第一章 遭遇
第一章 遭遇
時は2014年7月西大寺市。昨夜の激しい嵐が嘘のように晴れ渡り、どこまでも続きそうな青い空と眩しい朝日に照らされながらも、気怠そうに歩を進める少年。
どこにでも居そうな標準的な体型ではあるが、切れ長で茶色の瞳が彼の存在を引き立てている。
この少年は〝二階堂 輝〟地元の公立高校普通科に通う二年生だ。
常日頃から両親の不仲だけでなく、自身も仲の良くない輝は、通学路にあるカフェバー〝クレスト〟で朝食を食べるのが日課となっている。朝食と言ってもモーニングセットなどではなく、偶然マスターと知り合ったときに意気投合して以来、マスターの朝食相手を務めるついでに自らも美味しい朝食をご馳走になっているのだ。
輝は眩しい朝日を手で防ぎながら昨日の嵐を振り返っていた。
(昨日はこのあたりも相当荒れたようだな…)
あたりにはどこから飛んできたのか、三角コーンや新聞など、様々なゴミが散乱していた。中には何かよく分からないくらい粉々に壊れている機械なんかもある。それらを尻目に数分歩くと、前方に三階建てのビルのような黒っぽい建物が見えてきた。
一階にはガラス張りの一角があり、壁色とのミスマッチが余計に怪しさを醸し出している。しかし、これでなかなか人気があるのだから、見た目というのは当てにならないものだ。
輝は正面入り口には進まずに裏手に回った。勝手口を発見すると、慣れた手つきでポストを探る。そして合鍵を取り出すとドアを開錠し、合鍵を元に戻した。
(しかしこの鍵、そろそろ場所変えたほうがよくないか?今度マスターに言っておこう)
もう開店してずっと場所を変えていないらしい合鍵。今度の隠し場所はどこがいいかと考えながら、輝は勝手口を開けて中に入った。
店の裏側というものは、表のイメージとはかけ離れていることが多い。
〝クレスト〟も例外ではなく、表側の趣のある客席と比べると、この裏手にあるキッチンは何の趣も感じられることはない。飾り気のないシルバー台がいくつも並び、調理器具が干物のように干してある。そして、巨大な冷蔵庫が異様な存在感を放っている。
(毎回思うけど、この冷蔵庫って必要ないよな)
輝もよくこの冷蔵庫を開けているが、いつも隙間だらけで寂しいものである。
聞いた話では、開店する際にセールスの口車にマスターが乗ってしまったという負の遺産なのだそうだ。
そして輝はキッチンを通り過ぎ、上へと通ずる階段を上る。この先はプライベートな居住区になっているが、まずはマスターに起きて貰わねば話にならない。二階に到着した輝は、寝室のドアを開けて中に入ると閉まっているカーテンを勢いよく開いた。
「マスター!朝だよー…!?」
差し込んだ光は部屋に対して不釣り合いな大きさのダブルベットを照らし出す…所まではいつも通りなのだが。輝は我が目を疑った。
スヤスヤと寝息を立てるマスターの傍らには…輝と同い年くらいの少女の姿があった。…しかもマスターのTシャツ一枚で。
思わず輝は、
「し、失礼しましたっ!!」
と、部屋の外に飛び出した。
輝はそのままカフェの店内まで駆け降りると、たった今見た光景を思い返してみた。
(ま、恋愛は自由だし。マスターも結構もてるからこういうこともあるだろう)
と、自分に言い聞かせてはいたが、いまの寝ていた少女。実は輝の好みにピッタリだったのだ。
漆黒の長い髪に小柄な体、控えめなバスト…と、一瞬ながらもここまで詳細にイメージを覚えているのはすごいなと我ながら感心する輝。その一方で、なぜマスターと同じベッドで寝ているのか、少々嫉妬を感じてしまっている自分に腹が立つような難しい年頃である。
店内で思い返している輝にやっと起きだしてきたマスターは、
「よぅ。おはよう。ちょっと待ってな、すぐ作るから…」
と、声をかける。輝もすぐに我に返り、
「ああ、おはよう。なんかゴメン。安眠妨害したみたいで」
「ああ、メルダのことか。ちょっと昨日いろいろあってな、今日から住み込みで働いてくれることになったんだが、寝るベッドが一つしかないだろ?それで仕方なく一緒に寝てたんだ」
やましいことはないと言いたげなマスターの視線だが、輝はもちろん信じなかった。
「ああー皆まで言うな。マスターもいろいろあるだろう。大丈夫、俺は別に他言したりはしないよ」
「いや、本当に何もしてないからな?大体アイツは…」
そうマスターが言いかけたところで、話題の少女が姿を見せた。
前述の特徴に加えて白い肌と大きな漆黒の瞳に吸い込まれそうなほどの美少女である。輝はその少女から目を離せないでいた。
〝メルダ〟と呼ばれたその少女は周囲を一通り見回すと、
「マスターおはようございます。…そちらの方は…?」
と、遠慮がちに輝に目を向ける。すかさずマスターが答える。
「ああ、輝。二階堂輝クン、俺の大切な友人だ。よろしくな」
輝はメルダと目が合うと、金縛りにあってしまったようにその綺麗な瞳に見入ってしまった。
「…承知しました。輝さん、よろしくお願いしますね…?」
「ぁ、ああ!こちらこそよろしく!マスターにはお世話しちゃってます!」
輝は明らかに動揺してしまった。するとマスターは輝の心を感じ取り小声で、
「…お前、メルダに惚れたのか?」
いきなり核心を突かれた輝は、
「な、な、な、なに言ってんだよ!ちげーーーよ!」
するとマスターはからかうように、
「そうか。よう、メルダ。輝はお前に惚れちまったらしいぞ?」
するとメルダは少し赤くなって俯きながら、
「え…いや、そんな…困りますっ」
と、困ってしまった。その反応に輝は、
「い、いや、本気にしないでね!マスターが悪ふざけしてるだけだから!」
素直に認めないのが若気というものである。マスターは尚も何か言いたそうではあったが輝は,
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ学校にいくから!」
と言って逃げるように〝クレスト〟を後にした。
マスターは大きく笑うとメルダに向き直り、
「いいな、若いってのは。分かりやすくって」
メルダは少し表情を硬くして、
「もう、あの年頃は難しいんですからあんまりからかっちゃダメですよ?」
と、マスターを諭した。
「まぁ、アンドロイドとは言え、この容姿じゃな…惚れるのも無理ないな。それに、あの年頃って言うけど、お前もそのくらいの容姿なんだがな」
するとメルダは顔の前に指を立てて、
「だから、余計にです。傷つきやすいんだから…」
昨日の夜。
凄まじい嵐が吹き荒れており、店を開いていた〝クレスト〟はもちろん閑古鳥が鳴いていた。
「こんな嵐の中じゃ、誰も来ないよな…」
マスターはウィスキーを片手に窓の外を眺めていた。時折、稲光が走ると凄まじい音量の雷が響く。そうでなくてもビビッてしまいそうな天候だ。
マスターが溜息と共に振り返ろうとした瞬間、目の前の道路に稲妻が直撃した。
遠くでも凄まじい音量なのに、目の前に落ちたのだからさあ大変。さすがのマスターも身構えてしまう。…が、その直後、マスターは信じられないものを目にした。
「……あれは?人じゃないか!!」
落雷した場所には倒れた人影があった。マスターは脇目も振らず豪雨の中に飛び出した。
「おい!大丈夫か?!しっかりしろ!」
その声も豪雨の音に掻き消されてしまう。マスターはひとまず〝クレスト〟に運び込んで様子を見守ることにした。後の〝メルダ〟である。
とりあえずソファーに寝かせたものの、マスターは思案に暮れていた。
勢いで助けはしたものの、今まで見てきた中でも一二を争うくらいの美少女だ。しかも黒いラバースーツが体型をはっきりと見せつけてくれる。
依然として意識はないが、顔色から察するに、ただ気絶しているだけのように思えた。
(このままにしておくと風邪をひく恐れがあるし…でも体に触るのも悪いような気がするし…)
と、自問自答を繰り返していると、雨に濡れているせいか、ソファからずり落ちてしまう。
マスターは慌てて抱え上げようとして近づくと、背中の一部分に奇妙な違和感を感じた。ラバースーツのせいで体型の凹凸がそのまま現れるため、背中にわずかな凸があるのが見えたようだ。
マスターはどうしても好奇心を抑えられず、ラバースーツの背中のファスナーをゆっくり下げる。するとやはり背中には、見た目にはほとんど分からないのだが、蓋のようなものがついていた。
マスターは恐る恐るその蓋を開いてみると、中にはいくつかボタンが並んでいた。その一つに〝ON〟というボタンが見えた。
(まさか?!機械…ロボットだっていうのか?)
改めて自分の腕の中の少女を見るが、とても機械でできているとは思えない。
健康的な長い黒髪に柔らかい肢体、体温こそ感じられないがほんのりと桜色づいた白い肌。近年のロボット技術の進歩は目覚ましいとは聞いたことあるが、ここまでくるともう人間である。
(…押してみるか)
マスターは震える指で〝起動〟ボタンを押した。
すると開いていた蓋は音もなく閉まり、少女はスッと直立した。しかし、マスターがラバースーツのファスナーを下していた影響からか、ラバースーツが半分脱げる格好になってしまう。
マスターが慌てて直そうとすると、その少女が何事かつぶやいているのが聞こえた。
「…起動開始。デバイスチェック…完了。プログラムチェック…完了。…」
その声は容姿に負けず劣らず可愛らしさのあるもので、無機質な読み上げであっても相応の心地よさがあった。マスターが呆然と見守ること数分。少女はマスターに向き直り、
「起動完了。おはようございます、マスター」
呼びかけられたマスターはまだ呆然としていた。すると少女は、
「…あの?大丈夫ですか?何か問題でも?」
と、小首を傾げてマスターの瞳を覗き込んだ。ハッと我に返ったマスターは、
「あ!い、いや。お前は何者なんだ?」
すると少女は、
「私は多目的型アンドロイドT型。パーソナルコード〝メルダ〟です」
マスターは信じられないといった表情でメルダを見つめた。こうして話していると普通の人間である。
メルダはマスターの瞳を真っ直ぐに見据えたまま、
「私は探査艦隊〝HOPE〟の艦長より指令を承り、地球へと転送されました。艦隊はいま瀕死の状況にありますので、RBSでの援助を要請します」
ここまで話すとメルダはキョロキョロとあたりを見回した。マスターは、口を半開きにしてポカーンとしている。メルダは構わず続けて、
「将軍はどこにおいでですか?直接メッセージをお伝えしたいのですが…」
マスターは唖然としたまま、
「…何?艦隊?将軍?何を言っているんだ??」
するとメルダも訝しげな表情で、
「ぇ…。あの、ここは地球軍統一本部ですよね?」
「…そう見えるかい?ここは俺の店、カフェバー〝クレスト〟だ」
するとメルダは焦ったように、
「ほ、本当ですか?困ったな、転送座標がずれちゃったのかな。…あの、申し訳ないのですが、本部まで送ってもらえませんか?」
マスターは困惑の表情を浮かべ、
「いや、だからさ。地球…本部?それって何よ?」
するとメルダは、
「またまた~。誤魔化さないでくださいよ…」
しかし、マスターは表情を崩さない。メルダは次第にマスターが嘘をついていないことを認めると、慌てたように窓に駆け寄り外を眺める。そして室内に向き直り、時計のもとに駆け寄る。あれはつい一週間ほど前に購入した電波時計カレンダー付である。
それを凝視していたメルダの手が…というか全身がプルプルと震えている。顔も硬直して真っ赤になってきた。
(アンドロイドとか言ってたけど、こういう反応ってまんま人間だよな…本当にロボットなのか?)
マスターが疑いの目を向けていると、メルダは今にも溢れそうな涙を大きな瞳に溜めつつマスターに詰め寄ってきた。
「こ、この時計、壊れてるんですよね?ね?」
マスターは平然と、
「いや、ついこの前購入したものだ」
するとメルダは、
「そ、そうなんですか。アンティークなんですね!日付おかしいですよね!」
マスターはまたしても平然と、
「いや、ぴったりだぞ。全く疑う余地もない2015年4月だ」
すると、メルダは遂に堤防を決壊させて涙を滝のように流しだした。
「そ、そんな…これじゃ、ミッション遂行できない…」
この様子を見ていたマスターは、
「ま、とりあえず座れ。何があったか知らんがこれでも飲んで落ち着け」
そういうと、いつの間に用意したのか大きめのマグカップに入ったホットミルクを差し出した。
こう見えてもバーのマスター。密かに用意するのはお手の物である。
「あ、あ、ありが…ヒック…とうござ…います…」
と、素直に受け取り一口飲むと、ソファに腰かけた。
しばらくして平静を取り戻したメルダにマスターは、
「それで?ミッションがどうとかってのはなんなんだ?」
するとメルダは俯いて何事かつぶやいている。
「…でも、極秘だし…でもどうしようもないし…」
しばらく見守っていたマスターは、
「なぁ。何か重要な任務なのは分かるが、想定外の事態になったんだろ?話してみなよ、力になれるかもしれないからさ」
力になれるかも…とは言ってみたものの、マスターも本当に力になれるとは思っていない。将軍とか艦隊とか、そんなものに関わったことなどないからだ。しかし逆に、そんなものに関われるチャンスなどそうそうあるものではない。そう考えたマスターは、話のネタにでもなればという軽い気持ちで協力を申し出たのだ。
メルダはしばらくマスターの瞳を覗き込んでいた。ここで負けじとマスターも覗き返すのだが、この自称アンドロイドは間近で見ると、その美少女具合が際立ってしょうがない。何度も目を逸らしそうになるが、ギリギリのところでこらえて瞳を交わし続ける。そうしているうちにメルダは観念したように、
「そうですね…マスターの言うとおりですね。この状況は私一人では手に負えません」
そう言うとメルダは振り返り、未だ嵐の止まない外に目を向けた。そして、ゆっくりと口を開く。
「私の中には指令書があり、それを遂行することが最優先事項となっています。その内容は地球軍探査艦隊〝HOPE〟が現在探査対象惑星にて敵と遭遇、交戦状態に入ったが劣勢のため、RBSを使用しての援軍を本部に要請すること。となっています」
そこまで言ったメルダは、再びミルクを口にした。マスターはうんうんと頷いてから、
「それで?いまお前に起きている問題とはなんだ?」
するとメルダは申し訳なさそうに、
「えっとですね…マスター。いま西暦何年ですか?」
マスターは変な質問をするなと思いながらも、
「そりゃ、2015年だろ」
するとメルダは大きく溜息をつき、
「私がいたはずの西暦はですね…5015年なんです」
マスターは大きく口を開けてポカーンとしている。そんなマスターを尻目にメルダは、
「つまりですね、私タイムジャンプしちゃったみたいなんです。しかも不可能とされていた過去に」
マスターは持てる力の限りを尽くしてメルダの状況の理解を試みた。
つまり、メルダはいまから三千年も先に存在しているアンドロイドで、何らかの原因でこの2015年に来てしまったわけで、その送ってきた艦隊とやらはいまピンチなわけだ。そのピンチを救うべくメルダが派遣されたのだが、何の弾みか、過去まで飛ばされてしまった訳だ。
「そんな感じです…」
メルダはそういうと俯いて床を見ている。マスターはふと気になっていることを聞いてみる。
「じゃ、未来ではタイムジャンプの技術って確立されてるのか?」
「確かに4995年の時点で、未来へのジャンプ方法は確立されました。しかし、時間を超越することはモラル的な問題が大きいので、タブーとされており、キーアイテムのTCは地球軍によって厳重に管理されています。また、承認のないジャンプは大罪に処されます」
「じゃ、過去へのジャンプは?」
するとメルダはなんとも心地悪そうに、
「まだ確立されてません。そもそも、終わった歴史としての過去にジャンプする意味もないとされてあまり研究されていないのです」
「そうか…それでいま言っていたRBSってのは何だ?」
するとメルダは円形の物体を取り出し…いや、生成して床に置いた。
「これです。リモートバトルシステム。アバターと呼ばれる機械兵と一体化して戦う最新の戦闘システムです。この物体はコントローラー、中に入ると自動的に本体であるアバターと接続し、この中で動いたアクションのままにアバターが動きます」
「これで戦闘をして、やられることもあるのか?」
「そうですね、適度に痛覚は感じます。しかし、あくまで遠隔なので致命傷を受けることはありませんが、一定のダメージを受けるとアバターが機能を停止してしまいます」
「FPSのリアル版ってとこか。面白そうだな」
こう見えても実はマスターはゲーマーであった。特に近年はFPS系にハマっていたが、輝もその影響からか、同じゲームにハマったため専用PCを新たに一台用意したほどだ。
「FPS…ファーストパーソンシューティングですか。聞いたことはありますが…」
メルダは首を傾げた。するとマスターはPCに電源を入れ、
「これだ。ほら、こうやって進めていくんだ」
と、FPSを実演説明していった。どうやらこれがビンゴだったらしく、
「そうです、こんな感じです。ヘーこの時代にもこんなのがあったんですねー」
「ということは、これが実際に体験できるってことか。…面白そうじゃねーか」
マスターは感心しながら球体の周りを回ってみると、中からなにやら声が聞こえた。メルダとマスターは顔を見合わせると、共に中を覗き込む。そこには若い男性の姿が映し出されていた。
「か、艦長!!!」
メルダは叫ぶと球体の中に飛び込んだ。マスターも続けて中に入る。中ではメルダが泣きながら、
「艦長~もうだめかと思いました…」
中央の小モニターに映し出された艦長もまた、メルダの姿を確認すると顔をほころばせた。
「メルダ…無事だったか。では転送は成功したんだな?」
するとメルダは少し俯いて、
「成功はしたんですが…ちょっと困ったことになりまして…てっきり通信も無理だと思っていたんですが」
艦長は険しい表情になり、
「話してみなさい」
「はい。どうやら私は過去に来てしまったらしいんです。いまの年号は西暦2015年であることを確認しました」
すると艦長は目を見開いて、
「なんだと…さっきの襲撃でやはり転送にエラーが出ていたか…それは困った。それで、さっきから気になっておたんだが、そちらの彼は?」
「あ、すみません。こちらで偶然私を起動してくださった方です。このカフェのマスターさんです」
マスターは『どうも』と軽く会釈をする。艦長は被っていた帽子を取り、
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ない。だが、現状では君に頼るしかなさそうだ…いましばらくメルダの世話をお願いできないか?」
「そうですね、じゃギブアンドテイクってことで。お店を手伝ってくれれば、俺もメルダのお手伝いをしましょう。もちろん、俺ごときにできることなんて限られていますけど」
マスターは多少の皮肉を織り交ぜて返答した。見たところ、本当に軍隊なんかが関わっていそうなのだが、そんな特権階級の手伝いなんて務まるかどうか疑わしいものである。
そんなマスターの皮肉を艦長は微笑を浮かべて受け流した。
「もちろん、できる範囲で結構だ。我々のために危険を冒す必要はないが…よろしく頼む。で、メルダ。今後の方針だが…」
メルダは一歩前に進み、モニターに正対して敬礼した。
「はい!」
「お前に持たせてあるRBSは5つ…こちらのアバターもスタンバイしておく。これを行使できる人材を何とか確保してくれ。難しいだろうが頼んだぞ」
このやりとりを見ていたマスターはふと思いついたように、
「…あの、そのRBSの使い方なのですが。ゲームのようにしてみてはいかがでしょう」
艦長はマスターを見る。
「どういうことだね?」
「いまこちらで人気のあるFPSというジャンルのゲームがあります。これに似たようなゲームにしてしまえば、参戦する人もいると思いますよ。俺には数名の候補者に心当たりがあります」
「FPS…とは?」
「ファーストパーソンシューティングと言われる一人称の戦争ゲームなのですが、要は、ミッションを与えてそれをクリアしたら報酬を与え、強い武器なんかを作っていくゲームです。この場合、実際の戦場なのでしたら、ミッションを考えるのが少し大変かと思いますが」
「そうか、検討してみよう。後でメルダにデータを渡しておいてくれるか」
「わかりました」
すると艦長は引き画像になり、
「では、よろしく頼む。以降はメルダにパーソナル通信を送る。マスター君も分からないことはメルダに聞いてくれ」
「分かりました」
すると艦長は画面の中で敬礼する。メルダも即座に敬礼するので、マスターも釣られて敬礼。
艦長がモニターから消えると、メルダは振り返ってマスターの手を握る。
「じゃ、これからよろしくお願いしますねっ。マスター!」
「ああ、よろしくな。とりあえず、お前のその服、なんとかしなきゃな…」
「へ?変ですか??」
この時、メルダはまだ黒のラバースーツである。この時代にそんなものを来てる人は皆無であろう。
そしてマスターは、
「それにずぶ濡れだ。とりあえずそれは脱いで、その辺に干しておけ。このTシャツでも着てろ」
そう言ってマスターは大きめのシャツをメルダに投げた。
「はい」
メルダはその場で脱ぎだしたので、当然マスターは慌てた。
「お、おい!向こうで着替えろ!」
「え?あ、はい。分かりましたー」
そう言ってメルダは奥の部屋に消えて行った。
マスターはこれからが思いやられるな…と頭を抱えているとメルダはTシャツ一枚の姿で帰ってきてラバースーツを干している。その姿は正に美少女女子高生…マスターは思わず息を飲む。
しかし、次の瞬間。マスターは首を振って、
「それでメルダ。持っているRBSのコントローラーを設置してしまうか」
「はいっ」
メルダはどこからともなく、4つの球体を生成して床に置いた。あまりのそっけなさにマスターは、
「それだけでいいのか?」
するとメルダは、
「はい。後は私を介して通信するので問題ありません」
マスターは周囲を歩きながら、
「そうか。じゃ今日はもう遅い。寝るとするかな…」
そして寝室に入ると、いつものようにベッドに入る。ふと見るとメルダが立ったままこちらを見つめている。
「そういえばアンドロイドも寝るのか?」
マスターはつい気になったことを聞いてみた。相手はアンドロイド、睡眠なんて必要とは思えない。
「はい。私は適度な睡眠必要です…人間よりは少なくて済みますが」
「そうか…ベッドは一つしかなかったな…狭いけど一緒に寝るか」
マスターは冗談のつもりでかけた言葉だったが、メルダは小さく「はい」と答えるとベッドに潜り込んできた。
(まぁ、アンドロイドらしいからいいか。しかし…)
一瞬、マスターの脳裏に昔の光景が蘇ったものの、数分のうちに深い眠りに落ちて行った。