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HOPE  作者: 滝 陽水
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第十章 覚醒

第十章 覚醒



非常に濃い一日を過ごした後は、いかにも現実的な一日が待っていた。

輝たちは高校生として、薫は教育実習生としての日常業務をこなしていた。

しかし、五人の脳裏からは昨日の出来事が離れずに悶々とした時間を過ごしていた。

そんな心を映し出すかのように午後からは酷い嵐が吹き荒れ、とても寄り道をしている状況では無かった。仕方なく、今日はプレイせずに体を休めようということで、一同は帰路についた。



輝はプレイはする気は無かったが帰宅する気にもなれず、夜まで〝クレスト〟で過ごすことにした。

(しかし、酷い嵐だ…)

実際に輝は何度か傘を飛ばされそうになりながら、なんとか歩いていた。

傘をほとんど真横にしているため、視界が利かない中歩いていると何かに足が躓いて転びそうになった。

「あっぶねぇ…なんだ?これ」

輝は足元を覗くとそこには人が横たわっていた。それは輝たちがよく知っている人物だった。

「…アイ!?」

輝は思わず傘を投げ捨ててアイを抱え上げる。

「アイ!アイ!しっかりしろ!」

「…う、うーん」

まだ息はあるようだが、目は覚まさない。抱え上げるとその体温はほとんど感じられないほと冷たかった。

輝はアイを抱え上げたまま、〝クレスト〟へ走った。



「心配ない。冷えて衰弱しているが、暖かくしていれば問題ないだろう」

マスターは店を早々に閉めてアイの容態を確認していた。

「マスター、なんでそんな医者みたいなことが分かるんだ?」

輝はマスターが医者だったなんて聞いたことはない。というより、マスターの過去についてはほとんど何も知らない。

「ああ?まー何ででもいいじゃねーか。それよりも、だ」

「ああ、アイは偶然、倒れてたのを俺が通りかかって発見したんだ」

「そうか…なんにせよ、今はアイの回復待ちだな」

アイは悪い夢でも見ているかのようにうなされており、その傍らではメルダが手を握ってその様子を心配そうに見守っている。

「それでメルダ。何でアイがここにいるのか…心当たりはないか?」

輝の問いかけにメルダが答えるより早くマスターが答える。

「それはないだろう。メルダはここに来た時点で記憶を操作されていたみたいだからな。本来の記憶が残っているとは思えんが」

するとメルダは、

「私もこちらの方は艦長の部下で私の教育係のアイさんとしか…」

「そうか。でもついて居てやってくれるか?」

「もちろんです」

それを聞くとマスターは頷いて、輝と共に寝室を後にした。



輝は〝クレスト〟に泊まると家に連絡しているうちに、マスターは夕食を用意してくれていた。

「久しぶりだな、マスターの手抜き料理」

マスターは声を上げて笑うと、

「最近はメルダが作ってくれていたからな。腕が鈍ってないといいんだがな」

「大丈夫じゃない?食えれば問題ないよ」

ここ最近は食事はほとんどメルダが用意して居たが、今日は寝室のアイから離れようとしない。

「確実に知っているような口ぶりではなかったが…」

マスターが呟くように言った。輝も同意見のようで、

「そうだよね。メルダがHFPの犠牲者なんだとしたら、きっと元は人間のはずだよね。きっとアイと関係あるんじゃ?」

するとマスターは、

「いやお前、前に艦長さんが言ってた話。聞いてなかったのか?」

「聞いてたけど…あ!そうか!アイのことは東堂愛、メルダは東堂舞って言ってたな!」

「そうだよ。つまり、この二人は元々姉妹。何らかの理由でこの事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だろうな」

「そうか…姉妹なら記憶を消されても身体が覚えている…のかな?」

「そこまでは俺にも分からんよ。ただ、メルダが離れたがらないってことは、他に考えられんしな」

マスターは最後のお皿を並べると、

「まぁ、とりあえず腹減った。食おうぜ」

そして輝は久々のマスターお手製の夕食に取り掛かるのであった。



〝クレスト〟の寝室ではアイがうなされていた。

メルダは時折汗を拭いたり手を握ったり、甲斐甲斐しく看病をしている。

メルダは自分でもなぜ看病しているのか分からなかった。

『この人を死なせてはならない、自分の存在に賭けても守らなければ』

どこからか湧いてくるこの想いに突き動かされていた。

「…お姉ちゃん…?」

アイは目を覚まし、ゆっくりとメルダに語りかけた。メルダは思わず身を乗り出し、

「アイさん!よかった…」

「私…どうして…?」

「輝さんが道で倒れていたアイさんをここまで運んでくれたんですよ」

「そう…ですか」

少し残念そうな表情を見せたアイだったが、すぐに体を起こすと、

「…って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!メルダ、すぐメンテするよ!」

「は、はい。分かりました」

メルダは不思議そうに小首を傾げるも、その言葉に従って準備を始めた。



数時間後、輝はどうしても気になるらしく、寝る前に寝室の様子を伺いに来た。

扉を少しだけ開けて中を覗くと。そこには一糸纏わぬメルダが目を瞑った状態でこちらを向いて立っていた。

「!!」

輝は思わず見入ってしまうが、すぐに頭を切り替えて周囲を見るとメルダの後ろにケーブルとアイの姿が見えた。

輝は扉を開け、

「アイ!気が付いたのか!」

「あ、輝さん。ありがとうです。ああ、そこ踏まないで!」

何やら機械類が散乱している。アイはメルダの背面パネルを開けてなにやら作業をしていた。

「おっと、ごめん。…って何してるの?」

「詳しくは明日にでもお話します。今は忙しいのでっ」

何やら手一杯の様子でアイはメルダと繋がっている端末を叩きながら、別の機械類もいじっていた。

何を言っても聞きそうにない姿に輝は諦めて、

「分かった。それ終わったら少し休めよ」

アイは何も聞こえないのか、無反応だった。輝は寝室を後にすると三階のソファで眠りについた。



翌朝。

結局あまり眠れなかった輝は、目が冴えてしまったのでアイの様子を見に行った。

寝室の扉を静かに開けて中の様子を伺うと…輝はその光景に見惚れてしまった。

相変わらず裸ではあったが、今までのメルダからは想像できないほど人間らしい…いや、聖母マリアをも連想させるような穏やかな笑みを浮かべて、膝で眠るアイの頭を撫でていた。ちょうど窓から暖かい朝日が差して、まるで有名絵画を再現したような光景だった。

…メルダの背中からケーブルが伸びていなければ。

時間にして数十秒ではあったが、輝には数分、いや、永遠のことのように感じられた。

しかし、メルダと目があったとき。輝は我に返るとそのまま部屋に入り、

「作業終わったらアイは寝てしまったのか」

と、いつものようにメルダに話しかけた。アイは気持ちよさそうに眠っている。

メルダはみるみる赤面していき、口をパクパクさせている。今までのメルダからは想像のつかない反応に輝が戸惑っていると、

「あ、あ、あ、あの…ひかるさん…」

何とか声を振り絞るとメルダは慌てて空いている手で胸を隠して、輝から目を逸らした。

その様子を見て輝は、

「あ、ご、ごめん。アイが起きたら三階へ来てって言っておいて」

そう告げると逃げるように寝室を後にした。

輝はとりあえず三階のソファでくつろぎながら、先程の光景を思い出していた。

(アイはメルダに何をしていたんだろう…?それにあのメルダの反応はまるでアンドロイドというより普通の女の子…)

思い出していて輝は無性に恥ずかしくなってしまい、一人で頭を抱えて赤面していた。

数分して、マスターが朝食を持って上がってきた。

「まだアイは…起きていないか。輝、とりあえずメシだ」

「あ、マスターおはよう。アイは夜目が覚めていたよ、俺が寝る前に確認した」

「本当か?でも、メルダはまだしばらくそっとしておいてくれって言ってたが?」

輝は昨晩から今朝にかけての出来事を話した。…赤面しながら。

「はっはっは!お前、二回もメルダの裸を鑑賞したのか!ついてるな!」

「そりゃついて…じゃない!どっちも事故だって!」

輝は真っ赤になって反論しながらも、とても楽しそうに笑っている。

「でもなんだ?その、反応が違うって?」

「そんなの俺にも分からないよ。アイが何かしたんだろうけど、今までのメルダっていうより、普通の女の子みたいに感じた」

するとマスターは輝の肩を叩いて、

「そうか、まあ後は俺が聞いておくよ。お前はそろそろ行け」

と、言いながら時計を指差すと、既に八時四〇分を回っていた。

「…やべ!行ってくる!」

輝は脱兎のごとく、〝クレスト〟を後にした。



時は回って放課後。

〝クレスト〟はマスター不在のため臨時休業だったが、三階にはお馴染みの顔が揃っていた。

そしてお馴染みの五人に混ざって申し訳なさそうにアイとメルダが座っている。

「じゃあ、順を追って聞こうか。まずアイがなんでここにいるんだ?っていうかマスターは?」

薫が周囲を見回しながら問いかけると、

「ああ、マスターはほれ」

輝が一枚のメモを取り出した。


『ちょっと外出してくる。

輝、明日の朝には戻れると思うからよろしく。

メルダ、店は戻るまで臨時休業にしておいてくれ』


「なるほどな。マスターらしいな」

薫は腕組みをするとアイに向き直り、

「で?アイは何でここにいるんだ?まさかコントローラから飛び出してきたわけではあるまい?」

「はい。実は…」

アイは少し俯いて話始めた。



艦の外は、まるで行く手を阻むかのように酷い嵐…。

ジェネラル・ドクター・アイの三人は荒れ狂う森のなかを走っていた。

指揮官タイプのジェネラルも、メンテナンス用のドクター。どちらもアンドロイドらしく、自衛程度ではあるが戦闘ができるように設計されていた。

警報が早かったのが幸いし、三人が飛び出したときにはまだ包囲網は完成されておらず、二人で簡単に突破できた。

アイは足を取られながら二人になんとかついていく。

「愛、大丈夫か?」

ジェネラルが気遣うように声をかけるが、

「だ、大丈夫です。急ぎましょう」

気丈に振る舞う。体力的にも精神的にも限界は近かったが、これが助かる最後のチャンスかもしれない。このチャンスをくれたジェネラルとドクターのためにもここでアイが遅れを取る訳にはいかなかった。

三十分くらい走ったところでジェネラルの足が止まる。その目線の先には見上げるほど高いコンクリートの塀が立ちはだかっていた。

アイは塀を睨むジェネラルを見てその微妙な違いに気が付いた。

(あれ…?ジェネラル様、いつもより表情が…?気のせい?)

そんなアイの思考を打ち消すかのようにジェネラルがアイの両肩を掴んで口を開く。

「愛。これから言うことをよく聞くんだ」

「は、はい!」

「俺とドクターで愛をこの塀の向こうへ送る。塀を越えたらこのメモの場所へ行け」

ジェネラルは一枚のメモとフラッシュメモリを取り出してアイに渡した。

「…このメモリは?」

「おそらくこのメモの場所にメルダがいるはずだ。メルダにこのメモリの内容をインストールしてやってくれ」

「…内容は何なんですか?」

「俺の知る限りの…東堂舞に関する記憶だ」

「!!」

ジェネラルはアイの知る久保の優しい笑みを浮かべると、

「これでメルダは舞としての記憶を取り戻すことができる」

「じゃあ…じゃあ、ジェネ…ううん、亮さんなんだね?」

アイは豪雨のなか、ジェネラルにしがみつくと涙を堪えきれずに泣き出してしまった。

ジェネラルはそんなアイをすぐに引き離すと、

「愛、今はゆっくり感傷に浸ってる場合じゃない。ちゃんと行けるな?」

アイは両手で涙を拭いながら大きく頷く。

それを見たジェネラルはアイに小さなリュックサックを渡した。

「これを背負うんだ。小型のエアバックで落下の加速度に反応して膨らむ」

アイは背負いながら頷いた。するとドクターが、

「早くせい。もうあまり時間がないぞ」

ジェネラルはドクターからケーブルを受け取ると自らの脇腹あたりに差し込んだ。

「よし、始めるぞ」

ジェネラルはアイを腕に乗せるとゆっくりと振りかぶった。

「ふん!」

投げ飛ばされたアイはちょうど塀の頂点を越え、向こう側に到達。そしてエアバックが開いてなんとか反対側の地面に着地した。

アイはエアバックを外すと同時に反対側から発砲音が響いた。どうやら追手が到着したらしい。

「亮さん、亮さん!!」

「愛、早くいけ!気づかれないうちに早く!」

アイは振り切るように嵐の中を駈け出した。



「という訳で、施設を抜け出したんです」

そこまで話すとアイはメルダの淹れたお茶を一口すすった。

「それでここまで走って来たのか…?」

薫は訝しげに尋ねる。

実際、遠い地の出来事と思っていたのだが、女の子が一日やそこらで走ってこれるとなると話が大きく違ってくる。

するとアイは申し訳なさそうに、

「それが…最初はよかったんですけど、途中で野良犬に追いかけられて…夢中で逃げてたらよく分からないところに出てしまって。亮さんにもらったメモも無くしちゃって…。それでも覚えてる方向に歩いていたんですけど、途中で意識を失ったみたいで…気が付いたらココのベッドに寝かされていたんです」

するとその様子を見ていた輝が、

「そこからは俺も知ってる。学校からここまで来る途中に道に倒れているアイを見つけたんだ」

薫はアイに向き直り、

「なるほど。次に…だ。メルダに何をしていたんだ?」

輝の話だと一晩かかってメルダに何かをして、結果としてメルダの雰囲気まで変わっていた。

「あ、亮さんに頂いたメルダの身体の…本当の持ち主の記憶と人格を入れました」

「…本当の人格?記憶?」

「はい。私の名前は東堂愛、メルダの身体は私の姉、東堂舞のものなんです」

「ああ、そうらしいな。じゃあ、今までの記憶は消されてたのか?」

「いえ、メルダは頭脳を機械化しているので記憶そのものがありませんし、操作もできます。亮さんがいつどこからこんなものを用意したのか分かりませんけど、いまのメルダは間違いなく私のお姉ちゃんです」

そういうとアイは嬉しそうにメルダに抱きついた。まるで猫のようにメルダに甘えていて、メルダも暖かな笑みを浮かべてアイの頭を撫でている。

アイの頭を撫でながらメルダも薫の問いに答える。

「私はメルダであり、東堂舞でもあります。愛のメンテナンスのお蔭で、こちらでご厄介になってからの記憶と東堂舞としての記憶も共有できています」

そういうメルダは輝とチラッと見て恥ずかしそうに視線を逸らした。

輝もまた、朝の光景を思い出して視線を合わせられずにいた。

そんな輝の様子を余所に、綾乃が思い出したように、

「ああ!思い出した!」

と、立ち上がりながら叫んだ。

滅多に声を荒げない綾乃なので、一同が思わず注目して次の言葉を待つ。

その一同の期待の眼差しを見て思わず座り込む綾乃だったが、

「何を思い出したんだ?」

この輝の言葉に促され、小さな声で話始める。

「ううん。大したことじゃないんだけど、ずっと愛ちゃんとメルダさん見ててどっかで見たことあるなーって思ってたの」

「どこで見てたんだ??」

「前に…高校入る前に何度かお父さんに連れられてパーティに出席したことあるんだけど、その時に何度か一緒に食事したの。すっかり忘れてた…ごめんね」

申し訳なさそうに頭を下げる綾乃にメルダは、

「いえ、気にしないでください。言葉も数回しか交わしていませんので、仕方ないと思います」

このような模範的な解答さえもも、今までのメルダからは一線を画しており、柔らかく人間味が感じられた。

これのやりとりを聞いていた輝は、

(メルダが東堂舞…実在の女の子だったのか。確かに受け答えが今までのメルダとは全然違う…)

人間的になって嬉しい反面、自分の知らないメルダの過去が出て若干の嫉妬を抱かざるを得ない複雑な心境であった。

ふむふむと納得したように薫は、

「そうか。それで、そのアイにメモリを渡した亮って人は誰なんだ?」

「あ、亮さんはみなさんで言うジェネラル…艦長さんです」

「なぜジェネラルがアイの知り合いなんだ…?」

アイとメルダはお互いに目を合わせて、

「そうですね…私たちのことについてもお話しておきます。皆さんはここまで関わってしまったのですから…」

そう言うとアイは言葉を選びながら話始めた。


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