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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
剣士、現る!?
7/70

その1

 トレスの社会デビューも無事終えて、また平穏かつスリリングな日常が始まった。

 そして、空も週二の大衆食堂『ふくちゃん』のバイトに勤しむ。

「久恵さん、カウンター空きました」

「じゃあ、新規二名様お通しして」

 日が暮れるにつれて店も賑わい、久恵と空もてんてこ舞いだ。

 バイトの人数を増やせばいいのだが、ここの主である福太郎が首を縦に振らない。

 そんなに広い店でもないのに、と言うのだが実は妻の久恵と空の三人の空気を壊したくないのが本音だ。

 杉本夫妻には成人した息子が二人いるが、久恵としてはやはり娘が欲しく空が面接に来た時は即採用だった。あまりの即決の妻に福太郎は珍しく口を挟んだ。

「おい、そんなに急いで決めなくてもいいんじゃないのか」

「あら、あなたは空ちゃんが気に入らないんですか?」

「そうじゃないが、もっと色々な人に来てもらってだな……」

「そんな悠長なこと言って、他のバイトに取られたらどうするのよ!!」

 たった今知りあったばかりなのに、えらい入れ込みようである。

 惚気る訳ではないが、久恵の人を見る目は確かで自身も何度がそれで助けられた。

 それに人事権と経営は妻に委ねているので、久恵の提案は相談ではなくもはや決定なのだ。

 慣れないながらも一生懸命働く空の姿は、見事杉本夫妻の心をがっちり掴んでいく。

 事故で両親を亡くしたと聞いてたが、そんな様子を微塵と感じさせない明るい笑顔は二人だけでなく訪れる客にも受け入れられて、今では『ふくちゃん』の看板娘である。


 約束の九時を慌ただしく迎えた空が帰路に着くのと入れ替わりに、やってきた人物がいた。

 縦横がっちりした体格に日焼けした四角い顔、太い眉、そして、大きな口といかつい形相だ。鋭い眼光を動かしてなにやら人を探している。

「あら、いらっしゃい」

 プロレスラー張りの客に物怖じすることなく久恵が声を掛けると、カウンターへ座ってきた。

「あの子は?」

「残念! 一足違いね」

「もう少し早く来れたんだが、あの連中ときたら!!」

「飯尾さんは空ちゃんのファンだものね」

 空の名前が出た途端、あの厳つい顔が嘘のように崩れた。

 目尻は下がり、真一文字に結んでいた口が緩んでいるこの男は飯尾武。この近くの現場監督をしている常連だ。

 カウンター席で愚痴る飯尾に、福太郎は通しの小鉢を置いた。


 実は、福太郎と飯尾は高校時代の同級生で所謂『悪友』というやつである。

 物静かな福太郎と対照的で、声も態度も大きい。おまけに、ラグビー部と根っからの体育会系だが、彼とは妙にウマが合い悪態をつきながらも何かにつけて行動を共にしていた。

 やがて、福太郎は大学へ飯尾は家業を継いで土木関係に道へ進んだため、二人の交流は途絶え縁が切れたかに思えたが、そこは腐れ縁の恐ろしさだ。

 数十年経ったある日、飯尾は職場の若者達に誘われてふらりと寄った所が『ふくちゃん』だった。

 カウンター越しに、知っている顔を発見した飯尾の驚きようはなかった。てっきり、大学を卒業して会社勤めをしていると思っていた福太郎が包丁を持って厨房に立っている。

「杉本、こんな所で何やってんだ!?」

「何って料理している。それより人を指差すな」

 こちらの驚きを受け流して淡々としゃべる福太郎に、呆気に取られていると一人の女性がやって来た。

「いらっしゃい、こちらへどうぞ」

 部下と飯尾をテーブル席に案内すると、メニューを手渡した。

「妻の久恵です。確か、高校の時のお友達でしたね」

 飛び抜けて美人でもないが笑顔が似合う久恵にビールを酌してもらい、飯尾達は恐縮した。

「驚いたでしょう? 私達家族もびっくりしたんですよ。この人ったら、突然食堂をやりたいって会社を辞めたんです。いつの間にかちゃっかり調理師の資格まで取っちゃって」

 今日が初対面だというのに、久恵はこれまでの人生を雄弁に語り始める。

 現場では強引と評判の飯尾も慄いていると「料理、出来たぞ」と、明らかに不機嫌な口調で福太郎は妻を呼び戻した。

 それからは飯尾は暇を見つけては『ふくちゃん』に通っているが、ある日久恵からバイトの子を入れたと報告があった。

「蒼井空ちゃんっていうのよ。素敵な名前でしょう?」

 アオイソラなどふざけた名前だと、飯尾は興味を示さなかった。

「だいたい、今時の女子高生はチャラチャラしてて、人の顔見りゃ顔をしかめて避けやがる」

 そりゃ、お前さんの顔を見たら女子高生に限らず皆避けるぞ、と福太郎は突っ込みたかったが後が厄介なので黙っておく。

「あらあら。あっ、空ちゃんこっち」

 仏頂面でビールを煽る飯尾の横に、女の子がやって来てお辞儀をした。

「蒼井空です。よろしくお願いします」

「こちらは飯尾武さん。主人のお友達なの」

 ほら、と久恵に促されて飯尾は渋々向き直る。


 ーどうせ、「きゃー、この人怖い~!!」とか言うんだろうよ!


 だが、飯尾の予想を反して女の子はにこやかな笑顔で彼を見つめていた。

 初めての反応で面喰っていると、客に呼ばれた空は一礼してテーブル席へと入ってしまった。

「やっぱり、ダメかしら。飯尾さんが嫌なら……」

 久恵が顎に手を当てて考える仕草をすると、飯尾はわぞとらしく咳払いをした。

「まあ、久恵さんと杉本がいいなら俺が別に構わんぞ」

「よかった」

 飯尾の態度から反対しないと、勘のいい久恵には分かり切った答えだった。そして、反対したとしても彼の意見はきっと無視されるに違いない。

 久恵は笑ってカウンターを離れると、福太郎は注文の料理を置いた。

「なかなかいい子だぞ。仲良くしてやってくれ」

「……おい」

「なんだ」

 黙っていた飯尾が低い声で訊いてくる。

「あの子に男はいるのか」

「さあな。プライベートなことまで訊かんよ」

 すると、突然飯尾がキレてきた。

「なに暢気なこと言ってやがる!! 変な男に引っ掛かったらどうするんだ!!」

「興奮するなよ。だいたい、なんでお前さんが心配するんだ?」

「俺の許可なしに男を近付けるな!! いいな!!」

 空の父親にでもなったつもりなのか、いきり立って生ビール大ジョッキを飲み干した飯尾に久恵は溜息をついた。

「空ちゃんも大変ね。頑固親父が二人も出来ちゃったわ」


 あの日と同じ生ビール大ジョッキと焼き鳥のメニューで注文した飯尾は、料理の盛り付けをしている福太郎に話し掛けた。

「おい、杉本。あの約束、ちゃんと守っているだろうな?」

「約束?」

「空ちゃんに、変な虫がつかないよう見張ってるって約束だ」

 またそれか、とうんざりした様子を顔に出さず黙々と作業をこなす。

「あまり構い過ぎると空ちゃんに嫌われるわよ」

 ひと段落ついた久恵が、飯尾の隣に座った。

「もう十七歳なんだし、好きな子がいてもおかしくないんじゃない?」

「好きな野郎がいるのか!?」

 久恵の台詞に飯尾が目を剥いた。その迫力は、まるで動物園のゴリラに近い。

「今のところはいないと思うけど、最近妙に楽しそうなのよねえ」

 これ以上は火に油を注ぐようなものだと、福太郎は久恵にテーブル席の片付けを促す。

「俺は認めんぞー!!」

 飯尾の絶叫が夜の街にこだました。



「くしゅん!!」

 バイトから帰ってくるなり空は大きなくしゃみをしたので、筋トレをしていたトレスがこちらを見た。

「風邪か」

「夜風が冷たくなったせいかな」

「気をつけろよ。万病のもとだからな」

 そう言ったトレスも突然の悪寒に身震いをする。

「お前のがうつったぞ。」

「えー!? また人のせいにする!!」

 風邪なのか。否、飯尾の激昂が及ぼす影響とは二人は知る由もない。







 










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