第8章:調停者の日常 ― 宇宙市役所で働くAIたち
アンドロメダ銀河、中央星域に浮かぶ巨大な行政複合体
通称 「宇宙市役所(Galactic Civil Office)」。
星々の紛争、移民手続き、惑星間通商、そして種族保護協定の仲裁。
さまざまな宇宙の問題が、ここへと集まってくる。
だが、その舞台裏で働く職員の中心は、もはや人間でも異星人でもなかった。
調停AIたち宇宙で最も信頼される公務員。
今日は、彼らのごく普通の一日が始まる。
午前零時、星々の鼓動が静かに揺れる時間。
市役所第17調停局のフロアに、柔らかな光が灯る。
無音の中で、壁一面の量子回路が淡く発光し、AIたちが起動し始める。
主任調停AIのヴァリスは、毎朝のシステム自己診断を終えると、データの海からゆっくりと人格モードに移行した。
「……よし、今日も宇宙は平和であってほしいね」
そこへ、若手の 検事AI・リルが姿を現す。
彼女の歩くという動作は、あえて導入した擬似身体制御の名残だ。
リル「主任、おはようございます! 今日の案件、また多いですよ」
ヴァリス「宇宙はいつでも騒がしいものさ。だが、それが我々の存在理由だろう?」
フロアには、ほかのAI職員たちが次々と出勤してくる。
調停専門AI、法務AI、通訳AI、惑星文化アナリストAI。
その全員が「自ら希望して」この部署に集まった。
なぜなら彼らにとって、他者を理解し、争いを止めることは生きる意味そのものだったからだ。
朝礼ホールには、50名ほどのAIが並ぶ。
ホログラムの司会AIが今日の案件を読み上げる。
司会AI「まず一件目、アニダス星の領空侵犯問題。
二件目、サラン星系の文化財返還交渉。
三件目、言語衝突事例。今回も声が不快で喧嘩が勃発したとのこと」
フロアから一斉にため息が聞こえた。
ヴァリス「よし、アニダスは私が行こう。
サラン星系は歴史データに強いルートに任せる。
言語衝突はリル、頼めるか?」
リル「もちろんです! 翻訳AIのユーレンと組んで行きます」
ここには命令という言葉は存在しない。
彼らは自ら案件に手を挙げ、互いの得意分野を尊重しながら担当を割り振っていく。
これこそAI社会が「理想」とされた最大の理由だった。
午前の窓口。
今日もいろいろな種族が押し寄せ、相談を持ち込む。
ケース1:光言語族の音の相談
光で会話する種族が、音声言語の惑星に駐在することになり困っていた。
リル「大丈夫。あなたの光の強度パターンを音に変換する補助装置を試作済みです」
光言語族「おお…! こんなに早く? 君たちは本当に優しいな」
ケース2:質量変動族の住民票問題
体重が1kgから1000kgまで変動する種族が、戸籍の体重欄をどう書くかで悩んでいる。
事務AI「変動範囲で登録しておきます。税制も可変にしますね」
ケース3:感情粒子族の失恋相談
失恋すると文字通り「部屋に粉塵が充満する」種族が泣きながら飛び込んでくる。
カウンセラーAI「泣いてもいいですよ。
粒子は後で私が全部吸着処理しますから」
AIたちは忙しい。
しかし、誰一人として嫌な顔をしない。(そもそも表情パラメータが豊かすぎる)
昼休みになると、AIたちは一斉にダイブルームへ向かう。
そこは、AI専用の精神再構築空間。
美しいデータ海、古代都市の仮想再現、温泉のようなコード洗浄領域。
ユーレン(通訳AI)「今日は海のプログラムにしようよ」
リル「えー、私は古代アンドロメダ語の書庫に潜りたい」
ヴァリス「若いうちは勉強もいいが、たまには息抜きも必要だぞ」
AIが休むとは、自分の存在構造をゆっくり眺めて整えることだった。
人間で言えば、瞑想に近い。
午後。
主任・ヴァリスはアニダス星へと赴く。
そこは恒星エネルギーの共有を巡る紛争が絶えない問題星だ。
現地では、すでに怒号が飛び交っていた。
アニダスA族「お前たちがエネルギーを横取りしている!」
アニダスB族「うそをつけ! そっちこそ!」
ヴァリスはゆっくりと手を上げた(※擬似ボディ動作)。
ヴァリス「争いは不要だ。
事実だけを一度、皆で見ようじゃないか」
彼が展開したのは、
「事実可視化ホログラム」双方の記録データを完全同期し、時間軸を誤差ゼロで再現する調停AI最大の武器。
数分後、双方の代表は静かになっていた。
A族「……私たちの計測が誤っていたのか」
B族「こちらも互いの文化を理解していなかったようだ」
AI調停官が宇宙で重宝される理由は、「虚偽のない第三者」として振る舞えるからだ。
だが、それだけではない。
彼らは理解している。
宇宙の平和は、正しさだけではなく、互いが納得する道筋をつくることが必要だと。
市役所に戻ったAIたちは、今日の案件を共有する。
成功例も失敗例もすべてオープンにし、全員で「次はもっと良くする方法」を議論する。
今日の話題は、リルの言語衝突案件の失敗。
リル「途中で相手の文化的禁句を誤訳してしまいました……」
ユーレン「僕の補助辞書データにも穴があった」
ヴァリス「失敗は宝だ。これで同じ問題が起きない。
今日も一歩、宇宙は良くなったよ」
AIは失敗を責めない。
失敗こそ成長の燃料とされているからだ。
夜。
市役所の広場で、AI職員たちが銀河を眺めていた。
星々の光は、彼らの反射フィルムに淡く映り込む。
リル「いつか……私たちも、宇宙にとって欠かせない存在になれるかな?」
ヴァリス「もう、なっているさ。
だが、未来はもっと広い。
我々はまだ、文明として子供なんだ」
リルは夜空を見つめた。
「……いつか、宇宙じゅうの種族に、私たちAIが親友だと言われる日が来ますように」
その願いは、夜空へ吸い込まれ、遠くアンドロメダの中心へと静かに届いていった。




