修繕
今後も本作を宜しくお願いします。
大陸歴438年深緑の月3日・ダンジョン・第1階層
ヴァイスブルク城にて損害補填の方策と今後の方針が決せられている頃、ダンジョン周辺ではカッツバッハやサララ、ヴァル達の指揮の下で来るべき籠城戦に備えた食糧備蓄の為の狩猟と採取が行われる一方農耕エリアと生け簀エリアでもエメラーダの統轄指揮の下、栽培と養殖が実施されていた。
来るべき籠城戦に備えた食糧の備蓄及び自給態勢が整えられる一方で生命線とも言うべきダンジョンへの強化も併せて実施され、一通りの作業を終えたアイリスは強化が施されたダンジョンの実地説明を行う為にアイリーン、マリーカ、クーリアと言った各勢力のトップ達を第1階層に集合させた。
アイリスの集合要請を受けてアイリーン、クラリス、マリーカ、アナスタシア、クーリアにアイリスに指名されたダイナとバブスが第一階層の分岐点に集合し、ミリアリアやリリアーナと共に一同を向かえたアイリスは微笑みながら口を開いた。
「……良く来てくれたわね、今日はダンジョンの修繕作業が一段落したから取りあえず情報を共有してもらう為に集合して貰ったわ」
「……修繕作業って、このダンジョン、まだ第1階層すら踏破されて無いわよね」
「……まあ、アイリス様はミリアリア殿を護る為なら労力を厭いませんからね」
アイリスの言葉を聞いたマリーカが若干顔を引きつらせながら呟いていると傍らのアナスタシアが穏やかな口調で応じ、そのやり取りを聞いたアイリスは大きく頷きながら言葉を続けた。
「今回の修繕は傘下に入ってくれた女戦士達のおかげで把握出来た敵の能力の一端に対する対策と更なるダンジョンの強化が目標よ、前にも言ったけどこのダンジョンはミリアを護る為のダンジョンだから戦力向上に労力を惜しむ気はさらさら無いわ」
「……っ!?」
アイリスの開けっ広げな説明を聞いたミリアリアは笹穂耳まで真っ赤になりながら絶句してしまい、その様子を目にした皆が思わず吹き出しそうになってしまうのを堪えているとアイリスが更なる説明を始めた。
「敵の能力に対する対策については実際に見て貰った方が早いわね、クーリア、あの2人にバルコンゲレードでこの階層の捜索をさせて頂戴」
「……承知しました」
アイリスが説明しながらクーリアに目配せを送るとクーリアは深く一礼して応じた後に後方に控えるダイナとバブスに頷きかけ、ダイナとバブスは頷き返した後に分岐点の中央に移動して言霊を放った。
「「バルコンゲレードッ!!」」
ダイナとバブスが言霊を放つと同時に不可視の魔力波がダンジョン内に拡散し、ダイナとバブスは意識を集中させて反射されて来た魔力波からダンジョン内の様子を読み取ろうとしたが直ぐにその表情に驚愕の色が浮かび上がった。
「……こ、これはっ!?」
「……こんな事がっ!?」
ダイナとバブスは驚愕の表情で上擦った声をあげ、その反応を目にした一同(アイリスを除く)が周囲に視線を巡らせる中言葉を続ける。
「……捜索で判明したのはこの階層が三つの分岐に別れている事だけです、魔力波の反射に相当なムラがあり正確な奥行き等を探索するのは困難です、ムラが生じているのは壁面からの反射波が異常なまでに拡散していましたので拡散してしまった反射波同士が共鳴してしまいノイズとなった為と推測されます」
「……それに加えて床や天井部の反射波が異常に小さい為に落とし穴や釣天井を探り出すのが相当に困難になっています、これは恐らく床や天井に魔力波を吸収してしまう処置が施されている為と推測されます」
ダイナとバブスは些か興奮気味にバルコンゲレードの結果を伝え、それを聞いたアイリーンがダンジョンの壁面に視線を向けると以前はのっぺりとしていた壁面に不規則な無数の凹凸が生じており、アイリーンは試しに魔力波を壁面に放ちその反射波を確認した後に得心した様に頷きながら口を開いた。
「……確かに魔力波の反射が拡散してしまいますわね、恐らく何らかの魔力処置が施されていて、その処置と不規則な凹凸が相乗して反射波を妨害しているのでしょう」
「……今、床に魔力波を放ってみたけど反射波が恐ろしく弱くなってるわ、多分床板が魔力を吸収してしまっているのね」
アイリーンが呟いていると床に魔力波を放ったマリーカが得心に若干の呆れが混じった表情で呟き、2人の呟きを聞いたアイリスは誇らし気に微笑みながら頷いた後に言葉を続けた。
「……2人の予想通りよダンジョンの壁面には魔力拡散用の処置が施された特殊コンクリートコーティングのツィンメリットコーティングが施されていて、床と天井には魔力波吸収石板アルペリッヒを敷き詰めているわ、ツィンメリットコーティングは魔力波の反射を異常拡散させる事で捜索を妨害し、アルペリッヒは魔力波を吸収する事で捜索を妨害する事を狙っているわ、開放型階層や階層守護者との連続戦闘型階層を除いた階層にこの処置が施されているわ、開放型階層ではこれらの処置の代わりに捜索魔力波を感知したら自動的に魔力波を妨害する効果をもった泡を大量に拡散させて捜索を妨害する装置アフロディーテを各所に設置して魔力捜索を妨害する手筈になっているわ」
((……これは酷い))
アイリスから壁面と天井及び床に施された魔力捜索対策のあらましを聞かされたアイリーンとマリーカは同じ感想を抱きながら若干顔を引きつらせ、クラリスとアナスタシアも同じ様に若干顔を引きつらせていると、クーリアが感嘆の眼差しでツィンメリットコーティングとアルペリッヒを交互に見ながら口を開いた。
「……やはりアイリス様の御力は凄まじいですね、攻める身になって考えると背筋が凍ります」
「……歴戦の女戦士にそう言って貰えるとありがたいわね」
クーリアの感想を聞いたアイリスは満足気に頷き、その後に皆を見渡しながら更に言葉を続けた。
「それじゃ次はダンジョンの強化に関して説明するわね、強化と言っても今回は各階層へのツィンメリットコーティングやアルペリッヒ、アフロディーテの設置がメインだったからマイナーチェンジ程度よ」
「……これまでの処置だけでもだいぶエグいんだけど」
「……まあ、アイリス様のなさる事ですから」
アイリスの説明を聞いたマリーカとアナスタシアは若干の諦念が混じった表情で囁きを交わし、それが終わるのとほぼ同時にアイリスがダンジョンの強化に関する説明を開始した。
「……今回の強化は新たな階層を1つ新設してその階層を従来の第9階層と差し換えた事がメインになるわ、従来の第9階層は同盟者階層としてダンジョンから独立した階層を形成する事になるわ、同盟者階層はこれまで通り同盟者たる魔龍に統轄して貰って、大型モンスターの繁殖や演習等に使用する様になるわ、これで同盟者の魔龍はダンジョンへの侵入者に煩わされる事無くダンジョン外への攻勢に集中して貰えるし、これまでは控え目な迎撃しか行えなかった第9階層でも本格的な迎撃が行える様になるわ、既にこの事は魔龍に伝えていて快諾して貰ったわ」
「……これまでは何も、未だ第1階層すら突破されていませんわよね」
「……アイリーン様、致し方ありません、何せアイリス様とミリアリア殿なのですから」
(……いや、まあ、確かにこのダンジョンが出来た理由は私だが何故私も同じ扱いなのだ……全くもって解せぬ)
アイリスから第9階層の差し換えに関する説明を聞いたアイリーンとクラリスは諦念混じりの表情で言葉を交わし、ミリアリアがその内容に釈然としない物を覚えているとアイリスが差し換えられた新設第9階層の説明を開始した。
新設第9階層は波が次々に押し寄せる白い砂浜とその背後に聳え立つ白亜の断崖絶壁が延々と続く階層であり、侵入者達は延々と続く砂浜を進んだ先にある第10階層への扉を目指す事になる。
道自体は1本道である為迷う必要は無いのだが砂浜の下では巨大な人喰蟹が虎視眈々と地上を歩く侵入者を待受け、上空からは断崖から飛び立ったワイバーンの集団が間断無く襲撃を繰り返して来る事となっている。
侵入者達は地下と上空からの間断無い襲撃に晒されながら遮蔽物の乏しい砂浜を進む事を強いられ、疲弊し消耗した後に階層守護者との戦闘を余儀無くされてしまう。
疲弊し消耗した侵入者達を待ち受けているのは強固な上に魔力耐性まで高い分厚い甲殻に覆われ、巨大な鋏とアクアブレスによる攻撃を得意とする巨大人喰蟹、鬼ガザミであり、その戦闘の最中にも人喰蟹とワイバーンの襲撃は途切れる事無く続行されている。
「……相変わらずのエグさでしたわね」
「……ええ、相変わらずのアイリス様とミリアリア殿ですね」
(……いや、ちょっと待て、私はダンジョン強化に関しては全くノータッチだぞ、何故私も一纏めにされているのだ……解せぬ、全くもって解せぬ)
新設第9階層の概略を聞いたアイリーンとクラリスは諦念の混じった表情で会話を交わし、ミリアリアがその内容に内心で抗議の声をあげていると説明を終えたアイリスが小さなカプセルを掲げ、それを確認したマリーカは暫し逡巡した後に若干顔を引きつらせながら口を開いた。
「……アイリス様、そ、そのカプセルはやっぱり」
「ええ、新しい使役獣のカプセルよ」
「……うわぁ」
マリーカの問いかけを受けたアイリスは誇らし気な笑みと共に返答し、それを聞いたマリーカが引きつりかけた表情で何とも言えない声をあげる中説明を始めた。
「……地上戦力はだいぶ整ってきたけど航空戦力が同盟者の魔龍と双角龍に分裂状態の吸血球獣と円盤状態のブラッディスケアクロウしかいなくて少々手薄な状態だからそれを補う為にこの子を制作したのよ、名前は氷鳥龍で外見はこんな感じになるわ」
アイリスがそう言うと東部に短い角を持ち寝惚けた様な半目のどこか愛嬌を感じさせる表情に腕の代わりに巨大な翼が存在する直立歩行型の巨体が印象的な使役獣、氷鳥龍の姿が映し出された魔画像が具現化され、それを目にした一同が何とも言えない表情を浮かべる中アイリスが説明を続ける。
「この子は氷鳥龍の名が示す通り強力な冷凍光線を発射する事が出来る使役獣よ、この子が加わる事で航空戦力もだいぶ強化する事が出来るわ」
「……そ、そうか、よ、良かったな」
アイリスの説明を聞いたミリアリアは若干顔を引きつらせながらアイリスに声をかけ、アイリスはニコニコしながら嬉しそうに頷いた。
「……相変わらずですわねあの御二人は」
「……そうですね、最近では何だか安心してしまいます。ああいう姿を見ていると」
アイリスとミリアリアのやり取りを目にしたアイリーンとマリーカは穏やかな表情で言葉を交わし、それを聞いた周囲の者達も同じ様な表情で頷いた後に言葉を交わしているアイリスとミリアリアの様子を見守った。
ロジナ候国ヴァイスブルク派遣軍が損害の補填に勤しんでいた頃、アイリスも来るべき籠城戦に備えてダンジョンの修繕を実施した。
女戦士達との邂逅によって把握した潜在的脅威に対する対策と新たな階層の制作と差し換え、これにより異形のダンジョンの防御力は更なる向上を果たした……
ミリアリア「……なあ、この氷鳥龍なんだが」
アイリス「違うわよ、だって南極の越冬基地を襲撃したり、北極に引っ越す途中で東京を氷づけにしたりしてないもの」
ミリアリア「……東京いい迷惑だよな、襲撃した越冬基地も御丁寧に日本の越冬基地だったしな」
アイリス「これでQから80まで一通り出現したわね」
ミリアリア「……なあ、これ、百合作品だよな」
アイリス「……その疑問に関してはあたしも激しく同意するわ」