損害補填
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大陸歴438年深緑の月3日・ヴァイスブルク城・ロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍司令部
間者が報告するダンジョンの捜索に向かった傭兵捜索集団の壊滅から2日が経過した深緑の月3日、ヴァイスブルク城の一室ではロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍首脳部とヴァイスブルク男爵領首脳部による緊急会議が執り行われていた。
「……現時点で救援隊が収容した傭兵捜索集団の生存者は約250名です。この内約半数が重傷を負っており半数程は助からないであろうとの事です、残る半数についても多くが負傷しており五体満足な者は10数名程にとどまっております。そして生存者の多くが非常に怯えております。最後の生存者が収容されてから約半日になりますので残りの者達については絶望的かと思われます」
生存者の状況を報告していた下級幕僚は青ざめた表情で報告を終えた後に着席し、それを聞いていたスティリアは渋い表情になりながら口を開いた。
「……事態の経緯についてはどこまで判明しているの?」
「……はっ、指揮官のスコット殿を含めた首脳部の殆どが行方不明な為、正確な経緯に関しては不明でありますが生存者の報告を総合しますとダンジョンを発見した捜索隊がダンジョンに突入して増援部隊を派遣した後にその増援部隊が大規模な襲撃を受け、本隊が救援に出撃したものの大量のワイトを含むアンデッドの大群とジンベルヴォルフや魔狼、そして正体不明の大型モンスターの襲撃を受け壊滅、野営地を警護していた留守部隊もアンデッドの大群と装甲火蜥蜴、正体不明の大型モンスター等の襲撃を受けて壊滅したとの事であります。野営地には食糧等の物資も集積されていましたが放棄された野営地に到着した救援隊はそれを発見出来ておりません、恐らく敵に奪い取られた物と思われます」
スティリアの問いに対して別の下級幕僚が纏められた報告書に手に立ち上がって報告を行い、それを聞いたスティリアは表情を更に渋い物にさせながら呟きをもらす。
「……ダンジョンを発見したならば封鎖に止めて援軍を待てと指示していたのでは無いのか?容易く軽々に突入した挙げ句がこの様かっ」
スティリアは苦々し気な口調で呟き、それを聞いたレンネンカンプは取り成しの為に口を開いた。
「……スティリア様、お怒りは至極最もな事ではありますが封鎖命令には正規軍との文言がありました、ですから傭兵達はそれを拡大解釈して先走ってしまったのでしょう、損失は確かに甚大ではあみすが傭兵の損失であればそこまでお怒りになる必要も無いかと思われますが?」
レンネンカンプが取り成しの言葉を述べると傭兵集団統制官のカルストル・フォン・ドールマンが追従する様に頷き、スティリアはそんな2人を醒めた眼で見据えながら口を開く。
「……約2ヶ月のヴァイスブルク戦役全体を通した我々の死傷者は約6000だった、損害は大きく特に損害が大きかった第四及び第十九騎士団は戦役途中に第七及び第十六騎士団と交代せざるを得なかった程だ」
スティリアは醒めた視線とレンネンカンプとドールマンを見据えながら淡々とした口調で告げ、2人がその様子に気圧された様に押し黙る中、更に淡々とした口調で言葉を続けた。
「……しかし、戦役終了から今に至る1ヶ月弱の間に発生した損害は死者及び行方不明者だけで6000を超えている。第七騎士団及び第十六騎士団は騎士団長が戦死した上に甚大な損害を被り再編成の為帰国し、盟友のヴァイスブルク男爵領国軍及びラステンブルク伯国軍の3個騎士団が全滅に等しい損害を被っている。そして更に傭兵隊が被ったこの損害だ、既に死傷者は1万前後に達している、この状況を憂慮せずにどうすると言うのだ?」
スティリアの言葉を受けたレンネンカンプとドールマンはばつの悪そうな表情で沈黙してしまい、そのやり取りを見ていたナルサスは取り成しの為に口を開いた。
「……スティリア様の懸念の言葉には頷く点が多いが既に生じた損失を補填する為に盟友たるリステバルス王国より約9000名からなる増援部隊が進発し今月中旬頃に到着する予定であるからそこまで憂慮する必要は無いのではなかろか?ヴァイスブルク男爵領国軍の建て直しも急ピッチで進んでいると言うし」
ナルサスはそう言いながら視線をアロイスに向け、アロイスは誇らし気な表情で口を開いた。
「先の戦闘において我が軍の第二騎士団が壊滅すると言う痛恨の事態が起こりましたが、本日、第二騎士団の再編と第三騎士団新編の目処がつきました。現在両騎士団は新規採用した兵士と傭兵ギルドより斡旋された人員で定数を満たしておりますので早急に錬成を実施しリステバルス王国の増援が到着する今月中旬には3個騎士団態勢が整う予定となっております」
(整うと言っても少数の傭兵と緊急徴集された新兵の混成集団だ、しかも第一騎士団から基幹要員は殆ど派遣されていないとの事だ、戦力的にはかなり不安だな)
アロイスが告げたヴァイスブルク男爵領国軍の再編内容を聞いたスティリアがその内実に内心にため息をついているとチーグタムが発言を求め、ナルサスの許可を得たチーグタムは立ち上がって得意気な表情で口を開いた。
「ヴァイスブルク男爵領国軍だけではありません、本日ラステンブルク伯国より連絡がありまして第六、第七、第九猟兵団からなるヴァイスブルク派遣軍の編成が完了した旨が伝えられ、不肖ながらこの私が指揮官に任命されました」
チーグタムが高らかに宣言したラステンブルク伯国からの援軍派遣の報せを受けて出席者達(スティリア、アハトエーベネ、リーリャ、ミサを除く)から歓喜の声があがり、その様子を目にしたナルサスは満足気に頷きながら口を開いた。
「確かにヴァイスブルク終了後に我々は1万近い兵力を喪失してしまった。だが、ヴァイスブルク男爵領国軍の態勢が整い、ラステンブルク伯国及びリステバルス王国からの援軍が到着すれば新たに約14000名の兵力が加わる事になり損害を完全に補填する事が出来る。ヴァイスブルク男爵領国軍が敵に潜ませた間者によれば傭兵捜索集団にいたとおぼしき女戦士どもの一団が新たに加わったらしいがそれを含めても敵の総数は精々が100名程度に過ぎない、アンデッド等も少々いる様だが我が軍と比較すれば取るに足らぬ小勢だ。皆は臆する事無く小癪な敗残兵どもを蹴散らすのだっ!!」
ナルサスの力強い宣言を受けたレンネンカンプ達は大きく頷く事でそれに応じ、その光景を目にしたスティリアは内心で渋面を造る。
(……確かにヴァイスブルク男爵領国が潜ませた間者によって相手の情報が手に入る様になりはした、だがその情報は旧ヴァイスブルク伯国や旧リステバルス皇国の関係者の話が殆どで拠点となっているダンジョンや両者を庇護している者の正体に関しては未だ不明なままだ)
スティリアがヴァイスブルク男爵領国が潜ませた間者から情報が伝えられているにも関わらず根本的な情報が何一つ把握出来ていない事に戸惑いを抱いていた最中、脳裏にある考えが浮かびその瞬間にスティリアの背筋に悪寒が走る。
(……まさか、我々が把握した情報は意図的に流された物なのでは無いか?……だとしたら、ヴァイスブルク男爵領国軍が潜入させた間者の事は既に露呈していて、その上で泳がされていると言う事なのでは無いか?)
スティリアは脳裏に浮かんだ考えを告げて警戒を促したがアロイスは大笑しながらその心配が杞憂に過ぎないと太鼓判を押し、ナルサスはその安請け合いに納得した後に今後の方針を決した。
援軍派遣を確約したラステンブルク伯国に関しては翌日進発を要請する事が決せられ、スティリアは襲撃を警戒してヴァイスブルクの森を迂回する事を進言したが、派遣軍の指揮官となったチーグタムはまだ見ぬ敵を恐れてそれを避けるかの如く行動しては鼎の軽重が問われると主張してそれに反対し、ナルサスはそれを受け入れてラステンブルクからの援軍にはヴァイスブルクの森を直進して進撃させる一方、スティリアの意見に配慮してチーグタム率いる猟兵選抜部隊と第九騎士団に軽装歩兵大隊そして軽騎兵、魔導兵、弩砲兵を各1個中隊づつ配属した収容援護部隊を出撃させる事とした。
そしてラステンブルク伯国からの援軍と合流した後はリステバルス王国からの援軍到着を待ち、援軍が到着した後にダンジョンを拠点に活動するヴァイスブルク伯国とリステバルス皇国の残党に両者を庇護している勢力に対する総攻撃を実施する事が決定された。
新たな援軍の到着に沸き立つ司令部の中でスティリア達一部の者は言い知れぬ懸念を抱き、その懸念は僅か数日後に的中する事になってしまう。
新たな惨劇の発生と言う最悪の形で……
アイリス率いる異形の軍勢の襲撃による傭兵捜索集団の壊滅、この損害を加えたロジナ候国軍ヴァイスブルク派遣軍の損害は1万前後にまで膨れ上がったがロジナ候国軍は直ちに喪失した戦力の補填を開始した。
既に出撃したリステバルス王国からの援軍に加えてヴァイスブルク男爵領国軍は緊急徴集と傭兵の採用により2個騎士団を新編し、ラステンブルク伯国からは新たに3個猟兵団を援軍として派遣する事を決した。
これらの決定によりヴァイスブルク派遣軍は喪失した戦力を補填する事に成功した。だが、それはアイリス率いる異形の軍勢により引き起こされる更なる惨劇の呼び水でもあった……