表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/40

9.毎週土曜日

 



 気が付けば暦は12月に入っていた。

 ついこの間まで辛うじて温かさが残っていたと思っていたのだけれど、ここ最近は真っ白い雪が道路を覆っている。


 病院へ通い始めてもう1ヵ月も経っているなんて、意識しなければ分からない程……あっと言う間だった。裏を返せばそう思う程、何も無かったと言える。

 そして俺は今日もバスに揺られて仙宗大学病院へ向かっていた。


 病院へ到着すると、やはり平日と比べて人の姿は圧倒的に少ない。最初はそんな光景に、自分はある意味特別な状態に置かれているのだと感じる事もあったが、何度か来る内にそんな事も自然と消えて行った。

 その1つの要因が彼女の存在だというのは、まぎれもない事実だろう。

 その姿を確認すると、ゆっくりと足を進める俺。するとそんな俺を察知したのか、彼女がこっちに視線を向けた。


(今日も先に声掛けられなかったな)


「おはよう。葵君」

「うん。おはよう」


 こうして匙浜さんと挨拶を交わし隣に座ると、いつも通り……何気ない会話がスタートする。

 こんなやり取りが普通になっていた。


 今でこそちゃんと顔を見ながら話す事が出来るようになったが、最初は匙浜さんを目の前にするとたどたどしさは全開。サッカーだけじゃなく異性との1対1の対人スキルも磨くべきだったと後悔したものだ。

 対して彼女は全く真逆で、その見た目通り落ち着いた話し方をしていた。まぁそんな独特な雰囲気のおかげかは分からないけど、気が付けば普通に話せるようになっていた気がする。


「そういえば雪降ったよな」

「うん! 急に寒くなったよね?」

「葵さん~診察室どうぞ~」


 なんて雑談をしていると、名前が呼ばれ診察室へ。特段変わった事のない時の診察は早いもので、ものの5分で終わる事もある。

 だが、だからと言って御神本先生が手を抜いている訳でもない。ちょっと寝不足気味で診察を受けた時には、普通を装っていたにも関わらず見抜かれてしまった。


『葵君? 言ったよね? 寝不足はダメだよ。もし良かったら理由を聞かせてくれないかな?』


 深夜にサッカーを見ていただけとはいえ、先生のいつもの優しい表情には只ならぬ圧を感じたっけ。それ以来、少しでも気になる事があったら先生には言うようにしてる。でも、ここ最近は本当に何1つ思い当たる節はなかった。

 だからこそ、今日の診断も5分と掛からず終了。


 そのまま診察室を後にすると、さっきの席には…………誰も座ってはいなかった。

 ガランとした3人掛けの椅子。とはいえ、ある意味これも見慣れた光景の1つ。特に寂しい気持ちに襲われる事もなく、俺は1人外来を後にした。


 そして程なくして病院のロビーに差し掛かると、いつもの端っこの席に影を見つける。それは一足先に薬袋を手にした匙浜さんの姿だった。


 診察の時間上、匙浜さんの方が薬の受け渡しは早い。

 だから俺が診察に呼ばれたら匙浜さんはここに来て薬を受け取る。それがいつものパターンらしい。

 俺の診察前に話をする事もあるが、会話の殆どは診察終わりのこのロビー。

 おかげで、匙浜さんについても色々と知ることが出来た。


 石島市(いしじまし)に住んでいて、家族は両親とお婆ちゃんの4人だという事。

 そして俺と同じで毎週通院している事。

 駅までは電車で、そこからはバスで病院までとなると単純計算で1時間は掛かる。それを毎週となると流石にキツくないのかと思ったけど、電車から見える景色が好きだそうで当の本人は全く気にしていないらしい。


 それと受診の予約時間は俺の30分前だそうだ。

 俺が行く頃には丁度受診が終わっているそうで、外来に行くといつも待合室に居る理由が分かった。


 週に1回。1ヵ月に4回。

 良く考えれば、そこまで会った回数は多くはない。ただ、同じ歳で同じ症状同士という事もあり、打ち解ける速度は思いのほか早かった。

 もちろん自分の事なんかも口にしているのだが、その中で個人的に驚いた事は、匙浜さんの好きなものだった。


 1つ目は甘い物。

 とにかく甘いものが大好きで、特にスイーツには和洋問わず目がないそうだ。さらに好きが高じて自ら作る事もあるらしい。直近ではプリンを作ったとか。


 次に2つ目は花。

 名前の通り花を見る事が好きで、家でも育てているそうだ。それに毎年行く家族旅行ではそういった観光地を巡っている。

 ちなみに今年は北海道へラベンダー畑を見に行ったらしい。毎年家族旅行と聞いただけで、なんとなく察する事が出来る匙浜さん家の姿。正直羨ましかった。


 そして3つ目はテディベア。

 元々お婆ちゃんが趣味で作っていたらしく、その影響で今もテディベアが好きで自分でも作っている。

 確かによく見ると鞄には小さなテディベアのキーホルダーが2つ見えていた。お婆ちゃんが作ってくれた物と自作の物。よく見てもその違いはよく分からなかったけど、本人からすると足元にも及ばない出来の違いらしい。


 そして最後、これが1番驚いたかもしれない。まさかの戦国武将。

 俺だってゲームとかで多少は知識はあたし、ついて行ける話題かと思ったけど、それを言った瞬間の表情の変わりよう。


『えっ! そうなの? 誰が好きなの?』


 ちょっと興奮気味に話し出す匙花さんの姿には若干驚いたが、答え方もまずかった。戦国時代ってシチュエーションは好きだったものの、個人となると突き抜けて思い当たる人物が浮かばなかった俺のとっさの一言。


『織田信長かな?』


 それが火に油を注ぐ形となった。


『うっ、嘘! 私も私も! 良いよね~信長様!』


 様付けで呼んだ瞬間、只ならぬ何かを感じ取った時点で時すでに遅し。織田信長の事を話す口調が、徐々にヒートアップする匙浜さんの言葉は最終的に何かのおまじないのようなものだった。

 それでも最後には、


『ごっ、ごめんなさい! つい興奮しすぎちゃって……』


 とりあえず満足はしてもらえたみたいだ。


 それからも、ちょくちょくそういう話はしていた。大分抑えてくれてたみたいだけど、本人からしてみれば、なかなか友達には共感してもらえない話題をこうして気軽に出来る事が何より嬉しいらしい。ちなみに、仙宗市と言えば伊達政宗という有名な武将が居る訳だけど、その点については……


『伊達政宗様? 葵君、常識的に考えて。彼は宮城県が誇る超有名人だよ? 私にとってはレジェンド的立ち位置な訳で、好きな武将ランキングに入れること自体失礼なんだよ』


 なんと言うか……凄いの一言だった。


 そんな匙浜さんの一面も垣間見えるようになると、自分達の症状についても話す事が多くなった。

 中学校から症状が出始めた事や、生活する上で何を気を付けているのか、どういう事をしているのか。それを聞く度に参考になったし、改めて匙浜さんの凄さを思い知る。

 そして自分の事も匙浜さんには包み隠さず言う事が出来た。


 同じ症状であるが故に、自分の本音を素直に言える。それは海斗達と話す楽しさとは違っていた。何ともいえない感覚に包まれて……心地が良い。


(本当、匙浜さんと仲良くなれて良かった)


「ところで葵君?」

「うん?」

「葵君は近くに迫ったクリスマス。誰かと過ごす予定とかあるの?」


(なかなかエグいこと突いてくるじゃないか)


「残念ながら、ボールと過ごすかな? そして家でケーキのやけ食いが定番だ」

「ふふっ。何それ~面白い」


「本当の事なんだから仕方ないだろ? 匙浜さんは?」

「いやはや、残念ながら家族で過ごしますよ~」


(そうなのか? なんか意外だ)


 正直、匙浜さんレベルのルックスなら彼氏が居てもおかしくはないだろう。それに色々は話をしてきたはずなのに、それ関係の話題は一切出てきてはいない。

 故に、匙浜さんの男関係についても全く情報がない状態だ。


「そうなのか。てっきり彼氏さんとデートかと思った」

「葵君? 喧嘩売ってる? いませんよー! そんなこと言ったら葵君だって……」


「いませんよー。ボールが恋人ですー」

「同じじゃんか~! ふふっ」

「そうだな。ははっ」


(なるほど、匙浜さんに彼氏は居ない……っと)


 思いがけず匙浜さんの情報を知った、12月最初の定期診察の日だった。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ