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武神の寵愛  作者: 揺木 ゆら
第一章 武神の寵愛
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第七話 創世の神、我らが父



 教会とはそれすなわち、その宗教に関する空気一色で染まった、外界とは区切られた空間だ。その中にいる者はたとえ初めて顔を合わせる相手でさえ、同じ信仰を持っているという事で不思議な親密感を持って接することが出来る。

 そんな中に自分ひとりだけ、信仰心を持たない異端者が紛れ込むのは流石に緊張せざるを得なかった。これが地球ならそんなことはなかったのだが。

 というのも、元来、自分という人間は無信仰者である。基本的に目で見えるものしかその存在を信じないといった性格であるため、神も仏も直接人々をこの目で救う姿を見ない限りはいないも同然であると考えている。少なくとも現代の社会においてはそんな姿を見る事は出来ないため、竜也はそういった神々の存在に関しては一笑に付していた。

 しかしこの世界においては実際、精霊や神が居るのだという。

 実際に見たことはまだないのだが、それでも彼らが人間に加護を与え、それが社会的に重要視されている以上、その存在は近いうちに目にすることになるだろうと思われる。

 そこに加えて自分に加護を与えた存在は嘘か真か、『神』であるとされているのだ。――だからだろうか。

 この教会の敷地内に入ったあたりから、妙な重圧を感じずにはいられないのだった。

 巨大な木製の扉を潜り抜けて教会の中に入ると、そこには四面を巨大な宗教画に囲まれた荘厳な聖堂が広がっていた。色とりどりの細石を組み合わせて作られた壁画――ただし、何を描いているのかはわからない――に、その美しい芸術を照らす天窓からの光。様々な要素が調和し、それが外界とは異なった聖なる空間を演出している。

 信心浅いリン、そして信仰心など欠片も持たない俺はわざわざ目立つ前の列よりも後方かつ端の座席に座ることを選んだ。

 二人とも無言のまま、しばらく待ち続ける。

 特に話す内容も思いつかなかったため、俺としてはそれでよかったのだが――さて。

 この空間は、上方に換気及び光を取り入れるための天窓があるとはいえ、基本的には石壁で閉鎖された空間だ。半ば洞窟のようなものであり、物音一つでも立てれば反響しそうなものなのだ。だというのに、この空間は不思議なほど静寂に満ちている――そんなことに気がついた。

 出入りする人々の足音も、注意しなければ気づかないほどに響かない。まして喋り声などは皆無だ。人々の呼吸音が、ほんのかすかに耳に届くだけ。

 まだ説教を開始する聖職者らしき姿も見えないというのに、誰も彼もがただ静かになってその時を待ち続けている。日本人の身からしてみれば、到底有り得ない光景である。これが宗教のなせる力だろうなのか。

 そんなことに考えを巡らせていると、ようやく既定の時間になったらしく、前方に設置された壇上に一人の男性が立った。

 金縁で彩られた白無地のコートの前をぴっちりと閉じ、髪を後ろへ撫で付けたどこか神経質そうな男。あれが精霊教における神父的な役割なのだろうか。

 彼は一度席に座る敬虔な信徒たちをぐるっと見渡した後、小さく咳払いをしてから口を開くのだった。


 ■■■


「さて、敬虔なる精霊教信徒の皆さん。本日もよく、主の御許に訪れてくださいました。これも全て我らが想像主たる精霊神のお導きによるものでしょう――では、祈りを」


 その言葉と共に、周囲の信徒たちが一斉に頭を下げ、両手をその前で組んだ。

 俺も慌てて同じ動作を取るが、視線だけは壇上の男を捉えて離さなかった。


「それでは早速、今日の説教を始めさせていただきます。本日の内容は神の行われた世界創造の儀、及びその庇護下にある我々のあるべき姿について、です。さて皆さんは既に御周知のことがとは存じますが、改めて問いましょう。神の創りたもうた世界の構成要素とは何でしょうか?」


 それは恐らく、人間が生まれる前の世界の事だ。

 とすると、その構成要素とは火や水などの六つの大精霊のことだろうか。


「そう、神は自身の力を大きく六つに分け、それぞれに世界を形作る重要な要素たる明確な概念をお与えになったのです。始まりの要素であるそれらは大精霊として知られていますね。それらの持つ力こそが火、水、土、風、光、そして闇です。それぞれがお互いに助け合い、いずれかの要素を欠けさせることなく、この世界を廻し続けているのです。水は大地を潤し、火は光と共に闇を祓う。風は火を時に打ち消し、時に激しく燃え上がらせる。このような大精霊の働きが基盤となり、やがて複雑にそれらが動き始めることで、小精霊が生まれていきました。そしてそれらもが組み合わさって働くことで、世界は美しい自然を持って存在していたのです。――このように、世界は六つの要素だけで既に機能していたのです」


 しかし、と彼はここで一度話を区切った。


「それはあくまでもそれだけで完結していました。何も変化のない、すべてが繰り返すだけの安定そのものの世界です。――そのような世界には、神の本来求めるものが存在しませんでした。それが知性を持った存在、すなわち我々人間なのです。神は独りでいる事よりも、他に話すことの出来る、知性をもった個体を欲しておられたのです。しかし神が創った世界にはいくら待てども、そういったものは現れませんでした。そして神はやがて、自身の体から最後に一つ、これまでの六つとは違う概念を切り離し、世界に与えました。それこそが一般的に『無』と呼ばれる、命の概念を持った大精霊です。それが既に存在していた要素と組み合わさることで、今生きている私たちの先祖たちがこの大地に降り立ったのです。故に、その子孫たる私たちも、親や祖父母そして曾祖父母へとその血を遡っていくと、最後には我らを創造した主へとたどり着くのです。つまり我々は、一見しただけではわかりませんが、全てが主の下に家族なのです。父であり母である主に逆らったり、また家族である兄弟姉妹との間で争ったり……そういったことは、全て罪深きことなのです。あなた方にはもちろん、相手を恨んだり、妬んだりする想いが芽生えることもあるでしょう。しかしその相手もまた、あなた方の家族であり、主の子供であるのです。その相手を傷つける権利は私達にはありません。全ては主がお決めになることなのです。私たちは、他者と争うことなく、常に創造主たる神の御心に従い、その下で穏やかな、かつ健やかな生活を送らなければならないのです」


 ……つまり、全ての人間は神のものであるから、その中で勝手に動いてはならないという事か。最後を綺麗に纏めてはいたが、その実は怪しいものだ。

 まず、この世界の人間には神の存在に近いものが身近に存在している。それが『精霊の加護』なのだ。これは個人のレベルで与えられるもので、それにより人間は日々の生活を豊かに過ごしている。場合によっては格の高い、『なんとか神の加護』も発現することがある。すなわち誰もに神を信じる土壌が、目に見える形で存在しているという事だ。

 そして全てのものは神の意思に反して争ってはならないとあるが――その神の意思、とやらは誰から誰に伝えられるものなのだろうか。

 今回のように聖職者が一般市民に広めることが普通と化しているのなら、極端に言えば、全ての神の意思は聖職者を介して社会に広められるという事だ。それが意味することは何か。

 全ての神の意思は、教会側で定められるという事だ。

 全ての人間に神が一気に話しかけたりするなら、そもそも伝達手段としての教会は必要ない。ならばそう言ったことはなく、常に神の意思とやらは教会が一手に引き受けて理解しているのだろう。

 神の意思が直接伝えられるのではなく、間接的に伝えられる。その間には、個々人の理解の違いによる必ず違いが生まれてくるのだ。

 伝言ゲームなどに例えれば分かりやすい。十人程度でやってみても、最初の人間の話が正確に最後の人間に伝わる可能性が低い。最もそれらの間で生まれる差は無意識的な物なので可愛いものだが、それが利益を含んだ話だとすれば、そこには意識的な違いが生まれる可能性も存在する。神の意思とやらを切り貼りして伝えたり、伝達者側の都合の良いように改ざんしたり、果てはねつ造すら有り得るのだ。

 そんなものの言葉を信じろといっている時点で、俺には目の前の聖職者やその組織の伝える教えを信頼出来るわけがなかった。

 話が危ない方向に進みつつあると感じながら、俺は話を聞くのを続けるのだった。


「しかし、その私たちの望む穏やかな日常を脅かすものが、残念ながら、私たちの周囲に満ち溢れているのもまた悲しい事実なのです。それが魔物であり、またその血を引く、哀れな亜人族なのです。彼らは未だ我らの見知らぬ地域を占領し続けており、そこに進もうとする我らの意思を害するものなのです。それらを私たちは全て駆逐し、この世界の中に再び平和をもたらさなければならないのです」


 亜人族、とはまた新しい単語が出てきたな。

 しかし今この場で聞くこともできないし、あの聖職者の話が終わるまで、今少し待つとしよう。


「魔物とはそれすなわち、命を司る女神の誕生によって世界の中に生まれた不意の存在。六つの属性によって既に完成していた世界の中に、新たに人間を生み出したことによる弊害なのです。神が生み出そうとした人間の対存在。それらの神の想定していなかったものの生み出すものは、文化の創造ではなく破壊の身。目に映る自然や人間を全て破壊する、災厄の存在。故に我らは、彼らを滅ぼさねばならないのです。そして亜人族も同様です。彼らは一見して同じ人間の形をしていますが、その中身はまるで別物と言う事の出来る存在なのです。彼らは我ら人類が生まれた過程における失敗作であり、中途半端に精霊を喰らった存在なのです」


 その言葉に、隣にいたリンの雰囲気が変化する。

 その具体的な気持ちの変化を察せないまま、彼女は俺の手をひいて突然立ち上がる。その不自然な様子に周囲の人間や精霊教の人間たちはこちらを不審げに見るが、それにも構わず彼女は俺を教会の外へと連れだした。


 ■■■


 半ば走るように俺たちは来た道を戻り、探索者ギルドへとたどり着く。

 酒場の隅っこに彼女は座ったので、俺もその対面になるように座った。

 そのまま彼女はしばらく、何も言わぬままに沈痛な表情で頭を下げていた。

 通りがかったウェイトレスにとりあえず飲み物を注文した後、俺は彼女が話せるようになるまで黙して待つのだった。

 やがて、彼女は独白のようにポツポツと小さな声で話し出した。

 その口からまず飛び出したのは、謝罪の言葉だった。


「ごめんねリューヤ、何も説明しないで突然飛び出しちゃって」


 気にしてない、と首を横へ振る。


「私はホントたまにしかあの教会に行かないんだけど、今日の話はなんかいつものと違って特別酷くてね、我慢できなくなっちゃったの」

「あー、まあ。俺もそう思ったが。なんだ、今回は特別に過激な思想の持ち主が来てたみたいだな」


 少なくとも、あの教会を訪れる前のリンの説明によれば、この国では温厚葉が主流だったはずだ。

 しかし今回の話は明らかに過激な内容だった。魔物も亜人も、敵だから皆殺しにせよと言っている。

世界の安定どころか、見事に話の内容を世界に争いの種を撒くことに結論付けている。

 なんという素晴らしい自種族愛だろうか。自分の考えている事こそが正しく、それに従わない全てが彼にとっては悪なのだろう。しかもその理由を「我らが神」という別の者を基としているときたものだ。


「うん。多分、あの人は最近こっちに赴任してきたと思うんだけど……。私はああいった思想が、好きになれないの」


 そこで彼女は顔を上げ、僅かに目元を赤くしながらも、毅然とした態度で口を開く。


「魔物が人間を危険に晒してるってのは分かるわ。けどね、全部の魔物がそうってわけじゃないの。リューヤは知らないと思うけれど、ドラゴンみたいな強い魔物は私たちと同じように会話するし、話し合うこともできるわ。それに亜人族だって、基本的に人間とは関わろうとしないだけである程度は友好的だし、積極的に攻めたりさえしなければ仲良くやっていける存在なの。だから、ああいって無理に差別して、争いを引き起こそうとするのは私は大嫌いよ。だから、あの人の話がもう、聞くに堪えなかった」


 悲しそうにそう語るリンに、俺は咄嗟に口を開いていた。


「……まあ、人が何を考えようが、その人の勝手だからな。ああいった考えがあっても、仕方がないだろ。どこにだって物事を極端に捉えようとするやつは居るからさ」


 別に、彼女を慰めようとしているわけではなかった。

 信仰心なんて欠片も持たない俺には、その精霊教の逸話や神話になぞらえて彼女の悲しみをいやす事なんてできない。俺に出来るのは、ただ事実を語ることだ。


「あんな思考が実際に意味を持つのは、その考えを周囲の人間すべてに押し付ける時だ。過激な思考が現実に行動となって表れた時こそが問題なんだ。だから、仕方ないけどあんな考えは、聞かなかったことにしてしまった方が、良いと思う。いつまでもリンが深く考えるくらいは、な」

「でも、あんな考え方を広められたら……」

「この国は基本的に穏健派なんだろう?人々の思想がそう簡単に変わるわけじゃないし、今まで来た人と突然方向が変わったくらいですぐに国民全体が変わりはしないだろ。そのうちに、どっかから圧力がかかって罷免されるさ」


 このガリスティアナは王国であり、教国ではない。国家のかじ取りを決めるのは宗教ではなく王都その配下の貴族なのだ。彼らに影響を与えるような思想をそのまま放置しておくほど、国の頂点が馬鹿な訳はない……と思う。

 国民全体に過激派思想が広まる前に、対策を打つだろう。


「まあ、だからリンは気にするな。どうせ一人で動いたところで何も出来ないし、リンはリンのままで精霊を信仰すればいいさ。俺からしたら正直、あの考えが精霊教全体の考えってわけじゃないんなら特に問題にはしないからさ。……ところで実際、穏健派と過激派のどちらが世界では主流なんだ?」


 先ほどまでの悲しみはさておいて、リンは目元を強くぬぐった後、額に手を当てて考え出した。


「えっと、確か今は穏健派が主流だったと思うわ。ガリスティアナからいくつか国をはさんだ先に精霊教を中心とした国があって、基本的にはそこの思想が精霊教全体の総意とされるようになってるの」

「なるほど、総本山的な国があるわけか……」

「今のそこの国王……教皇は穏健派だから安心して良いんだけどね? 私が生まれるより少し前までは急進派が主流だったから、積極的に周辺の国を侵略してて、大変だったらしいわよ」

「……人間同士で争ってるんだが。教義的にはダメじゃないのか、それ」

「穏健派は魔物を放っておいて世界に争いの種を残す異端だから、同化することは必要であり、その為の犠牲は仕方ないって感じだったらしいわ」


 ……まあ、大体想像通りだ。

 宗教なんて結局は受け取った側の解釈次第なんだ。

 相手側の犠牲は、必要な犠牲だから仕方ない。

 それでいて過激派側の構成員からしてみれば。


「母なる精霊神の為に死んだのだから、自分はあの世で救われる」


とでも考えているのだろう。この世に固執せず、あるかどうか分かりもしないあの世で救われると信じている。むしろこの世界で苦しんだ分だけあの世で幸せになるから、あらゆる犠牲を払うことを厭わない。


「極限の飢餓に陥ろうとも降参しない。最後の一人になっても決して屈することがない。手足を落とそうがその口で噛みつこうとする。そしていざ死ぬときには笑って死んでいく。基本皆殺ししか取れる対策はないんだから、そりゃ当時の国からしてみればさぞかし大変だったろうよ」

「……やけに具体的なんだけど」


 そんな俺の言葉に、彼女はぞっとするような表情でこちらを見る。


「想像でこれだから、現実はもっとひどいだろうな。ま、このまま落ち着いた状態を保つ限りは、大丈夫さ」


 軽く語る俺とは対照的に、彼女の表情は未だ暗い雰囲気を漂わせたままだった。

 ……この世界の宗教という奴は、そこまで危険視するほどなのだろうか。生まれる前の戦争なんて、気にしたとしてもそんなに深く考えるものなのか。

 もしかしたら彼女自身、そういった思想に関わった経験でもあるのだろうか。

 しかし今の俺には、そこまで彼女に尋ねる勇気はなかった。


 ■■■


 とりあえず俺たちの間に漂う子の空気を払拭しようと、俺は運ばれてきた飲み物と共に新たな話題を提案した。


「ところでそろそろ、昇格試験についての話を聞きたいんだが。この間ガラナから聞いた話によれば、俺はもう昇格に必要な分の依頼を済ませてるみたいだけど。ギルド職員のリンからしてみれば、どうなのか教えてくれないか?」


 ガラナから聞いた、という点で彼女は先ほどまでの悲哀の表情とは一転して、また種類の違う不機嫌な表情を見せた。

 しかし幸いにも、すぐに真面目な様子に切り替え、その話に乗ってきてくれた。


「そうね。……丁度いいわ、ランク上げの話についても、今説明しておきましょうか。最初の日に私が言った、ランクについての話は覚えてる?」


 コクリ、と俺は頷いた。

 ランクは基本、虹の七色に分かたれており、赤から紫にかけてその人間の強弱を表すように変化していく。しかしどこかのギルドに所属していない人間は白、そしてその基本色を超えた強さを持つ者には金や銀色が与えられる、といった内容だったはずだ。


「今のリューヤの色は赤色、ギルドの中でも最低のランクね。これを次の橙に進めるには、実は他の昇格とは違った条件が求められるのよ」


 そうなのか。

 俺はてっきり、素直にランクに応じた受ける依頼の数を重ねることで昇格試験を受けられると考えていたのだが。


「ええ、とは言っても大した条件じゃないわよ。ギルドに所属することで白から赤に変わる――とは言っても、実の所、赤になってもまだその人は正式なギルド員としては認められていないの。あくまで赤の段階では仮所属、最低限の保障はするだけ」


 とするとつまり、俺はまだ正式な探索者ではないのか。


「ギルドは、赤から橙になるまでの期間において、その人を本当にギルドに迎え入れるかどうか決めるのよ。探索者ギルドで赤から橙に上がるには、二つの基準が設けられてるわ。まず第一に、その人格が確かなものであるか。このギルドに来る人間は大体、他の職業が手につかなかったり、何かしらの問題を起こして他のギルドに居られなくなった連中だから。そして、第二に、赤ランクでの依頼を通して、探索者としての行動を身に着けたかどうか」


 俺は無言のまま、彼女に続きを促した。


「それでリューヤの場合だけど、人柄はまあ、問題ないでしょうね。依頼を受けた後の依頼者の反応も逐一報告されてるんだけど、そこでも反応も悪くなかったし。仕事ぶりも丁寧だって褒められてたから。で、もう一つの方……探索者として相応しいかどうかは、これからの昇格試験で確認するのよ」

「なるほど。で、肝心の試験内容ってのは一体何なんだ?」

「単独でのゴブリンの巣の駆除よ。それもそんなに大きな規模って訳じゃなくて、一家族単位だから、五、六体ね。一、二体程度なら偶然の遭遇でもなんとかなるけれど、それが纏まって行動するとなるとまあまあ厄介なのよ、新人にとっては。単に真っ向勝負を挑むってわけには――一部を除いて、いかないからね。いろいろと考えて行動しなければならないわよ」

「とすると、罠とか毒とかを使って攻略しろってことか?」

「そうね。これまでの依頼で、この周辺の地理は分かってるでしょ? 薬屋へ行けば毒も売ってるし、罠も狩人ギルドで買えるわ。それらを揃えて挑みなさいってこと」

「……フーン。で、ちなみにリンはどうやったんだ?」


 それを聞くと、急に彼女は顔をしかめた。


「私の場合は参考にならないわよ」

「なんでさ。まさかさっきの話で言った、ごく一部ってわけでも……」


 ……しかし彼女は、否定するそぶりを見せなかった。

 以前聞いた話によれば彼女はギルドに登録するのもはばかられるような年齢の内に橙色のランクを持つ探索者に勝利したらしい。ガラナによると『精霊の加護』の差によるものらしいが、そこまで彼女の『加護』というのは強力なのだろうか。

 単なる加護の強力さで言うならば、俺の『武神の寵愛』も最高位に位置するもの。それによるごり押しで何とかなる……そういうもの、なのだろうか。

 そう考えていると、そんな俺の思考を彼女はなんとなく感じ取ったのか、否定した。


「言っとくけど、リューヤはそういうのは止めといた方が良いわよ。幾ら加護が協力でも、リューヤ自身未だその力を把握してないんでしょ。私の場合はある程度加護を使えたから、それで一気に攻め立てただけ。あなたは剣一本しかないんだから、ちゃんと危険を冒さないように潰した方が安全よ。出来る限り安全に攻略するのも、試験の評価の内だから」

「そうか。リンがそういうなら、そうしておくとするよ」


 ここで彼女に逆らう必要もない。探索者として先輩にあたる彼女の助言なのだ、素直に聞き入れた方が良いだろう。


「ええ、素直なのは良い事よ。そうじゃなきゃ、この先ランク上げるのも難しくなってくるから。早死にするか、年をとっても赤ランクのままか、だからね」

「それは恐ろしいな。これからはキチンとリンの話を聞くとしよう」


 そう笑いながら賛成すると、彼女が急に顔をこちらへ寄せてきた。


「そうよ、だからこれからは分からないことがあったら何よりもまず私に聞きなさい。ガラナじゃなくてね」

「お、おう……?」


 やけに力強く迫るものだから、咄嗟にから返事しかできなかった俺に、彼女は更に続けた。


「いい? ガラナは確かに私よりもベテランだし、色んなことに詳しいわ。私も以前は彼女に魔物の特徴や護衛依頼の注意点なんかを教えてもらったけどね、それでもリューヤは私が担当する探索者なのよ。しかも珍しく、長続きしてるし」


 それは単に、リンに手を出そうとして他の探索者たちに脅されただけなのでは。

 しかしなぜ突然、こんなに捲し立てるように話し始めたのか。

 よく見れば、先ほどまで悲しんでいた際の彼女の目元までならず、その頬までもがほんのりと赤くなっているように見える。そしてなぜか、近づけられた口元から漂う、ほんのりとした甘さと――酒臭さ。

 まさか今リンの手に握られているのは、酒の注がれた器なのか。


「今まで私の担当したことのある探索者は大体、ある程度まで行くとなぜかみんな来なくなるし。だからね、リューヤは私の所から離れないでちゃんと私のいう事に耳を傾けるようにしてよ。他の受付とか探索者とかに聞かなくても、私が全部必要なことは教えるから……というか、私に教えさせてよ」


 酒を飲んだのか、そう尋ねる前に、真剣そうな目でこちらを見るリン。

 彼女の瞳は、何時になく鋭く、それでいて壊れそうなガラスのようだった。

 そんな彼女の言葉を断れるはずもなく。


「……ああ、分かってるよ」


 と、俺は素直に応じるのだった。


 ……というか応じないと、それはそれでさっきから聞き耳を立てている先輩方に殺されるから。

 こんな昼間から人の話を避けのつまみにするくらいなら、依頼の一つでも受けて先輩らしいところを見せてほしいものだ。



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