表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

・第二章(思わぬ出会い)

 サミアローズ火山の頂上へは麓から続く曲がりくねった山道を登る。

 麓から直ぐに左に折れて直進し、大きく三百六十度曲がって今度は右に折れて直進するのを三度繰り返しようやく頂上に到着する。

 火口へと続く階段を見付けるとカズキ達は迷わず階段を降りる。

 階段の降りた先はちょっとした広場になっていて、火口の周りには柵が設けられ人が近付かないようにされていて、多くの冒険者が柵の周りで屯しており外壁の一部に洞穴が見える。

「様子を窺うに、唯、火口を見る為にやって来たって訳では無さそうだな」

「私、聞いてみます。あの、ここに何かあるのですか?」

「街で聞いて来なかったの? ここには火のエレメントが祀られているそうよ。それで、私達は火のエレメントの力を解放する為にここに来ているのよ。恐らく、あの洞窟の中に祀られているのでしょうけど、もう限界。何とかここまでやって来たけど暑くて死んじゃうわ。あなたは平気そうね?」

「街でコールドポーションを手に入れたんです」

「道理で。さっき、洞窟に入っていった四人組と同じね」

「洞窟の中に入って行ったのですか?」

「ええ。男性二人と女性二人よ。あなたも洞窟に行くなら気を付けて。中には火のモンスターがいるらしいわ。私達はコールドポーションを手に入れてからにするわ」

 礼を言って女冒険者と別れる。

「カズキさん……」

「うん。どうやらアキちゃんの知り合いの子は洞窟の中みたいだね。準備を整えて直ぐに追い掛けよう」

 カズキ達は体力を回復し洞窟の中へと入る。洞窟といっても中は単なる螺旋構造になっていて、火口に沿って下へと続く通路が設けられているだけだ。

「これなら迷わない。足を取られないように気を付けて降りよう」

 下へと続く通路は幅四メートルはあるだろう。所々に踊り場が設けられちょっとした広場になっておりそこで敵がポップする。

 [火龍 レベル36]

 かなりレベルの高いモンスター達が襲って来る。火龍が大きな口を開き大気が吸い込まれて行くとメラメラと蠢く朱色の輝きを確認すると業火の炎のブレスを放って来る。

「キャァァァ!」

「大丈夫。俺の後ろに」

 アキは思わず足がすくんでしまうが、カズキは直ぐにアキの前へと立って両腕を頭上で合わせて一気にその手を左右に開いた。

「『オーロラ・レイン』」

 カズキの眼前にオーロラのカーテンが生み出され左右にどんどん広がって行く。風になびくカーテンの様にゆらゆらと動く淡い七色の光は全て水の集合体だ。

 炎のブレスがぶつかるとジュっという音と共に瞬く間に炎は消えて行く。

「『クリスタル・リニアー』」

 間髪入れずにカズキが新たな魔法を発動すると、今度は七色に光る一筋の矢を生み出して火龍の身体を貫くと火龍は身体の中心から凍て付いて粉々に砕け散る。

「凄い……」

 アキは以前、助けられた男の一人が攻撃魔法を使ったのを目にしている。その男はバスケットボールの様な大きさの氷の玉を生み出し敵に放っていたが、カズキの放つ魔法はスケールが違い過ぎる。

「よし。行こう、アキちゃん」

 驚きを隠せないアキだがカズキに促されて先を急ぐ。

 やがて、最深部に辿り着くとそこは大きな広場になっていた。

 広場から一歩踏み出せば真っ赤に染まる溶岩がボコボコと泡を立てていて、溶岩の海の間に、更に奥へと続く通路が続いている。

「この先みたいだね。気を付けて通り抜けよう」

「は、はい」

 溶岩に挟まれる通路を通り抜ける。幅は三メートル近くもあるのに、アキは緊張していつも通り歩けない。すると、カズキがそっとアキと手を繋ぐ。

「あの、その、ごめんナサイ。その、心配というか」

「クスッ。もう、カズキさん。照れ過ぎです。それに、謝らないで下さい。私、とっても嬉しいです。もう大丈夫。カズキさんが手を握っていてくれるから」

「そう。良かったデス」

「あはは。もう……」

 溶岩の海を渡り切ってようやく手を離す。アキは手を繋いだのが余程嬉しかったのか、繋いでいた右手を胸の前にして左手で大事そうに右手を覆うと少し目を閉じた。

「ごめん。手、汗かいてたよね。嫌だったよね。ごめんなさい」

「クスクス。カズキさん、ごめんは無し。全然気にしてないよ。嬉しかったもん」

「そう?」

「うん」

「なら、良かったデス。ハイ」

 すると突然、ドカーンと大きな音が聞こえて来る。

「誰か戦っている。行ってみよう」

「はいっ」

 二人は音がする方へと急ぐと遂に四人を発見する。隆起した岩岩に身を隠す二人の女の子と敵に武器を構える二人の男。

 男に対峙するのは炎に身を包む亜人型モンスター[イフリート レベル48]。

 二メートルを優に超える巨躯に引き締まった身体を持ち、全身朱色の毛で覆われ不気味に輝く深い緑の両眼と太く短い二本の角。

 イフリートは武器の類いを一切手にしていない。だが、両手から強引に繰り出される拳は炎を纏っていて男達を近付けさせない。

「グウォォォォォォォォ!」

 イフリートは地面が震える程の猛々しい雄叫びを上げると、筋肉隆々の太い腕から男達に炎を放ち間合いが開いた所で腰を落として力を込め始める。

 両拳にどんどん炎を宿して行くと一気に解放させる。

 生み出された炎は巨大なうねりとなって男達を襲うと男達は間一髪飛び退いて攻撃をかわすが思わず声をあげた。何と炎はそのまま隠れていた彼女達に襲いかかったのだ。

「間に合えぇ! 『パルマ・フロスト!』」

 だが、イフリートと同時に魔法を放ったカズキの氷魔法がかろうじて彼女達の前で炎を食い止めると炎は瞬く間に凍り付いて行く。

「ユキエ! ヨシカ!」

 アキは二人の名を呼び駆け出した。

 炎に飲まれそうになり互いに身を縮め、目を閉じていた彼女達が自分達の名を呼ぶ声を聞いてようやく身体を起こし声のした方に顔を向ける。

「えっ、アキちゃん? アキちゃんなの? ヨシカ、アキちゃんが来てくれたわ」

「うん……良かった。本当に良かったよー……。アキちゃんも無事で……」

 アキ達三人は互いに身体を寄せ合う中、カズキはそのままアキ達よりも前へと出る。

 すると、イフリートと対峙していた男達が驚きの声を上げるとカズキも驚いた。

「嘘や? 兄ちゃん? 兄ちゃんなん?」

「カズさん? まさか、カズさん?」

「シゲキなのか? それに、アキユキ?」

 シゲキはカズキの三つ下の弟でアキユキは六つ下の従兄弟だ。二人でコンビを組んでお笑い芸人をしている。

「やっぱり、やっぱり、兄ちゃんやん! 兄ちゃんもこの島に?」

「あぁ、でも、詳しい話は後だ。今はこいつを倒すぞ。二人共未だ戦えるな?」

「勿論。未だ行けるで、兄ちゃん」

「カズさん、俺も戦えます。唯、炎が邪魔して相手に近付けなくて」

「せやねん。アキユキの言った通り剣が届かへん。無理に近付こうとしたらユキエちゃん達が狙われてもうて。それに、奴は壁を背にしてて回り込めへん」

「常に俺達の後ろにユキエちゃん達が来る様に立ち回って。下手すると、今みたいにユキエちゃん達が危なくなってしまって」

「状況は解った。だったら、俺が彼女達の前に立って攻撃を食い止めよう。シゲキとアキユキは左右に分かれて攻撃を仕掛けるんだ。相手の炎は俺が食い止める」

 シゲキ達はカズキを中心に左右に分かれると直ぐにカズキが魔法を放つ。

「『パルマ・フロスト!』」

 カズキの唱えた魔法は猛吹雪を生み出しイフリートに襲い掛かると、イフリートも魔法を相殺すべく炎の拳を繰り出すがカズキの魔法が弱まる事は無い。

 瞬く間に辺りを凍らしてイフリートの攻撃を黙らせると、間髪入れずにシゲキ達が襲い掛かる。シゲキの大剣がイフリートの右首筋から斜めにヒットしアキユキが長剣で左首筋から斬り下ろす。

「ウグォォォォォォォォォ!」

 イフリートが一際激しい雄叫びを上げると、何と同時に空間が歪んで三体のモンスターがポップし更にイフリートは両腕を振り乱し暴れ回る。

 [ゴボルド・チャンプ レベル40]

 ポップしたモンスターはイフリートと同じく二メートル近い逞しい体躯に左手に円形のバックラーを持ち右手には湾刀を携えて、閉まりきらない大きな口から大量の唾液を垂らしている。

「フゴォォォォォォォ!」

 [ゴボルド・チャンプ]が湾刀を振りかざし三体同時にカズキに襲い掛かる。

 カズキは直ぐに左に飛び退いて難を逃れるが[ゴボルド・チャンプ]が振り下ろした湾刀は簡単にゴツゴツの地面を切り裂くと、衝撃は隠れていたアキ達の岩を粉々に砕き、そのままアキ達を襲う。

「キャァァァァァァァ!」

 アキ達の悲鳴は[ゴボルド・チャンプ]のターゲットをカズキからアキ達に変えるのには充分だった。カズキから視線を外し、そのままアキ達を見据えて近付いて行くと何とアキが大声を上げたではないか。

「カズキさん、今です! 敵を倒してぇー!」

 カズキは直ぐに水光の槍を召喚してスキルを発動する。

「『一閃水雷突き!』」

 ARHPCを介して青白いエフェクトが光り輝くと、穂先は三体の[ゴボルド・チャンプ]の背後から首筋を穿って緑色の体液が辺りを散らす。

「ウギャァァァァァァ!」

 激しい断末魔を上げて片膝を突き無理矢理身体を捻ってカズキに敵意を向けるが、それを解っていたかの様にカズキは次の技のモーションにすでに入っていた。

「これで終わりだ!」

 槍を両手に持って斜に構え腕を引くと穂先は眩い白の光に包まれる。

「『光の乱撃!』」

 勢い良く両手で槍を突き出し引いてを繰り返すと、五月雨の如く三体を断続的に閃光が襲いかかって有無を言わさずその姿をポリゴンへと変え、欠片が消え無い内にカズキは更に次の魔法を発動する。

「『パーマ・フロスト!』」

 片膝をついて地面に右掌を当てて叫ぶと暴れるイフリートの足元から四本の氷柱が突き出てイフリートを貫き四方を取り囲んで動きを封じた。

「今だ、シゲキ! アキユキ!」

 逸早く反応したアキユキが長剣スキル『五連斬り』を放ち、五芒星の傷を追わせて続け様にシゲキが大剣スキル『アーク・バニッシュ』を放って頭上から真っ直ぐに大剣を振り下ろす。

「グボォォォォォォ……」

 イフリートの大きな身体が力を失ってはち切れんばかりの両腕をだらんとさせる。細く高い声で吠えると身体中にクラックが入りポリゴンとなって欠片が飛び散った。

「やった……やったで……」

「シゲさん、勝ったんだね。俺達……」

「うん。兄ちゃんがフォローしてくれたから。これで火の街は救われるわ」

 シゲキとアキユキは武器をしまってカズキ達の元に駆けつける。

 ようやく安堵の表情を浮かべて歩み寄る。

「兄ちゃん、ありがとう」

「本当にありがとうございます、カズさん」

「俺だけじゃ無い。アキちゃんもフォローしてくれたから三体のゴブリンを倒す事が出来たんだ」

「本当に凄かったわ。あの時のアキちゃん。ねぇ、ヨシカ」

「うん。怖がらずにアキちゃん、モンスターのタゲ取ったもん……。びっくりしたよー」

「必死だったからだよ。でも、きっと、カズキさんが倒してくれるって」

「はは。ありがとう。信じてくれて。みんな、無事で本当に良かった。でも、ここは危険だ。先に街に戻って少し休もう」

 カズキ達はサミアローズ火山を後にして西の港の最初の街ゴウエンへと辿り着くと、シゲキ達が見付けていたINNの看板が出ていない、8LDKの三階建ての貸し宿を確保して着替えを済ませる。

 降りしきる雨と火山の暑さでかいた汗を洗い流し、普段着に着替えてからオープンキッチンのあるリビングに集まると、ようやく再会を分かち合う。 

「兄ちゃんも島に来てたんや?」

「うん。唯、プレイヤーとしてじゃ無く、イベントスタッフとしてだけど」

「カズさんはどの港に?」

「北の港だよ。最初の街への案内役として手伝いに来てた。お前達はどうして?」

「俺も、アキユキもイベントのゲストとして島に招かれてん」

「このアミューズメントパークの宣伝にシゲさんと一緒にコンビで出てたんで。ユキエちゃんやヨシカちゃんとは、この街で出会ったんです」

(そっか。あの船のテレビの宣伝に出ていたのはシゲキ達だったのか。あの時は未だ興奮していてテレビなんかまともに見てなかったもんな)

「本当、驚いたわ。漫才師のシゲキさん達がいるんだもの」

「うん。イベントで沢山の著名人の人が来ていたのは知ってたけど……。でも、知り合いだったシゲキさん達に会えて本当に良かったよー」

「シゲキ達とユキエちゃん達は知り合いだったのか?」

「せやで。ゲーム好きが高じて色んなゲームを紹介する仕事を任された時に、ゲームで声を充ててたユキエちゃん達に会ってん。俺もアキユキも意気投合して仲良―なってん」

「お互いファンだったんですよ、カズさん」

「へー、じゃあ、シゲキ達はアキちゃんの事も知ってるのか?」

「会った事あらへんかったけど名前は知ってたで。もう一人のマユちゃんも。それより、兄ちゃんは知らへんかったん? アキちゃんの事」

「済みません……」

「本当ですか、カズさん。アキちゃん達[星詠みの調べ]はアイドルにも引けを取らない大人も子供もみんな知ってる今をときめく超有名声優ユニットですよ」

「面目無い……」

「かぁー、相変わらず世間に疎いなぁ、兄ちゃんは」

「いえ、カズキさんは悪く無いです。最初、私、フードを被って顔を見せない様にしていましたし、自己紹介もろくにしないまま助けていただいたんで」

「アキちゃんが優しくて良かったなぁ、兄ちゃん」

「ハイ」

(不可抗力であったとは言え、そんな有名人に抱き着かれていたのか、俺……。服がはだけていたアキちゃんを抱き締めたとか絶対誰にも言えない……)

「アキちゃんはどこの港やったん? 兄ちゃんと同じ北の港?」

「いいえ。私は東の港です。最初の街のアクアリウムの近くで襲われていた所をカズキさんに助けて貰ったんです」

「まぁ、嫌だわアキちゃん。そんな素敵な出会いだったの?」

「うん。それに怪我して足を挫いていた私に気付いて、その場でカズキさんが治療してくれたんだよ」

「凄く運命的な出来事だよー……。羨ましいなぁ。ね、ユキエちゃん」

「本当だわ。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうわよ」

「やだ。みんなで揶揄わないでよ」

 アキがカズキに視線を送るとカズキも大いに照れてしまって、明後日の方を向いて痒くもない頭を掻く。

「せやけどアキちゃん、兄ちゃんとおって息苦しいなかった?」

「どう言う意味だ、シゲキ?」

「いえ、全然」

「だって兄ちゃん、ごっつ人見知りやからロクに話もせーへんかったんちゃうかと思て」

「余計な事言うんじゃ無い」

「クスクスクス。確かに最初はぎこちなかったかも。でも、私、人見知りって相手を気遣うからだと思うんです。カズキさん、ずっと、私を気遣ってくれたから。でも、今は前よりもずっとお話し出来ています」

「それならえーけど。でも、気ぃつけや、アキちゃん。兄ちゃん、頼りになるけど親しなったら人変わったみたいに喋るで。俺ら芸人みたいに」

「芸人扱いすんなっ。これでも真面目なシティーホールの職員だ」

「クスクスクス。はい。気を付けます」

「嘘―。アキちゃんまで……」

「相変わらずですねぇ、カズさん。ところで、カズさんはよく一人でここまで。北の街から東の街に行って更にここまで来るなんて」

「追い出されたんだよ。北の街からはね。ちょっとした揉め事があってさ。南の街に向かう途中三人家族とパーティを組んで、街が見えた所でモンスターに襲われて、川に落ちて滝に飲まれたんだ。奇跡的に助かって辿り着いた街でアキちゃんに出会ったって訳」

「めっちゃ壮絶な旅やん」

「うん。そのせいなのか、それからかな。ARHPCが青くなって、水や氷の魔法を使える様になったのは」

 カズキはARHPCの盤面を皆に見せる。とても澄んだ綺麗な青色をしている。

「そうそう、火の街の災いだったイフリートをラストアタックしたのはシゲさんなんだから、何か変化ないの?」

「うーん。特にって、せや、アイテムがドロップしてたんやった。さっきまでバタバタで忘れとったわ」

「そうなのっ? ねぇねぇ、シゲキさん。レアなアイテムとかじゃないの?」

「ほんまに? 早速見てみるわ」

「ねぇねぇ、何だったのよ、シゲキさん」

「……イフリートの腰蓑やて」

「腰蓑? 何なのよ、それ。全くいけてないわ。期待して損しちゃったじゃない」

「ユキエちゃん、言い過ぎだよー」

「だって、超ダサいじゃない。リンボーダンスでもするの?」

「リンボー、リンボーってするかいな」

「はははは。シゲキ、一応装備してみたらどうだ?」

「そないするわ。おっ、耐火性能すこぶる上がりよったで。コイツ、やるやん」

「それ以外に変化は無いか? 例えば何か恩恵表記されているとか」

「え? そんなんないで」

「そうか……」

(やっぱり、俺の女神の恩恵ってレアなんじゃ……)

「どないしたん?」

「いや、何でもない。そう言えば、イフリートを倒した時に火の街は救われるって言ってなかったか?」

「実は、サミアローズ火山の麓に最初おばさんがおって。そのおばさんが言うててん。四大エレメントの力を失ってエレメントを加護する街が無くなってまうと、冒険者は全て滅んでまうって」

「それと、失われつつあるエレメントの力を復活させるのはエレメントが眠る地で災いを取り払うのだと。エレメントの解放こそが冒険者を救い、この島を脱出する唯一の方法だって言ってたんです」

「ほんで、いつの間にかそのおばさん消えてもうてん」

「それで、シゲさんと相談しておばさんの言った言葉を信じて動いてみようかって。この島を脱出するのに僅かな可能性があるならそこに賭けてみようかって」

「そうだったのか……」

 カズキは考えを巡らせるが、未だ解らない事ばかりだ。

「カズさん、これからどうしますか?」

「南に行こうと思う。今の話は気になるけど、アキちゃん達の仲間の一人を放ってはおけない。アキちゃん、もう一人の特徴って?」

「マユは髪が長くて赤いメガネを掛けてる小柄な女の子です」

「せや、マユちゃんなら兄ちゃん知ってんのとちゃうん?」

「はっ? どういう意味だ?」

「だって、兄ちゃん、ジュノーのシティーホールで勤めてるやろ。マユちゃんてジュノーのクレハ代表の娘さんやん。知ってんのとちゃうん?」

「何だって! マユちゃんってあの小さかったマユなのか?」

「何や、知らんかったんかいな。兄ちゃん、ゲームとかアニメ好きやったやん」

「いや、アニメは好きだけど、中の人までは……」

「カズキさん、ひょっとして、マユ、知り合いなんですか?」

「うん。そうみたいです」

「カズキさん、ぽっかーんです」

「ご、ごめんなさい」

「さっきまでカッコ良いと人だと思ってたのに勘違い見たいね。唯の、鈍臭い人だわ」

「ヨシカもビックリだよー。天は二物を与えないんだねー」

「兄ちゃん、身内として恥ずかしいわ」

「俺もですよ、カズさん」

「と、とにかくだ、ここに来るまでマユの特徴に見合った女の子の情報が無い。多分、南の港からスタートしていると思うんだ。だから、南の最初の街に行ってみようと思う」

「強引に話変えましたね、カズさん。俺は賛成です」

「はぁ、情けな。勿論、俺もや」

「ア、アキちゃん達も良いかい?」

「クスクス。はい。お願いします。マユもきっと寂しがってる。どうか、力を貸して下さい。ユキエもヨシカも良いよね?」

「流石は芸人さんのお兄様ね。血は争えないわ。勿論よ。カズキさん達にはまた迷惑ばかりかけてしまうけど、お願いします」

「シティホールって難しい人ばっかりじゃ無いんだねー。ヨシカもお願い。どうか、力を貸して下さい」

「なははは。よし、早速明日の朝出発しよう」

 皆が疲れて眠る中、カズキは一人三階にあるベランダへと出て景色を見ていた。

 雨が止んで姿を現した様々な星達がキラキラと光り輝き、時折吹く風が頬を打つととても気持ち良くて心が落ち着く。

 時折リーンと聞こえる虫達の鳴き声を耳にすると、この島でデスゲームが行われているなんて思えなくなる。

(今はこんなにも穏やかで静かなのに……)

 カズキは今までの出来事を振り返った。

(楽しい筈の世界だった。現代の技術を駆使し生み出されるRPGの世界に驚愕し、その世界をみんなが堪能する筈だった……。それなのに……)

 冒険者は皆、憧れのヒーローとなってこの世界を楽しむ筈だった。

 だが、現実は人が悲鳴を上げ泣き叫び生み出されたモンスターに人は殺された。

(ウィクトリアは島の異常に気が付いていないのか……。それとも……)

「カズキさん、ここだったんですね」

 声をかけられて思考を戻すと後ろにはアキが二つの缶を持って立っていた。

「ユキエ達、疲れて眠っているんですけど、私、目が冴えちゃって」

 そう言って、アキは缶の一つをカズキに渡す。

「はは。ありがと。寒くない?」

「大丈夫です。むしろ、涼しくって気持ち良い」

 二人は缶のプルタブを開けるとプシュッと泡が飛び出して、パチパチと細かな炭酸が弾ける音が聞こえて来る。それ程までに外はとても静かだ。

 カズキは一口飲んで缶から口を外すも、アキはずっと飲み続けて呆気に取られた表情をするカズキに気が付いてからようやく缶から口を外す。

「凄く美味しい。カズキさん、今、私を見て笑ったでしょう?」

「いやいや、笑ってないって。凄く美味しそうに飲むなって。この前のサワコママの店でもそうだったし」

「本当?」

「本当、本当。大丈夫、大丈夫」

 アキは少し恥ずかしそうに顔を俯けると、上目でカズキを見る。

「あのっ、本当にありがとうございました」

「うん? どうしたの急に」

「カズキさん、また私を助けてくれた。それに、私の為に沢山傷付いて。本当にごめんなさい」

「うーうん。それに、ごめんは無しだって」

「でも、私が勝手してカズキさんを危険な目に……」

「そんな事無い。あの時、アキちゃんの気持ちにもっと寄り添っていたら、それこそアキちゃんが危険な目に合わずに済んだかもしれない。それに、アキちゃんも俺を助けてくれた。ゴボルドの注意引いてくれたから何とか倒せた。礼を言うのは俺の方。ありがとね」

「カズキさん……」

「もう気にしないで良いって」

 カズキは笑顔で答えるとアキは心からカズキとの出会いに感謝した。自分一人だったら今頃宿に泊まる事すら出来ず死を迎えていたのかもしれないし、それに、男達に乱暴されていたのかもしれない。

「きっと、マユも生きてる。きっと助けよう。みんなと一緒なら大丈夫。そして、絶対に生きてこの島を脱出しよう」

「はい」

 アキはとても心が安らいだ。カズキの言葉一つ一つが希望をくれて、前に進めと背中を押してくれる。

「カズキさん、少し変わりましたね」

「人見知りが解消されたから?」

「クスクスクス。いっぱい話せて嬉しいです。でも、ちょっと違うかな」

「そう? じゃあ、何処が?」

「前よりずっと笑顔が増えた気がします」

「はは。それはそうかも。今はみんなと一緒だし」

「でも、前にもパーティーを組んでいたって」

「うん。だけど、そんな余裕無かったなぁ。その前なんかさ、一人で凄くビビって武器振り回して必死だった。周りの景色にも気付かないくらい」

「でも、そうは見えないなぁ」

「本当だって。何度も死にかけたし。まぁ、その経験があって今は冷静って言うか。自分に出来る精一杯をすれば何とかなるって思う様にしてるって言うか」

「凄いなぁ。私なんかそんな風に考えた事無くて」

「サワコママのお陰かなー。沢山背中押して貰ったし、俺、年長者だし、しっかりしなきゃ駄目だ。頑張るぞって。それに、アキちゃんのお陰でもあるよ」

「私が、ですか?」

「うん。守りたい人が居るって力出るんだよ」

「守りたい……」

 アキはカァっと顔が急に熱くなって下を向いた。それを見たカズキはようやく自分が発した言葉の意味に気が付いて慌てふためいた。

「だぁ! 俺は何言って、その、何だ、あの、えっと」

「クスクスクスクス」

「いや、あの、だからね、今のは、その何だ」

「知―らない。クスクスクス」

 二人の頭上には沢山の星達が浮かび上がり空を明るく照らしていた。

 翌朝になりカズキ達は東を目指す。

 アレス湖に沿いながら東へと歩を進めマーベラスの街に到着し、そこで装備や道具を買い揃えて次は南東に進路を取るとアレス湖から続く水路を南北に横断してやがて大きなカルカマン砂漠を目にする。

 カルカマン砂漠に沿って南に折れて暫く進んで行くと今日の目的地であるメアリーの街に到着する。

 道中、ウイスプ系のモンスターが多くポップしたが、今やカズキ達は六人ものパーティーだ。

「アキユキ、タゲをとって直ぐに離れるんだ。シゲキ、強烈な一撃喰らわしてやれ」

「了解です、カズさん」

「任せとき!」

 カズキの指示通り素早いアキユキがタゲを取って直ぐに離れるとシゲキが強烈な一撃を叩き込んで一掃する。

「アキちゃん、ユキエちゃん、ヨシカちゃん、俺がタゲを取る。背後から頼んだよ」

「私から行くわ。アキちゃん、ヨシカ、続いて」

「うん。任せて。ヨシカは左からお願い」

「了解だよー。サクッと決めちやおう」

 カズキのフォローを受けながらアキがレイピアを連突きすれば、ユキエは勇猛果敢に相手の懐に入り込んで剣で敵を切り刻み、小柄なヨシカが身体に似合わず長い棍を巧みに操り見事な棍捌きを見せて相手を打ち払う。

(ユキエちゃんとヨシカちゃんのあの動き……。シゲキ達と一緒にかなりの苦労と経験を積んでいたんだな)

 カズキ達はモンスターを手際良く撃退して予定よりかなり速く空が暗くなる前にオアシスの街メアリーへと到着した。

 街はオアシスの街の名が示すように水路が張り巡らされていて、至る所に猫が居て欠伸をしたり伸びをしたりと長閑な街を思わせる。

「早速聞き込みをしよう。アキちゃん」

「はい。あの、済みません。髪の長い赤い眼鏡を掛けた小柄な女の子を知りませんか?」

「ああ、その子かどうか解らないが似た容姿の子なら見たよ。その子ならこの街の[スファレライト]の一員じゃないか?」

「[スファレライト]ですか?」

「この街の最大ギルドさ。唯、余り良い噂を聞かないんだ。何でも、力の無い女を監禁して宿舎で内職させて金を稼ぎ、僅かな給金と食事だけを与えて服従させているらしいって噂があってね」

「そんな……」

「そのギルドって何処におまんの?」

「あそこだよ」

 男の指差した方に見た目立派な建物が見える。

「しかも、いつも宿舎は施錠されているんだ。俺達も気にはなっているんだが、中の様子すら窺えなくてね」

 アキ達は言葉を失い表情を曇らせた。

 カズキはアキ達を気遣って直ぐに宿を手配してアキ達を先に休ませる。

「シゲキ達はアキちゃん達を見守ってやってくれ」

「カズさんは?」

「ちょっと、聞き込みして来る」

「それやったら俺も行くで」

「いや、一人の方が目立たない。任せてくれ」

 カズキは一人宿の外に出て[スファレライト]の宿舎の様子を窺う。

「マユもあの宿舎に……。どうしたものか……。うん?」

 ギルドの宿舎に動きがあったのはその時だった。恰幅の良い十人の男達が宿舎の大きな玄関のドアを開けて出て来たのだ。

 全員が出終えると一人の目つきの悪い男が施錠する。入念にロックを確かめると、そのまま男達は街の酒場へと姿を消して行く。

「いつも施錠しているってのは本当らしいな。あれは?」

 ここでカズキは宿舎の二階の窓から男達の様子を窺っている一人の男を見付けると、思わず声を上げた。

「エイコウ? エイコウじゃないのか?」

 エイコウはシゲキの同級生の友人でカズキやアキユキも昔からの知り合いだ。

 カズキに気が付くと男もまた声を上げる。

「お兄さん? お兄さん!」

「エイコウもこの島に来ていたのか。一体何があった?」

「はい。実は、マユがこのギルドに居て……」

「やっぱり、そうなのか……」

「そうなんです。それで、中の様子を窺う為にこのギルドに用心棒として入ったんです。ご存知かもしれませんが、このギルドは女を一日中働かせて、その金で私腹を肥やしています。助けようと思ったんですが宿から一歩も出られなくて」

「中からは出られないんだな?」

「はい。鍵はあの男達しか持っていません。外から鍵をかけられるとロックがかかって中からはどうする事も出来ません。日中出ようにもあいつらが鍵を管理していますし、囚われている人達を怪我無く逃すのは無理で。僕もどうする事も出来なくて」

「じゃあ、あいつらに鍵を開けさせないといけないって訳か」

「そうなんです。打つ手が無くて……」

「マユは無事なんだね?」

「はい。ですが、かなり落ち込んでいて……」

「解った。エイコウ、俺が何とかしてみる。マユの仲間や、シゲキやアキユキ達も一緒なんだ。絶対に俺達でどうにかしてみせる」

「シゲちゃんや、アキユキちゃんも?」

「うん。半日時間をくれないか? それまでに何か良い方法がないか考えて準備してみるよ。明日の十時にアクションを起こす。エイコウは今の内にマユや中の人達に脱出する旨を伝えてくれ」

「解りました。皆、あいつらにかなり酷い扱いを受けています。どうか、お兄さん、よろしくお願いします」 

 カズキはエイコウと別れると街を練り歩く。あの男達が鍵を持っているのであれば留守中に何かの作戦を決行しても意味が無い。

(助け出したとしても再び囚われれば意味が無い。男達が自分の意思で鍵を開け、囚われた人達を救出し、更に再び囚われない様にしなければ意味が無い……)

「何か良い方法が……。オアシスの街……。張り巡らされている水路……。水路、か」

 カズキが宿に戻ったのは、何と朝日が登り始めた時であった。

「何や、兄ちゃん、ごっつ心配したで。今、帰って来たんかいな?」

「悪い。ちょっと色々調べてて」

「何かあったのですか、カズさん?」

「ああ。実はエイコウに会ったんだ。どうやら囚われた人達を救う為に用心棒としてあのギルドに入ったらしい」

「エイコウちゃんがここに? ほんまかいな、兄ちゃん?」

「それなら、エイコウちゃんも助けないと」

「勿論だ。アキちゃん達は今どうしてる?」

「もう、起きてるみたいやで。部屋におるけど、さっき見に行った時には全然元気あらへんかった。何とかアキユキと励まそうと思たんやだけど……」

「やっぱり、ショックだったみたいです。自分の仲間が強制的に嫌々働かされて……」

「そう。解った。俺も行ってみる。シゲキ達も一緒に来てくれ」

 アキ達の部屋をノックし返事があって中へと入る。

 カズキはアキ達の顔を窺うが、やはり、シゲキ達の話の通り笑顔が無いばかりか頬に涙が伝っている。

(アキちゃんは以前、男達に乱暴されそうになってる。誰も手の届かない男達の宿舎で酷い扱いを受けていないか気が気でないんだ……。マユ、絶対に助けるぞ)

「マユ達を助けよう。協力してくれるかい?」

 カズキは俯くアキ達に穏やかに話しかける。

 アキ達がゆっくりと顔を上げてカズキを見る。

 カズキの言葉に驚いたアキ達はようやく何度も何度も瞬きをする。

「マユ達を助けよう」

「でも、カズキさん、相手はこの地で最も力のある巨大ギルドです。一体どうやって助けるのですか?」

「アキちゃんの言う通りだわ。それに相手の人数も私達より多い筈じゃ」

「ヨシカもそう思うよー。一体、どうやって?」

「単純さぁ。相手に宿舎の鍵を開けさせてみんなを助けて逃げる。それだけだよ」

 あっけらかんと、敢えて簡単にカズキは言ってみせる。

 今のアキ達には少しでも希望が必要だから。

「アキちゃん、ユキエちゃん、ヨシカちゃん、立ち止まっていても何も変わらない。このまま何もせず後悔するなら動いてから後悔しない? 一歩踏み出そう。みんなで一緒に。前を向くんだ」

「カズキさん……。う、ん……。そう、ですよね。カズキさんの言う通り俯いていたって仕方ないよ。動いてみれば何か変わるのかもしれない。一歩踏み出します。マユを助けないと。ユキエも、ヨシカも一緒に一歩踏み出そうよ。ねっ?」

「そうね。勿論よ。このまま何もしないなんて柄じゃないわ」

「うん。ヨシカも何でもやってみるよー」

 カズキは笑みを浮かべて上を向いたアキ達に頷くとシゲキ達にも頷いて見せた。

「せやけど、ほんまどうやって助けるん?」

「フッフッフッ。シティホールの技術屋の実力お見せしよう」

 一同はカズキの不適な笑みに首を傾げた。

「本当に大丈夫なのかしら……」

「大丈夫だよ、ユキエ。前向こう。カズキさんならきっと」

 今日も[スファレライト]のギルドの宿舎では女達が内職に励んでいた。

 宿舎は二階建てで一階の大きな広間に二階へと続く階段があり、女達は二階の大広間で作業をしていて一階に行くには男達の居る広間を通らなければならない。

 女達が作業しているのは裁縫だ。街の問屋で男達が生地を安値で仕入れ、女達がそれをアクセサリーなどに製品化し、男達がヒューマノイドの店に売り付ける。

 冒険者の中にはこうしたアクセサリーを好む者も多く商売として成り立っていた。

 女達にはノルマがあって決められた期限までに製品を仕上げないと淘汰され、完成するまで食事は与えられない。

 しかも、女達はろくな着替えも用意されず、皆、下着にシースルーのワンピースだけを身に付け、その姿で男達の酒の相手もさせられていた。

 男達は朝から酒を口にする。

 広間にある大きな長机に十人の男が座り男達の間には淫らな姿の女達が一歩控えた所に酒を抱えて立っていて、同じく部屋の角にエイコウが腕を組んで立っている。

「グワッハッハッハ。エイコウ、お前もこっちで飲んだらどうだ。お前のお陰でモンスターを倒した金も今まで以上に稼げるようになった。遠慮しないで良い。こっちに来たらどうだ」

「いえ、酒は苦手ですので」

「流石の用心棒さんも、酒は苦手の様ですよ、ボス」

「けっ、だらしねえ。腕が立っても、男としては半人前だぁ」

「違いねぇ。未だ未だお子ちゃまだぁ。ハッハッハッハ」

「よさねぇか、お前達。だったら女はどうだ。あーん、女は良いぞ。エイコウ、偶には女と遊んでみたらどうだ」

 男は後ろに立っていた女の腕を掴み強引に引き寄せると、毛むくじゃらの手で嫌がる女の胸を鷲掴みして笑う。顔をしかめて大いに嫌がり声を荒げる若い女性。

「止めて上げて下さい! 女は結構です」

「フン。生意気な。まぁ良い。お前もあんまり調子に乗らん事だ。この宿舎ではお前は俺達に逆えんのだからな」

 エイコウの右拳は強く握られ怒りでブルブルと震えていた。

 時刻は朝十時を迎える。カズキとの約束の時間にエイコウは周囲に気を配る。

(マユ達には脱出する旨を伝えてある。問題はどうやって男達に鍵を開けさすのか。お兄さん、一体どうやって……)

「火事よっ! 火事だわ!」

「あーん? 何だ?」

 唐突に外から必死に叫ぶ女の声がすると男達の顔色が変わる。

「誰か中に居るの? 早く逃げないと死んじゃうわ!」

「私、街の人呼んで来る。アキちゃんもユキエちゃんも離れて!」

「このままじゃ庭の木が燃えちゃう。そうなると大変だよ。ユキエ、ヨシカが人を呼んで来るまで少しでも消化しよう!」

 更に女の声が男達の焦りを誘う。

 すると、今度は広間の奥にあるキッチンから朦々と白い煙が上がり広間まで煙が回って来るではないか。更に、トイレや風呂場からも煙が上がって来る。

 宿舎は街の離れにあって四方を壁に囲まれた建物で庭には多くの木々や植物がある。

「おいっ、火事だ! テメェら逃げるぞ!」

 男達はパニックとなり直ぐに入り口の鍵を開けると一目散に飛び出して宿舎を出ると直ぐに二人の男が更に男達を下がらせる。

「ここは危険や! めっちゃ火の手が早いやん。早よ街の中心まで下がりー!」

「は、早くーしろ! 死にたいのかー!」

 十人の男達は必死に街の中心まで走った。走りながらも後ろを振り返ると白い煙がゆらゆらと天まで登っている。

 あっという間に男達の姿が見えなくなると、先程男達に逃げろと叫んだ者達が次々と宿舎に入って行く。すると、部屋の中は少し曇ってはいるが何かを焼いた香ばしい良い匂いがするだけで火の手は上がっていない。

「エイコウちゃん!」

「シゲちゃん? シゲちゃんなのか」

「挨拶は後や。それより女の子達は?」

「二階にいる。二階に八人!」

「アキユキ、二階や! アキちゃん、ユキエちゃん、ヨシカちゃん早く!」

 アキユキ達は直ぐに二階へと急ぐと二階の踊り場には既に八人の女の子達が集まり、その内の小柄な腰まである長い髪を三つ編みした赤い眼鏡の女の子を見付けると、直ぐにアキは抱き着いた。

「マユ! 良かった。本当に良かった。無事で」

「アキちゃん、ユキエ、ヨシカ……。うわぁぁん! 怖かった。怖かったよぉ」

「アキちゃん、マユちゃん、今は先に逃げましょう。早くしないと男達が帰って来るわ」

「そうしようよー。ユキエちゃんの言う通り、今はカズキさんとの合流場所まで急がなきゃ。ヨシカが案内するよー」

 シゲキ達は急いで外へと出ると四百メートル程先の街の南にある池の前の広場へとやって来る。この池はアレス湖から流れる水路の終着点で一定の水位を超えた水はそのまま崖を伝い海へと流されている場所だ。

 ようやく皆は安堵な表情を浮かべて互いに抱き合い涙を流す。

「マユ、何もしてやれなくてごめんな」

「ううん。エイコウお兄ちゃんがいてくれたからマユ頑張れたんだよぉ」

「エイコウちゃんと、マユちゃんて知り合いやったんや」

「うん。長い付き合いなんだ」

「シゲさん、それよりもカズさんに言われた事」

「せやった。エイコウちゃん、ARHPC操作して。アキちゃん、ユキエちゃん、ヨシカちゃんは女の子の方を頼むわ」

 皆がARHPCを操作していると、その時だ。

 息を切らせた[スファレライト]の男達十人が現れる。

「テメェら、計りやがったな!」

「火事なんか起きちゃいねぇ! エイコウ、テメェ!」

「女どもまで恩を仇で返しやがって、滅茶苦茶にしてやる!」

 男達はとうとう光物を抜いた。助けた女の子達が悲鳴を上げるとシゲキ達は身構えるが唐突に池の傍にある鉄製のドアがガコンと音がして開いた。

「ゲホッ、ゲホッ。やっぱり閉められた空間で干物なんて焼くもんじゃないな。徹夜だしこっちが参っちゃうよ」

「カズキさん……」

 アキが少し安心して思わずカズキの名前を口にする。

「あぁ、アキちゃん。ゲホッ、ゲホッ。お疲れ様。うん? あら、ゲストの皆さんまで一緒なんだね」

「何だ、テメェは」

「はじめまして。カズキって言います。ここのみんなと旅をしています」

「テメェか! 俺達を嵌めた野郎は?」

「嵌めるだなんてとんでもない。コソコソと密室で弱い者虐めしているって聞いたんで。ゲホッ。外に出て貰ったんですよ。外の空気を吸ったら目を覚ますと思いまして」

「馬鹿にしてるのか、テメェ!」

「馬鹿になんてしていませんよ。唯、少々腹が立っていましてね。皆が必死にこの島から脱出しようとしているのに、人の弱みを利用し暴力で人を従わすあんた達がね」

 男の一人がダガーを突き出して飛び込んで来るも、カズキは簡単にこれをかわして足を払うと勢い余って男は腹這いに滑る。

 数々のモンスターと命をかけて戦ってきたカズキの相手では無い。

 カズキは水光の槍を召喚させるとシゲキもアキユキも剣を取り相手を睨み付ける。

「わ、解った! お前達の力は解った。ここは引いてやる。だが、女は俺達のもんだ。エイコウ、お前もだ」

 相手のボスが叫ぶ。

「こいつらは俺のギルドのメンバーだ。関係の無いお前達が口を挟むのは許されない。それぐらいお前達も解っている筈だ。ここは引いてやる。だが、女達とエイコウは連れて帰らせて貰う。何てたって、ギルドの絆はここでは家族よりも強いものだからなぁ。それぐらい、RPGのゲームをしていたら知っているだろう。ハーハッハッハ」

「違いねぇ、流石ボスだ!」

「ほら、お前達はこの世界で俺達の家族なんだよ。こっちに来るんだ!」

「あぁ。また充分に可愛がってやるよぉ。ヒャーハッハッハ!」

 女達が身を寄せ合いガタガタと恐怖に震えるも、カズキが割って入り大声を上げて冷静さを保たせる。

「はいはい! 全く、懲りないですねぇ」

「あーん。負け惜しみか? 何も出来ねぇから吠えてるのか」

「ギルド名も[スファレライト]とは。道理でね……。宝石言葉で裏切り、嘘つき者とは参った、参った。あなた達にぴったりなギルド名だ」

「何だと! テメェ、馬鹿にしているのか?」

「いえいえ。滅相もございません。ギルドの絆ですか。なるほど。そりゃあ、この世界では口出せないな」

「その通りだ。ギルドの絆だ。関係無いお前達は口を挟めないんだよ。ギルドに口出すのは越権行為だ。ギルドの輪を乱した奴らだって、もう誰からも相手されなくなるぞ。この危険な島に一人ぼっち。言いふらされたく無かったら、そこの女とお家に帰ってイチャイチャしてな。それとも、俺達が連れて帰ってよろしくしてやろうか。あーん。ハーッハッハッハ!」

「……それじゃあ、ここに居るみんなに話し掛けるのを止めて貰っても良いですか?」

「アァッ! お前、何言ってやがる!」

「さっき、あなた達が言ったでしょう。ギルドに口出すのは越権行為だって」

「テメェ、何を?」

「みんな、見せて上げなよ」

 カズキがそう言うと、皆、ARHPCを操作して眼前にモニターを映し出した。何とプロフィールにはギルド[Affection Orbit]所属となっている。

「お誂え向きに騒ぎを聞きつけた人達も多く集まっているみたいだし、さっき言った言葉嘘じゃ無いですよね? 余所者はギルドに口を出さないでしたっけ? みんな、聞いてますよ。あなた達こそ、この島でぼっちにならないよう気を付けた方が良いのではないですかね?」

 男達は周りを見渡すと、確かに多くの人が集まって来ている。

「ボスぅ。このままじゃ……」

「ヤバイ。ヤバイっすよ、ボス」

「くっ、クソォ。テメェ、いつの間に。帰るぞ! 覚えてろっ!」

 男達が威張りながら広場を後にするとカズキがまた大声で叫んだ。

「鍵を開ける権利を持たせない様にする為に女の子達をギルドメンバーにしていなかったのは失敗でしたね。あー、そうそう。宿舎のドア開けたままだったんですよねー。さっきの煙、干物焼いてた煙ですから、急いだ方が良いかも知れないねー。猫ちゃん、家で待ってるかもよー!」

「何だと、テメェ!」

 カズキの言葉に男達は慌てて走り出すと、カズキ達に向け周りの冒険者達から多くの拍手が上がった。

「これにて一件落着っと……。みんな、お疲れ様。もう、大丈夫だよ」

「カズキお兄ちゃん!」

「どぅえぇっ! 何?」

 カズキは凄く驚いた。お兄ちゃん呼ばわりされていきなり女が抱き着いて来たのだ。

 アキ達やシゲキ達まで目を大きく開いて驚いている。

「マユ、良かったね。お兄さんに会えて。しかも助けて貰って」

 カズキはエイコウがマユに話しかけた事で、とても大事な事を思い出した。

「マユ?」

 抱き着いていたマユが埋めた顔をようやく離して、カズキの顔を見上げる。

「うんっ。マユだよ。カズキお兄ちゃん」

「えーっ! マユ、お前、こんなにも大きくなって」

「会いたかったよ。カズキお兄ちゃん」

「にゃぁ! ア、カン!」

 そう言ってマユはまたカズキの胸に顔を埋めると、カズキは抱き着くマユの姿を見て大いに照れて明後日の方を見るが、直ぐに天に顔を向けた。

 それはそうだろう。

 マユは下着姿にシースルーの淡いピンクのワンピース一枚なのだ。

 それに、助け出した他の女の子達も一緒だ。

 いつの間にかユキエがシゲキの目を隠しヨシカがアキユキの目を塞いでいる。

 エイコウはずっとその状態を見ていた為か平然としているが、カズキを見るアキの目が少々怖い。

「なはははは」

 事態はようやく落ち着いた。

 一行はマユの着替えを済ませると北上してアクアリウムの街へと来ていた。やはり、騒ぎを起こした街には居づらいし、あの男達だっている。

「おっ! あれ見てみいな。俺と同じ腰蓑がおんで」

「本当だわ。でも、シゲキさんと違ってオシャレね」

「ラップスカートみたいにして巻いてるんだー。男の人なのにやるねー」

「俺も負けてへんわ!」

「シゲキさんはお相撲さんの化粧まわしにしか見えないもの」

「どういう意味やねん!」

 全員笑顔を見せて今日の所はカズキの提案でサワコの宿屋に入った。カズキが事前に予約していた為、貸し切り状態である。

「しかし、カズさん。良く下水道を使って煙を流し込むなんて思い付きましたね」

「お兄さんから何も聞いていなかったから、最初は本当に火事なのかと思いましたよ」

「そうだよっ、お兄ちゃん。マユもびっくりしちゃったよぉ」

「兄ちゃん、あの時、朝方帰って来たけど、その時に色々調べてたん?」

「そんな……。私達、何もお手伝いしなくてごめんなさい」

「また、カズキさんに迷惑かけてしまったわ」

「ヨシカも何も出来なかったよー。本当にありがとう、カズキさん」

「もう良いって。実は、エイコウと最初に会って別れてから街の中を調べてたんだ。メアリーはアレス湖から流れている水路の終着点だからね。きっと、水路の放流口があって下水や雨水の水なんかもそこに流れていると思ったんだ」

「お兄ちゃん、下水を調べてたのぉ?」

「そっ。案の定、宿舎の雨水排水は水路に繋がっていたし、浄化槽の水もそこに流れていた。何でもそうだけど水路は下流に行けば行くほど断面も大きくなって行くから、例え放流部が暗渠でも人が入れると思ったんだ」

「せやけど、そんなん良く宿舎からの排水の位置が解ったなぁ」

「基本、下水道なんかはカーブで排管したりしないんだ。維持管理の為に折れ点には桝を設けて流すんだ。だから、エイコウと別れた後に宿舎の周りを見ておおよその検討をつけてたって訳。後は、排管の中で干物を焼いて、口を塞いで煙を逆流させたんだ。本管に繋がる口さえ塞いでしまえば、煙は家の中や庭の排水桝からしか出て来ない」

「へぇー」

 皆、感嘆の溜め息を漏らす。

「それで、部屋の中が煙で充満したんだねぇ」

「そうだよ。後はマユ達の知ってる通りさ。声優のアキちゃん、ユキエちゃん、ヨシカちゃんが火事だって叫べばみんな信じちゃう。唯一、シゲキとアキユキの芝居が心配だったけど上手く行って良かったよ」

「はぁー? 兄ちゃん、俺らもやる時はやるで。なぁ、アキユキ」

「そうですよ、カズさん。漫才以外にもローカルテレビのアニメのアフレコだってしてたんですから」

「せやで。それに俺ら職業柄、人の前で話すんの得意なんやから」

「その割には噛んでいたわよね」

「台詞も変だったよー」

「やっぱりな」

「結果オッケーやからえーねん。なぁ、アキユキ」

「その通り。気持ちが大事ですから」

「クスクス。ところで、カズキさんとマユっていつ頃から知り合いだったんですか?」

「昔からだよぉ。マユ、ずっと、カズキお兄ちゃんて呼んでるよぉ。エイコウお兄ちゃんから聞いた時はびっくりしたよぉ」

「エイコウちゃんもマユちゃんと知り合いやったんや。あっ、そうか。エイコウちゃんクレハ代表の側近やもんな。今、気付いたわ」

「シゲさん、遅すぎ」

「マユはジュノー公国クレハ代表の娘さんだからね。だから、心配で俺もこの島に来たんだよ」

「実は、俺がシゲキ達と離れてジュノーで暮らし始めた時、金も無く途方に暮れていた俺に声を掛けてくれたのがクレハ代表だったんだ。それでマユとも知り合ったって訳」

「そうなんかいな。昔、兄ちゃん、一人暮らしがしたい、一人で生活してみたい言うて出て行ったのに。何や、親の反対押し切って偉そうにして出て行った割には途方に暮れてたんかいな」

「もう時効で良いだろ。それからクレハ代表には色々お世話になって、何か恩返し出来ないかと思ってジュノーのシティーホールで勤め出したんだ。だから、マユとはもう長い付き合い」

「ふーん。その割に兄ちゃん、さっき、めっちゃ驚いとったやんか。それに、アキちゃん達と活動してたんも知らへんかったんやろ?」

「そ、それは、久し振りに会ったからだ」

「ぶぅー! マユって解らなかったのぉ?」

「だって、昔は牛乳瓶の蓋みたいな分厚い眼鏡掛けて、もっと地味だったし」

「何よぉ。今は可愛くなったよぉ」

「だから驚いたの」

「ぶぅー。もうー。それに、マユが頑張ってる姿も知らなかったのぉ? お兄ちゃん、昔からアニメ好きだったよねぇ?」

「だって、中の人だし。その、何だ。その点については凄く反省しています」

「やっぱり、私達には興味無かったのね。酷いわっ!」

 ユキエがオーバーに机に俯して嘘泣きをする。

「仕方ないよー、ユキエちゃん。ヨシカ達は未だ未だなんだよ……」

 ヨシカは俯すユキエの肩をポンポンと軽く叩き慰める。

「ぶぅー。お兄ちゃんなんて大嫌いっ!」

「えぇー、そんなぁ。ごめんなさい」

「酷いわっ、カズキさんっ!」

「あーあ、兄ちゃん、ユキエちゃん泣かしたら長いでー」

「カズさん、エイコウちゃん見て下さい。女心解って優しいですねぇ」

 いつの間にかエイコウはマユの肩をポンポンしているではないか。

「だぁぁ! アキちゃんフォローお願い」

「だーめ」

「嘘ぉー」

 カズキの情けない声が宿屋に響く。

「ハーハッハ! アンタも、もうちょっと世間の流行ってのを勉強した方が良いよ」

「そうなのです。いくら勉強出来ても女心を知らないカズキさんは女の敵なのです。抱き締める時には抱き締める。それくらいの矜持が無いと男として駄目なのです」

「ユニに言われちゃあお終いだね。まぁ、頑張りな。ハーハッハッハ!」

 更に追い討ちをかけて行くサワコとユニ。

 本当にヒューマノイドか怪しいものだが、何とかカズキはマユの誕生日には沢山フルーツの乗ったケーキを用意し、ユキエとヨシカには美味しいディナーをご馳走する事で許しを得た。

「クスクスクス。もう、みんな、カズキさんを虐めないの。ところでカズキさん、他の女の子達はこれからどうするのですか?」

「うん。取り敢えず俺が作ったギルドは一旦解散するよ。そうしないと、彼女達も動き難いだろうしね。彼女達も知り合いがいてパーティを組んでいたかもしれないし、落ち着くまではサワコママの宿屋に留まって貰ったらって思ってる。部屋はもう抑えてあるよ」

「フフッ。やっぱりカズキさんだ……」

「そ、そう?」

 アキの言葉にカズキは照れていると、マユが横槍を入れて来る。

「ぶー。何か、アキちゃんとお兄ちゃん怪しいなぁ」

「そ、そんな事ないよ。ねっ、カズキさん?」

「う、うん」

「ほんとかなぁ……。お兄ちゃん鈍感だからなぁ。うーん。まぁ、許そう。お兄ちゃん、これからどうするのぉ?」

 急に話を変えたマユに動揺して一つ咳払いを入れてからカズキは切り出す。

「そうだね。これからは島から脱出する事を考えよう。今までの情報を整理すると、どうやら四大エレメントが鍵になっているのは間違い無い。シゲキ達が掴んだ情報だと四大エレメントを守護する街が失われると冒険者が滅んでしまい、四大エレメントの力の解放こそがこの島を脱出する唯一の方法でエレメントの解放にはその地の災いを取り払う必要があるって話だったな」

「その通りです、カズさん」

「サミアローズ火山のイフリートが火のエレメントに災いする魔物だったなら、火のエレメントの力は解放されて街を救った筈だけど何か変化があったのか?」

「お兄さん、関係あるかは解りませんが、二日程前にとある冒険者から聞いた話ではゴウエンで灯火の儀という祭りがあったそうです。何でも、サミアローズ火山から火種を持ち帰り街のあちこちに設置された竹灯籠に火を灯す祭りだったらしいのですが、今までそんなイベントがあった訳ではないのでヒューマノイドの突然の行動に驚いたと」

「それって、エレメントの力を解放したからじゃないかしら」

「ヨシカもそう思うよー。時間的にもイフリートを倒した時と同じだもん」

「それに、街で火に関係する装備や魔法も売りに出されたみたいです」

「火のエレメントの力が解放されたからじゃ?」

「アキちゃんの言った事で間違いなさそうだね」

(もしそうなら、俺が水系の魔法が使えるのは偶然にも水のエレメントの災いを取り払ったからなのか……?)

「サワコママ、ユニ、最初に俺やアキちゃんがここに来た時までに、何か街で変わった出来事がなかったかな?」

「あるにはあったがアンタ達がここに来た後だね。あの時、マーベラスの滝の水量がかなり減っていてね、アクアリウムでは大騒ぎさ。見ての通りこの街は豊富な水で街を成しているからね。水が無けりゃ電気だって発電しないし作物だって枯れちまう。正に死活問題だったんだよ」

「そうなのです。それに街はマーベラスの滝の水のお陰で魔物が寄って来ないのです。精霊の加護を受けた水が街を囲んでいる事でこうして安心して過ごせるのです」

「丁度アンタ達が出て行った次の日だったよ」

(それじゃあ、違うのか……。でも、水系魔法が使えて女神の恩恵まで受けている……。あの、滝の出来事は一体……)

「カズキさん……」

 アキがカズキの名を呟くとカズキは小さく頷いて返す。

「どうやら、誰かが水のエレメントの災いを取り払ったと考えて良いだろうね。サワコママ達が言うのなら間違いないよ」

「せやけど、兄ちゃんが解放したんとちゃうの?」

「うん。時系列が合わない」

「でも、カズさん、水系の魔法とか使っているじゃないですか」

「それが不思議なんだけど一種のバグなのかもしれない」

「そんなんあるんかいな?」

「解らない。でも、俺じゃ無くても水のエレメントの災いが取り払われたのは事実だ」

「そうなると、残るエレメントは風と土だねぇ」

「実は、お兄さん、マユを探してた時にファーゲル遺跡に行ったんです」

「ファーゲル遺跡って言うたら砂漠の遺跡とちゃうの?」

「そう。マユに似た人が遺跡に行ったって情報があって。普段は砂嵐で近付けなかったんだけど満月の夜にだけ入れたんだ。中にデザートキマイラってモンスターが居てレイドを組んで何とか討伐したんだけど」

「レイドって初めて聞くわ」

「ギルドや個人の集合体みたいなもんや。ボスモンスターを討伐する時とかに大人数でチーム組むのをレイドって言うねん」

「そんなのもあるのね。大人数だもの。直ぐに討伐出来たの、エイコウさん?」

「いや、かなりの犠牲者が出たよ。遺跡の罠や砂嵐に巻き込まれて犠牲になった者も」

「そう、なのね……」

「うん……。それで、殆どが砂まみれだったんだけど、偶々辿り着いた遺跡の最深部の広場の床に一部だけ盛り上がって何かが書いてある像を見付けて」

「ほんで、どないしたん?」

「気になって砂を退けてみると精霊が現れたんだ。すると、床の砂が全部取っ払われて何やら地上絵が出て来たんだ。確か、その時からかな。砂嵐が止んで遺跡の南の街のサンドニールのヒューマノイドもこれで安心だと」

「そうなれば、土のエレメントの災いは取り払われたと考えて良いな」

「そうなると、カズさん、残りは?」

「ああ。北の街。ハーメルンだ。そこが残る風のエレメントの守護する街だ」

「じゃあ、カズキお兄ちゃん、これから北に向かうんだねぇ?」

「ああ。明日にでも出発しよう」

「あれ? アキちゃん、どうかしたのぉ?」

「……うん。どうしてかなって。楽しい筈だったこの世界がどうして……」

「きっと、何か裏があるんだ。きっと……。でも、今は前に進もう。犠牲になった人達の為にも生きて隠された何かを暴くんだ」

「……はい」

 翌朝となり、カズキ達はアクアリウムを出て北上する。

「みんな、ハーメルンに行く前にリーベンブルクに寄りたいんだ。前にパーティーを組んでいた人達が無事か確かめたいんだ。構わないか?」

「勿論です、カズキさん」

「ありがとう」

 初めてリーベンブルクの街に足を踏み入れる。

 二百メートル程の城壁と猛々しい岩山に挟まれ、岩山に彫刻として施された四体の女神像が神秘的な装いを相変わらず見せている。

「兄ちゃん、聞き込みとか買い出しは俺達がしておくから行ってきいな」

「カズキさん、その方が良いわ。私達がシゲキさん達見張っておくから」

「なっ、ユキエちゃん。それ、どういう意味なん?」

「だって、シゲキさん。珍しい物見つけたら爆買いするんですもの。この間だって、ゴウエンの名物だからって気持ち悪い黒い食べ物沢山買っていたじゃない」

「あ、あれは、夜な夜な少しずつ楽しんで食べてんねん」

「いや、シゲさん。処分に困ってるって言ってたでしょ」

「変わってないなぁ。シゲちゃん」

「シゲキさんにも困ったもんだねぇ」

「ほら。シゲキさん要注意なんだから。ねっ、ヨシカ」

「そうですよー。シゲキさん。変なものばかり食べているとお腹壊しちゃいますよー」

 シゲキが皆から集中砲火を浴びている最中、一人の女の子にカズキは不意に声を掛けられた。

「カズキお兄ちゃん? お兄ちゃんだ! パパ、ママ、カズキお兄ちゃんだよ!」

 カズキが振り向くと買い物に行っていたのか大きな荷物を抱えた中年の太った男に、細身のストレートのロングヘアーの女性と手を繋ぐ十歳満たない位の肩までの髪の女の子がそこに立っていて、カズキの顔を見るなり女の子はカズキに抱き着くと肩を震わせた。

「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 良かった……。良かったよー!」

「カズキさん! ご無事でしたか。良かった。本当に良かった」

「ええ。本当に……」

 カズキは話しかけて来た三人が間違い無くカスミ達家族であるのを理解すると、安堵の溜め息を吐いてカスミの頭を優しく撫でる。

「良かった……。カスミちゃん達も本当に無事で。カスミちゃん、ちゃんとパパとママを守ったんだね。頑張ったね。カスミちゃん」

「うんっ。カスミ、お兄ちゃんとの約束守ったよ」

「お二人もご無事で何よりです」

「ありがとうございます。カズキさんのお陰でこの街に辿り着けたからです」

「本当に、何度も、何度も、私達家族を助けて下さって。ありがとうございます」

「いえ。僕は何も。カスミちゃんが頑張ったからですよ」

「カスミが頑張れたのも、カズキさんがカスミを支えて下さったお陰です。それよりも、お疲れでしょう。どうぞ家に来て下さい。さぁ、皆さんもご一緒に」

 カズキ達はカスミの父親に促されてカスミの家を訪れる。こじんまりした一軒家はカスミ達家族が購入したらしい。何でも街に到着し聞き込みしていた所、一人のヒューマノイドと出会ったそうだ。

 そのヒューマノイドは、高齢でメアリーの子供達と一緒に住むからと、家の処分に困っていたそうだ。そこで、カスミ達家族が代わりに住む様になったらしい。

「少し気になったのですが、街に到着してからこれまで他の冒険者を見ていません。この街に留まっている冒険者の方はいらっしゃらないのですか?」

「そういやー、見てへんな」

「実はそうなのです。この街には私達三人しか冒険者はいません。私達がこの街に来てから他の冒険者の姿を見たのはほんの数回です。それも、西や南から訪れた者達でして、不思議な事に北の街から訪れる者が未だにいないのです」

「私達夫婦もずっと変だと思っていました。ですが、カスミを傷付ける者がこの街に来ない方が安心して過ごせると、主人も私も考えない様にしていたのです。逃げてばかりじゃとも思ったのですが、やはり、カスミの事を考えると……」

「カズキさん達はこれからハーメルンに向かわれるのですかな?」

「そのつもりです。島を脱出する為には、ハーメルンに起こっているであろう、災いを取り除く必要があるらしいのです」

「そうですか。カズキさん、参考になるか解りませんが、街のヒューマノイドから聞いた情報では何でもハーメルンの東のハムナバーグ渓谷にある神殿から風が吹かなくなったそうです。そのままだと、ハーメルンの街は魔物に襲撃されるだろうと」

「風が……。解りました。情報ありがとうございます。絶対に生きてこの島を脱出しましょうね。では、僕達はそろそろ失礼します」

「お兄ちゃん、もう行っちゃうの?」

「うん。またきっと会おうね。カスミちゃん。それまで、またパパとママを助けてあげてね。約束」

 カズキはカスミの頭を撫でてから、しゃがんでカスミと視線を合わせて右手の小指を立てる。

「お兄ちゃんも約束だよ。絶対またカスミに会いに来てね」

「うん。約束だ。指切りげんまん、嘘付いたら針千本のーます。指切った」

 カズキ達はカスミ達家族と別れ、北のハーメルンへと向かう。

「可愛い子でしたね、お兄さん」

「本当だわ。素直で純粋で。抱き締めたくなっちゃう」

「ユキエちゃんとは大違いだねー」

「せやせや、ユキエちゃんもカスミちゃんぐらい素直やったらなぁ」

「あら、シゲキさん。私はいつも素直よ。素敵なレディーは嘘なんか付かないわ」

 ユキエは右手を口元にやってレディーの装いを真似る。

「ユキエちゃんがすると、唯の傲慢な女の人だよー」

「そんな事ないわよ。見てて、ヨシカ。こうやって、オーホッホッホッホ」

「いや、ユキエちゃん。お淑やかさゼロやん」

「そんなぁ」

 冷静にユキエにツッコミを入れるアキユキに皆笑う。

「違うて、ユキエちゃん。素敵なレディーはこうするねん。オーホッホッホッホ。オーホッホッホッホ」

 何故かいきなりシゲキもユキエの真似をして張り合い出した。急遽始まったオーホッホッホッホ合戦にカズキ達は唖然とする。

「やっぱり、面白い弟さんですね、カズキさん」

「いや、アキちゃんも面白いメンバーと一緒なんだね」

「良いコンビだねぇ」

「本当、シゲキさんとユキエちゃんは名コンビだよー」

 談笑を交えながら石畳の通路に従って北に向かう。

 死と隣り合わせの冒険でも気が張ってばかりだと余計に動きを悪くするし、疲れも酷くなるが、こうして互いに笑顔を見せ合うとリラックス出来る。

 オンとオフの切り替えが上手に出来ると、動きは良くなるし疲れも半分になる。何よりちょっとした仲間の異変にも気付ける。

 そうした中で、シゲキやアキユキの漫才コンビの存在はやはり大きく、ユキエの明るさにも助けられる。冷静なヨシカも突っ込めば、エイコウも茶々を入れて、マユも同調すると、アキが突っ込まれて拗ねる仲間をフォローする。

(とても良いパーティだな……。だから、ここまで来られたんだ)

 カズキは素直にそう思った。最初に街を追い出された時には考えられなかった。

 暫くすると街の城壁から顔を覗かせる風車塔が見えて来る。風が無い為だろうか風車の大きな羽は微動たりしていない。

 やがて、はっきりと街を目にすると何やら街が騒がしい。監視塔に居るヒューマノイドが塔の天井から吊り下げられた大きな鐘を激しく叩いている。

「何か街であったんだ。急ごう」

 カズキ達は直ぐに街に入ろうとしたが城門が開いていない。

「カズさん、東の城門が破壊されてます。そこから中に入れます」

「よし、中に入ろう。戦闘体制を怠るな」

 何と街の中に五体のモンスターが居て大きな屋敷を前に誰かが戦っているではないか。

「何で街にモンスターがおんねん!」

「街の中って安全地帯じゃ無かったのぉ?」

 [ヘル・バード・メイジ レベル30]

 戦っているのは二人の冒険者で装備もかなり良い物だ。

 二人の冒険者が大きく剣を振りかぶり一気に振り下ろす。

 剣スキル『唐竹割』を[ヘル・バード・メイジ]の頭上に放ち、続け様に『なぎ払い』を放つと二体の[ヘル・バード・メイジ]は消え失せるが、残りの三体が大技を出して隙が出た二人を襲う。鋭いかぎ爪による上空からの攻撃。

 一体の[ヘル・バード・メイジ]が二人に腹を見せて翼を大きく広げ激しく動かした。

 風スキル『かまいたち』が二人を襲うがダメージを喰らいながらも二人は更に前へと出て間合いに捉えると、剣を右上から振り下ろしてそこから左上に切り上げる。

『二連斬りアーク』が相手に炸裂すると最後の一体には二人が同時に剣を突き刺した。

 モンスターの姿が無くなってようやく他の冒険者達が見窄らしい姿をして建物から姿を現した。だが、怪我した二人を労りもせず無視して好きな様に行動する。

 屋敷から出て来た大層な身なりの男が子供と共に現れると一言だけ言い放った。

「ご苦労だったな」

 直ぐに男は子供と共に屋敷へと引き上げる。

 敵を倒した二人の冒険者が一度天を仰ぐとカズキは二人に駆け寄って声を掛けた。

「コウキ、ケイタ!」

 二人はカズキの存在に気付くと目を大きく見開いて声を上げる。

「カズキさん! ケイタ、カズキさんだ!」

「はいっ。カズキさん良くご無事で!」

「二人共無事で良かった。大丈夫か?」

「大丈夫です。これしきの事で参っていられませんよ。なぁ、ケイタ」

「そうです、そうです。何てたってコウキさんと俺はこの街を守る正義の味方ですから。もう行かないといけません。カズキさん、どうかお元気で」

「カズキさん、心配しないで下さい。俺達は大丈夫ですから。行こう、ケイタ」

 何故か二人は大した会話もしないまま、そそくさとカズキの前から立ち去って行く。

「今の人達、カズキお兄ちゃんの知り合いなんだよねぇ?」

「その割にはあっさりしているわ」

「うん。久し振りに会ったのにねー」

「兄ちゃんの部下やった人?」

「そうなんだ。この島にスタッフとして一緒に来たんだ……」

「カズキさん……」

「大丈夫だよ、アキちゃん。あっさりし過ぎてびっくりしただけだから。唯、なんか焦っていた様に思ったから」

「お兄さん、ちょっと調べてみませんか?」

「カズさん。そうしましょう。何かしっくり来ないです」

「ああ……」

 シゲキとアキユキの提案で街の聞き込みにカズキは参加しない運びとなった。

 街を追い出されたカズキが戻って来たとなれば騒ぎが起きるかもしれない。アキを一人カズキの傍に残したのはユキエの提案である。最初マユは自分も残ると駄々を捏ねていたがエイコウに説得されてアキだけが残った。

「カズキさん、コーヒーでもどうですか?」

 三階の宿の部屋の窓から外の景色を見ていたカズキにアキが声を掛けるとカズキは少し微笑んで大きな長テーブルの椅子に腰掛ける。

「ありがとう」

「私、コーヒー入れるの得意なんですよ」

「へぇ、そうなんだ。楽しみだなぁ。どれ……」

 白く湯気の上がるコーヒーカップに口付けると確かに苦味と酸味が見事にマッチし、更に少し甘味を感じる絶妙な味だ。

「うん。凄く美味しい。こんなコーヒー、店でも飲んだ事無いよ」

「えへへ。やったぁ」

「凄いね、アキちゃん」

「家でいつもコーヒー飲んでいたんですよ。それで色々試行錯誤して。こっちでもコーヒー売っていたんで、ついつい買っちゃいました」

「そうなんだ。エールだけかと思ってた」

「あっ、酷―い。でも、良かった。カズキさん少し元気になったみたいで」

 確かにカズキは少し元気になった自分に気付いていた。

「心配掛けてごめん。大丈夫」

「クスクスクス。カズキさん、ごめんは無し」

「えぇっ。こりゃ一本取られました」

「えへへ。カズキさん、私達パーティなんですよ。カズキさんの悩みは私達の悩みでもあるんです。遠慮しないで一緒に悩ませて下さい」

「ありがとう。凄く嬉しいよ。ありがとね、アキちゃん」

「ううん」

 すると、バタンと音がして皆が部屋に入って来る。

「ぶー。怪しいなぁ。益々、お兄ちゃんとアキちゃん怪しいよぉ」

「なっ、何だよいきなり。それよりもおかえり。ご苦労様」

「マユ、からかわないでよ」

「うーん。でも、まぁ、アキちゃんだからなぁ。お兄ちゃんとお似合いだしなぁ」

「ほら、マユ。お兄さんもアキちゃんも困ってるって。それよりも報告、報告」

「しょうがないなぁ。あのね、お兄ちゃん。どうやら街にモンスターが現れ出したのは風車塔の風車が三日前に動かなくなってかららしいよぉ」

「何でも風が吹かなくなったと。恐らく、この地の災いはそれかと思われます」

「アクアリウムの街が水に守られていた様に、ハーメルンの街は風で守られているんだって街の人が言ってたよぉ」

「それで、カズさん。やはり、ハムナバーグ渓谷の風の神殿に異常があったんじゃないかと街のヒューマノイドが言ってます」

「だけど、アキユキ君の話って、きっと、この街に住んでる冒険者達は知ってる筈じゃないのかな。知っていたら直ぐに何か行動すると思うんだけどな」

「アキちゃんの疑問は最もよ。それで、私達も聞いてみたのよ。どうして原因が解っているのに何もしないのかって。そしたらね、待っているらしいのよ」

「ある冒険者達の成長を待っているってー」

「ある冒険者達の成長って?」

「それが、兄ちゃん、その冒険者って言うのがどうも兄ちゃんの後輩らしいねん」

「カズさんの後輩の子は、この街で初めにスキルを覚えた子達らしいんです。それで、この街を仕切るヴァンヒルって男が渓谷の攻略に二人を選んだみたいで。他の冒険者達はろくに戦いもしないそうで……」

「何か大変みたいなんだよぉ。後輩さんが早く新しい技を覚えないと攻略出来ないからって街の守備も率先して戦ってるんだって。戦えばレベルも上がるからって言ってたよぉ」

「でも、どうして二人に拘るの?」

「アキちゃんの言う通りよ。それがね、一部の冒険者が三日前に渓谷の攻略に出て全滅したらしいのよ。レベルは41だったそうだわ。それから風が吹かなくなってしまって、モンスターが街に現れ出したそうなの。その時にこの街を仕切っているヴァンヒルが言ったそうなのよ」

「攻略は選ばれた者達がすべきだ。各々自分の役割を果たそうじゃないかって。それで、丁度スキルを使いこなしモンスターと戦えるカズさんの後輩に白羽の矢が立ったみたいなんです」

「それから、力を持たない冒険者達は外には出ず閉じ籠もっているみたいなの。誰だって命を捨てたくないもの。攻略する人がいるなら何もせずに待っていた方が良いって……」

「それじゃあ、カズキさんの後輩の人がずっと戦っているの?」

「実はそうらしいんだ、アキちゃん。お兄さんの後輩がずっと。最近じゃずっと焦っているらしくて。それもその筈で、最近になって街に頻繁にモンスターが現れ出したのは渓谷を攻略していないからだと。きっと、責任を感じているんでしょう」

「そんな……。全部、危険な思いをカズキさんの後輩に押し付けるなんて……」

「そうなんだけど、アキちゃん。カズキさんの後輩の子は文句一つ言わずにやっているみたいだよー」

「レベルも上がって明日の午後いよいよ二人は攻略に出るそうです。カズさん、どうしますか?」

「みんな、悪いけど明日の朝早くに渓谷の攻略に向かおうと思う。コウキ達二人はレベル30の[ヘル・バード・メイジ]相手にかなりダメージを受けていた。レベル41のパーティが全滅したのを考えると、レベルが一つ上がったぐらいでとても二人で攻略出来るだなんて思えない」

「そうね。カズキさんの言う通りその方が良いと思うわ」

「私もユキエの意見に賛成です。焦って行動するのはユキエ達と出会う前の私と同じ。きっと、危険な目に遭っちゃう」

「兄ちゃん、そないしょう」

 翌朝、日も未だ登りきらない薄暗さが残る中、カズキ達はハムナバーグ渓谷に足を踏み入れる。谷の断面はV字型を成す両岸が険しい崖になっていて、西側の切り立った崖の途中に二つの小さな神殿らしき建物が崖に食い込むように存在し、その先に東側の対岸へと渡る橋が存在して東側にも神殿があり、最奥に一番大きな神殿が存在する。

 神殿へは崖が削り取られて南北に設置された幅二メートル程の階段で向かう。

 階段を利用し崖を進み、神殿を介して橋を渡り、東の崖に移動して風のエレメントが存在する最奥の神殿を目指すという訳だ。

 カズキは地形を見ると一部のパーティが全滅する理由が解った気がした。仮に、階段上でモンスターがエンカウントすれば戦い方は限られるし、狭い階段では動きも制限されて回避もままならないだろう。

 それに、パーティで戦いを挑んでも正面から敵が現れれば戦えるのは一番前にいる者だけで後ろにいる者はせいぜい回復しか出来ない。

 今まで以上に攻略は困難を極めるだろう。

(どうする……。アキちゃん達をこのまま残すか、それとも……)

「カズキさん、駄目ですよ。置いて行くなんて」

「そうよ、カズキさん。私達だってきっと役に立つわ」

「そうだよ、お兄ちゃん。マユだっていっぱいレベル上がってるんだよぉ。回復だって出来るんだからぁ」

「ヨシカ達は大丈夫だよー」

「カズキさん、きっと私達を心配してる。でも、待つのは嫌なんです。私達もカズキさんのパーティなんだもん。島を脱出する為に力にならせて下さい」

 アキは真っ直ぐにカズキの目を見て訴える。

「そう、だね。解ったよ。ごめん。一緒に行こう」

「カズキさん、ごめんは無しだよ」

「ははははは。ありがとう。よし、階段の幅が狭いから一列になって進もう。先頭はシゲキでアキちゃん達は間に入って。アキユキとエイコウもアキちゃん達と交互になる様に入ってくれ。殿は俺が行く。敵が正面からポップすればシゲキが。横からは全員で攻撃だ。後ろの敵は任せて。行こう」

 カズキ達は階段を降りる。手摺りの無いゴツゴツした階段を先ずはゆっくり、ゆっくりと降って行く。

 早速敵がシゲキの前からポップする。[ガーゴイル レベル20]

(レベル20だと……)

 二体の[ガーゴイル]は背の翼を羽ばたかせ空に浮き剣を振りかざして来る。

「邪魔や!『炎の立髪』」

 シゲキが火の力を解放すると、炎にかたどられた獅子が現れガーゴイルに突貫し何事もなかったかの様にそのまま過ぎ去って行くと[ガーゴイル]は全身炎に包まれてポリゴンとなって消え失せる。正に獅子の通った道には何も残らない。

 その後、二体のモンスターがポップするもカズキの槍が相手を貫き、エイコウの重力技が相手を谷底へと落とすと最初の神殿に到着する。

 神殿は十平方メートル程の大きさで流石に八人が入るととても狭く、南北の出入り口の他に真新しい物は特に見付からない。

「カズさん、壁の色が違っています」 

 石で出来た壁の一部の色がCGによって僅かに違うのに気が付いた。

「この壁、動きますね。押してみます」

 アキユキがその壁を押してみる。すると、何かが動く音がして部屋が揺れ身体を揺らすとアキ達は悲鳴を上げたが直ぐに揺れは収まった。部屋に何も変化は無い。

「カズさん、今のって?」

「うん。何か作動した様な感じだったな。この先の神殿も同じかもしれない。早速行ってみよう」

 次の神殿に到着する。

 ここの神殿は階段を降りた所の北側と橋に向かう東側の出入り口があって、南北に大変長く南側は大きな穴が空いているのだが、何かの封印なのか光の網が邪魔をして通れず、地面は何故か粘土に水を含んでいて沼の様だ。

 西側の壁にはレバーらしき物がCGとして映し出され存在している。

「レバー降ろしてみますね」

 アキユキがレバーを下ろすと再び音がして身体を揺らす振動が起きて、暫くして止まると南の穴からかなりの風が吹き出した。

「何かありそうですね、カズさん」

「何かを解除してるのか……。何にしても各神殿には同じ様な仕掛けがあるんだろう。橋を渡って東に行こう」

 東に続く橋を渡る。

 橋は地形的な条件からも考えられない程の見事な吊り橋で両脇の崖を支点に鉄のアーチがかかり橋桁を吊り下げているのだが不思議と橋は全く揺れない。

 難なく橋を渡り東の崖最初の神殿に足を踏み入れる。橋へと続く西の入り口に南の神殿に向かう為の出入口が一つ。

 ここの神殿には北側の壁に小さな祭壇があって、向かって左から右に片翼だけ背の翼を折りたたんだ女神像が祀られていて何だか窮屈そうに見える。

「像を調べてみます」

 アキユキがCGで出来た像を触って調べていると、何と折りたたまれた片翼が開かれて女神が苦しさから解放されるとゴオオオオオと音がして身体を揺らす振動が起きる。

 最後の神殿に足を踏み入れた。

 大きさは今までの神殿の三倍ぐらいになるだろう。三十平方メートル程の広間に北側にある出入り口と南側には大きな穴があって崩落した天井が穴を塞いでいるのだが崩落した岩の隙間から南から北に吹いている風が頬を激しく打つ。

 激しく頬を打つのは酷く湿気た泥を含んでいるからだ。

「アキユキ、岩を動かして風の通り道をもっと確保すればクリアちゃうの?」

「そうだね。シゲさん、何とかして動かしてみる」

「待ってーっ! 岩を動かしちゃ駄目だよー」

 ヨシカが急に大声を上げた為、アキユキは驚いて直ぐに岩から手を離した。

「急にどうしたのよ、ヨシカ?」

「何か変だよー」

「変って、何が変なのよ?」

「ヨシカの勘!」

「ヨシカ、あなたねぇ……」

「いや、強ちそうでも無いよ。何か違和感を感じないか? ここに来るまでの仕掛けはCGだったのに、どうして最後の仕掛けが現実の岩を動かすんだ?」

「せやけど、風が吹かへん様になったんならクエスト的には風を吹く様にするのが普通ちゃうの?」

「単純に考えるとそうだ。だけど、風は岩を除けなくても吹いてる。さっきまでの仕掛け自体がおかしい。仕掛けを解除するのは人の手だ。仮に俺達がここでして来た行為が何かの解除を意味するものなら、人の手で風を吹かなくしていると考えられる」

「本当だ……。カズキさんの言う通り、解除が出来たのなら作動だって出来ちゃうよ」

「そうなんだ。それに、レベル41のパーティが全滅したのも変だ。確かに足場の悪い戦闘だけどポップした敵はレベル20ばかりだ。それだけ差があるのに全滅したのはおかしい。その全滅したっていうパーティが何で全滅したのか原因は解らないかい?」

「それが、街に戻って来ていないそうなのよ。それで全滅したって……」

「だとすれば腑に落ちないな。みんな、一度戻ってみよう。途中で何か変化があるかもしれない」

 そう言ってからカズキは魔法を唱える。

「『シルフィー・バブル』」

 すると、手のひらサイズの小さなシャボン玉の様な球体が現れてフワフワと浮かび、その球体はカズキの手から伸びる光の線で結ばれている。

「この魔法は僅かな風を感知して進み続ける。ダンジョンなんかで迷った時に使うと出口まで案内してくれる補助魔法の一つ。隙間から出ている風は相当強い。どこに流れているか戻りながら確かめてみよう」

『シルフィー・バブル』を先頭にカズキ達は来た道を戻った。

 風に背中を押されて、まるで動く歩道を走っている様な感覚だ。立ち止まっていても踏ん張っていないと飛ばされそうである。

 女神が祀られている神殿を過ぎて橋を渡ろうとすると、何と『シルフィー・バブル』が橋に沿って移動し橋の中央で北の方向にあっという間に飛ばされてしまって、カズキと結んでいた光の線が消えてしまったではないか。

 再度カズキが『シルフィー・バブル』を唱えると、やはり端の中央部で勢い良く『シルフィー・バブル』が飛ばされてしまう。

「かなりの風だ。あれじゃあ簡単に俺達も飛ばされてしまう」

「せやけど兄ちゃん、それやったら俺達帰れへんのとちゃう?」

 カズキは『シルフィー・バブル』の動きを見て、急に橋から何も無い空に手を向けた。

 何かが手に触れる感触がある。

「どうやら、橋と思っていたのは間違いだな。ここは筒状になってる。透明な壁が存在している。橋が揺れないのもそれが原因だ」

 カズキの言葉に皆も空に手を当てがうと確かにそこに見えない壁が存在している。

「ほんまや。全然気付かへんかったわ」

「察するに『シルフィー・バブル』が飛んで行った所だけ壁が無いみたいだな。それに、そこだけは南側の壁も無いみたいだ。最奥の神殿の風と南から吹く谷の風を合わせて北のハーメルンの街に送っていた。元々の谷からの風に人工的に崩落された岩によって風量調整された神殿の風で風の街を演出していたんだ」

「けど、カズさん、このままじゃ動けないですよ」

「もう一度最奥の神殿に戻ってみよう。何かあるとすればきっとそこだ」

 カズキ達は再度最奥の神殿へ向かう。

 吹く風が強く向かい風に対し歩くのは困難を極めるが、シゲキとエイコウが壁役となって風を受け止め何とか神殿へと辿り着く。

 幸い敵がポップしないのは強い風が吹きCGを安定して映し出せないからだろう。

 再度、隈無く神殿を確認する。前屈みとなってどこか変わった所がないか確認する。

 やはり、部屋の中央は風がきつくてアキ達じゃ立っていられない。止む無くアキ達は部屋の東西に分かれて壁沿いを調べる。

「キャア!」

 急にユキエの叫ぶ声がする。皆一斉にユキエを見ると何とARHPCによって生み出された装備は風の影響で消えてしまい、ユキエが着ていた上半身の服が捲れ上がり見事な胸の谷間とオレンジの下着を見せて顔を隠しているではないか。

 ユキエは必死に服を下げようとするが風の勢いが強くて中々下げ切らない。

「ユキエちゃん! 捕まり!」

「ええ……キャァ!」

「うわっ!」

 シゲキはユキエに飛び付いたがバランスを崩してそのまま縺れる様に壁にぶつかり転けると、何と壁にこびり付いた泥にひびが入って割れると、額に緑の鉱石が埋め込まれ天を指差す女神像が現れる。

「あれかっ。アキユキ、女神像に触れるんだ!」

「やってみます!」

 アキユキが像に触れると眩いばかりの光が皆を覆いやがて光が消える。

「武器が入ってます! 風切りの刃と言う武器が登録されてます!」

「やったやん、アキユキ!」

「おめでとう。良かったわ、アキユキさん!」

 倒れたままの二人がアキユキを称えるがユキエは胸に違和感を感じ胸に目をやる。

「いやぁ!」

 強い風の吹く中、パチンと乾いた音がするとユキエはシゲキの頬を張っていた。

 シゲキは無意識の中、ユキエの豊満な胸に手を当てがっていたのだ。

 女神の登場によってだろうか、風は益々強くなる。

「セクハラよ! クエストを利用した立派なセクハラだわ。それに、このまま出られないなんて」

「いや、ユキエちゃん。お手柄だよ。さっき、ユキエちゃんが立っていた所は下から風が吹いていた。風が吹いていたって事は別の出口があるはずだ」

 カズキは女神の指差す方を見ると、何やら天井には氷柱の様にぶら下がる、不自然な岩が一箇所だけ存在している。

「アキユキ! 手に入れた武器であの岩を壊すんだ!」

「了解です! ハァァァ!」

 アキユキが手に入れた武器を召喚して右腕を振り払った。勢い良く放たれたブーメランは小型の竜巻を生み出してぶら下がった岩を簡単に砕いてポリゴン化させると、バカンッと大きな音がして地面の扉が上に開いた。ブーメランは目的を達してしっかりとアキユキの手に戻る。

「みんな、中に入るんだ!」

 カズキの合図で次々と中に入ると透明な滑り台になっていて、あっという間に対岸を渡り切ると、今度は直角に折れて二つ目の神殿の南側に突っ込むと光の網の封印は消滅してようやく滑り台の終着を迎える。

 バチャッと辺りに粘土を散らして先頭で滑り台に入ったアキユキが出て来ると、直ぐに壁際に寄って避ける。

 次々と人が出て来る中、シゲキとユキエは何故か縺れて二人で飛び出して最後にカズキが出て来ると光の封印が復活して再び穴を塞ぐ。

「お兄さん、何とか帰れましたね」

「うん。ここの神殿の床が粘土状になっているのも、滑り出た者が勢いで怪我しない為だったんだ」

「キャアー!」

 パチン。またユキエが大声で騒ぐと先程と同じく縺れて出て来たシゲキの手は見事にユキエの胸を捉えていた。

 ようやくハムナバーグ渓谷の攻略を終えるとカズキは渓谷の入り口で神妙な面持ちをして何やら魔法を唱えてからハーメルンへと戻る。

 丁度、コウキ達がクエストに出ようとしていたのか大きな屋敷の前で見かけると、風が吹き、動き出した風車に気付いた他の冒険者達が歓喜の声を上げていた。

「フン。誰かが渓谷を攻略したか」

 コウキ達の前に立つヴァンヒルが言葉を投げ捨てる。

 その隣には、悲しげな表情を浮かべるヴァンヒルの息子が。

「聞けい! この街に住む冒険者達よ! 風の力は戻った。ヒューマノイドの話ではこれで街に魔物は現れない筈だ。後は誰かが攻略するのを待てば良い。命が欲しければ私の命令を守って今まで通り街で大人しくしておくのだ」

 ヴァンヒルがコウキ達に小声で呟く。

「これで、お前達に頼る必要は無くなった。後は好きに他の街に行くなりすると良い。助かって良かったではないか。この街に残るなら残っても良いが、せいぜい周りの手を煩わせないでくれ。渓谷の攻略の為に気に掛けてやったが、これからはお前達がどうなろうが誰も助けんからな」

 コウキ達は唇を噛み締めて拳を握り締める。

 ヴァンヒルが振り向き屋敷に戻ろうとした時、カズキが急に大声を上げた。

「他力本願もここまで来ると、ある意味凄いですね。どうやらこの街の人は感情の無い単なる機械らしい。街にいるヒューマノイドの方がよっぽど人間らしい」

「何奴だ? 貴様、あの時の……。何しにのこのこ戻って来た。貴様はこの街を追い出した筈だ。勝手にこの街に入るのを止めて貰おうか。人殺しの入って良い街ではない!」

「何だと!」

 アキユキが身を乗り出したのをカズキは片手で制して続ける。

「ご心配なく。独り言を言ったら直ぐに出て行きますよ」

 カズキは街にいる冒険者達に向かって話しかける。

「あなた方は今の自分に満足していますか? 自分の行動に胸が張れますか? 愛する家族や恋人、子供達にあなた方が今している行動が自慢出来ますか? この島は、もう単なるアミューズメントパークではありません。俺達は死と隣り合わせの本物のRPGの世界に居ます。力無き者が力ある者を頼り戦いに出られないのは仕方ないでしょう。ですが、傷付いた者達を労るのは出来るんじゃありませんか?」

「カズキさん……。後輩さんの為にまた矢面に立って……」

「目の前で傷付く者が居るならば、手を差し伸べるぐらいは出来るんじゃないかと言っているんです。昨日、この街に辿り着いた時、戦っているコウキ達を目にしました。二人は確かにモンスターを倒しましたが傷を負っていました。その時、皆さんは何をされていましたか? 皆、戦いを人事の様に静観し、戦い終われば声すら掛けない。それが、自分にとって負い目を感じ無い行動なのですか? 今の俺の話に何も感じ無いのなら、あなた達は感情の無い機械そのものだ。この先、必ず危険が待っています。どうか、支え合い、互いに手を取り合って生きて下さい」

 カズキの話に心打たれたコウキ達の頬をツーっと涙が伝う。

「コウキ、ケイタ、良く頑張ったな。みんなの為に一生懸命になって立派だったぞ。俺は先輩としてお前達みたいな後輩を持てて誇りに思うよ。今は少し休むと良い。ここから南に行くとリーベンブルクの街がある。そこに、俺がお世話になった家族が居る。そこで、暫くゆっくりすると良い。きっと、暖かく出迎えてくれる筈だ」

「カズキさん……俺も、ケイタも必死で」

「コウキさんと誓ったんです。絶対に逃げないって。でも、二人でとても怖かった……」

 カズキは二人の肩をポンポンと軽く叩いて二人を宥める。

「カズキさんはこれから何処に?」

「俺達は更に南東のアクアリウムに行くよ。少し整理したい問題があるんだ。大丈夫だ。またきっと会える」

 カズキ達八人とコウキ達がハーメルンの街を後にする。

「所詮戯言だ!」

 ヴァンヒルは屋敷へと戻ったが、ヴァンヒルの息子と街の冒険者達は暫くその場を動け無かった。

 カズキ達はコウキ達をリーベンブルクの街へと送り届け、そのまま、アクアリウムの街にあるサワコの宿屋に落ち着いた。

「感動しました。カズキさん」

「本当だよぉ。マユも感動しちゃったもん。流石、マユのお兄ちゃんだよぉ」

「格好良かったわ、カズキさん。セクハラした誰かとは大違い」

「えー、ユキエちゃん、ごめんって。不可抗力やねんって」

「その割にしっかりと触っているんですもの」

「ユキエちゃんは置いといて、ヨシカも感動しちゃったよー」

「あら、ヨシカは触られてないからそんな風に言えるのよ」

 プイっと顔を横に向けるユキエに平謝りするシゲキ。

「ちょっと、腹立っちゃって。でも、ごめん。俺があんな風に言っちゃったから、みんなもハーメルンに行きにくくしちゃったな」

「カズキさん、ごめんは無し」

「アキちゃんの言う通りですよ。僕達も思っていましたから」

「そうですよ、カズさん」

「ありがとう」

「それで、カズさん。これからどうします?」

「うん。みんな、ARHPCでマッピングシステムを開いて欲しい。みんなが一度足を踏み入れた所がマッピングされている筈だから、見比べてマッピングされていない場所を目指そうと思う。四つのエレメントを解放した次に訪れるのは、きっとそこだと思う」

 各自マッピングシステムを立ち上げて見比べると、マッピングされていないのは東の火の街ゴウエンの南だ。

「じゃあ、明日からはゴウエンの南に行っちゃおう」

「うん。それと、みんなに聞いて欲しい。未だはっきりした訳じゃ無い。だから、他の人達に話す内容じゃ無いと思ってわざわざサワコママの宿まで帰って来たんだ」

「何や、そうなんかいな」

「混乱させてしまうかもしれないけど俺達はパーティだ。今、俺が疑問に感じているのが何かを聞いて欲しい。今日、風のエレメントの渓谷を攻略した際、みんな、違和感を感じなかったかい?」

「ヨシカが言ったよー。アキユキさんが神殿の岩を動かそうとした時だよね?」

「そうなんだ。俺達が仕掛けを解除したなら、その前に訪れていた冒険者が仕掛けを作動させたって事になる」

「カズキさん、ひょっとして全滅したパーティじゃないですか?」

「うん。アキちゃんが言う通り。単純に考えて、最初に渓谷の攻略で神殿を訪れると風が吹いていて、仕掛けを作動させたから風が止んだと普通は解る筈なんだ」

「あれだけの風ですもの。風が止んだのなんて直ぐに解るわ」

「街にモンスターが現れた時期ともぴったり合うんだよ。気になるのは全滅した事。仕掛けを作動したのなら風は吹いていないし谷に落ちたとは考えられない。それに、足場の悪い戦闘とはいえレベル差のある敵に全滅させられたとは考え難い。と、すれば一つの答えが浮かんで来る。それは、街を危険に晒せるのを解っていて姿を眩ませた」

「兄ちゃん、それって、冒険者の手によって冒険者を危険に晒したって言うんかいな?」

「ああ」

「それじゃあ、元々風の街は災いが起きていなかったのぉ?」

「そうなんだ。俺が最初に街を見た時には風車が回っていたんだ」

「何よ、それ……。誰かが仕向けたって言うの」

「もう一つ、ここで気になるのが街に残っている人達なんだ。みんな、コウキ達以外の冒険者がどんな風だったか覚えているかい?」

「兄ちゃんの後輩以外はモンスターと戦うのを恐れて閉じ籠っとった」

「うん。風を止めればモンスターが街に現れる。だけど、街には戦える冒険者は居ない。つまり、街に残っている人達がモンスターの餌食になる」

 カズキの話は確かに理解出来るもので、皆、納得し黙り込んでしまう。

「俺が疑問に感じているのは、まるで、冒険者を篩にかけて選別している様な仕組みを感じるんだ。このままじゃ、力無き者が淘汰されてしまう。戦いに恐れ閉じ籠もってしまうと待っているのは確実な死だ。それに、もう一つ……」

「何なん?」

「シゲキと同じ腰蓑をしていた冒険者を見ただろう? それが意味するのは?」

「仕掛けやモンスターがCGで生み出されているならシゲちゃんやアキユキちゃんが手に入れた装備品が再度ドロップする可能性が……いや、現実にそうなってる」

「みんな元々ゲーム好きで集まった連中です。みんな、良い装備目当てに再度攻略する可能性も。俺ならきっとそうします」

「攻略に良い装備は欠かせないわ。誰かがクリアしたなら自分達も攻略出来るって絶対に思う筈よ」

「そんな……。もし、再び風を止める者が現れたら……。カズキさん、何とか、何とかならないのですか?」

「アキちゃん、今、俺達が出来るのは他の冒険者達を信じるだけだよ……」

「カズさん、まさか、渓谷の入り口で魔法を唱えていたのはひょっとして?」

「うん。渓谷の仕掛けが街を危険に晒すのを残して来た。アキユキが言う様に往々にしてレアアイテム欲しさに神殿を攻略しようとする冒険者が居ないとは限らないからね」

(メッセージを見た冒険者がどう思い、どう行動するのか。誰かが街の人達を考えずに行動すれば街の人は犠牲になってしまう。これから攻略に向かう冒険者が出れば街の残っている人達は……)

「カズキさん、一人で背負い込まないで下さい」

 そう言って、暗い表情を見せるカズキの手にアキはそっと手を添えてから握る。

「信じましょう、カズキさん。カズキさんがずっと私に優しくしてくれる様に、きっと、他の冒険者の人も街の人達を思って行動してくれるって」

 アキはカズキに優しく微笑んで見せる。

「そうだよぉ。お兄ちゃん、信じようよぉ」

「そうね。それに、カズキさん、街の人にも支え合って行こうって言っていたじゃない。きっと、街の人の心にもカズキさんの言葉は届いているわ」

「信じようよー、カズキさん。そして、みんなでこの島を脱出しようよー」

「うん……。そうだね」

「ところでお兄ちゃんー、いつまでアキちゃんの手を握ってるのぉ?」

「えっ? ぬわぁぁぁ! ごめんなさい!」

「クスクス。もう、カズキさん照れ過ぎです」

 シリアスな顔から一転、真っ赤な顔をするカズキにアキは笑みを浮かべる。

「やっぱり、お兄ちゃん達怪しいなぁ……」

 マユの突っ込みにようやく笑みが溢れる一同。

 今は俯かずに前を向いて行くしかないと、皆の心は一つになっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ