15.匙浜さんと水族館①
晴天に恵まれた日曜日。
俺はとある駅の前に居る。
いつも使い慣れた駅にも関わらず、ヒシヒシと感じる緊張感。
ふとスマホに目を向けると、1件のメッセージが目に入った。
【今着いたよ~】
いっその事、天候不良で電車が運休してくれないかと思ったけど、どうやら通常運行らしい。
こうなれば覚悟を決めるしか道はなかった。
(……冷静に。試合に臨む様に心は熱く、頭は冷静に行こう)
「ふぅ」
一呼吸すると、俺は匙浜さんの到着を待ち受ける。
先週受けたキラーパス。あの後状況がなかなか掴めなかった俺の目を覚ますかのように、匙浜さんから再度のお誘いと日程についてのメッセージが届いた。
俺としては非常に悩んだ。
何しろ、海斗や加賀さんら複数人で遊びに行くことはあったが、生まれてこの方異性と1対1で遊びに行った事がない。
圧倒的経験不足。
更にはサッカーを抜きにして匙浜さんと病院外で会う。
想像するだけで不安しか浮かばなかった。
ただ同時に、せっかくの匙浜さんからのお誘い。
ひいては女の子からのお誘いを断るのは男としてどうなのか。
そんな考えが入り交じり、出した結果がこれだ。
部活が休みなのは直近で今日だけ。
匙浜さんに用事があれば、いくらかの猶予が出来ると思っていたのに、返事はまさかのOK。
難なく日程が決定してしまった。
(……ヤバイ。マジで緊張してきた。てか、この服装浮いてないか? 大丈夫か?)
町に遊びに行くのも、ほとんどがチームジャージか制服。
おしゃれな私服なんて持っている自覚はない。
結局、薄手のパーカーにジーパンという服装になってしまった。
鏡の前では普通に感じても、もはや自分の感性すら疑わしい。
公式戦以上の緊張感に襲われ、むしろこのまま匙浜さんが来なければ……なんて願ったりもしたが、
「あっ、葵君~!」
無常には時は過ぎ去る。
俺は意を決して振り返ると、その目に映ったのは……
「待たせてごめんね~!」
いつも目にしていた姿とは異なる、まるで別人の様な匙浜さんだった。
水色のタートルネックに、ふわりとした白い生地のロングスカート。
ベージュのベレー帽とショルダーバックを携えたその姿は、体のラインが強調されている。
まるでモデルかの様な美しさに、思わず見とれてしまった。
(うおっ……意外と大きくないか? てか、ウエスト細っ!)
「ん? どうしたの?」
「えっ、あぁ! 私服の匙浜さん初めて見たからその……」
上手く動揺を隠せたかどうか分からない、しどろもどろな返事。
「似合ってないかな?」
「ぜっ、全然! 超似合ってる!」
「ありがとう。葵君も私服凄く似合ってるよ?」
ただ、容姿はいつもと違っていても中身は匙浜さんのまま。
話しながら見せる、いつもの笑顔に緊張感もゆっくりと消えて行く気がした。
「あっ、ありがとう。じゃあ行こうか?」
「うん! 行こ行こ~」
少しずついつもの様子を取り戻しながら、俺と匙浜さんは仙宗海原水族館へと歩き始める。
駅から水族館前では徒歩で約10分ほど。
距離にしてみれば少し遠く感じたものの、他愛もない話をしているとあっという間に到着した。
こうしてチケット売り場へと足を運ぶと、匙浜さんが係員へ例の割引チケットらしきものを手渡す。
その詳細にについては良く分からないものの、
「それでは高校生2名で1,000円になります」
告げられた金額は聞き間違いじゃないかと思った。
横に書かれているチケットの値段表には中高生1,500円の文字。半額以下の値段に、いったいどんな割引チケットなのかと驚きは隠せない。
「はい。それじゃあ1,000円で」
さらに、あろうことか匙浜さんは俺の分まで払おうとする始末。
(って! そこはちゃんと払わなきゃダメだろ!?)
「ちょっ、匙浜さん! 自分の分は……」
「葵君? 後ろの並んでいる人達の迷惑になっちゃうから、とりあえず……ねっ?」
ちらりと後ろを見ると、いつの間にか列が出来ているチケット売り場。
確かにここでもたつけば、後ろに並んでいる人達の迷惑になる可能性もある。
とりあえず、ここは匙浜さんのご厚意に甘えることにした。
「そっ、それじゃあ……ありがとう」
「いえいえ~。はい、パンフレット」
こうして見事匙浜さんのペースに飲まれたまま水族館の中へと入ると、外とは違った空気感に覆われていた。
足を踏み入れて早々に目の前に現れた水槽は、少し薄暗い館内も相まって幻想的な雰囲気を醸し出しす。
「わぁ~」
色々な魚が回遊する中、一際目を引くのが群れを成すイワシの大群だった。
一矢乱れぬ動きは、団体行動を極めたと言って良い程の動きに見える。
どこかサッカーにも似た部分に、思わず声が漏れた。
「すげぇ」
「ああやって大きく見せることで、身を守るんだよね~」
「だな。にしても動きピッタリだ」
「なかなかの強豪校?」
「俺達と同等以上かもしれん」
「わぁお。それは凄い。ふふっ」
そんな言葉を交えながら、俺達は順路通りに奥へと進んでいく。
この水族館は小学校の頃に来た記憶がある。
ただ、現在の水族館は最近リニューアルされたようで、記憶にあるものとは全く違った光景が広がっていた。
(なんか初めて来た感覚だな)
少し暗い廊下を歩いていると、途中で周りがトンネル型の水槽へと変わる。
まるで海の中に居る様な感覚を楽しみながらゆっくりと歩くと、今度は仙宗湾に住む生物らの水槽が展示されいた。
メジャー所から愛嬌漂う生物。
「これ体透けてない?」
「本当だぁ!」
「見て! 砂から顔出してる!」
「なんか癖になる顔してるな」
多種多様な生物の姿を目にし、お互いに顔を見合わせては笑い合っていた。
水槽を眺めながら進んでいくと、順路は2階へと続いている。
階段を登って行くと、目の前には今までの薄暗さとは違う燦燦とした日の光が現れた。
スタジアムの様な形状をした場所の奥には大きいな水槽。
パンフレットに目を向けると、どうやらイルカショーの会場らしい。
(えっと? 開始時間は……あと少しじゃないか?)
「匙浜さん、1回目のイルカショーあと少しで始まるみたいだけど、どう?」
「見たい見たい~!」
「じゃあ行くか」
「は~い」
そうと決まれば席の確保をしなければと思い、少し足早に辺りを見渡す。
完全に早い者勝ちとだけあって、目ぼしい所はすでにお客さんが座って居た。
(出来れば真ん中辺りが良いな……あっ!)
すると、丁度真ん中辺りに空いているスペースを発見。他の人にぶつからない様に素早く移動すると、何とか2人分の席を確保することに成功する。
日頃の練習の成果が思わぬ形で役に立った。
「流石葵君! 視野が広いですねぇ~」
「お褒め頂きありがとうございます。ははっ」
「あっ、ねぇねぇ葵君?」
「ん?」
「あそこ、1番前が空いてるけど~?」
「いやいや、絶対水掛かるでしょ?」
「それもまた良い経験では?」
「絶対後悔するから止めときなさい?」
「えぇ~?」
「大体、風邪引いたらどうするんだよ。それに着替えだってないだろ?」
「葵君の意地悪~!」
「ダメなものはダメです!」
「ふふっ」
「ははっ」
(なんか、匙浜さん子どもみたいだな。楽しんでくれてるって証拠か?)
そんなやり取りをしていると、徐々にBGMが聞こえ出してきた。
そしてスタッフの登場と共に、水槽には2頭のイルカが颯爽と登場する。
「きゃ~! 葵君! イルカだよ!?」
想像以上のテンションと、溢れんばかりの笑顔。
そんな匙浜さんの姿に、来て良かったとしみじみ感じた。
「だね。イルカ……ってジャンプ高ぁ!」
「すご~い!」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




