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武神の寵愛  作者: 揺木 ゆら
第一章 武神の寵愛
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第六話 精霊に基づく教え


 彼女の事を考え続けながらベッドの上に転がっていたら中々寝付けず、日が昇る頃になってようやく俺の意識は睡魔にゆだねられたのだった。まあ、一週間の内一日くらい朝の依頼を受けずとも、昇格に必要な分はこなしているとガラナに言われたため、問題があるわけではない。

 そう思い、昼頃まで寝ていようとしていたのだが。


「なんで俺は結局、いつも通りの時間に朝食を食べているのだろうか」

「それは私があなたを起こしたからでしょ」

「言い方が悪かったな。朝っぱらから人の部屋のドアをうるさく叩くなって言ってるんだが」


 目の前で同じ定食を食べているリンに強制的に起こされたのだった。

 こちらが目を細くして抗議するようににらみつけるも、非難を受けている当の本人は何するものぞとばかりに平然とスープをすすっていた。


「だって真面目なリューヤが起きてこないんだもの。不思議に思うのは当然のことでしょう?」

「別に俺は真面目ってわけじゃない。昨日ガラナに聞いた通りなら、昇格に必要な分はもうこなしたはずだぞ。それなら一日くらい休んだって問題ないだろう」

「そんなの聞いてなかったし」

「別に伝える必要もないだろ」

「そうだけど……」


 彼女は少し逡巡した後、手に持っていたスープカップを机の上に置いた。


「アンタは実際、私の……何かしら? パートナー?」

「いや、突然俺とそっちの関係性について言われても」

「仲間? 友人? ……なんていえばいいのかしら」

「知る訳ないだろ」


 ともかく、と彼女は一言置いてから。


「アンタは私がちゃんと担当した初めての探索者なんだから、もっと私を頼りなさいって言いたいのよ! 予定があるなら予定があるってちゃんと伝えなさい! せっかく受けさせる依頼の計画も立ててたのに、予定が狂っちゃったじゃない!」

「は、はあ……」


 勢いよく捲し立てる彼女に、俺は空返事を返すしかできなかった。


「それに、分からないことがあったら私に聞きなさいっての! ガラナとか他の探索者に聞かなくてもいいでしょ!」

「さいですか……」

「そうなのよ! だから今度からはちゃんと私に相談してから行動しなさい! 分かったわね!」

「ハイ、ワカリマシタ」


 逆らったらどうなるかわからない。

 一通りぶちまけたところで、彼女は落ち着いた。


「ふぅ……。ま、どうせ今日は私も休みにしようと思ってたから別に良いんだけどね」

「ん、そうなのか?」

「そうよ、っとアンタはそういった細かいことに疎いんだったわね。今日は七日に一回の休日なのよ。アンタの過ごしてたところじゃどうか知らないけどね」

「いや、俺も似たような感じで過ごしてたけど。……ま、俺の感覚通りなら俺の休日は本来なら明後日なんだけどな」

「そうなの、偶然かしらね。ま、そういうわけでそもそも今日の依頼自体が少ない、というか受けること自体まあまあ珍しいのよね。だから私も今日はこうしてゆっくり朝御飯を食べられてるわけだけど」


 そう言えば、今日はやけに食堂が静かだと思った。

 というかそれなら俺を起こす必要はなかったのでは。


「う」


 ……どうやらそうだったらしい。


「い、いえ。アンタも本来なら明後日が休みの日なんでしょ。つまり本来ならまだ依頼を受けるはずだった。だから起こしても問題ないはずよ、ええ、そうよ」

「まあ、俺もそこまで気にしてないからいいんだけど」

「なら良かったわ。というわけで今日は何もないんだけど、それなら一緒に教会にでも行かない?」

「教会?」

「そうよ。精霊教の教会。今日の朝、つまりは精霊の休日なんだけど。この日は本来なら教会へ行って牧師の話を聞くのが一般的なの。ま、私は全然いかないんだけどね、リューヤの所じゃ教会なんてなかったんでしょ?じゃなきゃ自分の加護を知らないわけないしね」


 精霊教、という単語自体が初耳なのだが。

 おそらくこの世界固有の宗教なのだろう。


「だからさ、せっかくだし言ってみない?観光ついでにね。牧師さんの話なんて大抵つまらないものだから、暇かもしれないけど」


 ……宗教名に精霊という語を関する以上、精霊の加護に関連する信仰を持つところなのだろう。

 その実態がどんなものかは知らないが、どうせ今日一日暇なのだ。ベッドの上でぐうたらとしているよりは、言ってみるのも一興か。


「んじゃ、行ってみようかね。こちらの宗教にも興味がない訳じゃないし」


 日本人は基本的に、宗教に関しては適当この上ない。それが良くも悪くも日本人らしい生活を形作っている。俺自身も別に神や仏を信仰しているわけではない。それは実際に神仏が実在しないからだが……それに対してこの世界では魔法があり、それが精霊の加護に左右される以上、精霊の存在もまだ信用できる。

 そんな宗教がどんなものなのか、実際に体験してみたい気持ちが少しばかりはある。


「そう? それじゃ、話は昼からだし昼食を取ってから行きましょうか。それまではどうしようかしらね。今日はとりあえず何もしないってことだけは決まってたわけだし」

「依頼はないのか?」

「あるっちゃあるんだけど、低ランク向けのはないわね。そもそもこの日に依頼を出す事自体が非常識みたいなものだから。緊急性のある依頼なら時折出されるけど、今のリューヤには受けられないのよね」

「なるほど。それは確かに俺には何もできないな」


 将来的にはどうなるかわからないが、今のところは深く考えなくても良いようだ。

 食事を終えた後改めてギルド前で集合することを約束して、俺たちは一旦分かれるのだった。


 ■■■


 いくら今日は依頼がないとはいえ、最低限の備えだけはして置いた方が良いだろう。そう考えて俺は、財布などの最低限の荷物を詰めた鞄と剣を携えてギルド前へやってきていた。

 そのまま少し待っていると、やがてリンらしき金髪ツインテが揺れているのが見えた。

 ……そういえば、これが彼女の私服姿を見る初めての機会になるのか。これまでは受付嬢かウエイトレスの制服姿しか見たことがなかったから、気にならないと言えば嘘になる。

 近づいてきたリンはこちらの姿を見つけると、わたわたと駆け寄ってきた。


「あれ、待たせちゃったかしら?」

「別に。そんなに待ってない」


 肩にかけられた鞄を抑えながら俺の前で立ち止まった彼女の装いは、至ってシンプルなものだった。黒地のワンピースの上に白のカーディガンを羽織っており、足には薄いサンダルを履いている。

 それらを観察しているこちらの目に気づいたのか、リンは少し恥ずかしそうに口を開く。


「あ、この服装ね。そういえば注意し忘れてたけれど、教会に行くときは出来るだけ目立たない服装にするのがマナーなのよ。リューヤはその点……心配する必要もなかったみたいね」


 そう語る彼女の眼はなんというか、こう、呆れたようなものだった。

 何しろこちらとら生まれてこの方そういったことに気を使ったことがないのだ。今回俺が着ているのは、黒いシャツに白ズボン。どちらも無地の、シンプルさを突き詰めた合理的なスタイルである。単に深く考えるのが面倒くさかっただけ、とも言う。

ずっと制服を使いまわすのもいかがなものかと思い、それはゴブリンを斬った日以来汚すのを避けるために片づけてある。代わりに俺は数日前に訪れた服屋で新しく既製品の白ズボンに黒いシャツの古着をそれぞれ三着買い、それらを順に着まわしている。


「センスの欠片も感じられない服装で安心したわ」

「そうか、そいつは良かった。たった今喧嘩を売られた事以外はな」

「あら? そういった他人の評価を気にするタイプだったかしら」

「いや別に。ただ何となくイラっときただけだ。いくらどうでも良いことでも、面と向かって言われたからな」

「要するに怒ってるのよね。ごめんごめん」


 全く誠意の感じられない内容だが、こちらもそこまで本気にしていたわけではないのでまあ良しとしておこう。


「とりあえず、こんなとこに居ても邪魔になるだけだろうし早く行かないか」


 さもないと今もギルド内からこちらを睨んでいる先輩方から襲撃を受けそうだ。

 半ば急ごうとしている俺の雰囲気に首を傾げながらも、それでも彼女はその事に言及せずに俺の手を引っ張って出発した。

 俺がこれまで依頼を受けていたのは街の東側、主に住宅街やギルド街を中心とした一般市民の区画だが、精霊教会があるのはそれとは正反対の方向らしい。主に貴族や高級取りの官僚、商人が住まう西側の区画を少し進んだところに精霊教の教会は建っているらしい。

 ここへきて数日、流石にその辺りの土地勘はまだないため、俺は彼女に手を引かれたまま通りを進んでいく。


「そういえばまだ具体的な話は聞いてなかったけれど、結局精霊教ってどんな宗教なんだ?」

「そうね……。ざっくり言うなら、精霊を信仰する宗教よ」


 流石にそれ位は名前で分かる。


「初日にリューヤに説明したと思うけれど、改めて説明するわね。この世界には、至る所に精霊が宿っているの。精霊とはそれすなわち、宿るそれそのものを形作るのに必要不可欠な存在なの」

「つまり、そこら辺の石や建物なんかにもいるってことか?」

「そうよ。だからそうね、私のこの体にも精霊はいるし、もしたった今精霊が失われたとしたら、その瞬間私の体は崩れ去る、とでも考えれば良いと思うわ。ま、そんなことは神話の中にしか出てこない話だし、実際どうなのかは知らないけれどね」

「なるほど。つまり精霊ってのは分子をくっつける力みたいなものなのか。それともそれより小さい単位の粒子同士を引き付けるためのエネルギーってことか。で、神話ってのは?」

「飲み込みがやけに早いわね。普通、初めてこんなのを聞いたら混乱するはずなんだけど……まあ良いわ。で、神話ってのは正しく言えば創世神話と崩世神話の二つに分かれてるの」

「ふむ」

「ま、精霊教の言ってることについてだけ話すなら、前者だけで十分だから、そっちだけ手短に話すね。」


 そう言うと、彼女は一旦つないでいた手を放し、大げさに身振り手振りを添えながら話し始めた。


「まず最初に、世界には何もなかった。……いえ、世界そのものがなかったの。何も無い、完全なる“無”が広がっていたと言うわ。で、ある日突然、何の脈絡もなしに一人の神がそこに現れたの」

「は?」

「突っ込みたいのは分かるけれど、今はまだ黙ってて。……で、その神様はなんか一人じゃ寂しいから、話し相手が欲しくなったのかしら? ともかく、そんな感じで自身の体の一部を切り分けて六人の精霊を作ったの。それが火、水、土、風、そして闇と光。彼らはそれぞれが世界の一部として生まれ、そうして今の世界が生まれたの」

「なるほど……」

「でもその世界はそのままじゃ、何もなかったの。ただ見渡す限りの大自然が広がっていたけれど、そこには魔物も人々も、所謂動物たちが居なかったの。何故かわかる?」


 先ほどの彼女の話によれば、この世界の神様は最初にまず六人の精霊を作り上げたという。それぞれが司る属性の合計は六つ。

 しかしこの世界に来て最初のうちに彼女に聞いた話によれば、一般的に知られている属性は七つだという。

 今回の話の中で未だ登場していないその属性とは……。


「無属性……無を司る精霊がいないから、ってことか?」

「そうよ。でも、具体的に無属性とは何か、なんて言われてもわからないでしょ?」

「そうだな。今の所俺の頭の中で当てはまるのは、リンが言っていた神から加護を与えられた人間の具体例の内の一人――確か、レスティア・ロンギヌスだったか、『女神の祝福』を与えられた、って言ってたよな」

「そうよ。よく覚えていたわね。一般的に精霊には性別とかはないんだけど、一部の強力な力を持つ精霊には意志もあるし性別もある。……子供とか作れるわけじゃないんだけど、あくまでそう、意識上の性別ね。それは神が最初に作った六人の精霊、所謂大精霊にも当てはまるの。そして彼女、我がギルドの基本七色の中で最高の紫のランクを持つ探索者、レスティア・ロンギヌスの所有する加護、『女神の祝福』。それを与えた精霊が、無属性を司る大精霊だと言われているの」

「……言われている?」


 はっきりしない彼女の表現に首を傾げると、彼女の方も眉間にしわを寄せながらぶっきらぼうに答えた。


「だって無属性、なんてギルドカードのどこにも書かれてなかったんだもの。記録上では歴史上他にも女神の加護を与えられた人間はいたんだけれど、あくまでカードの表記は『女神』であって無属性を司るなんてどこにも書かれてないんだからそうと判断するしかなかったのよ。文句あるなら精霊教の偉い人にでも言ってちょうだい。……って、なんだか話がずれたわね。戻すわよ」

「ああ」

「で、具体的には未だ無属性が何か、っていうのははっきりしていないの。ただ分かっているのは、あのロンギヌスさんが得意とする魔法が回復魔法とか身体強化とか言われているから、おそらくは生き物に干渉する力だっていうことね。で、その女神、女性の大精霊を最後に世界に創り上げたことで、今の世界がようやく始まった、とされているの」

「なるほど、とりあえずざっくりとだが分かった。つまり精霊教が言いたいのは、その一番最初に生まれた神様がすべてを作った所謂我らが父であり母であるから、彼らを敬えってことなんだろ?」

「そういうこと」


 どうやら精霊教とは、一神教に僅かに多神教の概念を加えたものらしい。大精霊とは所謂天使に相当するようなものなのだろう。

 しかしまあ、今の話を聞いていて幾つかの疑問もわいてきた。


「でもなぁ、それをそのまま受け取るんなら魔物も人間と同じで女神による生命誕生から出来たんだろ? それを討伐してしまっていいのか? ほら、所謂兄弟殺しに当たったりするんじゃないか?」

「あー、うん。そこは一つの議論されているところなのよね。ある人は魔物は世界という巨大なものを作った際に生まれた小さな失敗の派生だって主張してるし、ある人はそれだと神や大精霊の失敗、実力不足を認めるから彼らに対して不満を抱く、故に異端だなんて言うし。ぶっちゃけ私らからしたらそういうのどうでもよくて、ただ生きるために必要だから倒さなきゃならないってだけなんだけどね」

「ま、そういうのが現実的な考え方だよな。俺からしたら結局どうでも良い話だけど」

「そうね。そこまでなら、ね」


 何か含みのある言い方で、彼女は話を続ける。


「この国ガリスティアナは温厚派、すなわち宗教はほどほどの信仰で、が方針だからリューヤもそれで済むんだけど……」

「あー、なるほど。所謂過激派が存在するってわけか」

「そういう事。より具体的に言うと、この国から西に遠く離れた教国ってところでは精霊様を信仰しないなら死ねって感じだし。実際は即斬り捨てられるとかじゃなくて、周囲から迫害を受けたり国の騎士たちもそれを黙認する、みたいな感じだけど。今のトップはそういった過激派に近い人間らしいし、世界の全てに精霊教を、なんて言って周囲の温厚派否定派構わず属国にしようと襲撃をしているらしいのよね」


 ……宗教が存在するところに争い在りと言うが、この世界でもどうやらそれは変わらないらしい。


「そうでなくても自分は精霊教を信じないなんて表立っていったら相当冷たい目線に晒されるから、あまり言わないようにね?」

「それくらいは弁えてるから心配はご無用だ。万が一聞かれてもうまく煙に巻くようにするさ。何も好き好んで全世界に存在する信者全員に喧嘩を売ったりしないさ」

「ええ、注意してね。万が一教国のスパイにでも聞かれたら、夜中に刺客に襲われたりしちゃうかもしれないんだから」

「はいはい、精々そうならないように気を付けますよっと。……お、もしかしてあれが精霊教の教会か?」


 手短に済むといっていたが、結局長い間話していたらしく気づけばそれらしき建物が目の前に見えてきていた。

 しかしわざわざ二度も忠告されるとは、まさか刺客の話は本当なのだろうか。そうとなると少々気になってくるところだ。宗教関係は何時だって権力と結びつくものだし、その権力の座には清濁呑み込むことが求められるのだから。

 だが、これ以上暗そうな話を聞く気はない。俺は取り合えず話題を逸らすように今日の予定について尋ねた。


「ところで今日は教会で何が行われるんだ? その際の注意事項とかがあれば聞いておきたいんだが。さもないと刺客に寝首をかかれちゃいそうだ」

「ふふっ、大丈夫よ。今日はあくまで神父――ああ、精霊教の信者たちの地域ごとのまとめ役みたいなものね――によるお話程度だから。内容もさっき言ったことに基づいた、悪いことはしないようにしましょう、程度の話だから。普通に用意された椅子に座って話を聞いていればいいわ。今回はあくまでこんなものだ、って感じるのが目的だし。次回以降も出席しても良いけれど、その時は私はついてこないからね、私。所謂敬虔な信者ってわけじゃないから、私。今回はあくまでも特別よ、特別。」


 そう言って彼女は話を切り上げ、足早に教会内へと入っていった。

 もしかしたら俺の抱いた疑問について、薄々感づいたのかもしれない。

 とすると、余計な気を使わせてしまったか。女性にそのような気配りをさせるというのは、あまりよろしくない。後で何かしら買ってお礼するとしよう。

 ひとまずの今後の予定をそう決めながら、俺は彼女の後ろに続いて教会内に入るのだった。



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