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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
剣士、現る!?
3/70

その3

 前髪の隙間から見える藍色の瞳は寂しげだ。

 だから、その言葉は空の口から自然と出た。

「ここにいていいよ」

 若者は目を丸くした。

「だって、そんな話誰も信じないよ。お金もないし住む所もないのに」

「お前は信じるのか?」

 彼の素朴な疑問に、空の言葉が詰まる。

 ひょっとしたら、同情をひいて金銭を騙し取る詐欺師かも知れない。はたまた、居直り強盗かも知れない。

 若者の話はどれ一つ取っても信憑性がないのに、いい人前提で事を進めてきた自分って一体……。

「私、「超」お人好しらしいから気にしないで」

 と開き直ってみる。

 半分は意味が分からなかったが、未知の世界へ放り出されて途方に暮れるこれからの現実を考えると、彼女の申し出は有り難い話だ。

「助かるよ。俺はティエラ・トレス」

 トレスという若者が右手を差し出したので、空も握手で応える。剣だこってやつだろうか。掌がやけに堅い。

「私は蒼井空。よろしく」

「アオイソラ?」

 トレスは、復唱して少し考えている。

 幼い頃からよくからかわれていた冗談のような名前の意味を、トレスは知っているだろうか。


 ー知っていたらきっと笑うだろうな。


 だが、彼は「いい名前だ」と言ってくれた。

 空の顔が、夕焼けのように赤く染まる。


 細かいことはおいおい理解していくということで、遅めの朝食を摂ることにした。

 トーストと目玉焼き、ミニサラダと在り来たりなメニューに、異世界からきたトレスの口に合うか心配したが、完食してくれたのでほっと胸を撫で下ろす。

 もし、食文化の違いで餓死でもされたら洒落にならない。


 ー今日、学校が休みでよかった~。


 たとえ、この状態で登校しても動揺しまくりで授業どころではなかったはずだ。

 だが、昼から近所のディスカウントショップのバイトがあるので、彼一人を部屋に置いていくのは忍びない。

「ちょっと出掛けてくるけど平気?」

 こくりと頷いたので、トイレの使い方など生活に必要な最低限の説明をしていたら、あっという間にバイトの時間が迫っていた。

「夕方には帰ってくるから」

「分かった」

 立ち上がったトレスは、空が見上げるくらい背が高い。

 大きめの襟が付いている紫紺のロングコートに、精悍さとあどけなさが共存している顔立ち、そして藍色の髪と瞳。

 昨夜はよく分からなかったが、明らかに格好いい。

「行かないのか?」

 すっかりトレスに見惚れていた空は、慌ててバックを持った。

「行ってきます」


 玄関のドアを閉めた空が大きく息を吐いた。


 ー「行ってきます」なんて、何年ぶりかな……。


 独り暮らしの彼女には無縁だった言葉を、しみじみと噛み締めて自転車を漕ぎ出した。


 流れる風景を目の端で感じながら、昨夜からの騒動の一部始終を辿ってみる。

 バイト帰りにふらりと現れた彼の名前はティエラ・トレス。不思議な石の力で、オバジーンという異世界の国からやってきた剣士らしい。

 行く所もないから、しばらくはうちで面倒を看るしかないと決心したまでは良かったが、またもや深刻な事態が待っていた。


 ーこれって同棲!? いやいや、これは人助けであって断じて疚しい気持ちはないって! 同居よ同居!!


 自転車を漕ぎながら何度も力強く頷く空は、傍目から見ていささか奇妙だ。



 店に着いた空は、早速貸与されたエプロンを付けると陳列棚に商品を並べている男性に挨拶した。

「おはようございます」

「やあ、空ちゃん」

 振り向いたのは柳井高文、大学三年生である。

 穏やかな笑顔が象徴するように温和な人柄で、「優しいお兄さん」と女性客に人気だ。

「今日は早いんですね」

「店長に早番、頼まれちゃってね」

「またですか!? 柳井さんって人がいいから」

「空ちゃんに言われたくないなあ」

 苦笑する柳井の横で空も一緒に商品を手際よく並べていると、一人の女子高生が彼に話し掛けてきた。

 目当ての商品がないから探してくれと言うのだが、目的は別にあるようだ。

 その証拠に、彼女の頬がほんのり赤く柳井を見つめる瞳は輝いている。


 ーかっこいいものね、柳井さん。かっこいいと言えば……。


 ふとトレスの顔が浮かんだ。口元はきゅっと結んで凛々しいが、藍色の瞳は意外と大きい異世界の剣士。

「どうしたの?」

 いつの間にか手が止まっている空を心配そうに柳井が覗き込んでいた。

「やだ、ぼーっとしちゃってすみません」

 トレスのことを考えていたとは言えず、慌てて作業に戻った。



 一方、部屋に残されたトレスは手持無沙汰だ。

 何かをしたいが、何をしていいのかさえ分からない。だから、つい自分のいた世界に思いを馳せる。


 ーおじさんは元気でやっているだろうか。


 自分が住んでいた所と異なる世界に不安が全くない訳ではなかった。

 空には冷静な態度をとっていたが、胸にはどうしようもない絶望感が容赦なく押し寄せてくる。

 首に掛けているペンダントの石を、窓から射す陽に翳してみた。

 『奇跡の石』

 トレスの家に代々受け継がれている石で、他民族への意思の疎通が瞬時で可能になると聞かされている。

 ほかにも素晴らしい力があるらしいが、未だ解明されていない謎多き石なのだ。

 そのせいか、『奇跡の石』を狙う者が絶えず、彼は幼い頃からこの石を守るべく剣士としての全てを父、そして養父に叩きこまれて育ってきた。

 そして、あの夜、トレスはこの石を守る為に『時の泉』に身を投げた。

 オバジーンの古くからの言い伝えによると時空を超えるらしく、飛び込んだら最後、何処へ辿り着くか分からない。いや、生死すら保証出来ない禁断の泉なのだ。

 だからこそ、トレスは死を覚悟して身を投げるしかなかった。

 もう、誰もこの石を巡って争いが起きないようにと……。


 寝転んだトレスは、おもむろに部屋を見渡した。

 家具の数は少ないものの、何やらごちゃごちゃと小物が置いてあるところはオバジーンの娘達となんら変わらない。

 それにしても、異世界から来た自分をすんなり受け入れておまけに一緒に住もうという空の心理は理解し難い。


 ー普通、疑うだろう!? しかも、一緒に住もうなんて。俺は男だぞ! 嫁入り前の娘が口にする台詞じゃない。


 本当にお人好しにも程があると窮地を救ってもらった分際で、感心を通り越して呆れてしまう。

 もし、自分が逆の立場だったらどうしただろうと考えてみたが、やはり空のように行動できないと結論が出る。

 何はともあれ、彼女が命の恩人という事実に変わりはない。


 起き上がる際に薄っぺらの板に手が触れた。すると、突然立て掛けてあった黒い板(実は19インチの液晶テレビである)から人が現れたので反射的に身構える。

 恐る恐る近付いて暫く観察していた。

 どうやら、この人間は平たい壁から出ることは出来ないらしくいつまでも平面上のままだ。


 ー変わった板だな。食べ物があるのに匂いがしない。


 次々と映し出される映像に、トレスは食い入るように見つめていた。





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