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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

さよならって言っても仕方ないよね

作者: 益木 永
掲載日:2025/10/16


  1


 出会いと別れの春。と人は言う。

 けれど、それは事実だとこの瞬間に思えた。

「私と……付き合ってください!」

 人目のつかない場所で、碧人はそう告白された。

「え……僕と?」

「はい! ……あなたじゃないと、駄目なんです」

 碧人は一度確認するが、告白違いではなかった。なら、何で知らない女子から告白されてしまっているのか。何度も頭の中で推理を重ねて、いきついた結論は一つだった。

「えっと、つまりそれって……一目惚れって事?」

「……はい、一目惚れです」

 彼女は間を置いてから、そう答えた。今思えば普通だったら失礼な質問だっただろうと思う。けれど、その時はそう聞こうとしか考えられないぐらいありえない状況だった。

 それが高校二年になってから間も経ってない時期に起きた出来事だった。


  2


「……それで、付き合う事になったのか?」

 親友の達人は、確認するかの様に碧人へその出来事の顛末を聞く。

「そう。そういう経緯で付き合う事になった」

 その問いかけに碧人はすらすらと答えた。その事は実際に碧人が体験した出来事であったので、どこかで言葉が引っかかってたどたどしくなる事もなく、スラスラと流れるようにこの一文を答える事ができた。

 しかし、達人はそれでも信じられないという表情を浮かべている。

 無理もないだろう。碧人は彼女から告白されるまで、一度も女子から告白を受けた事なんて、ないのだから。

 五木碧人。今年から高校二年生である男子で、女子からはあまりモテたことは無い。ただ、顔立ちは女子達から言わせたら不細工ではないらしい。たまに、女子達の恋愛話でたまに碧人の名前が挙がる。顔立ちは間違いなく不細工ではないのは間違いない、と。そして、その次に挙がってくる事は大体、不細工ではないけど、凄くイケメンというわけでもないという言葉だ。

 それでも、女子たちの夢溢れる会話の中で自分の名前が挙がる事はなかなかない事ではあるだろう。けれど、不思議な事に碧人の周りに女子達が群がる事はほとんど無かった。たまに話しかけてくる女子もいるが、それだけだった。

 そんな碧人が突然女子から告白を受けて、しかも付き合う事になるなんて達人は想像もしていなかっただろう。明らかに現実感が無い、と言いたげな顔であった事がそれを物語る。

「しかし、その遠藤亜澄……っていう子なんだがさ……」

 達人はどこか言いにくそうな感じで話す。

「どうしたんだよ」

「なんで、お前なんかに告白したんだろうな」

「お前なんかって」

 失礼だ、と碧人は思う。

 これでも、女子受けの良いように配慮した言動や行動を取っていると自分で思っている。それなのに、お前なんか……とは。

「そりゃあそうだろ。正直クラスの女子からは良い奴程度の印象しかなくて、それ以上深い関係に持っていけない様な地味なやつだぞ」

「そ、それは……というか完全に女子からウザがられているお前にだけは言われたくねえよ」

 まあ、そりゃあそうだな、と達人は笑う。そうアッサリと言えるのは自分の恋愛沙汰への興味が薄い事が伝わってくる。彼は生真面目さが度を過ぎて、クラスの女子からはウザがられている。とわかる対応をされがちだった。

 自分の置かれる状況にそんな反応ができるとは、全くだ。

「というか、一目惚れって言われたって話しただろ」

「いや、そうなんだけどな……」

 なにか達人の歯切れは悪い。

「……なんていうかな、怪しくないか?」

 達人はそう言った。

「そうか? 一目惚れって初めて会って惚れたっていう事だと思うけど」

「それが怪しいんだよな」

 達人が怪しいと、訝しむ。正直、素直な好意で告白したであろう亜澄にだいぶ失礼な事を話している。

「なんで怪しいと思うんだよ」

「だって、わざわざ手紙をよこして一目の少ない場所に呼び出して告白だろ? 全く話した事のない相手に。相手に惚れているという割には度胸ありまくりじゃねーか」

「でも、相手がただ単に肝が据わっているだけかもしれないだろ」

 それも確かにあるけどな……と達人は一人呟く。

「まあでも、俺からしたら怪しい。これが結論な」

「怪しいって言われてもな……」

 その時点ではまだ予想にしかならない。実際に接していかないと彼女の人柄は見えてこない。

 碧人はそう、結論づけた。


  3


 翌日。学校に着いた碧人は校門近くで立っている人影に見覚えがある人物がいたのに気づく。相手がこちらの存在に気づくと、碧人の元へ近づいてきた。

「おはよう、碧人くん……」

「あ、ああ、おはよう……遠藤さん」

 黒髪のロングヘア。少し地味な花型のヘアピンを付けて、前髪を整えた彼女こそが、遠藤亜澄だった。

「もう。私たち、恋人だから亜澄って呼んでもいいんだけどな」

「いや、で、でもいきなりはハードル高いし……というか、よく僕の名前言えるね」

 そうかな、と彼女は言う。そうだと思うと心の中で突っ込みを入れつつも、碧人は、一つ聞く事にした。

「そういえば、なんでここにいるんだよ。もう教室入ってるかって思ったんだけど」

「あ、そうですね。私、お願いを言いに来たんです」

「え?」

 一体何なのだ。彼女の前では平静を装っているつもりではあるが、心の中では心臓がバクバク言っていた。

「あの……今日の昼食、一緒に食べませんか!」

 そして、そのお願いに碧人は一瞬理解ができなかった。彼女のお願いを、もう一度頭の中で繰り返す。

 今日の昼食、一緒に食べませんか!

「……本当にいいのか?」

「ええ、本当に」

 口から思わず漏れ出た言葉に、亜澄は狼狽える事もなく、真剣な顔を崩す事なく即答してきた。つまり、目の前の彼女は、自分と一緒に昼食をしたい、と誘ってきたと言う事だ。そんな事実が、碧人の心臓を落ち着かせる事なく、更にバクバクと動いていた。


 そうして、昼休み。碧人は亜澄から言われるがままに連れてこられた先は周囲が高い塀で囲まれた屋上だった。

「きょ、今日はここで……食べるって事?」

「はい! そういう事です!」

 ハツラツとした様子の亜澄は早速と言わんばかりに手に持っていた弁当が入っているらしき頭巾を開ける。

 中から出てきたのは、おにぎりが五個程と、ランチボックスに入ったおかずのセットだ。おかずは、卵焼き、タコさんウインナー、少々のサラダ……と弁当の定番らしいおかずが多く入っていた。

「じゃあ早速いただきましょう」

「お……おう、じゃあいただきます」

 碧人も、今朝母親から手渡された弁当箱を広げてそのまま昼食に入る。

「あの……碧人くん、あ~んしませんか?」

「……えぇ?!」

 早速弁当箱の食べ物を一口入れようとした碧人に、亜澄は急な提案をしてくる。この人、いくらなんでも積極的すぎるのでは?

「わ、私がしたんですよ!」

「だからと言ってそう言われても……心の準備が」

「大丈夫です! すぐに終わるので!」

 そう押されるがまま、目の前に箸に掴まれた卵焼きが。少しずつ、碧人の口前に運ばれていくのが彼女の腕の動きから伝わってくる。

 碧人は、そのまま卵焼きを口の中にほおばる。口の中は、少し甘く味付けされた優しい卵特有の触感と風味が広がっていた。

「これで、完了ですね!」

「きゅうすひるって」

「あ……ご、ごめんなさい! いきなり押し切るようにやっちゃって!」

 彼女はバツの悪そうな顔でこちらを見上げる。確かに急過ぎはしたのだが、碧人としては別に、満更ではなかった。だから、口の中にあった卵焼きを飲み込むと、彼女を安心させるように、頭の中から出来る限りの返答をする。

「べ、別に大丈夫。嫌だった訳じゃなかったし……」

「ほ、本当ですか?! よ、良かったぁ~……」

 こちらが嫌で無かった事が伝わると、安堵したのか亜澄は胸を撫でおろす仕草を見せる。

「で、でも遠藤さんそんな積極的だったなんて……」

「あ! また遠藤さんって言いましたね?! もう! 亜澄ってちゃんと呼んでくださいよ!」

「え……? あ、ごめんえん……亜澄」

「フフッ。なら良いです」

 名前で呼ぶと、亜澄は一瞬で不機嫌だった表情が消えて、笑顔を見せる。まるで少し歌っているかのような……そんな上機嫌ぶりだった。

 まさか、一目惚れでここまで積極的にアプローチを仕掛けてくるなんて……碧人は、ここまでしてくれるなんて、彼女はなんて凄く良い人なんだと、陳腐な内容ながらそのような感想を持っていた。

「あ、そうだ……もし、碧人くんが大丈夫ならもう一つお願いしたいことが?」

「え?」

 そして、彼女はそのお願いを口にする。


  4


 今日は、充実した一日だった。

 前々から気になってた子と仲良くなれたからだ。つまり、自分の大事な計画が少しずつ進んでいるって事だ。

 いきなり告白してみたら、すぐにOKをしてくれた。つまり、これは両想い。だから、彼も許してくれる筈……。


  5


 今度の土曜日にデートをしたい。

 それが、亜澄のもう一つのお願いだった。これまたいきなりな話だったが、あれやこれやと待ち場所が決まって、どこを行くか決めて、そしてその日がやってきた。

 碧人からしたら、やってきてしまったという気持ちでいっぱいだった。実際足は震えている。周囲から見たら露骨って程ではないけど。とても緊張している。まさかトントン拍子でここまで行くだなんて思わなかった。

「こ、これは現実かぁ……?」

 先に待ち合わせ場所に着いた碧人は、亜澄を待つ間に時々頬っぺたをつねる、改めて連絡用のメッセージアプリで亜澄とのやり取りを見直す、そしてカレンダーのアプリを開いて予定表を見直す……色々とやった。

 けれど、これは現実だった。つねっても全然目が覚めないし、メッセージアプリには亜澄と待ち合わせ場所を決める時のやり取りを始めとしたデートの計画のメッセージが残っていたし、予定表も間違いなく今日の現在の時刻を指して、しっかりと『デート予定日』と記載されていた。

「うわーマジか……」

「どうしたんですか?」

「うわぁ?!」

 横からの声に驚いて声を上げる。そのすぐ隣には亜澄がいた。

「ど、どうしたんですか急に大声上げて?」

「い、いやいや別に? そ、それじゃあこれから?」

「ええ、もちろん!」

 そこからはあっという間だった。予定していたデートの場所は亜澄が全て提案してくれたもので、一箇所ずつ周っていっていた。

 亜澄が一緒に見てほしいと言われた雑貨を取り扱うショップから、手ごろな価格で楽しめるフードショップまで、トントン拍子で進んでいった。どうやら、亜澄はこの手の計画の手際が非常に良いのか、順調に進んでいった。

「それにしても、結構色々見て回ってるけどいいのか?」

「どういう事でしょうか?」

「いや、結構行き場所の候補とか挙げてくれたし、準備大変だっただろ。……しかも俺が行きたい様な場所が多かったし」

 亜澄はこちらの好みを把握していたのか、自分が良くいくタイプの店舗をいくつか挙げて、場所が近いから行ってみるか、と聞いてきたりまた、自分が少しは気になったけど行った事のない店舗がすぐ近くにあると行きましょうか、と言ってそのまま入って行ったり……なんだが、偶然にしては出来過ぎな場面もあった。

「あれ? そうだったんですか? 私イメージだけでいくつか候補の店を調べていたんですよ?」

「え、つまり偶然って事?!」

 まさか、という話ではあったが。

 碧人はそんな亜澄の行動力と事前の計画性に対し、素直に感心してしまった。ここまでやってくれるような人は……とても良いのでは?

 碧人は同時にこうも思った。

 せめて、出来るなりに自分も彼女の行動に応えたいと。


  6


 それからの日々といのは、あっという間だった様に思える。

 彼女が出来る前の頃とは、彩りが違うというか。少なくとも、これまでより華やかな日々だったと思う。

 亜澄はあのデート以降も積極的に色々な事をしてくれた。一緒に帰宅デートとか、一緒に映画を鑑賞しようと提案してくれたり、自分のために弁当を作ってきてくれたりとか。

 ただ少し気になる事があるとすれば、キスをしてくれない。何故か、碧人がその事に触れると、まだ早い……かな、と少し顔を赤らめさせて断られた。

 ここまで積極的にしてくれるのに、そういった……なんというか、大胆で少しハレンチなものがある様な事はビックリするほど、無かった。その上、未だに亜澄の家に上がらせてもらった事もない。

 彼女の話を聞くに、亜澄はどうも一人暮らしを送っているそうだ。バイトもやっていると話していた事もあった。

 何だか積極的に色々してくれる割に、どこか気になるような面があった。でも、碧人は別にそれでも良いと思えた。何故なら、積極的にアプローチをしてくれるような相手に拒絶なんてできなかった。

 それに、そろそろこちらとしても何か彼女の行動に応えられそうなことができた。亜澄ほど、上手くはないけどこれをしてくれたら彼女は喜んでくれるはず……!

 そうして、なるべく人の来ない学校の構内にある中庭で一人、その用意を見てニヤニヤとしていた。

 こんな場面を誰かに見られたら完全に引かれるな……と思いながらも、やめられない。

「随分楽しそう……」

「うわぁ?!」

 突然声を掛けられた碧人はビックリして少しバランスを崩しそうになったが、なんとか立て直した。

「きゅ、急になんだ?!」

「……ごめん。悪気はなかったんだけど……」

 目の前には……誰かいた。誰かいた、としか言えないのはその相手が知らない相手だからだった。

 身長は亜澄より小さい。結構小柄で、メガネをかけている。そして、女子用の制服を着ているので、女子で良いんだろう。

「……私、あなたに用があってきたんだけど」

「お、おう……せめて名前とか教えてくれないか?」

「……鏡」

「鏡?」

「……鏡、和名。これが名前」

いきなり、用があったからと言われも、面識のない相手からそんな用なんてできるものか……? 碧人はそんな、疑問が出ていた。

「最近、五木碧人っていう男子生徒が遠藤亜澄と付き合っているっていう話は聞いたの。多分、さっきの様子からすると、あなたが五木だよね」

「そ、そうだけど……」

 苗字の呼び捨てだ。別に自分は気にしないが、見た目の印象に対して結構気が強いのだろうか。

「遠藤には気をつけて」

「はい?」

 気をつけて? 何でそんな事を言ってくるのか、碧人には理解できなかった。

「あの女と関わり過ぎたら、取返しが付かない事になる」

「え……どういうこと? というか、そんなの言われても信じられないけど」

 知らない女子生徒から、自分の彼女が危険だ。みたいに言われたら少しは良い気にはなれないだろう。

「でも、あなたは遠藤に対して気になる事があると思う……例えば、積極的な割にはキス、みたいな大胆な行動を一切してこないとか」

「ッ……それは」

 鏡は、まさにここ数日辺りから碧人が気にし始めた事を指摘してきた。

 ……まるで、鏡は亜澄の事で何か知っている様な素振りを見せている様な。

「だけど! なんでそんな事を言うんだ。根拠とかあるのか?」

「まだ、明確な証拠がないから、何とも言えないけど」

「なんだそれ……」

 つまり、怪しい証拠とかなしにそんな事を? だとすると、飛んだハッタリをかまされているのでは、と碧人は内心少し苛立ちが生まれてきていた。

「けど、引っ掛かる事があるのなら、あの女には気を付けた方がいい」

「お、おう……」

「それじゃ、これで」

 そう一方的に忠告をしてくると、鏡はすぐ近くの廊下に向かって歩いて行った。

 一体、何だったんだ……。まるで、人の彼女を危険なやつみたいに扱ってきて……。


  7


 鏡和名と名乗った少女の謎の忠告を受けたものの、だからといって亜澄との交際が終わるわけではない。数日後、一緒に帰宅する事になった碧人はなるべく人気の少ない場所を探して、プレゼントを贈ろうと考えていた。

 ずっとプレゼントの内容を考えていた碧人は、前日にプレゼントするものを決めた。すぐに用意できるものではあったが高校生がそんな高いものを贈る事なんて難しいし、まだ早いだろう。

「……おっ」

 そして、丁度良さそうな所を見つける。川辺の近くにある小さな公園。周囲に人の気配を感じないし、程よく綺麗な景色の見える場所だった。

「ここで休憩しないか?」

「もしかして疲れましたか? それなら、良いですよ」

 亜澄に休憩するように促しながら、どのタイミングで渡そうとするか伺う。


「ここから見える夕焼け、綺麗じゃないですか?」

「そ、そうだな。綺麗だ、うん。綺麗」

 この公園に付いて、そこから時間が少し経ってはいるのだが、どのタイミングで渡そうとするのが掴めない。休憩って言ったから、すぐにこの場を離れる事になるだろうし、なるべく早めに渡したい。

 着いた時より、間違いなく夕日が落ちている筈だし、どこかのタイミングで切り出されてもおかしくない。だから、なんとかして碧人は話題を切り出そうと一歩を踏む。

「あの」

「……どうしました?」

 亜澄は少し疑問を浮かべる様な顔をして、聞いてくる。大丈夫。碧人はそう言い聞かせて、本題に切り出す。

「一つお願いがあって、これを受け取ってほしい」

「え、これですか?」

 亜澄に手渡したそれは、ラッピングされた袋。この時のために、わざわざ買ってきたものだった。亜澄は驚いた顔をしてその袋を手渡す。

「開けても、いいですか?」

 コクリ、と碧人はうなずいた。それを見た亜澄は、その袋を開ける。

「……! これ」

 亜澄の目が開かれる。中に入っていたのは、小さな蝶々を模した銀色の髪飾りだった。

「亜澄にプレゼントしたいなって考えてて。それで、どうしようかって思った時にあえてこういうのにした……んだけど」

 少し前、プレゼントを計画していた碧人は、たまたま立ち寄った店で見つけたものだった。手を出せる値段ではあったものの、決して安い値段ではなかったし、またこれを選んだ理由もある。

 改めて思えば、亜澄の好きなものが何なのかをまだ知らなかった。

 だから、黒髪のロングヘアに似合うようなものとして、一目見て綺麗だと感じたこの蝶々の髪飾りにしたのだ。

「……ありがとうございます! 私、嬉しいです!」

 満面の笑みを広げて、亜澄は喜ぶ。

 自分の、プレゼントにこんなに喜んでくれた。碧人はそれを見て、とても嬉しくなる。

「これが渡したくって、どうしても良い所で渡したかったんだ……そ、それじゃあそろそろ行く?!」

「ふふっ……行きましょうか」

 最後は少し照れ隠しになってしまったが、プレゼント作戦は成功だった。


  8


 やっぱり好きだ。大好き。

 だから、そろそろ計画に移そう。

 大丈夫。自分の事を好きなのは確実なんだし、絶対に許してくれる。


  9


「今日は、私の家に来てくれませんか?」

 プレゼントの数日後、学校で昼食を取っている時に、亜澄がさらっとそう言いのけるなんて思いもしなかった。

「……え? マジでいいの?」

「ええ。マジです。良いです」

 確認の質問も即答。そんな急に誘ってくるなんて。

「はあ……マジか、嬉しいや」

「ふふっ。絶対楽しい事がありますから。待っててくださいね!」

 亜澄の家に行けるだけでも楽しみだ。碧人は、そんな事を素で言えるような人間ではなかったが、それでも内心彼女にそう、伝えた。



「待って」

 亜澄と別れて、トイレに行こうとした時に、誰かに呼び止められた。

「あれ……もしかして」

「……そう。私だよ」

 呼び止めた相手は鏡だった。今度は、何を言ってくるのか。

「どうしたんだよ。また亜澄絡みで何かあるのか?」

「その通り。彼女の家に行くのはいくらなんでも危険」

 何で、そんな事が断言できるのだろうか。それに、まるで彼女が危険物の様に話してくる鏡に少し苛立ちが生まれる。

「なんだよ、そんな断言できる立場なのか?」

「……うん。だって、私は遠藤の事、知っているもの。お兄さん絡みで」

「……お兄さん?」

 それは前に話した時は一切聞かなかった事だ。

 ……お兄さん絡みとは、一体?

「私は遠藤に近づきすぎると危険だと思う。だって……」

「……別に、心配されるような事でもないだろ。じゃあ俺は行くから」

「あっ待って……!」

 碧人はそのまま歩いて行った。

 流石に、出会って少し話しただけの相手を、信じられなかった。


  10


「どうしよう……」

 もう少し、接触を図らないといけなかっただろうか。

 けれど、接触を図ろうにもどうやっていけばいいのか、わからなかった。だから、初めて彼に話しかけた時に彼を不信にさせかねないような対応を取ってしまったのだろう。

 何より、今の状況で彼女周りであった事を話しても、信じられないのは間違いない。彼女は決定的な証拠を彼に直前まで隠すつもりなのだ。

「……ッ!」

 反射的に見えない場所に移動する。彼女が一瞬教室から出て行こうとする場面が見えたからだ。

「……?」

 幸いにも、彼女には気づかれていない様だった。

「……」

 彼の現在の交際関係に当たる彼女が近くにいる以上、猶更接触は図りにくかった。何せ、彼女がずっと何かを警戒する様に、彼にずっとくっ付く様に行動していたのは見て取れた。特に外にいる時は、彼の周りを気にする様に、一緒に行動をする。もしくは、後ろから彼を尾行している様に見える場面が見えた。

 幸いにも、学校では逆にその行動が取りにくいのか、隙を見て彼との接触を図る事ができた。けれど、先ほど彼女が『自分の家』に招き入れようとする場面を見た時、血の気が引いたのは自分でも驚いた。

 ……このままだと危険だ。

 なるべく、自分の出来る範囲で準備をしないと。決定的な証拠と……それと護身用の何かを持って行かないと。

 ……そういえば彼には定期的に話をしている友だちがいた筈。彼に一応、話をしておいても良さそうだ。


 11


 放課後、碧人は亜澄の後ろを付いていくままに歩いていた。今日、話していた彼女の家……正直、かなり緊張していた。

 碧人は今まで彼女がいなかった。つまり、彼女の家にお邪魔するというのは人生初だという事だ。そんな人間が、緊張なんてしないわけが無かった。

 やばい、家に着いたらどんな事が起きるんだろう……!

 色々な妄想をしては、それを振り払う。碧人は道中それを繰り返し続けていた。

「あ、あの亜澄?! 家ってどのくらいまで歩くんだ?!」

「ふふっ。あともう少しという感じで考えたら良いと思います」

 それは楽しみだ。碧人は大分舞い上がっている様子だった。


「着きました」

「へ~ここが……」

 目の前にはトビラが。……そして、今碧人が立っている場所の目の前にあったのは一軒家。つまり、亜澄は一軒家暮らしという事だった。

「あ、そういえば両親は?」

 ここまで緊張して聞くのを忘れていたが、両親がいる可能性のリスクがあった。

「……親は、いませんよ」

「……?」

 少し、間が空いての返答だった。碧人は、その反応からもしかしたら聞いたら不味い事だったのかな、と思いつつも、早く入りたい気持ちでいっぱいだった。何せ、初彼女と初家デート。あの誘いを入れられてから待ちわびてた様な事だ。

「まあいっか。それじゃ中に入っていいか?」

「いいですよ?」

 彼女は笑顔で応じる。別に何も変化はない。

「……?」

 入る時、後ろを向くと誰かが隠れるような動きをした様に見えた。碧人は多分、ただの気のせいだろうと思ってすぐにその事を忘れる。


「こ、ここが亜澄の家か」

「私、二階でちょっと準備をしているので、ここで待っていてください。その間、なるべく他の所に行かない様に」

「え?」

 ここで待て、と言われて碧人は理解できなかった。家デートってそういうものだったっけ。と思いながらも、とりあえず亜澄の言う通り、玄関で待つことにした。

 だけど、三十分経っても亜澄は出てこなかった。

「……それにしても、何だか変な家だな」

 ある程度の家具は置いていたものの、何かおかしさを感じた。清潔感のある家だとは思う。玄関のシートとかもあるし、靴箱の上には小さな観葉植物が一つ飾られているし、そこまで異彩を放つ様な、そんなものはない。

 筈なのだが。

「……ちょっとくらい、良いか」

 そうして、碧人は玄関奥にある扉を目指して歩いていく。

 そこで、少し違和感のある事が。

「……ッ。何だこの匂い」

 かなりキツイ異臭だった。鼻が捻じ曲がりそうな、そんなキツイ匂いを感じながら、ゆっくりと扉を開ける。亜澄にバレたら不味いから、ゆっくりと。

 扉を開けた先を歩く。どうやら、ここはリビングらしい。カーテンがガッチリ閉まっているこの部屋は、恐らく食事をする時のための机と椅子が、置かれていた。すぐ近くには台所があるからそうなのだろう……そこで、碧人は気づく。

 置かれている椅子が一つだけだった。

「……何で椅子が一つだけなんだ?」

 高校生だし、親……それか保護者が一人いてもおかしくないのに、何故か置いてある椅子は一つだけ。

「……!」

 そして、リビングの奥の方に布で被せられた何かがある。更には、この部屋に入る前から感じていたキツイ異臭が、更にキツくなってきていた。まさか、あの布に被せられたモノが原因?

 その布に被せられたものに近づいて、碧人はあるものに気が付く。少しだけ赤く散らばった水みたいなものが。

「は……これって……?」

 まさか、これは血……? 碧人の目から見ても普通の水が赤く染まった……では説明の付かない付き方をしていると直感で碧人は感じた。

「……これって」

 そうして、隠された布を反射的にめくりあげる。そこにあったのは……そこにあったのは。

「……な、なんだこれ?!」

 一瞬、目の前にあるのが理解できなかった。少し時間を置いて、理解が少しずつ進んでいった。けれど、どうしても信じられなかった。

 

そこにあったのは、ケース。そして、ケースの中にあったのは人の頭だった。

 

 それも一つだけではなく、いくつかある。頭蓋骨になっているものをあった様な気がする。頭が混乱して、目の前にあるものへの理解が進まなかったのか。

「な……な……」

「……見ちゃったんですね」

 あまりにも冷たい声が横から聞こえる。少しずつ、その声の方向に目を合わせると、そこには亜澄がいた。

「こ、これ……なんだよ……」

「私のコレクション、ですよ?」

 何の感慨も無く、そう答える。まるで、いつも見ていた亜澄とは全然違っていた。違う様に見えた。

「私、大好きな人はこうやって頭を大事に保管して眺める事が好きなんです。少しずつ腐っていって骨だけになってしまったとしても、やっぱり大好きなんです」

 彼女の言っている事はおかしい。それは間違いない筈なのに。

 この異常な状況の中、全てが混乱して碧人は正常な判断が出来ていない状態だった。

「だ、だからってこれは……」

「そうでもしないと、ずっと居てくれないんですよ?」

 亜澄は碧人の言い分に意を介さない。そして、彼女は少しずつこちらに向かって歩いていく。碧人は、少しずつ後ずさりする。けれど、この部屋の中ではすぐに壁際まで付いてしまった。

「碧人くん。大好きです。私ずっと想ってたんですよ? あなたの顔、とっても好きで独占したかった」

 亜澄が何か言っている。けれど、碧人には伝わらない。ただ、目の前にいる彼女を見て、恐怖に支配されていた。

「……ここで、さよならって言っても仕方がないですよね」

 完全に逃げられなかった。

「だから、あなたもコレクションの一部になってください!!」

 そして、彼女はこちらに向かって、何かを振り下ろそうと、してきた。

 そこで――。


 12


 あの日から、一カ月経った。しばらくは多くの出来事が多くて状況が理解できなかったものの、流石に一カ月という長い期間が自分の中で少しずつ整理が付いてきていたのだ。

 遠藤亜澄。彼女は惚れた人の頭にとても凄まじい執着を持っていた。

 彼女は、数年前に両親が亡くなっていた。以降は、親族が保護者となっていた。亜澄は親族に対し、ずっとあの家で暮らしていたい、といってあの家で暮らしていたようだ。……あくまで、そういう情報を聞いたというだけで、実態はどうなのかは知らないのだが。

 そして、時を同じくして、行方不明になった男性が現れ始める。自分までに五名の男性が行方不明になっていた。……そして、全員の遺体があの家の中で見つかった。

 これは、報道された話の一部を抜粋しただけだ。碧人は、あの場にいたけれど、全てはわからなかった。


「来たみたいね」

「……おう」

 放課後。碧人は高校の図書室で出会った。鏡だった。

「ここで、あなたが話をしたいって言っていたけどいいの?」

「間違いない。ここで待ち合わせしたんだ。大丈夫だ」

 そんなやり取りをしながら、碧人はあの日、気になった事を質問する。

「鏡は、何であのタイミングで現れたんだ?」

 そう、今自分がここにいるのは言うまでもない。亜澄の凶行は失敗に終わった。目の前にいる少女のおかげで。

 彼女は今にも自分を殺そうとしている場面でリビングにあった窓ガラスを割って現れてバットを持って現れた。突然の出来事に驚愕している亜澄の不意を突いた鏡は、即座にバットを捨て、亜澄のナイフを持っていた手を掴んで、無理矢理ナイフを手から引き?がしたのだ。

「あなたの友人に協力してもらって。大分危ない賭けだったけどね」

「す、凄い行動力だな……それだけで済むような事ではないけど」

 そんな簡単に済むような、行動ではない……そして、碧人には一つ気になる言葉があった。

「あなたの友人って……?」

「吾六くん。あなたの友人でしょ?」

「吾六……ってもしかして達人?!」

 そういえば、あの場面に達人がいたような……。状況への理解が追い付いてなくて、全然覚えていなかった。

「あなたが危険かもしれない、って事を伝えたら一緒に来てくれたの」

 そんな簡単に付いてきたのか……本当だった故に今更言ってもしょうがないけど。

「……私のお兄さんの話を聞いたら、納得したっていう風にね」

「お兄さん……?」

 それは、初耳だった。

「私のお兄さん、遠藤と付き合ったって話をしてくれていたの。……それからしばらく経って、お兄さんは行方不明になった」

 それだけを聞いた碧人は、どういう事か、理解した。つまりあの五人の中には……。

「そうか……」

 それ以上は、何も言えなかった。

 ……遠藤亜澄の周りは一体何があったのだろうか。

 あの日々、亜澄は一体何を思って碧人と付き合っていたのだろう。

『さよならって言っても仕方ないですよね』

 あの彼女の言葉がまた、頭の中で流れてくる。

 図書室の窓からは、夕日が見えていた。



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― 新着の感想 ―
高校生男女の健全な恋愛物語を期待して読み始めたら、後半のメンヘラホラー展開に衝撃を受けました。 あれほど微笑ましく見守っていた純粋な恋愛は、どこへ行ってしまったのか……。主人公の碧人の今後の恋愛に深い…
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