25話 子兎、決意する
結局寝過ごしたシュナイダーは30分遅れで会議室に向かっていた。
「ふぁ~寝みぃ」
大きな欠伸を一つして廊下を歩く。スラックスのポケットに左手を突っ込んで、欠伸のせいで目尻に溜まった涙を右手で拭う。
窓の外には相変わらずの紅と黄で、秋の情景が一目瞭然である。
「皆もう着いてんだろーなぁ」
はぁ、とため息一つして会議室の扉の前に立つ。木製の両開きの扉に手を掛けて、グイッと引っ張る。すると、ガチャリと音を立てて扉が開く。
その奥に広がる光景が嫌でも予測され、脳内で浮かぶ。
(まずはアルメルか…)
シュナイダーの予測通り、眼前には何者かの靴底が迫っており、それをかわそうと腰を反らす。
案の定、かわされた蹴りは勢いのまま、床に叩きつけられ、ダァンと空気を揺らす。
「何でかわすんだよ!」
「当たったら痛いから?」
蹴ろうとしてかわされたのはやはりアルメルだった。蹴りをかわされ、勢いのまま転びそうになるのを修正して足の裏を床に叩きつけた。
「へぇ、かわしたんならこれを食らえ!」
シュナイダーがアルメルの蹴りをかわしたのも束の間、シュナイダーの背後にゆらりと佇む影に彼の背に戦慄が走る。
シュナイダーが振り返るともう距離数センチのところに銀の線が軌道を描いていた。
ガスッ!と鈍い音。
「いっったぁ!」
シュナイダーは額を押さえて踞る。
「自業自得です。時間を守るのは常識でしょう」
シュナイダーを殴った銀の棒、十手を手に、腕を組むのは我が【銀兎】の姉御、カナ=コグマだ。
「次、規則を破ったらこの十手を臍に捩じ込みます」
「それは勘弁して下さい」
平謝りして痛みの回復を終えたシュナイダーが、指定の席に着く。
「全員揃いましたね?ではこれより、【銀兎】幹部会議を行います」
全員が席に着いたことを確認してヴォルフが音頭を執る。
「第一席。ラビッツ・シルヴァニア」
沈黙が訪れる。皆一様に、沈んだ顔をする。
故人は生き返らない。それが普通だ。だが、それを受け入れるのはどうやっても時間が、掛かる。
「…次。第二席、クリス・アルベルト」
「…うい」
心なしか、クリスの声もいつもより覇気がない。
それほど、ショックが大きいことなのだろう。
だが彼も、ラビッツの死後数日はこんな感じで、最近になって明るい調子を取り戻して来たのだ。
「第三席、は欠席ですか」
クリスの横の空席を見て、ヴォルフが言う。
第三席の人物はなかなかの曲者で、こういった会議などには参加しない。だが別段煙たがられている訳ではない。寧ろ好かれている方だといえる。だが、素行不良は直らない。
「第四席、U-day」
「おいおいヴォルちゃん、俺っちのことは“ウッディ”って呼んでくれって言ってるっしょ?」
ウッディことU-dayはチャラチャラしていて、カウボーイハットを被った癖っ毛茶髪の男だ。会議室の沈んだ空気に似合わない、明るい口調で喋る。
「第五席、アルメル・シーライン」
「…………」
沈黙を貫くアルメル。先のラビッツの名のせいか、はたまた鋭い睨み付けるが如く眼光の先のU-dayのせいか。
元々アルメルとU-dayは馬が合わない。だからか、あまり会話することもないし、依頼を受けることも少ない。
「第六席は私で」
執り仕切っているのは第六席のヴォルフである。【銀兎】の数少ない常識人か。
「第七席、ヘレナ・ウェイカー」
「来てるわよ?」
金髪ロングで毛先にカールが内巻きにかかっている、色っぽい雰囲気の女性だ。
「第八席、シュナイダー・コルアット」
「おう」
シュナイダーが呼ばれ返事をする。
その表情は真顔で固定され、変化というものが見受けられない。
「第九席、カナ=コグマ」
「はい」
カナが凜とした声で応え、ヴォルフが最後の席へ、視線を移す。
「第十席、イクス」
「……」
イクスがこくりと頷く。
そして、幹部全員の名が呼ばれ、ヴォルフが指揮りだした。
「これより、【銀兎】臨時会議をはじめます。まずはヴォルフの方から連絡があります」
ヴォルフの指揮により、幹部会議が始まった。
「我々、【銀兎】の次期当主決定についてです」
発せられた言葉に一同はざわめく。
その光景にシュナイダーは目を細め、じっと見守る。
「先ほど、ラビッツの寝室から次期当主決定について記されたタブレットPCが見つかりました」
「それで会議か」
次の言葉を推測し、喋ったのはアルメルだ。
それに対し、ヴォルフは頷く。
「その現物のタブレットPCは後で各自確認しつ貰う予定ではありますが、内容をコピーしたプリントで説明します」
そう言ってヴォルフはプリントを左右に配った。配られた人が、一枚取ってまた隣に回す。
「行き渡ったでしょうか。では始めます。…一ページ目の……」
30分ほどして、説明が終わる。
「【銀兎の舞踏】か」
「あれか?序列決定戦のことか?」
「そうそう」
頭が良いのか悪いのか、アルメルは向かいのシュナイダーに訊く。だが、その問いに答えたのは隣に座るU-dayだった。
「…ん」
ムスッとした風に返事をし、アルメルは頬杖をついてそっぽ向いてしまった。
「あらら、嫌われてんね~、俺っちは」
やれやれといった感じにU-dayが首を左右に振った。
「話を戻します。【銀兎の舞踏】は1ヶ月後に行います」
「あら、明日からじゃないのかしら?」
ヴォルフが事務的な口調で淡々と言う。そこに水を差したのはヴォルフの隣に座る、第七席のヘレナだった。
「明日からは仕事の都合でいない者には大変だろうと結論し、1ヶ月後に行うことにします」
なるほどね、と答えヘレナは手に持ったプリントに再び視線を落とした。
「他に質問は?」
「これさー、下克上ってありなんだよねー?」
珍しくクリスが質問してきたため、ヴォルフは一瞬キョトンとした顔をした。
「え、あ、はい」
「ふーん。じゃあファミリー皆と戦えるんだよね?」
「まぁ、そうなります」
クリスは先ほどからずっとプリントを見つめていて、なんだか恐い。
「俺さー、全員と戦いたいからさー、救護班とかも参加なんでしょ?なら万が一に重症とかさせた場合とかさー、俺、どーしたらいいの?気にしなくていいの?」
その発言にその場の空気が一気に重たくなった。
クリスの今の言葉は言ってしまえばファミリー全員に対する宣戦布告だ。クリスの序列的に他のファミリーメンバーは下にあたるので、実力に細かな差があれど、彼が現時点で最高位に位置する。それ故に、彼が勝つ前提で話されると、カチンと来るものがある。
「あ゛ぁ゛!?てめぇが勝つんじゃねぇよ、俺が勝つんだよ。勘違いすんな」
食いついた。
それみたことか、とでも言いたげな顔でため息をつくシュナイダー。
ヴォルフもやや諦めがちに顔を背ける。
「そうね~。今のは聞き捨てならないわね、クリス。貴方を倒す絶好のチャンスだもの、無駄にはしないわ」
ヘレナの眼光に刃物の様な鋭さが帯びる。それをクリスは楽しげな、或いは好戦的な瞳で見据える。
「うん。楽しみにしとくよ~」
いつもの気の抜けた様な声だが、その奥に獣の様な獰猛さが隠れている気がした。
「クリス、貴方の問いに答えます」
ヴォルフが口を開いた。
「ん~?」
「救護班は皆、参加します。ですが、医療のスペシャリストを手配していますので、ご心配なく」
「ん~、そっかー。わかった~」
何やら少し迷った風な顔をクリスはしたが、直ぐに割りきった顔になり、シュナイダーは心配はないと判断した。
「他にはありますか?」
ぐるりと辺りを見回して、ヴォルフが締めた。
「では、以上で会議を閉幕とします。解散」
がたがた、と席を立つ。約10名の幹部が次々に部屋を出ていった。
シュナイダーは後片付けに残ったヴォルフに、声を掛ける。
「なぁ、ヴォルフ。話があるんだが」
「ん?何かあったのですか?」
ヴォルフが聞いてくる。
それに、シュナイダーは躊躇う。本当に話しても良いのだろうか。そんな思いが込み上げてくる。
「あ、いや、たいしたことじゃない。今日のヘレナはやけにクリスに食いついたな」
「フム。そうですね。いつもの彼女ならばクリス相手にあそこまで突っかかったりしないはず…やはりラビッツの死が原因なのでしょうか…?」
ヴォルフが手を顎に添えるポーズをとる。
シュナイダーはそれに苦笑いする。
(違う。そんなのを聞きたいわけじゃない)
貼り付けた苦笑いとは裏腹に両手は拳を作る。
「前のランク戦で何かあったのか?」
「いえ、特になにもなかったと思いますが」
「そっか」
不甲斐ない、そんな言葉が自然と、心を満たす。
(情けないな、俺は)
シュナイダーが自嘲気味に床を見つめていると、ヴォルフが言ってきた。
「シュナイダー、もう閉めますよ」
気付けばヴォルフは既に扉の前にいた。
シュナイダーは決心してヴォルフに言う。
「ヴォルフ、話がある」
「え?あ、はい」
シュナイダーの覇気にヴォルフが引き気味に仰け反る。
「【トゥミカ】の副指令、アイツを【銀兎】に引き入れたい!」
かなり遅れました。申し訳ありません!




