7話 犬のお巡りさんは兎の児と再開する
シュナイダーが駆けつけたときには、もう終盤だった。
「ひゃひゃひゃ!楽しい!楽しいよぉ!もっと殺ろう!!」
「誰が野郎じゃぁ!こらぁ!オネェだろぉがぁ!!」
カァン!キィン!
狂った釘バットの男とウィッチが交戦する。
釘バットの男の発言に、ウィッチは怒りを爆発させて怒鳴った。
ドスのきいた低い雄叫びじみた怒号は、数回の鋭い金属音に負けてない。
(釘バットの野郎、やるな。あの鎌の刃をうまく防いでる)
シュナイダーが感嘆する。
カァン!
鋭く金属音の次の瞬間、両者は飛び退く。
だが、釘バットの男には一息つかせない。
フーがどこから取り出したのやら、無数のダートを投げる。
ギリギリ届くところで、釘バットに叩き落とされる。
「死合いが楽しいぃ!!!」
「死に晒せ!」
男とウィッチがまたも激突する。
はたからみれば、ウィッチが押しているようだが、男の方は余裕ができたのか、片手で相手している。
「ウィッチ、左に回避!フー!」
恐怖を圧し殺して凛とした声でニアが指示する。だがその脚は震えていて、いまにもへたりこんでしまいそうだ。
指示通りに的確に動いて、ウィッチは左に避ける。ウィッチ自体、がたいが良くて動きが鈍そうなのだが、意外に俊敏である。
ウィッチが左に避けたことで前が空いたその瞬間、フーは三本のダートを投擲する。
カッカッカッと男の足下に刺さる。
釘バットの男はそれを無視して前に出ようとして、気付いた。
刺さったダートが発光する。
刹那的な判断で男は後ろに飛び退いた。
発光したダートが轟音と共に爆発する。
ドゴォォン!
(うっわマジかよ!?)
その爆発の威力は先ほど爆発した車と同じくらいで。
シュナイダーがその威力に圧倒されていると、爆発の中から男が出てくる。
「いいねぇ、いいねぇ。死合いはたっのしぃ~」
男はまだまだ殺る気だ。
その男の恍惚とした顔にゾッとしながらも警戒をさらに強める。
「うぉぉるぁぁぁ!!!」
男の後ろから、爆炎を斬るようにして一閃の銀が水平に男を薙ぐ。
ウィッチだ。
だが、男はそれに気付いていたようで、易々と避ける。
そして、予想外だったのか渾身の一撃を避けられたウィッチはバランスを崩して前にのめる。
そのウィッチの決定的な隙に釘バットを叩き込もうと男は振りかぶった。
だが、その釘バットは振り下ろされることはなかった。
男の肘に一本のダート。
「ぐっ!…か…らだ…うご…か…ない!毒…か!」
男はそのまま倒れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここに来て、遭遇するとは思わなかった、というのが率直な意見だろう。
何しろ、高速道路を愛車で走っていたら、少し先で爆発が起きたのだから。
犬神は正に帰る途中だった。
仕事場のはりつめた空気が息苦しくて、勤務時間を満たした瞬間、適当に理由をつけて帰ろうとしていたのだ。
結局、昼に得た超が付くほどの有力な情報も、実は嘘だったんじゃないか?と思うほど音沙汰なし。
(チッ、あの兎野郎~、今度会ったら逮捕してやる)
そんな思いで高速に入った瞬間、事件は起きた。
…ドゴォォン
はっきり聞こえた爆発音。
朱に輝く夜空の一部。
それを眺め、あんぐりと口を開ける犬神は、くわえていた煙草の火で、現実に引き戻された。
「あっづ!!?」
落ちた煙草の灰が太ももを焼く。太ももをさすりながら、頭が正常に回転を始める。
(遂にテロったか!?)
犬神はアクセル吹かして現場に向かう。その途中で他の刑事に連絡を入れることを忘れない。
握られた携帯電話に表示された番号は110。
『もしもし、こちら警察ですが、どうなさいましたか?』
「こちら、刑事課特殊犯罪捜査取締第一係、犬神。帰宅途中に都内の高速道路で事件発生。至急応援を求む!」
『え?あっ、はい!了解しました』
犬神は持っていた携帯電話を助手席に放り込み、アクセルを踏む。
加速する車で目的地に駆け込むのだ。
(イグゾースト、お前の計画は叩き潰してやる。……俺の有休を潰した仕返しだ)
内心はこう思っているが二割は祖国を思う気持ちもある。
あくまでも警察なわけだから、計画を叩き潰すのは当たり前なのだが、犬神は有給の方が大事なのである。
少し進むと現場が見えてきた。
(あん?…ひぃふぅみぃ…よ?四人だと?)
見えた先には煌々燃え盛る炎とその少し手前で何やら物騒なものを持って打ち合っている二つの影と、さらにそのもう少し手前で半身になってそれを眺める影。
最後にその一番手前の影に近づこうと走る見覚えのある者。
「おいおい、マジかよ…」
犬神の額には脂汗が浮いている。
平和ボケした日本では観ることの無いだろう、正にハリウッドの世界―――マフィアの世界。
(野郎…マジでそっちの世界の住人か)
犬神の心には畏怖と尊敬、そして何よりの歓喜が渦巻いていた。
そのハリウッドの世界は犬神を、犬神の心を大きく揺さぶっていた。
(ククク、こいつぁいい。だからこの仕事は止めらんねぇ)
警察の中でも1、2を争う程の変わり者と言われている犬神の、その所以たる本質がこれだ。
普通なら面倒な仕事が楽しいと感じてしまうのである。
犬神自身もこれを自覚しているため、何と言われようが認めている。
そして、車を止めてシートベルトを外した瞬間、また爆発が起きた。
ドゴォォン
本来ならここで逃げだしてもいいくらいの恐怖が、ある。
その爆発が収まったと認識して車を出る。
「うぉぉるぁぁぁ!!!」
車内から出た瞬間、野太い声と共に爆発の炎が斬られた…ように見えた。
炎を斬った男(?)を釘バットを持った男がその手の得物で殴ろうとした。
だが、男の釘バットは降り下ろされることはなかった。
男の肘にはダーツの矢…所謂、ダートが刺さっていた。
男が釘バットを落とし、直ぐに倒れた。
そしてその場の警戒が緩んだ今が好機。
「動くなッ!!警察だ!!」
両手でしっかり握られたそれは旧友から託された拳銃。
犬神は今、刑事としてその場に立った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「動くなッ!!警察だ!!」
はりつめた緊張がとけた矢先、怒声が響いた。
シュナイダーは焦ったように振り向くとそこには、昼にらーめん屋で会った無精髭の男。
その名を…
「イヌガミ…」
「ほーう、覚えていてくれるなんて光栄じゃねーか」
「シュナイダーさん、知っておられるのですか?」
フーが食いつく。まぁ当然だろうと予測していたシュナイダーはゆっくりと言う。
「…今日、昼頃にらーめん屋で出会った日本の警察だ」
「ら、らーめん屋ですか」
おいおい、訊いといて引くなよ、言うような顔をしたが、フーが気にしたような感じはない。
「話は終ったか?警察は任意同行を求める。異論は許さん」
犬神の鋭い眼差しに射ぬかれたシュナイダーは動けない。
そして、自体はさらに悪化した。
ウーウーとサイレンを鳴らして無数のパトカーがこちらに向かって来たのだ。
ここで犬神を殺してその車を奪って逃げる方法もあるが、何せ借りたレンタカーから、割り出される可能性もある。
「あらぁん?殺っちゃうの?」
ウィッチが再度大鎌を構える。
犬神の全身が強張った。
一触即発の雰囲気に突入しそうになったとき、凛とした声が響いた。
「ウィッチ、待ちなさい!」
その場の全員が潰れたレンタカーの前にいたニアに視線を捧げる。
「応じまショウ、Mr.イヌガミ。私タチは投降しマス」
覚束ない、お粗末な日本語でニアは言った。
犬神はその言葉に嘘は無いと判断し、駆けつけた警官に彼らを明け渡した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方、ホテルではパーティーではなく、半ば宴会になっているところで、ラビッツ率いる【銀兎】は騒然としていた。
「だからよぉ~、なんなんだよ~。あいつだけ、会議に来なくてよぉ~」
「ま~、そんなもんでしょ~。シュナイダーだしぃ~」
アルメルとクリスは酔っ払って愚痴を垂れ流している。
彼らが二人で空けた酒の数は実に4本。
数が少ないと思われるがこの酒全てアルコール度数が50%をオーバーしている。
「やっぱ、ボスの右腕はヴォルフなのかなぁ~」
「う~ん、俺だろ~」
「やっぱり、お前かぁー。はぁぁ~」
酔っ払ってマイナス思考に陥ってしまっているアルメルと、ただぐでっとしているクリスは、日頃ケンカし合ってしる仲には見えない。
酒の力は恐ろしいのである。
そんな二人を尻目に、数少ない無事な人の内の一人であるカナの下に、一本の通知が来た。
宛名はシュナイダーより、『ケーサツにつかまったー((((;゜Д゜)))。助けて(/≧◇≦\)』と。
その緊張感の無い顔文字に腹が立ったため、無視しようと思ったが、内容が内容なだけに無視のしようもないので、カナは頭を抱えた。
仕方がないので、一応、ボスであるラビッツに報告する。
(…はぁ、何であんたはこう、トラブルに捲き込まれるのかしら!)
カナが内心文句をいいながら、ラビッツの下へと向かう。
だがそのラビッツにまた頭を抱えた。頭を抱えたすぎて頭痛を感じる程に。
「ぐふふふー、そぉれ」
「きゃあ!?ちょっとボス!」
ラビッツがしているのは正にセクハラである。わりとピンチのときなのにこのジジィは何しているのだろうか。もう、【銀兎】抜けようか、とか本気で考えるカナだが、頭を振ってそんな思考を外へと出す。
「ボス、お話が…」
「なんだぁ~、カナちゃん遊んで貰いたいのかな~」
そうラビッツが言った矢先、カナの背後に般若が浮かんだように見えた。
ラビッツは一気に酔いが覚め、さらに血の気が引いて即座に正座する。
「変た…ボス。あまり、私を怒らせないでください。でなければ私は歯止めが効きませんので」
「…っはい。スンマセン」
心なしか、ラビッツが小さく見える。
それともカナが…いや、これは本人の名誉のためにも伏せておこう。
「本題に入ります。先程、シュナイダーが日本の警察に捕まりました」
「っうぇ?」
「「「え?」」」
カナが爆弾を落としたその瞬間、喧騒に包まれていたホールが一転して静寂に支配された。