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4.踏み出した先、訪れた再会

【本日4話目です】

 



 一歩足を踏み出すと、容赦なく降り注ぐ太陽の光。

 約1週間ぶりの眩しさに思わず目を細めると、次第に体に感じる温かさが今日はどこか優しかった。

 あの日、背中に感じた焼けるような熱さとはまるで違う。

 同じ日の光のはずなのにこうも違うのかと考えていると、徐々にその眩しさにも慣れてくる。


 いつもと変わらない太陽。変わる事がない太陽。そんな不変の存在を少し羨ましく感じつつ、俺は時間通りに到着したバスに乗り込む。


 あれから久しぶりに家族皆でご飯を食べた。

 リビング入ると弟の彼方(かなた)と爺ちゃんが居て、どっちも驚いた顔をしていたけど、すぐにいつもの柔らかい表情を見せた爺ちゃん。少し涙目になった彼方。

 そんな2人を見て改めて心配させてたんだと実感した。特に彼方は隣の部屋で、色々と迷惑も掛けたし怖い思いもさせたかもしれない。


 他愛もない話がどこか懐かしかった。思えば高校生になって、居残り練習をするようになってからはこんな機会も減っていた気がした。

 一刻も早くご飯を食べて、風呂に入って寝たい。それしか頭になかった。

 だから、彼方の小学校での出来事や母さん達の仕事の話、爺ちゃんのグラウンドゴルフの成績発表。それらを聞くのが楽しくて仕方なかった。

 ただ、そう実感する度に心の奥底からはある思いが……沸々と溢れ出す。


『あのさ、ごめん。俺逃げてた。自分の病気から逃げてた』


 突然の言葉に賑やかだった空間が静まり返る。けど、それを制したのは母さんだった。


『大丈夫。皆日向の味方だから』


 その一言は心に深く響いた。皆の優しい顔に心が温かくなる。

 だから決めたんだ。


 受け入れよう。その全てを。

 向き合おう。その全てに。

 そして全力で抗ってやろう、アルツハイマー型認知症に。


(まぁその後にも、色々あったけどなぁ)


 こうして席に座った俺は……不意に浮かんだ苦笑いを隠すように口元を隠す。

 その場ではそこまで感じなくても、時間が経ってふと思い出した瞬間に突如として恥ずかしさに見舞われる。まさにそんな現象に襲われていると言っても過言じゃない。それでも、少し希望が見えた事には変わりはない。



『あのさ、俺がどうしてもボケてヤバくなったら容赦なく施設でも何でも入れて良いから。認知症は若い程が進行早いらしいし、どうなるか分からないからさ。怒鳴ったり、暴力的になったり……だから先に言っておくよ』


 散々決意を口にした後に放った一言。今思い出すとやっぱり恥ずかしくも感じるけど、本気だった。けど、問題は母さんが口にした言葉。


『あっ、ねぇ? 日向ちょっといい?』

『ん? 何だよ母さん遠慮は……』


『病院行ってから、ちゃんと話せてなかったでしょ? それでさ、なんか日向が思ってる事と先生が言った事、違ってる気がするんだけど』

『はぁ? 違ってるって?』


『ねぇ、日向? 先生が言った病気の名前覚えてる?』

『忘れる訳ないだろ? 若年性アルツハイマー型認知症……だろ?』


『……他には?』

『他?』


 母さんの言っている意味は分からなかった。確かに自分で聞いて記憶に残ってる。というより忘れられる訳ない。もしかして他にも病気を抱えているのだろうか。そんな考えが頭を過った瞬間だった。


『……やっぱり。勘違いしてる』

『勘違い?』


『先生はこう言ったんだよ? 日向は若年性アルツハイマー病による軽度認知障害だって』

『ん? 一体何が違うんだよ。アルツハイマー病なんだろ? 認知症なんだろ?』

『違うよ? アルツハイマー病による()()()()()()……だよ』



 軽度認知障害。それはアルツハイマー型認知症を発症する一歩手前の状態。だから正確には認知症じゃない。俺が調べた通り、発症してしまえば今現在では完治は不可能。進行を遅らせる事は出来ても止める事は無理だ。

 けど軽度認知障害の段階であれば、まずは発症を遅らせる事が出来るかもしれないし、改善する事が出来るかもしれない。この母さんの説明に少しだけ希望を抱かない訳がなかった。


 ただ、その治療をしても効果が見られるかどうかは分からない。全く無意味な可能性もあれば、目に見えて実感出来る可能性もある。

 記憶が無くなったり、自分がおかしいと感じる恐怖が消える訳じゃない。

 それでも俺は……先生の言う通り頑張るしかない。やれる事をやるしかない。立ち向かうと決めた以上、目指すべき事は1つだった。


 後は学校の事。

 俺が引き篭もった時、もちろん学校への連絡が必要だった。母さんは担任の先生へ事情を全て話したらしい。まぁ当然の事だろう。

 先生は最初こそ驚いていたものの、その後は終始冷静だったようだ。父さんと2人で学校に向かい、話をした時は俺の事や今後の学校生活の事を念入りに話し込んだらしい。

 俺の知る、どこかお茶らけた雰囲気の遊馬(あすま)先生と本当に同一人物かどうか疑問が浮かんだけれど、おそらくそうなんだろう。


 とりあえず、病気の事は先生を含め校長や教頭、一部の先生だけの情報として共有する事。そしてクラスの皆にはインフルエンザだという事で話をしようと提案したのも先生らしい。

 そんな事を口にする先生の姿は……少し想像は出来なかった。

 でも、母さんや父さんを含め、俺の為に動いてくれている事には変わりない。学校来たら早速話をしたいなんて言ってるみたいだ。とりあえずお礼は必須だろう。

 あのテンションのままじゃなかったらの話だけど。


 こうしている内に、バスが病院の前へ到着した。

 時計を見ると予約した時間の5分前で、俺はゆっくりとその歩みを進めて行く。

 自動受付機で受付票を手に取ると、向かう先は長い廊下。何度かお世話になった整形外科とは違う方向へ進む事に、まだ慣れない自分が居る。


 廊下を進み別棟へと足を踏み入れると、目の前には心療内科・精神科の文字が現れる。それを横目に階段を上ると、その先のフロアが今後お世話になるであろう場所だった。

 正直今は嫌な思い出しか浮かばない。能天気な考えが一気に奈落の底へ落とされた記憶。思考が停止し体中のあちこちがおかしくなった記憶。

 そしてあの……女の人。


 それでも行かなきゃいけない。

 嫌な思い出しかないなら、それを塗りつぶせばいい。

 自分が自分である為に一歩足を踏み出そう。


 そんな決意のまま、俺はそのフロアへ足を踏み入れた。目の前の光景は1週間前とほとんど変わらず、まばらに診察待ちの人達が席に座っている。


 そんな時、俺の視線は不意にある席の方へと向いていた。気が付けば座って居て、背中に焼けるような熱さを感じ、そしてあの恐ろしい女の人が現れた席。

 その恐怖の存在を恐怖の瞬間を忘れる事は出来なかったんだんだろう。ゆっくりと、ゆっくりと視線を移していくと……そこには誰か座っていた。


 遠目からでも分かる長い髪。

 見覚えのある制服。


 幸い本を読んでいるようで、こっちには気付いては居ない。ただ、折角一歩踏み出した足が震えながら戻って行く。


 (嘘だろ。何で居る。何で居るんだ? お見舞いに来てたんじゃないのか? なのに何で今日も居る。どうして……お前が居る!?)




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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