第十二章 手帳
第十二章 手帳
「そして私はメルダの教育、知っている限りの知識を教えて行きました。そんな中、ジェネラルにされた亮さんに会って…」
『クレスト』の三階ではアイの話が続いていた。
あまりの話に一同は沈黙していたが、
「その先は私たちも知っている」
薫がRBSと出会ってからを簡単に説明した。するとアイは、
「…そうです。概ねその通りです。最初の方はゲームに見せかけるようにはしていましたが…小細工でしたね」
「しかし…俺たちの知っている新田とアイの言う新田では随分印象が違うな」
輝がつぶやくように言った。アイは不思議そうに、
「輝さんたちの印象ってどんなですか?」
「そうだな…プライドが高くて冷徹な研究者って感じかな」
「そうですか…少なくとも私の知っている新田さんとは違いますね。お姉ちゃんの前では…分かりませんが、私の前ではいいお兄さんでしたよ」
「メルダ…いや、舞さんはどう思う?」
輝の問いにメルダは、
「あ、いえメルダで結構ですよ。そうですね、今の私の中には亮さんと愛ちゃんから見た私の記憶、そして公になっている記録しかありません。新田さんだけが知る私の記憶はないので何とも言えません」
輝は小さく「そうか…」と呟いた。
すると綾乃が控えめな声で、
「あ…あの。こうなったら新田さんの話も聞いてみたいと思いませんか?」
全員が綾乃に注目し、綾乃はすぐに下を向いてしまうが、
「その通りだな。直接聞くのが手っ取り早いが…」
薫は綾乃に賛同しつつも、
「しかし、輝と綾乃のRBSは拘束されているんだろう。そんなところにログインしたら、戻って来れない可能性がある」
すると翔が心配そうに、
「そういえば、アイちゃんが出てきてRBSの子機は大丈夫なの?いまログインしても動かせるの?」
最もな疑問である。今までの話だとジェネラル・ドクター・アイが管理していたようだが、アイ以外は行方が知れない。
「あ…それは大丈夫です。すぐにでも出られるように隠してありますから。でも、次被弾したら私がログインして修理しなきゃです」
翔は感心したように腕を組むと、
「なるほど…RBSでログインしたアイちゃんがRBS子機をメンテするのか」
アイはうんうんと頷く。すると薫は、
「じゃあ、とりあえず綾乃以外でログインしてみるか。状況を見てから計画を立てよう」
翔と明日香は頷くとそれぞれのコントローラへと入って行った。
ログインした三人がまず見たものは…暗闇だった。
もう夕暮れとはいえ、そこまで暗くなってはいないはず。薫はとりあえず歩を進めると何かに頭をぶつけた。
「ったーーい」
薫は悶絶している。明日香が代わりに手を伸ばすと壁らしきものに当たったので、強引に押してみると視界が開けてきた。周囲には森が広がっており、背後にはいままで拠点としていた古い戦艦…らしき鉄屑の塊が広がっていた。その凄惨な光景に三人ともしばし見入ってしまった。
「これじゃ、もうジェネラルとドクターは…」
翔が呟くと薫も同意するように頷くが、
「ここでこうしていても始まらない。輝たちが捕まっている施設は覚えているな?」
翔と明日香は無言で頷く。
「じゃ、近くまで行って様子を伺ってみよう」
三人は音もなくその場を後にした。
程なくして研究所前。
それまで周囲を警戒していた警備兵の姿は見えず、人気もないように見える。
「…どういうことだ?まるで人気がない」
薫は不思議そうに周囲を見回す。
「これ、普通にいけそうですね。いまのうちに救出しません?」
翔の提案に薫は、
「そうだな…いや、まあ待て。翔はここに残って私たちのRBSを見ててくれ。私と明日香は一旦戻って輝の様子を確認しよう」
そう告げると薫と明日香はログアウトしてしまう。力が抜けるように崩れ落ちるRBSを前に翔は慌てて支えるとその場に寝かせた。
そして〝クレスト〟に二人が戻ると輝がログインしたところだった。綾乃は待っていることになっているので二人はモニターに注目した。
ログインした輝が見たものは…暗闇だった。
いや、何かが覆いかぶさっているようだったので、輝は被さっているものを手でどけるとゆっくり立ち上がった。
「…あれ?拘束されてない?」
周囲の状況を確認しようにも真っ暗でよく見えない。しかし、ログアウト時のように手足を拘束されてはいないようだ。
周囲を手で探っていると壁に辿り着いた。そのまま移動しようとすると、何かに躓いたのでゆっくりそれを確認する。
「…これは、綾乃の?」
ゆっくりとRBS子機を抱き上げると、子機のランプが一瞬点滅した…がそのまま動きがない。
しばらくして輝は、
「…落としてもいいか?」
「…だーめ」
お互いに気が付いていたようだ。綾乃はそのままスッと立ち上がると頭部についているライトを点灯させた。
「…そんなものついていたのか」
「…もう、だからマニュアルくらい読みなって言ったでしょ」
半ば呆れ顔の綾乃から付け方を教わると、手分けして周囲の状況を確認する。
どうやら拘束されていた実験室には違いなかった。しかし機械や器具が散乱して、まるで戦争でもあったかのように焼け跡や弾痕があった。そして…
「…輝!これ!」
珍しく綾乃が鋭い声を上げた。思わず輝も駆け寄る。
「どうした?…これって…艦長!!」
それは変わり果てた姿のジェネラルだった。しかもそこは、
「…ここは俺の倒れていた場所…」
どうやらジェネラルはRBS子機を守っていたようで、大きく手を広げた状態で横たわっていた。
その様子をしばらく見ていた輝は、僅かに光っている部分を見つけた。
「…これは?」
輝は光っている部分を触ってみると、ゆっくりとジェネラルが動き出した。
この様子を〝クレスト〟三階で見ていた舞と愛。思わず愛は、
「亮さん!」
叫んでモニターを掴んたが、舞に制止されてしまう。
『ひ、輝くんか…どうやらRBSは無事だったようだな…』
『艦長、大丈夫か?何があったんだ?ここは敵拠点のはずじゃ?』
『…もうすべて知っているんだろう?ここは最先端技術研究所のラボだ』
『艦長、とにかく手当を…』
『無駄だ…私はもう長くない。輝くん、よく聞いてくれ』
艦長は輝の腕を掴んで、
『この研究所では生体と機械の融合についての研究が行われていた。私やメルダがその成功例。失敗例は…お前たちが倒してきた敵たちだ』
『じゃあ、俺たちは今まで何を…?』
『自我に目覚めた私が途中で計画に気が付いて反旗を翻した。その時に君たちに…ゲームとして手伝ってもらったという訳だ。しかしこれすらも聡の想定内かもしれないがな…』
そこまで言うとジェネラルは少しためらいがちに、
『それで…愛は、無事ついたか?』
『ああ、大丈夫だ。舞も愛も無事だ』
その言葉を聞いてジェネラルは輝の腕にすがるように、
『ありがとう…どうか、愛の力になってやってくれ…それだけが私の望みだ』
『ああ、分かった。しかし、何でその成功例の艦長を破壊したんだ?研究所も』
『つい先日某国の産業スパイが潜入しているとの情報があってな。奪われるくらいなら…ということだろう。この研究所がバタバタしているところを狙って私とドクターで突入したんだが…罠だったらしく、証拠隠滅も兼ねてこの施設と共に爆破されたのさ。なんとかドクターが爆破を最小限に抑えてくれたが、私はこうしてRBSを護るので精一杯だったという訳だ』
『どうにか修理すれば…』
艦長は首を振って、
『私は一度死んだ。本来ならもうこの世にいないはずなんだ。唯一の心残りだった愛さえ無事なら私は…』
そう言った直後、艦長の目から光が消えてぐったりと項垂れた。
愛はモニターを黙って、食い入るように見つめていた。大粒の涙を流しながら。
舞となって愛の心情を知るメルダは、掛ける言葉を見つけられず、隣で手を握るくらいしかできなかった。
動かなくなったジェネラルをゆっくりと寝かせると、輝はゆっくりと立ち上がった。
するといつの間にか五人とも勢揃いしており、それぞれに冥福を祈っている。
重苦しい沈黙を破って薫は、
「さぁ、ここでこうしていても仕方ない。とりあえず一度帰ろう」
すると翔は、
「そうですね。でもここでログアウトするのはちょっと危険ですよね…」
「そうだな。まだ安全が保障されてはいないからな…まだ新田の動向も分からない以上、今までの基地跡も避けた方が得策だろう」
翔と薫が場所議論を交わしているとき、輝はジェネラルの亡骸を見つめていた。
すると、革張り手帳のようなものが見えたので形見にと回収しておいた。
「じゃ、移動しよう」
薫は言葉と同時に走り出す。輝は手帳をRBS内の小物入れに隠すと慌てて後を追った。
五人はそれぞれ愛が乗り越えた壁付近に陣取り、木の葉などで隠すと〝クレスト〟へと戻った。
五人が〝クレスト〟へ戻るとすっかり日は落ちていた。
コントローラを出た五人の目の前にはたくさんの食事が並んでいた。
「亮さんを看取ってくれてありがとうございます」
メルダと愛が協力して夕食を用意していたようで、いつもよりも豪華だった。
「美味しそう!ありがとう、頂きます!」
翔と輝は同時に飛びつき、明日香と綾乃もそれに続くが、
「今日は私は失礼する。少し調べたいことがあるんでな」
薫はそう言い残すと、さっさと〝クレスト〟を後にした。
翔と明日香も一通り食事を堪能すると、帰路に着いた。
〝クレスト〟三階にはメルダ・愛・輝・綾乃の四人が残された。
「そういえばさっき、艦長の手帳を見つけたんだ」
「手帳…?」
輝以外の三人が見事に口をそろえた。
「ああ、RBS子機に置いてある。一通り画像を写して俺のスマホに送っておいたんだ」
そう言って輝はスマートフォンを取り出して、画像を表示した。
『このメモを見ているのは輝くんだと思いたい。
また、このメモを見ているということは、私はもうこの世にはいないだろう。
いや、私は一度死んでいる。これについては誰にも責任はない。
すべて私の不注意で起こったこと。RBSの最終テスト中に子機が暴走してしまった。
そんな私をどういうつもりか知らないが、聡がジェネラルとして復活させたようだ。
もっとも、私の頭脳だけだったが。
その後、愛と舞には世話になりっぱなしだったな。知らないことではあったが。
私に代わって礼を言っておいて欲しい。
そして、身勝手な願いを一つだけ言わせてほしい。
愛を頼む。
舞のボディはもうすぐ限界を迎える。
そうなると愛は一人になってしまう。
一人でもやっていけるだけの知識は与えて来たつもりだが、
まだ成人前の女の子だ。
なんとか一人前になれるように助力してやって欲しい。
できる範囲でいい、愛のことを頼む。』
手帳にはこの後、数ページに渡って図形やら計算式が記述されていた。
それまで泣いていた愛は輝からスマートフォンを奪い取る。
「!!これは!!」
目を丸くして必死の形相で図形に食いつく愛。綾乃が、
「…あ、愛ちゃん?」
すると愛は我に返り、
「あ、ご、ごめんなさい。これ、たぶんRBSの設計書です。前にちょっとだけ見たことあったから…」
輝はスマートフォンを操作しながら、
「でもこれじゃちょっと細部まで分からないな…現物を手に入れなきゃな」
輝の言葉に愛は頷きながら、
「身勝手なお願いだとは承知してます。でも、お願いします、この手帳を私に、私の元にお願いします!」
愛は勢いよく頭を下げたため、机に打ち付けてしまう。
しかし、そんなことも構わず必死で頭を下げる愛に輝は、
「わ、分かった。できるだけのことはするよ。マスターにも相談してみよう、正確な位置が分からないと手の出しようがないし、俺たちだけじゃどうしようもないからな」
一方、マスターは市内の果てにある森の中にいた。
(おそらくこのあたりに…あった)
それまで原始的な森林の中であったが、突如として人工的な門と塀が広がる。しかし、マスターは全て承知しているようだった。
そして手慣れた操作で門のセキュリティを解除すると、中へ踏み入る。
(変わってないな…ここは)
入って数分…塀伝いに歩くと、RBS子機の隠してある現場が見える位置についた。
マスターは慎重にあたりを伺い、見難い木陰に身を隠す。
身を隠して数分…隠されたRBS子機付近には別の影があった。
その影は辺りを伺うと、RBS子機の上に掛けられた木の葉などを振り払い、RBS子機を持ち上げようとした時、その重さに足踏みをしているところ、
「はーい。そこまで」
銃口が突き付けられた。
影は大男、銃口はマスターのものである。
大男はRBS子機を離すとゆっくり立ち上がった。
「んなこったろーと思ったが…誰の指図だ?」
「…」
大男は答えない。しかし、それも想定内のことのようにマスターは、
「ま、そうだろうな。じゃ、それなりに」
そしてマスターは引き金を引くと、麻酔弾が発射される。
マスターは最初から殺す気などなく、麻酔で生け捕りにするつもりだったようだ。
すぐに大男はその場に倒れると、マスターは簡単に持ち上げると森の内部へと走り出した。




