13.色々な表情
「あっ、ディフェンダーなのにシュート決めた人だ!」
静けさ漂う1階ロビー。
響き渡る声の主の方へ視線を向けると、匙浜さんがまるで俺をからかうかの様な表情で見ていた。
いきなりそんな事を言われたら普通は驚くのだろうけど、流石に1日に2度も言われたとなると話は別だ。
それに、いつもは大人びた匙浜さんの子どものような姿は、ギャップも相まって珍しくて仕方がない。
練習試合を終えて最初の診察日。
外来に着いた瞬間に、さっきと同じ事を匙浜さんに言われた。
突然の事に驚いたものの、どちらかと言うと内容うんぬんより、その見た事のない表情の方がインパクトが強かった気がする。
その後少し話をして、俺は診察へ。
どうやら匙浜さんは御神本先生にも試合の話をしていたらしく、挨拶もそこそこに話題は試合の話に。
全力でプレー出来た事。
シュートを決めた事。
匙浜さんの前で活躍できた事を話すと、先生はいつものように笑顔で頷きながら話を聞いてくれていた。
「良かったね? 葵君の話聞いて、匙浜さんがあんなに元気だった理由が分かったよ」
「元気だった?」
「うん。なんかすごく興奮って言うのかな? しきりに葵君は凄いって言ってたけど……こんな活躍ならそう思っても仕方ないよ」
「えっといやぁ……」
「順調そうで何よりだよ。ディフェンダーなのにシュートを決めた葵君」
「ちょっ! 先生まで!」
「ははっ、ごめんごめん」
まさか先生にもディフェンダーがシュートを決めた事をイジられるとは思わなかったけど、ものの十数分で診察は終了。
そして、今日2度目。御神本先生を含めると3度目のイジりを受けている訳だ。
「声が大きいよ~?」
「あっ、ごめんごめん」
なんて口にしながら、俺はいつも通りに隣へ座る。
内心冷静を装ってはいるけど、先生の言っていた言葉を思い出すと正直嬉しさと恥ずかしさがこみ上げた。
(そういえば先生、今日匙浜さん元気だって言ってたな。それに俺を凄い? …………冗談でも嬉しいよな。って、顔に出すんじゃない。ただの気持ち悪い奴だぞ?)
そんな状態を必死に耐えつつ、俺はとりあえずもう一度匙浜さんへお礼を言うべきだと思い、口を開く。
「でもさ、試合見に来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
「本当? 私も生でサッカー見れてよかった。それに葵君のゴールも見れたしね?」
「あれはかなりレアかもしれない。本職はディフェンダーだしね」
「けど、ああいうパターンもあるんでしょ?」
「あるけど、基本的には両サイドバックが同時に攻撃参加なんて滅多にないよ」
「そうだよね? どちらかが攻撃参加したら、片方は守備に回る。それが常識なのに……なんか凄かった」
そう言いながら、なんとも真っすぐな目で俺を見ている匙浜さん。
海斗との長年の付き合いが有るおかげで出来る事であり、監督からしてみれば心臓に悪い攻撃参加。試合後もちゃんと叱られたなんて言いにくい状況だ。
「そう……かな?」
「うん。多彩なパターンがあるってのもサッカーの魅力なんだね?」
ただ、自分のプレーでここまでサッカーに興味持ってもらえたことはやはり嬉しい。
(結果的に、全力でプレーして良かったな)
「そうかもしれないな」
「だよね? いや~実はね? 私あれからすっかりサッカーにはまっちゃって……持ってきちゃった」
(ん?)
持ってきたという謎の言葉を言い放ち、隣に置かれたリュックに手を伸ばす匙浜さん。思えば、今日はいつもの鞄じゃなくて、見慣れないリュックだった事を思い出す。
ただ、正直何を持ってきたのかは想像が出来なかった。
(一体なんだ?)
そんな俺の疑問も、ものの数秒で綺麗に消えてしまう。
「よいしょ~! てへっ」
そそくさと取り出した匙浜さんの手にあったのは、何とサッカーボールだった。
「えっ? サッカーボール?」
「うんっ! なんか私もやってみたくなってさ? 買っちゃった!」
サッカーに興味を持ってくれた事への嬉しさと、わざわざやりたいが為にボールを買って、持って来た事。
その事実も相まって、俺の目の前に見える満面の笑みはとんでもない破壊力だった。
(まっ、マジかよ……)
「わざわざ?」
「そうだよ? 葵君とやってみたいなって思って! だめ……かな?」
間髪開けずに顔を横に傾けながらのお願い。
そんな波状攻撃を受けて、断れる男なんて居るのだろうか? そう思う程、俺の返事は決まっていた。
「全然だよ」
(いや、無理なんて言える訳なくない?)
「やった! じゃあ、中庭で……」
「おいおい、ここは病院だぞ? イチャイチャなら他でしなぁ」
「えっ?」
それは不意に聞こえてきた声だった。
そしてその瞬間、隣に誰かが隣に座り込んだような気配を感じる。勿論そんな行動に驚かない訳がなかった。
反射的に声が漏れ、思わずその謎の人物の方へ視線を向ける。すると間違いなくそこには誰かが座っていて、更には俺の顔を覗き込んでいた。
次第に捉えるその人物は、全く知らない人のはずだった。なのに……なぜか薄っすらと見覚えがあるように感じる。
「おっ、お母さん!?」
(お母さん?)
すると今度は逆サイドから聞こえた匙浜さんの声と、まさかの単語。
それに驚きを隠せず、今度は思わず匙浜さんの方へ顔を向ける。するとどうだろう、そこには居たのは隣に座る謎の人物と似ている顔の……匙浜さん。
この瞬間、理解は追い付かなかった。けど、雰囲気的にそうなんだと察した。
(この隣に座るショートカットの人、もしかして……)
「匙浜さんの……お母さん……?」
「正解~!」
「正解じゃないでしょ!? どうしてここにいるの?」
この人が匙浜さんのお母さんだということは分かった。ただ、そもそもなぜ匙浜さんのお母さんがここに居るのだろうか。ましてや、イチャイチャという言葉が聞こえてきた辺り、何か誤解をしているのではないか。
そんな疑問が頭を過る。
「えぇ~? そりゃ娘の姿が見えたらだけど?」
「うっ、嘘つかないでよぉ~!」
(ヤバいヤバい。意味が分からないぞ? いや、落ち着け日向。こういう時こそ冷静になれ。相手は匙浜さんのお母さん。初めてお会いしたとなれば、やるべき事は1つではないか?)
この時ばかりは、サッカーの試合で幾度となく突発的な出来事を経験してきて良かったと感じた。
「あの、えっと……初めまして。葵日向と言います」
「おっ、凄い礼儀正しいね? 花の言った通りだ」
(ん? 言った通り?」
「なっ! お母さん!」
「ははっ。えっと、こちらこそ初めまして。花の母親の、匙浜春と言います。花がお世話になってるみたいね?」
「いやいや、俺の方が……」
なんて、匙浜さんのお母さんお話していた時だった。
「もっ、もう! 葵君! 早くサッカーしに行こう!?」
匙浜さんの声と共に、突然引っ張られた左腕。
勢いそのままに、俺は席を立っていた。
(えっ?)
「匙浜さん!?」
「いいの! 行こう!」
その行動に戸惑いを感じ、匙浜さんへ声を掛けてみたものの様子は変わらない。
俺としてはお母さんに悪いのではないかと思い、視線を向けてみたのだが……なぜか匙浜さんのお母さんは俺達の様子を笑顔で見ていた。まるでこうなる事が分かっていたかの様に。
ただ、流石にこのままではいけないと思い、軽く会釈をし……俺は匙浜さんの後を歩き続けた。
「えっと、葵君ごめんね? お母さん、この病院で働いてるんだ。きっと葵君の事見に来たんだよ」
「そっ、そうなの?」
「でも、ああやってからかう事あるからさ? その……今度ちゃんと挨拶させるね?」
「あっ、うん」
そう言いながらちらりと見える匙浜さんの顔は、どこか恥ずかしそうな……そんな様にも見えた。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




