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・第一章(冒険の決意)

 エターナル・アイランドは無人島で大きさは854キロ平方メートルに及び、以前は人が住んでいたが五年前に最後の住民が本土に移り住んだのをきっかけにウィクトリア行政府が土地を買い上げ、この度、国営のアミューズメントパークとして生まれ変わった。

 島に向かうフェリーには多くの老若男女、我こそはと集った勇者達が荒波に船酔いする事も無く昂る興奮を抑えきれない様子だ。

『あなたはこの世界を救う勇者』

『どうか力をお貸し下さい』

『あなたの力で世界に希望の光を……』

『あなたの勇気で人々に笑顔を……』

 客間のテレビには体験型RPGアミューズメントパークの実写とCGを合成した宣伝が絶え間なく放送されている。

 四人のお姫様のアニメキャラクターが画面を通じて助けを求めると、勇者に扮したお笑い芸人の二人が剣を掲げ必ず魔王を倒すと誓う。

「いや、俺が世界を救って見せる!」

「いいえ、その役は私よ! 私がきっと救って見せるわ!」

 それを見た来客者は益々興奮して声を大にして叫び気持ちを昂らせている。

(その気持ち解らないでも無い……うん)

 カズキは素直にそう思った。

「カズキさん、盛り上がっていますね」

「あー、もう早く着かないかなぁ。とっとと仕事終わらせて俺も早くプレイしたいっす」

「焦んなよ、ケイタ。一般客より先に始めたら叩かれるぞ」

「解ってますって、コウキ先輩。まっ、俺の実力なら直ぐに追い付きますから」

「勝手に言ってろ」

「しっかし、ウィクトリアも思い切りましたよね。人口が増え続けている一方でヒューマノイドが台頭してからインフレを起こしまくっているって言うのに、一つの島を買い取ってアミューズメントパーク作るなんて。そんな暇あるんですかね?」

「他所様の悪口なんか言うなって。お前が一番楽しみにしていた癖に」

「へへ。まぁ、そんなんですけどね」

 いつもの後輩二人のやり取りにカズキは少し溜め息を吐いた。

 今日のオープニングセレモニーにはウィクトリア代表のオスロ始め、多くの著名人も参加する。余りの人気に一般の参加者は抽選となったのだが、カズキ達は運良くイベントスタッフとして選ばれた。

 いよいよ島の北の港に到着して上陸すると、来客者は携帯電話や時計などの所有物を預け、危険物探知機を通り抜けた者から順にARHPC[Augmented Reality High Performance Computer]と呼ばれるパーソナルコンピューターが一人一つずつ配られた。

 ARHPCは所謂拡張現実システム。コンピューターで作成されたCGを現実世界に映し出すもので、この機能によって架空の剣や魔法を生み出して恰も自分がゲーム内のキャラクターの様に技を繰り出す事が出来る。

「それでは皆さん、ARHPCを腕に装着して下さい。次に盤面を叩くと目の前に設定画面が出ますからクラス[職業]を選んで下さい。選び終わりましたら右横のボタンを押して蓋を開けて、皆さんが事前に用意したチップをセットして下さい」

 アシスタントの説明の通り操作しチップをセットする。すると、各々の服装がCGによって自分がデザインした服装へと変化する。

 各自事前に用意していたものはプレイヤーの名前、身長や体重、年齢や性別などの個人情報とインナースーツのデザインが登録されたチップの事だ。

 プレイヤー名は自由なのだが、アバターとは異なりプレイヤーが自身である為、身体のサイズや性別、年齢は装備を身に纏う都合上、実際の数値であり性別となる。

「最後に左側のボタンを押して下さい」

 ボタンを押し終わると、左胸に長さ十五センチ程の青く輝く棒状の物と緑の棒状の物が丁度心臓の辺りに現れる。

「その青の棒状の物が皆さんのHP[ヒットポイント]センサー、緑がMP[マジックポイント]センサーです。敵に攻撃を受けるとセンサーが反応し青色が黒くなるとダメージを受け、全てが黒になるとデッド扱いになります」

「おぉっ、これなら周りから見ても一目で解るぜ」

「パーティーなら仲間の回復のタイミングも解るわ」

 益々熱を帯びて来る来客者達。

「その通りです。センサーは、青、黄、赤、黒の順に変化しますので残りのHPには気を付けて下さいね。MPは消費されれば緑のグラフが黒になって行きます。魔法の使い過ぎにも注意して下さい。尚、ご本人には眼前左上にHPとMPの表示が数値化して表示されていると思います」

「凄いわ、これ。本当にゲームみたいよ」

「あー、俺、この時代に生きてて良かったー!」

「早くー! 早くー! 始めようぜ!」

「また、ARHPCはステータスの確認は勿論、一度訪れた土地は自動マッピングされますので冒険に迷った際には確認して下さい。では、皆さん、王がお待ちです。この先の広場にお集まり下さい!」

 皆、思い思いの姿となった冒険者達が広場に到着すると、用意された目の前の巨大ビジョンに映し出されたのは王の姿に扮したウィクトリア代表のオスロ・キタハマだ。

『良く来てくれた勇気ある冒険者達よ。今、この世界は悪が蔓延り世界から笑顔が消えようとしている。汝らの真の力で伝説の勇者となり世界に笑顔を取り戻してくれ』

「オォーッ!」

 一斉に歓喜に沸く冒険者達。

『これは儂からの餞別だ』

 王より餞別として全てのプレイヤーに1,000ゴールドがARHPCに送られる。

『それでは頼んだぞ。冒険者達よ。真の勇者と成長する事を願っている』

 いよいよ本格的RPGゲームが始まった。

 ようやくカズキ達の仕事の出番がやって来る。

 広場から出た冒険者達を最初の街であるはハーメルンに案内するのだ。ハーメルンは北の港到着者の最初の街として冒険者達の拠点となる街だ。

 最初の街までは冒険者達がいきなり迷ったりしない様にスタッフが誘導する。

「最初の街はこちらです! 行ってらっしゃい!」

 世界観を壊さない様に冒険者と同じ格好に扮したカズキが声を上げると、気が逸る冒険者達は一斉に駆け出して広場の門を出て最初の街を目指して行く。

 島の港は東西南北にあり同様に広場や最初の街も各一箇所設けられている。多くの来客者を分散する為でカズキ達スタッフも四箇所に分かれて配置されている。

「凄い盛り上がりですね。俺達も早く行きましょうよ! カズキさん、コウキさん」

「興奮し過ぎだぞ、ケイタ。落ち着けよ」

「もう仕事終わったんですから楽しまないと損ですよ、コウキさん」

「早く強くなって周りに自慢したいだけだろ、お前は」

「だって、だって、今日アイドルとかもいっぱい来て居るんですよ。早く会いたいじゃないですか。アイドル達は別の港だし早く会って一緒に冒険したいじゃないですか」

「やっぱりアイドル目当てかよ。アイドルオタクにも困ったものですよね、カズキさん」

「解らなくも無い……」

「はぁ? カズキさんまで」

「ですよね、ですよねー。もう、早く行きましょうよ」

 カズキ達は三国のもう一つ、ガイヤ大陸東部の島国で成すジュノー公国のシティホールに勤めていてカズキは二人の先輩上司に当たる。今回のイベントがかなり大規模である為にウィクトリアからの応援要請を受けて手伝いに来ているのだ。

「ケイタもそう言ってるし、行くか、二人とも」

「行きましょう! こっちですよ、こっち!」

 ケイタに促されて最初の街へと向かう。

 広場から一歩踏み出せば、そこはもうファンタジーの冒険の世界。地面を覆い尽くす緑の芝の絨毯に石畳の道があって、所々に生える背の高い高木樹が吹く風に揺らされてサワサワと音を鳴らしている。

 左に目をやれば少し流れの速い川があって太陽の光でキラキラと水面を輝かせ、その奥には鬱蒼とした森や岩山が広がり、右に目をやれば遠くに巨大な山が見えて山頂から立ち上る灰色の煙が冒険の雰囲気をより一層際立たせる。

 このRPGの為に人工的に手の入れられた島とはいえ、その景色は圧巻だ。

 しかし、景色を楽しんでいたその時だ。

「魔物だ! 魔物が居るぞ!」

 最初の街に向かっていた多くの冒険者の驚く声が聞こえる。

「えっ? こんなのありましたっけ?」

 ずっと騒いでいたケイタが疑問を口にする。

(確かに、こんな演出があるなんて聞いていない……)

「驚き過ぎだ、ケイタ。きっと秘密の演出なんだよ。そうですよね、カズキさん?」 

(コウキの言うのも一理ある。けど、おかしい。モンスターの出現は最初の街までは無かった筈だ……)

「演出ならスタッフに内緒にする必要は無いと思うけどな。とにかく行ってみよう」 

 カズキ達が駆け付け人混みをかき分けて確認すると、そこには小型の猫型モンスターが通路を塞ぐ様に居座り昼寝をしている。

 猫型モンスターが発する電波を察知してARHPCが反応し、眼前にモンスターの情報が映し出される。

 [ミーアキャット。小型動物モンスター。レベル1。性格は大人しく人を襲わない]

「何だ、驚かすなよ……」

「誰だ? 情けなく叫んだ奴は……」

 多くのプレイヤーの安堵する声が聞こえて来ると、カズキ達も思わず長く息を吐いた。

「何だったんです? もう、聞いてないっすよ」

「ケイタ、ビビリ過ぎなんだよ。ねぇ、カズキさん」

 だが次の瞬間、目の前で寝ていたミーアキャットを空から飛んで来たモンスターが両足の鋭い爪を立てて連れ去った。そのまま高木の太い枝へと移り、ぐったりしたミーアキャットを鋭い牙を持つ大きな口で捕食する。

 ミーアキャットは直ぐに実体無きポリゴンの欠片となって消えて行く。 

「キィェェェェェェェ!」

 ミーアキャットを堪能し冒険者の目の前で凶暴な一面を見せたモンスターが鳴き声を上げて空を飛んでこっちに向かって来る。

 CGとは思えない程の迫力と緊張感に、なまじ遊び感覚でいたプレイヤー達は直ぐにパニックに陥った。直ぐに四方へと散って逃げる。

 [プテラノン。鳥型恐竜モンスター。レベル15]

 最初の街にさえ辿り着いていないのに、この魔物の出現は異常だ。

 それに、カズキを始め冒険者達は未だ戦う術を知らないし装備も無い。戦う為の方法は最初の街で教わる手筈になっているのだ。

(ど、どうなって……。駄目だ、落ち着け。しっかりしろ、カズキ!)

 カズキは一度目を瞑って深く呼吸をして目をしっかりと見開いた。

「コウキ! ケイタ! みんなを落ち着かせろ! 俺達はシティーホールの職員だ!」

「は、はいっ」

 後輩二人は上擦った声で何とか返事して見せる。

 叫び声を上げて逃げるプレイヤーの冒険者達。一人が逃げ出すと連鎖を起こして状況の解らない者さえ取り敢えず逃げる。一種の集団同調性バイアスに囚われた人々は遂には弱者を突き飛ばし逃げる者達も現れる。

「皆さん、落ち着いて! こっちに逃げるんだ!」

 カズキ達も必死になって逃げるが追い討ちの如く火山が爆音と共に爆発を起こした。皆は心臓が飛び出る程に大層驚き悲鳴を上げると、川沿いを走るカズキの前で子供が突き飛ばされて川に落ちてしまう。

「誰か助けて下さい! 私は泳げないんです! お願いします!」

「俺が行きます!」

 カズキは迷い無く走って直ぐに川に飛び込んだ。モンスターが気にはなるが今は子供が大事だ。子供を溺れさせたまま逃げるなんて出来ない。

 川は流れも早く181センチあるカズキでも足が付かない程かなり深い。

「助けて! パパ……。プファ! ママ……」

 川に落ちたのは小さな女の子の様だ。必死に叫ぶが水が女の子を飲み込む。全身が沈もうとする瞬間、何とかカズキが女の子に辿り着いた。暴れる女の子の横から身体を支え落ち着かせる。

「大丈夫だよ。きっと助けるから!」

 女の子を抱えながら岸に向かおうとした時だ。

「なっ! あれは!」

 何ともう一人上流に子供がいる。さっきは気付かなかったが丁度飛び込んだ辺りに。幸いにも大きな岩に捕まって溺れずに済んでいるが危険な状態だ。 

 だが、誰も助けに行こうとしない。皆、自分が逃げるので必死なのだろう。

「コウキ! ケイタ! 上流に一人子供がいる。助けてやってくれ!」

 女の子を両親に預け直ぐにカズキも上流へと向かうと、岩にしがみ付いていた子供は力尽きてとうとう川に飲まれてしまう。

 何とか追いついたコウキ達だが、溺れもがく子供に逆に川に引き摺り込まれる。

「コウキさん、ブハッ! そっち抑えて下さい!」

「ハァハァ。駄目だ! 暴れて抑えられない。ハァハァ。ケイタ、腕を掴め!」

 暴れる子供の力に四苦八苦するコウキ達。そこに、カズキが子供を横から支えて暴れるのを抑えた。

「ふぅー……溺れている人の正面から抑えに行っちゃ駄目だ、二人とも。子供の力でも巻き込まれるぞ」

「カズキさん……良かった。助かったぞ、ケイタ」

「はい……。良かったぁ。カズキさん、そんなの仕事で教えてもらってないですよぉ」

「そうだったな。ごめん、ごめん」

 カズキ達は岸へと辿り着いてようやく川から上がると多くの人に囲まれていた。

 どうやら[プテラノン]が飛び去って騒ぎが治ったらしい。

 子供を助けた三人に拍手が送られてカズキ達は大いに照れていたのだが、一人の男がいきなりカズキに対してだけ怒声を浴びせて来た。

「貴様、うちの子供を何故先に助けなかった!」

 声を荒げるその男はヴァンヒル・カドマ。ウィクトリア上院議員の一人だ。

「お前が飛び込んだ近くにうちの子供がいたんだ! お前は人の子供を天秤に掛けて先にあの子娘を助けたんだ!」

「ちょ、ちょっと、あんまりです!」

「コウキさんの言う通りです! カズキさんはそんな事絶対にしません!」

「何だと……。口答えするのか! 貴様ら、一体何処の何者だ!」

 議員に詰め寄るコウキ達をカズキは片手で制して前に出た。

「俺は、ジュノーのシティホールに勤めているカズキ・トウヤマです」

「ジュノーだと? 余所者が人の息子をどうしてくれる!」

「命を天秤に掛ける様な真似はしません。お子さんを見付けたのは女の子を助けた時、岸に向かおうとした時です」

 カズキはヴァンヒルの目を見て訴えるがヴァンヒルの怒りは治らない。

「言い訳をするな! まさか、お前が突き落としたんじゃないのか? そうだろう? そうに決まっている! お前が飛び込んで息子が驚いて川に落ちたんだ!」

 ヴァンヒルは助けたばかりの子供に大声で詰め寄った。

「お前が落ちたのはこの男のせいだな? 違うのか? 言ってみろ! どうなんだ!」

 ヴァンヒルの大声に子供は肩を竦め身体を強張らせる。

「どうなんだ! はっきり言わないか!」

 執拗に子供を追い詰めるヴァンヒルに、とうとう子供が涙を見せる。

「……申し訳ありませんでした……」

 謝りを入れたのはカズキだった。

「カ、カズキさん……」

 コウキ達がぼそっと言うが再びカズキは片手で制した。

 決して命を選別し子供を突き落とした訳でも無い。だが、カズキは責められ涙を流す子供の姿が見るに耐えなかった。

 俯いていた子供がカズキの顔を申し訳無さそうに見たが、カズキは少し首を振って小さく頷いて返した。

「本当に突き落としたのかしら……?」

「自分が逃げる為か? でも、もう一人の子を助けたんだろう? まさかな……」

「見ない振りした方が良くね?」

 様々な周りの小声が耳に入る中、三十代くらいの男が騒ぎの中心へとやって来て声を上げた。

「おいっ! 騒いでいる暇なんかねぇぞ。広場の門が閉ざされちまっている。どうやら、戻れないみたいだ。前に進むしかねえみたいだぞ」

 ザワザワする冒険者達。

「とりあえず、今の内に街に入っちまおう。あのモンスターが帰って来ると街に入れなくなっちまう」

 ざわめき収まらない一同だが男の言葉に促されてようやく最初の街、ハーメルンに足を踏み入れた。

 街はモンスターの侵入を許さない様に高い石造りの城壁で外周を囲まれており、四隅にある見張り塔にはNPCのヒューマノイドが配置され右往左往している。

 最も、彼らの役割はこの体験型RPGアミューズメントパークの雰囲気を醸し出す為に居るだけの存在で魔物を攻撃する訳も無く行ったり来たりしているだけなのだが。

 街の中の様子も正しくRPGのゲームの世界そのものだ。

 巨大な風車塔が街に立ち並び規則的に大きな羽を回し、小さな煉瓦造りの民家や店舗、露店が軒を連ね、街の中心には噴水があって周りを色とりどりの花の花壇が彩っている。

 INNの看板は街の宿屋だろう。剣が模様された看板は武器屋。杖のマークは魔法ショップ。大きな葉っぱのマークの看板は道具屋。

 その中を街の住民であるヒューマノイドが行き来していて、店を切り盛りしているのも全てヒューマノイドだ。

 街の中には空き店舗や空き家も存在する。売りに出されていて冒険者が店を買い取り営業したり住処にするのも可能だ。

 冒険者はここで最初の装備を購入し、購入の際に戦う術を店主であるNPCのヒューマノイドから教わる。

 各自最初に選んだ職業で装備出来る武器や防具、魔法を購入するとARHPCに情報が保存されてCGが現実として映し出され、冒険者の装いを装備した姿へと変える。

 モンスターとの戦いにおいては、この具現化された武器や魔法を振るうとダメージセンサーが働きHPが無くなれば相手を倒した事になる仕組みだ。

 遊園地などで光線銃を相手の的に打ちポイントになる仕組みと原理は同じだ。

 従って、ダメージセンサーが働かない様に立ち回り、相手の攻撃をかわして攻撃するのが一般的な立ち回りとなる。

 しかも、ARHPCを介し恰も現実の出来事の様に感じる事が出来るので、緊張感、スリルを味わうのに申し分ない。

 火の魔法を受ければ暑さを感じるし、氷の魔法を受ければ身が縮こまるし、風の魔法を受ければ風を感じて吹き飛ばされ、相手の攻撃を喰らうと痛みと衝撃が身体を襲う。

 モンスターの討伐数や武器、魔法を使用する度に上昇する熟練度はARHPCに蓄積されて一定の値を超えれば新たな力、スキル[技]を得られるのはゲームで言う所のレベルアップだ。

 その際、攻撃を受け続ければ耐久力がアップし、逃げまくれば敏捷性がアップするなどARHPCに保存された情報によってHPセンサーが打たれ強くなったり、技の発動を早めたり出来る。

 この仕組みで最初のクラスだけは冒険者が選択するが、戦い方や行動履歴によって一定の経験を積めば上級職へとレベルアップする。

 魔法を使用せずに戦い続ければ戦士や武闘家の上級職であるバトルマスターに。魔法をメインに使えば僧侶や魔法使いの上級職であるアークプリーストや魔導士になって、盗みを働けば初期クラスには無い盗賊にだってなれる。

 つまり、今後何のクラスや上級職になるかは冒険者の行動次第で蓋を開けてみなければ解らない。しかも、どんなクラスが存在しているのかは謎に包まれている。

 勿論、冒険者のスキルはクラスによって異なり初期クラスの転職は自由だが、そうすると、また一から経験を積まないといけない為、転職には見極めが重要だ。

 早速冒険者達は装備を整える。先程まで各自が用意したインナースーツ一枚だった姿が見る見る変わって行く。ある者は腰に剣を携え、ある者はローブを身に纏い古ぼけた杖を持ち、ある者は背中に弓矢を装備すると、装備を終えた者は早速街の外へと出て冒険に旅立って行く。

 予定外のモンスター出現に子供の救出、議員から大目玉を食らうと色々あったが、ようやくカズキは安堵の溜め息を吐いた。

「カズキさん、さっき良かったんですか? あれじゃあカズキさんが悪者ですよ」

「コウキさんの言う通りですよ。感謝されても悪口言われる筋合いなんて無いです」

「良いんだよ。あれで丸く治ったなら。それよりも、お前達も楽しんで来なよ。俺、少し疲れたから、ちょっと休んでから行くから」

「そ、そうですか? じゃあ、行こうぜ、ケイタ」

「お言葉に甘えます、カズキさん」

 二人は見えなくなるまで頭を下げていたがカズキから離れると街を出て行った。

(はぁーあ……。一気に疲れた……。ゲームでも議員にペコペコと……。それにしても、聞いていない出来事ばっかりだ。プレイヤーを楽しませるイベントにしては過激過ぎる。でも、折角だしあれこれ考えずに俺も楽しまなきゃ損か……)

「取り敢えず装備を揃えて回復ポーションだけは買っておいてっと……。何だ? 絆創膏に湿布? マッチ? そんな物まであるのか。良く解らないけど備え有れば憂い無しって言うし一応買っておいてっと」

 すると、店員のヒューマノイドが絆創膏と湿布、マッチは実物を手渡しして来た。回復ポーションの類はARHPCのアイテムストレージに入るのだが。

「えっ? 絆創膏の類やマッチって本物? 仕方ない。ウエストポーチに入れるか」

 一通りの買い物を終えて道具屋を後にする。

「他の店も見て回るか」

 NPCのヒューマノイドと話をして色んな情報を聞いてみる。街の人の話を聞くのはRPGの基本だろう。だが、殆どの冒険者は話を聞かずに外に出ていったのだが。皆、早く敵を倒してレベルアップしたいのだ。

「コウキ達の姿が見えないのも、そっちタイプの方か」

 カズキは更に街の中をキョロキョロしていると大きな荷物を抱えたNPCを見付けた。見た目かなりのお婆さんである。

「お婆さん、荷物重たそうですね? 持ちますよ」

「ありがとうございます。おや、冒険者様でございますか。ありがたや。ありがたや。お礼と言っては何ですが一つ情報をお教え差し上げましょう。街には宿屋以外に泊まれる場所がありましてな。宿屋で泊まるよりもずっと安くお得に泊まれますよ」

「へぇ、そうなんだ? ありがとう、お婆さん」 

 こうしたイベントもRPGゲームの醍醐味の一つだ。

「こんなもんか。よし、じゃあ俺もそろそろ街を出るか」

「キャァァァァァァァ!」

 街を出ようと城門に足を向けた瞬間、外からかなりの悲鳴が聞こえて来た。

「悲鳴……? 今度は何が……?」

 カズキは直ぐに外へと出た。先程感じた違和感が再び頭を過ぎる。

「こ、これは……」

 カズキが見たものは横たわる一人の冒険者。レザーアーマーの胸にあるHPゲージは光を失い黒くなっている。横たわる男の胸倉を掴み必死に上下させるもう一人の男。

「おいっ! 起きろよ。何でだよ。何で動かねえんだよ!」

 騒ぎを聞いて外にいた冒険者達が集まると、一人の女冒険者が前へと出てリアルで看護師であるのを名乗ると横たわる男の脈を取る。

「そ、そんな……。嘘でしょ……。死んでる……」

 冗談を言うなとばかりに体格の良い男が同じ様に脈を取るも反応は無い。

「一体、何があったのですか?」

 カズキは茫然と立ち竦む男に事情を聞いてみる。

「モンスターを倒してたんだ。直ぐにレベルが上がって調子乗って回復せずに戦ってたんだ。そしたらこいつが回避に失敗してまともに敵の攻撃を喰らっちまって。そしたらHPゲージが見る見る変わって黒くなって。その途端に倒れたんだ。それから全然動かなくなって……」

 その話を聞いた途端に周囲の者が騒ぎ出す。

「何だよ……。それ、どういう事だよ! どういう意味だよ! HPが無くなったら本当に死んでしまうのかよ!」

「ありえない! そんなの聞いてないわ。本当なの?」

「そういやぁ……HPゲージが消えたらどうなるのかなんて説明無かったぞ」

「冗談じゃねぇ! こんなのやってられっか!」

 一人の男がARHPCを投げ捨てる。が、何とその途端にHPゲージが黒になり、その男も絶命する。

「お、おいっ……。し、死んで……」

(ま、まさか、ARHPCを介して心臓に電磁波の様な何かを送っているのか……。そして、ARHPCの放棄は命の放棄に繋がるとでも言うのか……)

「イヤァァァァァァァ!」

 それを見て益々人はパニックになる。怒号が飛び泣き叫ぶ者は後を絶たない。

「お前、スタッフなんだろう! 何か知っているんじゃ無いのか?」

 街を案内していたカズキに気付いた一人が声を上げる。

「す、済みません。俺にもさっぱり解りません。スタッフとして広場から街まで案内する事しか聞いてないんです」

「どういう事なんだよ!」

 カズキは胸倉を掴まれ怒鳴られるが何も出来ない。

「落ち着きたまえ!」

 集団の後ろから大声を上げて皆を落ち着かせると、人混みをかき分けて出て来たのは上院議員のヴァンヒルだ。ヴァンヒルは事態を飲み込むと更に大声を上げる。

「今は皆で揉めている場合では無い! 事情は理解した。信じられんが、どうやら私達は本物のRPGの世界に閉じ込められたらしい」

 女冒険者達が泣き叫ぶ。男の冒険者達も冷静にはいられない。皆が一様になって騒ぎ慌てふためいて行くと収集がつかない。

「静まれい! 泣き叫んでも事態は進展しない。恐らく他の地の冒険者達も異変に気付いている筈だ。今は皆が協力し他の地の冒険者達と力を合わせこの島を脱出する事を考えるんだ。だが、今の我々には力が無い。街付近のモンスターにさえ勝てないのだからな。今は協力し力を蓄えるんだ。幸い最初の街は被害が及んでいない。先ずはこの街を拠点とし力を蓄えよう。今は落ち着いて対処するんだ!」

 ヴァンヒルの言葉にしだいに落ち着きを取り戻し賛同する一同。広場への退路も立たれている今、ヴァンヒルの言葉に従うしか無い。皆、失意の表情を浮かべながらも街へと踵を返す。

「カ、カズキさん……」

「カズキさん、コウキさん、一体何が……」

 先に街を出ていたコウキ達が異変に気付いてカズキの傍へとやって来た。

「解らない……。でも、今はヴァンヒルの言う通りにするしかない」

「待て!」

 カズキ達が街に入ろうとするとヴァンヒルが呼び止めた。

「お前は街に入るのを許さない。お前は人殺しだ。今は人が一致団結し、この困難を乗り越えなければならない。お前の様な輩がいると死人を増やす。悪いがお前は別の街で力を蓄えると良い」

「それって! 何でですか? 息子さん助けたのもカズキさんだ!」

「コウキさんの言う通りだ! 何でカズキさんが!」

 コウキとケイタが大声を上げて食い下がる。騒ぎを聞いた冒険者達も様子を伺う。

「何だ? 貴様ら、文句でもあるのか?」

「……二人とも、もう良い」

 カズキはコウキ達を制して二人にだけ聞こえる声で話をする。

「良いんだ。今は従うんだ。お前達まで悪者になってしまう。二人の気持ちは嬉しい。でも、今は郷に入れば郷に従うんだ。俺なら大丈夫。案外しぶといのお前達なら知っているだろう。どこかの街でまた会おう。自分を大切に。絶対に生きるんだぞ」

 そう二人に口早に告げるとカズキはヴァンヒルに切り出した。

「解りました。俺はここから離れます。どうか皆さんを導いて下さい。そして、偶には貴方のお子さんの声をちゃんと聞いてあげて下さい」

「フン。お前に言われんでも解っておるわ」

「コウキ、ケイタ、生きろよ」

 最後に二人に告げてカズキは一人街に背を向けて歩き出した。恐怖が無い訳じゃない。唯、慕ってくれる後輩二人を危険に晒すなど出来ない。その気持ちだけで恐怖を打ち払って前を向いた。

「カズキさん……」

 揃って静かにカズキの名前を発した二人だが、徐々に遠ざかるカズキの背中を二人はずっと見ているしかなかった。

(これで良い……。これで良いんだ……)


 一人ハーメルンの街を後にしたカズキはARHPCのマッピングシステムを用いて現在地を確認する。眼前に映るモニターには島の地図が映し出され島の北の港とハーメルンの街の位置がプロットされている。

 闇雲に移動するのもモンスターが出現し躊躇われるのだが今は拠点となるべき街を探さなければならない。

「石畳の通路が南の方に続いている。通路自体街に続いているとは限らないけど、大抵のRPGゲームでは街へと続いていた。今は、そのゲームの経験を生かすしかない。生きるんだ……」

 街を目指しながら、カズキはずっと感じていた違和感を必死に頭で整理した。

(急な高レベルモンスターの予定外の出現に、火山の爆発。冒険者の恐怖を煽るモンスターの行動。パニックになる冒険者と溺れる子供……)

 普通、アミューズメントパークといえば非日常の世界を楽しむものだ。時にはジェットコースターの様に身体に受けるGを感じながら颯爽と滑り落ち、恐怖に叫ぶ時もあるだろう。

(だが、今回は違う。度が過ぎている。増して、参加した者が死亡するなんて絶対にあってはならない)

 このアミューズメントパークは民間施設では無い。ウィクトリアの国営施設であり、全ては今日のオープニングの為にと施設の内容は国民には伏せられていた。

 それに冒険者達が一度島に入ったら最後、外部とのコンタクトを取れない。とても一日でクリアするなど出来ないからこそ、この島にはRPGの定番の宿屋がいくつもあって宿泊出来る様になっているのだから。

(何だ……。この巨大な何かの力の掌の上で踊らされている様な感覚は……くそっ)

 しかし、今は街に到着するのが何より優先だ。頭を無理矢理切り替えて目の前に集中する。やはり、モンスターが現れた。幸いにもレベルの低いモンスターだ。

 [スライム 軟体液状化モンスター レベル1]

「今は迷うな。やってやる! 生きて帰るんだ! ウォォォォォォ!」

 カズキは背に備えていた槍を手にとって走り、勢いのまま槍を突き出した。

 鈍い音と共にポリゴンが散乱すると更にモンスター三体がポップアップする。

「どけぇぇぇ!」

 カズキは走るスピードを緩めず槍を払って二体を葬っておいて最後に槍を突き出しポリゴンが崩壊してようやく足を止めた。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 眼前左上に見えているステータスがレベルアップを告げると同時にカズキはドサっと座り込んで天を見上げた。

「こんなんじゃ駄目だ……。唯、怖くて槍を振り回しているだけで……。冷静に、冷静に落ち着いて……」

 呼吸を整えて戦闘を振り返り自問自答を繰り返して反省する。

「焦るな……。敵は倒せる……。恐怖を武器にして相手の攻撃を見極めるんだ……」

 再びモンスターがポップアップする。

 [ゴブリン 獣モンスター レベル2]

「ゆっくり考えさせてもくれないってか……。こいっ! 俺は絶対に死なない!」

「ギシャァァァ!」

 ゴブリンは持っていた棍棒を力任せに振り下ろして来る。

(ギリギリまで見極めろ……。派手に逃げて隙を作るな……)

「ここだ!」

 カズキは左上から振り下ろされた攻撃に対し下がるのでは無く右斜前方に飛び込んだ。右足を踏ん張って腰を落とすと大振りして隙の出来たゴブリンの脇腹を視界に収め一気に槍を突き出す。

「グワシャァァァ!」

 断末魔の声と共にポリゴンが砕け散った。

「ハァ、ハァ……出来た……」

 モンスターしか見えていなかった視界が開けるとカズキはようやくまともに風景を感じる事が出来た。

「そっか……。結構、綺麗な景色だったんだな……。ここからでも風車が回っているのが見える……。うん? あれ? ステータスだけじゃなくてクラスが変化して戦士が騎士になって……。騎士……? 自己を犠牲に仲間を守り抜く戦士って……。まぁ良い。それよりも、急がないと」

 カズキはそれからモンスターに対峙しても焦らず落ち着いて対処してノーダメージで倒すのを繰り返した。

 レベルが上がったのもそうだが何より冷静さを取り戻せたのが大きかった。

 こうした冷静な行動を取れるのがカズキの長所であり短所だった。仕事上で上司には冷めた奴だといつも言われていたが緊急時に冷静な行動を取るのは極めて重要だ。

 もう一つはクラスアップした原因が大きい。下級職の戦士が騎士となりスキルのバリエーションが増えたのだ。

 それから二十分程歩いた所で背後から自分を呼ぶ声が聞こえて来た。

「お待ち下さい」

 カズキは不思議に思い振り返ると三人の姿が見える。

「あなた達はさっきの女の子の……」

「良かった……。ようやく追い付きました」

 肩で息をするちょっと太った中年の男は女の子の父親だ。

「本当に先程はありがとうございました。ほら、カスミもお兄ちゃんに」

 細身のストレートのロングヘアーが風になびく綺麗な女性は母親。

「お兄ちゃん、本当にありがとう」

 十歳満たない位の肩までの髪の女の子は確かにさっき助けた女の子だ。

「わざわざお礼なんて。ありがとう、カスミちゃん」

 そう言って、カスミの頭を撫でるとカスミは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「どうしてわざわざ? 今、出歩くと危険です。お礼なんて気にしないで下さい」

「そうは行きません。あなたはカスミの命の恩人です。あなただけ一人にするなど出来ません」

「そうです。せめて私達はあなた様のお力に」

「お気持ちは大変嬉しいのですが、やはり危険です。カスミちゃんに何かあったら……」

 カズキの言葉にカスミの両親は顔を歪めると父親が暗い表情で切り出した。

「危険なのは解っています。でも……。済みません。力になりたいと言っておきながら実はあの街に居られないのです。街に居られなくて出て来たんです」

「えっ? 何か、あったのですか?」

「実は、ヴァンヒルが直ぐに仕切り出しましてな。お前の娘に自分の息子程の価値があるのかと嫌がらせされまして。無視しようとも思ったのですがカスミが酷く気にしまして。女房とも話しまして、今のままでは酷くカスミを傷付けてしまうからと。それなら別の街に移ろうと。申し訳ありません。あなたを騙す様な真似を」

「どうかお許し下さい。傷付くカスミを見ていられなくって……。ですが、どうか信じて下さい。あなた様のお力になりたいのは本当なのです。ウッ、ウ……」

「お母さ〜ん、大丈夫……?」

「そうでしたか……。もう、顔を上げて下さい。俺は何も気にしていません。それに、カスミちゃん心配してますよ。笑顔を見せてあげて下さい。解りました。俺も協力します。何とか次の街を一緒に目指しましょう」

 穏やかな表情でカズキが言うと、ようやく両親は安堵の表情を浮かべる。

(危険だと解って街を出たなんて……。きっと、それだけ、カスミちゃんが傷付いたんだな……)

「とにかく、今は急ぎましょう。夜になってしまうと危険です」

 カズキは家族を促して先へと進む。

 やはり、RPGはパーティが欠かせない。CGによって生み出されるモンスターを発見するとカズキが相手のタゲを取り隙を見て父親が斧を振るう。母親の弓が相手のダメージを削れば、何とカスミが炎を生み出して敵を倒す。

 足手纏いになる所か楽にモンスターを倒す事が出来る。

「凄いね、カスミちゃん」

「カスミ、魔法少女になるのが夢なんだよ。今度はカスミが魔法でお兄ちゃんを守ってあげるね」

「この子ったら、いつもテレビの前で魔法少女の真似をしているんです」

 子供は純粋だ。こうしたRPGの世界に純粋に入り込めるのだろう。

 いつの間にかカスミもすっかりカズキに懐いた様だ。

「ありがとう、カスミちゃん。でも、無茶しちゃ駄目だよ」

「うんっ」

 カスミは満面の笑みを浮かべてカズキに答えて見せる。

 ARHPCを確認すると敵を倒した成果がしっかりと網羅されていて、見ればそれなりにゴールドもかなり増えていてカスミ達家族も同様にレベルアップしていた。

(なるほど。マッピングシステムは視界に捉えた大凡二百メートル先までをマッピング出来るのか……)

 更に三十分程歩いた所でようやく視界に新たな城壁を捉えた。

 マッピングシステムに浮かび上がった街の名前はリーベンブルク。

 ここから東方向に左側に折れて橋を渡った先のそびえ立つ数々の岩山の麓に街がある。

 ようやく肩の力が抜けて安堵が訪れる。張り詰めた緊張感の中、戦い続ければ疲れは倍増するしミスも増える。

 テレビゲームの世界であればそれでも構わないが、ハーメルンの出来事はゲームではなく事実だ。ミスをして大きなダメージを受ければ死んでしまう。

 ゲームの様に死んでもゴールドが半分減るだけで教会で生き返るのとは訳が違う。

(今は常に拠点の街を確保して無理なくレベルアップに励み、島を脱出する方法を考えないとな。その為にも今日の所は街で早く休んで……)

 既に日は沈みかけている。

(夜になればモンスターが凶暴化したり、朝や昼には現れない強力なモンスターが出現したりするのもRPGのセオリーだ。この世界では一体……)

 カズキ達は通路に従い大きな橋を前に街を正面に捉えた。二百メートル程はあろうかと言う長い城壁と猛々しい岩山に挟まれた街。

 圧巻なのは岩山に彫刻として施された四体の女神像が神秘的な装いを見せており、まるで、冒険者の訪れを待っている様だ。壮大荘厳な景色に思わず足が止まり目を見開く。

「お兄ちゃん、早く行こう」

「ごめん、ごめん。岩山に見惚れてたよ。それじゃ行こっか」

 カスミの手を引いて橋に一歩踏み出したその時だ。

「クギャァァァァァァァ!」

 背後から物々しい鳴き声がカズキ達を襲う。

「グッ……」

 思わず竦んでしまいゲームで言う所のデバフが発生し動けなくなる。

 何とか振り返ったが目の前には既に手斧を振りかざし、襲って来るモンスターがいるではないか。

 カズキはカスミを抱き何とか横に飛び退いた。グワシャーッと地面が潰され石礫のエフェクトがカズキを襲う。幸いにもダメージは受けていない。

 [ファンク・ザ・リザードロード。亜人型モンスター。レベル38]

 ARHPCから映し出される情報に唖然となる。

「なっ! とても今、相手に出来る様なモンスターじゃ無い」

 だが、無情にも[ファンク・ザ・リザードロード]は、驚き体勢を崩し横たわる母親をターゲットにしようと橋の方に向きを変えた。父親が割って入ろうと倒れていた身体を起こす。

「カスミちゃん! パパとママの方に走って!」

 カズキはカスミの背中をぽんっと叩いて橋へと走らせると直ぐに技を発した。

 槍スキル[一閃突き]

 覚えたばかりの槍カテゴリの技を[ファンク・ザ・リザードロード]目掛け放つと緑色の血のエフェクトが辺りに飛び散る。

 ダメージを受けて[ファンク・ザ・リザードロード]はターゲットをカズキへと変え振り向く。無意識に身体が動いていた。カズキはタゲを取ることでカスミ達を危険から回避させる。

「今です! 直ぐに街へ逃げて下さい!」

「し、しかし、それではカズキさんが!」

「そんな事は出来ません! 私達も一緒に!」

「お兄ちゃん!」

 父親と母親が必死に大声をあげる。カスミも小さな身体を震わせて目一杯叫ぶ。尋常じゃ無い汗がぼたぼたと地面に落ち恐怖で動く事さえままならないのに。

「行って下さい! カスミちゃん、パパとママを頼んだよ! 正義の魔法少女はちゃんとパパとママを助けるんだ! 早く!」

 相手の攻撃を華麗にかわすなど出来やしない。何とか飛び退いて攻撃をかわし必死にカズキは訴える。

「カスミちゃん!」

「お、お兄ちゃん……。うんっ。パパ! ママ!」

「さぁ、早く! カスミちゃんも頑張っているんです!」

 [ファンク・ザ・リザードロード]の縦横無尽な攻撃の中、カズキは必死に叫んだ。夢中だった。頭の中はカスミ達をどうにか逃がそうと一杯だった。

 しかし、全ての攻撃をかわし切るのは不可能だ。夕陽を浴びて恐ろしく刃先が輝く手斧の一撃をとうとう身に受けてしまう。何とか槍で受け止めたがブシュっという生々しい音が聞こえ簡単に橋の欄干に弾き飛ばされた。

「グ、ハッ……」

 直ぐに身体が熱くなって足に力が入らずズルズルと腰を下ろす。

 朦朧とする意識の中、街の方に目をやるとカスミ達が未だそこにいる。

 [ファンク・ザ・リザードロード]は倒れたカズキからターゲットをカスミ達に変える。

「駄目だ……。行かせない!」

 カズキは[ファンク・ザ・リザードロード]が通り過ぎようとした瞬間、立ち上がり組み付いたまま何と橋の下へと押し倒した。

 武闘家というクラスがある以上、素手での戦闘も可能だと判断したのだ。思惑通りCGであるはずの実体を掴む事が出来た。

 川の流れがかなり早い。とても泳ぎ切るなど不可能だ。あれよ、あれよという間に下流へと流されていく。

 不幸中の幸いなのか[ファンク・ザ・リザードロード]は陸上のモンスターなのか、水中ではもがき苦しむだけで自慢の怪力も水中によって発揮出来ないでいる。

 それに、飛び込んだ瞬間に手斧を落としたのだろう。身体を押さえ付けるカズキに攻撃して来るのは手刀ばかりだ。それも水中によってダメージを受けるほどのものじゃ無い。

 やがて[ファンク・ザ・リザードロード]の口から大きな気泡が発せられると、その動きは完全に止んで、ポリゴンとなって姿を消した。

 全身の力が抜けて行く。

(カスミちゃん達は……無事に逃げられたかな……。コウキやケイタは……)

 失われつつある意識の中でドドドドドと水の激しい音が聞こえる。

(いけない……。逃げなきゃ……)

 強敵を相手にカズキを奮い立たせていた気力が体力と共にとうとう尽きる。

 身体が沈んで行く。水中から見る空はゆらゆらと茜色の光加減を変えて写り、とても神秘的で、とても美しく、張り詰めていたカズキの心にひと時の安らぎを与える。

(綺麗だ……)

 カズキの意識はゆっくりと暗闇へと消えて行った。


「綺麗な死に方って何だと思う?」

 何時ぞや子供の頃にミステリー付きの女の先生が授業で言った。 

「一番綺麗なのは凍死です。映画とかだと青白く演出されるけど、実際に凍死して直ぐだと肌もほんのりピンクがかってまるで生きている様になります。一番汚いのは首吊りかなぁ。テレビだとブラーンと吊り下がっているだけだけど、あれは嘘。死んだ時に糞尿も出てしまうの。溺死もあんまりよ。水をたくさん飲んでお腹がはち切れんばかりに膨らんでしまうんだから」

(……そんな話もあったよな……。あっ、このままじゃ俺、溺死して……。腹が膨れるのは恥ずかしい……。せめて、格好良く死にたかったなぁ……)

 川に飲み込まれ死んだにしてはやけに色々と頭に浮かんで来る。

(何だ……? 頬にポタポタと何かが落ちて……。落ちて……?)

 ぱちっと音がしたかの様に目を開き直ぐに身体を起こした。何度も、何度も瞬きをして両手で自分の身体を触り確かめる。

「俺、生きてるのか……」

 今度は頭に何か落ちて来る。それが天井から落ちる水滴と気付き少し水の冷たさを感じると、ようやく思考がはっきりして来る。

「助かったのか……」

 カズキは初めて全身の力が抜けた気がした。だが、のんびり安心してもいられない。一体どれほどの時間気を失っていたのか。

「カスミちゃん達、きっと、大丈夫だよな……」

 カスミ達家族の無事を願ってから直ぐに状況を確認する。ARHPCのマッピングシステムを起動する。水中に落ちた際、機能を失っていないか心配したがどうやら無事だ。

 マップを見るとリーベンブルクの街よりかなり南に流されたらしい。しかも、今いる所はマーベラスの滝を表している。道理で先程からドドドドドと大量の水が落ちる音が聞こえて来る。滝の南にはアクアリウムという街が存在する様だが。

「滝の裏側の洞窟……?」

 滝の裏側にある洞窟と言えばRPGの定番中の定番だ。南の方に大きな水のカーテンを見付けた。そこが滝であるのは容易に想像出来る。

 時折突風が吹く為か水のカーテンは大きく洞窟内側へと位置を変えて水を洞窟内に打ち付け、侵食されてそこが大きなプールになっている。

 深さもかなりあって全く底が解らない。更に水のカーテンが内側に位置を変えると、その勢いでプールの水が一気に満たされて洞窟の内側へと流れて行く。

 カズキは滝に落ちた際、偶然にも突風に乗り洞窟の内側へと追いやられ洞窟のプールへと運ばれて水の勢いでプールの外へと押し出され助かった。

「一生分の奇跡が起きたのか……」

 正に奇跡が何度も続いたのだ。自分の身に起こった数々の奇跡に思わず息を呑む。

 すると、水のカーテンで光の加減を変えた為か、何やら大きなプールの中にある何かの存在に気付いた。

「うん? 水溜まりの中に何かある……」

 だが、上からでは水面が揺れてそれが何なのか解らない。無視するのも勿論可能なのだが、やけに気になってしょうがない。寧ろ、自分を呼んでいる様な感覚。

「ゲームだと滝の裏側の洞窟って重要な宝やアイテムが有って……。死ぬ思いまでしたんだ。行ってみるか」

 カズキは意を決してプールに潜り確認する事にした。突風が吹いた後のタイミングを見計らい一気にダイブする。

 暗い水中も光が差せばその景色を美しい澄んだ青へと変える。コバルトブルーに変化した水中深くに現れたのは一体の女神像だ。水瓶を肩に抱え背には自分を包み込んでしまう程の大きな美しい羽を携えている。左肩を露わにシンプルなドレスを纏い両足を横に投げ出して座る姿は大変美しく眼を奪われる程だ。

 額のサークレットには青く輝く宝石が水中にも関わらず淡く輝いていて大変美しいのだが、女神の顔には幾つもの蔓が巻き付いていて表情は窺えない。

 荘厳さと美しさが共演する女神像をずっと見ていたいが息が続かない。

(せめて、巻き付いた蔓だけでも……)

 カズキは蔓を両手で掴んで像が傷付かない様にちぎり取ると蔓は消滅した。

 何とか蔓が外れ優しい表情を浮かべる表情が現れる。まるで、礼を言っている様な女神を一瞬目にしたがとうとう苦しくなって止むを得ず浮き上がろうとした瞬間、何と女神像の額の宝石が光を放ったではないか。

『ここを訪れる方を待っていました。あなたは心優しき人であり勇気あるお人です。どうか、私達の残した力で闇を暴いて……』

 女性の声で確かにそう聞こえた。余りの眩しさに目を開けられず急な出来事に驚いてそのままもがいていると滝の水の勢いで外へと放り出された。

「ゲホッ、ゲホッ」

 思わず咳き込んでしまい息を整えてから像を確認すると、何も見えなくなってしまっていた。

 だが、再び女性の声が聞こえて来る。

『闇を制するは光となりし魂。光とは形無き物。清き思いと諦めぬ心と明日への希望。心震わし光備わりし時、四つの平等な力と光によって、魔は封され、闇もまた真実を取り戻します。闇の真実を見極めて……』

 余りの出来事にカズキは唖然として言葉を失った。今の出来事がARHPCに保存されていないか確認しようとすると、何とARHPCの色がサファイヤの様な美しい青色に変化しているではないか。

「一体何が……? 女神の恩恵……? それに、ロード? これは、まさかユニーククラス……? 水属性魔法や破邪属性魔法、光属性の魔法まで使えるようになって……」

 色々と気になるがここにずっと居る訳にも行かない。カズキは洞窟の北側へ行き出口を目指す。ようやく陽の光を受けたのは十分程歩いてからだった。

 幸いにも道は一本道で魔物も現れず、洞窟の岩の隙間から差す光で何とか足元を確認出来て出口へと辿り着くと出口が周辺の景色と一体化して消えてしまった。

「出口が消えて……。まさか、想定外の出来事だったのか……」

 マッピングシステム上の自分の今の位置は岩山の中心だ。しかも、洞窟はマップとして残っていないし道らしき道が無い。

「さっきの声……。それに、急にユニーククラスなんて……。えっ? クラスの表記がされていない? それに、レベルの表記も」

 カズキは目を疑った。確かにさっきステータスを見た時にはロードと明記されていたクラスとレベルを表す数値部分がアンダーバーとなっている。

「何かのバグ? いや、でも、魔法やスキルは使える様になって……。今は考えていても仕方ない。日が高いって事は最低でも洞窟で一泊したのか。とにかく、情報が欲しい。早く街に行かないと」

 周囲を見渡すが登山道の様な道は一切見当たらない。

 カズキは改めてARHPCを立ち上げて眼前にモニターを出し地図情報を確認する。

「街までかなり遠いな……。最短ルートは……駄目だ。コンター[等高線]がかなり接して……。これじゃあ、急過ぎて降りられない。」

 更に地図を縮小して頭を捻る。

「ここも急だけど未だ良い方か。少し街より離れるし危ないけど行くしかない……」

 カズキは道無き道を進みアクアリウムの街を目指し歩き出す。

 途中足を取られて躓き何度も滑り落ち、ポップアップしたビートル型やバタフライ型などの虫系モンスターを葬って何とか麓まで辿り着いた。

「モンスターは簡単に倒せたな。かなりレベルアップしているのか……。恐らく、[ファンク・ザ・リザードロード]を倒した扱いになっているから?」

 あの時、カズキのレベルは5。対する[ファンク・ザ・リザードロード]のレベルは38。ステータスは解らないが、偶然にも目上の存在のモンスターを倒した恩賞がかなりあったのだろうと推測する。

 暫くしてやっと人がまともに歩ける所に出た。もう既に太陽の位置が低く空は既に暗さを帯びて、気の速い幾つかの星達が空に姿を現している。

 アクアリウムの街は外周を水路で覆われており、その水はマーベラスの滝から引き込んでいる様だ。街の入り口は水路を渡った先にある。

「うん? あれは?」

 街の東に広がる森の一角で何やら人が揉めているのに気が付いた。本当は直ぐにでも街に入って今日こそは風呂に入ってベッドで寝たいと思ったのだが、やはり、気になってしまい相手に気付かれない様に近付いて高木で身を隠し様子を見る。

「離して下さい! あなた達に着いて行く気はありません」

「そんな事言うなよぉ。街まで送ってあげるからさぁ」

「街は目の前です。私一人でも行けます」

「いんやぁ。危ないよぉ。街の近くでもモンスターが出るんだ。さっき、襲われていたじゃないか」

「さっき助けていただいたのは感謝しています。でも、着いて行く気はありません」

「おい、おい、おい、タダで助けて貰ったと思って貰っちゃあ困るなぁ。せめて、酒でも注いでくれよ。良い店知ってからさぁ」

「止めて下さい。お願い。離して!」

 顔が見えないがどうやら絡まれているフード姿の者は女の子らしい。

(何で、俺の目の前で揉め事や問題事ばっかり起きるんだよ……)

 差し詰め周りの三人は彼女をモンスターから助け、その礼に酒の相手をしろと迫っているのだろう。しかも、かなり酔っ払っている様子で手には酒瓶を持っている。

(義を見てせざりは勇無きなりか……)

「ごめん! 遅くなっちゃった」

 カズキはフード姿の彼女の知り合いを装って割って入った。

 三人の男に背を見せた状態で彼女にウインクをして芝居である事を伝える。

「待ち合わせ場所勘違いしちゃって。約束の時間遅れてごめん、ごめん。あれっ? この人達は知り合い?」

「そうなんだよねぇ。君が来ない間に彼女助けたの。僕達」

「そうそう。泣いてる彼女見て助けてあげたの」

「彼女、大事にしないとねぇ」

「そうでしたか。それは有難うございます。後は僕がちゃんと送りますんで、大変お世話になりました」

「いや、いやお礼なんて。ただねぇ、彼女、ひ弱な男は嫌いだってさぁ」

「そうそう。彼女は今から僕達とよろしくするの」

「そーいう事だから、アンタは家に帰って一人でよろしくしてな。まぁ、アンタも可哀想だから酒ならやるよ。ほらよ。ハーハッハッハ」

 男達が下げるカズキの頭に飲みかけていた酒を垂らす。

(はぁ……。ここの所、ずーっと濡れてるな。水難の相でも出ているのか。ったく)

 カズキが身を起こして相手の顔を睨む。

 すると、カズキの身なりをはっきりと見てたじろいだのは相手の三人だ。

 相手の男達の身なりは大変綺麗だが、カズキの身なりは[ファンク・ザ・リザードロード]との戦いでCGとはいえ、映し出されている鎧には深く切り傷が入り、インナースーツまでボロボロで、岩山を何回も転んだせいで擦り傷があって全身びっしょりなのだ。

 数多の戦いを潜り抜けて来たと判断するには充分な装いをしているのだ。なまじ、レベルの低いモンスターを相手にして来た訳じゃ無い。

 男達の様子が変わったのに気付いたカズキは態度を変えて男達に迫った。

「あーあ、勿体無いですねぇ。お酒って飲む為の物で人にかける物じゃ無いと思いますけど。お解りになりませんか? 解らない様なら教えて差し上げますがどうされます?」

 雰囲気の変わったカズキに圧倒される三人。

「い、いや、あ、あの……」

「す、済みません。ほ、ほんの出来心で」

「あのっ、もう、俺達帰らないと……」

「あれぇ、残念ですねぇ。てっきり、相手してくれるものかと……」

 カズキは睨みを効かせておいて更に大声を上げる。

「二度と俺の連れに手を出すんじゃねぇ!」

「す、済みません! もうしません!」

「申し訳ありません!」

「ヒィィィィィィ!」

 カズキが大声を上げると、三人の男達は一目散に逃げ出して行く。

「彼女を助けてくれてありがとうございましたー!」

 逃げて行く男の背中目がけカズキが叫ぶと、三人は驚き再び躓きながらも振り返る事なく走り去って直ぐに姿が見えなくなってしまった。

「ふぅ。ごめんね。あー言った方が早く済むと思って」

 ようやくカズキは振り返ってフードの彼女を目にする。

 改めて女の子を見ると何とも言えない姿をしていた。やはり、モンスターに襲われていたのは間違い無いのだろう。肌は元々色白なんだろうが、擦り傷があって泥の付いた所は白く粉が吹いている様にも見える。

 初期装備と思われるCGで映し出されている紺のローブはダメージを負ったのが一目瞭然。濁った灰の様な色で所々染まり裾は大きく破れ、そこから華奢な両腕が見えてそこにも擦り傷がある。

 フードの奥から見える両の目からキラリと光る大粒の涙。顔も酷く汚れて鼻や頬は黒やら白で染まっている。

 とても戦い慣れしている様には見えない。

(さっきの男達の身なりを見るにレベルの低い彼らでさえ倒せた敵に、ボロボロになるまでやられたのか)

 ただ事じゃ無い何かが彼女の身にあったのは容易に想像出来たのだが、カズキは何も聞かずにこの場を離れようと思った。

(下手な優しさは返って彼女を傷付けてしまうかも知れない。せめて、街まで送り届けてサヨナラだ。自分が彼女を守れる保障など何処にも無いのだからな……)

「もう直ぐ日が暮れちゃうよ。君も早く街に戻った方が良いよ。丁度俺も街に行くから良かったら街まで送ろうか?」

 彼女は顔を上げる。凄く綺麗な目をしているとカズキは素直に思った。

 ここで、彼女から「お願いします」とか「いいえ。結構です」とかアクションがあればカズキもそれなりの返事をする事が出来たのだが、彼女はそのまま俯き黙り込んでしまった。

(仕方、ないか……)

「それじゃあ、気を付けてね」

 一言挨拶をして会釈をして彼女から離れて街に歩き出したのだが、三分程歩いた所で後ろから声をかけられたので振り向いた。

「はぁっ、はぁっ。あのっ、済みません。先程は本当にありがとうございました」

 見れば先程助けたボロボロなフード姿の彼女である。

「わざわざお礼なんて気にしないで良いよ。それよりも、もう暗くなる。早く街に戻った方が良いと思うよ。じゃあ」

(気になるけど、さっき、返事は無かったし踏み込んで接して、男達と同じナンパ男と思われるのもなぁ)

 カズキは再び踵を返し歩き始めが、アクアリウムの街へと続く橋の所まで彼女は追っかけて来て、次は追い抜かしカズキを呼び止める。

「待って下さいっ! お願いです。私の仲間を一緒に探して下さい。お願いしますっ!」

 丸みの帯びたおっとりとした声なのに、その声はとても力強く心に響く。

 彼女は肩で息をして、両の腕は体の前で強く握られて懇願する彼女の目からは今にも大粒の涙が溢れ落ちそうだ。

(なっ、彼女、泣いて……。そう、だよな。一人じゃ怖いよな……)

 カズキは少し大きく息を吐いて軽く頷いてから辺りを見渡し敵がいないのを確認すると彼女を橋の溜まり場の脇に設置されているベンチへ座るように促した。

「ちょっと、左足の靴と靴下を脱いで見せてみて」

 彼女はカズキの意外な言葉にきょとんとする。

「ちょっと待ってて」

 彼女にそう言うと、腰に備えているウエストポーチの道具箱からタオルと湿布を出して裸足となった彼女の左足を川の水で濡らしたタオルで優しく拭いてあげる。

(なーるほど。絆創膏や湿布はプレーヤーがゲーム以外で怪我した時の為に売られていたんだな。ウエストポーチが防水仕様になっていたのは冒険者が濡れても大丈夫って訳か)

 フード姿の彼女は少し俯き加減に深く被ったフードの隙間から上目遣いにカズキの顔を見ていた。素足を晒すのは少し恥ずかしい。

「やっぱり足、挫いてたんだ」

「へっ?」

「うん? いや、足、挫いていたんだねって」

「ごめんなさい。あの、気が付いていたんですか?」

「さっき、追っかけて来た時に引きずって見えたからね。少し腫れてるけど、そんなに酷くは無いみたいだよ。この湿布は前の街で買ったものなんだ。街でも宿探さないといけないし、歩くだろうから治療は速い方が良いと思って。少しスースーすると思うよ」

 同じくウエストポーチから包帯を取り出して手際良くくるくると包帯を巻き固定する。

 すると、治療をするカズキの手の甲にぽたっと涙が溢れ落ちた。

「済みません。ずっと逃げてばっかりいたから。こんなにも親切にして貰う事なんて無かったから。本当にありがとうございます。えへ。駄目ですね。泣いてばかりじゃ」

「大丈夫だよ」

 左足の治療を終えると新しいタオルを濡らして彼女に顔を拭くようにと促す。

 彼女はカズキからタオルを受け取るとフードを被りながら器用に顔を拭く。すると、初めて彼女はカズキにしっかりと笑顔を見せてくれた。少し元気になってくれた様で安心する。

 彼女に肩を貸して立ち上がる。

「何にしても一旦街に入ろう。ここは安心でも、もう遅いから出歩くのは危険だよ」

「はい」

 怪我した彼女を気遣って肩を貸して彼女のペースでゆっくりと街に入る。

 アクアリウムの街もかなり大きい街である。

 四方を五百メートル程の城壁が覆い、街の中を碁盤の目の様に幅五メートル程の水路が行き交い、そこをヒューマノイドが漕ぎ手のゴンドラが行き来している。

 カズキ達は早速INNの看板がある五階建てホテルへとやって来た。

「済みません。部屋、空いてますか?」

「申し訳ありません、冒険者様。既に満室となっていまして……」

「そうですか……。参ったな」

 少し元気になっていた彼女もまた塞ぎ込んでしまう。

「あっ、そうだ! ちょっと、ここで待っててくれる?」

 カズキはそう言って、怪我する彼女を広場のベンチに座らせたまま駆け足で離れた。

(あの人、何処まで行ったのだろう……)

 三十分程してカズキが肩で息をして、ようやく彼女の前に戻って来る。

「ごめん、ごめん。お待たせ。それじゃあ行こう」

「へっ? 行くって?」

「良いから、良いから」

 首を傾げる彼女を余所にカズキ達は街の中心から少し離れ、石畳の坂を蛇行して登った所に目的の場所があった。街の一番高台にある酒場である。やはり、街の離れであり坂の上にひっそりとある為か他の客は誰もいない。

「ここって?」

「あー、ごめん、ごめん。言ってなかったね。宿取れたよ。八部屋あって全部空いていたから予約して二部屋貸し切って来たよ。酒場の二階が宿屋になっていて大きなお風呂もあるみたいだから。ホテルと同じくらい高さがあるし、見晴らしもきっと良いよ」

「宿屋以外にも泊まれるんですか?」

「そうだよ。知らなかった? まぁ、俺も前に聞き込みして知ったんだけどね。聞いていて良かったよ。多分この街にも宿屋以外に泊まれる所あるんじゃ無いかって調べていたら遅くなっちゃった。待たせてごめんね」

 フード姿の彼女はカズキの一生懸命さがとても嬉しくて胸がジーンとなった。

(見ず知らずの私の為に……。それに、あんなにも酷い嫌がらせを受けたのに……。助けてくれただけじゃなくて今日の宿まで親身になって探してくれて……。しかも、こんなにも汗までかいて……)

 ヒューマノイドのサワコという女主人と一言二言挨拶を交わして早速部屋へと入る。

 二十畳はありそうな木の床の部屋にキングサイズのベッドがあって、両開きの大きな南側の窓からはアクアリウムの街並みを一望出来る。部屋の隅には同じく木で出来た机と椅子。東側のドアにはバスルームと書かれた銘板が貼ってある扉が。

 中を見ると床半分はふかふかなカーペットが敷かれ、壁には脱衣用の木の棚が設置してあって、もう半分は大理石の様なピカピカなタイル敷。

 そこに、悠々と足が伸ばせて、且つ、まだ余裕のある白いバスタブ。バスタブの横の壁には大きな丸い顔をしたシャワーが。

 壁の高い所に天使が水瓶を携えた吐湯口があって、水瓶から絶えずかなりの勢いで水が流れ落ちてタイル敷の床の隅にある排水口へと流れている。

「サワコママ曰く、流れている水は掛け流しの温泉なんだって。俺、隣の部屋使うからゆっくり疲れを癒すと良いよ」

 カズキは部屋を後にする。

 また、バタンと音がしたのはカズキも部屋に入ったからだろう。

 フード姿の彼女はようやくフードを脱いで、ARHPCを操作して装備のオブジェクトを解除する。

 自身でデザインしたノースリーブの純白のインナースーツを解除すると、かなり汚れた黒のセンタースリットの入ったイージーパンツに、丈の長い深緑の長袖Tシャツに身を包む実際の姿の彼女が現れると彼女は早速それを脱ぎ捨てた。

 シャワーの蛇口を捻って先ずは身体の汚れを落とすと、大きなバスタブの縁を跨ぎ足先でチョンチョンっと温度を確かめてから一気に入る。

 ドボーンとバスタブの底面を滑る様に頭先まで湯船に浸かる。

「ぷふぁ」

 水面から顔を覗かせておいて、ゆっくりと声を出す。

「気持ち良い……」

 次に口元まで湯船に浸からせておいて身体を解しながら足の指を丸めて出て来た感情を整理する。

(あの人、あんなにまでなって私を助けてくれた……)

 この島に到着してから皆が笑っていたのは、ほんの一時間程度だ。

(デスゲームの世界に入り込んだのが解ってからは皆パニックになって、力を持つ人だけが良い装備を揃えて街では権力を振りかざした……。弱い人は僅かな食事さえも摂れなくて力を持つ人に従った……。それなのに、あの人……)

 彼女は久し振りに心に安らぎを覚えた。

 一頻り温泉を楽しみ彼女は風呂を後にする。

 だが、脱衣所でタオルを胸に巻いた時にある事に気付いてハッとする。

「あっ! しまった。着替えが無い……」

 一大事である。下着や服は脱衣所の棚の中にあるにはあるが、それはさっきまで着ていたやつだ。モンスターから逃げてかなり汗をかいていたし、装備やインナースーツはCGだから、転んで泥まみれになっているのは実際に着ていた服である。

 それに、肩を貸してくれた彼も何故か濡れていたから余計にまで濡れている。

 女子として風呂上がりの綺麗な身体に同じ下着や汚れた服は着たく無い。

 だが、裸で出て行く訳には行かない。

「もうっ。どうしよう……」

 彼女が脱衣所で悩んでいると、コンコンコンとドアをノックする音がした。

「まさか、さっきの助けてくれた人じゃ?」

 彼女は焦った。助けてくれたのは本当に感謝しているが、いきなりバスタオル一枚の姿を晒す訳には行かない。物事には順序というものがある。

 良い考えが浮かばず脱衣所の中を右往左往していると聞き覚えのある声がする。

「アタシだよ。サワコだよ。心配しなくて良いよ。アタシ一人さ。大方、着替えが無くて困っているんだろ? 大丈夫。彼はいないからドアを開けてくれるかい?」

 ヒューマノイドとは思えない程の流暢な中年女性の話し方に驚くも、彼女は天の助けとばかりにバスタオル一枚で風呂場を出て、入り口のドア穴からサワコの姿を確認すると、そうっとドアを半分程開いた。

「はい……」

「ハァ〜、やっぱりね。ほら、着替えだよ。彼からきっと困っているだろうから持って行ってやってくれって頼まれてね。それと、下着も無いんだろ? メイドに買って来させるからサイズ言っとくれ。流石に彼も下着までは買えないってさ。ハーハッハッハッハ」

 彼女は着替えを受け取ると、素直に自分のサイズをサワコに告げる。

「良い彼氏だねぇ。アタシはヒューマノイドだから人の感情ってのは解らないけど、彼がアンタを大事に考えているのは解るよ。わざわざ自分は休まずにアンタの服を買って来るんだから」

「えっ? あの人が?」

「そうだよ。あんなに傷付いてボロボロなのにね。それに、さぞかし恥ずかしかっただろうよ。あんな姿で女物の服買いに行くんじゃ余計にね。それじゃ、直ぐにメイドに買いに行かせて来るから、アンタは湯冷めするんじゃないよ。じゃあね。ハーハッハッハッハ」

 最後に豪快に笑ってサワコは部屋を後にする。本当にヒューマノイドとは思えない程、人間味がある。ヒューマノイドにはモデルになった人が必ずいるがサワコのモデルになった人はさぞかし面倒見の良い人なんだろう。

 暫くするとメイド姿のヒューマノイドが下着を買って持って来てくれた。

 ようやく彼女はバスタオル一枚から解放される。

 メイドの子が買って来てくれた下着を身に着け、彼が買って来てくれた服に袖を通す。

 ドロップショルダーの肘下まである淡いシャーベットカラーのエメラルドグリーンのトップスとブラウンのナイロンのショートパンツ。

「うんっ。可愛くて動き易くて良い。お礼言わないと」

 早速、彼にお礼を言おうと彼の部屋のドアをノックするが反応が無いので、彼女は一階にある酒場に行くと彼はそこにいた。

 黒のダボッとしたイージーパンツに青と白の同じくダボッとした少し大きめのボーダーに身を包み店の角にある窓際の席で景色を見ている。

 さっきまでのボロボロの彼の姿はどこにも無い。

 彼女は直ぐに窓際の席へと移動し彼──カズキに礼を述べる。

「あのっ、本当に色々とありがとうございました」

「えっ?」

 カズキは話しかけられて酷く驚いた。

 フード姿の彼女からは想像出来ない彼女の姿がそこにあったからだ。

 肩近くまでの長さのブラウンの髪は緩く内側にカールし、小さな顔にぱっちりとした目の二重で狸顔。くっきりとした眉に、すぅっと伸びた鼻が花弁の様に付いていて唇は淡い朱色。

 肌はとても色白で身長はカズキより十センチちょっと低く、女性では少し長身だが、細身で遠慮がちに少し膨らんだ胸。手足は細く腰から尻に掛けては綺麗に曲線美を描き、見た者をドキッとさせる。

「いやっ、あの、お礼なんてとんでもないです」

「私のせいで嫌な思いさせてしまって済みません。それに、着替えまで用意して下さるなんて。本当、感謝しても仕切れませんっ」

 そう言うと、彼女はカズキの手をしっかりと握り締めて来る。

(うにゃぁぁぁ! 柔らかい)

「いや、あの、こっちこそごめんなさい。俺、濡れていたのに、君まで濡らしちゃって。それで、あの、失礼だとは思ったんだけど、勝手に着替えまで……」

「そんな事無いです。本当にありがとうございました」

 カズキはどうして良いか解らず、照れて頭を掻いているとサワコがやって来る。

「かぁぁぁぁぁ! 若いってのは良いねぇ。私もヒューマノイドじゃなかったらアチアチしたかったよ!」

 相変わらず流暢な言葉を話すサワコの登場でようやく彼女はカズキの手を離した。

「ありがとうございました。サワコママ」

「良いんだよ。困った時にはお互い様だしね。それに着替えを選んだのは彼だし、中々のセンスで良かったじゃ無いか。それより、二人共夕飯未だだろう。今からジャンジャン作って持って来るから、男のアンタはしっかり色付けて支払いしておくれよ。二人きりなんだ。色々話したら良いさ。担当のメイド寄越すから、何かあったらメイドに言っとくれ。じゃあね。ハーハッハッハッハ」

 そう言って、サワコはカズキの背中をパチーンと叩いた。

「痛っ!」

「ほら、男のアンタがリードするんだよ。ハーハッハッハ!」

 豪快に笑って厨房の奥へと消えて行くサワコ。

「あのっ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。まぁ、気持ちの良いおばさんだ事」

「クスクス。はい」

「本物そっくりって言うか」

「へっ?」

「いや、こっちの話。気にしないで」

 暫くすると一人のメイド服姿の小柄な女の子が、大きなジョッキを二つ抱えてやって来た。机の上にジョッキを置くと元気に自己紹介を始める。

「私はユニっていいます。このテーブルを担当しますので、よろしくなのです」

「さっきはありがとう、ユニちゃん」

「いえいえなのです」

 ハキハキとしゃべる彼女の髪は黒髪のショートカット。化粧っ気も余り無くて、アクセサリーなども付けておらず、特に飾りっ気も無い。だが、ぱっちりとした二重の目に、小さな鼻、可愛らしい口を持つ彼女には、そんな飾りっ気など必要ないと思わせる。

 それに、見た目の幼さに反して胸はかなりのボリュームだ。

 先程のサワコといい、ユニといい本当にヒューマノイドとは思えない。

 こうして会話も成り立つのだから最早人間だ。

「このお酒はサワコママからなのです。駆けつけ三杯ぐいっと飲むと良いです。お酒を飲むと良く話せるだろとサワコママが。直ぐに新しいのをお持ちしますんで」

 そう言うと彼女は直ぐに厨房の奥へと行ってしまった。

 折角だからと二人は酒を口にする。大きなジョッキに入ったエールと呼ばれる酒は、キンキンに冷えており渇いた喉を潤した。

 甘味のあるフルーティーでシュワシュワな炭酸アルコールだが、すっきりしていて女性にも飲みやすい。ずっと旅を続けて来たカズキには堪らない一杯だ。

 カズキが一気に飲み終えジョッキをテーブルにやると、同じく一気にエールを飲み干した彼女がドンッとジョッキをテーブルに置いた。

「ぽっかーん……。まさかの酒豪女子?」

「済みませんっ。凄く美味しかったんで。ついっ」

 顔を赤らめて俯く姿にカズキはとても親近感が沸いた。

 サワコの言うとおり、酒の力もあって二人は自然に話始める。

「俺はカズキ。カズキ・トウヤマ。二十二歳。普段はジュノーのシティーホールに勤めているんだ。ここにはイベントのスタッフとして来たんだよ。君は?」

「自己紹介が遅れました。私はアキって言います。十七歳です。普段は声優のお仕事をしていて船の中で放送していたお姫様に声を充てていました」

「えぇっ? 君があのお姫様の声を?」

「はい。それでゲストとして招かれたんです。元々ゲームが好きで」

「そうだったんだ」

「それで、仲間を探して欲しいっていうのは同じお姫様に声を充てていた仲間の三人なんです。[星詠みの調べ]ってユニットを組んで一緒に活動をしていて」

「一緒の港には上陸しなかったの?」

「それが、前の仕事の都合で入りの時間がバラバラになってしまって。ユキエとヨシカは一緒の仕事だったんで一緒に居ると思うんですけど、マユは別で……」

(マユ……? まさかな……)

「アキちゃんはどの港に上陸したの?」

「アクアリウムです。唯、みんなの姿が見当たらなかったので別の街に行こうとしたらモンスターに襲われて……。それで、さっきの三人組に助けられたんです」

「そうだったのか……。アキちゃん、このゲームがデスゲームだと気付いたのはいつ?」

「確か、二日前のお昼です。冒険者のお一人がモンスターに襲われてそれで……」

「そっか……。三人の行方が気になったから危険だと知っていても街を出たんだ」

「はい……。カズキさんはお一人で?」

「うーうん。後輩と三人だった。ハーメルンで川に溺れた子供がいてね。俺が溺れさせたって言われて街に入れさせて貰えなかったんだ。後輩だけ街に残してそれで……」

「そんな……。カズキさんは絶対そんな事」

「ありがとう。その後、同じく街に居られなくなった三人家族とリーベンブルクの街に向かったんだけど、その途中で強大なモンスターと遭遇してね、滝に落ちたものの奇跡的に助かってアクアリウムの街にやって来たんだ。結構、運が良いでしょ、俺って」

「運だなんて。きっと、カズキさんの行動が間違っていないからです」

「そう? 自信無いけど、お陰で何度も死にかけたからか度胸は座ったよ。はははは」

「もうっ、無茶は駄目だよ、カズキさん」

 ありのままを話したからか二人は何だか昔からの知り合いに出会えたかの様な感覚を覚えてとても心が安らいだ。

 人が現実にモンスターに殺されるデスゲームの世界で、やはり一人は不安だからだ。

 事実、アキはデスゲームの存在を知ってからは、宿は確保していたものの一泊500ゴールドの宿代が底を付き行き場を失っていた。

 モンスターを倒して稼ぐゴールドも戦う術もろくに解らないアキは諦めていた。

 それでも、きっと他のメンバーも同じ苦労をしていると考えた時、街を出ずにはいられなかったのだ。案の定モンスターと遭遇し死を覚悟した瞬間、三人の男に助けられた。

 その時は凄く安心した。人と一緒に居る事で心が満たされた。

 結果的にはろくでも無い男達だったのだが……。

 それでも、カズキと出会って安心して全身の力が抜けた。

 前の宿にはシャワーしかなく部屋も狭くて休んだ気にもなれなかったのに、カズキは酒をかけられながらも嫌な顔一つせず、怪我した足を治療してくれて自分のペースに合わせて歩き、こんな良い宿まで探してくれた。

(カズキさん……本当にありがとう)

 カズキもアキと同じ気持ちだった。

 何も解らない世界に一人でいるのと誰かと一緒にいるのは違う。二人居れば楽しい事は倍に苦しい事は半分になる。

(二人だとこんなにも心が安らぐもんなんだな……。でも、最早、この島は単なるRPGのアミューズメントパークじゃ無い。そんな中、俺は本当に彼女を守って行く事が出来るのか……)

 そんな気持ちを知ってかサワコがやって来る。どかっとカズキの横に座ると心情を察したかの様に話しかけて来る。

「アキ、アンタの事はきっとカズキが守ってくれるさ。それにカズキ、アンタならきっと彼女を守ってやれるよ。アタシはヒューマノイドだ。人間のアンタ達よりずっと未来をシミレーション出来る。間違い無い。アンタ達ならきっと大丈夫だよ」

 ヒューマノイドのサワコの言葉はとても暖かくて力強く、まるで母親の言葉の様に二人の心に響き胸を打った。サワコが機械であるヒューマノイドだとしても、その言葉に勇気付けられた。

「俺が、アキちゃんを……」

「自信持ちな。アンタ達は良いコンビさ。アタシが保証するよ。その為にも何時も笑顔で居るんだ。何かに悩んだら美味い飯を腹一杯食べたら元気になるさ」

「食べれば元気になる、か……。そうだね。ありがとう、サワコママ」

「はいっ! 私も頑張ります!」

「てか、コンビって漫才師じゃ無いって、ママ」

「こりゃ失敬したねぇ。アンタ達は良いカップルだ」

「カップル!」

 カズキは大きな声を出して顔を赤くし直ぐに俯いた。

「アンタ、本当に今時にはしては珍しくウブだねぇ。ある意味レアモンスターより希少だよ」

「クスクスクスクス」

 翌日二人は早速旅に出た。

 サワコから聞いた話ではここから西に向かえばアレス湖にぶつかり、アレス湖のほとりにはマーベラスの街があり、更に先にはサミアローズ火山を抱える火の街ゴウエンがあって、ここから南に向かえばオアシスの街メアリーを経由してカルカマン砂漠に隣接する土の街サンドニールが存在するらしい。

 カズキ達は先ず西の火の街ゴウエンを目指す事にする。

「アキちゃん、出発前にパーティー登録しておこう」

「はい」

 二人はARHPCをタップして眼前にモニターを浮かび上がらせ登録を済ませる。視界に新たにお互いのHPやMPが見えるようになる。

「サワコママ、何かあるとまた戻って来るから部屋予約しておいて構わないかな?」

「そりゃあ構わないよ。アンタ達なら大歓迎だよ」

「それじゃあ、二階の部屋全部二週間分頼むよ」

「全部って、カズキさん、駄目です。そんなの悪いです。せめて、私は結構ですからお一人分だけ予約して下さい」

「気にしないで。って言うか、これから一緒に旅するんだから俺の持ってるゴールドや道具なんかも二人のものだよ。だから、遠慮は無し。それに、アキちゃんの仲間が見付かれば部屋だって必要だし。ねっ」

「やっぱり、アタシの目に狂いは無かったね。アキ、こういう時はカズキに甘えておけば良いんだよ。カズキはきっと導いてくれるさ。きっと、カズキは良いリーダーになる。間違いないね。信じていれば良いさ」

「はい……」

 アキはまた胸がキュンとなった。これ程の金があればきっと自分一人が使えば良い装備や道具も揃えられる筈だし、今の死と隣り合わせの世界で人に構ってなんか普通はいられない。それなのにカズキは笑って極当たり前の様に振舞うのだ。

「カズキさん、ありがとうございます。でも、きっとお返ししますから」

「だから、遠慮は無しだって。次、遠慮したら罰ゲーム。モノマネでもして貰おっかな」

「もう……。はい。ありがとう、カズキさん」

「じゃあ、出発だ。色々とありがとう、サワコママ」

「それじゃあ、行ってきます」

「ああ。笑顔を忘れるんじゃ無いよ。行ってらっしゃい」

 それから二人は街の中心地へと出て装備を整える。インナースーツを新調し壊れた装備を買い換える。

「アキちゃん、クラスは魔法使いなの?」

「いえ。私、僧侶なんです」

「そっか。じゃあ、ローブじゃなくて鎧も装備出来るんじゃない? ローブだと動きにくいし鎧にする? 色々見てみなよ。これから長旅になるんだし、しっかりと装備は整えとこう。あっ、遠慮は無しだから」

 カズキに先手を取られてアキはまた心がほっこりする。

「じゃあ、レザーアーマーとレザーグローブで。武器は弓矢が良いかな」

「うーん。きっと、弓矢は難しいと思うよ。立ち回りが制限されるし。このレイピアなんかどう? 軽いしさ」

「カズキさんがそう言うなら。はい。私、それにします」

「よし、決まり。後は俺のか。うん? レベルに応じて売りに出ているのが違うのか。じゃあ、魔法の鎧に、ブルーガントレット、水光の槍っと。それから……」

 カズキはその他にも魔法の法衣やら金のサークレットやら、法衣の小手、水鳥の細剣なども購入してARHPCにどんどん保存する。

「カズキさん、そんなに買ってどうするのですか?」

「うん。良いの、良いの」

「はぁ……」

「次は道具屋だね」

 道具屋で回復薬や毒消しのポーションなど一通り買っておいて、今日は忘れずに下着の替えや着替えを購入する。下着や着替え、湿布などが購入出来るのは、この島がゲームの世界では無いからだ。本物の着替えの類は真空パックに入っていて嵩張らずポーチにちゃんと収まってくれる。

 次に訪れたのは魔法の店だ。

「アキちゃん、回復魔法を買っておこう」

「はい」

 僧侶であるアキは初歩的な回復魔法[キュア]を購入する。

 カズキは様々な魔法を購入する。

 回復魔法もあれば、攻撃魔法、幻影魔法と大変バラエティー豊かだ。

 アキも流石にレベルアップすれば様々な魔法を使えるぐらいは知っている。

(カズキさん、また一杯買って……。これ、本当に全部使えるのかな?)

「お待たせ。んじゃ、行こうか」

 島に来て三日目の太陽が登り始めた中、二人はアクアリウムの街を後にする。

 朝が早いともあって、中々モンスターがエンカウントしないと安心したのも束の間、いきなり敵が現れる。

 [ハーピー 鳥獣系モンスター レベル5]

「モ、モンスター……。私、どうしたら……」

「落ち着いて。大丈夫。アキちゃんには指一本触れさせない」

 カズキは直ぐに槍を横一線に払う。直ぐにモンスターはポリゴンとなって消え失せる。

(このままじゃ私、何も出来ない単なる足手まといだ……)

 表情を暗くするアキに気付いたのかアキの心情を察してカズキは話しかける。

「大丈夫。焦らなくて良いよ。それより、ARHPC見てごらんよ。きっと、レベルが上がっている筈だよ」

 アキはカズキに促されARHPCを確認する。

 出発した時のアキのレベルは1。だが、今はレベルが8にまでなっている。

「さっきのモンスターはレベル5だったからね。自分のレベルより強い敵を倒した事でレベルが大きく上がったんだ」

「でも、私、何もして無いのに」

「今、アキちゃんと俺はパーティだからね。アキちゃんが直接倒さなくても、パーティが倒せば経験値が貰えるんだ」

 カズキはカスミ達家族とパーティを組んでいた時に、その事に気付いていた。

「唯、それじゃあアキちゃんは戦いに慣れないままだから、次はアキちゃんも攻撃してみよう。大丈夫。俺が絶対フォローするから」

 お誂え向きにまた敵がホップする。先程と同じ[ハーピー レベル5]

「よし。今度の敵もさっきと同じだ。アキちゃんのレベルの方が高くなっているから練習してみよう。俺が敵のタゲを取る。つまり、注意を引くからアキちゃんは隙を見てレイピアで攻撃してみて。ARHPCがアキちゃんの動きに合わせて反応して敵にダメージを与えられる筈だ。必ず守るから。やってみよう。ねっ」

 アキはこの島に到着してからずっと怖くてモンスターから逃げていた。デスゲームと化した今、誰も戦う術を教えてくれる者などいなかった。

 でも、カズキは違う。真摯に向き合い、親身になって支えてくれている。

(うん。私もやってみる。やってみせる)

 吹っ切れた様子のアキを見てカズキは早速敵の注意を引く。敵の左に回り込んで致命傷にならない程度のダメージを与え、そのまま敵の背後に回り込むと敵はアキに背を向けてカズキをターゲットにしようとカズキに身体を向ける。

「今だよ、アキちゃん。思い切り突きまくっちゃえ!」

「はい!」

 カズキの合図でアキはガムシャラに前に出て、持っていたレイピアで相手の背を連突きすると瞬く間に敵はポリゴンとなって、その姿を世界から無くした。

「やったね、アキちゃん。バッチリだったよ」

「うんっ! 私も、私にも出来た。出来たよ、カズキさん!」

 アキは自分で敵を倒せたのが余程嬉しかったのか、そのままカズキに飛び込んだ。

 急に抱き付かれたカズキはアキの肩を抱くのでは無く、大いに照れて何故か上空に向けられた右手が行き場を失って硬直し片言の言葉を返す。

「はい。ちゃんと、出来ましたのデス」

「ぷっ、クスクスクス。もう」

 アキはそんなカズキを見て、今までで一番の笑顔を見せてくれた。

 その後は順調にモンスターを二人で倒して行く。カズキが初撃で相手のタゲを取り、アキがその背後から攻撃する。それでも倒れない敵がアキにターゲットを移せば、カズキが直ぐに敵を一閃する。街が見えてきた頃にはアキのレベルは15にまで達していた。

「アキちゃん、レベルも大分上がったし、そろそろ装備変えちゃおう」

「えっ? でも、カズキさん。街でも無いのにどうやって?」

 カズキはARHPCを操作して眼前にモニターを浮かばせると、それを指で弾いてアキに送る。

「アキちゃん。ARHPCの道具欄見てみて」

 アキは早速ARHPCを操作し道具を確認すると、何と魔法の法衣やら金のサークレットやら法衣の小手、それに水鳥の細剣が入っているではないか。

「カズキさん、これって?」

「うん。街で買い物した時に合わせて買っておいたんだよ。きっと、アキちゃんのレベルも上がるだろうし、次の街に着くまでは敵も強くなって行くだろうからね。俺が買える物でアキちゃんが装備出来そうなやつ見繕っていたんだ。装備出来るなら強い装備の方が良い。今の装備で耐えられないダメージも新しい装備ならダメージを抑えられる。だから、早速装備しておくと良いよ」

 アキはようやくカズキが街でかなりの数の装備を購入していた理由を知った。

(全部、私の為だったんだ……)

 アキはカズキの優しさが嬉しすぎて思わず涙を流す。

「えぇっ! ごめん。アキちゃん。俺、何かしちゃった?」

「うん……」

「嘘。ごめんなさい。許して下さい」

「駄目……」

 すると、アキは急にカズキの右腕を引いて右の頬に軽くキスをする。

「えへ。今ので許してあげる……。あれっ。カズキさん。カズキさん!」

「ぽっかーん……」

 思わぬアキの行動にカズキは右頬を押さえ瞬きしないまま暫く動かなかった。

 アレス湖のほとりの街マーベラスに到着する。

 アレス湖を背に半径三百メートル程の城壁の囲まれたマーベラスはアレス湖から南に流れる幅四メートル程の煉瓦造りの水路橋が街を横断し貫いて、そのまま下流へと水を運んでいる。

 水路橋は連続するアーチ構造となっていて、街の中を通る水路橋の高さは九メートルにもなり下流に行くに従いその高さを無くして行く。

 つまり、水路橋の一番高い所にアレス湖が存在しアレス湖から見下ろす様にマーベラスの街は存在している。

 早速カズキ達は今日の宿を確保するのに合わせて街で聞き込みを行う。

 街にはそれなりに他の冒険者達もいる様だ。

「こんな感じの長い髪の女の子見てませんか? 身長は私くらいで。もう一人の女の子は小柄で眼鏡をかけていて髪は三つ編みで腰くらいまでの長さで。もう一人はキノコの傘の様なダークブラウンのボブヘヤーで未だ十三歳なんです」

「いや、悪いな。見てないよ」

「女の子って言われてもなぁ。結構な数の子達がいるし、気に留めて見てないよ」

「ごめんなさい。知らないわ」

「この街じゃ見てないわね」

 聞き込みをすればする程にアキの表情は暗くなる。

「アキちゃん、冒険者以外にも話聞いてみよう。サワコママやユニだって色々話してくれたしヒューマノイドだって何か教えてくれるかも。ねっ」

 落ち込むアキを支えるカズキ。

「はい」

「結構、街は広いし色々聞いて回ってみよう」

 冒険者と始めから街に配置されているヒューマノイドは明らかに違いがある。見た目人間と同じだがヒューマノイドは剣やら鎧といった装備をしていない。

 十人ばかり聞き込みを終えて次に二人の子供のヒューマノイドに聞き込みを行うと、期待していた有力な情報が得られる。

「それらしい人見たよ。男の人達と一緒だったよ」

「うん。私の風船取ってくれたの」

「あの大きな木に風船引っかかったのをジャンプして取ってくれたんだ」

「バーンて飛んで取ってくれたの」

「へぇー。風船取れて良かったね。女の人と男の人、何人居たのか覚えてるかい?」

「四人だよ。さっき、お姉さんが言ってた髪の長いお姉さんぐらいの背の人と、キノコの傘の髪した女の人と、男の人二人」

「なんかねぇ、男の人、お兄さんにちょっと似てる気がするぅ」

「そっか、俺と似てるんだ。四人が何処に行ったか知らないかい?」

「昨日までこの街にいたよ。妹と一緒にお礼に行った時、今からゴウエンの街に行くって言ってた」

「うん。言ってた。言ってたね、お兄ちゃん」

 子供達にお礼を言って手を振って別れる。

「良かった。ユキエもヨシカも無事だったんだ」

「誰かと一緒に居るみたいだね。きっと、残りのもう一人の子も無事でいる筈だ。そう信じよう。ほら、笑顔、笑顔」

「うん」

「よし。今日はもう遅いから、明日早速ゴウエンに行ってみよう。明日に備えて今日はゆっくり休もう。かなりモンスターとも戦って精神的にも気を張った状態が続いていた筈だから、少し早いけど宿に入ろう」

 カズキはアキを促して宿屋へと足を運ぶ。

 アキを部屋へと送り届けアキが部屋に入ったのを見届けると、カズキは一人また街へ出て聞き込みを始める。未だ全てのヒューマノイドに話を聞いた訳じゃ無い。アキの仲間の話は聞けたが、もう一つ重要な案件がある。それは、この島からの脱出だ。

 その中で興味深い話を聞く事が出来た。

「この世界は四つのエレメント、土、風、火、水によって成り立っておりましてな、その恩恵を受けて人々は平和に暮らして居たのですが、最近になって島の南西に闇が覆った後に島に四つの塔が現れて……。それからというものの、四大エレメントの力は日に日に弱くなり魔物が現れる様になったのです」

「なるほど」

「嘗て、島の南西は災いを封印した地であり、人々の中には封印が解かれたと騒ぐ者も」

「四大エレメントの力が薄れつつあり、人々の生活を脅かし始めているのですね?」

「その通りです。吹く風は弱まり種を運ぶ事ままならず、広大な大地に新たな命は宿らなくなり、凍えた身体を温める火の力強さは無くなって、心を癒す筈の清き水は流れを失い人は思いやりと優しさを無くし始めているのです」

「何か解決の方法が?」

「災いの封印には四つの塔の封印と四つのエレメントの力を真に復活し、四人の女神と共にこの世界を元に戻す必要があります」

(四つの塔というのは、このアミューズメントパークの為に建てられた電波塔なんじゃないのか……)

 カズキが考える電波塔とは東西南北四箇所に設置されたもので、ARHPCを操作するに当たって情報をメインサーバーに送る為に設置されたものである。

 島全体を冒険者が自由に動き回るので迅速な処理と圏外になるのを防ぐ為に、今回島に四つも建てられたものだ。

 だが、四つの塔の封印はARHPCが使用出来なくするのを意味する。そうなれば、モンスターと戦えない。

(未だ情報が全然足りないな……)

 色々な考えを頭に巡らせながらカズキも宿へと戻り身体を休める。

 翌朝、カズキ達は早速ゴウエンの街へと出発する。

「アキちゃん、焦る気持ちは解るけど焦りは危険を生む。慌てないで」

「は、はい」

(アキちゃん、大丈夫か……)

 マーベラスの街を出てからというものカズキはアキの動きをずっと気に掛けていた。

(昨日の様な動きが出来ていない……。力任せな大技を繰り出して直ぐに敵を殲滅しようとしている……。そうなれば、当然隙が生まれる。下手すれば攻撃が交わされて体制を崩して反撃も……)

 何とかカズキがフォローして大事には至らないが、反撃を受けてもおかしくない状況が続く。カズキの言葉にちゃんと返事はするのだが酷く散漫な動きだ。

 そんな状態の中、アレス湖から流れ出る巨大な水路にかかる橋を渡り、ようやく二人がゴウエンの街に辿り着いた時には太陽が西の空にあって沈みかけている頃であった。

 早速聞き込みを始めると今日は直ぐに情報が入る。

「ええ、その人達ならゴウエンの北にあるサミアローズ火山に向かった筈よ」

「カズキさん、直ぐにみんなを追っかけましょう」

「いや、止めた方が良い。もう日が沈んじゃうし夜になれば道も解らなくなる。アキちゃんの知り合いは四人で行動していても俺達は二人で、しかも、長旅して来ているんだ。疲れだってあるし危険だ。モンスターだって夜になれば活発になる。そんな危険な状況で今向かうのは賛成出来ない」

「でも、ユキエ達だって待っているのかもしれません」

「気持ちは解るけど朝まで待つんだ。アキちゃんにもしもの事があればそれこそ知り合いの子が悲しんじゃう。明日、朝一番に向かおう。そうしよう、アキちゃん」

「はい……」

 気が流行るアキを何とか説得し宿に入る。

 カズキも今日は直ぐに眠りに落ちた。道中、アキのフォローに追われ予想以上に気が張っていたのだ。

 どのくらいの時間が経過したのだろう。カズキは部屋の窓を叩く雨の音でようやく目を覚した。ガバッと身体を起こして部屋の時計を確認する。幸いにも未だ朝の七時だった。

 顔を洗い部屋を出る。アキとは七時半に宿のロビーで待ち合わせしている。

 どうやら今日は雨の中の冒険になりそうだ。

「今回も着替え用意しとかないとだな……」

 そんな考えを巡らせていると、時間は七時半を過ぎている。

「きっと、疲れてるんだ。かなり焦っていたし、少しは落ち着いて疲れが出たのかもしれない。少し待ってみよう」

 しかし、待てどもアキは姿を表さない。時刻は既に八時を過ぎている。

 流石に気になってアキの部屋に行こうとした時、宿屋の主人が仕入れから戻って来たのか、大きな荷物を抱えたままカズキに話しかけて来た。

「おや、やはりお一人でしたか。お連れの方に似た方を仕入れ先に行く途中見かけたもんで見間違えかと思ったのですが、どうやらお連れの方だったみたいですな」

「それはいつ頃です?」

「一時間半程前でしょうか。この雨の中、北の方に走って行かれました。何かあったのですか?」

「なっ! きっと未だ焦っていたんだ。知り合いの子を探しにサミアローズ火山に行ったんだと思います。直ぐに追いかけます」

「それは、大変だ。雨の日は魔物が活発に活動します。お気を付け下さい。それと、これをお持ちになると良い。サミアローズ火山は火の加護を受けた聖なる火山。そのまま行っても暑さでやられてしまいます。コールドポーションです。これを飲めば二時間は火山に近付いていられるでしょう。これはお連れ様の分です」

「ありがとうございます。きっと、彼女を連れて帰ります」

 カズキは直ぐにアキを追いかけた。

 一方のアキは、朝早く街を出たものの、未だサミアローズ火山に辿り着けないでいた。

 モンスターが次々に現れて中々前に進まないのだ。何とかカズキとのパーティで戦い方を学んだとはいえ、やはり、一人での戦闘は時間もかかるし、ダメージを追ってしまう。

 回復魔法の『キュア』を唱えダメージをカバーするが、戦いの度に魔法を使用する為、MPはどんどん減って行く。

 何も考えずに街を飛び出した為、買出しをして道具の補充はしていない。持っていた回復ポーションもとうとう底を突く。

 目の前に雨でも煙を絶えず吐き続ける火山が見えているというのに、未だ麓にすら辿り着けていない。

(早く行かないと……。でも、私……)

 仲間の事で気が流行る気持ちに死という恐怖が優って行く。

 すると、目の前の空が歪んだ。敵がポップする前触れだ。

 アキは直ぐに身を隠す場所を探すが、火山に近付くにつれて木々は姿を無くし周りはゴツゴツした岩と砂利の広場があるだけだ。

「倒すんだ。私が」

 アキは敵と戦う覚悟を決めると、とうとう敵がポップする。

 [アニール・ゴブリン・ザ・キング 亜人系モンスター レベル31]

「そ、んな……」

 アキは息を飲んだ。自分よりレベルの高いモンスターだ。更に空が歪む。

 [アニール・ゴブリン・ザ・チャンプ レベル29]

 [アニール・モブゴブリン レベル28]

 三体のモンスターがアキの前にポップする。先手を叩き込もうとしたアキだが三体の敵に対峙した事など一度も無い。

「ど、どうしたら……。はっ!」

 動揺して動きが止まると先にモンスターの攻撃を受けてしまう。ドガっとゴブリンの持つ棍棒がアキの身体を払う。

「クハァ!」

 アキは簡単に三メートル程右に吹き飛ばされてしまった。

 痛む身体を必死に起こし水鳥のレイピアを身構える。

 しかし、今度は下から振り上げられた斧がアキを襲うとレイピアは上空へと飛ばされてしまう。

 更に横から払われた一撃に勢いのまま身体が飛ばされて魔法の法衣はおろかインナースーツまで裂けると、着ていたエメラルドグリーンのトップスもゴツゴツした岩山に擦れて引き裂かれてしまい、下着まで裂けてアキの雪の様に白い肌が現れる。

「嫌ぁぁぁぁぁ!」

 アキの叫び声は無情にも打ち付ける雨でかき消されてしまう。

 座り込んだままの体制で必死に胸を両手で隠し足を必死に動かして逃げる。

 だが、三体のゴブリンは醜い野獣の顔からは唾液を垂らし、焦らす様にジワリと近づいて来ると武器を納めて更にアキを拳圧で弾き飛ばしアキの肌を更に露わにさせる。

 ゴブリン達はアキを殺そうとしているのではない。アキの美しい女の白い肌を見て興奮し野獣のごとく犯そうとしている。その様にプログラミングされているのだ。 

「助けて……。誰か……お願い……」

 ゴブリン達がアキを蹂躙しようとしたその時だ。

 [アニール・モブゴブリン]の目を氷の矢が貫いた。

 ゴブリン達は直ぐにアキから離れて武器を取り臨戦体制を整えるも、今度は地面から巨大な氷塊が突き出る様に現れて三体を上空へと飛ばすと、更にダイヤモンドダストがゴブリンを襲い、そのまま空中でゴブリン達はポリゴンへと変化し砕け散る。

「ふぅー、良かったー。間に合って」

 聞き覚えのある声がして顔を向ける。

 カズキだった。カズキは何も言わずにアキの隣までやって来ると、自分の上着をポップアップしてアキに羽織らせてから治療を始める。

「カズキさん……ごめんなさい。私、私……」

 カズキは首を横に振って黙ったまま治療を続ける。

「私、カズキさんに黙って……。沢山心配も掛けて……。昨日、焦っちゃ駄目だって言われていたのに。本当にごめんなさい……」

 打ち付ける雨がアキの涙を解らなくし、アキは子供の様に肩を上下させてヒックヒックと泣いていたのだがカズキは一切アキを責めなかった。

「本当にごめんなさい……」

「うーうん」

 カズキはまた首を横に振ると治療を続けるカズキの背中が、かなり出血しているのにアキは気付いて思わずぱちっと目を見開いた。

「カズキさん……酷い怪我して……」

「あぁ、大丈夫だよ。それより、もう、ごめんは無しだって。こうして無事だったんだから。それに、謝るのは俺の方。アキちゃんの気持ちを知っていて押さえ付けるような事しちゃったね。早く知り合いの子に会いたい筈なのに。それで怖い思いさせたね。俺の方こそごめん」

「カズキさん……カズキさん! カズキさん!」

 アキは感情が爆発してカズキの胸に飛び込んだ。自分の怪我すら顧みず助けてくれた上に、その事を一切責めず自分の方に非があるとまで言ってくれたカズキの優しさが堪らなく嬉しかった。

「ぬわぁぁぁ! 上着はたけちゃう!」

「少しだけこのまま居させて下さい……カズキさん……」

「ハイ、ドウゾ」

 アキは目を閉じて心を落ち着かせる。相変わらず抱きしめ返してはくれないがカズキの心臓の音が雨でもはっきりと聞こえて来る。さっきまでの恐怖がどんどんどんどん消えて行くと、それに比例してカズキの心臓の音がどんどんどんどん早くなって行く。

「カズキさん?」

 アキは不思議がってカズキから抱擁を解いて上目遣いに見ると、そこには天気が悪くても真っ赤な顔をしているのが解る両腕を大きく広げ固まったカズキの姿があった。

「もう。クスクスクスクス」

 ようやくアキは安心して笑顔を見せた。

「本当にありがとう、カズキさん」

 その後、五分程照れて膠着していたがカズキは冷静さを取り戻した。

(アキちゃん、綺麗な肌してたなぁ……。それに、プニっと柔らかくて……)

「カズキさん?」

「ぬわぁぁぁ!」

(いかん、いかん……。良からぬ想像を)

 抱きつかれた際、思わずアキの白い肌と胸が目に飛び込んで来たが今は考えない。

 彼女もおらず女性経験の無いカズキにとって物凄い体験だったが、今は白い肌、柔らかな感触よりも先ずはアキの仲間との合流だ。

「やっと麓に到着したみたいだね。山道があって頂上に続いている。あの建物は宿屋か。INNの看板がある。きっと、あそこに泊まったんだろうね」

「麓なのに凄く暑い。ユキエ達はもう頂上に……」

「そうだろうね。宿屋の部屋に電気は付いていないし、街に戻るならどこかですれ違う筈だ。何か目的があって頂上に行ったと考えて良いんじゃ無いかな」

「私のせいで、街で聞き込み出来なかったから……。カズキさん、ごめんなさい。私が焦って無ければ頂上に何があるのか聞けたかもしれないのに」

「それはもう言いっこ無しだって」

「でも……」

「解らなければ動いてみよう。きっと大丈夫。さぁ、これ飲んで。コールドポーションだって。宿屋のおじさんがくれたんだ。これを飲んだら二時間は暑さに耐えられるらしい。それに装備もしておいて。ちゃんとフォローする。絶対にアキちゃんを守るから、一歩踏み出そう」

 カズキは優しい言葉と思いやりでアキの背中を押す。

「カズキさん……うん」

「よし、出発だ。行こう」


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