第十三章 離脱
第十三章 離脱
「えー突然だが…」
翌日の朝、ホームルームの冒頭でいきなり歯切れの悪い担任。
「昨日まで実習に来ていた剣崎先生だが、実習終了となった。みんなによろしくとのことだ」
一斉にブーイングが飛ぶ。結構人気者だったが故に予想できた反応だったみたいで、担任も頷いている。すると生徒の一人が、
「来週いっぱいじゃなかったんですか?なぜ急に?」
「それがな、先生にもよく分からないんだ。確かに実習はあと一週間あるはずなんだが…」
担任も詳細は知らされていないみたいだが、イレギュラーなことだけは確からしい。
輝と翔は顔を見合わせて、
「何か聞いてるか?」
「いや、僕は何も知らない。いま、明日香にメッセージ送ってみたけど、知らないってさ」
「そうか…」
この日は皆忙しいらしく、いつも通り〝クレスト〟へ足を向けたのは輝だけだった。
まだマスターは不在らしく、休業中だったので裏口から中へ入ると三階で右往左往する愛の姿があった。
「あ…輝さん、待って」
輝の姿を見つけてメルダが制止する。
「いまコントローラを愛ちゃんが修理してるから、待っててください」
「修理…?なんで?」
「それが…」
メルダの話によると、今朝、薫からメールがあったという。
着の身着のままの愛のために駅前でちゃんとした服でも買ってやれと、バーゲン情報を教えてくれたらしい。二人は久々の姉妹水入らずということで出かけたのだが、帰ってみるとRBSコントローラが全て破損していて、五号機に至っては無くなっていたという。とりあえず一号機から修理しているところらしい。
「直るのか?」
輝の問いに愛は、
「あと数分あればなんとかなりそうです。破損部位が私でも分かるところなので…コアな部分じゃなくてよかった」
「そのコアな部分だったら…?」
「昨日の設計書がないと私じゃ無理ですね!…できました。お姉ちゃん、起動してみて」
メルダはコントローラ内に滑り込むと、コンソールを叩き始めた。
いろいろな画面が出ては消え、やがてコンソールの光が収束してメルダがコントローラから出てきた。
「チェックOKです。使用できますよ、愛ちゃんお疲れさま」
「よし!じゃ、残りもさっさと直しちゃう!」
そういって二号機を分解し始める愛にメルダは、
「だめ。まずはご飯でも食べて落ちついてから。朝から何も食べてないんだから」
メルダの料理は舞になっても相変わらずの美味しさで、輝も愛も綺麗に完食した。
「さて。じゃちょっとテストついでに起動してみるよ」
輝は一号機コントローラへ入り、RBSを起動した。
フィン…起動音と共にRBSが立ち上がる。
(あれ?音がちょっと変わったか…?)
いつも使っていると些細な違いも気になるもの。その微妙な違いを感じたものの、目の前の光景が表示されると、そんなことは忘れてしまう。
「…薫さん?」
ログインした輝が目にしたものは、RBS子機を抱えた薫だった。
「な…輝か?」
明らかに予想外だったようで、かなり動揺している。こんな薫を見るのは輝も初めてだった。
輝には聞きたいことが山ほどあった。問いただすつもりで歩み寄ろうとした瞬間、薫は地面を蹴って走り出した。
「薫さん!ちょっと待って!」
待てと言われて待つ薫ではない、輝を無視してグングン加速していく。
(は、速い…薫さんってこんなに身体能力高かったのか…)
輝が追跡を諦めかけたとき、その横を一陣の突風が吹き抜けて薫の行く手を遮った。
「はーい、そこまで。やっぱり回収ににきたねー張っておいて正解だったわ」
やっと追いついた輝はまたもや驚愕する。
輝は息を整えることも忘れて目の前の光景に息を飲んだ。
「マスター…何やってんのさ…?」
マスターはハンドガンを薫に向け、薫は止まったままの体制でマスターを睨みつけていた。
「フン…やっぱり気が付いていたのね、マスター」
薫は緊張を否定するかのように、軽い口調で言い放った。
「ああ。もちろん。お前も知ってて泳いでいたんだろ?」
マスターはいつもの口調で話してはいるが、その鋭い眼光は睨まれていないものをも硬直させてしまう。輝は目の前の光景に完全に飲まれていた。
「ふふ、そうね。このゲームはなかなか楽しかったわ」
「楽しんで頂き、誠に光栄。製作者も喜んでいるだろうよ。とりあえずその重いのを置いたらどうだ?」
薫はゆっくりRBS子機を置くと、そのまま素早くハンドガンを取り出してRBSに突き付けた。
「私を撃つ前に、これを亡き者にしてあげる」
するとマスターは、
「それはちょっと困るな。全て回収しないといけないんでね…じゃあこういうのはどうだろう。俺たちの目的は薫ちゃんたちの身柄じゃない。昨日捕獲したでっかいのを返してあげるから、そのRBSと交換ってことでどう?」
薫はしばらく考えてから、
「分かったわ。じゃ、ここにすぐ連れてきて。あと、私たちが姿を消すまで手出しはしないこと。いい?」
「…いいだろう」
マスターは無線で指示を出し、数分後には大男が後ろ手に縛られた状態で到着した。
薫は大男の拘束を解き、何事か耳打ちをすると輝に向き直った。
「輝、なかなか楽しかったわ。みんなにもよろしくね、あと…」
いつもの笑顔で語りかけていた薫は、瞬間的に表情を変えて、
「ごっこも大概にすることね」
そう言うと薫と大男は森の彼方へと消えて行った。
輝は悔しかった。
この状況の中、ただ眺めることしかできなかった自分が、ただ情けなかった。
そして、最後に見せた薫の冷たい表情に言い知れない恐怖を感じてしまっている自分が腹立たしかった。
薫たちが去った後、輝は力が抜けたようにその場にへたり込み、嗚咽を洩らしていた。
マスターはそんな輝を支えると、
「よくがんばったな…」
日常ではありえない緊張感の中、そのままの体制を崩さなかっただけでも合格である。
普通の人なら、耐え切れずに卒倒するのがセオリーだと輝を褒め称えた。
しかし、輝にはそんなことはどうでもよかった。
「マスター、あんた何者なんだ?」
直球にマスターは少し怯んでしまった。
「ちょ…おま…何者ってことはないだろう?」
しかし、輝は更に畳み掛ける。
「さっきのマスターはまるで別人だし、こんなに何日も休業して何ともないカフェなんてありえないし」
どうやら緊張が解けてホッとしているようだ。そしてやり場のない怒りをマスターにぶつけているようである。
「まぁ、子機が無事なだけよしとするか。コントローラなんてどうとでもなるしな」
輝は完全に無視されて、追及を諦めた。しかし最後に、
「マスター。できるだけ早く戻ってきてくれよ。メルダと愛が待ってるんだから」
「ああ、もう少ししたら一度帰る。その時に説明するから、あと少しだけ頼む」
マスターはそう告げるとRBS五号機を持って森の奥へと消えて行った。
輝は元の場所で他の子機があることを確認すると、自身のRBSも元通り隠してコントローラから出た。
〝クレスト〟に戻ると、愛が四号機にもたれかかってヨダレを垂らして眠っていた。
余りのギャップに気が抜ける輝。愛の鼻をつまむと、
「ひゃ?!」
と、我に返った愛。思わず愛は、
「もー普通に起こしてくださいよー!」
と、輝に食って掛かる。輝と愛が覆いかぶさるようになって、そのままソファに倒れこんでしまった。
「こんばんわー…あぁ?!」
声の方を見ると、綾乃が目を丸くして二人を凝視していた。
「あ、綾乃!助けて!」
輝の声に綾乃は訳が分からなくなり、
「え、あ、ごめんなさい!」
と、階段を下りてしまう。明らかに誤解しているようだ。
そんな雰囲気を察してか、メルダが後を追って状況を説明してくれた。その間に二人もソファに座りなおす。
「そうなんだ…でも、薫さん元気だったんだね。それだけでもよかった」
「ああ、しかもマスターまでいたんだ。一度帰るって言ってたんだけど…」
「じゃ、も少し待ってみたら?帰るって言ったんだったら大丈夫でしょ?」
変なところで肝の据わった綾乃の発言を聞いて底なしに安心する輝。綾乃が言うとそんな気がしてくるから不思議なものである。
「それよりも薫さん、もう学校来ないのかな…」
「正式に連絡あったんだろ?今朝担任も言ってたから、もう来ないと思う。最も、教育実習ってのがダミーだったみたいだけど」
「そっか。薫さんって…何者だったんだろう?」
「さぁな…マスターが帰ってきたら聞いてみよう。何か知ってるようだったし」
するとメルダが割って入り、
「さ、とりあえず難しいことは置いておいて、それ…食べませんか?」
と、綾乃の後ろを指差す。輝は訳が分かっていなかったが、メルダは更に続けて、
「輝さんのために作ってきたんでしょ?早く食べないと冷めちゃいますよ?」
悪戯っぽく笑うメルダに綾乃は真っ赤になりながら小さな弁当箱を取り出す。
「じゃ、私たちの分は作ってきますから、お二人は先にどうぞ」
そう言い残すとメルダは愛を引き摺って厨房へと降りて行った。
「綾乃、いいの?食べちゃって」
綾乃は無言で頷くと弁当を輝に差し出した。
「いっただきまーす」
とりあえず目の前にあったオムレツを一口。いつも出来合いの総菜が多かった輝は、
「…綾乃、これ手作り?」
またも綾乃は無言で頷く。まるで、出会ったときのように真っ赤になって俯いている。
「うまい!うまいよ!」
輝は猛然と掻きこみ始めた。腹ペコだったのも手伝って、ものの数分で完食してしまった。
「…あ!全部食べたら綾乃のがないじゃん!ごめん!」
「あ、いいの。私はあんまりお腹すいてないから」
すると、メルダと愛が大量のお皿を持って上がってきた。
「だめですよ。ちゃんと食事は食べないと。綾乃さんのお弁当には及ばないけど、輝さんもよかったらどうぞ」
しばらく四人で夕食を楽しんでいると、
「お。うまそうな匂いだな」
と、マスターが姿を見せた。メルダは「はいはい」と追加の料理を用意しに厨房へ降りると、愛もそれに続いて降りて行った。
ソファに座ったマスターに輝は、
「さあ、説明してもらおうか」
「おいおい、まず腹ごしらえさせてくれよ。大変だったんだから」
「食べながらでいい。まずマスターは何者なんだ?」
「何者…か。ココのマスター…じゃだめだよな」
輝は無言でマスターを睨みつける。綾乃は二人の様子を心配そうに眺めている。
「まだすべては教えられんが、もう少し協力して貰わないとならなくなりそうだしな」
「協力…?何かあるのか?」
「いや、正確にはありそう…俺の取り越し苦労だといいんだけどな。あ、それと…これ」
マスターはジェネラルの手帳を取り出した。
「?!これ、俺が拾った手帳!」
「ああ、メルダが連絡くれてな、ついでに持ってきた」
「そうか。よかったよ、早く愛に渡してあげたかったし」
するとちょうど愛が最初のお皿を運んできたところだった。
部屋に入るや否や、愛は手帳を見つけて輝の手から奪い取った。コンマ数秒の早業であった。
「こ、これは亮さんの手帳!!なんでここに?」
「マスターが持ってきてくれたんだ。よかったな」
すると愛は見る見る涙を氾濫させて、
「マスター…ありがどうございまず…」
そのまま手帳を抱きしめて泣き崩れてしまった。
「まぁ、とりあえず愛ちゃん、こっちに座って」
綾乃が愛を抱えてソファへと誘導してくれた。そして、
「マスターもいろいろ大変なのよ。今日のところはゆっくりさせてあげたら?」
思わぬ助け舟にマスターは、
「さすが綾乃。分かってるねー」
「…分かったよ、じゃ、今日のところは聞かないでおくよ」
輝はモヤモヤが拭えない心境ながらも、マスターが無事に帰ってくれただけでかなり安心していた。それを察知していた綾乃は、引くに引けない輝を助けてくれたようである。
この日は帰るのが面倒との理由から、輝は〝クレスト〟に泊まることにした。
綾乃を自宅へ送ったあと、輝はとマスターは久々に人気FPSに興じることにした。
お互いに綺麗な連携を決めていく中、輝はふと呟いた。
「マスター。あの嵐の夜にメルダが突然現れたって話、ウソだよね」
「…ああ。本当はな、送られてきたんだ。どうやってかは俺にも分からんが、嵐の轟音に紛れて入り口に放置されていた。ダンボール箱に入った状態でな」
「やっぱり、ジェネラルの仕業なのかな?」
「そうだと思うが、どうやってココまで運んだのか…でも、メルダを起動した後のことは大体話した通りだぞ」
「…今はそういうことにしておくよ」
この日、夜が明けるまでマスターと久々に人気FPSで盛り上がったのだった。




