10.サプライズ
「あっ、そうだ。葵君? メリークリスマス!」
12月も後半に差し掛かった通院日。
いつもの様にロビーで話をしていると、思い出したかのように匙浜さんが口遊む。
とはいえ、正確に言うとクリスマスは数日後。もしかすると、以前聞いていた俺の悲しいクリスマス予定に対する優しさだろうか。
ただ、女の子に面と向かって言われた事なんてなかった俺にとっては、何とも嬉しいプレゼントの様なシチュエーションだった。
「えっ? ありがとう。匙浜さんもメリークリスマス……って、まだ数日前だけどね」
「ふふっ。でも、次の通院日に言われるよりは良くない?」
(それは確かに。次の通院日が今年最後って考えると、もはやお正月の方が近いもんな)
「それは言えてる」
「でしょ~? それで?」
「それで?」
「葵君は誰かからクリスマスプレゼント貰うの?」
以前同様に、妙に傷口を抉るような匙浜さんの言葉。狙っているとしたらその笑顔も相まってなんて恐ろしい人なんだろうと思いつつ、俺は静かに現実を口にする。
「匙浜さん? 人には触れてはいけない事というものがあるのだよ? サッカーが恋人だと言いましたが?」
「えぇ~あれって本当なの? ふふっ」
(この余裕……彼氏は居ないがそういう物をくれる存在は居るという事か。まぁそのルックスじゃ有り得るよな)
「事実しか言ってないものでねぇ? 匙浜さんと違って、サッカーだけやって来た容姿下の下の男なんてそんなもんさ」
「あぁ~イジけてる~! そんな事言ってないよ?」
「いやいや、そう捉えても仕方ないと思いますがね?」
「私だって家族ぐらいしか貰わないよ?」
「本当かどうか怪しいものですねぇ」
「ごめんって、ちょっと言い過ぎたよ」
「別に本当の事ですから~? 全然気にしてませんし~」
「ひねくれないでよお~。詫びと言ってはあれだけど、はい。これプレゼント!」
「ん?」
いつもどこか余裕な雰囲気を漂わせていた匙浜さんの、少し焦ったような表情。
ダメだとは思いつつ、あまり見る事のない表情をもう少し見ていたい。我ながら何とも意地悪な発言をしていた時だった。
思いがけない言葉と一緒に、匙浜さんは横の椅子に置かれていた紙袋を差し出してきた。
朝の段階から目についていたそれは、てっきり何かの荷物だと思っていただけに、その行動に思わず驚いてしまった。
(聞き間違いじゃないよな?)
「えっと、葵君と出会えて嬉しかったから、何かお礼したいって思ってたの。クリスマスも近いし、良いタイミングだなって思ってね?」
「えっ? だからって……いや嬉しいけど、大袈裟じゃないか?」
「私にとっては物凄く大きな事だったんだよ? だから受け取って欲しいな」
今だに信じられないが、とりあえず渡されたものを拒否するなんてのはもっての他。少し戸惑いながらも俺は差し出された紙袋を受け取った。
中に箱の様なものが見えるものの、いきなり開けるのは流石にダメだろう。そう思い、とりあえずお礼を口にする。
「えっ、マジで? ありがとう」
「ふふっ。気に入ってくれるといいな」
「えっと、中は……」
「ダメだよ? 今見られたらなんか恥ずかしいから、家で見てね?」
了承を得ようとすると、まさかのお預け。
その発言が本心なのか俺をからかう為の物なのか判断しかねるが、そこはあくまで本人の気持ちを尊重しようと素直に受け止める。
(なんにせよ。嬉しいものだ……って、ヤバッ! 全くもって俺、準備とかしてないぞ!?)
「分かった。でもいいのか? 俺気が利かなくて、なんも準備してない」
「全然だよ! これは私の気持ち。プレゼント目的とかじゃないからね?」
(いやいや良い訳ないだろ? これは次までに何かしら準備しておかないと)
その件についてちゃんと伝えておくべきだとは思ったが、匙浜さんの性格上言った所で全力でいらないと言われるのは目に見えている。
サプライズにはサプライズという訳ではないが、ここは匙浜さんの言う事に従うふりをしようと決めた。
「そっか。でも本当にありがとう。めちゃくちゃ嬉しいよ」
「本当? 良かった」
こうして、さもいつも通りの会話が出来ていたと思う俺。だが内心、始めてもらった女の子からのプレゼントに終始動揺と嬉しさの入り混じる不安定な状態だった事は、匙浜さんには内緒だ。
◇
今日は部活が休みということもあり、診察が終わった俺はそのまま家へと帰宅した。
「ただいま」
「おかえりーお昼何が良い?」
「任せるよー」
リビングから聞こえる母さんの声に返事をしながら、足早に向かうのは自分の部屋。もちろん、匙浜さんからのプレゼントの中身が気になって仕方がなかった。
出会ってまだ1ヵ月ちょっと。
とはいえ、容姿は美人で性格も良い。そんな人からのプレゼントが人生初の異性からの物。
帰宅する間に冷静に考えれば考える程、今までの自分では有り得ない出来事だけに、気持ちが高揚しない訳がなかった。
早速紙袋を広げると何やら取っ手のついた箱が見える。その部分を掴み袋から出すと、いわゆるケーキボックスが姿を現した。
(なんだ? 見た目は箱だけど……甘い匂い?)
そういう可能性を考えて机にそっと置くと、優しくその箱を開けてみた。
すると中には……
「チーズケーキ!?」
何とも美味しそうなチーズケーキが入っていた。
そしてその横には、二つに折られた紙の様なものが置かれている。徐に手に取ると、そこには嬉し事に匙浜さんのメッセージが書かれていた。
「なになに? 葵君へ。葵君も甘いものが大好きだと聞いて作ってみました。クリスマスケーキの定番のショートケーキやチョコケーキとは違う系統だから、連続で食べても飽きは来ないかな? もし口に合わなかったら、全然捨てて大丈夫だからね? メリークリスマス! 匙浜花より? マジかよ!」
以前クリスマスはケーキをやけ食いすると言っていた。甘いものが大好きだとも言っていた。
更に今思えば、チーズは食べられるかという質問もされた記憶もある。
ただ、それを抜きにしてもこれほど立派なチーズケーキを作れる匙浜さんの腕に驚きを隠せない。
なんて立派なものをくれたんだと、嬉しさがこみ上げる。
(予想以上だぞ? って、お礼言わないと)
その瞬間、俺はスマホへと手を伸ばしていた。
今や誰もが知っているメッセージアプリ、ストロベリーメッセージ。会話調にメッセージが表示される仕様は、連絡にはうってつけの代物だ。
そして匙浜さんとID登録をしたのは比較的最近。どうせ毎週土曜日の決まった時間に病院で会える訳で、今までメッセージのやり取りは全くない。
ただ、このお礼は来週に伝えるのでは遅いと思った。だからこそ、俺は初めて匙浜さんへメッセージを送る。
【プレゼントありがとう。美味しくいただきます!】
(これは想像以上だ。想像以上だけに、ちゃんとお礼しないと!)
メッセージが送信されたのを確認した俺は、居ても経っても居られず足早にリビングへと駆け込む。そして母さんに向けて、こう口にした。
「母さん! 女の子が……女子高生が貰って嬉しい物ってなに!?」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




