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HOPE  作者: 滝 陽水
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第十六章 苦悶

第十六章 苦悶



新田は水を一杯飲み干すとゆっくり話を始めた。


身体の一部を失った人の、失った部分を機械で補う。いわゆる義手や義足の更なる高機能を研究していた新田。研究はそれなりの成果をあげていたが、新田には更なる夢があった。

それは生体と機械の融合…あらゆる臓器を機械化する。そのための研究を、本業である研究の傍らで密かに始めていた。

あくまで『密か』であった研究だが、その規模は日増しに大きくなってとても新田の自己資金では足りなくなってしまった。

この研究に自信のあった新田はどうにかして資金を調達する必要があった。

そんな時、偶然にも高校時代の同窓生だったマスターと再会した。


『つい最近近くに新しくカフェバーがオープンした』

同じく同窓生で同僚の久保と新田は気晴らしを兼ねてそのバーへと足を向け、その日以来、三人は頻繁に酒を酌み交わす仲となっていった。

時事のネタから同僚の愚痴、果ては研究の悩みなど、様々な話をしていく中で新田と久保の研究内容を知ったマスターはある日、とある人物を紹介した。

その男は自らを文部科学省事務次官の田中と名乗った。マスターとは友人関係にあり、新田と久保の研究に対して、国として補助したいという。久保の研究は災害救助などに有効、新田の研究もハンディキャップを持つ人々の希望になるとして支援を申し出てくれた。これにより、二人の研究は研究所の二本柱となり、飛躍的に進むこととなった。



そんなある日、新田はいつものように久保のアパートを訪れた。

「亮、いるか?」

ドアをノックして問いかけると、

「はーい」

中から女性の声がした。新田は不審に思いながらもそのまま待っていると、

「お、聡。まあ入れよ」

いつもどおり久保が出てきた。新田は思わず、

「いま女性の声がしたような気がしたんだが?」

「ああ、紹介するよ」

新田は二人の少女を紹介された。

「こちらは東堂舞、こっちは妹の愛。ちょっと事情があって俺が面倒をみることになったんだ」

二人はそろって挨拶していたが、新田は舞から目が離せずにいた。舞もまた、新田を親しげに見つめていた。

その日以来、新田は何かにつけては久保宅を頻繁に訪れるようになった。そして新田と舞が付き合うようになるまでにそれほど時間はかからなかった。



研究も順調に進み、久保の研究であったRBSはほぼ完成し、数日後に最終テストを控えていた。新田と舞はそんな久保の研究完成を祝って何かプレゼントをしようと街中のショッピングモールを訪れていた。

小物を見て回る舞を新田は目を細めて眺めていた。しかし、それが黒い影の接近に気付くのを遅らせてしまった。

すべては一瞬の出来事だった。

舞の背後から忍び寄った浮浪者風の男は、拳銃を取り出して舞の顔に突き付ける。

「!?」

舞は声も出せずにその場に硬直した。すると男は、

「見つけたぞ…東堂の娘!てめぇだけのうのうと暮らしやがって…死ねや!」

新田が駆け寄ろうとしたその時、

『パーン』

浮浪者風の男は駆け付けた警備員に取り押さえられ、舞はその場に崩れ落ちた。

新田はなんとか舞を受け止めると、

「舞!舞!」

何度も呼びかけたが舞は目を見開いたまま何の反応も示さない。

頭部を撃たれて即死だった。

舞の死を悟り、抱きしめる新田の脳裏に研究のことが浮かんだ。

(こうしてはいられない。こんな死に方なんてさせてたまるか!)

新田はそのまま舞を抱えると研究所へと急いだ。



新田は自身の研究室に入ると舞をベッドへ固定した。即座に蘇生措置を試み、なんとか生命維持装置を使用して身体を維持した。そして改めて舞の頭部を確認すると、弾丸は口腔内から後頭部を貫通していた。しかも、撃たれてからここまで十分以上。身体がなんとか維持できているだけでも奇跡に近かった。

舞の容態が安定したところで、久保が研究室に入ってきた。

「聡。どうしたんだ?何やら慌ただしいようだが?」

すると、ベッドに寝かされている舞を発見し、

「…舞!おい、どういうことだ?これは?何があった?」

新田はショッピングモールでの出来事と、ここまでの経緯を説明した。

「そうか…それで、ここに連れてきてどうす…お前まさか?!」

新田は久保から目を逸らすと、

「ああ、そのつもりだ」

久保は新田の肩を掴むと、

「俺は反対だ。人体実験なんていくらなんでも時期尚早すぎる。しかも舞を使うなんて…」

新田は声を絞り出すように、

「私だってこんなことはしたくない。でも、今の舞を救う可能性は…もうこれしか、これに賭けるしかないんだ!この状態を見れば分かるだろう!」

久保は新田をなだめるように、

「聡。お前の気持ちは痛いほど分かるつもりだ。しかし、せっかくスポンサーのついた研究なんだ、もっと冷静になれ。公私混同なんてお前らしくないぞ?」

新田が何か言い返そうとしたとき、

『久保リーダー、久保リーダー。研究室へお戻りください』

久保を呼び出す所内放送が流れた。まだ何か言いたげだった久保は、

「いいか聡。少し冷静になるんだ」

そう言い残して新田の研究室を出て行った。



久保が出て行って数分後、研究所内に轟音が響いた。

新田は轟音が止むと同時に研究装置に異常がないことを確認してから外へ向かった。

「どうした!?何があったんだ?」

新田は近くにいた研究員に問いかけながら、周囲の状況を確認した。

数名の研究員が倒れており、中央にはRBS子機が横たわっていた。

子機はもう停止しているようであったが周囲の状況は凄惨なもので、実験で慣れている新田でさえ目を背けそうになる程。

ちょうど久保が最終テストをすると言っていたので、この場にいてもおかしくはない。しかし、久保の姿は見当たらない。無事な研究員に聞こうにも後始末に手一杯だったり、嗚咽が止まらなかったりと、とてもそんな余裕はなさそうである。新田は自ら遺体を確認することにした。…久保が犠牲となっていないことを祈りながら。

新田は周囲の状況を確認しながら研究員たちの話に聞き耳をたてた。どうやらRBS最終テストを実施した際に、なんらかの理由で子機が暴走してしまったらしい。最終テストは戦闘モードでのテスト中だったらしく、兵器を装備されていたが故にここまでの惨状になってしまったらしい。現場には数名の遺体が横たわっていたが、その状態は酷いという言葉を通り越していた。

そして最後の遺体を確認しようと近寄るが、これが一番酷い状態だった。ほぼ即死…だろう、身体には無数の穴が空いており、辛うじて頭部だけは無傷だった。新田はゆっくりと頭の正面を覗き込む。

「亮!」

最悪の結果だった。

一番損傷の激しい…いや、どう見ても再起不能であろう遺体が久保だった。

その表情から想定外の出来事だということは容易に推察できた。

「今お前がいなくなったら残された愛ちゃんはどうするんだよ…」

新田は喉の奥から絞り出すように呟いた。しかし、その反面で新田は別のことも考えていた。

(まだこうなってから数分も経っていない。今ならまだ…)

現場の処理をする研究員を尻目に新田は久保の頭を抱えて自身の研究室へと入って行った。



RBS暴走から数日…。

新田は久保の残したRBSの研究も引き継ぐこととなった。

元々の研究である高機能義足の開発が一段落していたこともあったが、実のところ、新田が久保の研究内容に精通していたことがその理由であった。

そして、この研究所自体が実質新田の管理下となったこともあり、舞と久保のアンドロイド化も特に難航することもなく水面下で成功していた。しかし、これは極秘研究所であり、この事実を知るものはごく一部。表向きには実存の人物をモデルとした完全なロボットということになっていた。

この事実を知った事務次官の田中は非常に喜び、共に〝クレスト〟で祝杯を挙げた。

しかしこの数ヶ月後、ジェネラル含む数名の被検体は逃走してしまったのだった。



「そんな…人体実験…」

綾乃は喉の奥で小さく呟く。輝は黙って聞いていた。

「ああ、だから元々全て私の所有物なのだ。それを生かすも壊すも自由だろ?」

新田はマスターに目線を向けると、

「最初こそ実験の成功を喜んでくれてた田中さんだったが、数日前、突然コイツを通じて支援の打ち切りを通達してきたんだ」

マスターは何か言いたげだったが新田はすぐに続けて、

「しかも、研究自体の廃止を要求してきやがった!それを断ると、このとおり力で私を消そうとまでしてきた。これがこいつらのやり方なんだ!」

輝はゆっくりマスターを見ると、

「マスター、本当なのか?」

「…概ねその通りだ」

「でも、なんだってこんな…ゾンビ作りみたいな研究を国が支援するんだよ?」

「…お前、いまメルダ…いや舞の話を聞いただろう。世の中にはこのような非望の死を迎える人が大勢いる。しかし、この人々を、どのような形であっても、救えるとしたらどうだ?これがどれほど…」

説明するマスターの言葉を遮って新田は、

「いつまで綺麗事を並べているんだ?はっきり言ったらどうなんだ!」

思わず輝と綾乃は新田を見る。

「…どういうこと?」

「お国はな、変死や即死した人間の身体を使って軍隊を作ろうとしてるんだよ!」

マスターは思わず顔を背けるが、輝と綾乃は新田から目を離せずにいた。そして新田の言葉が頭の中で繰り返された。

(死んだ人間を使って軍隊…?)

新田は尚も続けて、

「つまり、一度死んだ人間はもう戸籍上存在しない。それを兵士として再利用するっていう計画なんだよ。いろいろと機械兵器も進化しているが、どうしても人間の機能には敵わない部分が多い。しかし、人口がどんどん減少しているこの時代において常に一定数の兵士を確保するのは難しい。そこで目を付けたのがいなくなったはずの人間なのさ」

「いなく…なったはずの…人間…?まさか…HFP?」

輝はあまりの衝撃に声を絞り出すのが精いっぱいだった。

「ああ、そうだ。お前、いま年間どのくらいの人が自殺してるか知っているか?約三万人だ。年間三万人もの自殺者をそのまま兵士として軍隊を作ってしまおうというのが私に任されたプロジェクト、それがHFPだ」

綾乃は固く目を閉じて輝の腕を握りしめ、輝は何も言えず、その場に立ち尽くしていた。

新田はそんな二人の様子を一瞥し、マスターに向き直ると、

「あと少しで完成なんだ。もう少しだけ見逃してくれよ?」

マスターは新田を睨みつけると、

「大臣の耳に入ってしまった。事が明るみに出る前にすべてを処理せよと命令が下った。しかも今のお前は明らかに私利私欲に走っている。そのような研究を国として支援はできない」

「なんだと?私のどこが私利私欲に走っているというんだ?たまたま被検体が身近にいたっていうだけじゃないか!」

「もう一つある。実際のところ、時期尚早だったんじゃないのか?人体実験は」

マスターはメルダを見た。すると新田は、

「…やはり気が付いていたのか」

マスターは新田に向き直ると、

「ああ、メルダもジェネラルも。おそらくお前自身もその体を維持するにはまだ不完全。違うか?」

「…そうだ。ある程度の期間なら維持できるが、せいぜい数か月が限界。そのためにもあと少しだけ時間をくれないか?そうすれば完成するんだ!」

このやりとりを輝は夢の中の出来事のように見ていた。しかし、綾乃が腕をつねったことで正気を取り戻した。

「…やっぱり間違ってるよ。こんなの」

輝の呟きに新田とマスターの目が向けられる。

「国のこととかよく分からないけど、軍隊を作るとか、そもそも死んだ人を使うとかおかしいよ!」

輝は二人の視線に耐えながら、

「生きたくても生きられなかった人にチャンスを与えるとかならまだしも、自殺した人を勝手に生き返らせて軍隊を作るとか間違ってる!そんなの人のすることじゃない!」

「…黙れ。だまれ!!」

新田は叫びながら輝に詰め寄ろうとする。マスターが阻止しようとするも、簡単に弾き飛ばされてしまう。

あと一歩のところまで迫り、輝と綾乃は目を瞑ってうずくまる。

(もうだめだ!)

すると急に新田の動きが止まった。

「…」

輝と綾乃はゆっくり目を開けると、新田の後ろからメルダがその動きを止めていた。

「もう、やめよう?聡さん」

その言葉を聞いた新田は驚いた様子で、

「…メル、いや、舞なのか…?」

メルダは無言で頷く。その表情は深い悲しみと慈愛に満ちていた。

「ずっと私のためにしてきてくれたんでしょ?もういいの。もう充分だから…」

そういうとメルダは新田を抱きしめる。

「なぜだ?いつ覚醒したんだ?」

「ジェネラル…いえ、亮さんが…データを愛ちゃんに託してくれていたみたい。だから目が覚めてからずっと気がかりだったの、聡さんが私のために頑張ってくれているって知ってから」

顔を上げた新田の目に、つい先ほどまでの怒りや憎しみは無かった。

話し込む二人を見ながら輝と綾乃はマスターのところへと辿り着く。とても一人では歩けないほどの大怪我を負っていた。輝は綾乃にマスターを任せると新田の方に目をやった。

すると目が合ったメルダは、

「輝さん。愛から何か受け取ってませんか?」

「ああ、これを預かってきた」

輝はそう言って小さなお守り袋を取り出した。

「…中を確認してください」

輝が袋を開けると小さなスイッチのようなものが入っていた。それを見た新田は見る見る表情が強張っていく。それを傍らでメルダが必死に制止する。

「や、やめろ!それを使うんじゃない!」

新田の怒号が響く。しかしメルダは新田を抑えながら、

「輝さん!押してください!お願い!」

輝は薄々感づいてはいたが、

「このスイッチを押すと…どうなるんだ?」

俯くメルダに抑えられながら新田は、

「それを使うな!それはメルダの自爆スイッチだ!もう二度と会えなくなるんだぞ!」

輝は時間が止まったように固まってしまった。

(自爆…?いま新田を止めないといけないけど、これを使うともう二度とメルダに会えない…)

「俺は…俺は…」

輝の腕が力なく沈み、スイッチを落としそうになる。その瞬間、愛が飛び込んできた。

「お姉ちゃん!新田さん!」

メルダと新田は一瞬嬉しそうな笑顔を覗かせる。

「輝さん!スイッチを押してください!時限装置が作動しますので!」

輝は苦悶の表情を浮かべ、

「無理だ!俺にはできない!」

すると愛が輝の手からスイッチを奪い取る。そして愛は、

「新田さん…どこで、どこで間違えたんだろうね。お姉ちゃん…愛、幸せだったよ。さよなら!」

そう呟くと愛はスイッチを押した。

「愛…ありがとう」

メルダは新田を抱えたまま、目に涙を溜めて呟いた。

そして新田は何故か二人の様子を黙って見つめていた。



そこへ翔と明日香も到着した。

現場の状況を見る前にマスターを発見した翔は、

「大変!輝、一緒に運ぼう!」

輝は我に返って愛の胸倉を掴むと、

「愛…愛!なんで起爆スイッチを押したんだ!そんなことしたらメルダは…メルダは!」

大きく揺すった。しかし、愛の真っ直ぐで深い悲しみに満ちた視線に圧倒されてしまう。そして、そのまま愛を離すとメルダの元へ走ろうとしたところで大きな影に捕まってしまう。

『ボコッ!』

大きな音が響いたかと思うと、輝はその場に崩れ落ちた。そして大きな影は輝を抱え上げると、

「お嬢、悪い。この状況ではこうするのが一番だからな」

そして翔と明日香がなんとかマスターの元へ駆けつける。

マスターは翔たちを振り払おうとするが、大怪我をした体が言うことを聞かない。

「ダメだよマスター!早く手当をしないと!」

翔と明日香は半ば強引にマスターを連れ出した。



七人がなんとかゲートまで戻ったところで、大きな爆発音が響き、地面が少し揺れたようだった。

メルダに内臓された時限式爆弾が起動したようだった。

無言で虚空を見つめる愛。その顔は溢れ出る涙を拭くこともせず、ただその感情を抑えていた。

「…メルダ」

いつの間にか起きていた輝の呟きに愛は無言で頷く。そしてゆっくりと言葉を絞り出した。

「最後にメンテしたとき…お姉ちゃんがお姉ちゃんとして覚醒したとき…亮さんのくれたデータですべてを知りました。その時にお姉ちゃんは言った…『私が止めなくちゃ…』って。そして最後の手段として…お姉ちゃんの身体に…身体の中に、爆弾をセットしたの。でも、プログラムでお姉ちゃんは自らを傷つけることはできない。だから起動スイッチは他人じゃないと押せない」

愛は深々と頭を下げると、

「こんなスイッチを押させようとしてごめんなさい。でもお姉ちゃんの近くじゃないと作動しなかったから…」

輝は愛から顔を背けると手近にあった木を殴った。

「分かっていた、押さなきゃいけないって。でも俺は…押せなかった。ちくしょう!」

そして輝は何回も木を殴り続けた。自らを責めるように。

「離せ!」

「輝!落ち着いて!」

翔はその場に輝をねじ伏せる。尚も暴れる輝に翔は思わず平手で頬を数回殴った。

「今はマスターを助けることが最優先じゃないの?」

輝はハッと正気を取り戻すと、

「すまない…そうだな。早く病院へ運ぼう」

再びマスターを担いで歩き出した。


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