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1.最悪な日、最悪な出会い

読んでいただき有難うございます。

この作品は以前投稿致しました「私はあなたの片隅に、貴方はわたしの心の中に」という作品のジャンルを現実恋愛に変更し、大幅な変更及び加筆を行った作品になります。

よろしくお願いします。

【本日1話目】


 



「若年性アルツハイマー病による軽度認知障害です」 


 澄み切った青空。

 窓から差し込む日の光。

 静寂に包まれた診察室に、先生の声が静かに響いた。


「…………は?」


 それは無意識に口から零れた言葉。

 勿論失礼なのは分かっているつもりだけど、反射的に出てしまう程……先生の言葉は突拍子もなく、それこそ冗談でも言っているかのような気さえする。

 その名前だけは聞いたことがあるものの、お爺ちゃんやお婆ちゃんがなる病気という認識でしかなく、高校生の自分にとっては縁遠いものでしかない。余りにも現実離れしていた。


 大体、ちょっとした物忘れを母さんが騒ぎ立てたのが良くない。

 しかも以前お世話になった整形外科ではなく、聞いたこともない診療科を受診した結果、診断結果が約1週間後の今日ときたもんだ。

 大事な日だと言うのに、時間がもったいない。


 俺、(あおい)日向(ひなた)は何の冗談かと思い、軽く言葉を返す。


「なっ、何言ってんだよ先生。そんな冗談いいって」

「冗談じゃないよ?」


(……え?)


「そっ……そんな……」


 先生の言葉に反応したのは、隣に座る母さんだった。目を見開き、口に手を当て……少し震えている。

 いくら先生を見ても、真剣な表情は変わらない。

 いくら母さんを見ても、その様子はおかしいまま。

 徐々に感じる異様な雰囲気に思わず生唾を飲み込むと、気が付けば汗が頬を伝っていた。


 ここに来たのは、ちょっとした物忘れが原因だ。

 うっかりサッカーの試合日を忘れていただけで、どうして心療内科や精神科、挙句の果てにここ()()()()()()なんて受診したのか謎だった。

 今日だってこれから、県予選の準々決勝が待っている。

 それなのに……


「せっ、先生? 冗談なんですよね。本当は冗談……」


 絞り出した声は震えていた。

 ただ、瞬きもせず真剣な眼差しで真っ直ぐに俺の目を見つめる先生の姿に、俺は全てを悟った。


(アルツハイマー……認知症……? 俺が?)


 その現実を突きつけられた瞬間、頭の中が真っ白になる。

 その後の事は良く覚えていない。



 ◇



 気が付けば、俺は待合室の端っこの席に座っていた。

 背中に感じる日の光が、まるで自分の存在を消そうとしているかのように熱く感じる。

 その痛みに耐えながら、俺は頭の中で何度も同じ言葉を繰り返していた。


(……記憶が消える? 違う! 有り得ない。俺が認知症なんかになる訳がない)


 ただ、先生の真剣な眼差しと母さんの姿はとても嘘にも演技にも見えなかった。

 俺は認知症なのか。

 有り得ない。

 じゃあどっちが正しい。どっちが本当だ。 


 困惑する頭の中で、答えの出ない疑問がぐるぐると回り続ける。そんな事を何度繰り返した時だろうか、


「こんにちは。大丈夫ですか?」


 不意に聞こえてきた声にゆっくりと顔を上げると、そこには女の子が居た。

 長い髪の毛に学校の制服姿。そして少し笑みを浮かべた表情で。


「大丈夫そう……ですね? あっ、無理して話さなくても良いですよ」


 初対面にも関わらず、ごく普通に話し掛ける女の子は色々な意味で俺を混乱させた。


「隣、良いですか?」


 なぜか隣に座り顔を覗かせる。その行動の意図が分からない。

 そして、こんな突然の状況にすぐさま理解が追い付く程、俺は優れた人間じゃなかった。目が合った瞬間、あからさまに目を逸らすくらいに。


「あっ……ふふ。ごめんなさい? 様子が気になって」


 (なっ、なんだこの人)


「だから、つい声掛けてみたんですけど……迷惑でしたか?」

「いっ、いや」


 (制服って事は……高校生?) 


「1人で来たんですか?」

「違うけど……」


(同じくらいの歳かな?)


 視界の端にぼんやりと見える女の子。勿論俺の顔を見ている事も何となく分かった。

 いきなりソッポを向かれ、普通なら不機嫌そうになりそうなものだけど、声の雰囲気的にそんな様子は見えない。


 ちゃんと顔を見て話すべきなのに、なぜかそれが出来ない。けどその代わり、彼女の質問には馬鹿正直に答えていた。


「そっか。もしかして……お見舞いかな?」

「そうじゃ……ない」


「じゃあ付き添い?」

「……違う」


「違うんですか? だとすると……あっ、ごめんなさい。流石に聞き過ぎですよね?」

「そんな事ない……ですよ」


 変わること無く、明るくてどこか落ち着いた余裕のある声。

 何とか答えようと必死なたどたどしい声。


 それはまさに上級生と下級生の会話。いや、姉と弟……聞く人によっては親と子供の会話にすら聞こえるかもしれない。制服姿から少なくとも2学年上までは考えられたけど、自分自身それくらいの違いは感じてた。


「本当? じゃああと少しだけ聞いても良いですか?」

「なっ、なんでしょう?」

「もしかしてだけど、君が……診察を受けに来たとか?」


 それが耳に入った瞬間、頭の中にさっきの光景が思い浮かぶ。

 ついさっき診察室の中で聞いた事が頭の中を駆け回った。


 心臓の鼓動が聞こえる。

 胸が苦しくなる。

 口に出来ない。したくない。

 思い出したくない。


 俺達の間に静寂が訪れる。

 そんな状況を打ち破ったのは女の子だった。そしてその言葉に、俺は言いようのない感情に包まれる。


「あっ……そっか。……辛いね?」


 まるで全てを知っているかの様な言葉。


「怖いよね……だからあんな状態だったんだね?」


 慰めるように、諭すように淡々と口にする女の子。それは自分の憶測を確信に変えた。


(やっぱり、この人は気付いてる。知ってる。俺が……病気だって事を)


「うんうん。仕方ないよ。でも……」


 (何でだ。なんで分かる。雰囲気か? それとも……)



「良かったね?」



 (…………良かっ……た?)


 その瞬間ついさっきまで考えていた疑問なんて綺麗に消え去った。そして真っ白になった頭の中を塗り潰していくのは……その言葉。


(良かった……だって? 何が良かったんだ。病気になって……良かったって言うのか)


 意味は理解できない。ただ余りにも唐突な言葉に、俺は思わず女の子の方へ視線を向けていた。

 サラサラとした髪。長いまつ毛に二重瞼の大きな目。顔を初めてハッキリと認識した瞬間だったのに、そんなのどうでも良かった。


 言って欲しかった。少しでもそんな素振りをしてほしかった。

 冗談だと。


 ただ、俺の願いが叶う事はない。女の子が見せたのは一片の嘘も偽りも感じさせない……優しい笑顔だったから。


 (本気だ……本気で思ってる。この人は良かったって、本当にそう……思ってる……)


 全身に寒気が走って鳥肌が腕を覆い尽くす。それは恐怖だった。

 それと同時に体が震えだす。それは怒りだった。

 そんな異なる2つの感情が混ざり合う。


 何を考えているのか分からない恐怖。

 何を考えているのか分からない怒り。


 どちらかが消える事はなく、俺は限界を迎えた。


「ふっ、ふざけんな! 何が良いんだよ!」


 叫ぶように放たれた言葉。

 その瞬間だけは理性も何も働かない。


 気が付けば立ち上がっていて……気が付けば待合室はシーンと静まり返っていた。

 思わず辺りを見渡すと皆俺を見ている。

 受診に来た人も、看護師さんも、入院してる人も全員。


 注がれる視線は冷たく、恥ずかしく……とてもこの場所に居られるものじゃない。耐えられるものじゃなかった。

 だから俺は……逃げるようにその場を後にした。


 最低で最悪。


 だからこそ忘れる訳がない。忘れられる訳がない。


 これが匙浜(さじはま)(はな)との最初の出会いだった。




読んでいただき有難うございました<(_ _)>

数話程主人公の心理描写が多くなりますが、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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