言葉は部下に対する温情が故の発言と理解しておきます〜、方針に関しては当初の予定通りとしますね〜」
「……リーリャ団長!」
リーリャの言葉を受けた大隊長は不満の色がありありと浮かんだ表情で声を張り上げ、その様子を目にしたミサはたしなめの為に口を開こうとしたがそれに先んじて軍議に参加していたチーグタムが一歩前に進み出て口を開いた。
「リーリャ殿!!僭越ながら不肖チーグタムも先程の意見に賛同であります。アンデットごときの襲撃に勇猛果敢なるロジナ候国の兵士達が容易く餌食になるとは考え難くあります。ここは速やかに出撃し、迅速にして無敵の進撃を持って苦境にあたる友軍を救出すべきと愚考致します。御命令を頂ければ我等ラステンブルク第八猟兵団選抜部隊もその一員として加わらせて頂きますっ!!」
(……アハトエーベネさんも大変ね)
(……心中察するわね)
チーグタムの調子の良い提言を受けたリーリャとミサは苦虫を数匹纏めて噛み潰した様な表情で一連の状況を見詰めているアハトエーベネの心中を慮りながら念話で言葉を交わし、一方チーグタムと言う新たな援軍を受けた大隊長は身を乗り出す様な勢いで言葉を続けた。
「リーリャ団長!!チーグタム様の力強い御言葉もありますっ!!是非とも御再考と御英断をお願いしますっ!!安寧な安全を求めるのでは無く敢えて茨の道を突き進んだ末の栄光こそが我等が取るべき道でありますっ!!」
「リーリャ殿!!御命令さえ下されば不肖チーグタム以下第八猟兵団選抜部隊は全軍の嚆矢となって突撃する所存でありますっ!!我等の迅速にして無敵の進撃をとくと御覧下さいっ!!」
声高に意見具申した大隊長に続いてチーグタムも顔を紅潮させながら宣い、リーリャは自己陶酔の気配すら漂わせている大隊長とチーグタムを醒めた目で見詰めながら口を開こうとしたがそれを遮る様に警報の叫びがもたらされた。
「……敵襲!敵襲!南及び西よりアンデット多数が出現!!此方に向けて接近中!!」
怒号に近い警報の叫びを受けた周囲が色めき立ち、リーリャはその空気を落ち着かせる為に泰然とした表情で命令を下した。
「議論はこれまでとします〜各員は速やかに持ち場に着いて敵を迎撃して下さい〜」
リーリャの命令を受けた大隊長はそれでも抗弁の為に口を開きかけたが、ミサがそれを制する様に鋭い視線を向け、その視線を受けた大隊長は気圧された様に口を閉ざした後に憤懣を隠そうともせずに敬礼した後に部下を指揮する為にリーリャ達の前を辞した。
「……団長」
「……誰か適当な人物を配置して置いて下さい〜傷が拡がったら大変ですから〜」
「……了解しました」
チーグタムがそそくさと敬礼したのに続いて大隊長の後を追い始めたのを目にしたバークが冷静な口調でリーリャに問いかけるとリーリャは淡々とした口調で応じた後に未だこの場に残るアハトエーベネに向けて小さく頷きかけ、アハトエーベネは深く一礼した後に踵を返してチーグタムの後を追った。
アハトエーベネがチーグタムに追い付くとチーグタムは大隊長と共に西の木柵付近に佇んで前方に広がる森を見詰めており、アハトエーベネは2人から少し離れた位置に立って森に視線を向けた。
暗い木々の合間からは吐き出される様な勢いで大量のボーンウォーリアーが出現しており、その様子を目にしたアハトエーベネは思わず顔をしかめかけたが目の前で繰り広げられている光景に違和感を覚えた。
確かに出現したボーンウォーリアーは大量ではあったが、外哨拠点の生き残りからの報告にあった筈の装甲火蜥蜴や攻撃魔法の射撃と言った物は確認出来ず、アンデットのみの正面突撃と言う野営地より遥かに規模の小さい外哨拠点に対して行われた周到な攻撃とは真逆とも言うべき光景を目にして訝しむアハトエーベネの脳裏に以前の戦闘で目にした大規模な幻影魔法の様子が閃光の様に浮かび上がった。
「まさか……罠」
目の前の光景から予想される最悪の結論を導き出したアハトエーベネは絞り出す様な口調で呟きながらチーグタムと大隊長の所に駆け寄ろうとしたが、時既に遅く大隊長の口から致命的な命令が下されてしまう。
「第四中隊突撃!!アンデットどもを粉砕し、その勢いに乗じて孤立する戦友達の元へ駆け付けるのだっ!!」
「我等も突撃せよっ!!盟友と共に小癪なアンデットどもを蹴散らしてしまえっ!!」
大隊長は軍刀を抜き放ち、迫り来るボーンウォーリアーの集団目掛けて切尖を突き付けながら号令を発し、傍らにいたチーグタムも集合していた150名程の猟兵達に向けて高らかに突出を命じた。
大隊長とチーグタムの命令を受けた軽装歩兵中隊と猟兵隊は雄叫びをあげると鎖を外された猟犬の様に木柵の数ヵ所に設けられた出撃用の間隙から駆け出し始め、その光景を目の当たりにしたアハトエーベネは大隊長とチーグタムの所に駆け寄り、厳しい表情で口を開いた。
「……団長、これは一体どういう事なのです?」
「……アハトエーベネ、貴様何故突撃しておらんのだっ!?この卑怯者がっ!!それでも滅龍騎士かっ!!恥を知れっ!!」
アハトエーベネの詰問を受けたチーグタムは逆に怒りの形相でアハトエーベネの突撃不参加を詰り、アハトエーベネが思わず口から出かけた罵詈雑言を多大な意思の力で捩じ伏せていると大隊長が取り成す様にチーグタムに声をかける。
「チーグタム殿、アンデットごときアハトエーベネ殿の御力を振るうまでも無いでしょう、後詰めとして控えて頂ければ心強い限りです」
「……ふんっ!!貴様は後続の猟兵を集結させておけ、攻撃が成功すれば後続部隊を指揮して苦境に陥っている友軍の救助に向かって貰うぞっ!!」
大隊長の取り成しを受けたチーグタムは憤懣やるかたないと言った表情と口調でアハトエーベネに命令し、取り付く島も無いその様子を目にしたアハトエーベネは諫言を諦めると今後発生するであろう災厄の被害を極限する為に残る猟兵達を集結させる為に大隊長とチーグタムの前を辞した。
その頃突撃を開始した軽装歩兵と猟兵達に突撃を目にして血気に逸りそれに追従した3個軽騎兵小隊約500名は雄叫びと駒音を高らかに響かせながら迫り来るボーンウォーリアーの集団に突撃し、余りに突発的な突撃に射撃の機会を逸してしまった弩砲兵と魔導士達が苦々し気にその行方を見守る中前進を続ける両者の距離は瞬く間に接近して行った。
両者の先鋒が正に激突する直前、前進を続けていたボーンウォーリアーの集団は瞬く間に掻き消えてしまい、突撃していた将兵は突然の事態に驚愕の表情を浮かべてしまうが勢いに任せて行った無計画な突撃による勢いは簡単に止められる事は出来ず混乱が生じてしまう。
「……よし、成功だっ!!ゴリアテ残存全車突撃!!続いて射撃を開始、徹底的に叩くぞっ!!」
「……獲物が網にかかったっ!!ゴリアテ全車突撃!!続けて徹底的に叩けっ!!」
リリアーナが行った大規模幻影魔法ミラージュスクリーンの成果を確認した丙作戦群指揮官のミリーナと丁作戦群指揮官のヴァルは木々の合間から混乱する突出部隊を確認しながら命令を下し、両作戦群が保有する6台のゴリアテはその命令に従い混乱する突出部隊に対する突撃を敢行した。
突撃を開始したゴリアテは猛然と加速しながら混乱する突出部隊に突入して爆裂魔法を発動させ、発生した爆発に巻き込まれた将兵が吹き飛び、薙ぎ倒される事により突出部隊に生じた混乱が更に拡大する中、両作戦群のボーンビショップや支援部隊の装甲火蜥蜴隊やワイト隊が攻撃魔法や火球の釣瓶撃ちを放ち始めた。
降り注ぐ攻撃魔法や火球によって突出部隊の混乱は更に増大してしまい、十字砲火を浴び逃げ惑う突出部隊の将兵は連続する爆発に巻き込まれて次々に吹き飛び、薙ぎ倒されていった。
「……こ、こんな、馬鹿な事が」
「……こ、これは一体何だっ!?何が起こっていると言うのだっ!?」
惨状を目の当たりにして顔面蒼白になり呟いた大隊長の傍らでは怒りに顔を赤黒くさせたチーグタムが怒鳴り散らし、アハトエーベネがそんな2人を醒めた眼で一瞥した後に集結した猟兵達を突撃によって生じた空白地帯に展開させていると第九騎士団から派遣されてきたポワソンシャーが指揮する騎乗騎士2個小隊と騎士2個小隊が到着した。
「……手酷くやられましたな」
「……お恥ずかしい限りです。突撃に巻き込まれなかった猟兵達を生じた空白地帯に配置させました。バックアップと逃げ戻って来た連中の収容を御願いします」
目の前で繰り広げられる惨劇を目にしたポワソンシャーの呟きを聞いたアハトエーベネは溜め息混じりの声で応じつつ配置についた猟兵達へのバックアップと逃げ戻って来る将兵の収容を要請し、ポワソンシャーが小さく頷いた後に騎乗騎士と騎士達を周囲に展開させていると顔面蒼白になって繰り広げられている惨劇を眺めていた大隊長が絶叫した。
「……怯むなっ!怯むなっ!!怯むなっ!!!アンデットごとき、蹴散らしてしまえぇぇっ!!!」
大隊長は血走った眼で絶叫すると軍刀を手に駆け出して行ったが野営地を出て暫く進んだ所で流れ弾となって飛来した火球の爆発に巻き込まれて薙ぎ倒された所に狂乱状態になって軽騎兵を振り落として駻馬となってしまった軍馬の馬蹄に踏み潰されてしまい、ポワソンシャーはその末路を見届けた後に突然の事態に唖然としてしまっているチーグタムに歩み寄り囁きかけた。
「チーグタム様、リーリャ団長は同盟国軍指揮官は本部に詰めておいた方が良いのでは無いかと仰っていました。この場は我々に任せ団本部にて状況の把握に努めるべきでは無いでしょうか?」
「……そ、それもそうだな、アハトエーベネ!!後は任せるぞっ!!」
ポワソンシャーの誘導を受けたチーグタムは我に還るとアハトエーベネに後事を託した後にそそくさと第九騎士団の団本部へと帰り始め、アハトエーベネは内心で盛大な溜め息をもらしながら一礼してその背中を見送った後に猟兵達の指揮を始めたが、南の方からも連続した爆発音(リリアーナの幻影魔法にブラインドされて発進した甲作戦群と乙作戦群のゴリアテ6台の内2台が迎撃を突破して突入に成功して爆発した音)が響き、それを耳にしたアハトエーベネは顔をしかめながら呟きをもらす。
「……翻弄され駆けずり回らされる、我々はまるでピエロだな」
(……恐らくこの攻撃は陽動だ、だが、我々はその陽動攻撃にさえ振り回され少なくない損害を生じさせられてしまっている。陽動攻撃でさえこれ程に達するならば、本命の……我国の部隊には一体何れ程の攻撃が加えられると言うのだ)
自嘲気味に呟くアハトエーベネの胸中には自国のヴァイスブルク派遣軍に行われるであろう攻撃とその結果生じるであろう甚大な損害に対する懸念が膨れ上がり、アハトエーベネはその懸念に慄然となりながら木々の合間から姿を現し始めた装甲火蜥蜴への迎撃を命じた。
西方面での突出部隊壊滅と南方面でのゴリアテ突入を確認したリリアーナは攻撃を装甲火蜥蜴、ボーンビショップ、ワイト、魔龍並びに使役獣による擾乱射撃に切り替えてロジナ候国軍への牽制攻撃を続行し、これに対してリーリャはこの攻撃が十中八九陽動攻撃であろうと看破して野営中のラステンブルク伯国軍ヴァイスブルク派遣軍に警報を送ったが、魔龍までもが参加している敵陽動攻撃部隊の規模を鑑みた結果、膠着状態の甘受もやむ無しと言う苦渋の結論に至り自軍の損害抑制を主眼とした迎撃指揮を実施しつつヴァイスブルク派遣軍本部とスティリアに現在の戦局を報告した。
一方B作戦集団を指揮するアイリスは使い魔より送られてきたA作戦集団の攻勢の進捗状況からロジナ候国軍に対する牽制拘束攻撃は奏効したと判断し、作戦目標であるラステンブルク猟兵部隊に対する前面攻撃開始を決断した。
鎧袖一触で外哨拠点を突破した陽動攻撃部隊A作戦集団は作戦目標であるロジナ候国軍野営地に対する牽制拘束攻撃を開始した。
リリアーナが展開した大規模幻影魔法を利用した第一撃は成功して野営地のロジナ候国軍に出血を強要する事に成功し、これによりA作戦集団はロジナ候国軍と膠着状態を造り上げる事に成功し、一連の状況を確認したアイリスは本作戦最大の目的であるラステンブルク伯国猟兵部隊に対する総攻撃実施を決断した。
A作戦集団が展開した大規模幻影魔法は蜃気楼の様にロジナ候国軍を惑わし、その成果により同集団は作戦目標を達成した……