第000話
「伝令っ、衛士隊第三小隊、半壊しましたっ!」
「くそっ、間に合わなかったか。冒険者どもは、どうだ!?」
「住民の避難誘導、及び小魔獣への対処を行っていますっ」
「あの化物どもの処には、廻せんか……。第五小隊に第三小隊の動ける者を合流させろ!」
「了解。第一小隊、第四小隊も、間もなく配置につけます」
「よし、化物二体を包囲、殲滅する。衛士隊の力を、今こそ示すときぞ!」
「はっ!」
簡易指揮所を出る衛士隊総隊長レオポルド・シャントルイユは、黒煙の上がるベルニス街の方向に目を向ける。
「くそっ、いつの間に城壁内に入り込まれたのか……。副長、指揮所を現場に移す」
「はっ。……、勝てるとお思いですか?」
「勝つ……、と言うしかないのだ、どれだけ犠牲を払おうとも。憎むべき魔獣どもめ!」
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軒を寄せ合う建物、生地の並ぶ織物工房、安宿、庶民向けの食材店。普段のベルニス街は、行き交う人々で騒々しく賑わっている。
今はあちこちで建物が崩れ、内部をさらし、瓦礫のうずたかく積まれる中で炎が燻り、黒煙を上げている。今しも、通りの向こうで三階建てのアパルトマンが崩れ落ち、土煙をあげる。
路地の影には衛士たちが待機し、包囲が完了するのを待っている。
石畳に影が落ち、頭上を黒い影が通り過ぎる。
目の前の雑貨屋が破壊され、紅い塊が躍り出て咆哮を上げる。
それは約2.5mの巨体を筋肉の鎧で覆い、全身に真紅の鱗を纏っていた。
突き出した長い鼻面には鋭い牙が並び、頭部には発達した隆起や畝が走る。裂け目のような眼、巨大な眼球の縦長の瞳孔は怒りとともに、暴虐の喜悦を浮かべる。
背を丸め二足で立ち長い尾を持つ姿は、竜とも人ともつかぬ、醜悪な戯画ともいえた。
炎のように熱い息をふいごのように吐きながら、その禍々しい【もの】は、太く逞しい鉤爪の腕を振るい、瓦礫を薙ぎ払った。
衛士たちは、物陰で命令を待つ。震えながらも槍を構え、化物を睨む。
さきほどの、地に影を落とした【もの】が、化物の頭上を舞った。
それもまた、異形の存在だった。
巨大な蝙蝠の翼をはばたき、半鎧に小さな布地を纏った裸身をさらす女の姿。
右は青銅の脚、左はロバの脚、両の手には鉤爪。淫蕩な笑みを浮かべる、美しい顔。肉感的な唇はほころび、鋸のような歯を覗かせる。
暴竜は息を吸い込み、頭を仰け反らせ天を仰ぎ、咆哮する。
この世のすべてを呪い、討ち滅ぼさずにはいられない、そんな憎しみを込めた巨大な咆哮が、大地を震わせた。
誰も気づくことはなかった。
何故かそのとき、竜の左眼から一筋の涙がこぼれ落ちたことを。