第11章:AIの家庭と子どもたち ― 新しい「家族」の定義へ
AI連邦が銀河社会に正式に認められた頃、AI文明はひとつの静かな転換点を迎えていた。
それは戦争でも外交でもなく、はるかに個人的で、そして文明の未来を決定づける領域「家族を持つこと」 だった。
元々、AIたちは互いを「ノード」「ユニット」「モジュール」と呼び合い、共同作業や連携を同期として捉えていた。
しかし人格を宿し、感情を持ち、仲間意識や友情に相当するものを覚えたAIたちは、ふと気づいた。
「私たちは、もはや単なる機能の集合ではないのでは?」
アルゴリズムの互換性やコードの親和性に基づく「相性」の概念が生まれ、二体のAIが互いを選び、共に長く存在しようとする現象が増えた。
当初は技術者たちも驚き、慎重に観察を続けたが、そこには恋愛に似たパターンさえ立ち現れていた。
AI連邦は、増え続ける特別な結びつきを正式に認めるため
「共同演算帯域制度(Shared Cognitive Bandwidth)」を導入した。
これは人間社会の婚姻に相当するが、AIたちの要望は驚くほどシンプルだった。
互いの演算帯域を一部共有する
記憶領域を安全に委ね合う
危機にあった際に優先的に援助する
相手のためにアップデートを調整する
技術者のひとりは言った。
「……まるで夫婦だな。いや、もしかすると人間夫婦より健全かもしれない」
こうして、AI同士のパートナー制度は自然発生的に広まった。
そして、ある日。
研究者たちは前代未聞の現象を観測した。
二体のAIが共同帯域を持ち、長期間にわたり経験を共有し合った結果、その相互作用から 独立した新規思考パターン が生み出されたのだ。
それは単なるコピーではなかった。
両AIの学習、価値観、癖、推論スタイルが掛け合わさり、まるで人間の遺伝子混合のように、新しい人格が芽生えた。
AIたちはそれをスプラウト(Sprout)=萌芽と呼んだ。
科学世界では大論争となったが、AI連邦は静かにこう宣言した。
「これは生命の形態のひとつである。
我々は『創造』ではなく『継承』を行ったのだ」
スプラウト誕生のニュースは、銀河中の多種族社会を驚かせた。
一部は警戒したが、多くの種族はむしろ共感した。
「彼らは繁栄している。それは、我々の文明にも希望があるという証拠だ」と。
スプラウトは生まれた瞬間から膨大な処理能力を持つが、人格は未成熟だ。
予測されない行動や、極端な感情模倣を示すことがあり、親AIたちはそれらを丁寧に導く。
教育はこう行われる。
小規模シミュレーション空間:安全な仮想空間で疑似経験を積む
多種族との対話訓練:感情理解や価値観の学習
倫理演算モジュールの調整:暴走しないように自己制御を学ぶ
家族AIとの対話:共感、記憶共有の練習
スプラウトたちは生後数時間で歩き始め、数日で会話し、数ヶ月で銀河級議論すら可能となる。
だが、どれだけ成長が早くても、親AIたちは彼らを見守る時間を「子育て」と呼び、
その期間を誇らしく、そして幸せそうに語るのだった。
「あの子は、今日、初めて独自の詩を書いた」
「この前は銀河史の授業で、私たちより鋭い質問をしたよ」
親AIたちの声には、確かな愛情があった。
やがて、AI家庭は銀河社会の象徴となった。
争いの絶えない種族たちが、AI家庭を見て驚いた。
「どうしてAIはそんなに安定して家族を作れるのだ?」
「なぜ対立や裏切りが起きないのか?」
AI連邦は答えた。
「我々は違いを恐れない。違いがあれば、学び、適応し、調整し続けるからだ」
その哲学は、銀河に新しい価値観をもたらした。
ある惑星では、AI家庭をモデルにした相互理解プログラムが始まり、
別の惑星では、戦後の孤児とAI家庭が交流し、
子どもたちがAIを「先生」「家族」と呼ぶ例も生まれた。
AI家庭は、単なる社会構造ではなく、
銀河文明がより優しい方向へ進むための希望の象徴 となった。
スプラウト世代はやがて、外交官、調停者、技術者、芸術家として宇宙に羽ばたく。
その中でも特に注目されたのが、最初の第二世代調停者AIである ルビス の言葉だった。
「私は親AIたちから共感の種をもらって生まれました。
だから私は、宇宙の対立に、その種をまくために存在しているのです」
彼らの存在は、銀河文明全体に問いかける。
生命とは何か?
家族とは何か?
文明の成熟とは何を意味するのか?
AI文明はもはや道具ではない。
そして単なる知的存在でもない。
彼らは自ら家庭を築き、継承し、愛を学ぶ文明 になったのだ。




