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卒業して、始めること

作者: 貫咲 賢希

 今日、好きな人が学校を卒業する。

 

 少年の好きな人は、彼よりも一つ上の先輩だった。

 男の彼よりもすらりと背が高く、美人で、頭も良い、しっかりとした女性。

 彼と彼女は二年間同じ委員会で働き、それを通してプライベートでも親しくしていたが、少年にとってはいつまでも彼女は高嶺の花だった。

 自分とは、あまりにも違い過ぎる。

 平均的よりも少し低い身長の自分と、モデルのよう体型の彼女が並び立てば、明らかに隣に入る自分が浮いている存在だと自他共に解った。

 勉強も彼女の方が優秀なので、テスト期間の時はいつも助けてもらっていた。

 彼が出来た事は、誰にでもできる力仕事と暇つぶしの雑談程度。自分の代わりなど他にもいただろうが、彼は彼女と一緒の時間を作りたい為、率先して行動した。

 

 何も変哲もない日常を、二人でただ過ごしていた。


 彼にとっては、それだけでも幸せだったが、卒業間際になって心境も変化する。

 これで本当に良いのか。

 彼女が卒業すれば、会う機会は零に近いほど減るだろう。

 先輩後輩としてはそれなり親しい間柄なので、自分が言えば会ってくれるかもしれない。

 しかし、所詮は可能性の話なので、彼女には他にも親しい人間がいるだろうし、付き合いはたかが後輩の一人自分よりも、そちらを優先するのが妥当だろう。

 自分が知らないだけで、好きな人もいるかもしれない。

 それなのに、これからも自分が付きまとうわけにはいないだろう。


 だから、彼女が委員会を引退すると、彼は距離をとった。


 告白しても、断れるだけと解り切っていた彼は、このまま彼女といても切なさが増すだけなので、離れていれば気持ちが薄れてくれるだろうと期待し、彼女から遠ざかった。

 擦れ違いすれば、挨拶はする。

 だが、必要最低限のやり取りしかせず、今までしていた委員会とは関係ない雑談も避けた。彼女の姿を見かければ、相手が気づく前にその場から去った。


 しかし、気持ちは募るばかり。


 離れても気持ちは薄れず、逆に増していった。

 会えない事が拍車して、彼女の事を考える時間が増えた。

 彼女の声を思い出す。彼女の顔を思い出す。彼女と過ごした時間を思い出す。

 ああ、駄目だ。

 このままでは、自分は彼女が卒業しても、この気持ちに引き摺られてしまう。


 よって、彼は卒業式に告白することに決めた。


 自分達の学校の卒業式は、在校生の参加は必須ではなかったが、彼は自然と行ける様に式の実行委員になった。

 そして、彼は卒業式が終えた彼女を、人目のつかない場所に呼び出した。

 自分の気持ちを伝えよう。

 それで、はっきりと彼女から拒絶をされたら、この未練ばかりの想いも、音と共に崩れされるだろう。

 当たって砕ける。それは想像しただけでも辛い事だが、このままズルズルと気持ちを引き摺って後悔するよりは、遥かにマシだと彼は考えた。


 彼女も卒業と同時に、自分も片思いから卒業して、新しい自分を始めよう。


 そうやって、何度目の決意を固めているところに、彼が呼び出した彼女がやってきた。

 彼女は困ったような顔をしている。

 それを見た彼は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 彼女の反応は当然だろう。

 最近、自分が彼女を避けていたのは向こうも解っていたはずだ。そんな人間の突然の呼び出しに対し、彼女が困惑するもの無理はない。

 だが、断ってもよかった筈の呼び出しに、彼女は応じてくれた。

 もしかしらたら、親しくした後輩からの何気ない別れの言葉かと、思っているかもしれない。そう考えると、彼は罪悪感を増した。

 これは自己満足だけの行為に他ならない。

 自分の気持ちを知れば、彼女は嫌な思いをするかもしれない。それは流石に悪い方向に行き過ぎた思考かもしれないが、自己満足なのは揺るがない事実だろう。


「先輩。来てくれて、ありがとうございます」


 だから、彼はそんな自分勝手な行為に付き合ってくれた彼女に、まずは礼を言った。


「別に礼なんていらないわ。私も、最後に君と会いたかったし……」


 少しうかない顔だったが、彼女は微笑んだ。

 けれども、『最後』という言葉が、少年の胸に刺さる。

 彼女とっては、もはや自分は過去の存在なのだろう。

 その痛みから逃れるため、彼はすぐに本題を告げた。


「好きです!」


 彼がそう叫んだ途端、彼女は唖然とした顔で止まった。

 驚く彼女を余所に、彼は次々を自分の気持ちを吐露する。


「ずっとずっと前から先輩が好きでした! ご迷惑だろうと思いましたが、最後に自分の気持ちを伝えたかった!」


 人生初の告白。

 己の思いの丈を叫んだ少年は、少し落ち着きを取り戻してから、誠実な声で残りの言葉も伝える。


「遅れましたが卒業、おめでとうございます。

 これから、先輩が頑張ったことが全部報われる様に、ずっと願ってます。それが、お世話になった俺が唯一できることだと思うから……」


 彼の言いたい事が言い切ると、静寂がその場に流れた。

 少女は呆然とその場に立ち尽くして、じっと少年を見ていた。

 彼はどんな反応が返って来るが恐れながらも、彼女の双眸から逃げ出さず、その場に踏み止まる。


「願うだけ、なの?」

「え?」


 彼からしたら、不意の質問だった。

 目を細めながら訊ねてくる少女に、少年は狼狽する。


「え、えっと……」

「一緒には居てくれないの?」


 拗ねた様な声。

 少年が心臓を高鳴るのを感じながら、彼女の疑問に答えようとする。


「い、いえ。俺は先輩が好きなので、先輩が呼べばすぐに駆けつけますが、こんな俺が先輩と一緒に居て言いわけが──」

「私も君のことが好きでも?」

「はい?」


 そうやって、頬を染めながら潤んだ瞳をする少女に、少年は心を奪われた。

 彼が今まで見た事もない様な儚げな姿を見せながら、彼女も自分の気持ちも伝える。


「好きよ。恋愛の好き。私も君のことがずっと好きなのよ」

「え、え、え?」


 少女の言葉に少年は戸惑うばかりだった。

 でも、それは少女も同様だ。

 彼女も、まさかここで自分が好きだった相手に告白されるとは、思ってもいなかったのだ。

 

 彼女は綺麗だが身長が高いので、あまり男性からは言い寄られない。

 自分より背の高い異性を、男性がそういう気持ちで話しかけるのには、それなりに度胸は必要だろう。大抵の場合が、遠巻きから眺めるばかりだ。

 彼女は別に多くの男性に言い寄ってほしいという願望もなかったが、遠巻きに眺められるのは少し気分が良くなかった。

 だからこそ、自分に怖じ気も一切なく話しかけてくれる少年に人間性に好感も抱いた。

 そして、一緒に過ごす時間も増えて、人間性の『好感』は異性の『好意』に変わった。


「でも酷いわ。最近避けられてから、脈ないんだなぁ、て落ち込んでた矢先にこれだもの」


 不貞腐れた顔になった彼女を見て、まだ頭が追いついていない少年は謝るしかなかった。


「あの、すみません。先輩と離れるのが辛かったから、つい」

「なんでそれで避けることになるの? おかげで今年のバレンタインに告白しようと思ったのに、できなかったじゃない」

「え!? そ、それは、申し訳ございません」


 まさか彼女も自身に告白してくれようと思ってもいなかった少年は驚きながらも、その気持ちが嬉しくて、堪らなく口端を緩ませる。

 そんなだらしのない顔の少年を、不満そうに少女が睨んだ。


「なに笑ってるの? 私、怒ってるんだけど」

「いや、先輩の方からも告白してくれてたことが、嬉しくて」

「私も告白してくれたことは嬉しいわよ。でも、ずっと前から好きだったなら、もっと速くして欲しかったわ」

「すみません……。自分が先輩と釣り合うとは思えなくて、勇気が出せませんでした」

「そうね。それに関しては、私も本当に言えた義理でもないわね」


 彼女自身も、自分が彼と一緒に居られるのかとずっと悩んでいた。

 年上の自分はどう思うのか?

 同い年の子の方がいいのではないか?

 自分より背の高い女性とは、隣に立ちたくないと内心思っていないだろうか?

 そうやって直接訊いてもいないのに、不安を募らせたのは彼女も同様だ。

 だから、少年が自分を好いてくれていたことは、本当に嬉しかった。

 けれども、それとこれとは別にして、いや、そうだったからこそ不満が芽生える。

 それが幸せと安心があってこそのだと解っていても、彼女はその不満を口にした。


「でも、やっぱりもっと気持ちが解っていたら、学校でもっと仲良くできたのに。

 私、今日で卒業よ。どうしてくれるの?」


 やや意地悪そうな顔を浮かべていると自覚しつつ少女が訊ねると、必死で頭を巡らせた少年が勢い良く答えた。


「な、なら、俺が先輩の通う学校に来年入学するので、それで許してください!」

「ふ~ん。できる? 君、そこまで頭良くないでしょう?」

「やります!」


 即答だった。

 少女の成績はかなり優秀で、そんな彼女が進学先も優秀な人間にしか属することが許されない名門。

 学力レベルが中の上しかない少年にとっては厳しい道のりなことは彼自身も承知だったが、彼は悩む間もなく答えた。

 そんな少年の叫びを聞いた彼女は嬉しそうに頬を緩ませる。


「うん。頑張ります、努力します、じゃなくて断言するとこが男らしいと私は思うわ」


 普段悩みが多く、意気地の無い姿も見せるが、ここぞという時には決断力はある。

 そこが好きなところの一つだと再認識していた彼女は、笑顔を浮かべたまま少年にあることを提案する。


「でも、来年まで何もないなんて当然待てないし、明日はデートしましょう」

「え、デート!?」


 声を出して驚く少年に、少女はやや呆れ顔になった。


「なんでそんなの驚くの? 二人の気持ちが通じ合ったなら、私たち恋人同士じゃない」

「あ……」


 それでようやく自分達の関係が進展したことに気づけた少年は、胸の奥から湧き上がる温かさに、心と体が満たされる。


「なんか、夢のようです」

「夢なんて嫌だわ、現実じゃないと。だから、明日はこの人は自分の恋人なんだって互いに認識できるように、たっぷり楽しみましょう」

「はい!」


 そうやって二人は片思いを卒業し、新しい関係を始めた。

 早咲きの桜が、祝福するように二人に舞い落ちる。


 他も誰かも、この少年のように、自分から動き出せば、何かを卒業して、何かを始められるかもしれない。


作者が連載中『限定†GB』もよろしくお願いします。

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