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2.蝕む病

【本日2話目です】

 



 記憶が無くなるとはどういう事だろう。

 例えばある日突然、友達に今度遊びに行くのが楽しみだと言わる。最初はピンとこなくとも、段々と話を聞いて行く内にハッと思い出す。

 そんなやり取りが何度も増える事だろうか。いやそれはただのもの忘れだ。


 記憶が無くなるという事は、それを言われた事すら思い出せない。最初はもちろん、時間や場所を言われてもピンとこない。

 なぜならその人にとっては、今初めてその情報を聞いた事になるのだから。


 最初は適当に話を合わせる。

 けど、徐々にストレスが溜まり苛立ちを覚える。そしてついに自分を否定されたかのような感情が爆発して怒りだす。

 そんな事が続けば家族や友達。交流のあった人達との関係は崩れて行く一方だ。

 自分でもダメだと分かっている。だが、その状況を変える事は出来ない。そんな人達が最後に辿り着くのが孤独。


 誰とも話をしなければ、言い争いになる事はない。

 誰とも会わなければ、不快感を与える事もない。

 それは自分と相手を守る為の行動。だが一方で、認知症の進行を早める行動でもある。


 ❝だからコミュニケーションを大切にしましょう。迷わないで?❞


 家に帰り、スマホで検索すると1番最初に出て来た動画。それは最後にそんな言葉で締め括られていた。

 日付が分からない、物を置いた場所が分からない。そんな様子の人達の映像は、これから自分が辿る運命なのだと思うと動悸が止まらない。

 家族や施設の人を罵倒し椅子を投げ、胸ぐらを掴んで怒りを露わにする。そしてその人の家族が声を震えさせてこう呟く。


 ❝優しい人だったのに。あんな人じゃなかったのに❞


 その姿に一気に不安になる。

 だから必死に調べた。表示されたサイトを手あたり次第開いては、少しの希望を胸に抱いた。でも書かれているのはほとんど同じ内容。


 完治する事はない。

 遅らせる事は出来る。

 ただ、年が若い人ほど進行は早い。


 その文字を見る度に、動画で見た叫び声をあげる人に自分を重ねてしまう。

 将来あんな風になってしまうんだと絶望感に包まれる。


 治らない。

 進行は早い。

 それはいくら進行を遅らせても、最後はああなってしまうという告知だった。


 目の前がぼやけて来る。

 ベッドにもたれかかって座っているはずなのに、地震でも来たかのようにゆらゆら揺れる。

 そしてその揺れに体が耐えられなくなり、ぐにゃりと折れ曲がるような感覚に襲われた。


 あぁ、暗い。

 周りが暗い。


 大好きなサッカーをする為に、必死に努力をして宮城県内でも有名な明進(めいしん)高野(たかの)高等学校へ入学できた時は嬉しかった。


 クラス割りにも恵まれ、同じ中学だった奴やその他大勢のコミュ力抜群の奴らとのクラスは孤独とは無縁。


 部活だって流石は県内屈指のサッカー部。一目見ただけで分かる中学生とは違う体格。全てを見透かされているような視線。プレーしていなくてもヒシヒシと伝わる緊張感。

 そんな人達とサッカーが出来る。こんな人達とならもっとサッカーが上手くなれる。そう思うだけで、体が震えて、心臓が飛び出る程に心が躍った。


 それから俺は、楽しくもありキツくもある高校生活を送っていた。

 クラスの連中は相変わらず騒がしいけど、毎日笑い声が絶えない。

 サッカーの練習はめちゃくちゃキツくて、先輩達に毎日愛の鞭を受けたけど……それ以上にサッカーが上手くなりたいって気持ちで溢れ返る。

 そんな毎日を繰り返している内に、気が付けばあっという間に時間は過ぎた。悔しい思いをしたインターハイ予選。そして目の前には、選手権の県予選が待ち構える時期にまでなっていた。


 キツイ練習にも付いて行った。自主練だって欠かさずした。怪我をして焦った時期もあった。

 それでも死ぬ気で努力した。全ては先輩達と全国の舞台へ立つ為に。



 ――—大事な初戦の日にちも時間も忘れていたのに?―――



 息が苦しくなる。



 ―――大事な日なのに寝坊していたのに?―――



 胸が痛くなる。


 思い出すだけで汗が止まらない。上手く呼吸が出来ない。

 ただの物忘れなら今までも何度かあったけど、でサッカーに関する事を忘れた事なんてなかった。


 でも、忘れていた。あの日、目が冷めた瞬間に何月何日何曜日かさえ、穴が開いたかのように思い出せなかった。

 寝坊に気付き、焦っていたからだと言い聞かせていたものの……それが間違いだと今日まざまざと突き付けられた。


 若年性アルツハイマー病。

 俺は病に蝕まれた……病人だ。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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