第五話 リン・フェルトという少女
あのゴブリンと遭遇した日から、五日が経った。
あれ以来一日に複数の依頼をこなしつつ、俺は順調にランク昇格に必要な実績を手に入れていった。午前は街中での依頼を受けて地理の把握及び住民との顔合わせを行い、午後は街の外へ出て魔物狩りもしくはアイテム採取を行う、といったように。
探索者とは基本的に何でも屋の体を取っているらしく、受ける依頼は本当に多種多様だった。引っ越しの手伝いとして荷物を運ぶ力仕事を行った次の日には、図書館での児童への読み聞かせ。薬草採取を行った次の日には、蜂型魔物の巣から高品質蜂蜜の回収。
……本当に、何というか、一貫性が感じられない内容だ。
まさに何でも屋というか、単に雑務を押し付けられているだけのような気がする。
「アンタそりゃ、都合よくギルドに使わされているだけさね」
「……は?」
一日の仕事が終わって夕食を取る時間。お気に入りとなった炭酸果汁、アレイのジュースを飲みながら、俺はここ最近の成果を目の前の女性探索者に話していた。
そんな彼女がやけに引っかかる物言いでこちらを見つめる。
魔物の牙を加工した大斧を横に置いた彼女は橙色のギルドカードを持つ探索者、グレナ。俺より一つ上のランクに評される実力を持つ彼女とは、三日前に知り合った。
酒のつまみとして何かを奢れば依頼に有用な話を提供してくれるのだが、今日は特に必要な情報もなかったので、おつまみ代わりとして俺の最近の出来事を彼女に語っていたのだ。
どんっ、と空になった器を机にたたきつけ、彼女はアルコールに染まった吐息をこちらへ吹きかける。
「そりゃ探索者って言ったら何でも屋、言ってみれば特に手に付ける職業のない奴らが路銀稼ぎに集まる所だからねぇ。実力はあっても協調性のない奴ら、口先だけの奴らがほとんどなのさ。だからあんたみたいに真面目な奴は珍しいし、そう言ったやつに依頼を受けさせることで多少は街の奴らにいい印象を持たせなきゃならないのさ」
「なるほど、道理で午前の依頼を受ける際は大抵変な目で見られたりしたわけか」
「そういう事。そもそも大抵の町の連中は受ける奴がいたらいいな、程度でしか依頼を出してないし。それに普通に昇級に必要な実績を稼ぐだけなら、大概の連中は探索者らしい討伐依頼ばっかりしか受けないからさ。アンタが受けたような雑用は正直、他人が勧めた依頼を馬鹿正直に受け取るような馬鹿でも限り、本来なら取る必要がないのさ」
「つまりは正直者が馬鹿を見たって話か。」
「依頼を出した奴らもアンタを見て、多分そう思ったんだろうさ。加えて、アンタみたいにきっちり仕事こなす奴なら、他のギルドでちゃんと腕を磨いていったほうが良いって考えたんだろ。探索者ってのは言わばギャンブルみたいな仕事だからね、大半の奴らは成功しないんだよ」
あ、酒追加で、と通りがかったウェイトレスに声を掛けながら、彼女は続ける。
「まあアンタは見た所、珍しく真面目な探索者として成功しそうだけどさ。――実際アンタ、今の所依頼の失敗は無いんだろ?」
「ええと、まあ、そうだなぁ」
こちらに来てから受けた依頼の内容を思い返しながら、俺は返した。
簡単な力仕事でも頭を使う依頼でも基本依頼主のいう事に従っていれば問題はない。日本人の特徴として少々コミュニケーションがたどたどしくなる位で、それも相手が依頼を受けて少しするとやがて積極的に話しかけてくるようになり、自然と緩和されていった。
「それがまず有り得ないのさ。探索者を選ぶ人間は大抵ロクなのがいないし、赤ランクの内は失敗を重ねながら、信頼や経験を積んでいくモンなんだ。でもアンタはちゃんと情報を事前に集めて、依頼を放り出したりせず、てきぱきとやるべき事をこなしていく。こうもストレートにうまくやる奴なんて、ホントに珍しいったらありゃしない」
「そりゃ、早い内にグレナさんみたいな親切な人と交流を持つことができたからだろ?そっちから話しかけてこなかったら、情報を集めるのにもまた一苦労しただろうし」
日本出身である自分を嘗めないでもらいたい。
同じ国民の間でもコミュニケーション能力が疑われる上に、基本外国語なんて成績が取れさえすればいいとしか思っておらず、それを使って多文化と交流することなど国外へ出なければ考える必要すらないと思っている人種なのだから。
目の前の彼女との出会いでさえ、何の脈絡もなく突然に彼女が酒をこちらの口に突っ込むという暴挙を犯さなければ、まともに話せたかどうか。
「アンタみたいに先輩のいうことを素直に聞く人間がいないって事さ」
そんな俺の心の内を知らぬまま、今度は彼女が語り始める。
「まず、俺は俺の道を行くって感じで話を聞かない奴だろ? これは貴族から探索者になるような奴に多い傾向さ。自信過剰で突き進んだ挙句、勝手に魔物に挑んで死んじまうようなことが多い。んでもって次は女に頼る気はないとか言う奴だろう? こういうのは大抵細かいことに気づかないまま、やがて重大な場面で大きなヘマをやらかすのさ。最悪なのは、それよりも今晩どうだとか聞く奴だね。そういうのはその場で股間を蹴り上げてやったけど。改めて思い返してみても、やっぱ探索者になるような奴らはホントろくでもない奴らばかりさ」
話を聞く限りは確かに俺も同感せざるを得ない。しかし、まさか本当にそんなのばかりだったのだろうか。
疑いの心が顔にも出ていたようで、彼女はそんな俺の反応を笑いながら運ばれてきた杯の中身を次々と飲み干していく。
「だからってのもあるかね。久々にまともに情報を求めてきたアンタにはかなり親切にしたつもりさ。何しろ情報をため込んだのは良いものの、結局生かしきれずに腐ってたからね。無駄にならずに済んで良かったよ。ま、我らが愛しのリンちゃんはそういう先輩のお節介がお嫌いらしいけどねぇ」
彼女がふと、視線を俺の左後ろへと反らす。
それに釣られてこちらも顔の向きを変えると、ウェイトレスとして働いていたリンがこちらへ向けていた細い視線とぶつかった。こちらの視線に気づくと、彼女は慌てて目の向く先を他のテーブルへと変えた。
「……なんでだ? 情報を集める事は別に問題じゃないし、むしろ奨められるべき事なんだろう?」
「そうだけどさ。だから、それをアタシ相手じゃなくて自分相手にやれって言いたいんだろうさ、あの子は。せっかく自分相手に来る探索者が出来たんだ、リンも自分で世話したいんだろうさ」
「これでもかなり彼女と話してるハズなんだが。朝なんか、暇そうにしてる時は大抵話しっぱなしだし」
「夜も自分と話せって事さ。何しろリンはアタシよりも更に上のランクだからねぇ。話したいことだって山積みに違いないさ。それでも自分から言い出せずに、仕方なくこっちの様子を窺ってるのさ。ほれ」
再度目を向けなおすと、またもや彼女がこちらを見ていたのが分かった。
すぐに視線の向ける先を変えるが、まさか本当に話しかけられるのを待っているのだろうか。一目で分かるような美少女にこちらから話しかけるなんて俺の心臓に悪くてやってられないのだが。
そんな俺たちの様子を見ながら、彼女は更に酒がなみなみと注がれた杯を傾ける。
「あっはははは! リンの慣れない嫉妬を観ながら飲む酒もまた美味って奴だねぇ!」
嫉妬を向けられているハズの当の本人はそんなことを全く気にせず、むしろ酒のつまみとして楽しんでいる。
というかその酒は何杯目なのだろうか。俺の記憶が正しければ、こちらの席に来た時点で既に顔を真っ赤にしていたと思うのだが。
「……あ、すみません。ミールの串揚げ一皿、いや、二人前追加でお願いします」
俺は丁度横を通りすがったウェイトレスに新しい皿――蛇型魔物の揚げ物――を注文しようとする。
本来ならば一皿だけで十分だったのだが、話題に上がっていたリンの事に関して、ふと疑問が湧いて出た。それをガラナにぶつけてみようと思い、伝える際に余分にもう一皿追加した。
「そう言えば、ちょっと良いか? リンについてなんだが」
「ん? なんだい?」
「どうして彼女の列には誰も並ぼうとしないんだ? 例え他の所に長蛇の列ができていたとしても彼女の所だけはいつも空いているのが、今更ながら不思議に思ったんだが」
その質問を聞いたガラナの顔から、アルコールの赤みがすっと抜けた。
今までだらしなく緩んでいた頬がきゅっと引き締まり、真面目な内容を話そうとしているのか。これまで話してきた中でずっと酒を飲みながら陽気に話していた姿が嘘であるかのように、彼女は鋭い鷹のような目でこちらを睨みつけた。
まるで、これから話す話の内容に一定の覚悟を求めているかのように。
しかし俺はそんな彼女の瞳から目を逸らすことはしなかった。
そのまま暫くの間互いに見つめ合っていると、やがて彼女の方が根気負けした。一つ小さなため息をついてから、彼女は話し始めた。
「……ま、いっか。本来ならオレンジ以上のランクになる頃に勝手に知るモンなんだけど、一応リンと親しいアンタなら、今の時点で知っといても問題ないだろ。うん」
彼女は身をテーブルに乗り出し、こちらへと顔を近づけて、小さな声で語り始めた。
――リンは数年前、まだ幼い頃に突然この探索者ギルドにやってきたらしい。当時ギルドの用事で遠くへ出ていたギルドマスターが、帰ってくるときに一緒に連れ帰ってきたのだ。ただその体は世間一般の幼子とは到底呼べるものではなく、身には繋ぎ目の粗いぼろ切れを纏い、全身を泥と血に汚した状態であったらしい。ただその目に熱を宿しながら、鬼気迫る様子で探索者になりたいのだと受付に迫った。
しかし彼女は当時まだ幼く、純粋な力不足として登録を却下された。力の低い人間を迎え入れることはギルドとしても避けたいし、何より幼い子供を酷使するのは悪評にも繋がる。
それでも彼女は粘り続け、最終的にその実力を示すことで登録を許可するという条件のついた入団試験を行う事をもぎ取ったのだった。
そして試験当日、当然武器も何も持たない状態で彼女は現れた。早退するのは橙ランクの探索者。彼の武器はシンプルな片手で振るうことの出来るショートサイズの剣。無論、彼女に勝ち目などあるはずもなかった。
それでも彼女は、勝利したのだ。
一見引っくり返すことが不可能なこの戦いの結果を決定づけたのは――『精霊の加護』。
彼女が持つ精霊の加護は、本人から既に耳にしている。
『炎精霊の恩寵』。『加護』の表記は加護を受けた精霊の裁量、すなわちどれだけ精霊がその者を愛しているかによって三段階に分類されている。『加護』、『恩寵』、そして『寵愛』。大多数の人間であれば普通の『加護』に留まるが、彼女はその一つ上の『恩寵』を保有していた。
その力を以てして、剣を持った橙ランクの探索者を一撃で戦闘不能に追いやったのだという。
それなりに経験を積んできたはずの探索者と、未だ幼い少女の一戦。その絶望的な差を一瞬で引っくり返すのが『加護』の強さであり、彼女は事実、無傷で上位の探索者を抑え込んでしまったのだ。
流石に約束を破るわけにもいかず、探索者ギルドは当時の彼女を迎え入れることにしたのだという。しかし見ていてどこか危なっかしい立ち回りを続ける彼女は周囲の探索者たちの気を引き、やがて周囲の探索者たちは彼女の面倒を見ていくようになっていったらしい。
その過程において、探索者の誰もがリンを家族のように大切にすることになった。
「ならばあとは簡単さね。自分の妹か娘か、そんな可愛い娘を変な奴に手を出させたくなるのは自明ってモンだろう?」
「つまりあの列に誰も並ばないのは、周囲の人間が常に睨みを聞かせてるからってことか?」
「そういう事。普通ならあの殺気立った中で彼女に話しかける奴なんかいないし、それを無視して下卑た視線を向けようモンならギルドから出た瞬間に即フルボッコだから。そんな噂――まあ事実なんだけど、そんな話が広まっている以上この街の出身者ならリンの所にわざわざ行かないし、外部から来た何も知らない奴はひそかに先輩からのお仕置きを受けるってのが常識だったのさ」
……なんとも恐ろしいことだが、それならどうして俺は狙われなかったのだろうか。
彼女に話しかける異性というだけど、十分問題に値すると思うのだが。
「そりゃアンタが珍しく、何の問題もなさそうな男だったからさ。リンの目を引きそうなイケメンでもないし、彼女の気を引こうとする軟派な雰囲気もないし。リン自身も特に変な視線を向けられなかったらしいから、誰も手を出さなかったんだろ」
「それはそれで失礼な話だが、まあ、面倒なことにならなかったことを素直に喜ぶべきか」
「それで良いんじゃないかねぇ」
話し終わった彼女はぐびぐびとまた酒をあおり始めた。
……まあ、自分が間違っても女性にモテる容姿の持ち主だとは思わない。こちらに来てから日々肉体労働に勤しんでいるおかげで腹のぜい肉も引き締まってきてはいるが、そう簡単に人の印象なんて変わりはしない。
しかし、俺は彼女を明るい唯の受付嬢だと思っていたが――。
中々に暗い過去があったようで、実に驚かされた。