惨劇・傭兵捜索集団編・奪略
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大陸歴438年海の月1日・傭兵捜索集団野営地・留守部隊
スコット率いる傭兵捜索集団本隊が慌ただしく出撃し、野営地には野営地とそこに集積された物資を護る為に小隊規模の傭兵隊が4隊残された。
残された傭兵達は慌ただしい出撃に巻き込まれずに済んだ事に安堵しつつ野営地にてのんびりと過ごしていたが、暫くすると状況は不穏な物へと変化し始めた。
本隊が出撃して2時間程が経過した頃、本隊が出撃した方向から多数の爆発音の様な音が遠雷の様に響き始め、それを聞いた留守部隊の指揮官は魔通信可能な魔導士に本隊との連絡を命じたが本隊からの返信は一切無くその代わりとでも言うように爆発音の様な音が断続的に聞こえ続けた。
状況に不安を感じた指揮官は傭兵達に周囲を厳重に警戒する様命じたが、傭兵達が警戒を始めて暫くすると断続的に続いていた音は徐々に間遠になっていきやがて聞こえなくなってしまい、代わりに野営地の周囲は不気味なまでの静寂に押し包まれる事となった。
爆発音の様な音が完全に消えた後も本隊は留守部隊からの呼びかけに全く応じず、留守部隊の傭兵達が内心の動揺を押し隠しながら警戒に当たっていると暗い木々の合間から本隊に所属していた傭兵達が変わり果てた姿になって姿を現した。
三々五々に姿を現す傭兵達は大なり小なり負傷していて五体満足な者は数える程しかいない上にその総数も寒気を感じる程に少なく、傭兵達は激しく動揺しながら姿を現した本隊の傭兵達を野営地に収容して手当てを始めた。
収容された負傷者達は苦痛の呻き声の合間に見た事も聞いた事も無い大型モンスターやアンデッドの大群等による異様な襲撃の様子を譫言の様に発し続け、それを聞いた傭兵達は激しく動揺しつつも眦を決して暗い木々の合間を見据えた。
ただならぬ事態が生じた事を察した指揮官の魔通信可能な魔導士にヴァイスブルク派遣軍司令部に状況を伝え、司令部は増援部隊の派遣と現在地を死守する様命じて来た。
司令部の命を受けた指揮官は野営地に到着した生存者達の内で戦闘可能な1個小隊程の傭兵達も指揮下に組み入れて厳重な警戒態勢を敷き、傭兵達は事態の急転が引き起こす動揺と恐怖を強引に捩じ伏せながら暗い木々の合間を凝視した。
留守部隊が厳重な警戒態勢を敷いて暫くすると三々五々に到着していた生存者達の来訪も止まって再び異様な程の静寂が周囲を取り囲み、傭兵達は額や頬に脂汗を浮かべながら周囲に目を光らせ続けた。
それからジリジリする様に緊迫した時がゆっくりと流れた末に日付を跨いで新たな月である深緑の月が始まり、傭兵達の緊張状態を考慮した指揮官は部隊を2つに別けて交代で警戒に当たる事を命じた。
命令を受けた傭兵達の半数は待機場所に移動すると水筒の水で緊張の余りカラカラになってしまった喉を潤し、人心地ついた傭兵達は近くの地面に腰を降ろして緊張に強張った身体を休め始めた。
「……一体何が起こってるんだよ」
地面に胡座をかいた傭兵の1人が苛立たしげに呟いたが他の傭兵達はそれに答える事無く押し黙ったままであり、その反応を目にした傭兵が苛立たしげに舌打ちしていると周囲を警戒していた傭兵が悲鳴の様な声で叫んだ。
「……す、スケルトンだっ!!スケルトンの大群がウジャウジャ出て来やがったっ!!」
休憩していた傭兵達は悲鳴の様な警報を受けると弾かれた様に立ち上がると足をもつれさせかけながら各々の持場につき、簡易的な造りの木柵越しに目にした光景に息を呑んだ。
暗い木々の合間からは決壊した堤防から迸る洪水の様な勢いでスケルトンが姿を現しており、その光景を目にした傭兵達が唖然とした表情で信じ難いその光景を見詰めていると指揮官達が血相を変えながら号令を発した。
「お前達何をしているんだっ!敵襲だぞっ!!迎撃しろっ!!!」
指揮官の怒号の様な号令を受けた傭兵達は慌てて各々が手にした武器を構え、魔導士と野営地に4門残されていた軽弩砲に取り付いた傭兵達が射撃を開始しようとしたがその機先を制する様にスケルトン達の背後から大量の火球が発射されて野営地に降り注いで来た。
降り注ぐ火球は野営地の周囲で炸裂して簡易的な造りの木柵の其処彼処を近くにいた傭兵ごと吹き飛ばし、その光景を目にした傭兵達が更に動揺していると突然足元が揺れ始めた。
傭兵達が突然の揺れに思わずぐらつきかける中、揺れは加速度的にその強さを増していき、傭兵達が手近な物に捕まってその揺れに耐えていると野営地の中央付近の地面が大きく盛り上がり、盛り上がった地面から大量の土塊を撒き散らしながら2体の巨大なモンスター、地炎龍と硫黄龍が姿を現して咆哮を轟かせた。
地炎龍と硫黄龍は突然の出現に狼狽える傭兵達に向けて薙ぎ払う様に火炎と可燃性ガスを放ち、硫黄龍の放った可燃性ガスの炸裂に巻き込まれた指揮官が吹き飛ばされてしまう。
指揮官の無惨な最期を目の当たりにして腰が引けかけた傭兵達だったが、更なる災厄が恐れ戦く彼等に襲いかかった。
地炎龍と硫黄龍が殊更に盛大に撒き散らした土塊に紛れこんで野営地に侵入した無数の吸血球が狼狽える傭兵達に襲いかかると喉元に貼り付ついてその血を貪り始め、標的となった傭兵達は身の毛もよだつ様な絶叫を迸らせたが直ぐにカラカラに干からびたミイラの様な無惨な骸となって崩れ落ちてしまった。
変わり果てた姿となって野営地に帰りついた本隊の僅かな生存者と彼等が報せた異様な襲撃の情報に怯え、アンデッドの大群の強襲とそれに連動した形で出現した地炎龍と硫黄龍の奇襲による指揮官の戦死と言う異状な事態の連続に崩壊しかけていた傭兵達の士気にとって吸血球の襲撃とその犠牲者の無惨な姿はトドメの一撃となり、士気が崩壊した生き残りの傭兵達は血相を変えながら蜘蛛の子を散らす様に逃走を開始した。
逃走を開始した傭兵達はスケルトンの大群が出現した側とは反対の森に向けて脱兎の如き勢いで駆け寄ったがそこから10を超える巨大な火球が放たれて最も森に近付いていた傭兵達を巻き込み炸裂し、その光景を目の当たりにした傭兵達がたたらを踏む様に足を止めていると下生えを踏み拉きながら10体を超える装甲火蜥蜴が姿を現して咆哮を轟かせた。
装甲火蜥蜴の姿を目にした傭兵達は慌てて向きを変えて手近な木立に飛び込もうとしたがその木立からはスケルトンに護衛された僧侶服姿の燻し銀の骸骨、ボーンビショップの一団が姿を現し、衝撃的な光景に立ち竦んでしまった傭兵達に向けて攻撃を開始した。
ボーンビショップが放った火球が立ち竦む傭兵達を吹き飛ばす中、粗末な造りの剣を手にしたスケルトンの集団が傭兵達を呑み込み、傭兵達は断末魔の絶叫とスケルトンの集団の中に消えて行った。
1時間後・野営地・リリアーナ戦闘団
戦闘と呼ぶには余りに一方的であった約1時間程の襲撃によって野営地を守備していた留守部隊は蹴散らされて一握りの生存者達は暗い木々の合間に逃げ散って行き、人気の途絶えた野営地とそこに集積されていた物質はリリアーナ戦闘団の手中に帰していた。
集積されている物資の荷車にはスケルトンが取り付いて生存者が隠れていないかの確認を行い、その傍らでは死亡した軍馬をアンデッド化したスケルトンホースが確認作業の終えた荷馬車を運搬する為に待機しており、その様子を確認していたリーアンは余りに一方的であった先程の襲撃の様子を思い出すと感嘆の溜め息をついた後に傍らに立つアークティアに対して話しかけた。
「……圧倒的だったわね」
「……うん、アイリス様に助けて頂いてから、驚かされてばかりだね」
リーアンの言葉を受けたアークティアが同じ様に感嘆の溜め息をついた後に応じているとまだスケルトンによる検査が行われていない荷馬車を覆っている防水用の布が微かに揺れ、それに気付いたリーアンは自然な動作で腰に挿した龍軍刀(アイリスが製作し配付)マルダーの柄に手を添えながらアークティアに囁きかける。
「……アークティア」
「……了解、リリアーナ様にお報せするわ」
リーアンの囁きを受けたアークティアは同じ様に腰の龍軍刀(マルダー同様アイリスが作製及び配付)ヘッツァーの柄に手を添えながら応じた後にリリアーナに状況を報告し始め、それを確認したリーアンは何気無い風を装いながら荷馬車の様子を窺った。
荷馬車の布は検査役のスケルトンが接近する度に小さく揺れ続け、リーアンが注意深くその様子を窺っているとリリアーナへの報告を終えたアークティアが荷馬車の様子を窺いつつ空いた手で手刀を作って自分の首を軽く何度か叩き、それを確認したリーアンは小さく頷いた後にアークティアと共に荷馬車と森の間に移動した。
リーアンとアークティアが移動を終えると同時にライナとリーナとアリーシャが姿を現し、リーナとアリーシャがライナ達と頷き合っていると検査役のスケルトンが件の荷馬車に近付き始めた。
検査役のスケルトンが荷馬車付近に近付いた瞬間、覆われていた布が捲れ上がって4人の傭兵達が飛び出して暗い森に向けて脱兎の如く駆け出し、それを確認したアークティアはヘッツァーを鞘から引き抜きながら地面に方膝を着き、空いた左手を地面に当てながら言霊を紡いだ。
「ガイアストッパー!!」
アークティアが言霊を紡ぐと同時に傭兵達の前の地面が隆起して逃走していた2人がそれに脚を取られて転倒し、残る2人もそれに巻き込まれるのを防ぐ為に慌てふためきながら脚を止め、リーアンは動きが止まった傭兵達に鞘から抜き放ったマルダーの切尖を突き付けながら言霊を紡いだ。
「ライトニングアローッ!!」
リーアンの紡いだ言霊によって生み出された稲妻の矢は起き上がろうとしていた2人の傭兵を貫いてその身を焦がし、その光景を目にした残りの2人が慌てふためいて逃げ様としているとライナ達が放った複数の火球がその周囲に降り注いで2人を吹き飛ばしてしまう。
「……他にはいないみたいね」
逃走を図った傭兵達を一掃したリーアンは倒れた傭兵達を一瞥した後に周囲を見渡しながら呟き、頷いたアークティアはスケルトン達が荷馬車の検査を終えたのを確認して口を開いた。
「……荷馬車の検査も終わったみたいね」
「……了解、リリアーナ様に報告するわ」
アークティアの言葉を受けたリーアンは頷きながら応じた後にリリアーナに荷馬車の検査が終了した旨を伝え、それから暫くするとリリアーナとクラリスが姿を現した。
「お疲れ様です、リーアンさん、アークティアさん」
リリアーナは穏やかな表情でリーアンとアークティアに労いの言葉をかけ、リーアンとアークティアが深く一礼する事で応じているとライナ達がリリアーナの所に近付いて来た。
「ライナさん達もお疲れ様です、クノーベルスドルフさんが部隊の再編を進めているのでそれが完了次第奪取した物資と共にダンジョンに帰投します」
リリアーナは近付いて来たライナ達にも労いの言葉をかけた後にクラリス達を見渡しながら今後の方針を告げ、クラリス達は勝利と戦果を噛み締めながら力強く頷いた。
30分後・アイリス戦闘団
留守部隊を蹴散らして野営地とそこに集積されていた物資を手に入れたリリアーナ戦闘団は部隊の再編を終えた後に奪取した物資と共にダンジョンへの帰投を開始し、その報告を受けたアイリスはアイリス戦闘団の各部隊に追撃と残敵掃討を中止してダンジョンに帰投する様命じた。
アイリスの命を受けた各部隊はそれに従いダンジョンに向けて移動を始め、魔画像でそれを確認したアイリスはクーリア達にもダンジョンに帰投する様命じた。
「……それではダンジョンに帰投させて頂きます、失礼致しますアイリス様」
アイリスの帰投命令を受けたクーリア率いる女戦士達は深々と一礼した後にアイリス達の前を辞し、その恭しい姿を目にしたアイリスは照れ臭そうに形の良い鼻の頭をかきながら傍らのミリアリアにぼやいた。
「……何だか調子狂っちゃうわね、あれだけ恭しくされちゃうと、魔王なのに、変な感じね」
そう言いながら照れた様に笑うアイリスの姿は何時もの飄々とした姿や不敵な姿とは真逆のあどけない姿であり、ミリアリアはその姿にどきまぎしながら口を開いた。
「……あ、女戦士達にとってはアイリスは戦女神の化身に見えるんだろう、だからあそこまで恭しく接する事が出きるんだ、わ、私だってアイリスが女神だって言われたなら信じって……あっ」
どきまぎしながら返答していたミリアリアは自分がとんでも無い事を言いかけていたのに気付いて慌てて口を閉ざしたが時既に遅く、アイリスは真っ赤な顔になって絶句してしまっており、それを目にしたミリアリアは笹穂耳まで真っ赤になりながらしどろもどろに弁解を始めた。
「……ち、違んうだ、アイリス、あ、アイリスは女神と言われたって可笑しくないくらい綺麗だから信じてしま……ってちがっ……いやアイリスが女神みたいに綺麗なのは違く無いんだが……あ、いや、その……これは……その……ああっもうっ!!」
しどろもどろに弁解していたミリアリアは完全に言葉に詰まると真っ赤な顔で唸り始めてしまい、その様子を目にしてミリアリアと同じ位真っ赤な顔になったアイリスは寄り添う様にミリアリアに近付くと、おずおずとした口調で問いかけた。
「……ね、ねえ、ミリア……り、リリアーナ達が帰って来るのをここで待たない?……そ、その2人で」
「……へっ?……あ、ああ、そ、そうだな」
アイリスの問いかけを受けたミリアリアは思わず間の抜けた声をあげてしまった後に真っ赤な顔でアイリスの提案を受け入れ、そのやり取りを見ていたミスティア達は真っ赤な顔でアイリスとミリアリアに挨拶をした後にそそくさとダンジョンへの帰路に着いた。
2人きりになったアイリスとミリアリアは真っ赤な顔で互いの様子を窺い合い、やがてアイリスが真っ赤な顔でミリアリアの肩にもたれかかりながら口を開いた。
「……ね、ねえ、ミリア」
「……ッ!?あ、ああ、分かった」
アイリスに呼びかけられたミリアリアはアイリスの意を察すると掠れ気味の言葉で応じながらアイリスの身体を抱え上げ、抱え上げられたアイリスは甘える様にミリアリアの胸元にもたれかかりるとリリアーナ戦闘団が運ぶ物資の荷馬車が映し出された魔画像を具現化させつつ口を開く。
「……食糧や物資もかなり手に入ったわね、これで農耕エリアや生け簀エリアの収穫や漁獲が始まるまで余裕で過ごせそうね」
「……ああ、そうだな」
アイリス言葉を受けたミリアリアは相槌の言葉を打ちながら魔画像に視線を向け、スケルトンホースに運ばれる荷馬車を見ながら言葉を続けた。
「……これで暫くロジナの連中が大人しくなってくれたら言う事は無いんだかな」
「……期待薄じゃないかしら、この前の襲撃であれだけ叩いたにも関わらず、今回の戦闘が起こった訳だし、この娘達も一生懸命仕事してるし」
ミリアリアの言葉を受けたアイリスがゆっくりと頭を振りながら応じた後に皮肉気な笑みと共に言葉を続けつつ小さく指を鳴らすと、敢えて魔通信が可能な造りにしてある雑貨倉庫にて魔通信に勤しむメッサリーナとアグリッピーナの姿が映し出された魔画像が具現化され、それを目にしたミリアリアは渋面を作って頷きながら言葉を続けた。
「……本当に随分と仕事熱心な事だな、感心するよ、感心し過ぎて反吐が出そうだ」
「……同感ね、ヴァイスブルク戦役の際もさぞかし忙しかったんでしょうね」
ミリアリアの苦々し気な言葉を受けたアイリスは蔑みの視線でメッサリーナとアグリッピーナを見詰めながら相槌を打った後にメッサリーナとアグリッピーナが映し出された魔画像を消去し、その後に気を取り直す様にミリアリアに囁きかけた。
「……ねえ、ミリア、ダンジョンに戻ったら、御風呂に入らない?」
「……ッ!?……わ、分かった……あ、アイリスは魔王なんだ……だ、だから、その……え、遠慮等しなくて……か、構わない」
アイリスの囁きを受けたミリアリアは真っ赤に顔でそれを受け入れ、その答えを聞いたアイリスは頬を赤らめながらも嬉しそうに頷いた後にミリアリアの腕の中でリリアーナ戦闘団の帰還を待ち始めた。
大陸歴438年深緑の月1日、ダンジョン捜索に向かっていた傭兵捜索集団は壊滅し、ロジナ候国ヴァイスブルク派遣軍は2000名近い兵員を喪った。
そしてこの損害は新たな月に入った後も繰り広げられる事となる凄惨な殺戮劇の幕開けに過ぎなかった……
大陸歴438年深緑の月1日、日付を越えて新たな月へと突入した深夜、傭兵捜索集団の最後の部隊がリリアーナ戦闘団によって一蹴された。
この戦闘の結果アイリス達は物資を奪略する事によって持久態勢を確固たる物とする事に成功し、ロジナ候国側は増大してていく損害リストに新たな1ページを加える羽目に陥ってしまう。
新たな月に行われた一方的で凄惨な戦闘、それは新たな月になっても繰り広げられる事となる殺戮劇の幕開け……