第二章 新作
第二章 新作
特に部活も入っていない輝は〝クレスト〟でバイトをしていた。タダで朝食をご馳走になっていることもあり、給料はいらないと言ったのだがマスターはそれを許さず少ないながらも小遣いを受け取っていた。
この日も例外ではなく、学校が終わると輝は〝クレスト〟へと向かうのだが、その傍らには一人の男子生徒の姿がある。高校に入学当初から何かと輝に付いて回り、遂には〝クレスト〟のバイトも一緒にすることになったこの男子生徒は『桐生翔』。今時珍しく、オーソドックスなツーブロックヘアに丸顔、親しみを感じさせる笑顔で好青年が降ってわいたような翔。どこにでも付いて回る翔に、もはやその存在を輝も当たり前の如く、何とも思わなくなっていた。
輝たちが〝クレスト〟に着くと意外にも大盛況であった。平日の午後三時過ぎ、通常は混むような時間帯ではないはずなのだが、勝手口から入るとマスターがキッチンで右往左往していた。マスターは輝たちを見つけると、
「おお、いいところに来た。翔早く手伝え!輝はホールを頼む!」
翔は頷くとエプロンを手に慣れた様子で作業に加わる。輝も同じくエプロンをつけるとホールへと入る。そこには混雑の原因が忙しそうに走り回っていた。
遠巻きに見るだけでもそのクォリティの高さが伺えるその姿は、まるでアニメから飛び出してきたようなウェイトレスだった。
フリフリのエプロンドレスにツインテールという、定番中の定番ではあるが、その半端ない似合い方に輝はしばらく見とれてしまっていた。
「あ、輝さん!ちょうどよかった、あちらのお客様お願いします!」
もちろん、そのウェイトレスはメルダだ。声をかけられて『ハッ』と我に返り、少し慌ててメルダに加勢する。
翔も時折聞こえる可愛らしい声が気になっていたが、かつてない量の注文をこなすのに必死でそれどころではなかった。
そして時間はもう夕方…日も傾きかけてきた。
〝クレスト〟の店内はようやく最後のお客を送り出して、カフェ営業を終了したところだった。これ以降、通常であれば夜はバーとして営業しているのだが…
「あー、今日は臨時休業だ。食材がないわ」
マスターはそう言うと表に『CLOSE』の札を吊るして鍵を閉めた。メルダと輝はホールの片付けを終えると、翔を手伝いにキッチンへ向かったが既に最後の一枚を収納した翔がエプロンを脱いでいるところだった。メルダの姿を見つけた翔は、
「マスター、そのかわいい子は誰?」
いきなりこの質問。実は相当気になっていたみたいである。すると輝がすかさず、
「マスターの彼女」
と、ぶっきらぼうに答える。マスターは声を上げて笑いながら、
「はっはっは!だったらいいんだけどな!」
すると輝は疑い深げに、
「違うの?今朝は一緒に寝てたクセに?」
これには翔が反応する。
「え!?さすがマスター…手が早いなぁ」
マスターはヤレヤレと手を広げて、
「あれは成り行きなんだって…お前も少しは否定しろよな」
と、メルダを見る。当のメルダはその愛らしいウェイトレス姿でニコニコ笑っている。しかし、困っているマスターを見ると、
「あ、いえ、やましいことは何もないので…」
そう言うとメルダは翔を見る。そうだ!と言わんばかりにマスターは、
「そういえばまだ紹介してなかったな。こいつは桐生翔。輝の友人でこうしてたまにお店を手伝ってくれてるんだ。翔、こっちはメルダ。今日からお店を手伝ってくれることになったんだ」
すると翔はメルダに向き直り右手を差し出した。
「僕は桐生翔。翔って呼んで、よろしくねメルダ!」
メルダもそれに応えて、
「メルダです。こちらこそよろしくお願いしますね」
そういって、最高の笑顔を見せた。メルダを上から下まで舐めるように観察していた翔は、その笑顔の眩しさに目を離せなくなってしまう。思わず翔は、
「こりゃお客さん殺到するはずだねー…」
輝もこれに同調し、
「だよな。今日のお客、ほとんどが男だったしな。いつもの奥さんとかもいるにはいたんだけど」
メルダは何のことか分からないといった風に首を傾げている。マスターはメルダの肩に手を乗せると、
「ま、今日はいきなりで悪かったな。とりあえず何か食うか?」
するとメルダが腕まくりをして、
「私に任せてください。マスターはお二人にアレの説明をお願いできますか?」
マスターはふと真面目な目をメルダに向ける。
「…分かった。できたら上に頼む。じゃ、輝と翔はちょっとこっち来い」
そう言うと、マスター・輝・翔の三人はお店の三階へ上がった。輝と翔は実は三階に上がるのは初めてで、何が見れるのかと内心ワクワクしていた。
三階に上がった二人が目にしたものは、RBS用コントローラー…であることは知る由もなく、人がスッポリ入れるくらい大きな丸いモノであり、同じものが五つ並んでいた。その近くには大きな液晶モニターが設置されており、他にはソファーやテーブルといったごく普通の家具が並んでいた。
「…これは何?」
思わず輝がマスターに聞いてみる。同時に翔もマスターの返答を待っている。マスターは、
「これは新型FPSゲームのコントローラーだ。知り合いに体験とテストを兼ねてプレイしてみてくれと頼まれてな。俺よりもお前らのほうがFPSは腕が上だし、俺はもう疲れた。頼めるか?」
輝と翔は、
「ああ、構わないよ。新作テスターってことか」
と、申し出を快諾した。
そして、マスターがRBSのスイッチを入れようとしたとき、
「は~い。ご飯できましたよ~」
メルダがワゴンに賄い飯を乗せて現れた。手近にあったテーブルに並べると、
「まずはご飯でお腹を満たしましょう」
輝と翔は何も食べていなかったこともあり、即座にメルダの手料理に食いついた。
メルダの手料理はどの料理も美味しく、とても数分の間に作ったとは思えない出来栄えだった。思わず翔は、
「マスター、メルダにキッチン任せたら?これ、その辺の名店超えてるよ?」
するとマスターは、
「そんなことしたら、男客が減るだろ。どうせ男客なんてメルダ目当てなんだから料理なんて気にしちゃいない。他の常連さんには俺が誠心誠意作ってるから大丈夫だ」
輝はメルダを見ると、愛想なのか苦笑いをしている。輝は正直、味についてはよく分からなかったので、この舌戦には参加しなかった。しかし、この料理は正直にすごく美味しいと感じていたのだが、性格上、正直に表現できずに黙って料理を口に運んでいた。
そんな輝を見てメルダは、
「…輝さん。お口に合いませんでしたか?」
と、心配そうに輝を覗き込む。輝は慌てて、
「そ、そんなことないよ。美味しいよ!すごく!」
メルダはホッとしたように安堵の表情を浮かべ、
「よかった…まだありますから、たくさん食べてくださいね」
と、ワゴンから大皿を取り出した。
しばらくして、三人はお腹いっぱいでソファに寝そべっていた。メルダは後片付けにキッチンへ降りていったようだ。
輝も翔も、マスターもこんなにお腹いっぱいになったのは久しぶりで、いつもは誰かが適当に作った店の料理をつつきながらFPSに勤しむのが日常となっていただけに、この満腹感は至福の時であった。
「あぁーもう食えねぇ…」
翔が幸せ感満載の声で囁く。輝の同調し、
「だな…久しぶりに腹いっぱい食ったな…」
と、言っているとメルダが普段着に着替えて戻ってきた。
普段着…とは言っても、まだメルダ用に用意しているわけではないので、マスターのお下がりのトレーナーにスェットといった一見とても残念な服装であるが、メルダが着ると普通にかわいく見えてしまう。
そんなメルダに見とれている輝と翔に向けて、マスターが声をかける。
「さて、腹いっぱいになったところで。戦闘開始といきますか」
輝と翔はほぼ同時に、
「ああ」
「おう!」
と、返した。その声に反応するかのように、メルダがRBSの電源を入れた。
音もなく入り口が開くと、輝が中に入る。するとメルダが一緒に入ってきてコンソールを操作しながら、
「今日初めてなので、チュートリアルをお願いしますね」
と、語りかける。輝は、
(なんでメルダが・・・?)
と思いながらも「ああ」と普通に返事を返した。
セッティングが終わるとメルダは、
「これでよしっと。じゃ、がんばってくださいね」
またしても最高の笑顔を残して外に出て行った。そして、翔のRBSへ向かったようだ。
輝は改めて内部を確認すると、真っ白な球形の室内に先程メルダが操作していたコンソールが
あるだけの簡素な部屋。〝コントローラー〟と呼んでいたが特に操作できるようなものはない。唯一の操作できそうなコンソールには〝スタート〟と表示されていた。これを押せばミッションスタートということらしい。輝は多少躊躇しながら、
「…ま、チュートリアルって言ってたし、そんなに難しくはないだろう」
と、独り言をつぶやいた後、コンソールにタッチした。
ブォン・・・
重い音がした後、扉は閉まって内部は真っ暗になった。どうやらRBSとやらが起動したみたいだ。
輝は身構えながらも、前方を注視していた。もちろん、暗闇なのでそこが前方かどうかは分からないままだが。
数秒たった後、音もなく風景が表示された…と思っていたら、その風景が眼前に大きく広がり瞬く間に輝を覆い尽くした。輝は一瞬怯んで目をつむってしまう。
周囲の空気が変わったのを肌で感じとった輝はゆっくりと目を開けてみた。
「……!」
いつの間にか輝は草原に立っていた。心地よい風が吹き抜け、どこまでも草原が続いており、所々むき出しの岩が見える。
(さっきまでコントローラーの中にいたはず…なんだけど)
輝は混乱していた。しかし、幻想にしては感覚がリアルすぎる。草に触れる感覚や風の吹き抜ける感覚、太陽の降り注ぐ感覚などどれをとってみても本物だった。
ふと横を見ると、何もなかった所に翔が現れた。輝と同じように目を瞑って身構えている姿に、輝は苦笑いをしてしまう。
「…ここは?」
翔は輝と同じく混乱しているみたいだ。輝は「よう」と声をかける。
「輝!…ここはなんだい?ゲームの中?」
「さあ?メルダはチュートリアルって言ってたけど」
と、言いながら輝は翔に触れてみる。現実で感じる感覚と全く同じだった。増々混乱する輝たちの前に、どこからともなく人影が姿を現す。
その姿は…未来を連想させるようなラバー系のセクシー衣装に身を包んだメルダ…に似た女性だった。
「ようこそ…RBSチュートリアルへ。まずはお名前をお伺いしていいですか?」
一瞬みとれてしまった輝たちは、
「輝、二階堂輝だ」
「翔、桐生翔だよ」
と、自己紹介をする。メルダに似た女性は、
「…はい了解しました。輝さんと翔さんですね?私はこのRBSをご案内しておりますメルと申します」
メルと名乗ったその女性は、輝たちの前数十メートルくらいまで歩くと、
「早速ですが、チュートリアルをスタートします。まずこの世界は現実世界と同じように行動できるように設計されています。ここまで歩いてきてもらえますか?」
そういうと手招きをした。輝たちは首を傾げながらもメルのところまで歩いていく。
「はい。移動に関しては問題ないようですね。現実世界と同じようにできますので、私が言うまでもなかったようですね」
そう言ってほほ笑むメルはメルダそのものだった。思わず輝が、
「なあ、お前はメルダじゃないのか?」
するとメルは、
「…そうですね、私はメルダのコピーとしてRBS内で皆様のサポートをするために作られました」
これを聞いた翔は、
「じゃ、キミはメルダなのか?」
メルは少し俯いて、
「いえ、作成されたとはいえ、既に私は独立して稼働していますので、私はあくまでメルです」
翔は『ふーん?』と、多少納得し兼ねている様子ではあったが、
「分かった。よろしくな!メル!」
と、割り切ったように声をかけた。するとメルは嬉しそうに、
「はいっ!」
と、最高の笑顔で答えた。しかし、次の瞬間には真剣な表情になり、
「それでは次に武器の使用についてご説明します」
そう言うとメルはどこからともなく二丁の拳銃を取り出した。
それを見た翔は、
「ハンドガンか。もっと自動小銃みたいなのはないの?」
するとメルは、
「今後ミッションをこなして行くと使える武器も増えて行きます。いまお渡しするのは基本装備です」
そう言いながら今度は大きめのサバイバルナイフのようなものを取り出した。
「これは近接戦闘用です。万一敵に接近された際にご使用ください」
輝はハンドガンとナイフを受け取ると思わず、
「重いな…こんなに重いものなのか?」
「僕、兄貴のモデルガン持ったことあるけどこんな感じだったよ」
と答えた翔は、ハンドガンを構えたりホルスターに戻したりして楽しんでいる。
「ところでご使用方法は分かりますか?」
すると遊んでいた翔が、
「ここがセーフティで、こっちがマガジン。引き金引いてバーンだよね?」
と、軽い感じで引き金を引くと…
『パンッ』
辺りに乾いた音が響き、翔は発砲の衝撃で手を大きく上にあげて後ろに倒れこんだ。そのまま呆然としている。
「いきなり撃つなよ。びっくりするだろ」
と、輝が翔を小突くが翔は『ハハハ…』と乾いた笑いを返した。
「だって、弾が出るとは思わなかったんだもん。僕の方が驚いたよ」
苦笑いする翔にメルは、
「一通りの扱いはご存知のようですね。あとは緊急脱出についてですが、胸に赤いボタンがあると思います」
二人は自分の胸を確認すると、赤いボタンが光っていた。
「はい。それではそのボタンを押すと緊急脱出できます。一度体験して戻ってきてください」
二人は頷くと赤いボタンを押した。
すると、それまで二人がいた空間がみるみる歪んで、真っ暗になってしまった。そして音もなく開いた扉から外の光が差し込んできた。
外に出てみると、先程まで食事をしていた部屋がある。マスターとメルダは何かお酒っぽいものを片手に談笑していた。
それを確認した輝と翔はそのまま中に戻って見る。するとコンソールに〝リターン〟と〝エンド〟のメニューが表示されていた。輝は迷わず〝リターン〟を押すと、最初の時のようにあの草原が広がってきた。
「おかえりなさい。輝さん、翔さん」
そこにはボタンを押す前のメルがいた。
「それでは最後に戦闘演習をしましょう。場面を変えますね」
メルがそう言い放つと同時に周囲の景色が白くなっていき、目を開けてられないほどの眩しさを放つ。輝と翔は思わず目を閉じてしまう。
「もういいですよ」
メルの声に輝と翔は目を開ける。と、そこはいたるところにボロコンテナが積んであり、天井も見えることから廃倉庫のような場所みたいだった。
「それではターゲットを配置しますので、先程のハンドガンで撃ってください」
すると輝と翔の前にそれぞれいかにもSF映画にでも出てきそうなザコキャラっぽい機械兵が出現した。
輝は思わず手にしていたハンドガンの引き金を引いた。すると輝はあまりの衝撃に仰け反ってしまう。
(こんなに衝撃があるのか!)
一方、翔は先程の誤射があったので心の準備はできていたらしく、嬉しそうにハンドガンを乱射していた。輝は改めて踏ん張って引き金を引く。
パン!パン!パン!
乾いた音が倉庫内に響く。五発くらい撃ったところで機械兵が吹き飛んで爆発、消滅した。
すると、消滅した後に何か残っているようだ。輝は近寄ってそれを拾い上げると、
「それはドロップアイテムです。どうやら輝さんはシールド回復アイテムみたいですね」
メルの説明を聞いて改めて拾ったモノを見ると、赤い液体が入ったドリンク剤のようだった。
「常にではありませんが、敵を倒すとアイテムを取得することもできます。消滅しない敵の場合は倒した敵が所持しているものをそのまま奪えますので、また試してみてください」
二人は無言で頷いた。それを見るとメルは続けて、
「またRBSではよりリアリティを出すために、被弾すると痛みを感じます。シールドがありますので数発くらいの被弾なら問題ないと思いますが、どんなに弱い攻撃でも五発が限界でしょう。また、シールドのない部分、関節などにダメージを負うと動かせなくなることもあります」
すると翔は、
「シールドが無くなって当たっちゃうとゲームオーバー?」
と、聞くとメルは静かに頷いた。
「しかし、回復することもできます。シールド回復アイテムを取得するか、回復弾を受けるかです」
輝は眉を寄せて、
「回復弾って??」
「シールド展開マシンの入った弾なのですが、撃てる銃に制限があります」
メルはちょっと申し訳なさそうに説明した。すると翔が、
「輝。当たらなきゃいいんだよ。当たらなきゃ」
と、輝を挑発している。輝は、
「そんなこと言ってると、すぐ死ぬぞ、翔」
メルもこれに同意して、
「そうですね。シールド回復アイテムはそんなに落ちているものではないので大事にして頂きたいです」
ここで輝が、
「そういえばこのゲームはレベルとかあるの?」
するとメルは少し俯いて、
「RBSはリアリティを追及してますので、プレイヤーさんの能力がそのまま反映されます。追加で影響する要素は武器や装備のみです。つまり、現実の身体能力が高ければその分活躍できます」
二人はなるほど…と頷くとメルは続けて、
「説明は以上です。以降はこの世界で自由に練習できますが、練習しますか?」
輝と翔はほぼ同時に、
「ああ、練習させてくれ」
するとメルは、
「では、一定時間おきに敵キャラを供給します。その他は自由に行動してください」
その言葉に呼応するかのように、遠くに半分機械のような犬みたいな敵キャラが姿を現した。
輝と翔は『よし!』と目を合わせると、広大なフィールドへ駈け出して行った。
マスターとメルダは二人のチュートリアルの様子をモニターで見ていた。
「ほぅほぅ。こういう内容なのか…俺は遠慮だな」
マスターは小さくつぶやく。するとメルダは、
「そうなんですか?マスターが一番動けそうですけど?」
「はっはっは。そう言ってくれるのは嬉しいけどな。もうあまり無理はできんよ、ちょっと無理をするとすぐボロが出るからな」
モニターの中では草原の中を走り回る輝と翔の姿があった。
「しかしこいつらさすがだな、もうゲームに順応してやがる」
マスターは二人の動きを目で追いながら呟いた。
「そうですね。かなりイイ動きです。これなら十分戦えますね」
と、メルダも嬉しそうだ。
マスターは大きく腕を伸ばして欠伸をすると、
「あー今日は疲れた。メルダ、後のことは頼んでいいか?俺は先に寝るわ」
「はい。分かりました。おやすみなさい」
マスターはそのままヨロヨロと歩いて部屋を後にした。