蹂躙・アイリスの包囲戦(アイリス・ポケット)編・欺瞞攻勢
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大陸歴438年深緑の月七日・ロジナ候国軍野営地第一西哨拠点周辺・A作戦集団・丙作戦群
前進を続けていたA作戦集団の各部隊はロジナ候国軍野営地の攻撃圏内に到達し、ミリーナ率いる丙作戦群も目標丙、第一西外哨拠点を臨む木々の合間に展開していた。
丙作戦群が展開を終了して暫くすると日付が変わり深緑の月七日となり、それを確認したミリーナは微かに唇を噛み締めながら呟きをもらす。
「深緑の月七日……ヴァイスブルク陥落から丁度1ヶ月……か」
「……はい」
ミリーナの傍らでその呟きを耳にしたエルザは短く応じた後にミリーナと同じ様に唇を噛み締め、そのやり取りを目にした他の者達も脳裏に浮かんだヴァイスブルク陥落の際の光景に思わず唇を噛み締めた。
「あの時、私達には絶望しか無かった……だが、1ヶ月たった今私達はこうしてロジナの連中に攻撃を仕掛けようとしている……分からない物だな、運命と言う奴は」
ミリーナがヴァイスブルク陥落後に虜囚の身に貶められていた自身の境遇と激変した現状との差異に万感の呟きをもらしていると腕に嵌めた携帯魔通信機に受信を示す青い光が灯り、それを確認したミリーナが即座に魔通信機に触れるとリリアーナの声が流れ始めた。
「……リリアーナより各作戦群、リリアーナより各作戦群、現在同盟者の魔龍様が接近中です、これより状況を開始して下さい。繰り返します、各作戦群は状況を開始して下さい」
「こちら丙作戦群、了解しました。直ちに状況を開始します」
リリアーナから告げられた作戦開始命令を受けたミリーナは即座に返信した後に周囲に散開するエルザ達に視線を向け、エルザ達が鋭い表情で頷いたのを確認した後に静かな口調で命令を発した。
「……ゴリアテ第一波に起爆用魔力充填」
ミリーナの命令を受けたミスティアとティリアーナは小さく頷いた後に木々の傍らに停止させたゴリアテに少量の魔力を充填して起爆態勢を整え、それを確認したミリーナは木々の合間から見える第一西外哨拠点を見据えながら小さく命令を発した。
「……ゴリアテ第一波、発進」
ミリーナが命令を下すとそれに呼応する様に起爆態勢が整えられた2台のゴリアテがゆっくりと動き始め、ミリーナはその行方を確認しつつ後方に散開するボーンウォーリアー隊とボーンビショップ隊に襲撃態勢を整えさせた。
第一西外哨拠点
野営地の西方を軽快する外哨拠点の1つである第一西外哨拠点には1個小隊の軽装歩兵に魔導兵、弩砲兵各1個分隊が詰めて2交代制で警戒に当たっており、警戒任務の軽装歩兵達は重たくなりかける瞼と格闘しながら暗い木々の合間を監視していた。
「……ったく、ツイてねえなあ、こんな森の奥に連れて来られた挙げ句に警戒任務なんてよ」
「……全くだ、ラステンブルクの連中が来るってんなら来させりゃ良いじゃねえかよ、なんで態々出迎えてやる必要があるんだよ」
それまでヴァイスブルクにて治安維持(と言う名目の休養)に当たっていた事とヴァイスブルク派遣軍司令部の箝口令によりこれまでの経緯を把握出来ていない軽装歩兵達が生欠伸を噛み殺しながらぼやき合っていると、暗い木々の合間から黒い影の様な物が姿を現し、それに気付いた軽装歩兵は訝しげな面持ちになりながら同僚に話しかける。
「……おい、何だありゃ?」
「……おいおい、冗談は止めてくれよ、それとも寝惚けかけてんのか?」
軽装歩兵の問いかけを受けた同僚は苦笑しながらたしなめの言葉を発し、軽装歩兵は首を振りながら近付いて来る黒い影を指差しながら言葉を続けた。
「……冗談でも何でもねえよ、アレだよ、アレ」
その言葉を受けた同僚は訝しげな表情のまま指差された方向に視線を向け、近付いて来る黒い影の存在を確認して戸惑いの声をあげた。
「……何だ、ありゃあ?」
黒い影を認めた同僚がその正体を測りかねて戸惑いの声をあげている間にも黒い影はゆっくりと近付き続け、軽装歩兵は薄気味悪そうに近付く影を見詰めながら同僚に声をかける。
「……分隊長を呼ぶか?」
「……そうだな、分隊長!此方に向けて何かが近付いて来ますっ!」
軽装歩兵の提案を受けた同僚はそれに同意した後に分隊長を呼び、それを聞いた分隊長が顔をしかめながら軽装歩兵達の所に歩み寄って来た。
「何事だ?要領を得ない報告を行うなと何時も言っているだろうがっ!」
「……で、ですが何かが近付いて来ているのは分かりますがその正体が判別しないのです」
舟を漕ぎかけていた所に不明瞭な報告を受け不機嫌な面持ちの分隊長に叱責された軽装歩兵は自信無さげな口調で抗弁しながら近付いて来る黒い影を指差し、分隊長は不機嫌な面持ちのまま軽装歩兵の指差す先に視線を向けて接近して来る黒い影を確認した。
「……ふむっ確かに何かが近付いて来ているのは間違い無い様だな」
分隊長がそう呟いている内にも黒い影は更に接近を続け、それに従い朧気だった輪郭が徐々に明確な物へと変化していき無人のまま前進を続ける空の荷馬車の姿を取った。
「……仮眠している連中と小隊長を起こせっ!!魔導士近付いて来る荷馬車を魔力捜索で調べろっ!!」
異様な光景を目にした分隊長は軽装歩兵達に仮眠している者達を起こす様命じた後に当直魔導士に魔力捜索を命じ、魔導士は慌てて分隊長の近くに駆け寄って近付いて来る空の荷馬車の魔力捜索を開始した。
魔導士が魔力捜索を開始して暫くすると2台目の空の荷馬車が出現し、それに相前後する形で仮眠中の所を起こされた軽装歩兵や魔導士、弩砲兵が慌ただしく持ち場に着き始めた。
「一体何事だっ!!」
仮眠中の所を叩き起こされた小隊長は軽装歩兵達に案内されて分隊長の所へ駆け付けると乱れかけた服装を整えながら問いかけ、分隊長は接近して来る無人の荷馬車の存在と魔導士による魔力捜索が開始された事を伝えた。
分隊長からの報告を受けた小隊長が接近して来る2台の荷馬車に視線を向け、その正体を測りかねて首を傾げていると魔力捜索を行っていた魔導士がその結果を報告し始めた。
「……かなり複雑な自走魔法がかけられています。他にも魔法がかけら」
報告を行っていた魔導士はその途中で大きく目を見開いて絶句してしまい、そのただならぬ様子を目にした小隊長は先を促そうとしたがそれより先に魔導士が悲鳴の様な声をあげた。
「……ば、爆裂魔法が組み込まれています、か、かなりの規模ですっ!!」
魔導士が悲鳴の様な声をあげた瞬間、2台の荷馬車はその声を合図とした様に猛然と加速を始め、小隊長は慌てて迎撃を命じ様としたが2台の荷馬車、ゴリアテはその前に第一西外哨拠点に到達した。
ゴリアテが第一西外哨拠点に到達すると同時に組み込まれていた爆裂魔法に起爆用の魔力が流れ込み、2台のゴリアテは目も眩む様な閃光と共に爆発した。
2台のゴリアテに突入された第一西外哨拠点に紅蓮の火柱と爆煙に覆われ、小隊長をはじめとした多くの将兵は自分の身に何が起こったのか理解する間すら与えられずに文字通り吹き飛ばされてしまった。
第一西外哨拠点が紅蓮の火柱と爆煙に包まれたのに相前後する形で第二西外哨拠点と第一及び第二南外哨拠点にもゴリアテが突入して爆裂魔法を起爆させ、4ヵ所の外哨拠点はその一撃で完全に機能を破砕され将兵にも多大な損害を被ってしまう。
使い魔からの影像でゴリアテによる攻撃が成功したのを確認したリリアーナは突撃大隊への前進命令とワイト中隊への火力支援開始命令を下した後に接近中の魔龍に協力させる為に氷鳥龍を出撃させた。
リリアーナの命令を受けた突撃大隊が各作戦群を支援する為に4隊に分かれて前進を開始すると同時に展開していたワイト中隊が散開した偵察大隊の援護をうけながら攻撃魔法を放ち始め、周囲が慌たださを増して行く中出撃した氷鳥龍は魔龍とゆったりと羽ばたいて夜空へと飛び立った。
一連の状況は使い魔達を介して接近中の魔龍の下へも届けられており、魔龍は攻撃の進捗状況に満足しながら氷鳥龍と合流して野営地に向けて前進を続けた。
野営地・第九騎士団本部
突如として発生した連続した大爆発は眠りに就いていた野営地の将兵達を文字通り叩き起こし、転げる様にテントから出てきた将兵達が血相を変えて態勢を整え始めていた。
「……状況を〜報告して下さい〜」
第九騎士団本部に駆け込んだリーリャは従兵の差し出す装具を身につけながら当直の騎士に状況の報告を求め、当直の騎士は青ざめた顔で口を開いた。
「先程発生した爆発以降西及び南の外哨拠点全てと魔力通信が途絶しております、途絶する直前に第二南外哨拠点より不審な空の荷馬車が接近していると報告があり、その直後に爆発音が響き魔力通信が途絶しました」
当直騎士が青ざめた顔で報告を終えるのとほぼ同時に装具を整えたミサがテント内に駆け込み、最後の装具を装着し終えたリーリャはミサに視線を向けながら口を開く。
「……西と南の外哨拠点全てと〜通信が途絶してるわ〜」
「……絶望的、でしょうね」
リーリャの言葉を受けたミサは顔を顔をしかめながら呟き、リーリャは同意する為に頷いたがその背筋に強烈な悪寒が走り、リーリャは反射的に傍らのハープをつかんで弦に手を伸ばしながら言霊を放った。
「魔曲第十七番……鉄壁」
リーリャは言霊を放ちながら弦を爪弾き魔力を宿した旋律を奏で、その光景を目にしたミサは魔笛を手にテントの外へと飛び出し夜空を見上げた。
夜空にはリーリャの奏でる旋律によって具現化された巨大な銀の六芒星の魔法陣が存在していたが数拍の間を置いた後に巨大な火球が飛来して魔法陣を直撃し、相殺された両者は爆発して巨大な爆煙を生じさせた。
「魔笛曲第九番……天象儀」
一連の光景を目にしたミサは言霊を紡いだ後に魔笛を口に当てて旋律を奏で、奏でられた旋律によって発生した不可視の魔力波が上空に拡散した。
「やはり魔龍……と、もう1体?」
「捜索結果はどう〜?」
拡散した魔力波の捜索結果を確認したミサが想定内の反応である魔龍の反応の他に正体不明の大型飛行モンスター(氷鳥龍)の存在を把握して戸惑いの呟きをもらしていると、テントの外に出てきたリーリャが捜索結果について問いかけ、ミサは難しい顔付きになりながら返答した。
「予想通り魔龍よ、けどもう1体いるわ、古成体クラスのドラゴン並の大型モンスターよ」
「……次から次、か〜、うんざりするわね〜」
ミサの言葉を受けたリーリャが顔をしかめながらぼやく様に呟いていると接近中の魔龍と氷鳥龍からドラゴンブレスと冷凍光線が放たれ、それに気付いたリーリャとミサはハープと魔笛を構えながら言霊を紡ぐ。
「「合奏魔曲第六番……堅城」」
言霊を紡いだリーリャとミサがハープを魔曲を操り奏でた旋律によって生み出された巨大な六芒星の魔法陣が夜空に輝き飛来したドラゴンブレスと冷凍光線と相殺されて巨大な爆発を生じさせ、リーリャとミサが厳しい表情でその光景を見詰めていると通信が途絶した外哨拠点との魔通信を行っていた魔導士が魔導兵大隊の大隊長と共に2人の旁駆け寄り、それに気付いた2人が視線を向けると大隊長が血相を変えて口を開いた。
「……さ、先程第二南外哨拠点の生存魔導士との魔通信に成功しました。無人の荷馬車が外哨拠点に突入して爆発して小隊長他多数が死傷したのに続いて猛烈な攻撃魔法の射撃が浴びせられているとの報告を最後に通信が途絶致しました」
「……伝令!先程、第二西外哨拠点の生存魔導士との魔通信に成功しました!無人の荷馬車の突入とその後に行われた猛烈な攻撃魔法射撃に小隊長他多数が死傷し、複数の装甲火蜥蜴と大量のアンデッドが出現中との報告を最後に通信が途絶しましたっ!!」
大隊長の報告が終わると間髪入れる間も無く他の外哨拠点との通信結果を報せる伝令が青ざめた表情で追加報告を行い、それらの報告を聞いたリーリャとミサは攻撃を受けた4ヵ所の状況に対して完全に見切りをつけた。
「……全軍に非常警戒態勢を通告〜、防衛態勢を整えさせて下さい〜」
「……魔導兵及び魔法騎士は防御結界形成を最優先で実施、残りの者は即刻配置につき敵の来襲に備えなさいっ!!」
大隊長と伝令の報告を受けたリーリャとミサは素早く指示を送った後に魔龍と氷鳥龍が再び放ったドラゴンブレスと冷凍光線を堅城によって防ぎ、2人の指示を受けた騎士や伝令達はその指示を伝える為に四方に向けて駆け出して行った。
A作戦集団・本隊
……闇神官よ、野営地への攻撃を実施した。攻撃自体は魔曲使い達に防がれたが敵への牽制及び拘束は成功したぞ……
「……お疲れ様です、魔龍様、御足労をおかけしますが今しばらく牽制攻撃を続行して下さいませ」
……承知した……
上空の魔龍から野営地に対する攻撃結果を報されたリリアーナは彼我の状況が記された地図の魔画像を具現化させながら返信し、魔龍が楽し気にそれに応じつつ通信を終えると具現化させた魔画像に視線を向けて戦局の確認を開始した。
現在ゴリアテが突入した4ヵ所の外哨拠点に向けて合流した装甲火蜥蜴を先鋒にした各作戦群が接近を続けており、リリアーナが静かにその様子を見詰めていると矢印が外哨拠点に到達した。
「……こちら甲作戦群、目標甲に到達した、抵抗は皆無」
「……こちら乙作戦群、目標乙に到達しました。抵抗は極めて軽微で既に排除に成功しております」
「……こちら丙作戦群、目標丙に到達、抵抗は皆無です」
「……こちら丁作戦群、目標丁に到達、抵抗は散発的な攻撃魔法のみで既に排除に成功」
矢印が各外哨拠点に到達して数拍の間を置いた後に各作戦群の指揮官達から制圧完了の報せが入り、リリアーナが順調な状況に満足気な笑みを浮かべているとクラリスが傍らに歩み寄って来て口を開いた。
「……我々も移動しましょう」
「……そうね」
クラリスの進言を受けたリリアーナは頷きながら相槌を打ち、クラリスはそれを確認した後に後方の木々の合間に散開しているアレッサ達に向けて魔力光による合図を送り、それを確認したアレッサ達から魔力光による返答が送られて来た。
「……各作戦群に通達、各作戦群は進撃を続行して下さい、本隊もそれに追従して前進を開始します」
「……甲作戦群、了解、前進を続行する」
「……乙作戦群、了解、前進を続けます」
「……丙作戦群、了解しました。前進を再開します」
「……丁作戦群、了解、進撃を続行する」
クラリスとアレッサ達のやり取りを確認したリリアーナが各作戦群に前進の継続を命じると各作戦群の指揮官からの返信と同時に4本の矢印が動き始め、リリアーナはそれを確認した後にクラリス達に前進を命じた。
リリアーナの命令を受けたワイト中隊と偵察大隊は散開したまま前進を開始し、その前方では各作戦群が装甲火蜥蜴を先頭に魔龍と氷鳥龍の牽制攻撃を浴びている野営地に向けて粛々と進み続けていた。
大陸歴438年深緑の月七日、日付がヴァイスブルク陥落から1ヶ月目に到達した深更にアイリス率いる異形の軍勢は攻撃を開始した。
A作戦集団が実施した先制攻撃は完璧に成功して標的となった4ヵ所の外哨拠点を粉砕し、襲撃の報を受けた野営地ではリーリャとミサが魔龍と氷鳥龍による攻撃を防ぎつつ対応に追われていた。
完璧な成功を収めた外哨拠点襲撃、魔曲騎士団が直面したその攻勢はアイリス率いるB作戦集団の攻勢を成功させる為の欺瞞攻勢……