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7.変わらない日常、変わった日常

 



 いつものようにアラームが鳴り、いつものように目を覚ます。

 いつものようにカーテンを開けて、目の前に広がるのはいつものような青空。

 それは何でもない1日の始まりだった。そう、ごく普通の月曜日。


 目覚めも良いし、体の調子も良い。

 ただ、机の上に置かれている真っ白い薬袋を見た瞬間、紛れもなくあれは現実だったんだと思い知らされる。


 病院へ行った事。先生に会って診断を受けた事。

 自分が病気であるという事。

 そして、俺と同じ病を患っている女の子が居る事。


 明確にその症状が表れている自覚はない。今日の日付も曜日もすぐに浮かんでくる。ただ、それでも忘れちゃいけない。それは不意に現れるのだから。

 だとしたら受け止めなければいけない。それを感じた家族や友達、周りの人達の……素直な反応を。

 それが、俺の歩むべき道なのだから。



 ◇



 実に1週間ぶりに訪れた学校は何も変わっていなかった。


「おはよう」

「おう! 日向! 久しぶりだなぁ」

「体調は大丈夫なの?」


 そんな様子に嬉しさを感じていると、教室へ入るなり早速声を掛けられる。

 同じ中学でサッカー部だった(つば)海斗(かいと)とサッカー部でマネージャーと務めていた須賀(すが)瑠璃奈(るりな)

 もちろん高校でもサッカー部に所属している幼馴染コンビだ。


「おう。大丈夫!」


 2人の前では威勢よく答えてしまったが、やはり早々に割り切る事は難しい。そういう行動をしてしまうんじゃないか、そういう予兆を知られてしまうんじゃないか。そんな不安を何処かに感じているのは事実だ。


 幸い、1週間ぶりに会った他のクラスメイト達は心配……というより、笑顔でイジるような雰囲気で迎えてくれた。

 下手に心配されるよりは大分楽に感じたが、それと同時に皆には絶対に病気を知られたくないという気持ちが強くなる。


 そして遊馬先生。先生は俺の病気の事を知ってる数少ない人だ。

 熱血教師にありがちな、皆に知ってもらって皆で励ましましょう的な方向に持って行かないか心配だったけど、


「よっし、じゃあホームルーム終わり! あっ、そうだ葵。休み時間ちょっと指導室まで来てくれ」

「指導室ですか?」

「おっ? 先生、葵を指導室に連れ込んで何する気ですかぁ?」


「何って……あんな事やこんな事に決まってんだろ?」

「「うおぉ?」」


「って、何がうおぉなんだよ。インフルで休んでたから、色々聞かなきゃいけないし色々決めないといけないだろ? 授業の遅れとか。だから良いな? 葵」

「はい」


 いつものような女性らしからぬ豪快な雰囲気と接し方に、その心配はほとんど消えていた。



 ◇



 こうしてホームルームが終わり、俺は遊馬先生の言う通りに指導室を訪れていた。

 先生に促され椅子へと座ると、さっきとは少し違った声色が聞こえてくる。


「来たか葵。悪い、あんな誘い方して。とりあえずいつも通りにしとかないとな? あいつらに勘ずかれない為にも」

「いえ、ありがとうございます」

「それで、今後の事なんだが……お前はどうしたい?」


 いつになく真剣な表情を浮かべる先生。普段とはまるで違う様子には少し戸惑いを隠せなかった。

 ただ、とにかく俺の話に耳を傾けてて、俺の希望に頷いてくれたのは嬉しくて仕方ない。


 クラスメイトには絶対に知られたくない。他の生徒にも知られたくはない。今まで通りの生活がしたいし、今まで通りに接してほしい。

 部活も今まで通り続けたい。けど校長先生はともかく、他の先生方にも知られたくない。サッカー部のコーチはもちろん監督にも。


「そうか分かった。生徒には漏れないようにしよう。けど先生方にも知られたくないってのは、私じゃどうにも出来ない。もちろん校長先生には葵の気持ちを尊重してもらうように話してみる」

「はい、ありがとうございます」


「それでもサッカー部監督の山田(やまだ)先生には極力耳に入らないように努力はするよ。病気の事で他の生徒と差を付けて欲しくないんだろ?」

「山田先生がこんな事で贔屓をするとは思えませんけど……」

「先生であり監督。ただその前に人だからな。……ったく、お前は本当にバカ正直な奴だよ」


 病気の事は極力伏せて、今まで通りの高校生活を送る。そんな俺の希望を先生は受け入れてくれた。

 ただ、今までと変わらない接し方をするからには、忘れ物や病気の症状らしきものが出ても公に庇う事は出来ない。そしてどうしても限界だと思ったら、人前であっても躊躇なく助ける。

 それだけは念押しされた。もちろん断る理由なんてない。



 ◇



 放課後。

 俺は青々としたグラウンドを前に、何とも言えない感情を覚えていた。そしてゆっくりと履いたスパイクの感触に嬉しさがこみ上げる。


 インフルエンザだったという体で遊馬先生が伝えていた事もあってか、久しぶりに見せた姿に誰からも怪しまれるような事はなかった。診断書の提出なんかもあるらしいが、その有無も特に言われない辺り、遊馬先生と校長先生のおかげなんだと思う。


 心配されたり、イジられたり……いつもと変わらないサッカー部がそこにはあった。ただ、前とは決定的に違う事がある。それは3年生の引退。


 病気を知らされて、どん底に落ちていた最中に行われた準々決勝は見事勝利。ただ、翌日の準決勝で惜しくもPK戦の末負けた。


 それは久しぶりに電源を付けたスマホで、海斗に連絡した時に聞いた事だった。

 相手は選手権とインターハイに20年連続出場を果たしていた漆谷(うるしだに)高校。


 その王者を相手にPK戦まで持ち込んだ末の敗北に、本当に惜しかったのだと悔しさで溢れかえったのを覚えている。


 もちろん今後の練習の為にグラウンドに来ている3年生の姿も見えるけど、もちろん全員ではない。

 その光景は選手権が終わったと……改めて実感させるものだった。


 そんな中、俺は監督のもとへと足を運んだ。インフルエンザになった事や、迷惑をかけて先輩達の応援にすら顔を出せなかった事に対する謝罪は、理由がどうであれ必要だと思ったからだ。

 そしてもう1つ大事な事……毎週土曜の午前中は部活に遅れる事への許可も……欲しかった。


 建前上は、以前怪我をした部分の定期的な検査ということで話したものの、おそらく声は震えていた気がする。そんな俺を真っすぐ見つめる監督……その反応は意外なものだった。


「お前は焦り過ぎた。だからゆっくり休めって事なんだよ。癖になりやすい怪我だってのも、勿論理解してる。葵、今度はお前たちの時代だ……頼んだぞ?」


 その言葉に心が熱くなり、真っすぐ見つめる監督の表情が嬉しかった。だからこそ感謝し、必死に病気の事が口から零れないように我慢して……頭を下げる。


「俺……がんばります!」


 こうして俺の新しい生活が始まった。


 協力的な先生が居て、理解のある部活の監督が居て……その状況を受け入れてくれる家族。

 全てが整っている環境に身を置く事が出来き、なんら今までと同じような生活を送られる俺は、やっぱり運が良かったと言わざるを得なかった。


 けど、そんないつも通りの生活の中でも病気の影が無くなる訳じゃない。人の話は以前より集中して聞くようにした。


 朝起きたら必ず日付を確認して、新聞やテレビでニュースや大きな出来事を確認する。

 友達との約束や部活の日程は、必ずメモして残せるように手帳も買った。もちろん御神本先生の言う通り規則正しい生活を心掛けて、薬も毎日服薬した。


 こうしてあっという間に1週間は過ぎ、迎えた土曜日。

 最初の定期通院とあって、見上げた先にある病院はどこか違和感と不安な気持ちが入り混じる。それに土曜日とはいえ、部活に遅れていくことには申し訳なさと罪悪感を感じてしまう。


 それでも、自分自身で決めた事。家族と先生と約束した事。

 サッカーを続け、病と共生していく為に選んだのだと言い聞かせて、俺は真っすぐにもの忘れ外来へと足を運んだ。


 階段を上がり、目の前に広がる待合室。

 そして直ぐ近くの席に見える姿を前に、別な意味で緊張してしまう。


「あっ、おはよう! やっぱりまた会えた」


(やっべ。まさか本当に行き会うとは思ってなかった!)


「あっ……おっ、おはよう」




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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