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赤い手袋

作者: 鴇-toki

 

 木々がさわさわと風に揺られ、小川の水がさらさらと流れている。お日様は揺れる木々から顔を出したり引っ込めたり、隠れん坊を楽しんでいる。ここはとても穏やかな時間が流れている場所だ。なんだか今日は少しゆっくりとした雰囲気を味わいたいと思ったんだ。


 ***


 季節は冬。肺に入る空気はひんやりと乾いているがすっきりと新鮮でとても気持ちが良い。「ほぅ・・・・・・」と息を吐くと乾燥した空気を潤しながら真っ白い息がぼくの目の前に広がった。

 お日様はちょうど真上にあるのに、どこか寒さを感じる気がする。お気に入りの赤いマフラーとそれとお揃いの手袋が温かく思って頬が緩んだ。

 ぼくは川の上流に向かって歩を進めていく。足元は湿った土に小石や大きめの石がたくさん転がっている。顔を上げると青空に白い雲がふわふわと浮かんでいる。視線を横にずらすと空に向かって伸びる大きな木々がある。鳥のさえずりが聞こえてくるとぼくも一緒に歌いだしていた。しばらくすると、小川の水が湧き出るところまできていた。ぼくは手袋を外して近くの乾いた石の上に置くと、小川の湧き水をそっと手にすくい口をつけた。ひんやりとした感覚がぴりぴりと手から体から伝うのを感じる。口に入れた水は冷たいかたまりがお腹へ向かって体の中をそっとおりていく。そして体全体に新鮮さが伝わっていった。ハッと目が覚め、冷たさで赤くなった手をさすりながら手袋をつけようとすると片方ないことに気が付いた。水を飲む前までは確かにあったんだけどなぁ、と呟くと残ったもう片方の手袋をつけて立ち上がった。


 ━━━━こっちだよ。


 風に乗って小さな声が聞こえた。

 ぼくは、声の方を向くと小さな洞窟の入口があることに気が付いた。近づいてみると意外と洞窟は深そうで、中へと続く道はぼくが一人で立って歩くとちょうどいい大きさだった。

 そっと足を踏み入れると洞窟の奥がぽぅっと赤っぽく光るのが見えた。ぼくは光に向かって歩いた。途中で左右に枝分かれしており、真ん中に赤っぽい光が見える道と右に真っ暗な道、左に青っぽく光が見える道になっていた。


 ━━━━こっちだよ。こっちこっち。


 また声が聞こえた。ぼくは声のする方へ歩みを進めた。その道は真っ暗な道だった。真っ暗な道をどんどん進んでいく。でも心細くはならなかった。声の主をなぜか信用しても良い気がしていたからかもしれない。ぼくはひたすら真っ直ぐに進んだ。

 視界が明るくなると、道が終わりそこには湖のある大きな広場になっているところに出てきた。湖を囲う大きな岩には緑色のコケが付いていて、キラキラと青く光る水と美しい景色を映し出した。白い花や緑の生い茂る木もあり、どこから養分を採ってどのように成長しているのかわからないけれどとても綺麗で心が落ち着いた。

 ハッと我に帰ると、声の主はどこだろう?とあたりを見渡した。広場の端のほうに大きな木があり、太い枝の先に赤い手袋がぶら下がっているのが見えた。ぼくは自分の片方の手につけている赤い手袋の反対側の手袋かもしれないと思って近づいてみた。

 太い枝には確かにぼくのつけている手袋の反対の手のものがぶら下がっていた。その横にちょこんと女の子の姿をした黒いぬいぐるみが腰をかけていた。黒いぬいぐるみがこちらに気付くと大きくてくりくりとした目を向けて歯を見せて笑った。ぼくも笑顔を見せた。

「これはきみの手袋?勝手に持ってきてしまってごめんよ。悪気はなかったんだ。ちょっと魔が差してしまってね」

 女の子が言った。ぼくに届いていた声と同じもので安心した。ただ、人のものを勝手に取ることは感心しないが、しっかり謝っているし今回は許そうと思った。

「この手袋、とても温かいな。わたしは初めてぬくもりというものを感じたよ。人がここに来るのも初めてさ!まあ、わたしがここに呼んだんだけどね!」

 と女の子が言うと手袋と一緒にふわふわとこちらに向かって降りてきた。頭についている小さな花飾りも一緒に揺れていた。ぼくが両手で器を作るとそこにちょこんと腰掛けた。

「まだまだ昼は長い。ここに来た記念にわたしのお話を聞いてみてくれないか?」

 ぼくは「うん」と答えると、女の子は1度目をつむってひと呼吸おいてから話し出した。


 ***


「わたしはこの洞窟にずっと一人で住んでいるんだ。だから、人とここで会ったことはないんだよ。洞窟はとくに入り組んではいないけど、三本に分かれる道があっただろ?ここは一番暗い道の奥にあるところなのはきみが体験した通りだ。しかしだよ、ここは心の強い人しか入れないんだ。きみがわたしの声を信じてやってきてくれたからきみが入ってこられただけの話でね。わたしはきみに声をかける以前にも何人かに声をかけたことがあったのだが、ある一人はわたしの声を無視して赤い光のある道を進んだんだ。しばらくすると焦げた匂いがしたんだ。これ以上は察してほしい。ある一人はわたしの声に気付かずに青い光の道に進んだんだ。しばらくするとジャボンと大きな音がしてその後姿を見た者はいなかったそうなんだよ。最後にここ、真っ暗な道に向かって歩いてくる者もあった。だが、途中で心細くなったのか後ろを振り返ってしまったんだ。すると、ここがどこだか分からなくなり暗闇からずっと抜け出せないままでいるようなんだよ。きみはわたしのことを信じてくれたからとても嬉しいんだ。挨拶が長くなったね。わたしには名乗るような名はないんだ。だからきみが呼びたいように呼んでくれて構わないよ」

 ぼくは女の子の言っていることを考えていた。この洞窟の奥にたどり着く人をずっと探していたのかな?信じられる人を探していたのかな?ずっとさみしかったのかな?

 ぼくは手の中にいる女の子を柔らかく抱きしめた。

「し、少年!一体きみはなにをするんだ!?」

「これが人のぬくもりだよ。ずっと一人でここに人が来るのを待っていたんだよなぁって思ったらつい・・・・・・。気を悪くしてしまったのならごめんなさい」

「いいんだ。ありがとう。いきなりでびっくりしただけだから」

 女の子は頬を桃色に染めて目を細めて微笑んだ。ぼくも嬉しくなった。

「ここに一人でいて、湖があって、草木もある。洞窟の外は人の手の入ってない状態で美しい自然が残っている。滅多に人が踏み入れないからこそ美しいままでいられると思っているんだ。人は悪いものかと思ってたけどそんなことないんだな。きみみたいな人がいるっていうことがわかったからね」

「それはよかった」

「ところで、わたしに名前をつけてくれないか?今日の記念に!」

 女の子はキラキラとした視線をこちらに向けてくる。名前をつけるなんて重要なことを任されるとは、一体どうしたら良いのか・・・・・・

「はやくっ!はやくっ!」

 楽しそうに鼻歌混じりに手の上で踊っている。

「わかったよ。じゃあ発表するよ。きみの名前は━━━━」


 ***


「・・・・・・あれ?」

 ぼくは小川の湧き水が出るところに立っていた。さっきまで洞窟の中で女の子と楽しくお話をしていたはずなんだけどな。

 お日様は少し傾いており、そろそろ空も赤く染まっていくだろう。

 首には赤いマフラーを巻いて、片手には赤い手袋をしている。手袋をしていない方の手には小さな花飾りが握られていた。

 やっぱりあのできごとは本当にあったんだな、と確信し顔を上げる。けれど、もう一度あの洞窟へ行こうとは思わなかった。


 ━━━━名前をくれてありがとう。きみのぬくもり、大切にするよ。


 優しい声が風に乗って聞こえてきた、気がした。

「ぼくもだよ。きみと出会えたこと、忘れないよ」

 ぼくも風に乗せて呟いた。きっとどこかで聞いてくれていると信じながら。


 Fin.

寒さが染みる今日この頃。マフラーや手袋のありがたみを感じます。

山の中をのんびり散歩したくなったので書いてみました。

女の子はちょっとした楽しいいたずらが好きというイメージで書きました。

あなたの心をほっこり温められたら幸いです。

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