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仮面の魔騎士ドレイク  作者: ulysses
青雲篇
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第004話 リュシアンとジョスラン

 リュシアンとフェリシーは、常に一緒で睦まじく、セドラン家でも歓迎された。

 オレリアとジュスティーヌはもちろんのこと、オーギュストは娘ができたように喜んだ。


 リュシアンは週のうちの半分、デュボア家で夕食をごちそうになった。

 その後の時間はギャスパールから商業の仕来り、商人の心構えなどを例に、組織経営学を学ぶ。夜はそのままデュボア家に泊まる、という図式が定着した。


 一カ月ほど経ったある夏の日の早朝、リュシアンは日課の鍛錬にいつもの草原にやって来た。クリストフは再びオーギュストの護衛として出立し、ギルドのケトゥもバタイユの指導を受けるほどのものがないため、薬草採取と自主鍛錬の日々が続いている。

 

 リュシアンは、一通りの剣の型を工夫している。

 両の手には、この大陸では見慣れぬ双剣が握られていた。

 先日ガエタンという鍛治師が、セドラン家に届けて来たものだ。


 昨年、伝来の家宝を売り払ったときに、刀剣類の予備鑑定を依頼した鍛冶工房の若い親方だった。東方からの奉具である奇妙な剣を、喰い入るように見詰めていた姿を思いだす。

 確かに刀身には魅きつけられ、清冽で吸い込まれそうな美しさを感じた。

 鑑定の報酬分と合わせ、大金を投じてその剣を所望したそうだ。一年足らずで大陸式鍛造とは違う打ち方の剣を再現するとは、天才だったのだろう。

 現れたときはやせ細り、夢遊病者のようだったというがそれ以来、工房にも家にも姿が見えないという。


 鍛錬の途中で余計な考えが浮かんだリュシアンは、剣を納めた。


(今日も来ている)


 四日前の早朝の鍛錬中、一人の小柄な少年が草原に現れた。幼児かと思うような背の低さだった。とても細く、栄養が足りていないのかと一瞬思ったが、骨と皮という感じではなかった。だが、悲しげにこちらを見ており、体が弱いのを悲しんでいるのかと思った。

 リュシアンに声をかけるでもなく、少し離れたところに座る。たすきにかけた大きな皮鞄から、立派な装丁の本を出し読み始める。表紙には『大陸法ル・ドロワ・シトワイヤン』の文字。


 このヒュペリア大陸の広大な地域を支配した古代帝国の法律を起源として発展し、現在ラテール王国をはじめとする大陸諸国で広く採用されるに至った法系である。

 もともとは古代帝国市民にのみ適用された『市民法ユス・キウィレ』と呼ばれるものだったが、帝国文化の成熟に伴い市民と外国人、または外国人同士の取引に適用される『万民法ユス・ゲンティウム』へと発展した。

 その後帝国は分裂し、各国独自の領邦法・封建法などと融合して、現在の『大陸法』が生み出されたと、リュシアンはクリストフ師に授業で習った。

 

 リュシアンは、保温水筒のスープを器に注ぎ、少年に近づく。

「やあ、このところ毎朝会うね。体が冷えていないかな? スープを飲まないかい?」

 少年は、しばし考えた。

「ありがとう」

 礼を言い、受けとった。


「僕はリュシアン・ブルトー。冒険者見習いだ。よろしくね」

「僕はジョスラン。よろしく」

「武技の鍛錬なんて、見ていて楽しいかな?」

「見たことがない剣を使う子どもがいると、猟師の兄に聞いたんだ。どう使うのか、興味があった」

「まだまだ、使えないんだけどね。君は法律の勉強をしているのか。僕にはなかなか難しくて、今度教えてくれないかな?」

「いいよ」


 悲しげな少年と、ゆっくり時間をかけて話しをした。同い年と知り、驚く。


「僕は、体が大きくならなくてね。健康には問題ないが、ウチは貧乏農家で僕は役に立たない。幸い僕は、ウチの家系では珍しく頭が良いそうだ。法律で身を立てたいのだけれど、伝手がなくて……。いずれエルモントで公務員試験を受けるために、勉強しているのさ」

 腕の中の法律書を撫でる。

「この本は、なんとか算段を重ねて家族が贈ってくれたものだ。僕は、何としても身を立てて、家族に恩を返すんだ」


 リュシアンは別れたあと、ギャスパール氏に相談した。

 己の力で立身を目指すその姿勢が、自身との共感を呼んだのか。話していて、妙に気の合うのを、互いに感じていたと断言できる。

 ギャスパール氏との話し合いの結果、彼を住み込みの書生として援助することが決まった。あとは彼と、彼の家族の意向を聞くだけだ。


 この話をアンペール村のジョスランの家へ持ち込んだとき、彼の家族は大いに喜んだ。

 しかし、ジョスランは悲しげに顔を歪めている。

「ごめん、勝手に話を進めて、君の意見を聞いていなかった。君に相談するべきだった」

 リュシアンは(僕は傲慢だった。これは施しになるのか、彼を侮辱したことになるのか)と思い頭を下げる。

 家族が大爆笑し、リュシアンは呆気にとられた。


「ジョスはな、あれで喜んどるんだわ。何でか知らんけど、悲しい顔していりゃあいるほど、あれは喜んどると思って間違いないで。まっこと、頭の良い奴は不思議よの」


 ジョスランは、背が高く逞しい家族に囲まれ、頭を撫でられている。その顔は悲しげで、今にも泣き出しそうに見える。

 リュシアンは、呆気にとられたままそれを見ていた。


 ジョスランの家が裕福でないのは、耕地と食事量のバランスが取れていない事が原因のようだ。夫も妻も、二人の兄も、とにかく良く食べる。しかし家族総出で耕しても、手がかけられる面積は多可が知れている。下の兄が猟をして、かつかつのようだった。

 デュボア商会の荷役の仕事を紹介してみたが、「儂らの好きな仕事だけん、ご心配なく。ジョスを頼みますで」と笑って断られた。


 こうして、リュシアンとジョスラン、フェリシーは一緒に勉強し、様々な経験を共に育っていくことになる。ジョスランは通例にならい、生まれ育った村の名を姓にした。

 二年後には母が逝き、リュシアンは独り立ちを焦ったこともあった。

 ソゥヴァジオンは引退し、余生を送ることになったデュボア家の厩舎で、仔馬を産んだ。シルフィードは母以上の能力を有し、リュシアンの愛馬となった。




        ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞




 街道を行く三頭の馬影。

 リュシアンとジョスランは、エルモントから北東へ馬で二日の距離にある、アルドゥエンナの森を目指す。野営に必要な保存食や毛布、鍋などの道具類は、三頭目の荷馬に乗せられていた。

 リュシアンは、出発する前にデュボア邸で話された依頼内容を思い起こす。


「アルドゥエンナの森の中に、正体不明で大きな獣が出没するらしいので、特定する仕事なんだ。可能なら、退治もする。それと、森の中に黒い霧が湧く場所があり、生き物が寄り着かないそうだ。その辺りに何か有害なものでもないか、ついでに調べるという案件もある。今回も護衛と荷運びと、退治を頼む。出発は、明日の朝五の刻でどうだ。指名依頼を出すから、今から一緒にギルドへ行って受けてくれ」


 ジョスランが治安監査官の調査任務で遠出するときは、必ずと言っていいほどリュシアンが護衛を務める。遠出を嫌う同僚の中、本人の希望もあり、本来なら回り持ちである遠方の治安監査や調査は、一手にジョスランが引き受けている。細かい市街区の監査の合間を縫って、一年に三、四回ほどあった。


 二日目は街道を外れ、間道を通る。石畳が敷き詰められ、よく整備されている。

 アルドゥエンナの森に近づくと、山がちな丘陵が鬱蒼とした森林で被われ始めた。その広さは約20万haあり、近郊の村々の狩猟場ともなっている。

 また、木から作られる炭が豊富なこの地域では、森の中に炭を燃料とする金属加工を生業なりわいとする冶金・鍛冶工房と炭焼きを産業とする村が多く点在する。

 道の横を大きな川が流れ、曲がりくねって離れて行く。アルドゥエンナの森の中央の盆地から流れるムーゾン川の流域は、大部分が湿地となっている。ところどころ、石橋が掛かっていた。

 

 木立を抜け、平原の先を見ると、二人は声を呑んだ。

 アルドゥエンナの大森林は、黒ずむ霧に包まれていた。

 用心しながら、薄く霧の漂う平原を進む。

 空気は湿り、重く淀んでいる。肌に纏わりつくような不快感に、リュシアンたちは顔をしかめる。


「ジョス、霧は森の一部じゃなかったのか? これは相当な範囲が呑まれているぞ」

「リュシ、報告があったのひと月前だ。拡がっているとみるべきだろうな」


 森の入り口で、二人は奥を伺う。

 踏み固めた土の道が、森闇に伸びている。

 木漏れ日さえも薄暗く、鳥や獣の声もない。

 風に揺らぐ葉ずれのみが、時たま聞こえる。

 静寂の中、下生えを踏む愛馬たちの足音が大きく聞こえた。


 生き物の気配を感じることなく、森を行く。

 じっとりと生暖かく、足下に絡み付くように淀んでいる。シルフィードたちは不快そうで、落ち着きがない。宥めつつ進む。

「ジョス、これが野営予定地への脇道らしい。先に拠点を作ろうか」

「分かった、先導を頼む」


 20分ほど行くと、ぽっかりと円形に開けた場所に出た。

 荷馬から野営道具などを降ろし、石で竃を組む。枝を集め、夜間のたき火の用意をしておく。シルフィードたちは、何かあればすぐに動けるよう、軽く枝に繋いでおく。

 ジョスランが背嚢から地図を出し、印がつけられた箇所の確認をする。


「さて、予定通りここの近場の目撃場所から回ろう。しかし随分と時間が経っているからな、有効な痕跡などないだろう。まだ、この森に居ればいいが、他所では目撃されていないから、居るものとして捜索しよう」

「分かった。七カ所だな。充分とは言えないが、餌を置いて巡回するところから始めよう。ジョス、動物がいないから、餌は穫れないな」

「現地調達と思ったが、今日食べようと思って買った鹿肉を使うしかないな。初日から晩飯は干し肉か……」


 ぼやくジョスランをいなして、リュシアンは油紙に包まれた鹿の腿肉の塊を切り分けた。この目撃箇所が、うまく獣の縄張りに当てはまっていれば、餌を取った箇所の周辺から重点的に捜索を開始することで、遭遇率が大きくなるはずだ。幸いにも、目的の獣以外の動物の気配もなく、他の動物に餌を取られることもないだろう。正体不明の獣が森に居れば、早々に捕捉することもできると予想をたてる。


 その日は目撃地点七カ所に餌を仕掛け、すぐ野営地へ戻った。

 翌日、朝食の堅パンとチーズ、干し肉スープを摂ったあと、昨日仕掛けた餌を見て回る。薮の隙間から姿を見せずに覗き見たが、どこも餌は取られていなかった。

 三日続けてそのままなら、新しく監視地点を設定し、そこを巡回することにしている。

 お昼までを巡回に費やし、昼食は水と堅パンで済ました二人は、霧が湧くという場所への遠征計画を練ることにした。


 野営地から北西へ、森の中心へ向かい約20㎞。道標にもされている黒い巨岩付近だった。森林を歩く場合、1時間に3㎞程度が妥当として、休憩も含め片道八時間。行きの途中に野営を挟んで、二日がかりになる。

「シルフィたちは野営地で自由に動けるようにして、周囲は矢来で囲むぞ」

「作業に二日、三日後に出発しよう」


 そのときリュシアンは、首筋に悪寒が走るのを感じた。

 それは、何者かの視線のように感じられた。

 周りを見回す。

 あの木の枝は、さっき揺れただろうか。気のせいだろうか。

 じっと見詰めるが、変化はなかった。


「何が起こるか分からない。ジョス、気を引き締めていこう」


 翌日からお昼までの巡回のあと、手頃な太さの丸太を切り出し、地面を掘って柱を立てる作業を始めた。柱がぐるりと野営地を囲むと、細い丸太を柱の根元・中部・上部と三本通し、縦横に粗く交差させ、縄で結びつけて固めた。高さ100㎝ほどの矢来を組み終わると、中にシルフィードたちを放し馬草を用意する。

 翌朝の巡回でも、餌は取られていなかった。新たに餌の設置場所を設定し、最後の鹿肉を配置していく。


「遠征から戻ってもまだ餌がついていたら、補給しに一度、人里に戻ろう」

 二日分の食料を背負い、二人は昼二の刻(午後二時)に出発した。

 手には枝で作った杖を持つ。それがあるだけでも、疲労度が格段に違う。


 鬱蒼とした森はナラやカエデ、ナナカマドなどの広葉樹が雑然と混ざりあい、昼なお暗い。ツルの這い登る大木。苔がびっしりとついた切り株。それらを覆う霧は、次第に濃くなってゆく。

 森を流れる小川は冷たく澄んでいるが、生き物の姿はない。

 時折、黒い霧は濃く澱み、足元も隠れるほどだった。


 リュシアンとジョスランは、常に周囲への警戒を怠らずにいた。そのせいで、行軍の速度は若干落ちた。

 やはり森からは、生命の気配は消えている。


「ジョス、アルディエンナ一帯へ、避難勧告を出さなければならないかも知れないな」

「ああ。この霧のせいで動物が逃げたのなら、有害だということだろうな」


 気力も体力も消耗する行軍だが、道があるだけましだった。

 途中、夜七の刻(午後七時)から朝三の刻(午前三時)まで野営した。交替で夜番を努め、堅パンとチーズに水の食事を摂る。

 明日、拠点へ戻ればアルディエンナの森に点在する村へ向かい、食料を補給できる。少しばかりの贅沢もいいだろう。話題は村で何を食べるかという他愛ないものだったが、少しは気が晴れた。


 目的地まで二時間ほどとなった朝六の刻(午前六時)、植生に変化が見られた。

 樹々はグロテスクに捻曲がり、叢は異臭をまとった粘液を滴らせる。

 二人は口元を布で覆い、ほとんど見えない足元に気を配って歩く。


 朝八の刻、調査地点に着いたが、ゆっくりと蠢き渦を巻く黒い霧の帯が幾重にも絡み、どこが発生点なのか分からない。

 肌にぴりぴりと痛みが走る。やはりこの霧は、有害なのだろう。

 このあたりでは、植物は完全に変異していた。ときおり震えながら触手のような葉をあちこちに伸ばす草、皮膚のような滑らかな樹皮を呼吸するように上下させる木、枝から落ちた葉が身を捩り、くぐもった音を立てる。

 薄明の世界の、悪夢のような光景だった。


 リュシアンとジョスランは、早々に撤退を決めた。

「リュシ、これは異常だ。まるで地獄の森だ」

「その意見に賛成だ。拠点を撤収したら村に警告して、他の村へも回してもらおう。最悪、全住民はエルモントへ避難だな」

 獣の調査はそのあと、ということになった。


 昨夜の野営地を過ぎたあたりからリュシアンは、視線を感じるようになった。始めは、疲れのせいかと思った。気配がまったく感じられなかったからだ。

 だが、だんだんと強くなる心の警報が、危険が迫っているのを知らせている。

「ジョス、何かが迫って……」


 チッチッチッチッチッチッチッツ


 舌打ちを鳴らすような音が響く。

 ジョスランが、ぎょっとしたように周囲を見回す。

 リュシアンは、右腰の脇差しの鯉口に右手を添える。


 何かが、右斜め後ろの樹上から殺気を放つ。

 振り向いたときには、大きな動物が飛び移っていったあとのように葉叢が揺れていた。


「ジョス、あいつは危険だぞ。油断するなよ」

「ああ、今そいつを肝に命じているところだ」


 その後の行軍は、不断の警戒によりどんどんと体力と気力を消耗していった。

 いつ襲ってくるのか。

 何者かが突如、梢から梢を飛ぶ。はっとする瞬間に、注意が途切れる。

 気を取り直し、警戒しながら行軍を再開する。

 十何度目かに脅かされたころには、拠点まであと少しとなっていた。

 二人は我知らず、ほっと気を抜いた。


 そのとき、荷馬の悲鳴が鳴り響いた。

 被さるように、怒り狂う叫びが野太く轟く。

 リュシアンとジョスランは、疲れきった体に鞭打ち、全力で疾走する。野営地まで、一直線に薮を突き切った。

 途中、ジョスランの乗馬を率いたシルフィードと遭遇する。矢来を乗り越えてきたのか。素早く跨がり、拠点へと急ぐ。枝をへし折り、薮を踏み潰し、人馬は駈ける。


 拠点は、竜巻にあったように荒れ果てていた。毛布は破け、袋や千切れ、中の物資も粉々になっている。石組みの竃は崩れ、簡易に作った矢来もバラバラに散らばっていた。

 野営地の縁に、荷馬が倒れていた。首はあらぬ方向へ捻曲がり、目を見開き歯を剥き出して事切れている。腹はざっくりと割られ、内臓は無くなっていた。


「奴は最初からずっと、俺たちを見張っていたんだ。疲れきるまで待っていたんだ」

「リュシ、獣にそんなことができるものか。どれだけ狡猾だというんだ」

「ともかく、一旦ここを離れよう。村でマスケット銃が手に入るか聞いてみよう」


 そんな話をしながら荷物は諦め、馬主を巡らそうとした瞬間、木立の向こうから宙を越え、広場へと何かが躍り込んだ。

 地響きをたてて、眼前へ降り立つ。


 そこには、悪夢から抜け出したような『生き物』がいた。

 2メートルほどの、ずんぐりとしたシルエット。足が短く、両腕が異様に長い。

 ぬっぺりとてらつく皮膚は病的に白く、一毛も見たらぬ体躯はぴくりぬるりと、あちこちが独自の生命を持っているかのようにくねる。ところどころたるんだ皮膚は皺がうねり、その巨体を不気味なものへと変えている。


 顔は一見、狒狒ひひを思わせる。しかし前頭部が大きく張り出し、窪んだ眼窩では飢えに光る両眼がこちらを睨みつけている。鼻は低く、鼻下はその頭のサイズからは信じられぬ程に巨大な顎へと続く。剥き出しの歯列は、血まみれの牙が乱杭のように並び、常に涎を垂らしている。


 右腕は、途中から甲殻類の幼生を思わせる白く透き通るハサミ。左腕は荷馬の血にまみれ、直径50㎝を越える塊をなす破城鎚のように巨大なこぶしを握っている。

 存在するはずのない、神の造形ではありえない異形への嫌悪。

 だが、二人が何より恐怖を感じたのは、その『生き物』の【声】だった。


「ゥゥゥウォムォォォェェェェドゥァァァティィィゴォォォォロォォォスゥゥゥゥ」


 地の底から響く怨嗟の呻き、濁った瘴気が沼から湧き泡となって弾ける音、憎しみに満ちたけだものの断末魔、それらの混じったような背筋の凍る不協和音に、確かに理性の欠片を感じた二人は、戦慄した。




リュシアンの運命

世界に忍び寄る変容

それぞれに転機が訪れる


次回『見知らぬ森の闇』


こぼれる涙は仮面で隠せ

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