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武神の寵愛  作者: 揺木 ゆら
第一章 武神の寵愛
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第三話 探索者ギルド



 店を出て彼女の言った道筋に従って俺は歩いていく。一応照明がついていた食事処とは違い、街灯がうっすらと灯っているだけの夜の街中を通り過ぎていくのは非常に心細かった。

 それでも次第に慣れてくるにつれ、他に歩いている人々の服装を観察できるようになってくる。村人のような簡素な服装をしている人間はおらず、見るからに剣士や弓使いと言った武装した人々ばかりが歩いている。時折見かける宝石付きの杖をついている人は、魔法使いだろうか。

 ――魔法、か。やはりスライムの出るようなこの世界には、魔法も存在しているのかもしれない。これから訪れる探索者ギルドというところでも、魔法を見る機会はあるだろうかと俺は首を小さく傾げた。

 ただ、こちらが向こうを観察しているように、あちらからも俺にじろじろと目線を向けてくる。俺の服装は未だ学生服のままだ。こちらの学生が俺と同じような服装をしているのかは分からないが、まさかデザインまで同じという事はないだろう。彼らにとっては見たことのない整った服装は、否応なしに俺を目立たせている。

 時折良からぬ視線を、向けてくるのもいるが……。


「ちっ」


 こちらが常に刀の柄に手を掛けている所を見ると、手を出す気も失せるらしい。盗みを働けば斬られるとでも思っているのだろうか。流石に俺も、まだ人を斬る気にはならない。……実際に襲われればどうなるかは、俺にも予想できないけれど。

 そんな他の人間の姿を眺めながら先へ進んでいくと、まずは聞いていた通りの王城らしきものが見えてくる。軽く見上げてみるが、その全体像は暗くてよく見えない。しかし闇の中にうっすらと浮かび上がるその輪郭は、映画で見る西洋の城のように幾つかの尖塔がたっているらしいことを俺に教えてくれる。今日は無理だが、また明日にでも見に来ることにしよう。

 王城を取り囲む壁に沿って存在する通りを曲がって進んでいくと、やがて俺はギルド区画と言うところに差し掛かったようだと察した。街灯がうっすらと照らし出す建物の壁などには、まさにそれらしい紋章が掲げられているからだ。

 弓と矢が示すのは狩人で、紙束とペンは……商人だろうか。鎚と炎が刻まれている所は鍛冶屋と思われる。

 そんな紋章のついた建造物が密集する区域を貫く大通りへ入り、俺は周囲の建物がどのギルドなのかを考えながら、目的の探索者ギルドを探していこうと考えた。彼女は「巨大な建物だ」と言っていたが、それがどれほどのものかは具体的には分からない。故に、俺は念のために一つ一つの建物に掲げられている紋章をきちんと確かめようとしたのだ。

 ――しかし、そんな事をせずとも目的の建物はすぐに「それだ」と理解できた。

 俺の視界に飛び込んできた、他の建物よりも一回りどころか数倍大きい建造物。夜中にも関わらず下から光で全体を照らし出されたその赤い建物は、大きく存在感を示しだしていた。そしてその四隅には、赤地の布に金糸で刺繍された旗がまるでそれっ自体が竜の翼であるかのように雄大にはためいている。

 その旗が風でたなびいた一瞬、確かに俺はその中に両翼を羽ばたかせる巨竜の咆哮を見た。


「あれが、探索者のギルドか……?」


 俺がその下に辿り着くと、改めてその正面の扉には開かれた竜の顎とその背後に交差した翼の印が刻まれているのを確認することが出来た。

 扉に触れる寸前、一瞬だけ俺はそれを押すことを躊躇した。この固く閉じられた扉の先に何が待ち受けているのか、分からなかったからだ。向こうからは何も聞こえないし、隙間からは光も漏れてこない。そんな先知れぬ世界へ足を踏み入れる時の不安が、心臓が止まりそうな感覚となって俺を襲ってきたのだ。

 それでも俺は、その恐怖を何とか押し殺して重い両開きの扉を一息に押し開いた。

 その瞬間に俺の五感に飛び込んできたのは、まさにパーティーのような明るく騒がしい衝撃だった。


「今日もお疲れ様ー!」

「ふはは、俺のこの筋肉をみろぉ! そして恐れおののけぃ!」

「へーいアルカちゃーん、お酒もう五杯追加で!」


 先ほどまで食事していた店とはまるで比べものにはならないほどの、真昼のようにすら感じてしまう空間が俺の目の前に広がっていた。

 広い一つの空間に置かれた数々のテーブルの間ではここに来る途中で見かけた剣士っや魔法使いと言った見た目の連中がそれぞれの武器を床に置き、その手に代わりに持った盃で酒をがぶがぶと呷ったり、また食事を貪り食らったりと好き勝手やりながら騒いでいる。歌を披露しているものも居ればそのムキムキの肉体美を見せつける連中もおり、誰もが笑顔でその場を楽しんでいた。

 その圧倒的な雰囲気に俺は飲まれそうになるも、何とか探索者たちの隙間を縫って奥の方に目を向ければ、きちんと手続き用のカウンターらしきものが並んでいる。そちらの方には身に着けた装備が砂ぼこりに汚れたりしている、仕事を終えたばかりの人々が幾つかの列を作っていた。

 俺も何とか酒の入った乱痴気騒ぎに近い酒場地帯を抜けてそちらへと向かう。

 いくつかある受付の何処へ並べばいいのかと悩んでいると、偶然にも一か所だけ空いているところがあった。恐らく同年代位の、金髪をツインテールにした少女が眼鏡をかけて何らかの冊子を睨みつけるように読んでいる。

 少しの間待ってみても、そこに並ぶ人は誰一人としていない。俺の後からギルドへやってきた人々でも、全員がわざわざ他の人が並んでいる所へと足を運んで行った。

 普段の俺ならば場の空気を読んでそちらへ同じく並ぶところだが、今の俺は本当に疲れていた。慣れない長距離を歩きとおした挙句、食事で休んだおかげで体の緊張も緩んでその疲労感は更に強くなってきていた。

 だからこそ、早く休みたい――そんな思いに後押しされて、俺はその本を読んでいる少女へと声をかけるのだった。


「あー、ちょっと良いですかね」


 そう話しかけた途端、場の空気が凍った。比喩表現ではなく、本当に先ほどまで騒がしかった酒場が一瞬で静まり返ったのだ。それだけではない。俺の横で他のカウンターに並ぶ人たちも、仲間との会話を止める。

 凍り付いたのはほんの一瞬で、次の瞬間にはまた彼らは元の喧騒を取り戻した。それでも酒を飲みながらこちらに注意を向けているようで、背中にはビシバシと彼らからの視線が飛んでくるのが嫌でも理解できる。

 一方俺の正面に座る彼女はそれに気が付かないようで、声をかけられているのが分かると特に表情を変えないまま、手元の本をゆっくりと置いてこちらへと顔を上げた。

 薄いレンズの向こう側から、前髪に隠れた赤い瞳が俺の顔を見据える。


「はい。ああ、本日はどのようなご用件でしょうか。見たことない方ですが、このギルドには初めていらしたのですか? それで、素材の換金の方でしょうか? もしくは依頼の報告でしょうか?」


 返ってきた答えを聞く限りでは、特に問題があるとは感じられない。では、この背後から向けられる数々の視線は一体何なのだろう。

 そんな事を疑問に思いながら、俺は自分の事情について彼女に説明する。


「いや、まだ探索者じゃないです。今日はその登録をしようと考えて来たんですが、大丈夫ですかね」

「そうでしたか。こんな時間に登録とはまた珍しいですが……まあそんなこともあるでしょう。それではこちらに必要事項の記入をどうぞ」


 来ている服をじろじろと眺められたが、その事に関しては何も言及せず、彼女は一枚の紙と羽ペンらしきものをこちらに差し出した。俺としてもこの見た目を一から説明するのは面倒だったためにそれは有難いのだが……用紙を埋めていこうと羽ペンを取ったところで、俺は一つに致命的な事実に気づいてしまった。

 そう――俺はまだこの国の文字が書けないのである。ついつい自然とペンを手に取ってしまったのだが、その先が髪に触れるか触れないかといったところで俺はその事実を思い出した。

 暫しその事を言い出せずに迷っていると、有難いことにこちらの様子をじいっと見据えていた彼女の方から再度声をかけてきた。


「あの、もしかして代筆が必要ですか?」

「……お願いします」


 どうやら学もないのに見栄を張ろうとした人間に思われたらしい。確かにこの世界の学はないわけだが、いざ呆れた目線を向けられると気まずいことこの上ない。まさか日本語を書いても「読めません」と言われるのがオチだろうし。


「それではまずお名前を、そして得意とする戦い方を教えてください」

「ええっと、名前は武神竜也で……」


 と、そういえばこちらでは姓があるのは普通なのだろうか。昔は名字がなかったとは聞いたことがあるが、それに近いイメージのこの世界ではどうなっているのか。


「姓がタケガミ、名がリューヤです。戦い方は……刀だから、剣を使うってことで良いと思います」

「思います、のようにあやふやでは困りますが」


 そんな事を考えていると、じろっと睨みつけられる。


「まあ、見た限り特に鍛えてもいないようですから、赤ランクの間に決めればよろしいでしょう。今のところは未定と書いておきますね」

「あ、はい」


 そのまま彼女の勢いで押し切られ、俺は頷かされてしまった。

 カリカリと素早くペンを動かす彼女の手を見ていると、俺までも露呈した自信のなさに呆れてしまいそうだった。


「では最後に、あなたの『加護(・・)』を」


 再び顔を上げた彼女にそう問われるが……加護とは、一体なんだろう。

 この世界特有の訳の分からない項目に、俺は心の中で首を傾げる。しかし、下手に迷って黙っていては先ほどのように迷惑をかけるだけだろう。そう思って、俺は素直に彼女に尋ねた。


「えーとその、加護っていうのは一体何なんでしょうかね」

「……はい?」


 そんな俺の直接的な疑問に対し、これまで呆れていた彼女の目が点になった。そんな目を向けられると俺も困るのだが、こちらとしては正直に話すしかない。


「いや、その加護っていう所に何を書いてもらえばいいのかよく分からないんだが」


 気まずさに多少声を小さくしながらも、再び同じような答えを返す。そんな俺に、彼女は一旦手に持っていたペンを取り落としてしまった。インクが多少飛び散った事にも気づかないまま、彼女は右手を顎に当てた後、深刻そうにうんうんと悩み始めた。

 まさかそこまで重要な事だったのだろうか、その『加護』というやつは。


「――なるほど。つまりは自身の加護を知られたくない、という事でしょうか?」

「いやそうじゃなくて。マジで何も知らないんですけど」


 何とか自身の中で納得してもらった所に水を差すようで悪いのだが、本当に俺はそれについて何も知らないし、隠そうとしている訳でもない。

 しかしそんな俺の言葉も意図的にかそうかは知らないが無視され、そのまま彼女は自身の推理を語っていく。


「確かに『加護』を知られることは自身の戦い方にも繋がるモノですし、広められたくないというのもわかります。それでも加護の申告はされていた方が、こちらとしては探索者の皆様には適切な依頼を宛がうことができるので、よろしいかと」


 これでどうだ、と言わんばかりに可愛らしい笑顔で頷いた彼女。


「いや、そういうことじゃなくて! ……生憎だけど、俺は自分の加護とやらを知らないモンでして。その場合はどうすれば良いんだか、教えてもらえると助かるんだが」

「……は?」


 そこまで聞いた彼女はようやく俺の言葉の意味を理解したようで、驚愕に目を見開いた。


「いえ、失礼しました。しかし本当ですか、まさかご自分の加護も認識されていないとは」

「本当です。というかそもそもさっきから言ってるその加護ってのはなんなんです?」

「……そこからですか?」

「そこからです」


 彼女の言葉にこくりと頷くと、彼女は急に顎に手を当ててまたもや何かを考え出した。


「確かに辺境では一部、加護の審判を行わない地域が存在するようですが。見た限り、そういう様子ではないですし……。ステータスカードは持っているんですよね? というか、持っていないとここに入ることすら出来ませんし」


 ステータスカード。

 その言葉に心当たりのある俺は、懐にあった真っ白なカードを取り出した。


「あら、綺麗ですね。……というか新品同然じゃない。ろくに使った形跡すらないし」

「最近手に入れたばかりだからな。で、これがなんなんだ?」

「村を出る際まで村長の家か教会で預っていたのかしら……? というか、受け取った際に使い方も教えられなかったんですか? 一体どんな所で育ったのやら、あなたの身の上が気になりますが……」


 再度、じろりと細い目を向けられる。


「このギルドはそう言ったことはあまり問わない主義ですし、良いでしょう。ちょっと魔力を流せば、それで情報が出ますよ」


 魔力。また出てきた新たな幻想的な用語に、俺は苦笑いをせざるを得ない。

 純粋な科学世界出の身に、そんなモノは当然心当たりがないからだ。


「その魔力とやらの操作も、知らないんだが……」


 正直に伝えると、彼女の顔が呆れを通り越して頬をヒクつかせ始めた。


「……それでよく探索者になろうと思いましたね」

「別に、使えなくても死にはしないだろう? まあ、必要なら後々努力するさ」

「まあ、剣の腕だけで成り上がった人もいますから、登録すること自体は構わないのですが……。仕方ないですね。今回は私が魔力を流しますが、構いませんね?」


 俺がこくりと頷くと、彼女はこちらの手の中にあるステータスカードを引っ手繰ってその手に紫色の光を灯す。これが恐らく、この世界における魔力という奴なのだろう。

 やがてその光に同調するかの如く、カードの表面も同じように光り始める。そして、その表面に文字がうっすらと刻まれていく。


「リューヤ・タケガミ、加護は……『武神の寵愛』?」


 プライバシーの観点からか、彼女は小さな声で表示された情報を読み上げた。


「『武神の』、『寵愛』……?」


 表示されたその文字を、彼女は静かに繰り返した。


「なるほど。俺の加護とやらはそれなのか」


 武神の寵愛。

 また大層な名前が出てきたものだが、実際に『加護』がどんな力を持つのか知らない以上、俺は彼女の呟きに大した反応が出来なかった。

 しかし彼女のようなこの世界の人間からしてみれば、それは違ったようだ。まるで信じられないものを見たかのように、表示された情報が嘘であるかのように、何度も視線をその文字の上で往復させる。


「まさか、神からの寵愛を受けているなんて……」

「どうやらそうらしいな。そこに書かれている内容が確かなのなら、な」


 適当にそう受け答えする俺の顔を見た彼女は、未だ驚きに染まったままだ。


「……もしかして、本当に知らなかったんですか? ぶっちゃけ加護を知らない人間なんて、冗談だと思ってたんですが」

「ああ。今日初めて、そのカードの内容を読み上げられて知ったな。というわけで、この反応を見てくれれば分かると思うが、俺は『加護』とやらがどういうものなのかも知らないところの出身なんだ。さっきも言ったが、是非ともそれについて教えてもらいたいものだが」


 それを聞いた彼女の顔が、驚愕から次第に元の呆れた表情へと戻っていく。


「……いや本当、一体どんなところからやってきたんですか。そんな上等な仕立ての服を着ておいて話し方もガサツじゃないから、どこかの貴族が興味半分で登録しに来たのかと思えば、精霊の加護すら知らないなんて。よほどのドがつくほどの田舎から、一人迷い出てきたのかしら」


 彼女の推測はあながち間違っていない。

 確かに俺はこの世界においての世間知らず、なのだから。


「まあ、そんなところだな。否定はしない」

「……ハァ、良いでしょう。それじゃ、至極簡単にまとめて説明するわね。『加護』ってのは私たちが、世界の至る所に存在する精霊から授かった恩寵の事よ。具体的には火や水といった私たちの身の回りの自然に存在する精霊も居れば、光なんていった貴重なものに属する精霊も居るの。で、私たちは生まれながらにして一人一つ、彼らから『加護』を与えられるのよ」

「なるほど、要するに俺たちは自然に愛されて生まれてくるってことか」

「そーゆうコト。それで、『加護』を受けた人間には様々な恩恵が認められているわ。簡単に言えばその精霊の持つ属性――例えば火精霊の加護を受けた人間なら、火属性の魔法が得意になるし、またそれに対する耐性も高くなるの。代わりに逆の属性って言えばいいのかしら、この場合だと水属性の魔法が使いにくくなっちゃうわね」

「それは便利だな。水属性の加護があれば、船が沈没しても溺れないで済むってことか」


 そんな俺の反応に、目の前の彼女はますますあきれ顔を深める。

 余りに呆れているせいか、先ほどから受付嬢としての敬語すらなくなっている。


「ええ、そーですね」

「なるほど、よく分かった。それで、俺のこの『武神の寵愛』ってのはどんな恩恵があるんだ?」


 再度話題に出したその単語に、彼女の顔が引き締まる。


「……わからないわよ」

「は?」

「だからわからないのよ、本当に。だってそんな加護、聞いたことがないもの」


 彼女は手元にあった紙の裏に、図を書いていく。


「良い?ここからは『加護』に関する具体的な説明になるんだけど。まず、『加護』の属性は大まかに七つに分かれているの。火、水、土、風の基本的な四属性に加えて光と闇、そして無の貴重な三属性。その他に、極々稀にですが、『時』などがあるけれど……それはさておき、最初に行った七つが一般的に知られているものなのよ」

「なるほど、その中に『武神』ってのは含まれないわけだ」

「まだ話は終わってないわよ」


 彼女は紙に書いた七つの属性の上に、更にいくつかの言葉を書き連ねていく。


「で、一言に精霊と言っても、その中には格の違いがあるの。カードに表示される内容はホント単純な分け方だけど、三つ。精霊、大精霊、そして神様。アンタのその加護も、属性は分からないけど神って付いてる時点で最高ランクに含まれるわけね」

「なるほど、それで?」

「最後に、一言に加護と言っても精霊は与える人間を気に入ってる度合いによって与える加護の質が違うの。普通の加護、その上に祝福、そして一番気に入っている人間には寵愛を与えるのよ。もうわかったでしょ、それがどれほどの『加護』なのかってコト」


 つまり俺の『加護』は精霊の中でも最高位に位置する神に与えられたもので、しかも寵愛を与えるほどに俺は武神に完全に気に入られているらしい。


「……他にこういった人間っているのか?」

「居るわよ。もちろんこの探索者ギルドにも。『炎神の祝福』を持つ銀ランクの探索者、ブレイザー・カタストロフ。『女神の祝福』の紫ランク、レスティア・ロンギヌス……ああ、こっちは所謂無属性を司る神様ね。この二人が最高位の金ランクの持ち主で、このガリスティアナ王都探索者ギルドの誇る最強の剣なの」

「なるほどね。ところでランクってのは?」

「その者の実力が分かるよう定められた、全ギルド共通の位階の事よ。カードを見ただけでわかるように、その色で区別されているの。貴方のようなギルド未登録者は白、登録すれば赤色に変わって、それから紫まで、ランクごとに虹の七色に従って変化していくわ。そして最後に、特別なランクとして銀、金色の色が与えられることもあるの。最も、これらの色の持ち主は稀だけどね。大体がそのギルドのマスターだったりで、さっき挙げた二人も金色を与えられてるわ」

「なるほどねぇ……。ちなみにその銀とか金の人たちって、そういうことが出来たりするんだ?」


 興味本位でそんな話を振ると、彼女はにわかに信じられないような内容を語った。


「そうね。例えばカタストロフ氏だと、神話上の存在だと囁かれていた火山の深部に眠るドラゴンを単独で討伐してるわ。なんでもその際に小国がいくつか滅んだとか。この人に関しては、金でも足りないとされているけれど」


 想像の遥か先を駆け抜けていったその実績に、俺は現実感を抱くことが出来なかった。幾らファンタジックな世界とは言え、国を亡ぼすような奴を相手に一人で戦えるなんて無茶無謀を幾度重ねれば叶うのか。


「到底人間業とは思えないな……」


 そう呟いた俺の言葉に、彼女は嘆息する。


「だから炎の神に祝福されていると言っているじゃないですか。加護も無しにそんなことは出来ませんよ。話じゃ、彼以外の討伐隊は最初のドラゴンブレスの時点で即死か瀕死だったらしいですから」

「なるほどね。うん、よーく分かったよ、その加護の効力が。人の力を超えたトンデモナイものだってことがな」

「それを理解していただけたなら何よりよ。――と。さて、話を戻しますが。貴方の加護は、結局秘匿したままにしておきますか?」


 敬語が外れているのに気付いたらしく、彼女は一旦間をおいて口調を直した。

 そういえばそうだった、と俺は再度手元のカードに目を下ろした。そこには未だ『武神の寵愛』の文字がきらきらと輝いている。

少なくともこれより一段階下の加護で神話の怪物を討伐できるような力があるのだ。俺にかかっているこの恩寵の具体的な効力は未知であるとはいえ、この名前だけで周囲に及ぼす影響は莫大だろう。


「――ああ、そうしておくよ」


 よくも悪くも、騒ぎ立てられるのは好きではない。公開するのはいつでもできる。だが今は余りに時期尚早だろう。下手に偉い人間に捕まって、利用されるだけの人生にでもなったら自由気ままに過ごすことすら難しそうだ。今の話のような事が起きた際に真っ先に担ぎ上げられて前線に出されるのも御免だし、まずはこの加護の力を試してみてからにしよう。

そう考えた俺は、ひとまずこれを非公開にしておくことに決めたのだった。


「分かりました。ただ、その場合には『加護』が非公開という事で、少しばかり多人数での依頼を受ける際に支障が出る場合があります。それでもよろしいでしょうか?」


 ただ、そんな彼女の忠告がなんとなく気になった。


「どういうことだ?」

「『加護』とはすなわち、その精霊の力を借りることの出来る権利を持つという事です。故に、『加護』を公開していなければ貴方がどのようにパーティーに貢献できるかを表明する機会を一つ失ったことになり、また時と場合によっては『加護』を実は持たず、見得を張って非公開にしていると判断されることも」

「前者はともかく……後者に問題があるとは思えないんだが。そう思いたい奴には思わせておけばいいだろう」


 そう言い切るも彼女の表情は思わせぶりなままで、それ以上は何も言わなかった。


「いくらか気が変わった場合は私たちに申し出てくださいね。質問は以上でよろしいでしょうか?」


 意外なことに、目の前の彼女は俺の答えには大した反応を示さなかった。


「……なんですか、その目は」

「いや、てっきり反対されるものかなーと思ってたから」

「まあ、低ランクでいる内はパーティーで依頼を受けることも無いでしょうし、大して問題ないでしょうから。しばらくは採取や運搬が基本ですし、加護が必要になる場面なんてそうそうありませんよ。もし私が精霊教の信者だったなら、今頃もっと大騒ぎになっていたでしょうがね」


 精霊教、というのは宗教だろう。

 その名の通り、精霊を信仰する宗教らしいが……目の前の彼女の反応を見るに、おそらく一部の信者は所謂、手に負えない狂信者なのだろう。


「なるほど、宗教関係は確かに厄介そうだ」

「でしょうね。それに武神なんて初めて聞いた神様だし、相当教会内でも揉めることは間違いないとして。あなたはその間確実に軟禁されるし、下手すれば武神を認めない一派が出てきて暗殺されちゃうかもね」

「……」


 その場面を想像して、ぞっとする。


「ま、大丈夫でしょ。神様からすれば加護を与えた存在が暗殺されるなんて認められないだろうし、多分何とかなると思うわよ、多分。あ、そうそう。ギルドへの登録がまだだったわね。カードを一回こっちに渡してちょうだい」


 今のところはもう聞きたいことが無くなったので、俺は素直にカードを差し出した。

 彼女はそれと記入用紙を手に奥の方へ消えていくと、数分でこちらへ戻ってきた。


「はい、どうぞ」


 受け取ったカードは先ほどまでの白色から、燃えるような赤色に染められていた。加えてカードの片面には、探索者ギルドの紋章である竜の翼が大きく翻っていた。


「どーも。……あ、そうだ。悪いがあと一つ聞きたいんだけど」

「なに?」


 俺は散々聞いた挙句、肝心のことを聞き忘れていた。


「ちょっと道中で耳に挟んだんだけど、ギルドはメンバーに小さな部屋を貸し出してるんだろ。今の俺でもそこに泊まったりできるかな?」

「ええ、ちょっと待っててね……大丈夫よ。一日三千ルストで、一部屋二食付きね。探索者の都合上門限とかは特に存在しないけど、食事が出る時間は決まってるから気を付けてね。あと、時間には気を付けること。今日はともかく、こんな夜遅くになると、登録したての人は酔った馬鹿に絡まれかねませんから」


 そういって彼女は現在進行形で酒盛りをやっている探索者たちの内、一つのテーブルを指差した。そこでは酔っているのか装備一式を脱いで丸裸になった男が、メンバーの魔法使いらしき紫ローブの女性に頭部を激しく燃やされる光景が広がっていた。

 それを見て、彼女は再度嘆息する。


「間違ってもああいう風にならないように」

「……そうだな。間違ってもあんな反面教師にはならないようにさせてもらうよ。んで部屋の話だけど、取り敢えず前払いで五日分で良いかな」

「はい、一万と五千丁度ですね。それではこちらが鍵となります」


 財布の中に眠っていた金貨一枚と銀貨五枚を払い、代わりに202と刻まれた鍵を受け取る。


「部屋はあちらの階段から二階へ上がった先となります。……まさか鍵の扱いまで分からないとは言いませんよね?」

「さすがにそこまで常識知らずじゃあないかな、多分な」


 とは言いつつも、ここまでに十分この世界の人たちにとっての常識を質問しているので俺の表情は苦笑いだった。

 ……まさか世界を超えれば鍵の扱い方まで変わったりしないよな。


「どうですかね。私が言うのもなんですが、探索者になるような人間は基本どこか頭の螺子が飛んでいることが多いものですから。この間なんて鍵を部屋の中に忘れて勝手に閉まってしまい、開けられなくなったと言った男の探索者が居たのですが……彼は女職員にマスターキーを使わせるように頼んで部屋の前に着いた途端、中に連れ込んで抱こうとしかけましたから」

「結果、どうなったんだその探索者は?」

「さあ。多分今頃好きなだけ土を抱いてるんじゃないでしょうか」


 それは遠回しに死んだと言っているようなものではなかろうか。

何とも恐ろしい世界である。


「心当たりがないのならそう顔を青くすることも無いですよ。っと、そうでした。こちらもどうぞ」


 彼女は忘れていたとばかりに一つの小さな冊子を取り出した。


「そちらには最低限の基礎事項が書かれていますので、って字が書けないんですよね。それなら読むこともできないでしょう。さて、どうしたものですかね」

「うぐっ。……文字の勉強って、どこかで出来ないものなのか?」

「やる気があるのならば、自力で勉強するしかないでしょうね。図書館などへ行けば簡単な絵本などもあるので、まずはそちらから学んでみてはいかがでしょう」

「なるほど、図書館もあるのか……中世風にしては現代風なところもアンバランスに揃ってるんだな。ご都合主義バンザイ、だな」


 それでも最初から読み書きできるようになっていない辺り、なんでもかんでも努力なしに上手くいくようには出来ていないらしい。一応は努力する環境の下地が整えられている辺り、自身の幸運値がうまく働いてくれたに違いない。


「ともかくありがとうな」

「いえ、どう致しまして。最後にお礼を言える位常識がある方でしたので、私もそう返したまでですから。最初から体目当てで話しかけてくるような人間だったら、相応のことを返していましたが」


 そう言った彼女の眼は、完全に本気だった。


「まさかさっきの話、そっちの実話じゃないだろうな……」

「さて、どうでしょうか」


 彼女はそう可愛い顔でクスリと笑ったが、俺にはその裏に冷たい何かが眠っているようにしか映らなかった。

 と、ふいに喉の奥から欠伸が漏れた。


「んじゃ、早速俺は寝させてもらうとして。……最後に一つ、そんな俺の常識さに免じて、そっちの名前を教えてくれないか? 俺の名はさっき言った通りリューヤ・タケガミだ。そっちだけ俺の名前を知ってるってのも不公平だろ?」


 地球に居た時は初対面の女子相手に名前を聞いたりしないのだが、うまく幸運が続いてくれることを願って俺は彼女にそう問いかけた――問い掛けて、しまった。

 思えばつい先ほど『相応のことを返す』と言われたばかりではないか。今の発言がナンパ扱いされた場合、俺は寝ている内にボコボコにされてしまうのではないか。

 そう内心で戦々恐々としていると、なんと俺の幸運値は最後の最後でもまだ残っていたらしい。


「……普通は教えないんですけど。悪い人でもないみたいだし、まあいいかな。私の名はリン・フェルトよ。リン、でいいわ。最初から私の所に来る辺り、毎回ここに来て話すことになるでしょうし。どうせいつも、誰も居ませんから」

「いつも誰もいないのかよ……。んじゃ、俺も気軽に利用させてもらうとするわ。つーか敬語はどうした」

「あら、あなたがあまりに非常識だったから、つい。ま、別になくても咎められたりしないわよ。それじゃ、今後はそういう感じでよろしくね。ったく、敬語も誰も来ないから使う機会も無かったし、面倒だったのよねー……。それじゃ、また明日会いましょう」

「ああ、また明日」


 彼女の返事を聞き届けて、俺は自身にあてがわれた上階の部屋へと向かうのだった。





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