第五章 油断
第五章 油断
『彼らはいかがですか?それなりに出来ていると思いますが』
〝HOPE〟の艦長室では艦長がモニターに映るマスターと会話していた。
このマスターの問いかけに艦長は、
「ああ、誠に助かっている。感謝しますよ」
『いや、感謝するのはお互い様です。ここまでクオリティの高いゲームはなかなかないので、彼らはとても満足しています』
「そう言ってくれるとこちらも肩の荷が降りるというものだ」
ここでメルダがモニターに入ってくる。
今日のメルダはミニチャイナドレスに身を包んでいた。思わず艦長は、
「メルダ…よく似合っているぞ」
メルダは少し恥ずかしそうに、
『ありがとうございます、艦長』
メルダは少し離れてその場で一回転して見せた。そしてマスターは、
『メルダにもとても助かっています。料理なんかはもうプロ顔負けですし、できればこのままずっと手伝って欲しいくらいですよ』
「そうだろう。元々メルダは家事系のアンドロイドなんだよ。今回は頼るべきがメルダだけだったので不本意ながら…このような任務を任せてしまったのだが」
その艦長の表情にただならぬモノを感じたマスターは、
『失礼ながら、メルダのモデルは艦長の大切なお人なのですか?』
すると艦長の表情が驚きのものになる。が、すぐに平静を取り戻して、
「…その通り、メルダのモデルはワシの一人娘なのだ」
『そうでしたか。しかし、その娘さんはいま地球においでになるのですか?』
「いや、八歳の時に大暴発した太陽フレアが地球を襲ったときにたまたま外で遊んでいて…亡くなったんだ」
『そうでしたか…不躾な質問をお許しください』
首を垂れるマスター。その横でメルダは目に涙を溜めて硬直していた。
「いや、気にしないでくれ。すべては起きてしまったこと、いまはメルダがワシの娘だよ」
そう言われたメルダは、
『…はい。お父様』
この言葉に艦長も思わず息を詰まらせて、
「メルダ…このような任務を背負わせてしまって、すまない。が、いましばらくお前の力を使わせてくれ」
『はい。気にしないでください。メルダはお父様のお役に立てて、嬉しいですっ』
艦長はその顔を少し綻ばせたが、すぐに真顔に戻り、
「ところで、つい先日。敵の前線基地のようなものを発見した。今後この基地攻略をお願いしたいのだが?」
『新規配信ミッションという形でメルダに処理してもらえば問題ないでしょう』
このマスターの提案に艦長は、
「そうか…ではメルダ、頼めるかな?」
メルダは敬礼しながら、
『はいっお任せくださいっ』
「では後でデータを送るのでよろしく頼む…」
艦長はそう言うと通信終了ボタンを押した。
「大変じゃの…演技も…」
通信を切った艦長の後ろにはいつの間にかドクターの姿があった。
「ああ…ま、これも戦略の内だからな」
艦長はドクターに向き直ると、
「それで?連中の様子はどうだ。どこか突破できそうなところはないか?」
「いや、我々が動くより彼らにミッションを完了してもらったほうが得策じゃろう」
「そうか…もうしばらくは彼らの力に頼れということだな」
「そういうことじゃ。いつまでもこのままではいられないじゃろう。その時が来た時のために、お主も少し休んでおけ」
そう言うとドクターは艦長室を後にした。
RBSの設置から数日。〝クレスト〟の三階は大盛況だった。特定のメンバーだけであるが。
この数日間、四人でミッション→薫の総評&アドバイス(?)という流れで輝たちは確実に実力をつけていった。
そんなある日。艦長の話通りに前線基地攻略ミッションが追加された。
学校に行く前にいつも〝クレスト〟に立ち寄る輝は学校に行く前にこのミッションを確認した。
そしてその日の昼休み。
薫と出会った日から五人は中庭でお弁当を囲むのが恒例になっていた。
「で、今度のミッションはちょっと難しそうだが…」
輝は確認したミッション内容を全員に説明する。
これを聞いていた翔はとても嬉しそうに、
「なるほど。敵前線基地の制圧か。なんだかやっと来たって感じだね!」
すると明日香が、
「制圧…?って何するのよ」
輝はコピーしてきた紙を見ながら、
「目的は敵ボスの撃破と施設の掌握…とあるな」
翔は輝から内容の書いてある紙を受け取り一通り見ると、
「ふむふむ、なるほど…」
と腕組みをしながら、紙は薫へと渡した。
「…あんた、本当にわかってんの?」
明日香が訝しげに翔を覗き込む。翔は真っ直ぐに覗き返しながら、
「…目的だけはね。そーいう明日香はどうなのさ?」
すると昼食を食べ終えた明日香は『んーっ』と伸びをすると、
「アタシはアンタに付いていくだけだ。ナビよろしくね!」
「僕は明日香のマネージャーじゃないんだけどなー」
『あははっ』と絡み合う二人を余所に、薫は受け取ったミッション詳細を確認している。
…学内なのに何故かフライドポテトを咥えながら。
綾乃はミッションのことよりも…
「…あの、先生?何でお昼がハンバーガーセットなんですか?」
綾乃の視線を感じた薫は、紙面から視線を上げて綾乃を見ながらフライドポテトを差し出す。
「…ん?食べる?」
「あ、いえ、そういう意味じゃないんですが…頂きますっ」
綾乃は欲求に負けた。目の前で大好きなフライドポテトをクルクル回されては我慢も限界らしい。一本口に含んだ綾乃は幸せそうに光悦の表情を浮かべている。
次々にポテトを頬張る綾乃を脇目に、薫は紙面に目を落とした。
「どうですか?今までのミッションとは大きく変わりますが…」
輝は薫の意見を待った。
普通のFPSならば同じようなミッションは何度でもやってきた。しかし、この〝HOPE〟はゲームというよりはほとんど実戦であり、とてもゲームとは思えないようなリアリティがあった。それ故に慎重になってしまう。
すべて読み終えた薫は、綾乃の視線を独り占めにしているデザートのアップルパイを頬張りながら、
「そうね…でも今までの有って無いような目標よりはいいじゃない?」
そう言うと薫は、アップルパイを半分綾乃に渡す。綾乃は天にも昇るような極上の笑顔と共にアップルパイにかぶりつく。
「でも、今まで以上にそれぞれの役割ってヤツが重要になってくるわね」
「いままでのミッションで練習してきたことの集大成ってわけですか」
五人集合してからというもの、それぞれの特性を生かした戦闘スタイルを全員で研究してきた。
結果、薫と明日香と翔は前衛で敵を撃破しつつ撹乱、輝は遠距離重撃で敵を殲滅、綾乃は全容把握しつつスナイプで回復役と落ち着いていた。前衛も薫の大剣、翔のマシンガン、明日香は機動性重視の二丁拳銃と大抵の敵に対応できるパーティとなっていた。
「今夜あたり行ってみますか?」
と、輝は薫に尋ねるが、
「んー。今夜はちょっと用事あるの。明日なら一日ヒマだから明日にしない?」
薫の提案に一同は頷く。
「了解しました。んで、今日はどうするの?ヒマな人でちょこっといっとく?」
明日香は翔の方を見て言い放った。輝と綾乃は共に、
「今日はちょっと用事あるから」
と、戦線離脱。結果として翔と明日香が残った。
この日、〝クレスト〟でお茶をした綾乃はそのまま帰宅し、輝も用事があるとやらで帰宅した。
賄いを食べる翔と明日香。
「でさーあの生活指導の山田、キモイの。『御子柴ぁ~スカート短いぞ~』とか言いながら、足をガン見してくんのよ!」
「はは…確かに山田はキモイね。もうちょっと髪型とか気を使えばいいのに、いつも脂すごいもんね」
と、下らない話題で盛り上がっていた。
食べ終えて一通り学校ネタが終わったところで翔は、
「じゃ、そろそろ行ってみるか。今日は二人みたいだし、適当に体動かす程度にしとく?」
「ん。そうだね」
そしてコントローラーに入ると次の瞬間には〝HOPE〟の船内に立っていた。
「…あれ?明日香、今日はそれで行くの?」
明日香はいつもにハンドガンではなく、スナイパーライフルを持っていた。
「あ、うん。ちょっとやってみようかと思って」
明日香は少し恥ずかしそうに俯くと、
「だってほら、二人だったらどっちかが回復できたほうがいいじゃん!」
ちょっと焦った様子が翔のツボにはまったらしく、翔は少し赤くなって目を逸らす。
「…そっか。じゃ後ろは明日香に任せるよ!」
「うん!よろしい。任せられよう!」
「…ん。これがその新規のミッションか。敵前線基地制圧か…」
「ほんとだねー。行ってみよっか」
すると翔は少し考えてから、
「いや、こっちの撃破任務にしとかない?基地制圧だと、みんないたほうがいいよ」
「あー。翔ったら怖気づいたのね?情けないなー」
明日香は上目使いに翔を煽る。翔は目を逸らしながら、
「…ばっ…そんなわけないだろ!僕らが先にクリアしちゃったらみんなの楽しみが減るなって思っただけだよ!」
すると明日香は小首を傾げながら、
「それもそうね…じゃさ、とりあえず行ってみてからクリアせずに帰ってくるってのはどう?偵察みたいに」
「分かったよ…じゃちょっとだけ行ってみようか」
明日香は翔に飛びつきながら、
「やった!」
明日香によって半ば強引に押し切られたクエストの詳細はこうだ。
〝HOPE〟艦隊を発見した敵部隊が近くに基地を設けてそこから偵察やら哨戒やらを繰り返していることが判明。この基地を制圧して敵指揮官を撃破せよ、とのこと。
明日香と並んで走る翔は、
「本当に状況を確認するだけだからね?」
「分かってるって~私はこのライフルなんだから、突っ込みようがないじゃん」
そう言いながら少しニヤけて走る明日香に、翔は不安を感じていた。
いままでのミッションでも明日香の暴走を輝と翔でフォローする場面が多々あった。もし、二人のときにそうなると、とてもフォローできないだろう。
二人は不気味なほどに静かな森林を駆け抜けていた。翔は目印にと周囲の木々に小さく『×』を付けながら進んでいる。帰る時の道標らしい。
そして雑魚敵ひとつ遭遇しないまま目標の基地らしきものを発見した。
声を抑えて明日香が話しかける。
「アレかな?なんか簡単にここまで来ちゃったね。案外楽勝?」
「…そうだね。でも、けっこう守備兵いるみたいだよ?」
ターゲットを観察すると、守備兵が点在する形で警戒していた。しかし、そこまで多くはないところを見ると、まだ発見されたとは思っていないらしい。
「いまならいけそうじゃない?一体づつ離れたときに狙撃すればさ」
「明日香、それ使うの初めてじゃないの?できるのー?狙撃なんて」
明日香はフフンと鼻を鳴らし、
「まぁ、見てなさい」
明日香はライフルを構えると守備兵に狙いを定め始めた。丁度そのタイミングで一体だけ孤立する形でその場を離れる。明日香は孤立した守備兵の頭部に狙いを定めると軽く引き金を引く。
『プシュ』
サイレンサーのためか、乾いた空気音のような音が響き、守備兵がその場で崩れ落ちた。
「…よし!ふふん♪どう?」
見事仕留めて上機嫌の明日香。翔はびっくりした様子で、
「すごいね…いつ練習したのさ」
「アタシくらいになると、手に取った瞬間使いこなせるものなのよ♪」
得意げにライフルを構える明日香。翔は万一のために周囲に目を配っている。
明日香が半分くらいの守備兵を狙撃したら、さすがに気が付いた様子で基地内の動きが慌ただしくなってきた。そして数名の機械兵が基地から出てくるのが見えた。
「明日香、そろそろやばい。撤退しよう」
「…もうちょいいけるでしょーこういう時に数を減らさないと…あと一体…」
明日香が引き金を引いた瞬間。辺りに警報が響き渡り、明日香を指差して機械兵たちが押し寄せてきた。
「見つかった!逃げるぞ明日香!」
翔は明日香の手を掴むとそのまま走り出した。明日香は半ば引き摺られるようにしながらもなんとか体制を立て直して走り出す。
「あ…」
翔は明日香が目を丸くして小さく何か呟いていたのは分かっていたが、今は撤退するほうが先決。敢えて無視することにした。
しばらく走って〝HOPE〟が見えるところまで帰ってきたところで二人は足を緩めて歩き出す。
「ふぅ…ここまでくれば大丈夫か…」
安堵の溜息と共に呟いた翔に対して明日香は、
「そうだねーあーびっくりしたー!でも面白かった!」
と、どこか楽しそうに瞳を輝かせている。しかしその様子を見た翔は、
「あれ?明日香、いつもの黄色いリボンは?」
「へ…?あ、ああ…逃げる時どっかに引っかけたみたいなの」
明日香はいつものポニーテールから普通のストレートロングになっていた。鬱陶しそうに髪を掻き上げる明日香は翔を見つめると、
「たまにはこーいうのもいいでしょ?どう?」
翔は思わず『ドキッ』として目を逸らしながら、
「ま、まあいいんじゃないか?」
本当はドストライクすぎてどう反応していいのか分からなかったようだ。
「ふーん?じゃ今度から取り入れてみようかな」
などと二人は下らないことを言い合いながら、現実へと帰還した。
翌日、薫を覗いた四人は〝クレスト〟三階、もはやいつもの部屋に集合していた。
薫は大学へ用事があるとかで、いつも夜にならないと顔を出せないようである。昼休みに一通り説明したとき、『早まらないように』と釘を刺されていた。
賄い飯を一通り片づけた輝たちは、
「さて、と。とりあえず起動して、ウォーミングアップでもしてようか」
この言葉を合図に四人はそれぞれコントローラーへ入った。
〝HOPE〟の前に集合した四人。輝と翔はそれぞれ好きなミッションに出発するが、綾乃は艦内の資料室で何やら資料を漁り始めた。
明日香はシャワー室で汗を流していた。コントローラーの中でシャワーを浴びている訳ではないのだが、この雰囲気で満足らしい。一通り身体を洗い終えると、綾乃のもとへ向かった。
資料室で綾乃は何やら難しそうな資料に見入っていた。そこへ明日香が後ろから声をかける。
「綾乃、何見てんの?」
「あ、明日香。今まで確認されている敵の弱点を確認してたの」
「へー…こんなのあったんだ。私は適当に頭撃っておけばいいものかって思ってた」
「もー。明日香もライフル使うんだったらこの本くらい読んでおきなよ?」
と、綾乃が差し出した本は厚さ十㎝はありそうなハードカバーだった。明日香は一瞬怯むような顔をするがすぐに持ち直し、
「…そうだね。私もすこしは勉強しないとっ」
綾乃の手から本を受け取ると読み始めた。綾乃は『よしっ』と微笑むと自分の読みかけの本に目を落とした。
しばらくして、綾乃が静かに口を開く。
「…ねぇ明日香。昨日ミッション行ったときに翔君が木に目印付けたんだよね?」
「うん。帰るときはそれを見てに返ってきたからね」
「…それってどんな印だった?」
「うん?普通に『×』だよ?ナイフで付けてたから形は変だったけどっ…なんで?」
綾乃は少し考える素振りで、
「…昨日ね。テレビで日本のミステリースペシャルってやっててね。それを見たときに西大寺市の心霊研究所ってのをやってたの」
「綾乃って、そーいうの好きだな」
「うん。自分の知らない世界ってドキドキするんだもん。でね、林の中をカメラが移動してたんだけど、どっかで見たことあるなーって思ってたらここの木々と似てたの」
「そりゃ、同じ密林だから似てて当然じゃないの?」
「それはそうなんだけど…で、今聞いた印。『×』だよね?」
「うん…まさか…」
綾乃は立ち上がると、
「まさにそれ!カメラには所々『×』印が入ってたの。私もしっかりテレビで確認してて、何だろこれ?って思ってた。今解決したよ~」
綾乃はちょっと嬉しそうだ。しかし今度は明日香が、
「ちょ、ちょっと待って。これってただのゲームでしょ?何で現実の中継にリンクすんのさ。有りえないでしょ」
明日香が綾乃の肩を掴んだところで薫が顔を出す。
「よっ!二人とも勉強とは感心感心…って、何かあったのか?」
二人の微妙な空気を感じ取った薫はここまでの話を黙って聞いた。そして、
「そうか…アタシも単なるゲームとしか聞いていない。また後でマスターにでも聞いてみるよ」
そして薫は立ち上がると、
「輝と翔には内緒な。さ、二人がそろそろシャワー浴び終わるころだ。行こうか」
その言葉で綾乃と明日香は共に立ち上がり、資料室を後にした。
「遅いぞ~何やってたんだ」
翔は綾乃・明日香・薫に向かって叫ぶ。輝はその横で所持弾のチェックをしていた。
「悪い悪い。ちょっと話し込んでてな。この埋め合わせは成績で…」
薫の提案に翔は、
「マジ?いいの?さっすが先生!」
すると薫は翔にグーで頭を叩くと、
「んなわけねーだろ!勉強とは別だからな!」
そして豪快に笑った。そんな薫を見て明日香は綾乃の耳元で、
「でも薫さんってさ、普段学校ではけっこうお淑やかキャラなのに、ここでは姉御って感じだよね。やっぱキャラ演じてストレスとか溜まってるのかな?」
それを敏感に聞き取った薫は、
「あーすーかー。何か言ったか?」
「いえっ何でもありませんっ!」
思わず明日香は敬礼。それを見て綾乃は苦笑い。
そして一連の流れを見ていた輝は、
「あー…そろそろいいかな?」
明日香と綾乃を捕まえていた薫は輝を見ると、
「あ、スマンスマン。そろそろ行こうか!」
改めて前線基地制圧任務に向かう五人。翔の説明通りに所々木に『×』印が付けられており、道に迷うことはなかった。しかし現地に到着してみると…
「ま、そうだろうな」
この薫の言葉通り、前回翔たちが見た基地の様子とは一変して、多数の守備兵…おおよそにして前回の倍以上の機械兵がその守備に回されていた。
明日香は責任を感じ、
「ごめんなさい…私のせいで」
肩を落としたが、薫は責めるどころか明日香をなだめるように、
「いや、お前が見つからなくても同じことになったと思う。現に敵兵を倒しているんだからな」
薫の説明だと、明日香が見つからなければ原因不明で味方が倒されたということで、いまよりも更に守備兵が増えていただろうとのこと。見つかった結果、相手が二人だと思い込んでこのくらいで済ませたのだから問題ないとのことだ。これを聞いた明日香はいつもの元気を取り戻して翔の肩にもたれている。
「さて。作戦だが…」
薫は全員の耳を貸すようにジェスチャーする。全員耳を寄せると作戦を伝授した。
翔と明日香は緊張の面持ちで木陰に待機している。
「…うまくいくかな?翔」
「さぁな。でも信じるしかないだろ。薫先生を」
珍しく弱気な明日香を見た翔は明日香の背中を『バンッ』と叩くと、
「お前がそんなんでどうするんだ!明日香。気楽にいこうぜ!」
すると明日香は目を丸くしたかと思うと、すぐに平静を装い、
「…そうだね!いっちょやってやるか!翔!」
と、勢いに任せて翔の頬にキスした。
「ちょ、明日香!」
慌てる翔を尻目に明日香は、
「よし!いくよ!」
前線基地へ正面から突っ込んでいった。これに一呼吸遅れて翔が続く。当然の如く、基地に警報が鳴り響いた。と、同時に大量の機械兵が迎撃に出現するが、翔と明日香はこれを次から次へと撃破していく。
鳴り響く警報を聞きながら行動を開始する三人。
薫の立てた作戦とはこうだ。
守りが固くなった分、中の守備は薄いはず。翔と明日香は責任を取って基地の外にできるだけ敵をおびき出す陽動。輝と薫で基地の内部に突入して敵の指揮官を引き付けて、綾乃がその指揮官を狙撃・殲滅したら、全員同時に撤退。というものだった。
まず、第一段階の陽動はうまくいっている様子である。
「あの…明日香たち大丈夫でしょうか?」
心配そうに綾乃が薫に尋ねる。薫は視線を前方に向けたまま、
「大丈夫。あの二人なら問題ない。一度ここに来て襲撃を受けておきながら無事に戻ってきている。私たちよりも勝手は分かっているはず」
確かにそのとおりである。この三人より明日香と翔はこの基地を襲撃し、その追撃をかわしてきたのは周知の事実。ならば、より慣れている二人に任せるのはもっともである。
「それよりも!綾乃」
突然肩を掴まれて思わず『ヒッ』と鳴く綾乃。構わず薫は、
「お前がすべての鍵を握っているんだ。敵の司令官を撃破すれば必ず敵は崩れる。だから、この作戦はお前の働き次第なんだ。頼むぞ!」
プレッシャーに震える綾乃を見た輝は、
「綾乃、お前真面目だなぁ。気楽にいこうぜ?ダメでもまた挑戦すればいいだろ。これゲームだぜ?」
輝の言葉に綾乃は、
「…うん。そだね。ありがと、輝」
いつもの笑顔を取り戻した。それを見た薫は、
「さ、それじゃいくよ!」
三人は手薄になった基地内部に走りこんでいった。
基地の外側では翔と明日香が、多数の敵を相手にしながらなんとか持ちこたえていた。
二人は何とか囲まれないように注意しながらも、敵が引きそうになったら切れ込んでおびき出すといった難しい調整を強いられていた。
「陽動って、やってみるとかなり難しいね」
翔は合間に呟いた。
「やって慣れろ、よ!ブツブツ言わないの!」
「そうだね。でも、まだまだ出てくるよ…一体あとどのくらい居るんだろう」
「さぁね?でも、片っ端から倒すのみ!」
気合と共に明日香はハンドガンを乱射し、守備兵はバタバタと倒れていく。
どのくらい倒しただろうか、敵が基地から出てこなくなった。沈黙した基地を見て明日香は、
「もう終わり?アタシはまだまだいけるよ~?」
「…シッ!明日香、ちょっと待って!何かくる…」
翔が基地の入り口を凝視していると、奥から何か近づいてくるのが分かった。
やがて姿を現したソレは、いつかの戦車タイプの機械兵だった。しかも、前よりも装甲が厚くなっているみたいで、一回り大きくなっていた。
「げ…コイツか。しかもなんか大きくなってない??」
明日香は思わず悪態をつく。翔も同意したように頷いている。
「そうだね…前よりちょっと大きいかな。でも、僕たちだってあの時の僕たちじゃない!」
「うん。そうだよ!アタシたち二人で十分だもんね!」
「よし、こい!」
その言葉の意味を機械兵が理解しているのかどうかは分からないが、翔の『こい!』という言葉を合図に機械兵は戦闘態勢を取った。
一方、基地内部に侵入した三人は…
「あー…本当に手薄だね。ほとんどの兵士は外に行っちゃったみたいだな」
薫が呆れたように呟いた。
事実、ほとんど機械兵に遭遇することなく目標の部屋まで辿り着いてしまった。
部屋のドア横に陣取ると薫は、
「綾乃はここに隠れて陰から狙え。輝は私の援護だ」
無言で頷く二人。それを確認すると薫はドアを蹴破った。
室内に飛び込む薫と輝。その目の前に指揮官らしき一回り大きな機械兵の姿があった。
薫が接近すると即座に反応して薫の大剣を弾く。その陰から輝がマシンガンで銃撃を加えるも、ギリギリのところでかわす。その銃弾は後ろで何やらコンソールに向かっていた兵士を直撃する。
『ドカーン!』
背後の兵士が爆発し、その勢いで指揮官が揺らいだ瞬間。このわずかな隙に薫は大剣を叩きこんだ。
「やったか?!」
他の兵士を撃破していた輝も思わずその経緯を見守る。
指揮官はその場に崩れ落ち、その目からは光が消えた。
「よし!ミッション完了だ!引き上げるぞ!」
薫の声に輝は、
「了解です!」
部屋から飛び出して走り出す。
基地正面まで戻ってくると明日香が最後の一機にとどめを刺したところだった。
「もう、薫さんたち遅いから、全部倒しちゃったよ…」
明日香はボロボロになりながらその場に座り込んでしまった。同じようにボロボロの翔はその横で明日香を見守っていた。
「けっこうきつかったね~。でもなんとか完了だ!さっとりあえず艦まで帰ろう!」
薫の号令に明日香は立ち上がりながら、
「…ねぇ輝。綾乃は?」
輝は思わず周囲を見回す。薫も同様にあたりを見回すが、その姿は無かった。
「しまった…戦闘中にか…クソッ!」
薫は踵を返して再度基地内に突入しようとしたとき、基地入口から倒したはずの指揮官が姿を現した。
「…綾乃!!」
指揮官の後ろには機械兵に拘束された綾乃の姿があった。
「ごめんなさい。後ろから捕まってしまいました…」
申し訳なさそうに俯く綾乃に歯ぎしりする薫。
綾乃に銃口を突き付け、指揮官と機械兵はジリジリ後ずさりする。突き付けられた綾乃は表情を強張らせて固まっている。
「綾乃・・・!」
薫が前に出ようとすると指揮官は銃口を綾乃に押し当てる。薫はそれ以上前に出れなくなる。
十メートルほど後ずさったところで指揮官と機械兵は向きを変えて森の中へ走り去っていった。綾乃と共に。
「くそっ!」
『ガン!!』と手近にあった大木を殴り倒す薫。輝たちはとりあえず艦へ帰還した。そこでちょうどアイが姿を現す。
「みなさんおつかれさまです。敵前線基地は撤収されたようですよ!」
しかし、輝が『ああ…』と答えただけで、他の三人は神妙な面持ちで俯いたまま。いつもと違う雰囲気を感じ取ったアイは、
「…あの、どうかしまし…あら?綾乃さんは…?」
翔が顔を上げて現場であったことをアイに話した。そう言っている間に薫と明日香は艦内へ消えていった。
「…そうですか。分かりました」
すると輝が、
「それで、一旦体制を立て直して綾乃奪還作戦をしようと思ってるんだけど、どこに連れて行かれたか分からないかな?」
アイは少し考えてから、
「分かりました、ではお疲れでしょうけどこっちに来て頂けますか?」
アイは輝と翔を伴って艦内へと歩き出す。そしてついたところは最初にアイと出会ったブリッジへと入る。
「ここは本来、艦の運営に使用するところなんですが、いまはほとんど用がないんです。でもここのレーダーでみなさんの位置は把握できるようになってます」
輝は思わず身を乗り出し、
「本当か?!」
「は、はい。ログインしているときだけですけど」
そういってレーダーの画面を見るアイ。近くに四つの青い光点が見えるが、これはどうやら輝たちらしい。他に青い点は見当たらなかった。
「なあ、アイ。他に青い点がないってことは綾乃はいまログアウトしてるってことか?」
「ログアウトしているか、レーダーの範囲外まで行ったか…です」
輝と翔はしばらく押し黙っていた。
重苦しい空気がブリッジを包んでいたが、その空気を掻き消すように薫と明日香が乱入してきた。
「おーい二人ともー。そろそろ落ちるぞー」
後ろから輝と翔の肩を抱く薫。しかし、背が低いので二人にぶら下がってブラブラしている。
どうやら二人ともシャワーを浴びてきたようで、石鹸のいい匂いがあたりを包んだ。
「もう時間的に遅いからな。綾乃も落ちてるだろ。今日はどうしようもないからな」
薫の言葉に二人も納得したので、そのまま四人はログアウトして〝クレスト〟へ戻った。
輝たちがコントローラーを出ると、綾乃がソファから飛び上がりその場で頭を下げて、
「ごめんなさい!!」
輝は綾乃に駆け寄ると、
「謝るのはこっちだ。ごめん。後ろまで気が回らなくって…」
「そんな…狙いに気を取られて周囲を警戒してなかった私のミス…ごめんなさい」
すると明日香が寄ってきて、
「ほんとだよ、輝。綾乃はいつも危なっかしいんだから、首にヒモでもつけて輝がしっかり握ってないと!」
と、二人の肩を抱いて二人をくっつける。『もう!』と綾乃は明日香に抵抗しながらも、されるがままになっている。
「はいはい~ちょっと静かにする~」
薫がその場を収めて、
「それで綾乃。どこに連れて行かれたんだ?」
「それが、途中で目隠しされたのでどこかよく分からないんです。そんなに離れていないと思うんですけど…。夢中で緊急ボタン押したから…」
「そうか…とりあえず今日はもう遅い、ゆっくり休め。救出作戦はまた明日だな」
輝・翔・綾乃・明日香の四人は〝クレスト〟を後にしようとするが、口火を切った薫は帰る気配がない。四人が薫の方を見ていると、
「ああ、アタシはマスターと飲んで帰るからっ」