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ふざけるな王太子。ふざけるなエリス。寒風の中、私は薄いショールを肩に巻いて震えながらも心は怒りに熱く燃えながら下町を歩いていました。
あら、ふざけるな、なんて公爵令嬢としてはしたない言葉ですわね? でももうわたくし、公爵令嬢じゃありませんもの! 今は町娘のセシルです。
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私は公爵令嬢、セシリーナ・ジュエル、王太子ディーンの婚約者……でした。半年前までは。
幼い頃に整えられた婚約。初対面の印象は『冴えない男の子』でした。弟王子のレーンさまの方が余程賢そうで心惹かれました。でも、ディーンさまは将来国王になって国を導くお方。私はその妃となるならば、このお方が冴えない人ならなおの事、頑張って支えてあげなくては、と必死に王妃教育をこなし、必要な時には政治にも力添え出来るよう、こっそりと帝王学の書物まで読み漁って勉強していました。『才色兼備の白薔薇嬢』という呼び名が懐かしいですわ……ふっ。
なのになのに、あのボンクラ王子は、学院で、着々と貴公子たちを虜にする、見かけは愛らしいけれど心はどす黒い庶民の女エリスにころっと騙されてしまいました。
ある日突然、
「セシリーナ、おまえのような性悪女とは結婚など出来るか。婚約は破棄する!」
ダンスパーティの真っ最中、衆目の前で突然の婚約破棄宣言。私が目をぱちくりさせていると、あの性悪エリスがディーン王子の陰に隠れながら、
「セシリーナさまが私を睨んでいますぅ~。ディー、怖いですぅ~」
いや、最初はディーン王子を見ただけなんですけど。その後は睨んだかも知れません。なんで貴女がわたくしの婚約者である王太子殿下を軽々しい愛称で呼び捨てに? と不審と怒りを感じましたから。
あの女が貴公子たちを取り巻きにしてその中で姫のごとく振舞っているのは噂で知っていました。でも人の色恋沙汰になんて興味もないし、バカバカしいとしか思ってませんでした。その中に宰相の息子もいると聞いた時は、嘆かわしいことと思い、婚約破棄された私の親友を慰めたりもしましたが、しかし、まさかそんな集団の中に王太子殿下ともあろう方が入っているとは考えもしなかったのは、私もバカだったと思います。勉強で忙しかった、というのは言い訳に過ぎませんね。
それからは断罪の嵐。「階段から突き落とした」「服を破った」「悪口を言いふらして苛めた」えーと他になんだっけ? とにかく、私が苛めの首謀者だと嘘八百を並べ立てるエリスに、「なんて可哀相に。よく耐えて来たね」なんてうるうるする王太子。周囲の取り巻きたちも一緒になって、私を断罪しました。証拠を出しなさい、これじゃ、私の方が苛めに遭ってるんじゃないの、と言っても馬鹿な男たちは聞く耳持たず、エリスちゃんの言う事なら何でも真実だと思うようでした。
茫然として家に帰ったら、父上が、
「おまえが帝王学を学んでいたのは、おまえは将来王妃になった暁には夫を暗殺して女王になろうと目論んでいた、と噂されている。もしもそれが本当だとされてしまったら我が家は破滅だ! そんな事になる前に家を出て行け」
と仰って。
そりゃあ、先妻の娘なんて父上には『王太子の婚約者』としての価値しかなかったのかも知れないけど、ひどい。だけど、私の巻き添えで実家まで潰されてしまうのも嫌だったので、私はあっさり承知して、僅かなお金を持たされただけで家を追い出されました。
最初は友人を頼ろうかとも思いましたが、迷惑をかけてはいけないと思い直し。
そして下町で何とか住居と仕事を見つけ、今まで生きてきた訳です。
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最初は慣れない暮らしが辛かったけれど、最近は要領が身について、それ程辛くはないです。だけど、この国はあまり豊かでない事を知りました。王家がガバガバ国費を使って贅沢しているからです。机の上の学問だけではわからない、国民の暮らしぶりを知る事が出来ました。……もう王妃になる訳でもないので、なんの役にも立てないのですが。
だ・け・ど。今日のお触れには我慢が出来ません。
王太子とエリスが婚約? バカ王子とバカ女が王と王妃になればこの国は破滅です。そもそも、勝手な婚約破棄や恋愛脳での婚約を許しちゃう現国王夫妻もどうなのかと。
という訳で、あいつらを懲らしめるべく、行動する事にしました。