同一性解離障害
僕の中には私や俺、儂や己、某がいる。
僕の名前は三郎。現在入院中の17歳。高校に入学してしばらくしてから症状が多く出てきた。
それまでにも1日の中で記憶が無い時間や、した覚えのない約束で悩まされることはあったんだけど、
1日の中の3~4時間も記憶が無い時間があったので
これはあまりにもおかしいと病院に来てみたらそのまま即入院。
よりにもよってお医者さんとの初診の間に別の人格が出てきたそうで、
多重人格と認定されて毎日色々な検査を受けさせられている。
医者はうっきうきで検査してるから、これ医者の趣味じゃないよね?
一昔前と違って精神科医による多重人格の見極めとかは不要なんだそうだ。
人格が変わると脳に流れる電流の強さや領域が変わるんだとか何とか…。
1週間程ずっと脳波をbluetoothでスマホに送り続けつつ、録画・録音し続けたところ、
確認された分で6人の人格が入っていたことが分かった。
僕は17歳で現役高校生。
私は11歳で百合好き女の子。
俺は28歳で無職ニートで打倒政府を目指す。
儂は58歳でリストラされたサラリーマン。
己は23歳で戦時中の特攻志願する軍人。
某は江戸初期の食い詰め武士。
何だかラインナップが酷い。誰も働いていない(設定上)。
裏声女の子キャラが学校で女子に話しかけていたかと思うと…。
無職ニートが体育など頑張れるはずが無い。愚痴だらけだっただろう…。
リストラサラリーマンが授業で社会を学ぶというのは皮肉が効いている。
特攻志願軍人…。令和の時代で君の夢が叶う事は恐らく無いよ。
江戸初期の食い詰め武士キャラなんていつでもどこでも常時、白い眼で見られることだろう。
僕の人格が眠っている時にクラスメイトは僕の事をどのように感じていたのかを思うと、長期入院したくなる。…もうしているが。
解離性同一性障害。いわゆる多重人格と言われるこの症状は、主人格が受け入れられない程のトラウマに対して、脳内で別の人格を作ることでそちらに押し付けて生まれると聞いた。なので繰り返し起こるトラウマに対して人格がポコポコと生まれ出るという例も珍しくないそうだ。僕には6人もの人格がある癖にトラウマにあたる部分が無い。まぁまぁ裕福な家庭に育ち、友人も多かった。勉強を強制される訳では無かったが、中学3年の時に友人が多くいる高校に是非とも行きたかったので家庭教師をつけてもらい、そこそこ勉強して高校に入学。うん。順風満帆と言えるだろう。中学の卓球部では補欠だったけど、そんなことで新しい人格がポコポコ湧いていたら堪らない。卓球部で友人はめっちゃできたしね。不満など無い。
そんな何の問題も無い僕であるが、脳に何かしらトラブルを抱えている可能性は分かっている。いや、この病院に来てから分かった。今現在も目の前で不思議な現象が起こり続けている。
僕の世話をしてくれている看護師の六花さん。ショートカットですらっとしたスタイルの良い美人であり、溌剌としていて退屈な病院生活の中で心の癒しとなっている。
ただ人数が多い。
六人いるのだ。
何を言っているのかと思うだろうが、全員が六花さん。身体が六体ある。お〇まつさんばりの六つ子という訳ではない。あ、でもほぼおそ〇つさんである。3人同時に話しかけてきた時には
「さて、明るいけど寝ようかなー。」
と現実逃避をせざるを得ない。
「ねぇ六花。検温計持って来てる?」
「ううん。六花は?」
「あ、私持ってるよ。あ、そうそう六花302号室の点滴半分にした?」
「え?六花の仕事じゃないの?」
「そうだっけ。じゃ六花見て来て。」
「あ!私、検温計持ってるよ。六花。」
「さて、起きたばかりだけど寝ようかなー。」
彼女は彼女で同一性解離障害という障害…というより分身の術を見せてくれている。
ある日、同一人物が六人に分かれたのだそうだ。
名前の六に引っ張られているような気がしないでもない。
僕の中には六人の人格が入っていて、そんな僕達を担当する六人の六花さんというのは運命めいたものを感じる。
もし百花や千花、京花という名前であったならばどのような事になっていたのか………?
「さて、食事中だけど…もぐもぐ…もう寝ようかな。」
入院生活は1年程に及び唐突に終わりを迎える。
僕の治療が終わったのだ。
主人格が他の人格を統合して、他の人格が出なくなることで終わる。
他の人格は永遠の眠りにつく。その人格は死を迎えるという事に等しい。
僕は私と呼ばれる11歳の百合好き少女に統合された。
私は幼少の頃から義父に繰り返し暴力を受けていた。
なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?……………
ずっと考えている内に他の人格が生えてきた。でも私は押し付けることはしなかった。
なんでかはずっと分からなかったけど、他の人に私の苦しみを味合わせたくなかったのだ。
だからずっと我慢していた。
でも義父が死んだそのお葬式の日に母は私の前から姿を消した。
捨てられたショックから私は倒れた。
病院に運び込まれたが私の脳はもうかき回されていて、初めて別の人格に救いを求めた。それから1日のほとんどの時間を眠るようになった。感覚が一般的だった三番目に生まれた三郎君に日常を委ねることにした。
私は分かっている。生まれた五つの人格は臨死体験をした回数であると。
三途の河の水でコポコポと溺れた回数だけ人格が入ってきていた。
一度この世からいなくなった人物が私の脳に憑依した状態。
しかしそんな五人の人格も今では既に安らかに冥府へ返す事ができた。
この寂しさを乗り越えた時に、そして男性への恐怖心を乗り越えた時に、
本当の意味で私は障害を乗り越えたと言えるのだろう。
私の事も甲斐甲斐しく世話をしてくれた六花さん。
彼女は私と逆なのだろうと思っている。