9話「傷跡」
放課後の学校。
楽斗が悩みを抱えて、帰途についている時間。
俺――辰彦――は1人で廊下を歩いていた。
向かう場所は1つだけ。
保健室である。
数時間前、俺の目の前で友人が倒れた。
何の前触れもなく。
友人――暁風紋――には一般的な人間だ。
持病などを持っているわけでもない。
いや・・・、もしかしたら持っていたのか?。
あいつは人に自分の事を話さない。
俺も、あいつの事は正直あまり知らなかった。
まぁ俺は、いまさら、持病持ちと聞いても驚かないが・・・。
あいつの容姿は、どこか病弱っぽさを感じる部分があるからだ。
まず、肌の色が異常なまでに白い。
“血液通ってるのか?”と聞きたくなるくらいだ。
俺自身、色白とは無縁なので、異常に見えるだけかもしれないが。
そして、体のどのパーツも線が細い。
ぱっと見で女子にみえるぐらいだ。
身長も俺よりかなり低い。
まぁ・・。俺の身長は普通に平均を超しているのだが。
しかし、なによりも俺が疑問に思う事がある。
あいつの服装だ。
晴嵐中学は、夏服と冬服があまりはっきりしていない。
春や秋の急な温度変化に対応できるように。
つまり、暑い奴は冬でも半袖でいてもいいいってことだ。
俺はその部類に入る。
12月下旬から2月上旬までしか、長袖を着ていない。
あいつは俺の逆転バージョンである。
年中長袖なのだ。
しかも、7・8月だろうが、35℃超えの猛暑だろうが。
正直、正気を疑いたくなる服装である。
病気で、日の光とかが駄目なんだろうか?。
それなら、一応納得できる・・・か?。
そんなことを考えていると、保健室についた。
まぁ、病気とかだったら本人が言うだろう。
その場合は助けてやってもいいが・・・。
俺の予想は、外れる。
暁の事情は、俺の想像以上に複雑だった。
ただ、今の俺はそれを知らない・・・。
コンコン。
ノックをして保健室に入る。
保健室の中は、健康診断で見るくらいであり、俺自身保健室とは無縁だ。
それが理由なのか、ここは本当に学校の設備のことを一瞬疑った。
「・・・竜宮?」
奥から控えめな声が聞こえる。
あぁ・・あいつ意識戻ったんだ。
一安心して、奥の方に進む。
あいつは、保健室の一番奥のベッドで寝ていたようだ。
ようだ。というのは、今は少し体を起こしこっちを見ているからである。
「大丈夫か?どこも痛くないか?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめん」
普通に会話が成立したことに安心する。脳とかに異常はなかったみたいだ。
「っていうか、寝とけよお前。倒れた直後だろ」
「え・・?。もういけるよ」
「寝とけ。せめて横になれ」
少し不満そうだが、あいつは素直にしたがってくれた。
あいつが寝ていたベッドの周りには、荷物などが置かれていた。
担任が慌てて持っていってたからなぁ。
そして、横にある椅子に見覚えのある服がかかっている。
晴嵐中学の(一応)冬服だ。
ちなみに季節は夏。
普通にあいつ以外着ていないだろう。
というか、これを脱いでも大丈夫って・・・。
こいつ何枚服着てんだよ。
「どうしたの?竜宮」
「あ・・すまん。考え事だ。」
ボーッとしているのを見られたらしい。
せっかく見舞いに来たんだし、普通に過ごすか。
俺は、今日一日の授業の内容(半分忘却)や、クラスであったこと(ほとんど忘れた)を適当に話してやる。
俺の話を、あいつは何故か真剣に聞いてくれた。
そこまで、真剣に聞かなくてもいいと思うが。
すると、俺は何かを見つけた。
あいつの枕元に、一枚の白い紙があった。
「なんだ?この白い紙」
俺は、裏返しになっている紙を表にしようとする。
「あ・・・それは・・・。見ないで」
あいつがやたら深刻そうに言ってくる。
そうなると、俺は変におもしろくなった。
本当は抱いてはいけない好奇心を、抱いてしまった。
「いいじゃねぇか。ただの紙だろ」
「・・・それだけはやめて」
「なんで、そんなに真剣なんだ?」
「頼むから・・嫌」
あいつは、からかうと結構面白い反応を見せる。
今回も、こいつ慌てすぎなんだよな。
ここまでになると、表が気になる。
俺は思いっきり紙をめくろうとした。
その瞬間―――
腕を掴まれた。
紙をめくろうとした俺の腕を掴んだのは、もちろんあいつの手だった。
中着は半袖のようで、素の腕で掴まれた。
紙はめくる直前であいつによって、押さえつけられていた。
しかし、俺は紙の表なんてどうでもよくなった。
もっと気になることができてしまったからだ。
あいつ、友人、暁風紋の腕は・・・。
傷だらけだった。
普通に何か所か傷があるわけではない。
腕を覆い尽くすほどの傷があった。
傷の種類もさまざまで、最近のから普通に何年も前ぐらいの古傷もある。
すり傷のような軽傷から、刃物に刺されたような傷まであった。
異常だ。これは普通じゃない。
そう思いあいつの顔を見る。
俺の腕を掴みっぱなしのあいつは、泣きそうな瞳で、俺の顔を見て小さく頷いた。
「・・・気付かれちゃったね」
観念したような口調で、小さくあいつは呟く。
それと同時に腕が解放された。
俺は思考を放棄していた。
何故、あいつが傷だらけなんだ?。
何故、そんなことを黙っていたんだ?。
それ以前に、誰があいつをこんな状態にさせたんだ?。
たくさんの疑問に、俺はつぶされそうになったからだ。
沈黙が流れる。
俺は耐えられなくなり、口を開いた。
「だ・・誰がこんな酷い事を?」
率直に疑問を伝える。
すると、あいつは簡潔に一言で答えてくれた。
「父上」
父上。多分父親のことだろう。
でも、なんでそんな呼び方なんだ?。
どこか昔の武士の家みたいだな。
いや、そんなことはどうでもいい。
俺の脳内に単語が思い浮かんだ。
家庭内暴力。虐待。
おそらく、そのたぐいのものだろう。
もしかしたら、あいつの極端に色が白いことや、女子のような体格はこれが原因か?。
食事とか、抜かれているんじゃないんだろうか?。
あいつの着ている長袖。この傷を隠すためなんじゃないのか?。
「お・・お前。父親にそんな酷い事を・・・されてるのか?」
すると、あいつは何故か少し笑みを浮かべた。
その自虐的な笑みは、正直不気味に感じた。
「酷い事?。そんなんじゃないよ。これは修行って言うんだよ。暁家の後を継ぐための」
その笑みを崩さないまま、淡々とあいつは話しつづける。
「もしかして、竜宮は父上を悪人だと思ってる?。それは否だよ。これは大切なことで、必然的なんだよ」
「でも、お前は傷だらけじゃないか。それが悪じゃないんだったら、なにが悪なんだ?」
俺は、恐ろしくなった。
急にあいつの言っていることが、分からなくなったからだ。
「僕が傷だらけなのは、能力が劣っているから。能力の無い人間は、生きられない」
すると、フッと不気味な笑みは消え、いつもの柔らかい表情に戻るあいつ。
今までの自分は、夢だと言わんばかりに・・・。
「・・・ごめん・・忘れて」
いつもの調子に戻り、また控えめに呟く。
「・・・すまん。無理だ」
「だよね・・」
俺の無理宣言を予想していたのか、普通に反応してくれた。
「暁家はね、平安時代からの忍者の家系なんだ。僕は忍者の末裔にあたる存在。だから修行が必要なんだ」
少し悲しそうに語るあいつを見て、俺は声を荒げた。
「おい!。そんな家系だからって、お前が傷つけられる理由はないじゃねぇか!。しかも、そんなにボロボロになるまで!。どうにかできないのか!」
「・・・できたら・・良かったのにね」
「良かったってお前!。今からでもできるんじゃねぇのか!?」
「・・・ごめん。僕が悪かったよ」
気が付けばあいつは、今にももう一度崩れそうだった。
「え・・あ・・お前にどなってもしょうがねぇな。すまん」
「・・・竜宮は悪くないよ」
数分の沈黙のなか1つの音が、それを切り裂いた。
コンコン。
ノックの音だ。
俺がどなった自分を落ち着かせていると、保健室の担当教師が入ってきた。
若い女性の教師で、人気も高い。
「暁君?調子はいける?。あ、竜宮君来てくれたんだ。ありがと」
何故俺の名を知っているのだろうか?。検診の時か?。
そんな疑問を浮かべていると、教師がこっちに来た。
「暁君、大丈夫?。もう放課後だから家、帰れる?」
「はい、ありがとうございました」
家という言葉に、あいつは一瞬顔を曇らせたが、すぐに普通の状態に戻る。
ここまで来ると演技力がすごいとしか言いようがない。
「あ、じゃぁ帰る準備しよう。竜宮君、手伝ってもらっていい?」
「あ、はい」
3人で支度をする。
数分で支度を済ませ、帰途につこうとする。
時間も遅いし。
まぁ俺が歩いていても、誰にも狙われないが。
「じゃぁ2人ともまた明日。暁君お大事に」
教師の声が聞こえる。
そういえば、あいつの症状聞き忘れたな。他の事ばっかきになって。
帰りにでも聞いてみるか・・・。
考え事をしながら歩いていると、俺は何かにぶつかった。
「・・・おっと」
いろいろな物を入れた棚にぶつかったらしい。
地面に何本か、刃物が落ちる。
よりによって刃物を落とすとか・・・。危険すぎだな俺。
一応周りに被害は無い。よかった。
「あ、先生が片付けるから。2人とも帰っていいよ」
「あ・・すいません」
お言葉に甘えることにする。
俺は、後ろにいるあいつの方を見て、絶句した。
あいつの、もとから白い顔が、蒼白になっていた。
「・・・ゲホッゲホッ・・い・・嫌だ・・ゲホッ・・見たく・・ない・・!!」
急に咳き込みだし、眩暈を起こしたように後ろに倒れこむ。
「暁君?暁君!?しっかりして!!」
「お、おい暁・・どうしたんだ!?」
「・・・や・・やめて・・ゲホッゲホッ・・・・こ・・怖・・い・」
怖い?。
最後の言葉が引っかかる。
あいつは何かに怯えているのか?。
すると、俺は教師の声で我に返った。
「竜宮君!。今日は遅いから帰りなさい。ありがとう」
「あ・・・はい」
俺は、保健室を出る。
「暁君!?大丈夫よ、なにも怖くないから。どうしちゃったの!?」
中から教師の声が聞こえる。
朝と一緒だ。
あいつはまだ、なにか俺に隠している。
友人同士なのに、隠されるというものは辛い。
相談相手ぐらいには、なりたかったのにな。
俺は明日あいつとどんな顔して会おう。
今日を境に、俺のあいつの印象は完全に変わった。
あいつは一般的な人間ではないのだ。
少なくとも、俺のなかではそうなっていた。
俺の知った事実は、悲しいものだった。
それは、俺にしか解決できないということを。
このころは知らなかった。
こんにちは。蒲沢公英子です。
9話更新しました。遅くなってすいません。
長い!長い!です。
読みにくいぐらい、長いですね。
今まで短かった反動ですかね?。
風紋君の家の話になると、かなりグロテスクになりますね。すいません。
まぁ、辰彦君にも頑張ってもらうことにしましょう。
では、今回はここまでです。
次回お会いできたら幸いです。
次回予告
楽斗が夢の少女と会話が成立し、風紋の衝撃の正体を辰彦が明かされる。
すべて、同じ時間に起きたことである。
実は、この時間には、3つの出来事が起きていた。
この時間に起きた、もう1つの衝撃エピソードを語ります。
晴嵐が昇る時に、10話「2人の侵略者」。
新キャラさんが、登場します。