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武神の寵愛  作者: 揺木 ゆら
第一章 武神の寵愛
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第四話 薬草探しの依頼と


 次の日の朝、空が白く染まる頃に目が覚めた俺はすぐに下の酒場へと降りてきていた。服も下着も替えがないため、どちらも前日のまま。さっさと依頼を済ましてから、身の回りの物を揃えなければならない。

 一日の予定を軽く見積もりながら近くの席に腰掛けると、早速ウェイトレスらしき人影がこちらへ寄ってきた。

 その顔には、見覚えがある。


「……リンか?」

「そうよ、おはようリューヤ」

「ああ。で、なんでこんな朝っぱらからこんな仕事までやってるんだ?」

「別に大したことじゃないわ、ただお金が必要ってなだけね。まあ、個人的な都合ってとこかしら。それにこんな朝早くから依頼を受ける人もあまりいないし、ただあそこで座ってるだけってのも暇なのよね」


 試しに受付の方に目をやると、確かに人影は見受けられなかった。


「ふぅん、なるほど。で、言う通りこんな朝早くだが、朝食の注文はできるのか?」

「大丈夫よ。で、何が良いのかしら」

「注文票があったところでどんな料理か分からないから、そっちで適当に決めてもらえれば助かる」

「わかったわ。今日のリューヤの予定は……そうね。こなすにしても最低ランクの依頼なんだから、軽いもので良いでしょ。とすると、アルウのソテーセットに飲み物はお茶かなんかかしらね」


 その内容が、俺にはどんなものなのか分からない。

取り敢えずは彼女の良識を信じて、小さな頷きで肯定を示す。


「分かったわ。それじゃ、少しかかるから」


 去っていった彼女の背を見つめた後、待っている間は手持無沙汰なので、仕方なしに一緒にこの世界に来ていた小説を鞄から取り出す。その中身は、俺と同じように異世界に召喚された人間の物語。主人公が最初は慣れない環境に苦労を重ねさせられるものの、やがては頼りになる仲間を得て様々な困難を乗り越えていくというオーソドックスなストーリーとなっている。

 最もそううまくいくのはあくまでも創作だからであり、現実がそうであるという確証はない。自分も主人公のような幸運にあやかれる事を願いながら、静かにページを捲っていく。

 五分程度で戻ってきたリンは、そんな俺の手元の本を見て顔を顰めた。


「なによ、それって本?リューヤ、アンタ文字読めるんじゃないの」

「そりゃ読めるさ。ただしコイツは俺の地元限定で使われてる文字だから、逆にリンじゃ読めないだろうさ」


 試しに中身を見せると、彼女は予想通り顔を顰めるのであった。

 それも仕方がない。この世界の文字はあくまでアルファベットに近いものに統一されているが、それに対して日本語は漢字、平仮名、片仮名が入り混じっているのである。彼女からしてみれば実に難解なことこの上ないだろう。


「うわ、何これ……細かすぎて訳が分からないんだけど」

「理解できれば逆に意味がとりやすいんだけどな。理解できなきゃ確かに暗号みたいなものだって、俺自身そう思ってるし」

「そんな物なのかなぁ……。けど、これでようやく違和感の原因が分かったわ」

「違和感?」

「だってそうでしょ。昨日の応対を思い出してみれば分かるけれど、リューヤの話し方っていつもの奴らみたいに野蛮で粗悪じゃなかったもの。それなりの教養がある雰囲気を漂わせていておきながら、それでいて文字が書けない、読めないんだもの。どう考えても不自然でしょうが」

「……確かに。そう言われれば、そんな気もしないでもないな」

「でしょ?でも、事実は単に別の国で習ったってだけみたいじゃない。散々悩んだのが馬鹿みたいよ。よく考えれば想像がつくことだったし、ね。でもね、それが分かると今度は別の疑いが湧いてきちゃったのよ」

「へぇ、どんなのなんだ?」

「少なくとも勉強できるほどの立場に加えて、余りの常識のなさ。つまり貴方は他国の貴族の次男三男で、家督も継げないから遥々ガリスティアナまでやってきたお坊ちゃまなんじゃないかっていうね――実際の所、どうなのかしら?」


 どこか期待するような目でこちらを見つめる彼女。


「残念ながら不正解そのものだな、その推理は。俺が貴族だなんて見当違いも良い所だ」


 こちらが肩をすくめると、リンはどこか納得するかのように頷いた。

 そもそも日本ではとっくの昔に、貴族制度なんて廃止されている。


「ま、そうよね。だからと言って貴方が貴族に見えるかって言われるとそうでもないもの」

「それはそれで貶されている気がするんだけどなぁ……。まあ、俺のことはこの国の遥か遠くから来たとだけ考えとけばそれで十分だろうさ」

「ふーん……分かったわ。今のところはそうしておこうかしら。っと、どうやら話してるうちに料理の方も出来たみたいね」


 彼女は小さい鼻をひくひくさせたかと思うと、厨房の方へ引っ込んでいって料理の乗ったお盆を持って戻ってきた。


「……犬か?」


 そんなツッコミを聞き届ける相手は、生憎誰もいなかった。


「はい、どうぞ。『アルウのソテーセット』と麦茶よ」


 戻ってきた彼女が目の前に置いたのは、丸いパンと野菜少々のスープ、そしてステーキのような何か。試しにスープを一口飲んでみると、薄く塩味の効いたコンソメのような、何処か物足りない感じだった。肉の方はまあ、若干固いがさすが肉なだけあって普通に美味かった。

 特に話すこともなくすべてを平らげ、お茶を飲んで一息つく。

量は丁度腹八分目といった所だった。


「ふう、まあこんなもんかな」

「そうでしょ。どうせ依頼に出るにしても、最低ランクじゃ大したものもないから、昼までには戻ってくることになるでしょうし」

「そうなのか?俺にはさっぱりだが、最低ランクの依頼って言ったら一体どんなのがあるんだ?」


 そう問いかけた俺に、彼女はしばし記憶を辿るように宙に視線を彷徨わせる。


「……端的に言えば雑用、ね。これは全ギルド共通なんだけど、所謂依頼をこなす上での最低限の知識をここで身に着けるってわけ。逆にこちらとしては、この間にそっちの人間性なんかを確かめるってわけ。依頼先で問題を起こさないか、とかね。具体的な内容としては、近くの森での採取とか、住人の日常業務の手伝いとかかしら」

「で、数をこなせばランクアップ出来ると」

「ええ。そうして次のランクに上がってから、正式なギルドの一員として認められるのよ。各依頼には難易度に沿ってポイントが割り振られてて、それが一定以上溜まれば次のランクへの昇格試験が受けられるわ。貴方ならそう時間をかけることなく橙色のカードに更新できると思うわよ」


 最も、そこがある意味最大の難所なのだけれど、と彼女はひっそりと付け加えた。


「どういう意味だよ、それは?」

「さあて、ね。その時になれば自然と分かるわよ」


 その時の彼女の表情は、細かくは説明しないと言ったものだった。


「もったいぶるなぁ……」

「どちらにせよ今知ったところで変わらない、ってくらいが今教えてあげられる唯一の事前情報かしらね。ま、深く考えず今は依頼をこなしなさいよ」


 ついでとばかりに彼女は受付の方から、一つの冊子を抱えて戻って来る。


「これは赤ランク向けの依頼書ファイルよ」


 その中から一つの紙を抜き出し、こちらに見せてくる。

そこには何らかの植物の精細な写生が描かれていた。


「これは?」

「薬草のイラストよ。この形を覚えておいて、それをもとに、十株一束で薬草を採取して持ってくれば良いの」

「……最初は薬草採取の依頼を受けろってことか?」

「別に強制って訳じゃないし、あくまで私個人のお勧めってだけよ。まあ? 探索者になって最初っから引っ越しの手伝いや子供の世話の相手みたいな、つまらない仕事をしたいというなら話は別ですけれど?」

「特にどれが良いってわけでもないけどな……それじゃ、最初はその薬草のヤツを受けさせてもらうよ」


 幾ら依頼の中にそんなものが紛れ込んでいるとは言え、探索者になった初日から普段っと変わらないような毎日を過ごすほど味気ないことは無い、と思う。

 彼女からしばしその絵を借り、手帳に絵を写し取る。その後リンに依頼受領の手続きを済ませて貰ってから、俺は薬草の採取できる森へと向かうのだった。


 ■■■


 まだ人の姿がまばらな大通りを抜け、昨日の門へと向かう。遥か先まで続く草原とは道を挟むようにして広がっていた大森林が今回の目的地だ。

 門番に赤く染まったギルドカードを手渡すと、む、と門番が小さく唸った。どうやら覚えていてもらえたのかもしれない。


「お前は……昨日の旅人か。白から赤に変わっていることを見るに、ギルドに所属したのか。紋章は竜か。探索者になったようだな」

「おはようございます。ええ、ご忠告を受けてよく考えた結果、そうした方が良いかなと思いまして」


 全身鎧で分からなかったが、やはり昨日と同じ門番だったようだ。


「ああ、おはよう。にしても、こんな朝から依頼に出発するとはな。こっちに来た辺り、森の材木か薬草でも回収しに来たのだろう?」

「そうですね。知り合った受付嬢の勧めでちょっとばかり、薬草の採取に」

「ほぅ。早速女子と仲良くなったのか。ひょろい見た目に似合わず手が早いな」

「リンはそんなんじゃないですよ」


 そう彼女の名前を出すと、門番の男性はがしゃっと鎧を鳴らして動揺した素振りを見せた。一体どうしたのだろう。彼女の名前を聞くだけで何か慌てるような事でもあるのだろうか。


「おま、よりにもよってリンの所に行ったのか……?」

「そうですけど。ちょうど入った時には手が空いているようだったので」

「あー、まあ確かにそうだろうな。連中はアイツには甘いからなぁ」

「えっと、どういうことですか?それにどうやらリンのことを知っているみたいですけど」

「そりゃあ知ってるさ。……お前さ、リンはどう見えたよ?男として、さ」


 そう問われ、俺は彼女の容姿を改めて思い浮かべた。

 ツインテールに結わえられた輝かしい金髪に、若干鋭くもつぶらな赤い瞳。顔は小さく整っており、それでいて、立った姿を見てもしっかりと引き締められた体格をしていた。よほどの特殊な美的感覚でもなければ、誰もが口を揃えて可愛いと言うだろう。


「は?……まあ、そうですね。普通に可愛いと思いますけど」

「普通に、じゃなくて実際に可愛いんだよ。お前はこの街に来たばっかりだから知らないだろうが、色々あってな、あの子は本人のそしらぬ間に非公認の看板娘みたいな扱いになってるんだよ。男も女も揃ってあの子を溺愛してるのさ」

「だから夜遅くに仕事を回さないようにって?」

「そうさ。で、そうとも知らずにお前は彼女に話しかけたわけだ。それも異性。トドメに昨日今日の関係にもかかわらず、もう下の名前で呼んでるだろ?」

「これは彼女も公認なんですけど?」

「あちゃー、それはますますヤバいだろうな。今まで大切にされてたお姫様が、いきなり誰とも知らぬ新人と仲を深めてるんだ。やっこさんら、きっと早いうちに手を出さないよう釘を刺しに来ると思うぜ」

「……帰るときは、裏道に引きずり込まれないように注意した方が良いですかね」

「注意したところで赤が高ランクに逆らえるような力もねぇだろ。ただ、変なことは言わないようにな。前にリンをナンパした奴が居たんだが……」


 門番は少しの間惑うように顔の部分を右往左往させたが、やがて顔を近づけて小さく呟いた。


「次の日には、そこらの河に浮かんでいたそうだ」

「完ッ全にアウトじゃないですか!?」


 俺がそう慌てた声で叫ぶと、彼は大きな声で笑いながら冗談だと呟いた。


「が。あながち間違いでもないからな。そいつは結局他のギルドに移籍したらしいんだが、それ以来あんまり女に手を出そうとはしなくなったそうだ。悪い奴らじゃないんだが、気を付けとけよ」

「少なくとも俺には女性をナンパするような甲斐性は無いですよ」


 そう言って別れたのだが、今の話を聞いて俺は森に着くまでに幾度か、後ろから誰かが付けているかのような錯覚に襲われた。振り向いても誰の姿も見つからないのだが、その感覚は暫くの間俺の背中に着いてまわるのだった。

 やがて森に辿り着いたところで、俺は早速薬草を見つけようと周辺の草を目を凝らして観察してみる。スケッチから読み取れたのは、薬草が単子葉類で、葉の縁が特徴的な波を描いている事と、おおよその高さが十五から二十センチである事くらいだった。


「……よく考えたら薬草なんて一年中需要があるんだから、浅い所のはもう刈り尽くされてるか」


 それならば、入り口周辺を探したところで数はたかがしれている。迷わないように木の幹に刀で印をつけながら、浅部からもう少し深い所へと潜っていく。

 数分探し続けたところで、ようやくそれらしき植物が三株纏まっているのを発見した。

 念のために一度周辺の土ごと掘り起こし、それから根っこに付着した土を払って、渡された袋の中に纏めていく。


「二度手間も嫌だし、一応二十株程集めておくか」


 そのまま辺りを調べていくと、更に二本、三本ずつ纏まって生えている所に出会う。それらを全て摘み取りながら、更に探索を進めていく。


「ったく、ゲームでもそうだったけど、採取系はあんまり好きじゃないんだよなぁ……」


 文句をぶつくさ呟きつつも薬草を探し続けて、一時間ほど。思ったよりも数が少なく、見つかった数は十四株だった。これでも四つは予備があるのだが、念には念を入れておきたい。


「……一休みしてから、もう一回探すか」


 魔物と戦うような状況でもなく、ただの採取で一時間。それでも俺の集中力は既に限界に近かった。地味な時間が続いた結果、単に飽きたと言っても良い。

 俺は冷たい地面に腰を下ろし、その場で少しばかりの休息を取ることに決めた。重なる緑の隙間に差し込む日の光、透き通るような香りを運ぶ風――日本とは僅かに違うそれらが、飽き飽きしていた俺の心をゆっくりと宥めていく。

 が、そうしていると突然、近くの草むらがガサリと音を立てた。

 始めは茂みの奥から小さく音が聞こえた程度だったが、次第に近づいてきて連続した足音になった。

 咄嗟に腰の剣に手をやり、近くに転がっていた石ころを拾い上げる。

 音のした方へ向かって投げてみると、


「ぐぎゃっ!!」


 そんな低く鈍い声が返答として戻ってきた。どうやら相手は魔物の類らしい。

 剣を鞘から引き抜いて構えると同時に、草陰の中から三匹の小さな緑色の人型が飛び出してきた。その中一体の頭には先ほどの石が当たったのか、小さなこぶが出来ている。


「ぐぎゃげぎ、がぁ……」

「ぎゃぎゃ、げじゅぎぁ」

「がぎぇ、ぐぐぅ……」


 彼らが話す言葉は翻訳されず、ただ醜悪な鳴き声として耳に届く。

 そして彼らがこちらを視認し、腰に巻いていた小刀に手をかけようとした――次の瞬間。

 俺は反射的に三匹の首と胴を斬り飛ばしていた。


「げぎゃ……?」


 頭だけになったゴブリンらしき魔物の口から、何が起きたのか分からないと言った風の声が漏れ出る。が、それだけだ。三匹の身体はその場に血だまりを作りながらゆっくりと倒れ込む。

 日本では見ることも無いようなそんな光景を目の前にして、俺は。


「……グロいなぁ」


 ただのんきに、そんな呟きを漏らすだけだった。

 思ったよりも生き物を殺したことに忌避感とか罪悪感とか、そういった感情は襲ってこなかった。奴らも俺を襲ってきたのだから、俺も奴らを殺す。そんな観念を、さも当然のように受け入れることが出来ていた。


「まあ、それならそれで、嘔吐したものを水で洗い落としたりする必要もないだけか。剥ぎ取り、とかは……」


 再度ちらり、と三体の死骸を見る。


「ゴブリンなんて何処が素材になるのか判ったモンじゃないし、いいか」


 刀の血を近くの植物の葉を適当に千切ったもので拭い、納刀。

 本当はもう一度薬草を探す予定だったが、とりあえず一旦戻るとしよう。半分期待したりもしていたが、実際に魔物を切った以上、後々気分が悪くなるかもしれない。そうなる前に今日はもう作業を切り上げてしまおう。

 俺は最後にもう一度ゴブリンたちの死骸を眺めてから、街に戻ることを決めたのだった。



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